「「お・か・わ・り!!」」

「……なんで慧くんと同じペースでメシ食えるんだよアイツ……」
「あいひゃー……」



 16.道産子、うちなーんちゅに会う : 後編



 オレも裕次郎も永四郎も知念くんも、全員が口をぽっかーんと開けて、田似志と同じスピードで食べ物を胃に納めていくを唖然として見つめてた。
 比嘉中テニス部が行き着けのオバアの定食屋。こじんまりとしたテーブル席とカウンターの店。
 ……が、そのカウンターには田似志とだけが座ってて、オレたちは脇のテーブル席にいた。

 いや、最初はオレたち全員横並びで座ってたんだけどよー……。

「この店の食器、そろそろなくなるんじゃね?」
「その前に雪崩れおこしそうだよな」

 カウンター中央に並んで座ってるチビとデブの両隣に、漫画かよというような状態で積み上げられてる食器の山。

 ソーキソバにアーサソバ、ラフテーにミミガーサラダ、全員が思い思いに注文して食べ始めたのは30分ほど前か?
 沖縄料理=ゴーヤチャンプルーっつー単純な観光客知識で注文したは、一人品数多く注文した田似志の食いっぷりに目を輝かせて。

「なんかすっごくおいしそうに食べるねぇ……」
「……よだれ拭きなさいよ、クン」

 自分の食べる手を止めて田似志を羨望の眼差しで見てるのはいいんだけどよ、永四郎が言うとおりよだれは駄目だろ、よだれは。

「お前見かけによらず食いしん坊なんだな。オレのラフテー少しやるか?」
「えっ、いいの!?」

 ぎゅんっ!!

 笑いながらからかうように言った裕次郎の言葉に、物凄い勢いで振り返る
 その様子があまりにあまりだったから、オレと知念くんは顔を見合わせて、思わず噴出しちまった。

 ……って。

 最初はそんな感じで微笑ましく食べてたはずなんだけどよ。

 裕次郎のラフテーやオレのアーサソバをつまみぐいしたは「おいしい! これも食べたい!」って言って追加注文。
 細いクセによく食うなー、なんて笑ってたのは4品目まで。
 いつしかオレたちの笑顔は引きつりに変わり、積み上げられる食器で居場所を侵食されて。

「「お・か・わ・り!!」」

 田似志と同時に12皿目のジューシーを追加注文したところで、オレたちは食べてもいないのに気分悪くなって、隣のテーブルに移ったってわけだ。

 現在二人は20皿目。

「いつまで食うんだアイツ」
「つーかどこに入ってんだ?」

 オレと裕次郎は頬杖つきながら無心で食べ続ける田似志との背中を見つめた。
 あんだけ食って田似志はデブではガリだもんな。なんか秘密があんなら田似志も教わったほうがいんじゃね?

「それよりも気になっていることがあるんですがね」

 もう呆れを通り越して感心してを見ていたら、ゆっくりと足を組んだ永四郎がいつものように眼鏡をくいっと上げてつぶやいた。

「気になってること?」
「彼女の素直さに免じて世話を焼いてしまいましたが……確か彼女はテニス部のマネージャーと言っていましたね」
「あー、そういえば、そんなこと言ってたか?」
クン、質問があります」

 首を傾げるオレたちを無視して、なんか厳しい顔しながら永四郎がを呼んだ。
 3杯目のアーサソバをすすっていたは、ドンブリを持ちながら体ごとこっちを振り向く。

「ふぁに?」
「……飲み込んでからしゃべりなさいよ」
「ほめーん。んぐ……なに?」

 口の中のものだけじゃなく、ドンブリの中に残ってた麺もすすり上げてからは返事した。その食い意地、どうにかなんないのかよっ。

「キミは確かテニス部のマネージャーをしていると言いましたね」
「うん。あ、みんなもテニス部なんだっけ? 沖縄はえーと……九州地区になるの?」
「まーな。今年は獅子楽中にやられちまったけどな」

 今年の夏は早くに終わっちまったんだ。チャンスはあと1回。来年だけだ。
 永四郎がいつも言っているように、オレたちの時代は必ず来る。今年を悔やむのはとっくにやめて、オレたちは来年を見据えてハルミの横暴としか言えないようなスパルタ特訓に耐えてるんだ。

 ところが永四郎は鼻をフンと鳴らして、

「キミは北海道出身と言いましたが……噂に名高い椿川学園のスパイではないでしょうね?」
「「「……あ」」」

 永四郎の言葉に、オレと裕次郎と知念くんの声がハモる。

 そういや聞いたことあるぞ。北海道の強豪・椿川学園の女スパイ!
 虫も殺さないような顔して敵チームに潜りこんで、手作り弁当やらなにやら差し入れしながら情報探るって!

 おいおいマジかよ……。
 思わずオレは渋い顔をしてを見る。さっき帽子を貸してやった裕次郎なんかははっきり困惑を顔に出してるし。

「どうなんですか」

 ハルミも時々すくみ上がるという永四郎の殺人睨み。
 それを真正面から受けているは、きょとんとしながら首を傾げて、

「違うよ?」

 と、一言。あ、裕次郎が思いっきり安堵のため息ついた。

「嘘をついても無駄ですよ」
「嘘じゃないってば。私、出身は北海道だけど、今は別の場所に住んでるって言ったじゃない」
「あ、そ、そうだぜ木手っ。さっき確かにそう言ったさー!」

 裕次郎が立ち上がってと永四郎の間に割り込んだ。

「……凛」
「おー。めずらしーな、裕次郎が仲裁役なんてよー」

 知念くんまで驚いてるさー。
 いつもの裕次郎なら確実に永四郎側についてるもんな。
 おいおい、マジかよ裕次郎〜。お前、夏の終わりになに青春しちゃってんの?

 驚いてもあまり表情の変わらない知念くんと、ニヤニヤしながら成り行き見守ってるオレと、ところかまわずメシを食い続けてる田似志に囲まれながら、永四郎とと裕次郎の対峙は続く。

 が、ソレの終わりは唐突だった。

「私がマネージャーしてるのは、神奈川の立海大付属中の男テニだよ」

 朗らかな声で告げた、

 一瞬、永四郎も裕次郎も大きく目を見開いて絶句して、オレと知念くんもぽかんと口開けちまって。
 田似志がずるずるとソバをすする音だけが、流れた。

「立海大付属……って、今年全国優勝した……全国2連覇した、あの立海か!?」
「うん。あ、知ってた?」

 問いかけた裕次郎は、こくんと頷くに唖然呆然。
 そりゃ知ってるさ。中学生で硬式テニスやってるヤツなら、全国優勝した学校くらい知ってるさ。
 今年も他を寄せ付けない圧倒的な強さで全国優勝を果たした、古豪にして強豪。

 がそこのマネージャー、か……。

「なるほど。よくわかりました」

 すると永四郎が突然立ち上がった。
 すたすたと田似志の横まで行って、たったいま汁を飲み干したばかりのドンブリを取り上げる。

「お勘定をお願いします。田似志クン、知念クン、平古場クン、甲斐クン。帰りますよ」
「え、お、おい永四郎、なんだよいきなり」

 乱暴に財布から金を取り出しカウンターに叩きつけるように置いてから、永四郎は困惑してるオレたちを振り向いた。
 永四郎は一度オレたちをぐるりと見回してから、見下すようにを見下ろす。
 椅子に座ったままきょとんとして永四郎を見上げていたは、ぽかんとしたまま首を傾げた。

「彼女は敵です。これ以上馴れ合う必要はありません」
「て、敵って……」
「どこからどんな情報が漏れるともしれません。大会が終わったからといって観光旅行に出かけるような油断の塊に負けるなどプライドが許しませんからね」
「う……」

 メシを強引に切り上げられた田似志も含めて、オレたちは気まずそうに顔を見合わせた。
 永四郎の勝利への貪欲さは、本当に尊敬してるさー。オレたちだって他校のテニス部のヤツらとなんか馴れ合う気なんて毛頭ねーし。

 だからって、だからってよー……。

 ほら、がぽっかーんとしてんじゃん。
 女一人相手に、そういう言い草ってねーんじゃねーの?
 つっても、オレたちの誰も永四郎に逆らえるヤツはいねーんだけどさ。

 永四郎はに一瞥くれてさっさと店を出て行っちまう。
 あー、なんか気まずいさー……。

「なんか、怒ってた?」

 首を傾げながら永四郎の後姿を見送ってたがオレたちを振り返る。
 うんともううんとも言えずに、オレと裕次郎は顔を見合わせた。

「あー、まぁ気にすんなよ。永四郎はテニスが関わると人が変わるさー」
「悪いな。嫌な思いさせて」

 裕次郎が実に渋い顔してに謝る。

 が、しばらくそんなオレたちを見上げていただったけど、やがてぶんぶんと首を振り、にこっと笑顔を見せてくれた。

「別に嫌な思いなんてしてないよ。おいしいお店教えてくれてありがとね!」
「あ、ああ」

 うわ、コイツいいヤツじゃね? オレたちを非難するどころか、礼言ってくれてるさー。
 それからはすっかり溶けたタオルを知念くんに手渡してから、にこやかな笑顔で手まで振ってくれて。

「来年、全国大会で会えるといいね!」
「……そうだな。来年は全国で会おうな!」

 ぐっと拳を突き出せば、もごつんと右手とつき合わせてくる。

 最後まで笑顔で見送ってくれたに後ろ髪ひかれながらも、オレたちは店を出る。
 あー……なんか気分悪いんだけど……。

 既に永四郎の姿は見えなくなっていた。オレたちを待たずにさっさと行っちまったんだろうな。
 すっかり日が暮れた道を、オレたちはとぼとぼと重い足取りで歩く。

「裕次郎、いいのかよ? メアドくらい聞いとけばよかったのに」
「あのなぁ。聞いたところで木手にバレてみろよ。携帯へし折られるぞ」
「あー確かに」

 それだけ話して、再び無言。

 立海のマネージャー、か。そりゃ、の中身を知る前に肩書きを聞いてりゃオレだって永四郎と同じ態度とってたと思うぜ? だからこそ永四郎のさっきの態度を強く言えないんだ。
 だけど、あの天然爆発というかのれんに腕押しというか、中学生女子にしては平均から逸脱してるあののほほんさっていうか。
 あの裕次郎が気にかけるくらいのヤツだったし。

 悪いヤツじゃないんだよなぁ。むしろいいヤツだった。
 ……あー、やっぱなんかもやもやするさー!!

 なんか無性に叫びだしたいような衝動にかられたその時だ。

「知念くん、どした?」

 裕次郎の声に振り返る。
 見れば、一番後を歩いていた知念くんがオレたちより少し離れたところで立ち止まって後を振り向いていた。
 オレたちは駆け寄って、知念くんが見ている方を見る。

 街灯の少ない中道の道路。オバアの店は大通りからはずれたとこにあるんだよな。夜道はちょっと不気味で、まぁそのおかげできゃらきゃらした観光客にも占拠されずにすんでんだけど。

「この道、一人で帰るのか?」

 ぽつりと呟くように言った知念くんの言葉に、オレたちははっとした。

 そうだ。こんな暗い道、一人で帰らすのかよ!? いくらなんでもヤベーだろ!?

「凛っ」
「おうっ! 行くぞ裕次郎っ!」

 オレたちは同時に頷いて、今来た道を全速力で駆け戻った!



っ!」

 一番に店に飛び込んだ裕次郎が開口一番叫ぶ。
 田似志とが積み上げていた食器はすでに綺麗に片付けられていて、会社帰りのサラリーマンが突然大声出したオレたちをぎょっとして振り返る。
 は……いない?

「オバアっ、さっきいた、緑のワンピースの女子は!?」

 店の奥からひょいっと顔を覗かせたオバアに尋ねると、

「あの子なら、ついさっき出て行ったよ?」

 ついさっき、か。

「探せば見つけられるよな!」
「ッタリ前さー!」

 オレと裕次郎はすぐさま踵を返し、後から追いかけてきた知念くんと田似志に店にはもういなかったことを告げる。

「大通りのほうに向かってるならいいけど……」
「手分けするか?」
「そのほうがいいかもな。見つけたら携帯で連絡!」
「りょうか……あ?」

 店の前で素早く打ち合わせて、とにかく早くを見つけようと手分けすることにしたオレたち。
 ところが、田似志のヤツがオレと裕次郎の背後を見つめて動きを止めた。

「慧くん、どした?」
「……あれ、か?」

 なにっ!?

 田似志が指差した方向を、オレたちは勢いよく振り向いた。
 そこには!

「観光してんの? 一人で? ならオレたちとおもしれぇとこ行かねぇ?」
「沖縄来たら行っとかなきゃならねぇとこ! 美味いモンもたくさんあるし!」
「美味しいもの!? ホント!?」

「「「「おいおいおいっ!!!!」」」」

 思わず全員で突っ込んだぞ!!

「食い物につられんな!」
「つーかあんだけ食っといてまだ食う気か!?」

「……あれ? みんな、どうしたの?」

 裕次郎とオレがのもとまで行って、心の底からのツッコミを入れる。
 が、は相変わらずのほほんとしたツラで、きょとんとしたままオレたちを見上げた。

 つーか……マジで探しに来てよかったさー……。

 オバアの店の角、オレたちが帰っていった方向とは逆の電柱の陰だ。
 に声かけてたのは、見るからに「オレ、遊んでます」って全身で言ってやがるヤロー3人組。大学生くらいか? ま、オレたちよりは年上に見える。
 ギリギリセーフ、だ。

 裕次郎と、あとからやってきた田似志が3人組との間に割って入る。
 なにが起きてるのかわかってないらしいは、知念くんに任せた。

「オイ、なんだてめぇら」
「ガキがこんなとこで何してんだよ? 帰って寝ろ!」

 今日の獲物を横取りされたとでも思ってんのか、目の前のチャラい3人組はさっきまでに見せていたムカツクニヤニヤ顔を瞬時に消して、ガンつけてきやがる。

「やめとくさー。オレたち全員沖縄武術の心得あんだぜ?」
「ま、相手して欲しいってんなら遠慮しねーでもいいけど?」

 ぱきぱきと指を鳴らす。
 いつもの喧嘩ならこの程度の威嚇で相手が逃げて行くけど、オレたちが年下だと思ってあなどってやがんのか、コイツらはたじろぎもしねぇ。
 いーぜ、大学生だろうと大人だろうと、シロウトにゃ負けねーさ!

 ところが。

 くいくいっ

「ん?」

 袖を引っ張られて振り向けば、知念くんの背後からこっちを覗いてると目が合う。つーか、知念くんの肩よりもちっけーのな、お前。

「あのさ、もしかしてこれケンカ?」
「そーさ。心配すんなって、オレたち強ぇから!」
「お前は知念くんの後ろに隠れてればいいからな!」

 ようやく状況を理解したらしいを安心させるように、オレと裕次郎がぐっと親指をつきつける。
 が、その瞬間だ。
 見る間にがしかめっ面になったかと思えば。

「暴力は駄目だよ」
「…………は?」
「ダメ。ゼッタイ」

 役所の標語みたいなことを言って、頬をふくらませる
 いや、駄目っつっても、なぁ?
 思わずオレたちは顔を見合わせる。

「心配ないさー。ゼッテェ負けねぇって」
「勝ち負けじゃないのっ。スポーツマンがケンカしちゃ駄目! 学校にバレたら部活停止になっちゃうよ」
「そこはうまくやるって。バレないように」
「……裕次郎も凛も知念くんも慧くんも、誰が見たって一発でわかる容姿だと思うんだけど」

 う。そ、そりゃまぁ……確かに。
 つーかお前、自己紹介しなかったとはいえ、いきなり名前呼びかよっ。

「おい、なにゴチャゴチャ言ってんだよ」
「今さら謝っても勘弁しねーぞコラ」

 相手は完全戦闘モードだ。

「……」
「……」

 オレたちは一様に苦虫噛み潰したような顔で見詰め合って。

「っだー、しょうがねーな!」
「知念くん、担げ!」
「あ、ああ」
「かってんぐわーっ!!」
「わぁっ」

 の妙な迫力に負けて、オレたちは敵前逃亡するハメになっちまった!
 小柄なを知念くんがひょいっと担ぎ上げて、その後を田似志が走り、後方をオレと裕次郎が全力疾走!

「あ、コラ待て!」
「逃がすかよ!」

 連中も慌てて追ってきやがった!

「うわーっ、すごーいっ、目線高ーいっ」
「って楽しんで場合じゃねーだろっ!!」

 知念くんに軽々と担がれたはのんきに逃走劇を楽しんでる様子を見せてる……つーかお前、どういう神経してんだっ!

「右だ右っ!」
「次は左!」
「うわ、目が回る〜」
「「「「我慢しろっっ!!」」」」

 狭い住宅街を右往左往しながらとにかく逃げるオレたち。ケンカすんなって言われた以上は逃げ切るしか道ねーし。

 が、

「わっ!」
「ぶっ!」

 いきなり立ち止まった田似志の背中に、オレと裕次郎は顔面からつっこんだ!
 田似志の背中はクッションのような弾力があるから大して痛くはなかったけど、なんだってんだよ!?

「こらぁデブっ! いきなし止まるな!」
「慧くん、なんかあったか?」

 鼻をさすりながらオレと裕次郎は田似志の両脇から前方へと回り込む。
 が、そこにはを担いだ知念くんも立ち止まっていて。

「……袋小路だ」
「げっ、行き止まりかよ!?」

 ぽつりと呟いた知念くんの言った通り。
 住宅街を抜けて繁華街の裏手あたりの小道。大通りならいざ知らず、店の従業員が仕事中にしか通らねぇようなところじゃ土地勘も働かず、たどりついた先が行き止まりかよ!

「あ」

 ヤベー……と思ったときだ。
 知念くんに担がれたままのが顔をあげて呟いた。と、同時にムカツクガムの咀嚼音。

「おーいつーいたー」
「散々逃げやがってよー。往生際悪いっつーの」
「覚悟できたか? あ?」

 袋小路から逃げ出す時間もなく、唯一の脱出口前に現れたのはさっきの3人組だ。
 クソ。やるしかねーじゃん。
 一歩一歩近づいてくるソイツらに向かって、オレたちは身構える。知念くんもを下ろして後ろにかばった。

「ねぇ、駄目だよ、みんな……」
「んなこと言ったって、黙って殴られるわけにもいかねーだろ!?」

 負ける気はしねぇ。けど、さっきが言ったことが頭にちらついて離れねぇ。
 学校にバレたら、部活停止。……永四郎のヤツ、怒り狂うだろうなー……。

「凛、こうなったら速攻でしとめるさー」
「ああ。そんでうまいこととんずらだな」

 つっても制服着てる時点でもうバレバレだろーけどな。
 だぁぁ、くそっ。腹ァくくるしかねーか!
 アイツらが殴りかかってきたら、殴り倒す! そんで、正当防衛を言い張る! これしかねーさ!

 オレたちはぐっと構えた拳を握り締めてヤツらと対峙する。

「やんのか? 上等だ」
「おう、やってやるさー!」

 ぺきぺきと指を鳴らしていたソイツらも、拳を上げてファイティングポーズ。
 勝負は一瞬だ。

「じゃあ遠慮なく、殴ってやら」


「やれやれ……こんなところで油を売っていましたか」


 ついに戦いの火蓋が気って落とされようとした、まさにその時だった。
 暗い路地にもよく通る聞きなれた声が、連中の真後ろから聞こえてきたのは。

「なっ!?」

 慌てて連中が飛びのけば、そこにいたのは我らが比嘉中テニス部主将!

「え、永四郎!? なんでこんなとこにいんだよ!?」
「それはコチラの台詞ですよ。いつまでたっても追いついてこないと思って戻ってみれば、なにしてるんですかキミたちは」

 電灯の灯りに眼鏡をきらんと光らせて、いつものようにくいっと直して。
 永四郎は、腕を組んで袋小路の入り口に立っていた。

「コイツらがをナンパしようとしてたんだよ!」
「で、どうしてこんなことになっているんです? 余計な揉め事に首を突っ込んで、部に迷惑かけるつもりだったとでも?」
「見てみぬ振りはできないさー!」
「全く……これが王者立海の潰しのワザだったらどうするつもりですか」

 う、疑り深いヤツだな、永四郎も……。こんな手のこんだ妨害工作、一体誰がすんだよ。

「おい、いきなり出てきてなんだテメェ。コイツらの仲間か?」
「テメェもやんのか? あぁ?」

 あ、ヤベ。
 連中が永四郎を取り囲みやがった。アイツら、多勢に無勢かよ!

「邪魔すんなら、テメェから寝かしてやんよ!」
「危ねぇっ、永四郎!」

 連中が一斉に拳を振り上げたのを見て、オレたちも慌てて永四郎の加勢に入る!

 が!

「フッ」

 聞こえてきたのは永四郎が短く息を吐いた音と、

 ヒュンッ!!

 ……一閃した回し蹴りが空を裂く音。

 一瞬だ。
 予備動作もなくしなやかな動きで繰り出された永四郎の回し蹴りが2人の鼻先をかすめ、リーダー各らしい男の鼻先でぴたりと止まったんだ。
 究極の寸止めだ。あと1センチ!
 あまりの鮮やかさに裕次郎はひゅうと口笛を吹き、は「すごーい!」と手を叩く。

「うっ……」
「やめときなさいよ。本気で相手して欲しいなら別ですがね」

 のけぞったまま冷や汗を流す男とじゃ、役者が違う。

「うちの部員に手を出す前だったみたいですからね。特別に見逃してやると言っているんですよ」
「く……くそっ!」

 バランスを崩すこともなくゆっくりと足を下ろした永四郎の脇を、3人の男が陳腐な捨て台詞を吐きながら逃げ去って行く。
 はぁ〜、スゲーな。あっというまだぜ。

「助かったさー、永四郎」
「すごいすごい! カッコよかった!」

 ほっと肩の力を抜いたオレたちは永四郎の元へ。
 が、永四郎はギンッ! と殺人視線をオレたちに向けて、それからを見下ろした。

「何があったかは知りませんが、自分の火の始末くらい自分でしなさいよ。男子に取り入って後始末させるのがヤマトンチューのやり方ですか?」
「おいっ、そういう言い方ねーだろ、木手っ!」

 相変わらず冷たい物言いの永四郎に、裕次郎が憮然として割って入る。

「そもそも、あんな暗い路地に置き去りにしたオレたちが悪いんだろ!? は悪くないさー!」
「裕次郎、落ち着けって。でも永四郎、オレもそう思うさー」

 まぁまぁ、と宥めるのはオレと知念くんの役目だ。田似志は困ったような顔して様子を見てる。

「オレたちがちゃんとを送ってやってれば、こんな目にあわずに済んだはずだろ?」
「……まぁ、一理ありますがね」

 しばらく押し黙っていた永四郎が、フンと鼻をならしてそっぽをむく。
 すると、その永四郎の腕をが掴んで、くいくいっと引いて。

 ぎょっとして振り向いた永四郎にむかって、は邪気のないのほほんとした笑顔を向けた。

「助けてくれてありがとう!」

 ……コイツ、モテるんだろーなって思った。
 美人じゃねーし、スタイルも華奢ってだけで平凡だし、性格は変わってるし。
 でも素直さと笑顔はピカイチだ。

 微笑みかけられた永四郎は顔をひきつらせてっけど、ありゃまんざらでもねーって顔だぜ?
 その証拠に、永四郎の目が柔らかくなってるし。

「観光客なら観光客らしく、旅先の安全にはいつも以上に気を遣ってもらいたいものですね」
「うん、ごめんね。気をつける」

 こっくり頷いたに、永四郎は短くため息をついた。あ、笑ってやがるよ、永四郎。逆に裕次郎がムッとしてるさー。

「ところでクン。手ぶらですか?」
「え? うん、手ぶらだけど……お財布ポケットだし」
「やれやれ……キミは本当にマイペースですね。あの店の持ち帰りのサーターアンダーギーが絶品だと教えてあげたでしょうに」

 ……お?

 なんか雲行きが変な方向にいきそうな予感。
 オレと知念くんと田似志は顔を見合わせた。

「あ、さーたーあんだぎー!」
「全く。一緒に来ているというオジイさんには手土産なしですか」
「あ、あぁ〜、忘れてたぁ〜……」

 がっくりと肩を落とす。ありゃ絶対、爺さんへの土産じゃなくて自分が食いっぱぐれたことを後悔してんな。どこまで食い意地はってんだよお前。そもそもナンパに引っかかったのもその食い意地が元凶だろっ。

「仕方ありませんね」

 ところが、永四郎はフッと微笑んだかと思えば。

「ホテルまで送りがてら、さっきの店に寄ってあげますよ。まだ開いてる時間ですから」
「ホント!? やったっ、ありがと木手っ」
「子供みたいにはしゃぐのやめなさいよ、クン。時刻が時刻なんですから、急ぎますよ」
「うんっ」

 …………。

 おい?

 二人で盛り上がったかと思えば、さっさと袋小路を出て行く永四郎と
 って。

「おぉぉおおおいっ、木手っ!! お前それ、抜け駆けって言うんじゃね!?」
「かってんぐわー!!」

 はっと我に返った裕次郎と、食い気を思い出したらしい田似志が二人を慌てて追いかけて行く。

 で、取り残されたのはオレと知念くん。顔を見合わせて、ゆっくりと袋小路の出口を見て。

「永四郎と裕次郎、どっちが勝つと思う?」
「……どっちも負ける気がする」
「オレもそう思うさー」

 オレと知念くんはニヤッと笑ったあと、のんびりとした足取りでみんなのあとを追いかけたのだった。


 ☆★☆★☆


「蓮二」
「ああ、弦一郎。待ってたぞ。早かったな……どうした? 顔色がすぐれないようだが」
「オレのもとにもから残暑見舞いが届いたのだ……」
「何か悪い知らせでも書かれていたか?」
「読めばわかる」
「読んでもいいのか? ……『沖縄で、ノニとかゴーヤとかウコンとか、体にいい食材たーっくさん教えてもらったから、休み明けの練習の栄養ドリンクに期待しててね!』……か」
「蓮二っ、なんとか阻止する方法はないのか!?」
「……全力で、考えよう」

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