「よーし、練習ここまで! 全員で片付けるぞー!」
「「「うぃーッス!」」」

 3年生の号令とともにみんながばらばらとコートの片付けに入ったのを見て、僕はがしゃんとフェンスを叩いた。

「サーエさーん!」
「ん……? あぁ、剣太郎じゃないか。やっぱり来たな?」
「へへへ。これから潮干狩りでしょ? 連れてってよ!」

 金網越しにお願いすれば、サエさんはバネさんを振り向いて相談する。
 そして、バネさんがぐっと親指突き出したところで、僕はフェンスを乗り越えた。



 14.アイム ラヴィニット



「また練習覗いてたのか? だったら一緒に混ざればよかったのに」
「全国大会前でしょ。さすがに遊びで混じれないよ」
「剣太郎も常識をわきまえるようになったのねー」
「成長したな! 剣太郎!」

 大きな手でぐりぐりと僕の頭を撫で回すバネさん。それを楽しそうに見てるサエさんと樹っちゃん。
 それからちょっと離れて、1年生のダビデ。
 今日の潮干狩りメンバーはこれだけだ。

 本格的な夏が始まって、六角中庭球部も順調に関東大会を勝ちあがってる。
 それでも練習の息抜きを忘れずリラックスしてる先輩たち。
 僕も来年はこの輪の中に入ってプレイするんだ!

「よーっし剣太郎、どっちが多く獲れるか勝負しようぜ!」
「もちろんだよバネさん! ダビデもやるよね?」
「競争を今日しよう……プッ」
「つまんねー上に苦しすぎるんだよ、ダビデっ!」
「うおっ!!」

 たらたらと歩いたって数分でたどりつく潮干狩り場。
 背後からバネさんのとび蹴りをくらったダビデは、顔面から砂浜にダイブ!

「今日もいい蹴り決まってるなぁ」

 夏の日差しがよく似合う爽やかな笑顔を浮かべるサエさんは、ダビデの心配なんて1ミリもしてないし。

「お前ら競争ばっかりしすぎなのね。資源の乱獲はいけないのね」

 樹っちゃんはダビデじゃなくてアサリの心配をしてるし。

「ったく……まぁ、何はともあれ始めようぜ! 樹っちゃんの味噌汁早く食いてぇし」
「そうだね。始めようか」

 砂場にめりこんだままのダビデをさくっと無視して、バネさんとサエさんはバケツを置いて大きく伸びをした。

 ところが。

「あれ……おジイが来てるのね」
「えっ? どこどこ?」

 樹っちゃんが海に向かって右手側を、手をかざしながら見つめた。
 僕たちもそれに習うように右手側を見て……あれ?

 樹っちゃんが言うとおり、確かにおジイはそこにいたんだけど。
 赤いアロハシャツにおジイには大きすぎるような気がする麦わら帽子。うん、間違いなくおジイだ。
 でも砂浜にしゃがみこんで砂を掘ってるおジイのすぐ目の前。

 真っ白なワンピースを着て、膝を抱えてしゃがみこんでる女の子がいた。

「女の子だね」
「見たことない顔なのね」
「遠すぎて顔見えないよ! 可愛い!? 可愛いのかな!?」
「おジイのデートはおバアに決まってる」
「いやどう見てもオレたちと同い年だろ」

 隠れる場所もないってのに、僕たちはトーテムポールのように縦に連なっておジイとその子を見た。

 あ、おジイがアサリを掘り当てた。
 それを目の前の子に手渡して……な、なんか楽しそうに笑ってるよ??
 うぅっ、可愛い可愛くないを抜かしても、女の子といちゃいちゃしてるおジイがニクイっ!

「おジイの知り合いなのかな。おーい、おジイーっ」

 サエさんがおジイを呼んだ。彼女はぱっと、おジイはゆっくりとこっちを振り向く。

「うぇるかむ〜」

 いつもの調子で手を挙げたおジイの正面で、首を傾げていた彼女が立ち上がる。

「行くか?」
「行こう! 今すぐ行こう!」

 バネさんの問いかけに、僕はぶんぶんと首を立てに振った!

 近づくにつれて、彼女の顔もはっきり見えてきた。
 美人ってわけじゃないけど、白いワンピースの雰囲気がよく似合う、愛嬌ある感じの女の子。僕よりは年上に見える。ダビデと同い年かな。それとも、サエさんたちと同学年かな? 背は女子としては普通くらい。でも、なんか華奢だ。

 目の前までやってきた僕たちを、首をかしげてみていた彼女は、ふとおジイのほうを振り向いて。

「「おジイの知り合い?」」

 あ、サエさんとかぶった。
 目を丸くした彼女はサエさんと一瞬見詰め合って……楽しそうに、お互い笑顔を見せる。

「さすがなのね」
「サエの女子と打ち解けるあのスピードは、理屈じゃねぇよな」
「うううううらやましいな、サエさんっ!!」

 よ、よぉし、僕だって!
 ここで彼女の笑顔を自分に向けられなければ、この先一生微笑みかけて貰えない……っ!

「アンタ、おジイの知り合いなのか?」

 ちょ、バネさんっ! 邪魔しないで!

「え? うーん……さっき知り合ったばかりなんだけど、知り合った以上は知り合いなのかなぁ?」

 彼女は首を傾げながら、ね? とおジイのほうを向く。
 するとおジイは再び掘り当てたアサリを彼女につきつけながら、

「ナンパぁ〜成功ぅ〜」
「はぁ? ナンパ!? お、お、お、おジイがナンパ!?」

 ううう嘘っ!? お、お、おジイがナンパして、成功するの!?
 
「あはは。私が電車で寝過ごして、見知らぬ駅で困ってたら声かけられたんだよ、このおジイに」
「なぁんだ。そりゃそうだよね。驚いたよ」

 僕が目をぱちぱちさせて唖然とおジイを見ていたら、彼女はあっけらかんと説明してくれた。
 で、そこにさわやかに合いの手を入れるサエさん。……絶妙な呼吸だ。

 彼女はおジイの手からアサリを受け取って、手のひらで転がす。

「みんなは……おジイの知り合い?」
「知り合いっていうか、オレたちの監督だよ、おジイは」
「監督?」
「ああ。オレたちそこの六角中のテニス部員なんだ」
「六角中……」

 サエさんとバネさんの説明に、一瞬きょとんとした表情を見せる彼女。
 でもすぐにぽんっと手を叩いて、びしっと指を指した。

 指されたのは……ダビデ? 全員がダビデを振り返る。

「な、なんだ?」
「見たことあると思ったんだ、そこの人! 関東大会で見たんだ。あの長ーいラケット使ってた人だよね?」
「あ、あぁ」

 いきなり指されてぎょっとしたダビデ。彼女は嬉しそうな顔を浮かべてダビデに近づいて、その背後を覗き込む。

「近くで見てみたいと思ってたんだ。今は持ってないの? あの長いラケット」
「持ってない。……ラケットは学校のバケットの中に入れてある。……プッ」
「なんだー残念」

 うわー……。
 バネさんの突っ込みが入るまえに、ダビデのダジャレを綺麗にスルーしちゃったよこの人……。

 落ち込むダビデを慰めるバネさんって、初めて見た。

「関東大会って、君、テニス部員なの?」
「うん。マネージャーだけどね」
「うわぁ女子マネ!? いいなぁ!」
「あんまり役に立ってないけどね」

 あははと笑う彼女だけど、そんなことないと思う!
 厳しい練習中、コートの中で微笑んでくれる女子マネ……! ど、どこの学校だろう!? そんな羨ましいテニス部があるなんて!

 よ、よぉし。

「あの、僕、葵剣太郎って言います! 僕はまだ六角中のテニス部員じゃないけど、来年はそうなってる予定ですから! よ、よろしく!」

 サエさんと彼女の間に割り込んで、僕は名乗って手を差し出した。
 この手を彼女が握り返してくれなかったら、僕は3年間彼女ができない……!

 すると彼女は小さく首を傾げながら僕を見て、その小さな手で、僕の手を、握り返してくれた!
 や、や、や、やったぁっ!!

「うん。私は。来年は、ってことはまだ小学生?」
「そ、そうなんですっ。でも、すぐに中学生になります!」
「あはは、可愛いね。ウチの部にも君くらい可愛げのある後輩がいればいいのに」

 か、可愛い……か。うーん……しょうがないか、年上みたいだし。
 そ、それにしても柔らかい手だなぁ……! この感触、絶対に忘れないっ!

 って浸っていたら、背後からがしっ! と頭をわしづかみにされた僕。

「やるじゃねぇか、剣太郎! サエ、お株奪われたな?」
「ば、ば、バネさんっ!」

 かっかっか、と豪快に笑いながら僕の頭をぐりぐりと撫で回してるバネさん。
 目の前のサエさんは困ったような顔をして、腰に手をあてて。

「なんかバネさん、オレのこと誤解してない? 樹っちゃんもなんとか言ってやってよ」
「オレはバネの意見に賛成なのね〜」
「あ、みんなしてオレを陥れようとしてるな?」
「サエさんサエいなくなれば、オレのダジャレもサエわたる……プッ」
「ダビデっ!!」
「! バネさんタンマ! ぐぉっ!」

 バネさんの華麗なるハイキックがダビデの脳天にクリーンヒットしたのを見て、さんはすごいすごいと手を叩いて喝采する。
 あ、喜んじゃうんだ……大丈夫!? とかじゃないんだね……。

 再び砂場にめりこんだダビデを踏みつけて、バネさんがさんを振り向いて。

「電車で寝過ごしてって言ったよな? どこ行くつもりだったんだ?」
「自宅に帰るところだったんだよ。でも、初めて使う駅だったから乗る電車間違えちゃって」
「その上で寝過ごしちゃったのかい? そりゃあ大変だったね」
「うん。寝ぼけたまま改札でちゃって、駅前に見覚えなくて。あれ? って思ってたらおジイに声かけられたの」
「……ホントにナンパしたのね、おジイ」

 呆れた目で見下ろせば、おジイは既に7個目のアサリを掘り出していた。

「おジイがね、おいしいアサリとハマグリ食べさせてくれるっていうから、ついてきちゃったんだ!」
「おいおい……そりゃ誘拐犯の手口だろ……。アンタもそれについてくんなよ」
「あはははは」

 さらに呆れかえったバネさんがさんを見るけど、さんはちっとも答えてない顔で笑い飛ばす。
 はは、なんか変わった人だなぁ。

 そのバネさんの肩をサエさんがぽんぽんと叩く。

「いいじゃないか、バネ。ね、さん、オレたちちょうど潮干狩りするところだったんだよ。この後用事もないなら、一緒にやっていかないかい?」
「そうですよ! ハマグリならおジイよりも樹っちゃんのほうが掘り当てるの上手だし!」
「任せるのね〜」

 さわやかにさんを誘ったサエさんに便乗して、僕と樹っちゃんも彼女を誘う。
 こんな晴れた夏の日に、女の子と一緒に遊べるなんて、またとないチャンスだし!

「いいの? せっかく仲間内で遊びに来たんでしょ?」
「いいんだよ。オレたちだって男所帯より可愛い女の子が一緒のほうが楽しいし」

 でた!
 サエさんの超天然口説き文句!

「気にすんなよ。どうせおジイだって、獲ったアサリはオレたちに調理させる気だったんだろうしな」

 バネさんもサエさんの提案に賛成みたいだ。
 あと一押し! 

「ダビデも、ホラ。さんと一緒にアサリ食べたいよね?」
「アサリをあっさり調理する……プッ」
「えー、バターと醤油で濃くいこうよ〜」
「…………」

 またまたダビデのダジャレを突っ込むことなく笑顔でスルーするさん!
 あのバネさんですら突っ込みそこねて唖然としてるよ!?

「華麗なるボケ殺しなのね」
「もしかして、バネよりいいコンビなんじゃないか?」

 笑いながらのんきに批評してる樹っちゃんとサエさんだけど、フォローもしないでナチュラルに後輩いじめだよね、それ。

「ま、まぁダビデのヤツはほっといてだ」
「ほっとくんだ、バネさん……」
「なんか時間くっちまったし、今日は潮干狩りを中止して浜焼きにしないか? 昨日砂吐かせたアサリもあるし」

 バネさんがぐるっとみんなを見回した。
 日が落ちるにはまだまだ早いけど、確かに潮が満ち始めてるし、それになにより……。

さん、潮干狩りよりも浜焼きに食いついたね」
「目の輝きが違うのね」

 そもそもおジイがアサリをご馳走するって誘ったんだっけ?
 お、お腹すいてるのかな。おジイが掘り出した13個目のアサリを握り締めて、期待の眼差しでこっち見てるよ。

 バネさんとサエさんが顔を見合わせて頷いて。

「決まりだな? それじゃあ部室から樹っちゃんとサエは貝持ってきてくれ。剣太郎とダビデは七輪、炭はオレが持ってくっから」
「おっけー!」

 バネさんがテキパキと指示を出して、僕たちは動き出す。
 くぅぅっ、女の子と一緒に浜辺でバーベキューなんて楽しみだなぁ!
 部室へと向かう足取りが弾んじゃうのはもう仕方ない!

 ところがそんな僕の背後から、含み笑いとともに近づいてきたみんな。

「剣太郎、わかりやすすぎるぞ?」
「な、な、な、なにが!?」
「いまさら何がもないと思うのね」
「ははぁ。さんに一目ぼれかい? 剣太郎もそういう年頃かぁ」
「葵の青い春……プッ」
「「ダビデっ!!」」

 最後のダジャレには、僕とバネさんのダブルつっこみが炸裂した!


 浜辺でバーベキューはいつもしていることだから、部室に保管している七輪や炭もすぐに取り出せるところにある。
 今日は僕たち以外に潮干狩りや浜焼きする部員はいなかったらしく、個数もばっちり揃ってた。
 ちなみに、六角予備軍もたまに拝借することがあったりするんだな。僕たちだけで火を熾すとすっごく怒られるんだけど。

「七輪は4つでいいかな」
「樹っちゃん、ハマグリどう?」
「ありゃ、炭は新しいの開けなきゃだめか?」

 みんなも慣れた様子でテキパキと準備する。
 サエさんと樹っちゃんはアサリとハマグリが山盛りのバケツを持って、僕とダビデは2つずつ七輪を持ち上げる。バネさんは余ってた炭をかごに入れて、新しい炭の束を抱えた。

 と、そこに。

「私は何を運べばいいの?」
「アレ? なんだも来たのか」

 振り返れば、部室の前で首を傾げてるさんがいた。手伝いに来てくれたのかな。

「浜でおジイと待っててくれてよかったのに」
「働かざるもの食うべからずだよ。何持っていけばいい?」

 にこにこしながら、袖まくりする仕草を見せるさん。袖なしのワンピースなのにね。

「荷物運びはオレたちに任せとけばいいって。だいたい、そんな白い服で七輪やバケツ運んだら汚れちまうだろ?」

 バネさんの言うとおり。
 さんが着ているのは、目にまぶしいくらいの真っ白なワンピースだ。髪の毛1本だって、くっついたら目立つような無垢の白。荷物もちなんてさせたら、一発で汚れるよ。

「汚れても平気だよ。そんな高い生地でもないし」
「でもこれから電車乗って帰るんでしょう? やっぱり汚しちゃ駄目ですよ」
「あ、そっか。……うーん、でもただご馳走になるだけっていうのも落ち着かないよ」

 い、いい子だなぁ……。
 困ったように笑ってるさんに、僕たち、多分全員がじーんとした。

「うーん、それじゃあ手伝ってもらおうか?」

 するとサエさんがそんなことを言い出して。
 両手に下げていたバケツを床に置いたあと、自分のロッカーを開けてごそごそしだした。
 そして取り出したのは、夏場はほとんど活躍することのないテニス部の長袖ジャージ。

 そしてサエさんてばなんとなんとなんとっ!
 さわやかな笑顔を浮かべたままそのジャージを、ふぁさっとさんの肩にかけたんだ!

「じゃあこれ。エプロンがわりにすればいいよ」
「「「!!!」」」

 わざとらしさもキザったらしさも一切無い、あくまで自然な仕草でそんなことしちゃうサエさんに、全員が絶句したよ!
 あ、あ、あ、ファスナーも閉めてあげるんだ!? そんなのモロ王子さまじゃん!

 華奢な体にサエさんのジャージを羽織ったさんは、なんというか猛烈に萌え!!
 サエさんのジャージはさんの膝上くらいまでをすっぽり覆ってるから、エプロンの役割としてはばっちりだ。

「でもこれじゃ、サエさんのジャージが汚れちゃうよ?」
「あれ、オレのことサエさんって呼んでくれるんだ? じゃあこっちもちゃんって呼ぼうかな」
「だって名前知らないもん。さっきみんなそう呼んでたよね?」
「そうだよ。ウチはみんながあだ名で呼び合ってるからね」
「そうなんだ! ……じゃなくて、ジャージが」
「平気だよ。ジャージが汚れるくらい」

「……出たぞ、天然ホスト……」
「ニクイっ! サエさんがすっごくニクイっ!!」
「でもさんはサエのフェロモンをスルーしてるのね〜」
「惚れてたら問題だった。サエさんのジャージを返さん……プッ」

 今度こそダビデのダジャレは全員にスルーされて。

 談笑してるサエさんとさんの和やかオーラに気圧されて、僕たちは炭やら七輪やら抱きしめながら呆然とするのだった……。
 時々サエさんって、すっごくズルイよなぁ……。


 で、汚れ防止対策をバッチリしたさんだけど、結局は醤油やバターや汚れそうも無い調味料を持ってもらって。
 それでもバーベキュー慣れしてるらしい彼女は、その後もバネさんの炭熾しなんかを手伝ってくれて。
 そして待ちに待った大ぶりハマグリにありついたさんは、目を潤ませたかと思うと採取した樹っちゃんに勢いよく抱きついてみんなを驚かせたり、僕が嫉妬してみたり! ずるいよサエさんも樹っちゃんも! 気が無い素振りしてたくせに!

「はー食った食った! お前も細いくせによく食うんだな、!」
「また遊びに来るといいのね。のために大きいハマグリ獲っておくのね」
「樹っちゃん、どうせなら佃煮にしておこうよ。ちゃんとなら全国大会で会えるんだろうし」
と再会するのは明らか……プッ」
「ひねりがなさすぎなんだよ、ダビデっ!」
「うおっ!!」

 ……そして、空が茜色に変わり始めた頃には、みんながさんのことを下の名前で呼ぶようになっていた。
 なんていうか、みんな馴染むの早すぎ!

 とはいえ。

 さん、じゃなかった。さんの家は神奈川にあるらしくて、さすがにもう帰らないと遅くなってしまうということで。
 お土産におジイが獲ったアサリ30個を小さなバケツに入れて、さんはサエさんのジャージを脱いだ。
 ちなみに、駅まで送っていくのはおジイの仕事……らしい。
 おジイもおジイでいいとこどりするんだよな。

「それじゃ、もう行くね。みんな、今日はごちそうさま!」
「オウ! 気をつけて帰れよ!」

 バネさんもダビデも、みんなが手を振って見送る。
 するとさんも笑顔を見せてくれて。

「全国大会で会えるといいね。剣太郎は、来年はコートで会おうね!」
「! は、はいっ!」

 う、うわぁぁ、名前で呼んでくれた!
 サエさんも樹っちゃんもあだ名だけど、僕だけ名前! や、やったぁ!

 あまりの感激にぷるぷるしてたら、にやにやしたバネさんに肘でつつかれた。へへ。

 真っ赤な太陽を背負いながら砂浜から遠ざかっていくさん。
 だけど角を曲がる直前で、彼女はもう一度僕たちを振り返って、にっこり微笑んだ。
 そして両手を高々とあげて、指で作ったのは……三角形?

「さよなら三角!」

 あ。

 僕たちは顔を見合わせて、ニッと笑って。

「「「また来て四角ー!!」」」

 全員で、大きな四角を描いて返事した。
 最後に彼女はとびきりの笑顔を浮かべたあと、大きく手を振りながら夕日の中に溶けていった。

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