「……かてぇ。肉の味もあいまいだし、食えたもんじゃねぇな、このラムは」
「お前な……いつも自分ん家で食ってるような肉と比べてんなよ? 激ウマじゃねーか」
「そうですよ跡部さん! 招かれた席でその態度は、いくらなんでも失礼です!」
「鳳のヤツ、恋に目がくらんで跡部に大口叩いてるぞ……」
「ほっとけばいいんですよ。勝負だってのに文句ばかり言ってることは事実なんですから」
「新鮮なラムってあんま臭いキッツくないんやなぁ。このタレもまた絶品や」
「羊ウメー!!」
「おいしい……です」



 13.あの鐘をならすのは:後編



 幸村たちの意味ねぇ闘争心に火がついて、どちらがより多くラムを消化できるか=に貢献できるかを競うハメになったオレたちは、七輪をそれぞれ2台ずつ囲んで食べ始めていた。
 宍戸や向日あたりはこの程度の肉を旨いなどと言って食ってるが、正直美食慣れしたオレにとってはグレードが低すぎる。
 結局オレは2台の七輪の中心に居座り、肉焼き係となってしまっていた。

 オイ。なんか納得いかねぇぞ、このポジションは。

「樺地、その肉はスジが多いからコッチ食え。その肉は忍足にでもくれてやれ」
「ウス」
「ちょ、ウスやないやろ! なんでオレがスジ肉やねん!」

 まぁ、こんな感じで部員の供給バランスをコントロールするのも長たるものの務めだな。フン。

「あれ?」

 とそこへ、ザルいっぱいの刻んだ野菜を運んできた
 すかさず両手を突き出した鳳に野菜を手渡したあと、は首を傾げながらオレのもとへと近づいてきた。

「食べないの?」
「食欲がそそられないもんでな。悪いが、オレの口には合わねぇんだよ」
「あ、食べ物選り好みしてる」
「アーン?」

 む、と口をへの字に曲げる
 なんだこの女。いっちょ前にオレに説教する気か?

「うおっ、アイツ跡部に反論したぜ!」
「おもしれっ! もっと言ってやれっ」

 宍戸と向日の野次がウゼェ。
 オレは鼻を鳴らしてを一瞥した。

「食い物粗末にしてるわけじゃねぇだろ? コイツらが全部食べるって言ってんだからそれでいいじゃねぇか」
「そうだけどさ、嫌いじゃないなら食べればいいのに。こういうのはみんなと同じものを同じときに食べるからおいしいんだよ!」
「そうだぜ跡部!」
「そーだそーだー!」

 オレの眼光に怯まずに言い返してくるを、丸井とジローが援護射撃する。
 フン……肝が据わってるのか天然なだけか知らねぇが、さすがにあの曲者揃いの立海でマネージャーやってるだけはあるか?
 このオレから視線を外さずに正論ぶつけてくるヤツなんて、久しぶりだぜ。

 おもしれぇ。

「別にコレに参加してねぇわけじゃねぇ。ここにいる部員の肉と野菜の摂取バランスを見極めて、それぞれの七輪に具材を振り分けてるだろ。これは部長であるオレの役目だ」
「何言うとんねん! オレにスジ肉とキャベツの芯ばっかよこしとるくせに!」
「なんだ、幸村と同じことしてるんだね」

 にこっと微笑んで立海の七輪を振り返る
 そこには。

「あ、スジ発見。はい真田」
「幸村……さっきからオレはスジ肉ばかり食わされている気がするのだが」
「真田ならスジも骨もばりばり噛み砕けるだろ? あ、もやしが焦げ始めてる。はい赤也」
「なんでオレには焦げた野菜ばっかなんスか!」

「……同じじゃねぇ」
「同じやろ!」
「テメェもこっちに構ってないで、自分とこのまとめ役に注意したらどうなんだ?」
「幸村はホラ、幸村だし」
「なんだそりゃ」
「そうですよ! さんがあっちに行くことないですって!」
「そーやそーや!」
「うるせぇぞ、忍足と鳳っ」

 図体ばかりでけぇのが、タッグ組んでぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねぇよ!
 いらいらしたオレは鉄板の隅で水分が抜けきり干からびる寸前になっていた玉ねぎを、問答無用で二人のタレ皿に突っ込んでやった。

「食えよ。食べ物粗末にすんな。そうだろ? 立海のマネージャーさんよ」
「うんうん。鳳も眼鏡の人も、血液サラサラになるよ!」
「! も、もちろん食べるよ! さんがせっかく用意してくれたものだしね!」
「オレも食ったるけど、眼鏡の人はないやろ? お嬢さん、オレには忍足侑士っていう名前があんねや」

 しなしなの玉ねぎを喜んでほおばる鳳と忍足。
 お前ら……立海のマネージャーに尻尾振ってんじゃねぇよ。
 自分とこの部員のヘタレ加減についついため息が出てきやがる。
 
 と、軽く頭痛がしてきたオレの耳に、さらに耳障りな高笑いが響いてきやがった。
 こんな笑い方すんのは1人しかいねぇ。
 見ればオレだけじゃなく、宍戸も日吉も向日も、ついでに言えば丸井までもがげんなりとした顔で笑い声の主を振り返っていた。

「ふははははは! 勝負にならんわっ。微温いぞ跡部! 勝敗をかけたこの場面で、女子にうつつを抜かしているとはな!」

 真田だ。
 無意味に胸を張って勝ち誇った笑みを浮かべてこっちを見てやがる。
 いいのか? お前が余所見してる間に、幸村がスジ肉を皿に放り込みまくってるぞ?

「我々は既に20人前はたいらげたぞ。勝負にならんわっ」
「アーン? こっちはそれだけ余裕があるってことだ。華持たせてやってんのがわかんねぇのか?」
「フッ、戯言を。王者立海相手に虚勢をはろうなど、滑稽通り過ぎて哀れだな! ふはは」
「うるさいよ真田。早く皿の中身片付けてくれないと次のスジ肉入れられないんだけど」
「むっ……」

 おい。滑稽通り越して哀れなのはテメェじゃねぇか真田……。
 幸村の一蹴で黙り込んだお前を哀れむどころか、無視を決め込んでる柳や仁王たちの態度に、このオレですら涙が出そうになるぜ。

「ま、まぁ真田はおいとくにしてもだ」

 垣間見えた立海の力関係と日常にぽかんとしていたオレたちだが、宍戸が口を開く。

「ちょっと和気藹々しすぎたのは事実じゃねぇか? くっだらねー勝負だけど、くっだらねーからこそ負けたら激ダサだぜ」
「わかりきったこと言わないでくださいよ。先輩たち、本気でジンギスカンをただ楽しんでたでしょう」
「そういう日吉こそ、野菜ばっか食ってんじゃねーよっ」
「ああうるせぇ。お前ら、ぐだぐだ言ってんじゃねぇよ」

 真田に発破かけられて、七輪と口を行き来する箸のスピードが上がってきた連中をひと睨み。
 不服そうなヤツもいたが、全員がこっちを見たところで、オレはトングを目の前につきつけてやった。

「焦ってんじゃねぇ。あっちは頼みの綱の丸井が中立の立場だろ」
「あー、主催共催者用七輪で食べとるもんなぁ」
「でもそれならジローだってそうだろ?」
「アーン? まだわかんねぇのか? こっちにゃ樺地がいるんだぜ? なぁ樺地」

「むふ」

 口の中の肉をもぐもぐとしながら、樺地が頷く。

 ま、そういうこった。この勝負、最初っから目に見えてんだよ!
 オレはトングを鳳と忍足に押し付ける。

「忍足、鳳っ、お前らふたりはそっちの七輪で野菜メインに焼け! 宍戸と日吉は樺地の皿に焼けた肉と野菜を補充しろ! 向日は火力をあげろ!」
「お……おうっ?」

 疑問符を出しながらも、全員がオレの指示とおりに動き始める。
 そしてオレはもやしの入っていたボウルにタレをそそぎこみ、樺地の使っていた皿と交換する。箸はトングと交換だ。

 そして。

 ぱちん!

 オレ様は高らかに指を鳴らす。

「食え! 樺地!」
「ばぁぁうっ!!」

 ここからが本番だぜ!
 オレの合図とともに、樺地がボウルに掘り込まれた肉と野菜をトングで思い切りつかみ、口へと運び出す!

「なっ、なんだよあれ!?」
「樺地くん! 勝負とはいえ、食事マナーは守りたまえ!」
「フン。野次なんか気にするな樺地。食って食って食いまくれ!」
「ぐふ!」

 立海側の文句も無視しオレだけの指示に、ぐもぐもと口を動かしながら樺地は頷いた。
 勝つのは氷帝だぜ!

「うわー」

 が、そこに、聞くだけで気が抜けそうな間延びした声が聞こえてきた。
 だ。
 ジローと丸井がひたすら食い続けている七輪の前からこっちを覗き込んで、なぜかにこにこと微笑んでやがる。

「樺地、だっけ? さっすが男の子って感じの食べっぷりだね!」
「ウ、ウス」
「ははっ、照れんなよ樺地!」

 向日が樺地の脇をつつけば、鳳の顔色が青ざめる。

「長太郎……お前今回、ちっともいいとこ見せてねぇぞ?」
「うぅっ……お、オレも食べますっ!」

 呆れた口調で鳳に発破かける宍戸だが、樺地の食いっぷりを見せ付けたあとじゃ大したアピールにゃならねぇよ。
 悪いな、鳳。

 が。

「ふーん……」

 対抗意識を燃やしたのは鳳だけじゃなかったらしい。
 地の底から響いてくるような声とプレッシャー。青ざめた立海部員。

 見れば、幸村のヤツが人畜無害な笑顔を黒オーラをしょって、こっちを見ていた。

「なるほどね。氷帝は最終兵器を温存してたわけだ」
「フン、本気出すまでもねぇと思ってたがな。なんなら、ここで勝負はやめてやってもいいんだぜ? テニス以外とはいえ、王者の戦歴に傷がついちまう前にな!」
「ふふ、すっかり勝者気分のようだね跡部。でも心配はいらないよ。こっちには4つの胃を持つ男・ジャッカルがいるんだからね!」
「っておいっ! オレかよ!?」
「幸村くん、桑原くんのは4つの胃ではなく4つの肺では……」

 突然名指しされた桑原がギョッとして、柳生のヤツが訂正を試みるも、

「みんな、動きが悪すぎるよ!」

 問答無用の一喝。
 瞬間、立海部員は静まり返り、だがしかし、次の瞬間には全員が猛烈な勢いで七輪に手を伸ばし始めやがった!

「す、すげぇ……アレが王者立海の次期部長候補か……!」
「統率力だけなら、跡部を凌いどるんとちゃうか」

 まるで負ければ死刑を宣告されるかのように、必死の形相で肉を食い始めた立海部員を呆然と見つめながら、感嘆の声を出す向日と忍足。

「アーン? んなわけねぇだろが。くだらねぇこと言ってねぇで、お前らも食え! 樺地ばっかりに食わせてんじゃねぇぞ!」
「って、樺地ばっか食わすように指示したんは跡部やろ!」
「忍足さん、突っ込むだけ無駄ですよ。それより食ってください」
「みんながんばれ〜!」

 にわかに勝負らしい雰囲気になり、オレたちは我先にと生焼けの肉に手を伸ばす。
 こうなった以上はしのごの言ってらんねぇ。オレ様も食ってやるぜ!

 のんきなの声援を背に、肉も野菜も、オレたちは猛烈な勢いで消化し始めた。

 にしても、くどいなこのソースは。

「おい
「なに?」

 呼びかけると、は首をかしげて返事する。

「主催者のくせに気がきかねぇな。飲み物が用意されてねぇじゃねぇか」
「あ、ごめんごめん! 出すの忘れてたね」

 ぽんっと手を打って、があははと笑った。
 あははじゃねぇよ。そんなんでよくマネージャー務めてられるな。

 ところが、だ。
 が立ち上がって、次の言葉を吐いた瞬間だった。


「ちゃんと用意したんだよ。お肉を食べたあとにさっぱりできる、特製ハーブ入りの野菜ジュース!」

「「「「「「 !!!!! 」」」」」」


 ひたすら肉と野菜を食べ続けていた立海の連中が、一斉に硬直しやがったんだ。
 アーン? なんなんだ?

「へぇ、お嬢さんの特製ジュースなんか?」
「嬉しいですね! わざわざ作ってくれたなんて!」

 忍足と鳳は何気なくヨイショしてやがるが……。
 おかしい。
 なんなんだ、立海のヤツらの反応は?

「跡部……」
「アン?」

 すでに庭先にはもってきていたらしい、特製ジュースが入っていると思われるタンクの元に駆け寄っていったの背を追っていたら、幸村に声をかけられた。
 だが、幸村自身は七輪を見つめたまま、微動だにしない。

「余計なこと言ってくれちゃって……」
「余計なこと?」
「跡部」

 めぎょっ、と箸を握りつぶした幸村を怪訝そうに見ていたら、かわりに柳と真田がオレを振り向いた。
 その顔に浮かんでいるのは、一様に、悲壮。

「効果は抜群だ。それは心配しなくてもいい」
「だが……いや。お互い、生きて全国大会で会おう」
「あぁ?」

 まるで戦地に赴くかのような台詞を吐く二人に、オレは眉をひそめ、他の奴らも顔を見合わせた。

 が。

 それから約30秒後。



「「「ごふぅっ!!??」」」



 十人十色の断末魔をあげながら、オレたちは立海の連中の悲壮感の理由を知ることとなった……っ!
 くっ……キングたるこのオレが、この程度で……っ!!

「まだまだ食えるぜ! っ、脱落したとこから肉持ってきてくれよ!」
「羊ウメー!」

 ひたすら食べることに集中していて毒性ドリンク、じゃねぇ特製ドリンクを免れた丸井とジローの声を聞きながら、オレたちは意識を闇の底へと沈めるのだった……。




「お、鳳……オレ、レース棄権するわ……がんばりや……」
「オレは最初から参加してないからな……っ!」
「お、忍足先輩っ……日吉っ……! オレ、二人の遺志を継いで、がんばりますっ……ぐふっ!」

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