「なんかこのクラス、随分ピリピリしてねぇ?」
柳生に借りてた教科書を返しに入り込んだA組は、なんか妙に空気が張り詰めていた。
教科書を手渡しながら柳生に尋ねれば、困ったように眉尻下げて、
「朝から真田くんの機嫌が最悪ですから、みなさん怯えてしまっているんですよ。ほら、今日は……」
「……あ、わかった。トリック・オア・トリートだろぃ?」
ぱちんと指を鳴らしてハロウィンの決まり文句を言った瞬間、真田の殺人視線がオレに突き刺さった。
〜 立海大でハロウィンしよう! 〜
「全くもってけしからん。全くもってたるんどる! 菓子類の持込は校則で禁止されているだろう!」
「……と、こういうわけでして」
「んっだよ真田……。もしかして風紀委員長の権限でお菓子没収とかしてんのかよ?」
「当然だ。学業に不要なものを取り締まるのが風紀委員たるものの務めだろう」
マジかよ。
眉間にシワよせて、ついでに腕も組んだまま椅子に座ってる真田の様は、さながら戦国武将みたいだ。
柳生を見れば、そこまで厳格にならなくともと表情が物語っていた。
今日は10月31日。ハロウィンの日だ。このオレが忘れるわけねぇだろぃ?
昨日は赤也やジャッカル、それから食い物と言えばの4人でハロウィンお菓子を誰が一番収穫できるかの賭けもしたくらいだし。
オレも朝からクラスメイトや部活仲間問わず、片っ端から「トリック・オア・トリート!」の呪文でお菓子もらいまくってるもんな。オレの普段のキャラを知ってるヤツらは「丸井くんなら絶対に言ってくると思った」と言って、ぽんぽんお菓子をくれるし。はともかく、赤也とジャッカルにはゼッテー負けねぇ!
……なんて感じで、さっきはのクラスに立ち寄って中間成績報告なんかもしてたんだけど(柳は呆れた顔してた)。
そうだった。この頑固親父のこと忘れてた。
マジセーフだったぜ! 柳生に開口一番「トリック・オア・トリート!」ってねだらなくてよかった!
やってたら即時に真田の拳骨&菓子没収の刑食らってただろうしな!
「つってもみんながやりとりしてる菓子なんてガムとか飴とか、普段持ち歩いてるようなモンばっかだぜ?」
「菓子は菓子だ。区別をする必要性がわからんな」
「バレンタインは黙認してんじゃん!」
「……個人的にはあれも認可しがたいイベントだ」
バレンタインは先生方から大目に見るようにとお達しが来るんですよと、こそっと柳生が教えてくれる。
んだよ。先生がいいっつってんなら余計にいーじゃん! ハロウィンだって認められるべきだろぃ!
「心配しなくても真田に菓子ねだろうとするヤツなんかいねーって……。人が楽しくハロウィンしてんの邪魔すんなよっ」
「オレは校則を周知徹底しているだけだ」
「だーもーこの石頭!」
「……ほう。他クラスのことは他クラスの風紀委員に任せておこうと思ったが、お前には今ここで風紀の粛清を受けてもらう必要があるようだな」
「げ」
ヤベ、言い過ぎた!
目を吊り上げた真田がゆっくりと立ち上がってオレに向き直った。オレのまわりにいたA組の奴らはあっという間に蜘蛛の子散らすように教室の端に逃げていく。
オレは助けを求めて柳生を見たけど、柳生はこめかみに手をあてて小さくため息つきながら首を振るだけだった。
……って助けろよ、オイっ!
「ちょ、ちょっと待てって真田! ホラ、オレ今なにもお菓子持ってねぇし! 無実だし! そういうのは現行犯が原則だろぃ!?」
オレはじりじりと後退しながら逃げ出すタイミングを計る。赤也じゃあるまいし、いちいちこの程度で真田のゲンコくらってられっかよ!
と、そのときだった。
「真田ー、柳生ー」
いつもどおりののほほんとした声がA組内に響いたのは。
「っ!? よっし、ナイスタイミング!」
「あれ、ブン太も来てたんだ?」
天の声に振り向けば、そこには首を傾げながらこっちを見ているがいた。教室の入口から顔を覗かせてこっちを見てる。
オレは真田の拳骨から逃れるためにを手招きして呼び寄せて、その背後に隠れた。
「丸井くん、女性を盾にするのは……」
「しょーがねぇだろぃ! それよりっ、どうしたんだよ? 柳生か真田に用か?」
渋い顔する柳生だけど、んなこと気にしてる場合じゃない。オレは話題を変える為にきょとんとオレたちを見ているに話を振った。
するとはこくんと頷き、それからにこっと笑って。
「まずは柳生から! トリック・オア・トリート!」
ぴきん
期待に満ち満ちた笑顔で言い放ったの言葉に、A組の空気が一瞬で凍りつく音が聞こえた。ゼッテー今の空耳じゃねぇ。
そして同時に真田のこめかみに交差点マークがビキッと浮かび上がり、言われた柳生は口元を引きつらせた。
……って、全っ然ナイスタイミングじゃねぇーっ!! このタイミングでそれを言うか!?
「あ、ええと……さん」
引きつりながらも柳生はかろうじて笑みをうかべつつ、無言で成り行きを見守っている(っつーか監視してるっつーか)真田をちらちら見ながら首を振った。
「残念ながら、持ち合わせがありません」
「あれ、そうなの? それじゃ柳生はいたずらだね!」
「な、なにをなさるおつもりですか?」
真田の前だからか、それとも本当に何も持っていないのかは知らねぇけど。
柳生はにやりと口の端を吊り上げたの笑顔に椅子ごと体を後に引いた。
あーわかるわかる。がやるいたずらと言ったら大抵意表をつくっつーか度肝を抜くっつーか、そんなんだもんな。
あると言えば真田地獄、ないと言えば地獄。
ヒロシ、ご愁傷様だぜ!
「、柳生に何するつもりなんだよ?」
「あ、ブン太も協力してね。柳生の変顔写真撮るから!」
「変顔? ぷっ……柳生の!?」
「そうそう!」
はポケットから携帯を取り出してカメラモードに切り替えて、それをオレに手渡した。それから自分は嬉々としながら柳生の背後にまわる。
なんだなんだとA組連中もオレの背後から柳生とを覗き込み、
「それじゃいくよ! あっちょんぶりけっ!」
「ぶっ!!」
そしては、元気のいい掛け声とともに、柳生の両頬を両手で思いっきり挟み込んだ!
当然柳生の顔は両サイドからつぶされて、結果紳士とは思えないくらいに唇がタコのようにつぶれて突き出して。
ブフーッ!!!
その瞬間、真田を除くクラス中が噴出した!
「ギャッハッハ! スッゲー! 柳生スッゲー!!」
「や、柳生くんの顔があそこまで崩れるなんてっ……!」
「フツーに学校生活送ってたら絶対見れなかったよな!」
「さすがテニス部の女帝! やるな!」
腹抱えて転げまわってるヤツもいる。笑っちゃ悪いと思ってるらしい女子だってそっぽむいて肩揺らしてるし。
つーかオレの腹筋も超ヤバイ。この携帯手ブレ補正機能がついてるみてーだけど、それ以上に手ぇ震えてまともに撮れねぇって! 無理!
「……さん……」
「あ、ごめんね。痛かった?」
「い、痛くはありませんが……」
に両頬を挟まれたまま撫で撫でされてる柳生は、眉間にシワを寄せつつも苦情を言いかねてる様子で神妙な顔してた。
まーな。この程度で腹立ててちゃ紳士の名折れだもんな!
「他の方にもこんなことをしているんですか?」
「ううん、いたずらしたのは柳生が初めて。幸村も柳も仁王も赤也もジャッカルも、みんなお菓子くれたから」
「へー、柳も用意してあったのかよ? オレもあとで行ってみよ!」
「そうしなよ! おいしそうな落雁くれるから」
「……ほう」
の紅葉型がついた頬をさすってる柳生と、その柳生の変顔写真を保存していると、次のターゲットを定めたオレ。
ところがそんなオレたちの耳に届いたのは絶対零度の声。
……ヤベ。
オレと柳生は口をつぐみ、見たくねぇけど振り向いた。
そこには案の定、こめかみをぴくぴくと痙攣させた鬼軍曹。
しかし青ざめるオレと柳生を尻目に、は相変わらずにこにこしたまま今度は真田の目の前まで近寄った。
「次は真田の番ね。トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃ真田も変顔写真の刑だよ!」
の言葉に、しーんと静まり返る教室内。
あれ? と首を傾げてはきょろきょろするけど、まわりの空気を読むなら真田の機嫌の方を読めよ!
……と叫びたいのに叫べない、蛇ににらまれたカエルのごときオレと柳生とA組一同。
「。一体どれだけの菓子を集めたのだ」
「えっ? えーとね、これが赤也のくれた飴でしょ、これがジャッカルのくれたチョコで、幸村のクッキーと柳の落雁と……」
腕を組んだまま目を据わらせて見下ろしている真田の言葉に、はポケットから次々と回収したお菓子を寄りだしては机の上に並べていく。……あっ、ジャッカルのヤツオレには10円チロルチョコだったくせに、には20円のでっけー方やってんのかよ! クッソー、あのハゲ! 今日の部活で覚えてろぃ!
「これが仁王でこれが錦先輩で」
「アイツ、3年の教室まで行ったのかよ」
「それよりもさんのポケットは四次元ポケットなんですか? 一体どうしたらあれだけの量を制服のポケットに詰められるんでしょうか……」
「そこはそれ、突っ込むだけ無駄なゾーンだぜ」
オレと柳生が呆れながらの戦利品を見つめていると、ようやく全部出し終えたのかがポケットを上からぽんぽんと叩き、
「これで全部!」
と、にっこりと微笑んだ。真田の机の上は半分がお菓子で埋まってる状態で、柳生の疑問がオレの頭でもはてなマークを点滅させる。
「」
真田は顔を引きつらせながら机の上のお菓子の山を一瞥して、それからに向き直り、
「たるんどるっ!!」
「うわ、びっくりした」
お得意の台詞で一喝! その声量たるや、中等部通り越して高等部にまで聞こえたんじゃねーかってくらいのでけぇ声!
オレたちは全員耳を塞いで、ついでに目も塞いだ。
けどはいつものようにきょとんとしたまま首を傾げて真田を見上げるだけだ。
だからお前の鋼の心臓はどんだけなんだっつーんだよ!
「学校に菓子類の持ち込みは禁止されているだろうが! 何を浮かれているのだお前はっ!」
「何って、今日ハロウィンだよ。だから」
「だからではないっ! ハロウィンだろうとなんだろうと、校則違反をするとは何事だ!」
「えぇー、このくらいのお菓子ならみんな毎日持ち歩いてるよ」
真田の声量に、さすがのも眉がハの字に下がる。
ねぇ? とこっちを向いて同意を求めるだけど……悪い! 今の真田に逆らう気はオレにはないっ!!
薄情とは思いつつも、オレも柳生もふいっと視線をそらした。
「問答無用だな。これらの菓子は風紀委員として没収する!」
「ええーっ!? なんで!? ひどいっ!」
「ひどくなどない。校則に違反したお前が悪いのだろう」
真田の宣告には、この世の終わりかというような悲惨な表情をしたかと思えば猛抗議を始めた。
うぅ……援護してやりてぇけど今の真田相手じゃ無謀すぎるもんな……。
の必死の抗議も右から左、真田はどこから取り出したのか小さな袋に机上の菓子をざらざらと流し込む。まるで消しゴムカスでも集めるみたいな手つきなのがまたムカツクんだ。
「真田ひとりで食べる気だ!」
「食べるわけないだろうが! 小学生かお前はっ!」
「うぅ〜っ」
ひとつの袋にまとめられたそれを取り返そうとは手を伸ばすけど、ひょいっと真田が手を上げてしまえば届くわけがない。の身長じゃジャンプしたって届かないだろうな。
なんかその必死な様子が気の毒でしょうがねぇんだけど、真田はこれっぽっちも情けをかけるつもりはないらしい。
しかしこんなことでくじける我らが男子テニス部マネージャーじゃねぇ!
お菓子を取り上げられたは、やっぱりオレたちの度肝を抜いてくれた!
「……お菓子くれないなら」
ぴょんぴょん飛び跳ねてたのをやめて口を最大限にまでへの字に曲げたかと思えば。
「いたずらしてやるーっ!」
言うが早いかのヤツ、こともあろうに真田に真正面から突撃していきやがったんだ!
「おいおいっ!?」
オレや柳生が止めるヒマもあればこそ、ってヤツだぜ!
ぎょっとした真田が反応するより早く、は両手を伸ばして真田のわき腹をくすぐりだした!
い、いたずらってそういうことかよ!
「!?」
不意を衝かれた真田はのくすぐり攻撃に笑い出したりこそしなかったものの、それでも弁慶の泣き所、じゃねぇけど、くすぐったかったのは確かだったらしくて、大きく身を捩っての両手を振り払った。
でもそこはせまい教室内。
真田のでかい図体はまわりの机や椅子にぶつかって、そのはずみで……
「うおっ!?」
「みぎゃーっ!!」
「真田くんっ!」
「っ!? 大丈夫か!?」
つまずいたか足をすべらしたかしたんだろうな。真田が倒れたのは別にどうでもいいんだけど、すぐ目の前でくすぐり攻撃を続けようとしていたまで巻き込んで倒れやがったんだ!
ズッテーン!! と漫画のような派手な音が教室中に響く。
オレも柳生もA組連中も、みんな目を丸くして真田とに駆け寄った。
「一体どうしたんだ? なんか真田の大声が聞こえたんだけど」
「あ、幸村くん……」
集ってきたのはそれだけじゃない。
さっきの「たるんどる!」が聞こえたらしい幸村くんや柳までもがやってきた。
オレと柳生はどう説明したもんかと顔を見合わせるけど、幸村くんと柳も顔を見合わせて、自分の目で確かめたほうが早いと判断したのか教室の中に入ってくる。
そして。
「なにこれ、どうしたの? とりあえず真田にトドメ刺していい?」
「トドメは駄目です幸村くんっ!」
「校内で女子生徒を押し倒すとは風紀委員の名が泣くぞ、弦一郎」
「開眼すんなよ! 柳も落ち着けっ!」
真田に押しつぶされてるを見下ろした瞬間にスッと目を座らせた幸村くんと柳を、オレと柳生で必死に止める。
すると幸村くんと柳の黒いオーラに気づいたのか、それともが自分の下敷きになっていることに気づいたのか、真田も慌てて飛び起きた。
「すっ、すまん! 大丈夫か!?」
「大丈夫なわけねーだろぃ! 体重差どんだけあると思ってんだよ!」
「体重差は約25キロだな」
「柳くん、突っ込むべきですか?」
「さん、大丈夫? 頭は打ってない?」
青ざめた真田が手を差し出し、その手をぞんざいに払いのけた幸村くんがの手をにぎって引っ張り上げる。
でも教室の床に座り込んだまま上体を起こしたは、うつむいたまま何も言わない。
「? どこか痛むのか?」
柳がしゃがみこみ眉根を寄せながらの顔を覗きこむけど、は首を振るだけだ。
ど、どうしたんだよ? 怪我したわけじゃねぇってんなら、なんでいつもみたいに笑わねぇんだよ?
のらしくない様子に、集った全員が不安そうな顔になる。
すると。
「…………」
が無言で自分のすぐ脇の床を指した。
なんだ? って全員がの指先に注目して。
あ。
幸村くんと柳を除く全員が口を開けた。
そこにあったのは、真田が没収したのハロウィン戦利品のつまった袋。
でもそれはさっきの衝撃でぺしゃんこにつぶされていて、袋の口からは粉々に粉砕されたクッキーや落雁が転げ出ていた。
それを確認した瞬間、どこからともなく響いてくる地鳴りのような音。
オレと柳生は瞬時に動いた!
「真田くん! 謝ってくださいっ! さんにっ、今すぐです!」
「っ! ほら、クッキーはつぶれちまったけど飴とかチョコは無事だって!」
柳生がぽかんとしている真田に訴えかけ、オレはつぶれた袋から無事だった菓子を取り出しに必死に見せたんだけど……。
ほら。昔から言うだろぃ?
食い物の恨みは恐ろしいって。
キッと顔を上げて真田を睨み上げたの柳眉はこれでもかってくらいに吊り上ってて、不機嫌絶頂に頬は紅潮してて、ついでに言うなら幸村くんや柳に効果覿面の涙目にまでなってて。
「真田の馬鹿ーっ! うわぁぁぁぁんっ!!」
そう叫んだはものすごい勢いで教室を飛び出して走り去っていった。
残されたオレたちは呆気に取られながらしばらくが飛び出していった教室の出口を見つめてたんだけど。
突然膨れ上がった黒いオーラに、オレたちは一斉に振り向いた!
振り向いた先には案の定、絶対零度の笑顔を浮かべた幸村くんと開眼した目を据わらせている柳!
「ひどいことするね、真田も。今の見た? さん泣いてたよ?」
「お、オレは何もうしろめたいことなどしとらんぞ!? 菓子没収は当然のことだろう!」
「その菓子を粉砕するのも当然だとでも言うつもりか?」
「それは不可抗力だ!」
真田は必死に言い返すものの、腰が引けてる時点で既に結末は見えてるな。二人から放出されてる黒オーラは、すでに真田を覆いつくしそうになってるし。
「丸井くん、そろそろチャイムが鳴りますよ」
「あ、ヤベ。じゃあオレそろそろ戻るわ」
君子危うきに近寄らず、だっけか。
オレと柳生とA組連中は、テニス部三強を完全空気扱いすることに決めて各々次の授業の準備に移ることにした。
30秒後、再び真田の声が校舎中に響くことになったけど、今度のそれは間違いなく断末魔だったぜ!
放課後。
いつもどおりの部活の練習を終えたオレは、鍵当番のジャッカルを赤也との二人と一緒に正面玄関前で待っていた。
ハロウィン菓子回収量の賭けはブッチギリでオレの勝ち! このあとジャッカルと赤也にコンビニで肉まん奢ってもらうことになってんだぜ!
真田のせいで賭けそのものができなくなっちまったも、赤也とジャッカルが気を利かして奢るからって言ったことで今はすっかり機嫌を直してる。
「やっぱあれかな。258円のデラックス豚角煮まんだな!」
「CMでやってるヤツでしょ。私もそれ食べてみたかったんだ!」
「アンタら後輩に奢ってもらうっつーのに贅沢言うなよな……。100円肉まんッスよ!」
ここ最近は一気に冷え込んできて、学校帰りの肉まんがたまらなく美味い季節になったもんな。
横で安い肉まんを訴えてる赤也を無視して、オレはとコンビニの新作まんじゅうの話題で盛り上がった。
やがてジャッカルが戻って来て、オレたち4人は横並びになって正面玄関を出る。
その間の話題も当然食い物だ。
「よりによって一番高いヤツねだらなくてもいーじゃないっすか!」
「あに言ってんだよ。当然だろぃ? 勝者の権利だ!」
「赤也に角煮まん奢ってもらうなら、ジャッカルにはチョコバナナプリンまんかなぁ」
「な、なんだそりゃ? そんなゲテモノまんじゅうあんのかよっ!」
最近のまんじゅう界って前衛的だよなーって言っても、頷くのはだけだ。
まぁそんな話しながらオレたちはようやく正門を出た。ここから駅までの中間点にあるコンビニが目的地だぜ。
ところがだ。
「遅い! 部活が終わって既に30分以上たっとるではないか! 用も無いのにだらだらと校内に居残るな! たるんどる!」
「げっ、真田副部長!?」
いきなり左手方向から響いてきた怒声に、赤也とジャッカルが条件反射ですくみ上がる。
「なんだよ真田……って、あれ? 幸村くんに柳に、なんだ仁王と柳生もいんの? なんかあったのか?」
買い食いが真田に見つかったらまたウルセーこと言われるから、わざと時間ずらして学校出たのに……と思いながら振り向いたんだけど、そこにいたのは両腕を組んで仁王立ちになってる真田の他に、テニス部のレギュラー陣が勢ぞろいしてた。
オレはたちと顔を見合わせて幸村くんのほうを見る。
すると幸村くんはクスクスと笑いを漏らしながら肩をすくめて、
「オレはこんなとこで待ってないで校内に入ればいいのにって言ったんだけどさ、真田が頑なに」
「校内に菓子を持ち込んではならんのだ!」
「……って言い張るから、さ」
ね、って幸村くんは笑いかけるけど、真田はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
ちなみに今の真田の口真似をしたのは仁王だ。スッゲー似てた。が目ぇきらっきらさせてるくらいだしな!
「菓子の持ち込みって、真田が持ってるその袋の中身か?」
ジャッカルが尋ねると、全員の視線が真田の右手に下げられてるビニール袋に集中した。
何にもプリントされてない真っ白な袋。うっすらと透けて見えるのは一口サイズのクッキーや煎餅が筒状に納められた、コンビニ菓子の定番シリーズのアレっぽい。
……ってなんで真田がコンビニ菓子なんて持ってんだよ?
今日日の中学生でコンビニ菓子が結びつかないヤツなんて真田くらいなもんだろってくらいに、不釣合いな組み合わせなんだけど。
あ、あと跡部も似合わねぇな。うん。
すると真田は眉間にシワを寄せながらも少しだけ居心地悪そうな、そんな表情をして。
「弦一郎、この寒空の中あまり皆を待たせるな」
「う、うむ……。あー、」
柳にせっつかれた真田は咳払いをひとつしてから、の目の前に歩み寄る。
そして、きょとんと真田を見上げたに、手に提げていたコンビニ袋をつきつけた。
「昼間の件だが、オレは間違ったことをしたとは思っていない。しかし、没収するだけのつもりだったお前の菓子を台無しにしたのは悪かった。代わりと言ってはなんだが……これで勘弁してくれんか」
へぇぇ〜……。
目をぱちぱちさせて真田と袋を何度も見比べてるのすぐ横で、オレはジャッカルと顔を見合わせてにやりと笑う。
どーせ幸村くんと柳におもいっきり説教されて渋々、ってとこなんだろーけど、あの頑固親父がめずらしく殊勝なことすんじゃん! さすがの真田も女子を泣かしちまったのは応えたみてーだな。
「謝っとるくせに偉そうじゃのう」
「まぁ、真田くんですからね」
茶化す仁王と柳生もニマニマしながら、らしくないことしている真田を見つめてる。
やがては手を伸ばして真田が差し出していた袋を受け取り、中身を覗き込んだ。
「あ、プチクッキーだ。真田が選んだの?」
「うむ。粉々にしてしまったのはクッキーが主だったからな」
「そっか」
真田の返答には大きく頷いてから顔を上げた。
その表情は、部活中にオレたちに元気とやる気をみなぎらせてくれるいつもの明るい笑顔だった。
「真田、わざわざありがと!」
「い、いや……。礼を言われるのは本末転倒だろう」
「そうだよ。もともとは真田の横暴から始まったことなんだし」
「そうだな。が礼を述べる必要性は皆無と言っていいな」
幸村くんと柳のさわやかな追い討ちに真田は閉口する。いつみても見事な連携だよな。オレとジャッカルの呼吸に勝るとも劣らねぇって。
すると、お前さんエエ子じゃのうと仁王に頭を撫でられていたがおもむろにプチクッキーの袋を開けた。
そして中から一枚取り出してぱくっと口の中に放り込んだかと思えば、そのまま残りのクッキーをオレたちに差し出して、
「みんなで食べようよ。ハロウィンなんだし!」
「っ! 買い食いするなどたるんどるぞっ!!」
「これ真田から貰ったものだから買い食いにならないもん」
「屁理屈を言うな! みっともないと言っとるのだっ!」
案の定真田はまた頭の固いことを言い出して勝手に憤慨してっけど、その間に他のレギュラー陣は「ありがとう、さん」「疲れたときは甘いもんだよな」と次々にのクッキーに手を伸ばし、ぱくりと食べていく。
「お、お前たちまで何をしとるかっ!」
「まぁまぁ真田くん……住宅地でそんな大声出しているほうが迷惑になりますよ」
「むっ……!」
「いーじゃないっすか! 今日だけっすよ!」
「赤也が今日だけとは思えんがのう」
「ま、赤也の言うとおりだぜ。あんまり固いこと言うなよ真田」
「確か『風紀』って社会生活の秩序を保つための規律って意味だったよね」
「ふーん。じゃあ今の真田は一致団結のレギュラー陣の輪を乱してるから、風紀委員長の風上にも置けねぇってわけだな!」
「ほう。テニス部副部長たるものが規律違反はいけないな」
頼みの綱の柳生や柳までもがクッキーを頬張るものだから、真田も正論のぶつけどころをなくしてぐむむと口をつむぐ。
でもやがて、眉間にシワは寄ったままではあったけど。
「……今日だけだ」
と、結局真田もののほほんとした笑顔の前に屈服したのだった!
……ところが。
ハイ、ってが真田にもクッキーを差し出して、真田もすまんなって言いながら手を伸ばしたときだ。
その真田の腕を振り払う、幸村くんと柳。
「なにをする?」
「買い食いはみっともないのではなかったか?」
「このクッキー、真田が買ったんだよね?」
「…………」
にこにこと微笑んだままクッキーの目の前に立ちはだかる二人。
真田のこめかみがぴくぴくと動いているのが見えんだけど……。
「今日は随分真田につっかかるのう、うちの魔王と参謀は」
「ほら、昼間真田くんがつぶしたお菓子がクッキーと落雁だったでしょう?」
「あ、それ幸村と柳に貰ったヤツだ」
「こ、これが食いモンの恨みってヤツっすか!?」
「ま、まぁ……言いようによっちゃそうとも言える……か?」
「あーあ。真田ご愁傷様。いーっていーって。アイツらほっといてさっさと行こうぜ! っ、オレたちにはまだ肉まんが待ってるだろぃ!?」
「あ、そうだった! 行こ行こ!」
そしてオレたちは校門前で対峙する三強を再び空気のごとく無視して、温かい肉まんを求めて帰路につくのだった!
Back