『へぇ〜、あのくんがねぇ。了解了解、お任せください隊長っ!』
「誰が隊長だ」
『ましろちゃんの人脈で原因を突き止めてあげましょう! 行くぞ瑛隊員!』
『誰が隊員だッ!!』
『アイタっ!』

「雪平なんだって?」
「とりあえず佐伯が殴ってた」



 〜双子の姉夫婦、弟を語る 其のニ〜



 シンが小石川に振られて3日、12月27日。
 今日までシンは魂が抜けたみたいに覇気のないツラをして、飯食うか寝るかの病人のような生活をしている。
 オレはともかく、親父さんのいない家で四六時中陰気なシンと一緒にいるはストレスもピークだ。

「うだうだしてんなら、さっさと小石川に謝りに行けばいいのに」
「お前が言えた台詞か?」

 ぶつぶつ言いながら仏器を磨いている。大雑把な生き方をしているわりに、家事に関してはマメなヤツだ。
 その隣でオレもなぜか家の電気のカサを拭いていたりする。

 これから客が来るのに、何やってんだ一体。

 最後の1個を磨き終えて、オレは壁の時計を見る。
 指し示す時刻は2時。そろそろ約束の時間だ。

、そろそろ片付けろ」
「ん」

 短く返事して、広げたシートごと仏器をがしゃんがしゃん持ち上げる
 磨いた意味あるのか、それは?
 がシートを和室に運び込んでいる間に、オレも磨いていたカサをとりつける。

 いつもならここで呆れ果てた口調のシンが来て、お前ウチに婿入りしたのか? とかなんとか、ムカつくツッコミ入れてたんだが。
 そのシンも、今日は部屋から出てきていないらしい。
 いつもへらへらして根拠のない自信に満ちていたアイツがここまで落ち込むとは、思ってもみなかった。

 小石川からの連絡は全くないらしい。

 カサをとりつけ終えて、オレは手を洗いに洗面所へ。
 と、そこにタイミングよく鳴り響くインターホン。

「開いてるぞ」

 仏壇に仏器を並べている最中のに代わって、オレが返事する。
 勢いよく開く玄関に現れたのは、3日前にオレたちが呼んだ『プロ』たちだ。

「やっほー! 遅れてメリクリ、早めにあけおめ! 志波っちょ久しぶり!」
「オッス。大丈夫か?」

 一番に飛び込んできたのは、明らかにテンションの落差が激しい雪平と佐伯だ。
 雪平のこのノリは何年たっても変わらない。あの佐伯がよくついていけてるもんだと思う。

 が、二人はオレを見るなり、ぽかんと口を開けて足を止めた。

「なんだ?」
「志波っちょさぁ……エプロン似合うね」
「ほっとけ」

 文化祭でくまさんエプロンしてた佐伯よりマシだろうが。

 思わず憮然とするが、

「しばだ!」

 鈴を鳴らしたような声を上げて、その足元をすり抜けてくる小さな物に視線が奪われた。
 なんだ? と思う前に、それはオレの足に衝突する。
 まとわりついてるものを確かめようと足を持ち上げれば。

「あ! ちび若!」

 仏壇を片付け終えたらしいがリビングから出てきて、目を輝かせた。

 そう。
 オレの足にナマケモノのようにぶらさがっているのは、若王子先生のミニチュア版。確か2歳になったとか言ってたか?
 どうやらオレは動物以外にちびっ子にも懐かれる体質らしい。
 前に会ったときは帰り際に大音量で泣かれてしばらく難聴に悩まされた記憶がある。

「あ、こら! ちゃんと挨拶したのっ?」

 そして、命名「ちび若」(そういや本当の名前も聞いたような気がするが忘れた)を連れてきたのは、面影は変わらないのにすっかり母親になった水樹だ。

「1ヶ月ぶりか?」
「うん。志波くんもさんも元気だった?」
「ああ。悪いな、年末の忙しいときに」

 にっこり微笑む水樹につられて、オレも口元が緩む。

 オレの足に必死でしがみついているちび若と、それをひっぺがそうと躍起になっているの両方をこづいてから、オレは顎でリビングを指した。

「中入ってくれ。すぐ行く」



「なんていうかさぁ」

 コタツをぐるりと囲んだ全員を見回しながら、高校時代とちっとも変わらない雪平が口を開いた。

「志波っちょモテモテだね〜」
「ほっとけ」

 なんだそのいい笑顔は……。

 窓際の面に雪平がいて、その左隣に佐伯がいる。佐伯の向かいは水樹だ。

 で。
 残りひとつの面にオレがいて、オレの膝の上にがいて、の膝の上にちび若がいる。
 意外にもちび若を気に入っているが、オレの膝の上によじ登ろうとする2歳児とさっきまで本気で場所取り合戦をしていた。

 ……重い。

「ごめんね志波くん。ウチの子、本当に志波くんが大好きみたい」
「いや、気にするな」
「テレビで志波くんが活躍したら嬉しいんだもんねー?」
「ねー」

 水樹がちび若の顔を覗きこみながら話しかければ、真似するように返事する。
 その途端、雪平が相好を崩して骨抜きになる。

「かーわーいーいー! ずるいよ志波っちょ、こんな可愛い子独り占めなんてー! こっちにもパスパス!」
「そんなに欲しけりゃ佐伯に頼め」
「ぶっ!」

 が淹れたミルクティを飲んでいた佐伯が噴出し、げほげほとむせた。

 それはさらっと無視したが(というより意味を理解しなかっただけかもしれない)、ちび若の頬をびよんとひっぱりながら水樹に尋ねる。

「若先生は?」
「今日はまだ学校で仕事があるの。来たがってたけどね」
「若先生なら仕事ブッチしてくるかと思ってたのに」
「セイが止めたんだろ?」
「うん」
「若王子先生も相変わらずだよな……」

 はぁ、とため息混じりに頷く水樹に、同じように呆れた顔した佐伯。
 オレも先生が水樹にわがまま言ってる様子が完璧に想像できた。

 と。

「やー!」

 ちび若がむずかった。
 見下ろせば、ちび若が足をじたばたさせての腕から逃げ出そうともがいてる。

「おい、何やってんだ?」
「暴れないの! お姉ちゃんが痛い痛いでしょ?」

 オレはの両手首を掴み上げ、水樹がちび若を抱き上げた。
 ちび若はうっすら目に涙をためて、頬をおもいきり膨らませてを睨んでいる。
 ……雪平と佐伯が噴出したのは、あまりに先生そっくりなツラしてるせいか?

「お前な、チビに構いすぎだ」

 同じくふくれっ面してる
 コイツは本当に加減ってもんを知らない。可愛がるのはいいが度が過ぎれば嫌われるってのを、若貴にひっかかれまくって学習してるかと思ってたが違ったらしい。

「頭撫でただけなのに」
「それが嫌だったんだろ」

 ただでさえくせ毛のちび若の髪が、鳥の巣のようにボサボサになってるのを見れば、がどんだけ力任せに撫で回してたかが想像できる。

 が、水樹に抱かれていたちび若がその膝から飛び降り、のたのたと頼りない足取りで再びオレの元に近寄ってきたかと思えば、ぎゅぅぅとオレの左腕にしがみつく。

、チビは志波がいいってさ」

 佐伯がニヤニヤしながらに余計なことを言う。
 すると案の定、は見る間に眉間のシワを深くして、すっくと立ち上がったかと思えば足音荒くリビングを出て行ってしまった。

 って、お前が拗ねるなっ。

「佐伯……」

 恨みがましく睨みつけても、と犬猿の佐伯はふふんと楽しそうに笑うだけだ。
 まぁ、雪平と水樹が同時に佐伯にチョップかましたからよしとする。

 ちび若も天敵がいなくなって、満足そうにオレの膝の上に乗ってきた。

「……はぁ。それで雪平、どうだった?」

 とりあえずのことはあとでどうにかするとして、オレは雪平に話を促す。
 雪平はこっくりと頷いたかと思えば、鞄から手帳とメガネを取り出した。

「最近のくんとユリちゃんの動向調べろって話だったよね? えっとね」
「ちょっと待て。なんだそのメガネ」
「やだなぁ志波っちょ。探偵にメガネは必須じゃん! メイドの絶対領域と同じだよ〜」
「……は?」

 無い胸張って妙に偉そうに答える雪平だ。
 お前の思考回路も相変わらずだな……。

「えーと、まずユリちゃんね。一体大に行ってる友達づてに聞いたけど、別にユリちゃんに新しい男の影はないみたいだよ? 浮気の線はナシ!」
「彼女に限って他の人に目移り、なんてことなさそうだもんね」

 はね学時代から小石川と交友のある雪平と水樹は、頷きあっている。
 まぁ、オレもそう思っていたが。

「じゃあやっぱりの女癖が別れの原因か?」
「女癖って言っても、くんって別に誰彼構わずっていうような人じゃないよ? 愛想がよくて口調が軽いからそういう印象持たれちゃうみたいだけど、今まで週刊誌に書かれた記事だって買い物デートしたとか二人で食事してたとかそんなのばかりで、ホテルから出てきたところを激写! とかそういうのは無かったし」

 週刊誌までチェックしてきたのか、雪平は。
 シンの印象よりも雪平の行動力のほうに感心して、オレは小さくため息をつく。

 確かに雪平が言うとおり、シンは言動の派手さの割りに意外と律儀で真摯だったりするところがある。シンにしてみれば、男友達と出かけるのと全く同じ感覚で女とも出かけてるんだろう。
 オレには絶対真似できないが。
 ……ということを前にシンに言ったら、

に対応できてる勝己は、この世のどんな女と一緒になっても大丈夫だ!」

 と、全く必要としない太鼓判を押されたことがあった。

「えーと続きね。ユリちゃんが最後にくんと会ったと思われるのは先月の志波っちょ新人王お祝い宴会の時だね」
「ああ、あの時か」

 の帰国とも重なって、はね学時代の友人たちを大勢この家に呼んで朝まで馬鹿騒ぎしたあの日だな。

「あの時は小石川もシンも仲良さそうに見えた気がする」
「うん、仲良かったよね? 酔っ払ったくんが小石川さんに抱きついてちっとも離れなくて」
「らぶらぶだったよねー! いいなぁ、いいなぁ〜」
「お前ら倦怠期か?」
「志波、そういうツッコミはお前のキャラじゃない」

 オレに向かって言ってる割には、佐伯のチョップは雪平の脳天に落ちる。
 が、雪平は頭をさすりながらも、手にしたペンをまわしながら。

「でね、ここが重要だと思うんだ。その後くんとユリちゃん、イヴまで会ってなかったみたいだよ」
「え、どうして?」

 水樹が首を傾げる。
 それにはオレが答えた。

「シーズンが終わっても、球団広報の仕事で引っ張り出されるからな。シンはそういうの好きだから球団側もほとんどの仕事をシンに回してたみたいだ」
「ああ、そういえば最近バラエティやスポーツ特集でをよく見たな」
「志波くんは? あまり見なかった気がするけど」
「断れるものは全部断った」
「だよねぇ。視聴者としては志波っちょが浜ちゃんに突っ込まれてるとこ見たかったけどね!」

 あはあは笑ってる雪平をガン睨みして黙らせる。

「え、えーとですねっ、そういうわけで忙しかったくんとユリちゃんの空白の時間はこの1ヶ月! 久しぶりに会った日に別れを告げたってことは、その間にユリちゃんの心を揺さぶるなにかがあったと考えるのが一番だと思うんだけど」
「会えなかったから傷心度が上がったんじゃないのか? オレ、そういうの覚えあるし」
「ああ、だな」

 佐伯と頷き合えば、そのシステム今関係ないと、雪平と水樹がぱたぱたと手を振る。
 なんだそのシステムってのは。

「最近、週刊誌にもくんのことすっぱ抜かれたりしてないよね?」
「ああ、それはない」
「会ってないって言っても、メールや電話はしてたんだろ?」
「多分。アイツそういうことはマメだからな」

「「「「うぅ〜ん……」」」」
「うー」

 全員が腕を組んで考え込む。
 オレの膝の上で、ちび若までもがその真似をして小さく唸った。

 と、そこへ響いてくる階段を降りてくる足音。

さん、機嫌直ったかな?」

 水樹がリビングのガラス戸を振り向くが、これはの足音じゃない。

 がちゃ

「……あれ」

 寝癖のついたぼさぼさの頭で扉を開けて入ってきたのは、寝巻きのスエット姿のままのシンだった。
 相変わらず覇気の無い沈んだツラしてやがるが、いつもと違う顔ぶれに足を止める。

「水樹さんに雪平さん? 何してんの?」
「おいっ、オレは無視かよ!」
「ついでに佐伯も」
「……」

 落ち込んでいても、シンはシンだ。

 と。

「シンだ!」

 嬉しそうに叫んだちび若が、ぴょこんとオレの膝から飛び降りて、のたのたとシンに駆け寄った。
 そしてそのままシンの右足にぎゅぅぅと抱きつく。

「おーちび若ぁ。元気か?」

 ひょいと足を持ち上げて、片手でちび若を抱き上げるシン。

「あのチビ助、の弟には懐いてんだな」
くんと志波くんのファンなの。志波くんは毎試合出てるけど、くんはローテーションがあるから毎日見れるわけじゃないでしょ? もうくんの登板日は寝かせるのが大変なんだから」

 困ったような口ぶりだが、水樹のその表情はちっとも困ってる様子はない。
 きっと、先生と3人で楽しく観戦してるんだろう。
 一家団欒に一役買えてるってのは悪くない。

 目をきらきらと輝かせながらシンに抱きついてるちび若。
 そのちび若を見つめているシンの口元には小さく笑みが浮かんではいるものの、目はどこか遠くにいっている。

「お前ますます若王子先生に似てきたよな」

 ごつ、と額をつき合わせて呟いたあと、シンはちび若を抱えるように抱きなおして、大きくため息をついた。

「……オレもさっさと孕ませときゃよかった」

「「「「ぶふぅっ!?」」」」

 さらりと言い切ったシンの発言に、オレたち全員が飲んでたミルクティを噴出した!
 いきなり何言いやがんだ、お前は!?

「ちょ、くんっ! いまや国民的スターのくんがそういうこと言っちゃ駄目だってば!」
「ん? そんで、雪平さんと水樹さんはマジで何してんの? つーかは?」

 自分の爆弾発言に気づいてないのか自覚がないのか、シンは雪平のツッコミをあっさりスルーしながらこっちにやってきた。
 ちゃっかり水樹の隣に座り込んで、膝の上にちび若を乗せ、大きくため息をついて。

「子供っていいよなー。愛の結晶っつーか幸せの象徴っつーか」

「(ヤバイ。ヤバすぎてむしろ突っ込めない)」
「(くん、目がアッチの世界いっちゃってるよ!)」

 日に日にシンが精神世界に旅立っているような気がしたのは、どうやら気のせいじゃなかったらしい。
 ヤバイものを見るような目つきでシンを見ている佐伯と雪平にオレは大きくため息をついて、雪平たちがここにいる理由をシンに説明してやった。

 ☆★☆

「っざけんなー! おいこら勝己っ! お前、人が振られたのがそんなにおかしいか! 見世物にするほどおもしろいのかっつんだーっ!!」
「そう言うならこの年末にお前に代わってここン家の大掃除やらされてるオレの身にもなってみろ!!」
「志波……結婚前からんなことしてんのか……」
「だからさっきエプロンしてたんだ……」

 オレの説明に、久しぶりにシンが感情を爆発させて、オレもたまりに溜まったストレスをここぞとばかりにぶつけて。

 ちび若がオレとシンの剣幕に泣き出さなかったら、あのまま殴り合いになってたかもしれない。
 一転して、オレとシンはちび若のご機嫌取りに必死になる。
 が、オレたちはすっかり嫌われてしまったらしく、騒ぎに顔をしかめて降りてきたにちび若は抱きついて。

 現在オレの隣でちび若を膝に乗せているは、さっきまでの不機嫌もどこへやらのほくほく笑顔だ。

「あ、あのね、くん。志波くんもさんも、くんのこと心配して私たちに相談持ちかけたんだよ?」
「別に水樹さんや雪平さんに怒ってるわけじゃねーよ……」
「だからオレを抜くな!」

 憮然としている佐伯はさらっと無視して、シンは不機嫌そうな顔をしたままコタツの上のみかんに手を伸ばした。

「つーか当事者にわかんねーこと、全く関わりの無いヤツにわかるわけねぇだろ」
「そうでもないよ? 女心はやっぱり女の子じゃないと理解できないだろうし」

 雪平、その言い方だとの立つ瀬がないんだが。

「とにかく、この1ヶ月の間にくんがした行動が小石川さんに別れを決意させた確率が一番高いんだから。ね、思い出してみて?」
「んー……」

 眉を顰めて渋っているシン。
 が、はね学時代に学園アイドルとまで言われた水樹に説得されて、心が動いてることは明白だ。

 正直、シンのこういうところに小石川は愛想つかしたんじゃねぇのかと思うんだが、一応黙っておく。

 すると横からが口を出した。

「どんなメールしてたか確かめて見れば?」

 その手には、ストラップのヒモだけがぶらさがる黒い携帯。
 それを見たシンがぎょっとして手をのばすが、間一髪、携帯はの手を離れてオレの手の中へ。

てめぇっ! 人の携帯勝手に」
「うぇ」
「っ……勝手に、抜き取ってんじゃ、ねーよ……」

 思わず声を荒げかけたシンだったが、の膝の上のちび若が怯えたように顔を歪ませたのを見て、一気にトーンダウン。
 最後には「怒ってない、怒ってないぞー」と半ば自棄になりながらちび若の機嫌を取り始める。

 その間に、オレは佐伯と額をつき合わせてメールボックスの中身を確かめた。


『おはよ^^/
 昨日はゴメンな? 今回こそは飲まれないつもりだったんだけどなぁ…。
 今日はこれから雑誌の取材入ってるから返事遅れるかも。
 ユリは朝一ゼミがんばれよ!』

『今はばたき駅前のカフェ。メール遅くなってごめんな。
 テレビの仕事って思った以上に気ぃ遣うから今日はマジ疲れた…TT
 なんかメールよりユリの声聞きたいんだけど、今電話できる?』

『ピッチングコーチの家に呼ばれたけど、すっげーでかかった!
 しかも奥さん超美人! つってもオレ熟女には興味ないから心配すんなー^^
 あ、でも奥さん以前はスポーツドクターだったらしくて、オレの肩の古傷の具合見てもらって、
 そのあとマッサージしてもらった。
 球団かかりつけの医者よりうまかった! つーかいままでやってもらったマッサージのどれよりもよかった!
 まぁそのあとコーチのシーズン中の説教があったんだけどな…。
 マッサージ方法教えてもらってきたから、今度勉学でお疲れのユリにもマッサージしてやるよ』

『朗報! 24日休みもぎとった! がんばったオレ!><
 ユリのほうはどうなった? 研究のほうメドついてんなら、新はばたき駅のイルミネーション行かねえ?
 なんとかって演出家が作った100万球の電球だって。
 なんかすっげーでかいツリーもあるらしいし。
 レストランも予約したいから、予定がわかったら早めの連絡よろしく!』


「……」
「……」

 一通り目を通して、オレと佐伯は無言。
 他人のメールって、読んでるこっちが気恥ずかしくなるのはなんでだ?

「あー、ま、まぁ、仲違いの原因になりそうな文面ではなかったよな?」
「だな」
「ほらましろ。一応オンナゴコロの目線でお前も見とけ」
「うん」

 佐伯がシンの携帯を雪平に放る。
 それを両手で受け取った雪平は、水樹と一緒にメールの中身を確認し始めた。
 は興味がないのか、優しくちび若の頭を撫でている。……見れば、ちび若はこくりこくりと舟をこぎ始めていた。
 最初からそうしてりゃよかったんだ。

「くそ……なんでオレがこんな辱めうけなきゃなんねーんだよ……」

 シンはというと、居心地悪そうに身を縮めてぶつぶつと往生際悪く文句を言っていた。
 確かにオレも同じ目にあったらそう思うだろうな。
 真剣な眼差しでメールをチェックしている雪平と水樹を見ていると、がこういうことに興味のない女でよかったとつくづく思う。
 ……別に、見られて困るメールがあるわけじゃないが。

 と、オレはさっき気になったことをシンに聞いた。

「ストラップどうした?」
「ストラップ? ああ……取れちまったんだ、トルコ石。一応財布ン中入れてるけど」

 シンの携帯のストラップは親指大の球体のトルコ石がついただけのシンプルなヤツだ。
 高3のときに小石川が誕生日にくれたと言って、それ以来携帯を変えてもストラップだけは変えずにいたはず。

「いつ取れた?」
「確か20日くらいだった気がする。それがどうかしたか?」
「……いや」

 そんなくだらない理由じゃないよな。
 小石川は、久しぶりにあった恋人が自分が贈ったストラップをつけていなかったからって理由で別れを告げるような単純なヤツじゃないはずだ。
 ……いや、女ってのはどうでもいいようなことで拗ねたりするからな……の場合はまた特殊だったりするが。

 と。

「ねぇ」

 水樹に声をかけられて、オレと佐伯とシンはそっちを見る。

 が、ぎょっとした。

「な、なんだ?」

 水樹も雪平も、まるで害虫を見てるかのような目をしてオレたちを見ていた。
 なんだ一体。なんだその目は。

「コレ見たんだよね? ちゃーんと全部見たんだよね?」
「あ、ああ、見た。1か月分。な、志波」
「ああ。なにかあったか?」

 オレも佐伯もこくこくと頷く。
 その途端、雪平と水樹の目が吊り上り、頬までイッキに紅潮して、

「わかってない! ホント乙女心をわかってないっ!」
「ホントにこれ見て何も思わなかったの!? 瑛も、志波くんも!?」

 ……は?

 オレと佐伯は顔を見合わせて、ついでにシンとも視線を交わすが誰も二人が怒っている理由がわかってないみたいだった。
 というか、あのメールでなんでそこまで怒れるんだ?

さん、これ見て!」

 ひとりきょとんとしているに、水樹が携帯の画面を突きつけるようにして見せた。
 の目が左右に小さく往復する。

「あー」

 すると、は納得したような声を出すものの、

「んー……」

 悩むような素振りもみせる。
 が、そのも若干顔をしかめながらこっちを見て、

「はね学にいた頃なら、わかるかも」
「は?」
「今は平気だけど、はね学にいた頃にこういうこと言われたら、確かにヘコんだかもしれない」

 ヘコむ?

 オレたちは再度顔を見合わせた。
 さっきのメールのどこに小石川をヘコませるようなことが書かれてた?

「これだよ!」

 水樹は憤りも隠さずに、シンに携帯を手渡した。
 オレと佐伯も携帯を覗き込む。

 携帯の画面に呼び出されていたメールは、これだ。


『ピッチングコーチの家に呼ばれたけど、すっげーでかかった!
 しかも奥さん超美人! つってもオレ熟女には興味ないから心配すんなー^^
 あ、でも奥さん以前はスポーツドクターだったらしくて、オレの肩の古傷の具合見てもらって、
 そのあとマッサージしてもらった。
 球団かかりつけの医者よりうまかった! つーかいままでやってもらったマッサージのどれよりもよかった!
 まぁそのあとコーチのシーズン中の説教があったんだけどな…。
 マッサージ方法教えてもらってきたから、今度勉学でお疲れのユリにもマッサージしてやるよ』


「……なんで?」

 呆気にとられた顔で、シンが水樹と雪平を見る。
 悪い、オレもさっぱりわかんねぇ。

「もしかして、コーチの奥さん美人つったからか? でもホント、奥さん40代後半だったし別に」
「「そこじゃない!!」」

 水樹と雪平の怒声がハモり、おもわずシンがオレたちのいるほうへと逃げてきた。
 はこんなときだけ気を利かせて、くうくうと気持ち良さそうに眠っているちび若の耳を塞いでいる。

くんって実は無神経でしょ! 信じられないよ、こんなメール、ユリちゃんに送るなんて!」
「問題なのはここ! ちゃんと考えて!」

 身を乗り出して、水樹が指差したのは『球団かかりつけの医者よりうまかった! つーかいままでやってもらったマッサージのどれよりもよかった!』という文だった。
 シンは腕を組んで眉間にシワ寄せて考え込むが、なにも思い当たらないようだ。
 オレは佐伯にちらと視線を向けるが、佐伯も小さく肩をすくめてわけわかんねぇと目で言っている。

 すると、水樹が大きくため息をついた。呆れ果てた目でオレたち3人を見回して、逆に水樹がうな垂れる。

「ホントにわかんないの?」
「いや水樹さん、オレマジでわかんねぇんだけど……」

 途方にくれた声を出すシンに、もう一度ため息をつく水樹。

 すると、今まで黙っていたが、ちび若に視線を落としたまま言った。

「小石川が今、誰のために、何の勉強してると思ってんの?」


「「「……あ」」」


 それはシンのために。
 シンの力になりたいがために。
 甲子園で肩に古傷を抱えたシンがこの先もずっと野球を続けられるように、その支えになりたいと思って小石川は体育大に進学したんだった。
 先攻はスポーツ医学。毎日必死で勉強して、効果的なマッサージ方法があったと言って、シンの肩をほぐしているときの小石川はいつも嬉しそうな顔をしてた。

 それなのに、あのメールか。

 長く会えない時期に、シンからのあのメール。
 いままでやってもらったマッサージのどれよりもよかった。
 シンのために一生懸命になっていた小石川のソレよりも。

 事実、そうだったんだろう。知識も経験も浅い学生と、第一線でいろんな選手のマッサージをしてきた元ドクターとじゃ技術が違う。
 単純にそう感じたから、シンは素直にそうメールしただけだ。

 でも確かに、真面目で一途な小石川が傷つくには十分すぎるほどの一言だった。

 結局、そこで気持ちがすれ違っちまったんだ。

 オレはを見た。
 はね学にいた頃ならわかるかも、か。
 お前ら、本当に双子だな。

 意図していなくても、人の心の痛いところついてきやがって。

 恨み節と反省と、両方の気持ちを込めて。
 オレは強めにの頭に手を置いた。



 放心状態のシンを残して、水樹とちび若と雪平と佐伯は帰っていった。
 佐伯は完璧にとばっちりだな。雪平と水樹に挟まれて、肩身の狭い思いをしながら帰宅してるはずだ。

 玄関先で4人を見送ってから戻ると、階段を頼りない足取りで上っていくシンの後姿が見えた。

 この後、アイツどうする気だ?
 ぱたんと2階のドアが閉まる音を聞いてから、オレはリビングに戻る。

 は、コタツに足をつっこんだままボーっとしていた。

「どうした?」

 隣に座って話しかければ、もぞもぞと膝の上に乗ってくる。
 向き合うようにオレの膝に座り込んで、はことんと額を肩につけた。

「たった一言で壊れるもんだね」
「……そうだな」

 髪を撫でてから、抱きしめる。

 オレたちもそうだった。ささいなすれ違いで、大きく遠回りしてきた。

「心配すんな」
「ん」
「同じことを繰り返すほど、馬鹿じゃない。……つもりだ」

 時々はこんなふうに落ち込む。大雑把なくせに、ごちゃごちゃと余計なことを考えるクセがあるからだ。
 音楽の英才教育を受けてきただけあって、感受性が豊かなせいもあるのか?
 人の感情に引きずられやすいのは、コイツの長所であって欠点だ。

 しばらくただ抱きしめてやっていたら、は顔を上げた。

「あったかい」
「そうか」
「でもちび若のほうがあったかかった」
「子供は体温が高いからな」
「ふーん」

 今度はオレの肩に顎を乗せて、だらんと体重を預けてくる。
 もう一度髪を撫でようと腕を伸ばしかけた、そのときだ。

「子供欲しいなぁ」

 …………。

 ぴたりと、ほぼ反射的に硬直した。
 いきなり活動停止したオレに、はきょとんとしながら体を起こすが、しばらくしてニヤリと笑い、

「エロ志波」
「……名前で呼べ」

 熱る顔を見られたくなくて、オレはの頭を抱えるようにして抱きしめた。



 もう少し続く。

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