『……空振りっ、三振ー!! 勝ったのはウイングス! 今年の日本シリーズを制したのは、はばたきベイウイングスです!』

 飛行機を降りて到着ロビーに足を踏み入れた瞬間、人だかりの中から聞こえてきたアナウンスに振り返る。
 目に飛び込んできたテレビの映像に、滅多にみられない満面の笑顔の勝己が映っていた。



 〜トリック アンド トリート〜



「羽ヶ崎まで」

 空港を出てすぐにタクシーに乗り込み、私は後部座席シートに深く沈みこむ。睡魔に襲われかけながらも、私はとりあえず勝己にお祝いのメールを打った。
 あいにくの曇天で、星空も見えない夜の9時。
 このあとは祝勝会やテレビ各局の取材でてんやわんやなんだろうから、メールが返って来るのは早くて明日の朝くらいかな。
 私は携帯を鞄にしまって、窓の外をぼんやりと見つめた。

 1ヶ月振りの日本。先月から私は写真の仕事でフランスに行っていた。
 この時期に行くのは嫌だと散々駄々こねたんだけど、仕事は仕事だと勝己にも言われて渋々出向いていったフランス。
 お陰でペナントレースもクライマックスも日本シリーズも、全部見れなかった。

 勝己が活躍してるとこ、見たかったのに。
 親父や元春にいちゃんはスタジアムに行ったのかな。本拠地決戦だもんね。シンか勝己か、どっちかがチケットくらい手配してるだろうし。

「お客さん」

 時差ボケかなんか、ぼーっとする頭を抱えてぼーっとしてたら、運転手に声をかけられた。
 前を向けば、ミラー越しにこっちを見てる運転手の目が見える。

「もしかして、さん?」
「そうだけど」

 返事すると、運転手の目が細められた。

「やっぱり。ウイングス優勝おめでとうございます。選手も志波選手も大活躍でしたね」
「そうなの? 仕事で試合見れなかったから知らないけど」
「そうなんですか? じゃあ日本シリーズ4試合目の志波選手のスリーランも見てない?」
「見てない」

 端的に返事すれば、運転手は目をぱちぱちと瞬かせた。

 ……なんでか私は野球ファンの間では有名人になっていた。
 というのも、なにかと話題性のあるシンと勝己の取材の一環で、家族や友人たちを取り上げたことがあって。
 私と勝己の高校時代のエピソードがその時語られて。そのドラマ性に、一時期マスコミがものすごく盛り上がったことが原因で、だ。

 とはいえ、試合を見れなかった私に勝己の活躍っぷりは一番興味ある話題。
 私は運転席のシートに手をかけて、身を乗り出した。

「4試合目のスリーランって?」
「ウイングス、3連敗してたんですよ。しかも投打にエラーを連発するひどい試合内容で。このままストレート負けするんじゃないかって言われてましてね」
「なんだそれ。あとで説教してやるっ」
「でも、その流れを変えたのが志波選手だったんですよ。8回裏の逆転スリーラン! 結局その回は打者一巡の猛打で。その後はウイングスらしい打っては走るの攻撃スタイルを持ち直して、今日の逆転4連勝ですよ!」

 話しているうちに興奮してきたのか、運転手の顔が紅潮して声も大きくなってきた。

 こんなふうに勝己の活躍を嬉しそうに話すファンを、何人も見てきた。
 自分の夢を叶えて、さらにはまわりの人の夢まで叶えてしまう勝己。
 誇らしくて、羨ましくて。

さん、どうしてこんな大事なときにお仕事なんて入れたんですか? 志波選手も選手も、スタジアムで応援して欲しかったでしょうに」
「ほんとはもう少し早く戻れるはずだったんだけどさ……フランスで航空会社のストが始まって、足止めされて」
「うわーそれは災難でしたね……。私たちもストしたい賃金ですけど、日本じゃなかなか難しいですからねぇ」

 すっかり気分が乗ったのか、口調も軽く話してくる運転手。
 カーラジオはすでに野球中継を終えていたし、とくにすることもないから私は運転手の話に適当に相槌打ちながら聞いていた。


 車は街中に差し掛かる。
 左手の商店街にかかるオレンジのデコレーションに、私は気づいた。

「あ、今日ってハロウィンだったんだ」

 向こうのホラーでスプラッタなイメージとはかけ離れた、日本のファンシーなハロウィン。
 ハロウィンといえば高校生のころ、はるひや天地も一緒にかぼちゃのケーキやプリンを食べに行ったっけ。
 あんな見てくれのくせして、勝己は甘いものが大好きだから。私を除いた3人で、いろんなお店のかぼちゃのデザートを品評してた。

 今年は食べれたのかな。野球でそれどころじゃなかったかな。

 と、そこへ。

 ぶぶぶぶぶぶぶぶ

「……あれ」

 携帯のバイブが震えだした。一体誰からだろ。
 あ、元春にいちゃんかな? 日本シリーズ制覇のお知らせとか。

 私は携帯を開く。

「あ」

 そこに映し出されていた送信者は。

 私はもう一度運転席のシートを掴んで身を乗り出した。

「ごめん、行き先変更! スタジアムの方に回して!」



 あたりは真っ暗。街灯もぽつぽつとしかない夜道。
 普通、こんなところ女一人でうろついていい場所じゃない。

 でも指定された場所はここなんだから仕方ない。

 スタジアム前でタクシーを降りて、私はそこから少し離れたビジネスホテルやオフィスビルが立ち並ぶ商業地区に向かった。
 そこは記者会見の行われるホテルの裏手。車どおりがなければ人通りもない。
 私はさっきコンビニで買った缶コーヒーを手のひらで転がしながら、待った。

 やがて。



 呼ばれて振り返る。

 きょろきょろしながらも、足早にこっちに向かってやってくるのは。

「勝己っ」
「そこか」

 一ヶ月ぶりに見る、日に焼けた顔。
 薄暗い街灯に照らされたその顔には、一大事を成し遂げた男の表情があった。

「勝己っ……」

 いつものように抱きつこうとして。
 あと20センチ。そこで踏みとどまる。

「うわ、酒クサっ!」
「悪い。さっきまで頭からビールかけられてたから」
「あ、そっか、ビールかけか……」

 テレビで何度か見たことある。あれ、いっぺんやってみたいんだよね。

「やっぱり目に入ると痛いの?」
「シャレになんねぇくらいに痛ぇ。シンに顔面にぶっかけられたから、仕返しに酒樽かぶせてやった」

 ふん、と楽しそうに鼻で笑う勝己。いつもより饒舌なのも、楽しそうなのも、お酒のせいというよりは優勝のおかげ、かな。
 私は抱きつくことを諦めて、勝己の両手をぎゅっと掴んだ。

「優勝おめでと。空港で最後の1球だけ見れた」
「そうか。サンキュ」
「ここにくるまでのタクシーで、運ちゃんが勝己のこと絶賛してたよ。4試合目のスリーランすごかったって」
「ああ。あれが打てたのは本当によかった」

 勝己は指の背で私の頬を撫でる。

「……お前に、スタジアムで見てもらいたかった」
「ん……ごめん」
「いや……悪い。今さら言っても仕方ねぇよな。仕事は終わったのか?」
「うん。年明けまでは日本で撮影するだけだから」
「そうか」

 私の頭に手をのせて、くしゃっと髪を撫でて。

 1ヶ月振りの行為が心地よくて。
 でも、まだしばらくは勝己と一緒にいることはできないってわかってる。
 勝己は人気選手で、優勝チームのエースで。取材攻勢はしばらく続くはずだから。

 このあとだって、記者会見のはずだ。
 今抜け出て来てること自体、大変なはず。

「時間、大丈夫?」
「ああ……そろそろヤバイ。シンに一応頼んできてるけど」
「いいよ、行って。テレビでハイライト見ながら待ってるから」


 呼ばれて勝己を見上げれば、すこしだけ寂しそうな顔をした。
 勝己がこんな顔するって気づいたのは、卒業後長いこと海外に行っててそれから帰ってきたあとのこと。
 お互いの仕事が仕事だから、会えなくなるときは期間が長い。

 でも。

「優勝決めたヤツがそんな顔すんなっ」

 ハッパかけてやれば、一瞬きょとんとした後、クッといつものように噴出して。

「だな。家でゆっくりしてろ」
「そのつもり。勝己もがんばって」
「ああ」

 名残惜しそうにしてた勝己の手が、私から離れる。

 ……と。
 忘れるところだった。

「勝己、今日何の日か知ってる?」
「は?」

 コンビニ袋をがさがさしながら尋ねれば、勝己は訝しげに私を見て。
 でもすぐに小さく笑って、はぁ、とため息ついた。

「なんだ。トリックオアトリート、って言えばいいのか?」
「そ。コンビニで買ったヤツだけど」

 私が手のひらに乗せたのは、プラスチックの容器に入ったかぼちゃプリン。
 勝己はそれを受け取って、ひらひらと振って見せる。

「サンキュ。ちょうど腹減ってた」
「うん。じゃあ私もTrick or Treat?」
「……悪い、オレなんも用意してねぇ」
「だったらいたずらでいい」

 せがむように言えば、勝己は一瞬目を点にした。

「あのな。普通逆だろ」

 そういいながらも。

 勝己が私の唇に乗せてくれた優しい『いたずら』は、お酒の匂いが漂うオトナの味がした。

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