「寒い!」
パタンと玄関を閉めた後、私は靴を脱ぎ捨てて居間に駆け込んだ。
〜 ふゆはつとめて 〜
居間に飛び込んだ私は上着を脱いで、ついでに靴下も脱いでそれらをソファの上に投げやり、ダイニングに無造作に脱ぎ捨てられていたルームシューズに足をつっこんだ。すっかり冷え切った足にフリースの肌触りが気持ちいい。
なんか11月入って一気に冷え込んだ。
いつものように5時過ぎに目が覚めた私は、いつものように森林公園に体を動かしに出たんだけど。
昨日までは涼しくてスポーツの秋って感じだったのに、今日からいきなり寒い!
もう玄関開けた瞬間外出るのやめようかって思ったくらいに寒かった。
それでも体動かせばすぐに暖かくなるだろうと思って家を出たんだけど、だめだった。
体を動かしやすいように薄着で出たのも間違い。空っ風が体を包んで全っ然だめ。
なんとか森林公園にはたどりついたけど、ラジオ体操に集って来てる爺さま婆さまも並木道を走ってるランナーもちゃーんといつも以上に厚着してきてて。
無理だ、って判断した私はそのまま自宅にトンボ帰りしたってわけだ。
「……寒い」
でも、家に帰ってきたって寒いものは寒い。今シーズン初暖房となるエアコンを入れて、私はソファにかけてたブランケットを羽織って温風がジャストであたるソファの上にしゃがみこんだ。
……こんなんじゃちっとも暖かくならない。
シャワー浴びてこようかな。いや、シャワーよりも湯船に浸かりたいかも。でもお湯溜めてる時間寒いし。
あ、若貴で簡易カイロ……したら朝から流血沙汰だろうな。
うー……。
私は羽織っているブランケットをぎゅっと強く撒きつけて。
その瞬間、いいこと思い出した。
エアコンの温風にあたったまま、私は居間続きの和室に視線を向ける。
今はふすまが締められてるけど、その中には、多分。
私は立ち上がり、和室の前まで行ってふすまをそーっと開けた。
……寝てる寝てる。
そこにはレトロな白い布団に包まれて眠ってる勝己がいた。
いつもはもうひとつの部屋のベッドで一緒に寝てるんだけど、昨日みたいに勝己の帰りが遅くなったときは先に私が寝てることもあるから、そんなとき勝己はこっちの和室で寝るようにしてるみたいで。
私を起こさないようにって気を遣ってるらしいけど、私は眠ってしまえば眠りが深いから気にしないのに。
昨日はウイングスの若手の集りがどーしたこーしたで遅くなるって連絡があった。多分、飲みにでも行ってたんだと思う。
体育会系の集りだから朝まで飲んでくるんだと思ったけど。
まぁ、そんなことはどうでもいいや。
私は和室の内側に入って静かにふすまを閉めた。
それから私は勝己が包まってる布団の端をめくる。
エアコンで室内が暖まるのを待つよりも、湯船にお湯を溜めるのを待つよりも、これが一番早く暖が取れる!
私はルームシューズをぱっぱっと脱いで、そそくさと勝己の隣に潜りこんだ。
ほら、やっぱあったかい。
帰ってきてからあまり時間たっていないのか、勝己の吐息はまだ少しだけお酒の匂いがした。
私はコツンと額を勝己の大きな背中にくっつける。
「ん……?」
勝己が小さく唸る。
そしてごろんと寝返りを打って、私のほうに向き直った。
それから、まだ重たそうな瞼をうっすらと開ける。
「おはよ」
「……ああ……今、何時だ……?」
「まだ6時前だよ」
「……そうか」
それだけ言って、また目を閉じる。
眉間にシワ寄ってるところを見ると、まだまだ寝足り無いんだろう。
そこで沸き起こる私の悪戯心。
いいこと思いついたっ!
私はタイミングを見計らって、一気に勝己の上着をめくり上げて素肌に冷え切った手を押しあてた!
「っ!!!」
その途端、勝己が目をバチッと見開いてびくんと体を震わせる!
「っ!」
「冷たかった?」
「っ……お前な……っ」
あっはっはっは。大成功!
勝己は憎々しげに私を睨みつけたあと、仕返しとばかりにばふっと私を抱きしめた。
ところが、その瞬間不服そうな顔は驚きのソレに変わって、
「お前、体冷え切ってるじゃねぇか……。何してたんだ?」
「何って森林公園行って来ただけだけど。でも寒かったから帰ってきた」
「どうせ薄着して出てったんだろ」
「う」
言い当てられて反論できなくて。
口をとがらせた私を見て、ふっと微笑む勝己。
それから勝己はきゅっと私を抱きしめなおして、ぽふぽふと頭を撫でてくれた。
「人をカイロ代わりにすんな」
「だったら上で寝る」
「……だめだ」
「言ってること矛盾してるじゃんっ」
「気にするな」
「なんだそれ」
口では言い争ってる私たちだけど、お互いの両手はお互いの体をしっかりと掴んでて。
私は若干お酒の匂いが残ってる勝己の胸に顔をうずめて深呼吸した。
あったかい。
心も体もなにもかもがあったかくなってくる。
「勝己って省エネ効果高いよね」
「なんだそりゃ?」
「一家に一台志波勝己」
「オレを勝手に量産するな。……だいたい、オレはお前専用だ」
む。
呆れ果てた声とため息にムカッとするけど、額にキスしてくれたから反論は無しにしてやる。
「まだ寝るの?」
「ああ……まだ眠ぃ」
「じゃあ私も寝る」
「そうしろ。……もっとこっち来い」
「うん」
これ以上密着しようがないような気もするんだけど。
私は素直に頷いて、体の力を抜いた。
冬はつとめて。
確かに、早朝がいいかもしれない。
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