「しばー、若貴で遊びたい」
「……若貴『と』だろ」

 細かい訂正を入れながらも志波は若貴の首根っこをつまみあげて、ソファに座って総譜を見てた私の隣に腰掛けた。



 〜ハッピーバレンタイン 志波&編〜



 志波から若貴を受け取って、喉元を撫でてやる。
 いつもなら暴れてひっかき傷を無数に作ってくれる若貴も、志波が近くにいると私にもこんなになついてくる。
 どっちがご主人様か、わかってんのかなコイツ。

 若貴はごろごろと喉を鳴らして、にゃあと一声鳴いた。
 よしよし。

「若貴、この匂いよく嗅いで」
「……なんだ?」

 私はすりすりと擦り寄ってくる若貴の鼻に、一枚のガーゼをかぶせる。
 もがもがともがきながらも、くんくんと鼻を動かして匂いを嗅いでる若貴。

 志波がきょとんとして私と若貴を見てる中、私はガーゼを素早く丸めて手の中に詰める。
 にゃん、と小さく鳴いて、若貴が私の膝から飛び降りた。

「若貴、この部屋から同じ匂いするもの持ってこいっ」
「猫にそれができるのか?」

 志波は呆れてるみたいだけど、若貴はとことこと尻尾を振りながら和室の方に歩いていった。

「出来るよ。若貴ってシンみたいに食べ物に関しちゃ嗅覚するどいもん」
「そうか。……食べ物?」
「うん、チョコだけど」

 言うが早いか。
 志波はいきなり立ち上がって、若貴を追いかけて再びその首根っこをつまみあげてしまう。
 って。

「志波っ、邪魔する」
「猫飼ってるくせに与えていい食い物も知らないのか!? 猫はチョコ食うと中毒症状引き起こすんだ!」
「へ?」

 眉間に皺を寄せた志波は、そのまま若貴を抱きかかえて戻ってくる。

「……そうなの?」
「そのくらいわかってろ。若貴の生き死には飼い主にかかってるんだ」
「うん。ごめん、若貴」

 若貴に顔を近づけて素直に謝ると、大好きな志波に抱かれてご機嫌な若貴はにゃんと一声鳴いて私の鼻の頭をぺろんと舐める。はは、くすぐったい。
 志波がいないと近づくことも出来ない若貴が甘えてくるのが可愛くて、もう一度抱こうと手を伸ばして。

 でも、志波がひょいと若貴を持ち上げて、ソファの後に降ろしてしまう。

「ちょ、まだ遊び足りないっ」
「足りないのはオレだ」
「は?」

 脇の下に手を入れられて、ひょいっと持ち上げられて。
 そのまま志波と向かい合うように膝の上に乗せられる。

 なんていうか。
 この腕力、絶対ズルイ。

「志波」
「今日は何の日だ」
「何の日って。バレンタインでしょ? シンが妙なテンションでデートに出かけてったし、知ってるよ」
「そうか」
「言っとくけど、チョコならないよ」
「……」

 あ、拗ねた。
 いつもの無表情だけど、目の色でわかる。

 そっかそっか。志波、甘党だっけ。
 無条件で甘いチョコ貰えるこの日は貴重な日なんだろう。

「チロルチョコのきなこ味ならあるけど」
「……」

 あ、今度はむっとした。

「オレはその程度か……」

 小さく呟いて、志波は私の肩に顔をうずめる。
 なんなんだ一体。
 まさかとは思うけど、志波もシンみたいに貰ったチョコの個数で自分の価値を計るタイプとか?

「んなわけあるか」
「何も言ってないけど」
「お前の考えてることくらいわかる」

 ……なんていうか、時々志波はエスパーになったりもする。

「なに、志波チョコそんなに欲しいの?」
「別にチョコじゃなくてもいい」
「えーと、あと家にある甘いものは」


 顔を上げた志波に遮られる。

 ん。

 ……。

「…………今日の志波、ヘン」
「かもな」

 私の腰に手をまわしたままの志波は、穏やかな眼差しと口元の優しい笑みがいつもと全然違う。
 私も志波の首に腕をまわして、きゅうと抱きついた。

 元春にいちゃんとは違う、志波の温もり。

「なんだったら、これからチョコケーキでも食べに行く? ミルハニーかアナスタシアかALCURDか」
「いいな。行くか」
「どこにする?」
「全部」
「言うと思った……」

 くつくつと笑って体を揺すれば、つられたのか志波も笑った。

 そこに、オレも混ぜろと若貴が割り込んでくる。
 私と志波の間に割り込んで、丸くなる。

「若貴って、オスのくせに志波のこと好きだよね」
「ヤキモチか?」
「む。……今度若貴に強制お見合いさせてやる。豆腐屋のじーさまのとこのツクモと」
「あの白猫か?」
「うん。黒猫と白猫のカップル。子供生まれたら何色なんだろ。灰色?」
「それはないだろ……」
「志波は黒いよね」
「お前は白いな」

 もう一度同時に噴出して。

「……そろそろ行くか」
「ん。あ、帰りに晩御飯の買出しするから荷物持ちよろしく」
「わかった」

 立ち上がって上着を着る志波。
 私も鞄に財布を突っ込んで準備して。

 玄関を出てから、志波に手をのばす。

「ん? ……来い」
「うん」

 私の左手を、おっきな手で包んでくれた。

 そしてそのまま、一緒に並んで歩いていく。

「志波」
「なんだ?」
「Are you my valentine?」
「……日本語で言え」
「やだ」

 家の中と違って、外ではいつも通りの志波に、少し意地悪してやる。
 ……まぁ、バレンタイン当日まですっかり忘れてたことの謝罪もこめて。

 My valentine

 私の、大切な人。

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