「…………デオキシリボヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチドっ! どーだ10回っ!!」
「やや、先生の負けです……」
「「「おおーっ」」」


 9.若王子誕生日


 授業中の居眠りを怒られて、若先生と早口対決を命じられた私。
 カツゼツ勝負をこの様に挑もうなんて、10年早いんだ。
 先生はがっくり肩を落として、クラスメイトたちは賞賛の拍手を送ってくれた。

「早口対決は先生の負けですけど、さん、授業中はちゃんと起きててください」
「だから起きてたってば。目ぇ閉じてただけっ」
「だったら目を開けて授業受けてください」
「若先生、要望多すぎっ。せっかく若先生の誕生日だっていうから、プレゼント代わりに授業に出たっていうのに」
「やや、そうだったんですか? それはそれは。先生、恩を仇で返すところでした」
「せ、せんせぇ、なんか今の会話おかしくありませんか?」

 腕を組んで椅子にふんぞり返る私に、頭をぽりぽりと掻く若先生。
 突っ込んだのは水樹だけで、他のクラスメイトたちは大爆笑だ。

 何度も何度も思ったことだけど、若先生ってほんと変な人。

 そこにタイミングよく鳴り響くチャイムの音。

「はい、それでは今日の授業はこれまで。日直さん、お願いします」
「起立ー、礼っ」
「あざーっす」
「「「あざーっす!!」」」

 ……ほんと、へんな先生。


 若先生は授業後の挨拶を終えると、すたこらと化学室を飛び出していった。

「あっ、若サマ逃げた!」
「待ってよ若サマ〜!」

 その後を追いかけていく、若先生親衛隊。

 今日は若先生の誕生日……らしい。朝、海野に教えてもらった。
 なんでも、教師が生徒からゾートーヒン……えっと、プレゼントを貰うのはいけないことらしくて、朝から若先生は学校中を追い掛け回されてた。
 貰うのも受け取るのも駄目だってのに、なんでこんなことになってんの?
 って水樹に尋ねたら。

「駄目って言われても好きな人にはプレゼント渡したいものじゃない?」
「そんなもん?」
さんは好きな人いないの?」
「んー……」

 駄目って言われてもプレゼントを渡したい人?

「あ、いるいる」
「え、誰!?」
「元春にいちゃん」
「なんだぁ〜。さんって、本当に真咲先輩のこと好きだね」

 水樹に笑われた。
 そういえば、水樹って元春にいちゃんと同じバイト先で働いてるんだっけ。

 あ、そうだ。

「水樹、今度の日曜空いてる?」
「今度の日曜日? ごめん、臨時バイト入ってるんだけど、どうしたの?」
「元春にいちゃんからシン経由で私のとこに来た、コレ。処分に困ってるんだけど」

 私は鞄から4枚のチケットを取り出し、その一枚を水樹に手渡した。

「遊園地招待券……わぁ、無料パス?」
「そ。水樹がヒマなら全部あげようと思ったんだけどさ。海野も日曜は用事あるらしくて。だれか遊園地行きたい人知らない?」
さんは行かないの?」
「興味ない」

 そもそもこれは元春にいちゃんが友達から貰ったもので、期限はちょうど今度の日曜まで。
 バイトが目一杯つまってるからって、まずはシンのところに回ってきたんだよね。
 そのシンはというと、別口のデートの予約があるから無理! ってんで、私のもとへ。

 ちなみにシンが言うデートは、2回として同じ女子の名前が挙がったことがない。

 そこへ。

「おーいセイーっ。屋上行くでーっ」
「あ、うん!」

 教室の入り口で弁当箱をぶんぶん振りながら水樹に声をかける関西弁。
 えーっと、なんて言ったっけ。
 そうそう。西本だ。水樹と海野の友達。
 水樹と海野は、いっつも屋上で仲のいい女子で集まってごはん食べてるんだっけ。
 一度誘われたことあるけど、食後は昼寝派の私は即答で断った覚えがある。

「あ! ねぇさん。はるひなら遊園地行きたいって言うかもしれないよ」
「西本が?」
「はるひ、ちょっと来て!」

 逆に西本を教室に手招きする水樹。
 西本は教室入り口で首をかしげたあと、ちょこちょこと1−Bの教室へと入ってきた。

「なんやねん、セイ」
「ね、はるひ。さんのこと知ってるでしょ?」
「知っとるで。つか、知らんヤツのほうがめずらしいんちゃう? 初めましてやな! アタシ、西本はるひ言うねん」
「あ、うん。私は

 西本は人懐っこい笑顔で話しかけて来た。
 一応知ってはいる。水樹や海野やのしんや、他にもたくさん友達がいる、私とは正反対のコ。

「今度の日曜日ってなんか用事ある? さんが遊園地のタダ券持ってるんだって」
「ほんま!? 誘ってくれはるん!?」
「うん。行くならあげるけど」
「めっちゃ嬉しいわ! しばらく遊園地行ってへんなー思っとってん!」

 両手を挙げて小躍りする西本。

 ……ま、いっか。喜んでるみたいだし。

「4枚あるから、あと3人誘ってくといいよ。西本友達多そうだし」
「は? アンタは来んの?」

 水樹の机にぽんと遊園地の招待券を置いて、私は鞄から弁当箱を取り出す。

「なんか用事あるん?」
「別に? 興味ないだけ」
「遊園地興味ない女子ってのもめずらしいな〜。嫌いなん?」
「嫌いもなにも……遊園地って行ったことないし」
「「ないの!?」」

 あ、水樹と西本の声がハモった。
 二人とも目を大きく見開いて私を見てる。

「そういうテーマパーク的なとこって行ったこと無いよ。5歳くらいのときに1度動物園なら行ったことあるけど、それ以外は」
「そ、そうなんだ……」
「だったらなおさらやん! アンタも一緒に行こ!」
「は?」

 ずいっと身を乗り出して。
 西本は私が渡した招待券の2枚を私に突っ返してきた。

「アタシとアンタ、それぞれ1人ずつ誰か誘って行こ! 友達になった記念の親睦会と思えばええやろ?」
「……友達?」

 西本の勢いには、ちょっと驚いた。

 西本って、ほんとに壁を作らないタイプの人間なんだ。
 一歩引いたとこにいる人にも、かまわず踏み込んできて腕をひっぱってくタイプ。

 私は人見知りする方だけど。
 西本みたいなアグレッシブなタイプ、嫌いってわけじゃないんだ。
 元春にいちゃんみたいで。

「遊園地は同性同士も楽しいけど、やっぱ男のコがいたほうがええやろ? 誘う友達は男のコに決まり!」
「男友達ねぇ」

 私の友達なんて両手で数えて足りる程度なんだけどなぁ……。
 その中でさらに性別絞られると、キツイ。

「いいなぁ、遊園地なんて。バイト入れるタイミング間違えちゃった」
「今度はセイも一緒に行こな? ほんなら、日曜に現地集合でええな? ……えと、って呼んでええやろ?」
「いいよ。じゃあ西本のことも名前で呼ぼうか」
「そうしてそうして! めっちゃ楽しみにしとるからな!」

 西本、じゃなくて、はるひはとても嬉しそうに笑った。

 スレてないなぁ。純真無垢というか。

 そして水樹とはるひは一緒に連れ立って教室を出て行った。
 ……かと思ったら、ぱたぱたと水樹が戻ってきた。

「忘れ物?」
「ううん。ねぇさん。先生にメッセージ書かない?」
「メッセージ?」

 中にチーズを入れた玉子焼きにかぶりつきながら振り向くと、水樹の手には一枚の色紙があった。

『ハピバ! 若ちゃんセンセ!』

 中央には派手派手しい飾り文字があって、そのまわりには寄せ書きのようにメッセージが並んでる。

「これ、若先生にあげるの?」
「うん。こういうメッセージ色紙なら受け取ってくれるかな、って」
「ふーん……」

 駄目って言われても好きな人にはプレゼント渡したいものじゃない?

 さっき水樹はそう言ってたけど、水樹って若先生のこと好きなんだろうか。

 ……まさかね。
 真面目で純朴な水樹が、あんなボケボケ教師にときめいたりするはずないない。はは。

「空いてるとこに書けばいいの?」
「うん!」

 私はペンケースからピンクのペンを取り出して、色紙の隅にメッセージを書き込んだ。


『Happy birthday Dr. I give you a birthday song.(Expiration date:Until the time when I remember it)』


「わ、英語のメッセージ」
「んじゃ若先生によろしく」
「うん。じゃ、またあとでね!」

 今度こそ水樹は急ぎ足で教室を出て行った。

 さて。
 私もさっさとお弁当食べて昼寝に行こう。



 ……と思ったんだけど。
 今日は学校のどこに行ってもうるさいうるさい。
 人のいなさそうな場所に行ってみても、どこからともなく若先生と親衛隊がどたばたとやって来るんだ。

 屋上も。中庭も。グラウンドも講堂も体育館もっ!

「やかましいっ!!」

 さすがに部室棟までやって来たときにはぶち切れて、その辺にあったテニスボールを投げつけてしまった。
 それがスカーン! と若先生の脳天にヒットしたものだから、ばれる前に逃げ出したけど。

 そしてようやくたどりついたのが図書室。
 ここは司書の目が光ってるから、いつ来ても静かだ。

 私は一番奥の、誰が読むんだこんな本、といった専門書が並ぶ棚の前の机へ。
 あんまり人が来ない場所だから、図書室のなかでもさらに静かでヒンヤリとした雰囲気がただよってる。

 ところが、先客1名。

「あれ、志波だ」
「……お前か」

 一番奥のテーブルの一番奥の席に座ってうつ伏せていたのは、志波だ。
 名前を呼んだら、眠そうな顔を持ち上げて、頬杖ついて私を見た。

「なにか用か」
「ううん。私も昼寝に来ただけ」
「そうか」

 そう言って志波は再び額をテーブルに載せて目を閉じる。
 志波って図書室サボり派だったんだ。
 確かに屋上と違って空調は効いてるし、快適かも。

 私は志波の対面の椅子を引いて腰掛けた。
 そしてそのまま私もお昼寝モードへ。

「……おい」
「ん?」

 頭だけ起こすと、志波がまた頬杖をついてこっちを見てた。

「なに?」
「なんでそこに座る?」
「なんでって。ここ一番奥だし目立たないんでしょ? でかい図体の志波がここで寝られるくらいなんだから」
「……まぁな」
「うん」

 それだけ言って、もう一度顔を腕の中にうずめる。

 あ。そうだ。

「志波」
「……なんだ」

 再び寝ようとしてた志波が、ゆっくりと顔を上げる。
 なんかお互いに安眠妨害してるかもしんないな、コレ。

「今度の日曜ヒマ?」
「あ?」
「遊園地のタダ券あるんだけど。誰か誘ってこいって言われて」
「……オレを誘ってるのか?」
「うん」
「…………他をあたれ」
「ちぇ」

 あっさり断られた。
 うーん、うーん、あと他に誰がいるかな男友達……。
 佐伯とクリスとのしんと……この中で誰か行く人いるかな。
 あ、いっそのこと藤堂でもいいんじゃないか。男前だし。

「おい」
「うーんうーん……は? 何か言った?」
「誘ってこいって、誰に言われたんだ」
「はるひ」
「西本か?」

 志波は意外な名前を聞いた、とでも言いたそうに目を見開いた。

「お前がああいうタイプと知り合いとはな」
「今日知り合ったばっかだよ」
「……知り合ったばかりで遊園地行くのか」
「親睦会なんだって」

 理解できない、と言わんばかりの渋い表情。
 私だって理解できないよ、はるひのあの底抜けの明るさと愛想のよさは。

「ほら、関西人だし」
「ああ、関西人だしな」

 ……という妙な納得の仕方をしたところで、私も志波もお互いにお昼寝モードに入る。

 男友達かぁ……。
 誰かいるかなぁ……。

 友達勧誘ノルマにうなされながらも、私は涼しい図書室でうつらうつらと惰眠をむさぼった。


 で。

 結局そのまま5時間目も6時間目も眠り続けてしまった私と志波。
 見回りに来た教頭に見つかって、いつものごとく若先生も一緒にレッツ生徒指導室。

さん……先生の誕生日にこんなプレゼントはいらないです……」
「あはは、ごめんごめん若先生」

 口で謝りつつも、私の頭は遊園地に誘うメンツのことで一杯だ。

「あ、若先生、今度の日曜ヒマ?」
「今度の日曜ですか? 特に用事はありませんが、なんでしょう?」
「遊園地のタダ券あるんだけど、行く?」
「ややっ、それは楽しそうですね! タダ券、先生が貰っていいんですか?」
「若王子くんっ!! 生徒からの贈答品は受け取らないように言ったはずですが!?」
「あ、激ヤバです、さん。教頭先生が怒ってます」
「んじゃ逃げよっか」
「その意見、乗った!」
っ! 若王子くんっ! ……あの問題児コンビはまったく!」
「アイツ……先生を誘うかフツー……」

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