「ただいまー。あー寒い」

 久しぶりの我が家の門をくぐって、全く変わり映えしないリビングのドアを開ける。
 11月の寒風吹きすさぶ外と違って、さすがに家の中は暖かかった。

 そして例のごとく、登場が早い我が家のコタツには。

「……」
「……」
「あれ、元春にいちゃん来てたんだ?」

 膝にすっかり大きくなった若貴を乗せたシンと、つんつん頭が相変わらずな元春にいちゃんがいた。
 ところが二人ともこっちみて口をぽかんと開けて、手にしたみかんをぼとぼとと落として。

……」
「お、前なぁ……」
「なに?」

「「4年半も音信不通になっててナチュラルに帰ってくんなぁぁぁ!!!」」

 耳からi−podを外した瞬間怒鳴られて、私は目を点にするしかなかった。


 69.二人の風景


「おまっ、どこで何してたんだよ!? 海外行ったまま連絡先も知らせねぇで、4年半だぞ4年半!!」
「オレもシンも勝己も心配してたんだぞ!? オジサンがあんな性格だから捜索願も出さなかったけどよ! 便りが無いのは元気な証拠にも程があるだろ!」
「捜索願って海外にも出せるの?」
「「話の腰を折るなぁぁ!!」」

 なんか肩でおもいっきりぜーぜーと息してる元春にいちゃんとシン。
 私はそんな二人に首を傾げながらも、手にしていた小振りのボストンバッグをダイニングテーブルの上に置いた。

「ほとんどフランスにいたよ。ときどき先生について他国にも行ったけど」

 元春にいちゃんの対面でシンの横、四角いコタツの1辺に私は潜りこんでみかんに手を伸ばす。

 そんな私を二人は睨みつけるようにじーっと見てたんだけど。
 やがて同時に「はぁぁ……」とおっきなため息をついて肩を落とした。

「だめだ……コイツの常識をこの年になって矯正できるわけねぇよ春ニィ……」
「だよなぁ。……ま、無事に帰国したんだから説教はまた後ですることにして……」
「あー、オレ親父に電話してくる」

 ため息交じりの億劫な声を出して、シンが立ち上がる。若貴はコタツの上にぴょんと飛び乗って、隅に丸くなった。
 懐かしくて手を伸ばして若貴の背中を撫でる。
 すると、若貴は毛を逆立てることもせずに私におとなしく撫でられていた。

 ……若貴の気が丸くなったというより、私が変わったんだろうって思う。

「にしても4年半だぞ4年半。さすがに変わったよなぁ」
「そう? 元春にいちゃんはあんまり変わらないね」
「成長がみられねぇってか? ビミョーな評価だなオレ」
「そうじゃなくて、変わらずカッコいいってことだよ」
「よしよし。離れててもにーちゃんに対する尊敬は薄れてないな? 二重マル!」

 厳しい顔してた元春にいちゃんがニカッと笑って、そのおっきな手で頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
 すごく久しぶりの感触。

「はね学入学した時と同じくらい髪伸びたな、! でも顔つきが少しは大人になったかもな?」
「ほんと?」

 そういう元春にいちゃんだって。
 カッコいいとこは変わらないけど、そういうことなら変わってる。
 シンもそうだ。少年っぽさが抜けたっていうか。体つきだって前と比べてがっしりしてた。

「そっか、シンも元春にいちゃんも社会人してるんだもんね。変わって当たり前か」
「おう。オレはともかく、シンはすげぇぞ? 高卒の年は問答無用の新人王、4年間連続二桁勝利でオールスターも首位当選!」
「へぇ」

 あの懐かしい甲子園での肩の怪我はプロ生活に響いてないみたい。
 よかった。

 素直にシンの活躍に感心していた私に、元春にいちゃんはニヤリと笑う。

「今年の新人王は勝己だぞ?」
「え」
「大学野球でも華々しい成績を収めてたけどな、今年からシンと同じチームに入って開幕1軍スタメン起用! ま、勝己ならやっちまうかもなーって思ってたけどよ、何年振りかのルーキー三冠王だってよ」
「……すごい」

 4年前の灯台で見た笑顔が私の脳裏に思い浮かぶ。

 志波。
 自分の努力ひとつで、夢を現実へと変えていく人。
 私もそんな志波のことを思いながらがんばってきたけれど。

「ほら、Numberの今月号。勝己が表紙だ」

 元春にいちゃんは腕を伸ばして、ソファ横のマガジンラックから1冊のスポーツ誌を引っ張り出した。
 手渡された雑誌の表紙には、シンと同じチームのユニフォームを着た志波がバットの芯でボールを捕らえる瞬間を押さえた写真が載っていた。

 真剣な目。4年前より、目に見えて精悍になった顔つき。
 表紙には『特集:新人王志波勝己・幼馴染と描いて来た甲子園とその先』と派手に書かれていた。

 ぱらぱらとページをめくると、私服姿で椅子に腰掛け、少し緊張した面持ちの志波の写真が数枚載っていた。
 そのまわりにはインタビューの実録。

「この取材受けたあとの勝己、ぐったりしてたんだよなー。相変わらず愛想がないっつーか?」
「こういうの苦手そうだもんね」
「まーなー。シンはすっげぇノリノリで答えるんだけどな」

 眉間に皺よせて、インタビュアーの質問にいちいち顔色変えてそうな志波が簡単に想像つく。
 悪いとは思いながらも、私はぷっと吹き出してしまった。

 そういうところは変わんないんだろうな。
 学生の頃は平気で授業サボったりしてたくせに、妙なところ生真面目で。
 今は、いや今も。
 きっと野球一筋に打ち込んでいるんだろう。

 そんなことを思っていたら、インタビューの終わりの方の記事が目に飛び込んだ。

『……ところで野球ファンではなく、純粋に志波選手本人のファンという女性も多いですよね』
『志波:はぁ』
『……世間では選手と人気を二分されているみたいですけど、ストイックな志波選手の好みのタイプってズバリどんなタイプなんでしょう?(笑)』

 何言ってんだか、このインタビュアー。

「志波はストイックじゃなくてムッツリじゃん」
「誰がだ」

 志波がなんて答えたのか気になって、こみ上げてくる笑いを堪えながら、返答の書かれてる次のページを見ようと手を動かそうとして。


 突然聞こえた懐かしい声に、私は振り返った。


「……誰がなんだって?」

 口をへの字に曲げて、ソファの横に仁王立ちになってる志波。

「志波」

 大人びた。やっぱり精悍になった。
 髪型は高校生の頃とあまりかわらない。ざっくりと短めに切りそろえてる。
 そのセーター、見たことない。でも服装の好みは変わってない。
 夏の間に日焼けしたままの浅黒い肌は相変わらず。
 あと変わってないのは。

 目。

 私を見下ろしてる優しい瞳。

「シンから連絡貰って走ってきた」

 その割りに呼吸ひとつ乱れてないけど。

「あ、あんま驚いてねぇな、勝己……」
「今日、会えるような気がしてたからな」

 元春にいちゃんに返事しながら、志波は私の目の前までやってきて膝をついた。

 そして差し出される1本のひも。赤い糸と黒い糸で編まれた見覚えのあるヤツ。

「……あ」
「今朝千切れた」

 それは高3の志波の誕生日に贈ったミサンガ。確かに志波の左腕にくくりつけたヤツだ。

「4年半も連絡ひとつよこさないで」

 不服そうに私を睨んでる志波だけど。
 その目が微笑んでいたから。

「志波っ」

 私はコタツを飛び出して志波の首に抱きついた。

 懐かしい。
 志波の匂い。
 志波の温もり。

「おかえり、って言っていいのか?」
「うん」
「……おかえり」

 志波は優しく包み込むように私を抱きしめてくれた。

「……」

 ただいま、と言おうとして。
 私は思いとどまり、志波の胸を押して自分から離れた。

 怪訝そうな顔して、どうした、と志波が口を開く前に。
 私は志波の目を見つめて座りなおした。

?」
「えーと、新人王おめでとう」
「? ああ……サンキュ」

「それから」

 一度だけ、私は唇を噛む。

 そんな私の様子に何かを察したのか、志波も元春にいちゃんも顔をしかめた。

「約束、守れなかったんだ」

 私は、目を逸らさず、しっかりと志波の目を見つめたまま告げた。

「私、音楽の道を究められなかった。だから日本に戻ってきた」
「……
「この腕ね」

 左腕を持ち上げる。
 ニットアンサンブルの下の火傷のあとは志波も元春にいちゃんも知ってるから、見せる必要はないけど。

「志波がせっかく動かしてくれたけど、やっぱり事故の後遺症があったみたい。フランスに行って、先生のもとで一生懸命練習して、早く日本に戻りたかったから、志波やみんなに連絡するヒマも惜しんで練習したんだけど」

 才能とか、そんなことを論議する以前の問題だった。

「頸肩腕障害が発症して」
「なんだって?」
「頸肩腕障害。ざっくり言えば腱鞘炎ってこと」

 ひどい痛みに耐えながら治療を受けて。
 でも診察をしてくれた医者は淡々と言い切ったんだ。

 練習を休んで完治させても、バイオリンを引き続ける限りまた再発する。私の腕は事故の後遺症で必ずその症状が出るようになってしまっている。
 ……プロの演奏家になるのは、無理だって。

 元春にいちゃんが息を飲んだ。

「そういえばお前、荷物は?」
「全部処分してきちゃったよ」
「……バイオリンも?」
「ああいうのは、いい演奏を聴かせられる奏者が持つものだから。先生の他の弟子に譲ってきた。私には、安物で十分」

 ぐ、と言葉を飲み込む元春にいちゃん。

「だから、志波」

 顔を少し歪めて私を見てる志波に、告げる。

「志波はどんなときも約束守ってくれたけど、私は守れなかった。……追いつけなかった、志波に」

「ごめん」
「謝るなっ」

 志波が私の左手に自分の手を重ねて強く握る。
 それは揺れる私をしっかりと支えてくれる力強さで。

「精一杯やったのか」
「それは、もちろん」
「自分の全力で打ち込んできたんだろ」
「……うん」
「だったら、ただいまって言え。言ってくれ」

 私の両手を掴んで、志波は目の高さまで持ち上げる。

「オレは待ってた。ずっと、お前を待ってた。連絡がなくても、待った。どこで何してるのか、体調崩したりしてないか、海外で事件に巻き込まれてないか、ごちゃごちゃ考えながら待ってたんだ」
「志波……」
「試合でホームラン打った時も、サヨナラエラーしちまった時も、お前が帰ってきたら話そうと思って全部覚えてる。必ずお前はやり遂げてオレのところに戻ってくると思って」
「ご、ごめん……」
「だから謝るな! 今のお前は高校生のときと違うだろ。目指した道を必死に進んで全力出し切ってきたんだろ! 今、お前にあるのは後悔か? 違うんじゃないのか、自分の持てる力で進めるところまで辿り着いた達成感じゃないのか!」

「うん」

 歪みそうな顔に必死で笑顔を浮かべて、私は頷いた。

「医者からプロにはなれないって言われたとき、ショックだったけど、絶望は感じなかった」

 だって本当に音楽に真摯に向き合ってきたから。
 自分の限界が他の人たちより早かったのは悔しかったけど、やり遂げた感があった。

 でも、私の心に影を落としていたのは。

「約束、守れなかったのは事実だったから」

 なによりも怖かったのは。

「し、ば、に。軽蔑、されるんじゃ、ないか、って」
「……なんでお前はそう……」

 震える声で言葉をつむげば、志波は大きくため息をついて頭をふった。
 そして、私を力強く抱き寄せる。

「4年半もたってるってのに変わらねぇ。いい加減一人で早合点するのやめろ」
「志波」
「オレにはお前やシンや野球部の仲間が一緒だった。でもお前は、遠い国でたった一人で……よくがんばったな」
「……私、がんばった?」
「ああ」

 優しく私の髪を撫でる志波。
 そうだった。いつだって志波は私を赦してくれる。

 フランスでいつも気を張って毎日毎日練習に明け暮れて。
 張り詰めていたものを一瞬で解かしてくれる優しい人。

「志波……た」

 ただいま。

 そう言おうとして。
 私はまたも言葉を飲み込み、志波の胸を押して距離をとった。

「まだなにかこだわってるのか?」
「ううん」

 私は立ち上がり、ダイニングテーブルにおいた鞄の中を探る。
 その中からA5サイズの小さな冊子を取り出して、私は志波に手渡した。

「……読めねぇ。写真集か?」
「フランス語だからね」

 受け取った志波はぱらぱらとページを繰る。後ろから元春にいちゃんと、いつの間にか戻ってきていたシンも覗き込んだ。

 それは他愛ないフランスの街中の写真集。
 石畳の路地だったり、トマトの赤が鮮やかな市場だったり、茜に広がるイワシ雲だったり。
 ふと、ページをめくっていた志波の手がとまる。
 そこには、おかしくてたまらないといった風に笑い転げている幼い兄弟の写真があった。

「お前が撮った写真だな?」
「え、が?」

 志波の言葉に元春にいちゃんとシンが顔を見合わせる。

「うん。志波に貰ったデジカメで撮った写真だよ」

 ほんの十数ページの、つたない冊子。

「バイオリンの先生についてフランス中を回ってるときに撮り貯めた写真。プロになるのは無理だって言われたときに、先生が知り合いの編集者に私の写真を見せて」
「へ、じゃあこれ、ちゃんとした出版社から出したヤツなのか?」
「そう」

 ほえ〜、と間抜けた声を出して感心する元春にいちゃん。
 志波は少し驚いた様子で私を見つめた。

「その編集者が、もう少し私の写真を見てみたいって言ってて。でも日本に帰るって言ったら、日本の写真を撮って送ってくれって言って」
「あー、フランス人って割りと日本好きが多いみたいだもんな?」
「そうみたい。だから私」

 今度は、無理にではなく、自然な笑顔で。

「昔志波が示してくれたもうひとつの未来の可能性に賭けて見ようかと思って」
「……写真家か」
「うん」

 深く頷くと、志波は短く「そうか」とだけ呟いた。

「いいんじゃねぇ? うん、写真ならそこまで腕に負担もかからないだろ?」
「はー……さんざん周りを振り回しておいて今度は写真だぁ?」
「こらシンっ。そういう言い方すんな!」

 ごちゃごちゃ揉めだした元春にいちゃんとシンは置いといて。

 ぱらぱらと最後まで冊子に目を通していた志波がパタンと本を閉じて、コタツの上にそれを置く。
 そしてあぐらをかいた自分の膝の上に頬杖ついて、一見眠そうにも見える表情で私を見つめてきた。
 それは見慣れた志波の日常の表情。

「お前が決めたんならそれでいいけど、もう待たねぇぞ、オレは」
「え、待って、あとちょっとだけ」
「だめだ」
「志波っ」

 身を乗り出して志波の腕を掴む。
 いやだ。志波と離れたくないっ。

「それから」

 ところが志波は口元に小さく笑みを浮かべて。

「もう『志波』って呼ぶな」
「……は? なにそれ。じゃあかっちゃん」
「それはもっとやめてくれ……。じゃなくて、名前で呼んでくれ」
「はぁ?」

 いきなり何を言い出すかと思えば。

「前に志波が名前で呼ぶなって言ったんじゃん」
「そりゃお前、付き合い始めるずっと前の話だろ。今はいいんだ」
「ふーん……。んじゃ、勝己?」
「ああ」

 首をかしげながら言い馴れない名前を呼ぶと、志波、じゃなくて勝己は満足そうにニヤリと笑った。

「いやっ勝己くんたらっ! アタシや春ニィが名前で呼んだら嫌がるくせにっ!」
「気色悪い声出すなっ! そういうこと言うから嫌なんだ!」

 で、間髪いれずにからかうシンはさすがというかなんというか。

 と。
 その隣でなにやら考え込んでた元春にいちゃんが突然ぽんっと手を打ち、「ほほーぅ」といい笑顔を浮かべて呟いた。

「どうしたの?」
「いやいや。もしかして若王子とセイに続くのはここか? と思ってな」
「は? 若先生と水樹?」

 なんのこと? と聞き返せば、元春にいちゃんはにこにこしながら教えてくれた。

は海外にいたからな。若王子とセイな、卒業してすぐに結婚したんだぞ!」
「えええ!? ホントに!?」
「おう、ホントホント。しかもな、今じゃ2歳になる男の子が一人いるんだ」
「うええ、若先生2号!? ちょ、何やってんのあの天然教師!」

 早まった! 早まったぞ水樹っ!
 まさかこんな早くあの二人が結婚するなんて思ってなかったし!

 こうなると、他のみんなのことが気になってくる。
 海野と佐伯はどうなったんだろ? 珊瑚礁は再開できたんだろうか。
 のしんとはるひは? まだインディーズで活動してるのか、それともメジャーデビューしたのかな。
 水島とクリスは1回ずつ外国で会ったんだよね。
 小野田と氷上は? 藤堂はネイリストの夢を叶えた?

「志波っ」
「違う」
「あー、えと、勝己っ」
「ああ。……心配しないでもみんなと会う機会は近いうちにある」

 私の言いたいことを察して先に言ってくれる勝己。

「勝己の新人王記念パーティするんだよな? 今週の土曜!」
「……アイツらはなんでもいいから理由つけて飲みたいだけだと思うがな」
「みんなに会えるんだ!」

 懐かしい。
 きっと私が海外に行っていた間も連絡取り合っていたんだろう。
 べたべたといつも一緒につるんでなくたって、絆で結ばれた大事な友達。

 ところが。

 べしっ

 いきなり勝己からチョップをくらった。

「ちょ、なに」
「話題が変わると前の話題をすぐ忘れるな、お前は。……その日、報告会も兼ねるからな」
「なんの?」

 首を傾げて勝己を見上げれば、なぜか勝己はすっと視線をそらす。
 その横顔は、わずかに、赤い?

「お前の苗字が変わる報告」

 あ。

 もう待たねぇぞ、って。そういう理由?

「「「うわー……」」」
「……なんでシンと元春まで声そろえてんだ」
「あのなぁ勝己……。気持ちはわかるけど、そういう台詞はもっとこう……」
「せめて目ぇ見て言えよ。男のケジメってヤツだろっ」
「そーだそーだ。やり直しっ」
「にゃー」
「…………」

 若貴にまで駄目出しされて、勝己の顔が耳まで赤くなる。
 うわ、こんなの初めて見た。

 ……勝己のめずらしい表情とくれば。

「えい」

 かしゃ

「っ!? 写真を撮るなっ!!」
「勝己の珍しい表情写真第3弾! うわ、これ撮り貯めてったら引退するころに写真集出せるかもよ?」

 素早く携帯を構えてボタンを押して。
 慌てて携帯を奪い取ろうとする勝己の手を逃れて、私はさっさとメモリーカードに保存する。

「今すぐ消せっ!」
「やーだー」
っ!!」

「……変わんねー」
「なにが?」
「勝己と。4年半も一切連絡取り合わなかったっつーのに、高校の頃と全然やりとり変わんねーの。信じらんねぇ。オレだったらお前なんか知るかって絶対別れてる」
「ははっ。そうだよな」
「でもまぁ、には勝己がついててもらわねぇとしょうがねぇからなー……。ちぇ、帰ってくるなり世話かけやがる」
「ってシン、お前はなにしてんだ?」
「マスコミにリークしてやる。あんなバカップルに入り浸られてたまるかっ。おい!」

「ん?」

 勝己の追撃を逃れながら部屋中駆け回っていたら、シンに呼ばれた。
 振り向くと、そこには携帯を構えたシンが、ぐっと親指をこっちにつきつけてて。

「抱きつけ!」
「ていっ」
「!!!」

 反射的に私は勝己を振り返って飛びついた。
 不意打ちをくらった勝己は私の突撃を受け損ねて、背中からソファに倒れこむ!

「ふぎゃ!」

 巨体の下敷きになりそうになった若貴が悲鳴を上げてソファから飛び出すのと、私と勝己がソファのスプリングで1回跳ねたのはほぼ同時。

「あー、なんかこの体勢も久しぶり」
「お前らなぁ……っ」

 ぱしゃっとシャッターが切られる音が頭上からして、勝己が体を起こそうとしたけど、私はそれより素早く勝己の上に馬乗りになってその顔を覗きこむ。

「勝己」
「……」
「怒った?」
「……」
「ごめん」

 キスをする。
 勝己は目を大きく見開いて、でもすぐに参ったと言わんばかりに体から力を抜いた。
 出会った頃と同じくらいに伸びた私の髪が、勝己の頬にかかってる。

 勝己は、手を伸ばして私の髪を梳いた。

「たくさん待たせてごめん」
「ああ。待った」
「待っててくれてありがとう」
「ああ」
「また新しい夢に向かって進むけど、今度は勝己の側でがんばるよ」
「……ああ」
「どうしたの?」
「感動してた」

 勝己が体を起こして、私はその膝の上に座りなおす。
 向き合って瞳を見詰め合って、その深い色に吸い込まれそうになりながら。

「支えてくれ、。これからも」
「うん」

 幼い頃の初めての出会い。

 キズを抱えて再会した2度目の出会い。

 そして夢の向こうで3度目の出会い。

「これから先は、一緒に生きよう」
「うん!」

 やり直しのプロポーズは、勝己らしいとても優しい言葉だった。



 長編連載にここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。


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