「ついた! はね学!」

 走って走って、ようやくはね学に辿り着いた頃には私の息はもう途切れ途切れで。
 とっくに体力なんて尽きてたけど、力強く志波に手を引かれて辿り着くことができたはね学。

「待っていたよくん、志波くん! さぁ、校門の中へ!」

 出迎えてくれた氷上は、なぜか正面玄関の屋根の上に片足かけてポーズを取っていた。

 ……何してんだろアイツ。


 67.友達


 私と志波は転がるように前のめりになって校門の中へ駆け込んだ。
 振り向けば、せまい住宅街を四苦八苦して侵入してきた馬鹿でかい黒塗り外車がせまってきてた。

「氷上っ、一体どうする気だ!?」
「任せてくれたまえ!」

 玄関前で私と志波が氷上を見上げる。
 ほぼ同時に黒服たちも校門前に到着して、だむだむっ! と車から飛び出してきた。

 そして黒服たちが門の前に集結した瞬間だった。

「生徒会執行部、伝統の最終奥義!!」

 高らかに氷上の声が響いた。
 正面玄関の屋根の上で、右手を振り上げながら勇ましく号令をかける!

「遅刻者には問答無用! 校門施錠、生徒手帳を見せたまえ!!」
「「「せいやーっっ!!!」」」

 氷上の号令と共に、どこからともなく駆けつけた現・生徒会執行部員たちが勢い良く校門を閉めた!

「「…………」」

 私も志波も目が点。
 なんだこれ。

「……乗り越えろ」

 あ、黒服たち冷静に対応してるし。

くん! 志波くん! すぐに校内に避難したまえ!」

 逆にこっちがどうしたもんかと佇んでいたら、氷上に頭上から声をかけられた。
 見上げると、氷上が校舎の中を指しながらお決まりの眼鏡をずり上げる仕草をして。

「手配はしてある! あとは僕たちに任せてくれたまえ!」
ーっ、志波やーん! コッチコッチー!!」

 そしてその氷上のさらに頭上、屋上のフェンスの向こうには手を振って私たちを呼ぶはるひと小野田。

「屋上に行けってことか?」
「そうなんじゃないの? とにかく行こう!」
「だな」

 私と志波は急いで玄関に駆け込む。

「待て!」

 後ろからは黒服たちの足音も響いてきた。

 一体氷上のヤツ何考えてんだろ?
 学校の中にコイツらおびきだして、何する気?

 ……と思ってたら。


 ピィィィィィーッ!!


 甲高いホイッスルが鳴り響いた。多分氷上が吹いたんだろう。
 するとそれとほぼ同時に校内放送が鳴り出した。

「……なんだ?」

 1階の1年の教室の前を駆け抜けながら、聞こえてきたメロディに志波が眉を顰める。
 体育祭でも流れてた、なんだか妙に気合の入るアップテンポな曲。

『よーっし! お前ら準備出来てんだろーな!』
「……針谷?」

 スピーカーから聞こえてきたのはなぜかのしんの声。

 なんだなんだ?
 と思ってたら、私たちの後ろでどどどっと大勢の足音が。

「なに!?」

 思わず私も志波も振り向けば。
 そこには私たちに背を向けて、せまりくる黒服たちにむけてクラウチングスタートの構えをとってる……陸上部?

「どっから沸いて出た!?」
「ここの化学室からですよ、さん」
「……若先生!?」

 唖然とその光景を見ていたら、とんとんと肩をつつかれて。
 振り向けば、いつもと違ってちょこっとばかり黒い笑顔をにじませた若先生。

「話は逃げながらです。さぁ、さんと志波くんはそのまま走って!」
「は、はぁ」

 私と志波は顔を見合わせるものの、若先生に促されるがまま走り出す。
 背後から黒服たちが「待てー!」と叫び声を上げて追い迫ってきたけど、

『トップバッター陸上部! 頼んだぜ、若王子っ!』
「はいはい、任せちゃってください! みなさんいきますよ?」

 その声を遮って。
 スピーカーから響くのしんの声のあと、隣を一緒に走る若先生が本当に楽しそうに叫んだ。

「陸上部奥義! 爆走! 100mダッシュです!!」
「「「「おおーっ!!」」」」

 轟く1、2年の陸上部員の声!
 そして数秒とたたず。

「「「「Noooooooo!!!」」」」

 波に飲まれるかのように、黒服たちの悲鳴がフェードアウトしていった。

 ……って。

「先生、今のは……」
「えっへん。先生の教え子たちは枕投げ奥義をきちんと応用できるんです!」
「いや、そうじゃなくて」
「氷上くんの作戦ですよ?」

 呆気にとられる私と志波を見ながら、若先生は似合わないウインクひとつ。

さんが捕らえられて、もう逃げられないと思いました。僕はみんなに全てを告げた。そして別れも」
「はぁ!?」
「や、さん落ち着いて。でも、さんが志波くんに助けられたと聞いて……氷上くんが作戦をたててくれたんです」
「……それが今の?」

 走りながら肩越しに後ろを見れば、もうもうと巻き立つ土ぼこりの中、黒服たちが複数痙攣して倒れているのが見えた。

「僕に手出ししようとしたら、どんな目にあうか思い知らせてやればいいと。幸い、卒業式のあとは午後から校舎は部活のために解放されてましたからね」
「で、部活所属者あつめてあんなことしたの? なにそれ、若先生、学校中にカミングアウトしたとか?」
「いえいえ。そこは針谷くんと西本さんの口八丁です。全校放送で、各部新体制での奥義強化練習を始めるとかなんとか」
「はぁ……」
「ちなみに教頭先生は藤堂さんと水島さんが説得しました」

 脅迫したんだな。絶対そーだ。

 志波は心底呆れ果てた顔してたけど、私はその場面を想像して噴出してしまう。
 あー見たかった。その場面!

さん、志波くん。先生、後悔してます。また安易に逃げようとしたこと」

 私と志波の走りにしっかりとついてくる若先生が、ふと眉尻を下げた。

「安易に逃げようとして、また水樹さんを傷つけてしまうところでした。もう逃げないよ。僕は立ち向かう」
「先生……!」

 若先生の言葉に志波が感極まった声を出す。
 でもまぁ、ようやく若先生も肝が座ったか。

さん、志波くん。一緒に、黒服撃退しようぜ!」
「はい!」
「オッケーッ!」

 若先生が突き出した拳に、私と志波も呼応した。



「美術部奥義! カモフラージュペイントや! ちゃん、志波クン、若ちゃんセンセ! こっちこっち!」
「くっ!? どこへ消えた!?」

 1階廊下と突き抜けて旧校舎へ。
 陸上部の奥義をかわした黒服の生き残りに追いかけられながら飛び込んだ美術室では、既にクリスを先頭に美術部員がスタンバってた。

 クリスに手招きされるがまま、私たちはキャンパスを構えた美術部員の後方へ駆け込んで。
 追ってきた黒服たちは、美術部員の完璧なまでの背景描写に惑わされて私たちを見失ったみたいだった。

 やるじゃん美術部!

「(コッチコッチ! こっからグラウンドに抜けて、体育館へゴーやで!)」
「(サンキュ、クリス!)」
「(体育館は確か水樹さんが行ってるはずでしたね?)」
「(よし、急ごう!)」

 私たちは声を潜めて美術準備室へと移動してグラウンドへと飛び出した。
 そのままグラウンドを横切って、体育館へと駆け込む!

 がっ!

「いたぞ! あの建物に逃げ込む気だ!」
「ちっ、別働隊がいたか!」

 一体黒服って何人いるんだか。
 中庭から回り込んできたと思われる黒服たちのひとりが私たちを見つけて、その後ろからばらばらと走ってきた。

「体育館に手芸部とラクロス部が準備しとるはずや!」
「とにかく急ぎましょう!」

 クリスも豪奢な金髪をなびかせて全力疾走!
 一番最初に辿り着いた志波が勢いよく体育準備室に繋がるドアを引いて、私たちを中に引き入れる。

 そしてそのまま準備室をでて体育館へ。

「待ってたよ! みんな大丈夫!?」

 そこにはクリスが言ったとおり、ほっとした笑顔を浮かべた水樹と。戦闘体制万全のラクロス部員と、なぜかくまのぬいぐるみを抱きかかえた手芸部、い、うあっ。

「みぎゃーっ!!」
「おい!? どこ行くんだお前は!?」

 くるりと回れ右して準備室に逆戻りしようとした私の首根っこを志波が掴む。

「やだやだやだ! アイツいるじゃん!」
「……アイツ?」

「まぁ。シオンったら恥ずかしがりやさんね、クスッ♪」

 私の天敵・花椿姫子ッッッ!!!
 ヤダ! 黒服なんかよりコイツのほうが数百倍怖いって!!

 あいもかわらずド派手なピンクの改造制服を着て、妙に存在感のあるオーラ放ちながら立ってるし!

「シオンも卒業を迎えてしまったのね……。今年も真の乙女を育て上げることができなくて、姫子、残念」
「ううううるさいっ!! 近寄るなっ!」

 私は志波の背中に隠れて威嚇する。
 そんな私を見てクリスはきょとんとしてるし、志波は大きくため息つくし。
 ……あっ、若先生っ! 何気に水樹を姫子先輩から遠ざけようとしてるし!

 そこに、がたがたと物音が響いてきた。
 全員が体育準備室を振り返る。黒服たちだ!

「先生、ここは姫子先輩たちに任せて、上へ!」
「わかりました。頼みました、姫子さん!」
「エリカと若王子くんの頼みとあらば聞かないわけにはいかないでしょう? シオン、あなたも気をつけてね?」

 こくこくこくこく。

 私は高速で首を縦に振って、志波の腕をぐいぐいとひっぱった。

 その時、ガターン! と派手な音をたてて、体育準備室のドアが床に倒れた。
 なだれ込んできた黒服たちが、強引にドアをぶちやぶったんだ。

「待て!」

 ……と言われて待つヤツがいるかっ!
 私たちは振り向きもせずに体育館出口へと走り出す!

「待てと言っ……」
「まぁ、いけない方たちね……。神聖な学び舎に土足で踏み入るだなんて……」

 ぞわ

 振り向かずとも。
 姫子先輩の地の底から響くような声に、私の背中に悪寒が走る。
 黒服、冥福を祈るっ!

「オイタした罰を与えなくちゃ。さぁ、あなたたち、やっておしまいなさい!!」
「はいっ、姫子様! ラクロス部・手芸部合体奥義!」
「「「メイプル・まっクマ・アターック!!!」」」
「なっ、何っ!? ぬいぐるみをボール代わりにッ……!?」
「こっ、このぬいぐるみのクマ生きてるぞッ!?」
「ぎゃーっ!! 噛み付かれたーっっ!!!」


「……そういえばオレたちも土足だな」
「言わなくていいっ!」



 その後。

「ようこそ音楽室へ! ハリーWith吹奏楽部、夢のコラボ奥義、くらいやがれ!!」
「「「ぎゃーっ!!!」」」

「押忍ッ、志波先輩ッ、先輩ッ! 応援部一同加勢いたします! 新生応援部奥義! ポンポンファイヤー・乱れ打ち!!」
「「「ぐぉーっ!!!」」」

「さぁアンタたち、覚悟は出来てんだろうねぇ?」
「はば学と違って、ここはお上品とはいえないコも多いわよ?」
「行くよアンタたち! 竜子姐さん、密姐さん直伝のッ! タイマン奥義ッ!!」
「「「うぁーっ!!!」」」

「オレの奥義……心の闇に巣食っていた闇の眷属……。しかし今っ、間違ってばかりいたオレに手を差し伸べてくれた人魚のために! マクラノギヌスは進化する!」
「瑛くん……!!」
「いくぞあかり! オレたちふたりの必殺技! 奥義! 珊瑚礁魂ッ!!」
「「「なんだそりゃーっ!!!」」」

 ……なんかだんだん微妙な方向に行きだした気もするんだけど。

 私たちはところどころではね学でのかけがえのない仲間たちと合流し、黒服たちと対峙した。
 しかし黒服たちもめげないヤツらだ。
 逃げ場はあと屋上しかないってとこまで追いかけてきたし!

「どうするの!?」
「行くしかねぇだろ!」

 若先生を先頭に、私たちは屋上への階段を駆け上がった。

 バタン!

 乱暴に扉を開け放ったそこは。

「若ちゃん! も! みんな無事やな!?」
「全員合流できましたか!?」
「……よかった、全員いるね!」

 はるひと小野田と氷上が、ほっとした様子で出迎えてくれて。

 はね学3年間で、もしかしたら一番思い出がたくさんつまっているかもしれない屋上。
 私は無意識のうちに隅の給水塔を見上げた。

 泣いて、笑って、落ち込んで、……幸せを見つけた場所。

「ったくしつけーんだっつーの! アイツら、あんな目にあってまだ懲りてねぇぜ!」
「あと一押しが足りないんだよ。アイツらだって相当へばってるはずさ」

 肩で息をしながらのしんと藤堂が毒づく。

「でも、どうするの? もう行き止まりだよ!」
「ここで応戦するしかないな……」

 水樹の問いに佐伯が苦々しく答えたときだった。

 ドタドタドタ!!

「もう来た!?」

 複数の足音。
 私たちは、水樹と若先生を一番奥へと押しやって、校舎内へと続くドアをにらみつけた。

 そして。

「……やっと追いつきましたよ、ドクター」

 やってきたのは、私を拉致った黒服のリーダー格。そのあとにぞろぞろと……

「10人か……」
「ちっ、少し多いな」

 藤堂と志波がぼそぼそと言ってる。
 こっちも頭数だけなら負けてないけど、はるひや小野田や水樹、それに狙われてる若先生も戦闘要員にはならない。
 あ、氷上もか。

「(なんとかして若先生だけでもこの場から逃がさないと……!!)」
「(でも入り口はアイツらが塞いでいて無理ですよ!)」

 私も天地も必死で策を考えるけど思いつくはずもない。

「ドクター」

 黒服のリーダー格が、一歩踏み出した。
 私たちも一斉に身構える。

「彼らを巻き込むことはあなたも不本意のはず。おとなしく我々の話を聞いてください」
「若王子っ、聞く必要ねぇかんな!」
「そやそや! ボクらがしばいたるでぇ!」

 口を開きかけた若先生の前に立って叫ぶのしんとクリス。
 だけど、今のままじゃ結果は目に見えてる。

 どうしたらいい!?

「ドクター、こちらへ。我々も彼らに危害を加えたくはありません」
「くっ……」
「先生っ」

 唇を噛み締める若先生。そして、その若先生の腕を掴んで泣きそうになってる水樹。

 悔しい。
 なんの力にもなれないなんて。
 でも、このまま若先生をアイツらに引き渡すのだけは絶対いやだ!

 と。

 つんつん。

 誰かが背後から私の手をつついた。

「(……小野田?)」
「(…………)」

 後方に匿われてる形の小野田を振り向けば。
 小野田はなにやら強い決意を秘めた顔で、私に頷いて見せた。
 そして、視線をずらす。

 その視線の先には。

 ……あ! その手があったか!
 でも、そのためには少しでいいから黒服たちの気をそらさないと。

 私は気持ちを落ち着けるように一度大きく深呼吸をしてから。

「私も前にアンタに言ったけど」

 若先生の横に移動しながら、私は黒服に言った。
 志波が振り返る。そして、私を安心させるように、志波も私の隣にやってきてくれた。

「若先生がいるべき場所はここにあるんだから、とっとと諦めて国に帰れ!」
「帰りましょう。ドクターの協力を得られたなら」
「そんなことさせない!」

 今度は水樹だ。
 目にいっぱい涙を溜めて、必死な顔して叫んでる。

「もう先生に苦しい思いさせないんだから! 先生はみんなと一緒に、ここで青春するんだもん!」
「水樹さん……」

 ぽろぽろと涙をこぼす水樹の頭を抱き寄せる若先生。
 でも黒服は眉ひとつ動かさず。

 この人でなしっ! 鬼!

 思わず私ですら心の中で毒づいたとき。
 不意に、屋上入り口に気配が現れた。

「おいおい……。オレの可愛い後輩いじめてくれちゃってんじゃねーの?」
「オレたちのアイドル水樹さんを泣かせるたぁ、いい度胸だな!」

 この声は!

 完全に虚をつかれたのか、慌てた様子で黒服たちが振り返る。
 そこにいたのは!

「元春にいちゃん!?」
「シン!!」
「それに……野球部の連中も一緒じゃねーか!」

 そう、そこにいたのは。
 アンネリーのバイト姿の元春にいちゃん。
 なぜかしっかりと野球部レギュラーウェアを着たシン。
 小石川も、平賀も。そして、一緒に甲子園を戦った野球部の面々が。

 全員、バットとボールを手に屋上入り口にずらりと集結してたんだ。

「よぉ、勝己、。おもしれーことしてんじゃん!」
「な、なんでシンがいんの!? 元春にいちゃんまで!」
「シンからなんか勝己の様子が変だって連絡来てな? で、と連絡取れないっていうからGPSで調べつつ来てみたんだけど、なんか妙なことになってんな?」

 にやにやと。よくにた笑顔を浮かべてるシンと元春にいちゃん。

「ま、事情はよくわかんねーけど、コイツらが悪役ってことくらいはわかったから。協力するぜ、勝己っ」

 シンの言葉に野球部全員が構える!
 ……って、まさか!?

「先生! みんな、伏せろ!」

 志波が叫ぶと同時にみんなの頭を押さえつける!

 そうだ、これは野球部奥義!

「行くぜっ、全国制覇の実力思い知れ! 野球部奥義! 真・千本打撃!!」
「「「「ぎゃあああああーっ!!!」」」」

 ……敵ながら。
 至近距離からのアレはキツイと思う。

 なんて思ってる場合じゃない。
 チャンスだ!

「若先生っ!!」
「ややっ!?」

 ボールの嵐が一瞬やんだ瞬間をついて、私は若先生の腕を掴んで立ち上がり、黒服たちの横をすり抜けてみんなのいる方とは間逆の屋上の端に向かって駆け出した。

!?」
「おい、何する気だ!?」

 そしてそのままフェンスを乗り越えた私に、みんながぎょっとして声を上げる。

「若先生、早く!」
さん……!?」
「いいから早く!」

 若先生を催促してフェンスを乗り越えさせて。
 私はこれからなにが起こるかわかってない若先生の首元から、ネクタイを抜き取った。

 ……足元には、バックネットフェンスへと伸びる一本のロープ。

「若先生、掴まって!」
さん……まさか!」
「これしか方法ないんだってば! 早く!」

 大声出しながらネクタイを腕に巻きつけ、ようとしたらその手を若先生に押さえられた。

「若せん」
「僕がやる」

 私の手からネクタイを奪い取って、自分の手に素早く巻きつけなおす若先生。
 そしてロープにネクタイを渡して、反対の端もきつく巻いてから握り締めて。

「ドクター!」

 黒服たちが、フェンスにせまってきた!

さん、僕の背中に掴まって!」
「う、うん!」

 躊躇してるヒマはない。
 私は若先生の背中にしがみついた。

「行くよ!」

 そして若先生は、屋上を蹴った!

 体育祭で、私と小野田が脱出するためにつかった方法だ。
 このままうまく滑り降りれれば、バックネットをクッションに、無事にグラウンドに降りられる。


 ……はずだった。


「ドクター!!」

 若先生が屋上を蹴りあげた瞬間、私の視界の隅に入ったのは、懐に手を突っ込んだ黒服の姿。

 それが何を意味するのか。

 答えに到達する前に、私の視界は屋上よりも下へと高速移動し始めて。




 ダァン!!



 春先の乾いた空気に響く銃声。

 そのつんざくような音を私の耳が捉えたと同時に、私は体に衝撃を覚えた。

 ……撃たれた?

 なぜか妙に冷静にそのことを理解した。

 そして私の手は若先生の体を離れて。



 ガシャァン!!



 若先生が無事にフェンスに到達したのを知らせる音を、私は硬いグラウンドの土の上で聞いていた。



 さらに続く!

Back