誰が、誰の、なんだって?
「乱暴な手は使いたくありませんでしたが仕方ない。おとなしくしていてください」
だから、もう一度言ってみろっ。
「ドクターもあなたが捕らえられてると知れば、おとなしく我々の話を聞こうとするでしょう」
こ い つ ら っ 。
「しかし……ドクターもこんな子供に心奪われるとは」
「ふざけんなーっ!! 誰があんな天然ボケボケ教師とっ!! 人違いにもほどがあるっ! アンタら本当にプロのエージェントかーっ!!!」
駅までの道のりで、いきなり黒い外車に進路を塞がれたかと思えば。
降りてきた黒服たちがぐるりと私を取り囲み、言った台詞がこれだ。
勿論キレた。
「……携帯をお借りします」
が、大の男を相手に抵抗もむなしく。私は捕らわれの身となってしまった。
私の鞄から携帯を取り出して操作するリーダー格の男。
「もがー!! もっげがもーがーもがふがーっ!!」
取り上げようにも私はすでに猿轡を噛まされて両手を押さえつけられて車の中。
ただ、私の脱走防止のために両脇に座った男の顔には、出来たばかりの青あざがくっきりと見えていた。
若先生がなんと言おうともう知るかっ。
コイツら絶対ぶちのめすッ!!!
66.私のヒーロー
ピッ
助手席に座って、どうやら若先生と話をしていたらしい黒服が携帯の電源を切った。
そしてゆっくりと後部座席に座る私を振り返る。
私は手足を押さえ込まれて、猿轡もかまされた抵抗不能状態で思い切り睨みつけてやった。
「出せ」
運転席も見ないで命令して、車が動き出す。
遊園地のあるはばたき山とは反対方向に。
「……さて。ドクターはまだあなたが捕らえられたことに半信半疑といった様子でした。きっと今頃あなたの居場所を確認していることでしょう」
「……」
「我々もこれ以上手荒な真似はしたくない。是非、あなたの協力を得たいのです」
「ふがげんがっ!!」
自由の利かない体をそれでも目一杯じたばたさせて、私は拒否の意志を示す。
両隣の黒服が、迷惑そうに私の両手両足を力いっぱい押さえつけても、私は暴れてやった。
しばらくもがいたあと、力ずくで押さえ込まれて。
左右からがっしり拘束されたあと(黒服の顔にはアザが増えてたけど知るかっ)、私は猿轡を外される。
大きく深呼吸したあと、私は目の前のリーダー格の男を睨み上げた。
「ミス。あなたのことを調べさせてもらいました」
「あっそ」
「以前言ったとおり、ドクターの価値はあなただけのものではない。ドクター自身がそのことを理解していない。どうか我々に協力して研究所に戻ることをドクターに説得してください」
「誰がするかっ!!」
大声を出せば、左隣の男に頭を強く押さえ込まれた。
痛いっての!
すると、目の前の男は「寄せ」と一言言って目配せした。
途端に私の頭を押さえつける手が緩む。
くそー、体育祭で拉致られたときよりはさすがに手ごわいか……。
「ミス」
ペースをまったく崩さずに、淡々と男は言葉を続ける。
車は臨海地区へと入り込んだみたいだ。
海を臨むだだっ広い駐車場の一角に入り込んで停車する。
「手荒なことはしたくないのです」
ちゃき、と小さな金属音がした。
視線を下にずらせば、目の前の男と助手席のシートの間からのぞく、黒い銃口。
……銃口?
「な」
「我々には時間がない」
「……マジで?」
銃を見るのは初めてじゃない。
だけど、それが本物か偽者か判別できるほど詳しいわけでもない。
私は向けられた銃口から視線をそらせずに、口だけ閉じた。
ヤバイ。
コイツら、本当にヤバイ。
「ドクターに電話をかけます。説得してください」
「……」
そんなこと、できるわけない。
ずっと心に孤独を抱えて彷徨ってきた若先生が、ようやく見つけた温かい居場所から引き離すなんて。
できないっ。
だけど、ここで私が拒否すれば、コイツらはこれ以上の強硬手段に出るんだろう。
今はコイツらが私を若先生の彼女と思ってるからいいけど、もしもそれが勘違いで、本当は水樹がそうなんだって知ったら。
華奢な水樹は簡単に掴まるんだろう。
そして、水樹が掴まるなんてことになったら、若先生はもう言いなりになるしかない。
それでもし若先生が研究所に戻るなんてことになったら……。
ギリ
私は唇を噛み締めた。
佐伯と離れ離れになってる間、笑わない海野を見て辛かった。
あんな思い、水樹にさせたくない。
友達を守るんだ!
「よろしくお願いします」
淡々と告げて、黒服は携帯の電源を入れた。
ピピッと慣れた手つきで操作して、手ぶら機能で電話をかける。
1回目のコールが鳴り終わる前に、相手は電話に出た。
『……もしもし』
若先生の声だ。
黒服は私を見て頷く。
話せ、ってことか。
「若先生……」
『さん……!? 今、どこにいるんですか!?』
「ごめん。連中の車の中」
若先生の緊迫した声の背後から、のしんとはるひの声が聞こえた。
そっか、もう2時過ぎてるのか。みんな集まってるんだ。
『無事なんですか!? 乱暴なことはされてない?』
「大丈夫だよ。もうちょっとで返り討ちに出来そうだったんだけど、駄目だった」
『さん……』
今の若先生の表情が簡単に想像できるくらいに弱弱しい声。
『ごめん、本当にごめん……君を巻き込んでしまうなんて』
「巻き込んだのは若先生じゃなくてこの黒服たちじゃん。謝らなくていいよ」
『そこに、アイツらがいるよね? もしかしてこの会話を聞いてる?』
「うん」
携帯からは若先生の声だけじゃなくて、『を放せー!』『この卑怯者ー!』だの叫んでるみんなの声も漏れてくる。
……ただ、どんなに耳を澄ませても志波の声が聞こえなかったのが気がかりだった。
『さんを解放しろ! 彼女は関係ないだろう!』
「無駄だよ若先生……。コイツら、私に若先生を説得しろって言うんだもん」
『っ……!』
「心配しなくてもいいよ」
端から若先生をコイツらに引き渡す気なんて毛頭ないから。
私の言葉のニュアンスを感じ取ったのか、黒服が突きつけた銃口を持ち上げる。
そしてそれは若先生も同じだったようで、
『さん……? 無茶をしたらだめだ! 聞いているんだろう! 彼女は本当に関係ないんだ! 彼女は』
「若先生! その先言うなっ!」
勘違いさせとけばいいんだ。そうしたら水樹に直接危害が及ぶことはないんだから。
「若先生、逃げて! こんなヤツらについて行ったらだめだ!」
「なっ」
私の大声に、黒服が面食らう。
まさか銃を突きつけてるのに抵抗されるとは思ってなかったんだろう。
ふんだ。そんなもの、怖くなんかないっ。
大切な人が、大事な人たちがいなくなってしまうことのほうが、ずっとずっと怖いって知ったから。
「一緒に逃げて!」
若先生の大事な人と一緒に。
「ドクター!」
チッと舌打ちして、ついに黒服が口を挟んだ。
「彼女は抵抗できない状態で我々の元にいます! どうなってもいのですか!?」
「耳貸すな、若先生っ!」
『さんに手を出すな!』
「話を聞いてください、ドクター!」
交渉はもう誰もが白熱してしまって泥沼。
携帯の向こうからは若先生以外にも「さん! さん!」と叫ぶ声が響いてくる。
「いいから逃げろ若先生っ……!」
そして、私がもう一度叫んだときだった。
バリン!!
私の左側の車窓が、鈍い音を立てた。
一瞬何が起こったのか、私も黒服も、誰もわからなかった。
目を見開いて窓を見れば、クモの巣状にヒビが入っていて、
ガシャン!
その瞬間、もう一度音が響いて、窓が内側に砕け落ちた。
かと思えば。
にゅ、と腕が伸びてきた。
その手には、なぜか小銭が数枚詰まったビニール袋。
……なんだそれ。
目を点にしていたら、侵入してきた腕は素早くドアのロックを解除して、勢いよくドアを開け放った。
「なっ!?」
ようやく我に返ったらしい黒服が声を上げたのと、ソイツが車外に引きずり出されたのはほぼ同時。
地面に倒れこんだ黒服を踏みつけて、その腕は、今度は私の左腕を掴んで。
「!!」
「!?」
なんでここに。
問い返す前に、私は助手席に座る黒服から携帯をひったくり、救助の腕にひっぱられるがまま、車外に飛び出した。
「走るぞ!」
私は態勢を整えて、声の主を見上げる。
本当に、この人はいつだって。
「志波っ……」
「急げ!」
「うんっ」
すでに肩で大きく息をしてた志波だったけど、すぐに私の手首を掴んで走り出す。
私も倒れてる黒服をわざと思いっきり踏みつけて、走り出した!
「Run after them!!」
すかさず追跡にかかる黒服たち。
……ってヤバっ!
「志波っ、あの角曲がって! アイツら、銃を持ってる!」
「なんだと!?」
ぎょっとして目を見開く志波。
そして携帯からは「なにーっ!!??」と大勢の叫び声。
あ、まだ通話中のままだ。
志波は駐車場を出てすぐにショッピングモールの中へと駆け込んだ。
角という角をぐねぐね曲がって、階段を駆け上がり、迷路のようにだだっぴろいショッピングモールの中を駆け抜けて。
「っはぁっ……はぁっ……」
休日のファッションフロアの人ごみにまぎれた頃には、黒服の姿は見えなくなっていた。
私は膝に手をついて荒い呼吸を整える。
つ、疲れたっ……全速力の障害競走なんか初めてだって……。
なかなか整わない呼吸に、一度深呼吸をして。
その時、志波に右肩を掴まれて、やや強引に体を起こされた。
目の前には、怒ってるのか泣きそうになってるのか、よくわからない志波の瞳。
「……無事、だな」
「うん……」
「ひどいことされなかったか」
「平気。なにもされてない」
「…………」
志波はぐっと唇を噛み締めて、私の右肩を掴んでいた手でばふばふと、私の腕、肩、それから頬を撫でて、
「わっ」
力強く、私を抱きしめた。
それはもう痛いくらい。
「し、しば」
「生きた心地がしなかった……!」
「ごめ、あの」
震える志波の声と体。
……こんなに心配してくれたんだ。
悠長にしてられない事態なんだけど、なんだか妙に感動して。
私も志波をきゅっと抱きしめた。
「志波、なんであんなとこに居たの? 遊園地行ったんじゃ」
「お前の携帯が繋がらなくなって、家まで向かえに行った。そこに先生から連絡が来て、お前が連れ去られたと知った」
「うん。……で、なんで居場所がわかったの?」
「お前の携帯、GPS機能ついてるだろ」
そういえば。
携帯買い換えるときに、志波にもシンにも元春にいちゃんにも、私はふらっとどっか行くから絶対にGPSつけなきゃ駄目だとかなんとか言われて、そういう機能ついたの買ったっけ。
「でも、携帯ずっと電源切られてたのに、なんであんなすぐに」
「探してたから」
「え」
驚いて志波の顔を見上げようとしたけど、私を抱きしめる志波の力が強くてそれは叶わなかった。
けど。
「いてもたってもいられなかった。アテはなかったけど、探してた。あそこに行ったのは本当に偶然だった」
「……志波」
「焦って何度も携帯を見てて、お前の携帯の電源が入った瞬間、偶然ショッピングモール前まで来てた。あの馬鹿でけぇ外車の中に、アイツらに取り囲まれたお前を見たときは……喜ぶ前にキレてたな」
言いながら腕にさらに力を込める志波。
ありえない。出来すぎだ。
でも、志波はいつだって神様みたいに奇跡を起こしてきたから。
いつだって、私を救い上げてきてくれたから。
「志波、ありがとう……」
「……ああ」
すがるようにしがみつけば、志波は私の髪を優しく撫でてくれた。
そこへ。
『あんな? エエ雰囲気のとこめっちゃ悪いんやけど』
私の手に握られた携帯から、遠慮がちなはるひの声。
うげっ! 携帯てぶら機能のまま繋がってたんだった!!
「も、もしもし」
『あーホンマごめんな? でも状況が状況やねん。とりあえず、アンタら早いトコ安全なトコに逃げなアカンて』
「だな。……先生はどうするんだ?」
『そうやな……。あ、若ちゃん、どないしよ?』
私は志波から少しだけ離れて携帯を持ち上げる。
ハンズフリーの携帯からは、ごにょごにょと聞き取れない雑音のあと、『もしもし』と電話に出たのは氷上だった。
「氷上?」
『ああ。僕に考えがある。志波くん、くん。はね学まで来てくれないか』
「は? はね学に?」
氷上の提案の意図がわからず、私は志波を見上げた。
でも志波も眉を顰めて首を傾げるだけ。
『手は打っておくよ。どうにか掴まらずに辿り着いてほしい。できるかい?』
「わかった。任せろ」
志波が見えもしないのに大きく頷きながら返事して。
その時だ!
「Here!」
「「げっ!!」」
見つかった!
黒服の一人がこっちを指して、仲間を呼んでる!
「行くぞ、!」
「オッケー!」
志波は素早く私の手を取って走り出す!
『見つかったのかい!?』
「平気! 絶対辿り着いてみせるから、氷上たちは若先生を頼んだよ!」
『勿論だとも! 健闘を祈る!』
「「オッケー!!」」
私と志波は声を揃えて返事して、ショッピングモールを駆け抜けた。
一体氷上ははね学でどうしようっていうのか。
なにもわからないけど、今はその案に頼るしかない。
「」
走りながら、志波が私を振り返った。
その目は決意に満ちた力強い光を称えていて。
「オレがお前を守る。もう、お前がなにに煩わされることもないように、自分の道の先だけ見ていられるように、今度はオレがお前を導いてやるから」
ぐ、と繋いだ手に力を込めて。
「黙ってオレについてこいっ」
「うわー」
ニッと笑った志波に、思わず間の抜けた声を出す私。
「志波、なんかそれプロポーズみたい」
「……だったらどうする?」
「うわ、そういうキャラじゃないじゃんっ」
「だな。いいから、とにかく今は走れ!」
気分を害するかと思ったけど、意外に志波はクッと笑って。
思ったよりも鈍足な黒服たちを振り払うように、私たちははね学に向かって走り続けた。
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