テスト期間になると、途端に学生の顔が暗くなる。
 テストさえなけりゃ学校最高なのにー、なんて声も聞くけど。私はそんなこと考えたこともない。
 そもそも、テストの点数なんか気にしたことないし。


 6.1年目:1学期期末テスト


 ロクに学校なんか行ったことなかったから知らなかったけど、はね学では全生徒の結果が張り出されるらしい。
 なんか物凄く盛り上がってるみたいだから覗きに行ったんだけど。

 すごいもの見た。

 はね学入って2番目に出来た友達の、水樹。
 現国、世界史、物理の3科目満点で、他の教科も軒並み90点台。
 問答無用の学年トップだ。

 だけど。

 その水樹、なんか若先生ともめてるみたい。

「お見事です、水樹さん。先生、鼻高々です」
「ありがとうございます、先生。がんばってみました」
「うんうん、そうみたいですね。化学なんか以外は」
「……はい? あの、化学も一応がんばったんですけど……」
「一応ですか。やっぱりですか。化学なんかは一応ですか」

 口をとんがらしてる若先生。
 先生はじーっと順位表を見上げていたかと思えば、しょぼーんと肩を落として。

「化学だけトップじゃない…」

 アンタ、そんな贅沢な。

 水樹も唖然として若先生を見上げていた。そりゃそうだ。
 もし私があんだけの成績取っててあんな対応されたら、問答無用で暴れるよ。
 水樹、偉いなぁ……。

 まぁ、あの二人はおいといて。
 そういえば私は何位なんだろなと総合順位表をずるずると目で追っていく。

 水樹の次に氷上。
 えーと、知ってる名前……あ、佐伯もトップ10内にいる。

「へー、佐伯って顔だけじゃないんだ」
「誰がだ」
「うわ、びっくりした!」

 急に真横で声が聞こえたから、私は飛びのいてしまう。
 そこには、ちらりと横目で私を見てる佐伯。
 大勢がいつ場所だから、表情はわりと柔らかいけど、視線は冷たい。

「これでも努力してるんだよ……。成績落とせないからな」
「なんで?」
「お前に関係ない」
「む、だったら話しかけなければいいじゃん」

 優等生で通したいんだったら、こんな人ごみで私に声かけなきゃいいのに。
 私はふいっと佐伯から顔をそむけて順位表をもう一度見上げた。

「お、おい」

 ところが佐伯は急に慌てた声を出して。

「なに。まだなんかあるの?」
「べ、別に……ただ、機嫌損ねた勢いで変なことばらすんじゃないかって」
「変なこと?」

 私は佐伯を振り返る。
 さっきまで余裕の表情を作ってた佐伯だけど、今は少し顔を赤くして、怒ったような表情をしてる。

「だ、だから、あれ、とか」
「あれ?」
「だからっ! ……帰り道の事故とか!」
「……あぁ、あれ」

 さらに赤くなった佐伯がまわりを気にしてちらちらと目線だけ動かしてる。

 私は腰に手をあてて、ため息を吐きながら。

「あんなの、まだ気にしてたの? 自分で事故だって言ってんじゃない。人が話すなって言ったことぺらぺら話すほど、私も頭悪くない……」

 私が最後まで言い終わるより早く。

 佐伯はきょとんとして、次の瞬間にはもっと顔を赤くして、

 ずべしっ!!

「いっっっ!!!」

 ったぁぁぁ!!

 さ、佐伯のヤツっ……

 人の頭にいきなりチョップかますって、どういうつもりだっ!!

「なにするっ」
さん、何か用? 悪いけど、先生に呼ばれて急いでるから、またね」

 私に反論の機会も与えず。
 優等生の仮面の笑顔を浮かべて、佐伯は満足そうに去っていった。

 くやしぃぃぃ! あの『してやったり』っていう目!!
 しかも、みんなの目がそれた一瞬を狙ったのか、誰も今のやりとりに気づいてないし!

 いつか、絶っっ対仕返ししてやるっ!!


 ……で。
 ムカムカしながらも、気を取り直してもう一度順位表に目を戻す。

 ずーっと降りてって、海野が98番。
 シンは112番。理系教科は点数いいんだよね、シンは。

 で。

 あ、あった。
 藤堂と志波にはさまれた223番。
 英語だけずば抜けて点数がよくて87点。あとは40点から60点の間くらい、なんだけど。

 思わず自分のことながら、笑ってしまった。

 化学0点!! スゴイ!!

「お前、0点てどうやったら取れるんだよ……」
「あ、のしん」
「ハリーだっつーの!」

 いつのまにやら背後に忍び寄ってきてたのしんに、呆れたような声をかけられた。
 ちなみにのしんの順位はさらに下の278番。

「さっきセイに裏切り者って言って来たけどよ、お前は全然期待を裏切らねーな」
「そう?」
「で、やっぱ英語は成績いいんだな」
「……『やっぱ』?」

 順位表を見上げて、勝手にうんうんと納得してるのしん。

「外国で暮らしてたから、英語は勉強しなくてもいいんだろ?」
「は? なんでのしんが知ってんの?」
「だからハリー……ああ、もういい! この間シンから聞いた」
「あのおしゃべり」

 聞こえるように舌打ちすると、たちまちのしんの顔が渋面になる。

「お前なぁ、女が舌打ちなんかすんじゃねーよ」
「いいじゃん別に。ムカついたんだもん」
「だもん、じゃねーっつーの。お前、せっかく綺麗な顔してんのに……」
「は?」
「っ、じゃねーよ! とにかくっ、少しは振る舞いに気をつけろよな!」

 急に顔を赤くして、のしんはそれだけはき捨てるように言って、ばたばたと走り去っていった。
 ……変なヤツ。余計なお世話だっつーのっ。

 あ、のしんの口調がうつっちゃった。

 とはいえ、自分の順位を確認しちゃえば他には特に用事もない。
 さっさと教室戻って次の授業に出るかフケるか考えよー。

 と思ったら。

 しくしくしくしく……

 なんか、妙に存在感のあるオーラに威圧されて、私は振り返った。
 そこにいたのは、肩を落としてうらめしそうに私を見てる若先生。

「どーしたの、若先生……」
さんは、先生のことが嫌いですか?」
「はぁ?」

 すん、とすすりあげながら、若先生はでかい図体で私を見下ろしてくる。
 なになになに。いつも無意味にノーテンキな若先生がどうしちゃったの。

「化学0点って、ひどいです。先生、一生懸命授業してるのに。1問もできないなんて」
「あーごめんごめん。ほら化学って一番最後だったからさ、テスト疲れで頭から寝ちゃったんだよね」
「……名前だけ書いて?」
「うん」
「やや、それはある意味大物ですね、さん」

 暗い顔からいつもの顔に戻して、若先生はきょとんとして私を見る。

「じゃあ、ちゃんと起きてテストを受けていたら、それなりの点数は取れた、ということですか?」
「んー、多分。10点くらいなら」
「10点……」

 あああ。
 若先生、またしょんぼりしちゃったよ。

「そもそもさん、なんで先生の授業に出てくれないんですか。1学期の化学のコマの3分の1程度しか出席してないでしょう」
「だって化学キライ……」
「そうですか、やっぱりそうですか」

 うーあー……。
 知らなかった。若先生って、こういうキャラだったんだ。
 ぎゃんぎゃん怒鳴る教頭よりも、こういう態度に出られるほうがはっきりいって、堪える。

 なんかもう泣き出しそうな若先生に、私もさすがにお手上げ状態。

「ごめんってば若先生。次のテストはちゃんと受ける。あー、2学期はちゃんと化学も授業出るから」
「……さん、反省してませんね?」

 む、と先生が眉を吊り上げた。
 何度か見たことがある若先生の怒り顔。

 これがまた、全然怖くないんだ。

さんには、夏休み特別補習があります」
「は!? 夏休み!? ってゆーか、補習って赤点3つ以上でなおかつ195点以下のヤツだけでしょ!? 私、赤は化学だけじゃん!」
「その化学の特別補習です。出席日数が足りないか、今回のテストで20点以下の人が対象です。さんは、どっちもあてはまります」
「あう……」
「通常の補習は来週から放課後居残り1週間ですが、特別補習は夏休み最初の日曜日、丸々一日かけて行います」
「しかも日曜!?」
「一日だけですから我慢してください。先生だって、休み返上するんですから」

 あ、若先生。そこが一番不満なんだ。

「メンバーはさんのほかに針谷くん、ウェザーフィールドくん、志波くんの3人です」
「はぁ……」
さん」

 若先生は腰をかがめて、私の顔を覗き込んだ。

「君はやれば出来る子なんだから。今回のことはおしおきとでも思って、2学期はちゃんと授業もテストもがんばってくださいね?」
「…………はぁい。先生も大変だね、水樹みたいな優秀な生徒もいるのに、私みたいな不真面目なのも相手にしなきゃいけないなんて」
「水樹さん、ですか?」

 先生は体を起こしてきょとんとして。
 と思ったら、またしょぼーんと眉尻をさげて落ち込んでしまった。

「水樹さん、化学だけトップじゃなかったんです……」

 しくしくしくしく。

 ああもう。人が不機嫌な時に限ってっ。

 今日の若先生は、めちゃくちゃウザイ!!!

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