「志波は明日生まれたほうがよかったと思う」
「……は?」
「明日のほうが志波っぽい」
「っぽいってなんだ」
「11月22日。わんわんにゃーにゃー」
「…………」


 57.志波誕生日


 というわけで11月21日。今日は志波の誕生日だ。

「部活終わったらウチに寄ってくこと」
「なにかあるのか?」
「誕生日じゃん。お祝いしたい」
「……別に気を遣わなくていい」
「ヤダ。志波に拒否権はないっ」
「本気で祝う気あるのか、お前は……」

 私の宣言に志波は呆れた顔してたけど。

 去年もその前も、考えてみれば志波は私の誕生日にプレゼントをくれていた。
 まぁクリスマスイヴなんていう強烈な日が誕生日だったから仕方なく、だったのかもしれないけど。

 いろいろ感謝の気持ちを詰め込んで、志波の誕生日をお祝いしたいって思ったから。

 志波はいつものように後輩指導ということで放課後野球部へ直行。
 その間に、私は商店街で志波へのプレゼントを調達だ。

 買うものは決まってるから、駅改札を出てすぐに商店街のほうへと足を向ける。
 えーと、雑貨屋って確か商店街アーケードの一番奥だったっけ?

 などと考えながら駅を出て。

「あれ、若先生」

 駅前広場のど真ん中。スーツ姿の若先生を見つけた。
 ……なんでこんな時間にこんなとこにいんの? 学校終わって直で来た私よりも早く。

 あ。

 もしかして水樹とデートとか。
 あの日、屋上でぐちぐち言ってた若先生だけど、その日のうちに水樹の家に押しかけてって、和解できたって言ってたっけ。
 学校には内緒で、教師と生徒の恋愛が成立しちゃったんだよねぇ……。
 水樹、なんでホント若先生なんか選んだんだろ。

「若せん」

 私は若先生の背後から声をかけようとして。

「……ん?」

 その目の前に立つ、全身黒ずくめのスーツの男に気づいた。
 日本人じゃない。
 だれだ?

「やぁ、久しぶり。また来たんだ?」

 若先生の硬い声。
 私は若先生の背面にいるから、その表情は見えないけど。
 友達じゃなさそうだ。あきらかに。

「お久しぶりです、ドクター」

 ドクター?

 ……博士、研究者……研究所。

 私は目を見開いた。
 コイツもしかして、去年若先生に接触したっていう研究所のエージェント?

 そうだ。そういえば、この問題が残ってた。
 若先生が旅に出るって言い出したのも、このエージェントがそもそもの原因だったんだっけ。
 ソイツがまた若先生の前に現れたってことは。

 若先生を、研究所に連れ戻しに来た?

「あなたの気まぐれに付き合っている暇はない。私と帰っていただけませんか?」
「気まぐれなんかじゃない。僕には帰るつもりは無い」
「……まだここに留まっていたとは意外でした。てっきり、すでに逃げたものだと思ってましたから」

 若先生の怒気をはらんだ声に対して、黒服の抑揚のない声。
 聞いてるだけで冷え冷えする。

 でも、若先生。
 帰るつもりはないって言い切った。
 そうだよ、若先生には水樹がいる。
 ……せっかく手に入れた居場所を手放しちゃだめだ。

 黒服がちら、とまわりに視線を向けた。
 あきらかに黒服の存在感はこの場所に不釣合いだ。
 道行く人たちもちらちらと若先生と黒服を見てる。

「I'll wait and see what happens. So long,Dr. 」

 流暢なアメリカ英語。

「He said never!」

 つい私は口をはさんでしまった。
 黒服が持ってるカタギじゃないヤバイ雰囲気に、若先生が攫われそうな気がして。

 若先生が驚いて振り返る。黒服もまた、私をゆっくりと見下ろした。

さん!?」
「Who is her?」
「彼女は関係ない。僕の生徒だ」
「Return to the countory.I don't hand him to you!」

 若先生の腕を掴んで、黒服に啖呵切ってやる。
 そんな私を若先生はぱちぱちと目を瞬かせて見下ろして。

「……そうだった。さん、英語話せるんだったね」
「つか若先生も生温いこと言ってないで、がつんと追い返せばいいのに」

 しまった、とでも言いたそうに顔をしかめてる若先生にも発破をかける。
 ここで黒服を追い返さなきゃ、水樹が辛い思いする。
 そんなのだめだ。

 私はキッと黒服を睨みあげた。
 黒服は少しも表情を動かさずに私を見ろしてる。
 脅してるつもりかもしんないけど、甘い。
 お前なんかよりキレた志波や親父のほうがよっぽど怖いっ!

「Brave girl」

 相変わらず感情のこもらない声で話し出す黒服。
 若先生は私を後ろに庇おうとするけど、私はそれを拒否して、逆に若先生と黒服の間に立った。

「Withdraw out of consideration for you today.」

 偉そうに。

「But...」

 黒服が私を見下すように顎を少し上にむけた。
 その瞬間、遮光のサングラスの下から黒服の目が少しだけ見えた。

「Value of a doctor is not a thing only for you.」

 ふん。
 負けずに私も言い返す。

「The place where he should be is here.You give him up, and return!」

 一瞬たりとも視線をそらさずに、私は黒服を睨み続けた。

 すると黒服は私から視線を逸らし、再び若先生を見て。

「ではまた」

 最後は日本語で挨拶して、くるりと踵を返していった。

「勝った!」
さん……」

 私は若先生を振り向いてガッツポーズを見せる。
 ところが若先生は、心底疲れたって顔して盛大にため息をついた。

「ちょ、なに。黒服追い払ったのに」
「うん、ありがとう。でもね、さん。アイツらは普通じゃない。先生は大丈夫だから、もう二度とアイツらに関わっちゃいけないよ」
「あんなの大したことない」
さん」

 若先生の眉間にめずらしく皺が寄る。
 いつものぼけぼけした表情じゃなくて、大人が子供を叱るときのような顔して。
 って、若先生大人なんだった。ついつい。

「これが志波くんや藤堂さんなら先生もあまりキツク言わない。でもね、さんはアイツらにつけこまれる能力があるから、はいって言うまでお説教するよ」
「は? 能力?」
「言ったでしょう。アイツらのいる研究所は、僕のような特殊な演算能力を持った人間を集めてるんだって」
「……それ、私の聴力異常も含まれんの?」
「どういう利用をされるかは想像もつかないけど。君は素材としても研究者としても価値がある」

 なんだそれ。
 スパイ映画じゃあるまいし。

 ……でも、実際に若先生はそこにいたんだっけ。
 そこで、人間不信に陥るまで過酷な研究を強いられてたんだ。

 う。背筋が寒くなってきた。

「わかった……。さっきの黒服見かけても、無視する」
「よくできました」

 おとなしく若先生の言葉に頷けば、若先生はいつもの笑顔を浮かべてぽんぽんと私の頭を撫でた。
 ちぇ、そうと知ってれば今のうちにぎたぎたに張り倒しておけばよかった。

「ところでさん。もしかして学校帰りにお買い物ですか?」
「うん。説教なら聞かないよ」
「えーと……先に聞かない宣言されるとお小言言いづらいですね。しょうがない、今日は多めに見ちゃいます」
「偉そうに」
「あの、先生も一応先生だから偉そうにさせてください……」
「若先生こそ何してんの?」

 私の言葉にみるみるしょぼくれていく若先生を見上げながら聞いてみる。
 すると若先生は駅前の時計を見上げて、

「そうでした。先生、専門学校の下見に行こうと思ってたんです」
「下見? なんの?」
「すいません、黒服に呼び止められたせいであんまり時間がないんです。さんも遅くならないうちに帰ってくださいね?」

 そう言って、すたこらと走り出す若先生。
 ふーん……?
 専門学校の下見なんて、高校の教師がするもんなのかな。

 私はそのまま若先生が角に消えるまで見送って。
 あらためて商店街に足を向けた。



「……で、なんで真咲がいるんだ」
「おいおい、幼馴染が誕生日祝ってやろうって駆けつけたのにそういう言い草ねぇだろ勝己」
「勝己って呼ぶな」

 で、夜。

 大学が早く終わった元春にいちゃんに手伝ってもらいながら4人分の料理を作っていたら、志波とシンが部活を終えて帰ってきた。
 志波は玄関まで出迎えに行った元春にいちゃんを見るなり顔をしかめたけど、そのまま横をすりぬけてリビングにあがりこむ。

「邪魔する」
「んー」
「まぁ主賓は座ってろ。よーし、むこうに料理運ぶぞ? シンも着替えたら手伝えよ」
「へいへい」

 元春にいちゃんがテキパキと指示を出しながら、作り終えた料理をコタツに運ぶ。
 志波は居心地悪そうに座椅子に座って、にゃんと寄ってきた若貴の喉元を撫でた。

 料理と言ってもなんてことはない。
 野球部→運動系男子→主食は肉→まず失敗することはない料理→すき焼き。
 野菜ザク切りして割り下を作るだけで完成だ。
 ちなみに割り下は元春にいちゃんオリジナルの芋焼酎投入バージョン。

「向かいのおっちゃんが肉くれたんだよ」
「……あの陽気な肉屋か?」
「あのおっさん勝己のファンみたいだな。渋い兄ちゃんの誕生日ならいい肉入ってるぜ! って。な、
「うん。霜降りキライだから赤身の多いの貰っといた」

 ずんぐりむっくりな中年親父に好かれてると知って、志波はどういう表情をしたものやらと困ってるみたいだ。

 そうこうしているうちにすき焼き準備が完了して、人数分のご飯をよそった頃にはシンも着替えて降りてきて。

「それではこれよりっ、第一回志波勝己誕生会を開催しますっ!」
「何回やる気だ……」
「乾杯の音頭は春ニィよろしくお願いしますっ!」
「いらねぇ……」
「勝己もめでたく18歳、次はとシンの番だな。まぁこれからも健やかに末永く……っていうのは変か? まぁいいか。乾杯っ!」
「「乾杯っ!!」」
「……」
「にゃー」

 主賓一人がローテンションの中、若貴も交えて4人と1匹の夕飯が始まった。


「……そういや親父さんはいないのか?」
「おととい北海道方面に向かったよ。雪降ってるって」
「いいな、北海道! 冬の北海道も美味いもんたくさんあるんだよな〜。オジサンに土産頼めばよかったぜ」
「心配すんなって春ニィ。親父は北海道行ったらカニと鮭とゆきむしスフレは必ず買ってくっから。次は鍋パだな!」
「んじゃ志波、次は3日後ね」
「なんでオレが頭数に入ってんだ……?」
「またまた勝己くんてば。オレの従兄弟のカレシのくせして冷たいじゃない」
「……勝己くんて呼ぶな」
「どうせならかっちゃんも呼びたかった。みんな顔見知りなんだし」
「そーだなー。かっちゃんに会いたかったなー。なー勝己ー?」
「口塞ぐぞ」
「いやっ、勝己くんたら狼なんだからっ」
「え、志波ってシンにも」
「誰がするかっ!!」
「なんだなんだぁ? なんかおもしれー話か? っ、オレにも教えてくれ!」
「えっと」
「教えなくていい!」
「なんだよ、仲間はずれにするなんてひでぇじゃねぇか勝己。な、。にーちゃんの頼み聞いてくれるよな?」
「うん」
「………………」
「っだぁ、勝己っ! 肉全部とんなっ! 大人げねーだろ!」
「どっちがだ」


 こんなカンジで。

 元春にいちゃんとシンのタッグで志波をからかったり。
 シンと志波で肉争奪戦が始まったり。
 それから肉と野菜の摂取比率について元春にいちゃんの説教が始まって。

 シンの肩のこと、野球部のこと、いろんなことを話して。

 鍋がすっかり空になったころには。

「……食いすぎた」
「腹キツイ……」
「……だな」

 男3人は座椅子にもたれてぐったりしてた。
 こんな高価な肉残すの勿体ないって、無理して食べるから。

 志波はお腹の上によじ登ってきた若貴の首根っこをつまみあげて脇に降ろす。

「志波も元春にいちゃんも帰れる? 泊まってくなら親父の部屋に布団敷くけど」
「いや……それはマズイだろ」
「そうだな。さすがにオジサンの留守に上がりこんだ上に泊まってくってのはなー」

 妙なとこ律儀な志波と元春にいちゃんは私の提案を断って。

「でもさすがにすぐには動けねー……」

 ぐたっと。
 再び座椅子にもたれかかってしまう。

 ……あ、そうだ。忘れるところだった。

 私は右隣でぐったりしてる志波の左手をとる。

「……なんだ?」
「プレゼント」

 志波が顔だけこっちに向ける。
 私はポケットに入れておいた志波へのプレゼントを取り出して、志波の左手首にソレを巻いた。

「ミサンガ?」

 されるがパパになってた志波が、片眉を上げて自分の手首に巻かれたものを見た。

 志波の左手首には、私が選んだ赤と黒の織紐で編まれた細幅のミサンガ。
 落として失くさないように、しっかりと固結びした。

 私はこくんと頷く。

「なんにしようか散々迷ったけど」
「お前なぁ……そういうのは甲子園前に贈れよ……」

 コタツのテーブルに肘をついて志波の手首を覗き込んでいたシンが呆れた声を出す。

「切れたら願いが叶うってヤツだろ? 夢かなえたあとに貰っても意味ねーじゃん」
「こらシン。が勝己のために考えて贈ったプレゼントにそういう言い方ねぇだろ?」
「でもさ、春ニィ」
「シン」

 ぶつぶつとなおも言い続けるシンを、志波が止める。

「お前だって、甲子園が夢の終わりじゃねぇだろ」
「……まぁな」

 志波の言葉に、シンが肩をすくめた。

 志波はミサンガの巻かれた左手首を何度かさすって、私に小さく微笑み返す。

「選手から……監督」
「うん」
「お見通しか? ……道のりは長い。サンキュ」

 志波はミサンガを結んだ手の指の背で、私の頬を撫でた。

 甲子園は確かに夢だった。
 でもそれが叶った今、その夢は単なる通過点に変わるんだ。
 さらなる高みへ、次なる夢へ。
 それを目指す志波を、少しでも応援したかったから。

 私のプレゼントを喜んでくれた志波に、私も笑顔を返す。

「いいねぇ若人は。あーオレも恋愛してぇ……」
「春ニィさぁ……大学生なんて合コン天国なんじゃねーの? なんで彼女の一人も出来ねぇの?」
「うわっ、お前そういうこと言うか? そういうシンははね学で浮名流しまくりだって話じゃねぇか」
「元春にいちゃん、シンの彼女紹介しようか? 元春にいちゃんのほうが小石川幸せになれると思う」
「だな」
「ちょっと待てそこのバカップルっ! タッグ組んで人の恋愛邪魔すんな!」

 シンがキレたところで志波の誕生会はお開き。
 人をからかうのは好きなくせにからかわれるのは好きじゃないシンは、すっかり不貞腐れてさっさと自室に引き上げて。
 志波は元春にいちゃんの車に同乗して帰ることになった。

「車酔いしてせっかく食べた肉戻さないように」
「……あのな……」
、そういう現実的にありえる話すんのやめてくれ」

 一段と冷え込んだ外まで見送りに出て。
 頑として助手席を拒んだ志波が乗ってる後部座席を覗き込みながら。


「なに」
「うまかった。それと、わざわざサンキュ。これ」

 と、左手首のミサンガを見せる志波。
 うん、と私は頷いて。

「元春にいちゃん、またね。志波は明日また学校で」
「おう。じゃあな、!」
「早く家に入れ。風邪引くぞ」

 車の窓を閉めて、元春にいちゃんの車が発車する。

 早く家入れって言われたけど、私は車が見えなくなるまで見送った。
 すると、携帯に着信。

 見れば、志波からのメールだった。

『早く入れ』

 ……これだけ。
 言われなくてももう入るって。
 志波らしいというかなんというか。
 思わず私は噴出してしまった。


 そんなこんなで。
 3年目にして、私は初めて志波の誕生日を祝うことができた。
 これから先も、こんな風にお祝いすることができるかはわからないけれど。
 そうでありたい。
 私は左腕のバングルを掴みながら、強くそう思った。





 ☆★☆ 作中英文表記の意訳 ☆★☆

さん!?」
「彼女は?」
「彼女は関係ない。僕の生徒だ」
「国に帰れ! 若先生は渡さないっ!」

 若先生の腕を掴んで、黒服に啖呵切ってやる。
 そんな私を若先生はぱちぱちと目を瞬かせて見下ろして。

「……そうだった。さん、英語話せるんだったね」
「つか若先生も生温いこと言ってないで、がつんと追い返せばいいのに」

 しまった、とでも言いたそうに顔をしかめてる若先生にも発破をかける。
 ここで黒服を追い返さなきゃ、水樹が辛い思いする。
 そんなのだめだ。

 私はキッと黒服を睨みあげた。
 黒服は少しも表情を動かさずに私を見ろしてる。
 脅してるつもりかもしんないけど、甘い。
 お前なんかよりキレた志波や親父のほうがよっぽど怖いっ!

「勇ましい少女だ」

 相変わらず感情のこもらない声で話し出す黒服。
 若先生は私を後ろに庇おうとするけど、私はそれを拒否して、逆に若先生と黒服の間に立った。

「今日のところはあなたに免じて引き下がりましょう」

 偉そうに。

「しかし……」

 黒服が私を見下すように顎を少し上にむけた。
 その瞬間、遮光のサングラスの下から黒服の目が少しだけ見えた。

「ドクターの価値は、あなただけのものではない」

 ふん。
 負けずに私も言い返す。

「若先生がいるべき場所はここにあるんだから、とっとと諦めて国に帰れ!」

 一瞬たりとも視線をそらさずに、私は黒服を睨み続けた。

 すると黒服は私から視線を逸らし、再び若先生を見て。

「ではまた」

 最後は日本語で挨拶して、くるりと踵を返していった。

 ☆★☆

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