『さぁ、はね学最後の攻撃。まずは同点なるか。4番の志波までまわればチャンスは大きいが、どうか!?』

 ラジオから流れてくる解説が聞き取れなくなるくらい、はね学のアルプススタンド応援席は盛大に声を張り上げていた。


 52.夏のおわり


「がんばれ野球部ー! 最後まで諦めんなぁー!!」
「なんとかつなげろーっ!」
「がんばってーっ!」

 流れ落ちる汗も拭わずに腕を振り続ける応援部。
 ガラガラの喉にも構わず声を張り上げるはね学生。
 固唾を呑んで見守る父兄たち。

 全員が勝利を信じて、打席にたつ1番打者を見つめていた。

『ピッチャー振りかぶって……投げたっ、ストレート、打ったぁー! しかし、打ち上げてしまったぁー! ライトがバックして……とった、まずは1アウトォ!』

 ウオオオオオ!!

 先頭バッターがライトフライに討ち取られて、はね学サイドからため息がもれる中、相手チームの応援席からは大歓声が起こる。

「応援途切れさすなっ! 声出せっ!」
「「「はいっ!!」」」

 たかが1アウトで絶望してどうするっ!
 はね学の女子生徒の中にはもう見てられないとぎゅっと目を閉じて祈ってる子もいるけど。
 私とスタンド応援の野球部は全員席の上に立ち上がってメガホンを鳴らし続ける。

 次っ、2番!

『はね学2番は、今日2塁打を打ってる2年生です。ピッチャー4球目、投げた! ……ああっ、ボール球に手を出してしまった! ストライク! はね学早くも2アウト! 万事休す! 初出場初優勝の夢は、潰えてしまうのかっ』

 ああーっ!!

 再びはね学応援席から悲鳴があがる。

「だぁぁ! ビビってんじゃねーよ! ボールよく見ろ!」
「ああっ、あと一人です……!」

 のしんは苛立たしげに叫び、小野田はもう顔を覆ってしまっている。

「がんばれーっ! がんばれはね学ーっ!」
「最後まで諦めないで! がんばってくださいっ!」

 普段はスポーツになんか興味なさそうにしてる氷上も夢中になって応援してた。
 ……つーか若先生。

「野球部員が諦めるわけないじゃん! こういうときはこう言うの!」

 私は叩きすぎてぼこぼこになってしまったメガホンを投げ捨て、悲観的な応援をしてる若先生のメガホンを奪い取り、叫んだ。

「優勝以外ありえないっ!! 負けたら全員バリカンだーっ!!」
「ややっ、女神さまはおかんむりです!」

 なぜか私の叫びにうおおと盛り上がる控え部員たち。

 気を遣った励ましなんか必要ない。
 脅迫めいた応援がプレッシャーになるはずないっ!

 今日という日の栄光を掴むために、野球部全員が納得いくまで練習を繰り返してきたんだから。

『はね学、ラストバッターとなるのか! それとも4番、志波まで回せるか! ピッチャー第1球、投げた! ボールです、さすが3年生、よく見てます』

 3番はシンの女房役の平賀だ。
 コイツも志波と同じでぽこぽことよく打つヒットメーカー。

 次に控える志波はバットを軸に屈伸したり体を捻ったりしながら、マウンドを見つめてる。

「平賀っ、がんばれ!」

 陳腐な応援をスタンドから送るだけしかできない自分が悔しかった。

『第2球はファール、第3球もファール。さぁ、早くも後がなくなったはね学! 最後の1球となるか、ピッチャー振りかぶった、投げた! 打ったぁぁ! しかし、サード目の前だっ……』

「あああああーっ!!」

 はね学応援席の全員が、思わず腰を浮かせた。
 サードが構える目の前に球が飛んでいく。

「っ……!」

 応援席全員が試合終了の瞬間を見たくないとばかりに頭を抱えたり目を閉じる。

 でも野球部だけは。
 これまで一緒に同じひとつの目標にむけてがんばってきた仲間たちだけは、最後までボールを目で追い続けて。

 天ははね学に味方した!

『ああっ!? イレギュラーボール! 球に回転がかかってたか!? 3塁ベース前でボールが右に跳ねた! サード取れない! ヒット、ヒットです!』

 まっすぐサードのミットに収まるかと思われたボールは、ワンバウンドした瞬間に2塁側に跳ねた。
 ヒットを信じていたのか、サードが慌てて捕球したときには3番の平賀は1塁を踏んでいた!

「……やっ」

「やぁったぁぁぁ!!!!」

 ワァァァァ!!

 はね学応援席は総立ちの大歓声!

「よっしゃーっ! 平賀先輩っ、さすがですっ!」
「勝利の女神ははね学にあり! だな!」
「そうだよな!? 先輩がいるもんな!」

 野球部一同メガホンを振り上げて大喜び。
 私も、気づけば両手を握り締めていた。

『サヨナラのランナーが出ました、羽ヶ崎学園! 初出場初優勝の夢が繋がった! しかし、なんというラッキーボールでしょう!』

「アホかいっ、運も実力のうちや!」
「そのとーりっ!!」

『さぁ、はね学の期待を背負って、4番志波! バッターボックスに入ります!!』

「志波ーっ! がんばれーっ!」
「志波センパーイ! 打ってくださーい!!」

 一気に勢いづいたはね学大応援団が志波の名前をコールする。

 その志波は、バットを上下に振りながら、ゆっくりとバッターボックスへと入った。

「志波……」

 左手首にはめたバングルを掴む。
 野球にも自分の生き方にも、ただただバカみたいに愚直な志波。
 一度はあきらめかけた甲子園の舞台だよ。

 思う存分戦って欲しい。

 お前の夢の実現に、オレも全力を尽くす

 そう言ってくれて嬉しかった。

 でも今は、自分のために、あとは野球部のためだけに、勝利を目指して欲しいって、心から思う。

『志波、構える。ピッチャー第1球、投げた! ストライーク! 第1球は見逃し! おっと、147キロが出てます!』

 ワァァァァ!!

 はね学からも、倉泥臼高校応援席からも大きな歓声が起こる。

『ピッチャー第2球、投げた、打った、ファール! 3塁アルプスに飛び込みます』

「当たれ」
「いいぞのしんっ、電波飛ばせっ」
さんもハリーもっ。人の不幸願っちゃだめっ!」

『第3球、ファール! 志波、粘ります! 2ストライク、ノーボール。羽ヶ崎学園4番、志波勝己、なんと2年生からの入部です。はね学が誇るエースヒッター、決勝戦で4番に転身、勝利を引き寄せることが出来るか!?』

「出来るに決まってます!」
「そうだとも!」

『第4球、第5球はボール! 第6球……これもボール! さぁ、これはピッチャーもしんどくなってきた!』

 あと一球だ。

 私は席を離れ、フェンスに駆け寄る。
 バッターボックスの志波はピッチャーを睨みつけるようにして見つめ、神経すべてをボールに集中させていた。

 決まる。
 次で決まる。
 そんな予感がした。

『第7球、ピッチャー振りかぶってっ……』


「志波ぁぁ! 勝ってーっっ!!」


『投げたっ!!』

 左腕のピッチャーの手を離れたボールが飛んでくる。
 志波はぐっとバットを握り締めて、目を大きく見開いて、力強くフルスイング!!

 寸分違わずバットの芯で、ボールを捕らえる!

 キィィン!!

 響く金属音。

『打ったぁぁ! 打ちました、大きい! センター、走ります!』

「やったぁぁ! 入れーっ!」
「入れーっ! 入ってーっ!!」

 はね学応援席は、再び総立ち。
 まるでスローモーションのように、弧を描くボールを目で追った。

 っ……詰まってるっ!

 盛り上がる応援席とは対照的に、野球部全員が声を失くしてボールの行方を見つめる。

 でも志波は、さっきの平賀と同様にわき目も振らずに全力疾走をしていた。

『ああっ……わずかに届かないか!? センター、グローブを構え……ああっ!?』




 悲鳴が起こったのは、倉泥臼高校側からだった。




『ボールは壁にぶつかりクッションボール! しかしセンター焦ったか!? 捕球しそこねました! さぁ、その間に平賀が3塁を回ったぁ!!』

 バックスクリーン手前の壁に当たったボールはセンターの目の前に跳ね返るものの、目測を誤ったのか、センターがクッションボールを処理しそこねてボールが転がった!

「回れ回れーっ!!」
「志波ぁ! 俊足見せ付けてやれーっ!!」

 一気に球場全体の緊迫感が高まった。
 座ってるヤツなんか誰もいない。
 はね学応援団はみんなが腕を振り回し、倉泥臼高校応援団は必死な形相で叫んでる。

『平賀がホームイン! 同点です! 志波、なんと3塁を回って勝負に出た! センターが投げるセカンドが取る! そしてすかさすバックホームっ!!』

 歯を食いしばって、髪を振り乱して、鬼のような形相で戻ってくる志波。

「志波、がんばれっ……」

 フェンスを強く強く、あとが残るんじゃないかってくらいに強く握り締めて、エールを送る。

「志波ァ! がんばれーっ!!」

 そして、相手キャッチャーがボールを捕球する瞬間に志波がヘッドスライディング!

 ズササァッ!

 ホームベース上に土ぼこりが舞い上がり、アウトかセーフかわからなくなる。

 球場は一瞬で静まり返り、主審のコールを待った。



 土ぼこりが晴れていく。

 ボールの収まったキャッチャーミットは志波の背中に押し当てられていて。

 志波の右手は、確かにホームベースを掴んでいて。


 主審は、大きく両手を横に振った!


「セェェーフっ!」


 その瞬間、はね学スタンドが、爆発した。

『やりました! なんということでしょう、決勝戦9回裏でサヨナラランニングホームラン! 全国高等学校野球選手権大会、夏の甲子園制覇は初出場初優勝の羽ヶ崎学園です!!』

「やったぁぁぁ!!!」

 はるひと海野と水樹が泣きながら抱き合ってる。
 のしんと若先生とクリスもそう。
 天地は天を仰いで吼えていた。
 藤堂は水島のところまでいって、力強く握手してる。
 氷上と小野田は夢中になって拍手をしていて。

 応援席の後ろで、目頭を押さえてる親父と、その隣で同じく涙を拭ってる元春にいちゃんもいた。

 荒く肩で息をしながら立ち上がった志波に、シンが抱きついた。
 そのあともベンチを飛び出した部員たちにもみくちゃにされる志波。
 小石川は泣きながら監督と握手をしていた。


 勝ったんだ。


 隣で泣き叫びながら喜び合う1年部員たちの横で、私はぽかんとグラウンドを見つめた。
 照れる監督を引っ張り込んで、胴上げが始まる。
 監督が宙を舞うのと同時に、はね学応援席も万歳三唱。

 あのシンが泣いていた。
 志波も、目頭を熱くしてるみたいだった。


 それなのに。


 歓喜に沸く応援席の中、私は一人座り込む。

先輩っ、ほっとして腰抜けちまったんスか!?」
「優勝ですよ、優勝!」
「うん」

 あいまいに口元に笑みを浮かべて、私は頷いた。



 応援席への挨拶、閉会式、ウイニングラン……ならぬウォークを済ませて。
 野球部一同は宿舎へと戻ってきた。

 なんとも華々しい幕切れに、宿舎の前はマスコミがすごくて。
 みんな揉みくちゃにされながら、宿舎の中に飛び込んだ。
 軽いミーティングのあと、とりあえず今日もここに泊まるということを告げられて解散となる。

 シンは小石川とちょい悪に付き添われながら急いで病院へ。
 宿舎に残った部員はまだ興奮を持て余してるようで、大部屋で勝ち鬨をあげていた。
 監督と顧問の先生がマスコミ対応をしているために、止める人がいない。
 相当迷惑だろうと思うものの、宿舎の仲居さんたちはにこにことバカ騒ぎを見つめていた。

 しばらく志波やその他まったり組と一緒にそれを見てたんだけど。
 志波がトイレにたった瞬間を見計らって、私はこっそりと大部屋を抜け出した。


 夕暮れにはまだ早い。
 屋上から見下ろす町並みは、まだ昼の太陽の下で活気に満ちていた。
 身を乗り出して正面玄関側をのぞきこめば、マスコミが大挙して待ち構えている。
 明日も出て行くのが大変そうだ。

「……」

 ぬるい風が吹き抜ける。

 シンと私とかっちゃんの子供の頃からの夢が叶ったのに。
 志波の夢も叶ったのに。

 なんでこんなに気落ちしてるんだろう。

 主審がセーフをコールした瞬間、確かにあの瞬間は喜びがこみ上げてきたのに。

「中に入れ」

 後ろから愛想のない声がかけられて振り返る。
 志波だ。
 眉をひそめながらこっちにやってくる。

「スタンド暑かったんだろ。太陽の下にずっといると体力奪われるぞ」
「うん」

 素直に頷くけど、戻る気分にはなれない。

 志波は片眉を器用にあげて、私の目の前まで歩み寄った。

「……どうした?」
「わかんない」

 私は視線を落として首を傾げる。
 首を傾げたいのは志波のほうだろうけど、私にもこのもやもやがなんなのかわからないから仕方ない。

「浮かない顔してるな」
「うん」
「……約束は守ったぞ」
「うん。ありがと」

 志波を見ずに俯いたまま答える。
 すると志波は、私の頬に手をかけて、強引に上を向かせた。
 志波の目が心配そうに揺れていた。

「どうした?」

 そう言われても。

「志波がホームに辿り着いて、セーフだってわかって、すごく嬉しかった。だけど」
「だけど、なんだ」
「……わかんない。シンたちがベンチを飛び出してグラウンドで喜びあってる姿を見てたら、気持ちが沈んじゃって」

 あんなに願ってた夢が叶ったのに。

 夢って、こんなもの?
 叶った瞬間に気持ちが冷めてしまうようなもの?

 私はまた視線を落とす。

 すると志波は。

「寂しかったか?」
「は?」

 寂しい?
 ……何言ってんの、コイツ。

 目をぱちぱちさせて志波を見上げたら、志波は眉尻を下げながら困ったように微笑んでいた。

 なんだその悟ったような顔は。

「寂しいってどっから出てきたの。優勝したってのに」
「その優勝の瞬間をシンや小石川や……オレと。一緒に分かち合えなかったから、寂しかったんじゃないのか」

 んなわけないっ。

 ……そう言おうと口を開いたけど、それは言葉にならなかった。

 喉の奥が苦しくなって、まぶたが急に熱くなったから。

 んなバカな。
 ガキじゃあるまいし、そんなことくらいで。
 私は甲子園を目指すために、臨時で入ったマネージャーだもん。
 グラウンドで、選手と一緒に戦えないことくらいわかってたんだから。

「っ」

 いやだ、泣くもんか。
 今泣いたら、肯定することになる。
 こんなの、まるで拗ねた子供みたいに、寂しいなんて気持ち。

 寂しい、なんて。

 俯いた瞬間、涙が零れ落ちた。
 そしてすぐに、志波に抱きすくめられる。

 ……だめだ。
 志波に触れられると、虚勢をはることもできない。

 寂しかった。
 そう、寂しかったんだ。
 約束の甲子園を、スタンドで応援することしかできなくて。

「し、ば」

 志波の背中に腕をまわして服をぎゅっと掴む。
 何も言わずに、ただ優しく髪を撫でてくれる志波の厚意がありがたかった。

「っく……」


 しゃくりあげる私の背中をぽふぽふと叩いたあと、志波は私をいだく腕に力をこめる。

「オレがここに来られたのも、甲子園制覇を成し遂げられたのも、全部お前のおかげだ。寂しいなんて言うな。でも、もし」

 もし?

 志波の肩口に顔をうずめながら、言葉を待つ。

「もし……お前が寂しいって思うなら。今度は、オレが。お前を満たしてやるから」

 志波。
 今度は、って。
 いっつも志波が私を満たしてくれてるのに。

 だけどその言葉が嬉しくて。
 私は黙ってこくんと頷いた。

 志波が私の肩をつかんで離す。
 泣き顔を見られたくなくて、私はごしごしと袖口で目元をこすった。

、来い」
「……は?」

 はぁ、と一息ついた私の右腕を志波が掴む。

「寂しかったなら、今から混ざれ」
「はぁ?」

 何言ってんのコイツ。
 意味がわからなくて立ち止まっていたら、志波に強引にひっぱられて。

 ……連れてこられたのはさっきの大部屋。
 部屋の中の騒ぎは収まるどころか、全員ではね学校歌を合唱してたりするんだから、親父かお前らっ!

「おっ、お二人さんお戻りで?」

 揶揄するように3年が私と志波を振り向けば、ノリにノッた部員たちが口々に口笛を吹く。
 なんだこのノリ。

 ところが、いつもなら顔を真っ赤にして怒る志波なんだけど、今回はなぜかニヤリと笑って。
 どんっと、私の背中を押した。

「うわ」
「胴上げし忘れてたヤツ、連れてきた」

 たたらを踏みながら部屋の中に入ったところで、部員全員の歓声に包まれる。
 なんだっ、なんだこの騒ぎっ!?

「そうだった! まだ胴上げしてねぇじゃん!」
「ユリ先輩はさっきグラウンド引き上げる前にしたから、先輩で最後っすね!」
先輩っ、ほら早く真ん中入って!」
「は!? ちょ、なに、私別に胴上げなん」
「お前らセクハラ禁止だぞー!」
「「「おおーっ!!」」」

 抗議を上げるヒマもあればこそ。
 あっという間に私は担ぎ上げられて、そのまま大部屋続きの中庭に連れ出される。

「ちょ、降ろせっ!」
「羽ヶ崎学園野球部バンザーイッ!」
バンザーイっ!」
「せーのっ!」

「うわ……」

 太陽を仰いで。

 1回、2回と宙を舞う。

 球場で見下ろしていた光景を、今度は下から仰ぐ。

 5回宙を舞ったあと、私は志波に支えられながらようやく降りることができた。

「どうだ?」
「ど……いきなり説明もなく胴上げすんな! マジで怖かったっ!!」

 ブチ切れても、志波はただ笑うばかり。

 さらに。

、サンキュな? スタンドで1年部員を鼓舞してくれたんだってな」
「はね学女神のバリカン宣告、聞こえてたんだぞ! おかげで気合入ったけどな!」

 私を取り囲むベンチ入りメンバーが、口々に感謝の言葉を告げてきて。

 うあ、くすぐったい。

「あ、クールビューティが照れてる!」
「うううううるさいっっ!!」

 指摘されて顔が熱くなる。
 これ以上のむずかゆさに耐え切れなくて、私は中庭を逃げ出して小石川と二人で割り当てられてる部屋に駆け込んだ。

 ……でも。

 ドアを閉めて、荷物の前に座り込んで。
 もやもやしたあの疎外感が無くなってる事に気づいた。

 志波が、無くしてくれたんだ。

「志波」

 バングルを掴む。

 志波は先に進んだ。先に行ってしまった。
 今度は、私が追いかけなきゃいけないんだ。

 先のことを考えると、ズキンと心が痛むけど。
 逃げていられない。追いかけなきゃ、見失ってしまう。
 がんばろう。それしか、できないから。



 シンの肩は幸いにもリハビリをすればなんとかなるということだった。
 ただ、国体には出られないみたいで、夕飯の時間に主将として最後の挨拶をしていた。

 国体に出場するはね学野球部の新主将は志波が引き継ぐことになった。

 夕飯のあとは、監督も顧問もちょい悪も大部屋に集まって大宴会。

「ユリっ、っ! 笑って笑ってー!」
「勝手に写真を撮るなっ!」
「いいじゃないさん。記念だよ!」

 デジカメを向けてくる平賀に怒鳴り返すものの、いつになく陽気な小石川に肩を抱かれて、その瞬間フラッシュが瞬く。

「……どーよこれ?」
「うーん、ユリ先輩は笑顔だけど、クールビューティがすっげぇしかめツラっすね」
「いんじゃね? おっとりタイプとツンデレタイプってことで」
「んじゃこれで行くかー」

「……ってちょっと待てっ! なにやってるっ」

 デジカメを覗き込んでいたかと思えば、なにやら手にしたリストに書き込んでいく2年部員。
 そういえば、さっきからシンを中心に何かごそごそと作業してるみたいだけど。

 立ち上がって輪の中に割り込めば。

「何コレ」
「なにって。全国野球部女子マネ図鑑に決まってんだろ?」
「はぁぁ!?」
「試合の合間に1年に写真撮影交渉いかせてな?」
「そうそう。苦労したよなー、特に初戦敗退校なんかは」
「で、そういえばうちの女子マネ撮影してないじゃん、ってことで」

 って。

 何当たり前みたいに話してんだコイツらっ。

「……それどーすんの」
「決まってんだろ。文化祭で売りさばいて部費にする! オレ様後輩思い!」
「ふざけんなーっ!! 犯罪じゃんっ!」
「学校名も苗字も伏せてあだ名だけ載せてるだけ……っておいっ!! お前らデジカメ死守しろっ! にデータ消されるぞ!」

 こんなこと甲子園の真っ最中にやってたなんて知れたら、負けてったヤツら、きっと死ぬほど悔しがるに違いないと思う。
 つーかこんなふざけたヤツらに負けるな他校っ!!


「小石川。本当にアレについていく気か?」
「うーん……なんかもう慣れちゃった」
「若いもんはいいですなー」
「そうですなー」



 そんなこんなで。
 はね学生活で、もっとも熱かった夏が終わりを告げた。
 志波やシンや、野球部の戦いはこれでひとまずの区切りがついたけど。
 私はこれからだ。

 かっちゃん。私もがんばるよ。

Back