体育祭、というのがはね学にはあるらしい。
 私はクラス女子の中で一番タイムが速い、ということでリレーやら400やら押し付けられそうになって。
 クラスで大暴れしたら、またまた若先生と一緒に教頭の呼び出しをくらってしまった。
 今回悪いのは、嫌がるヤツに競技押し付けようとした体育祭委員だと思うんだけど!?


 5.1年目:体育祭


 というわけで、私は晴れて体育祭全競技種目の出場免除。

 親父のかわりに呼び出された元春にいちゃんとシンに、「それは出場免除じゃなくて出場禁止だ」などと説教されたけど……。

 別にもともと体育祭に興味があったわけじゃない。
 私はクラス観覧席から離れて、無人の屋上にきていた。
 屋上の給水タンクの台に腰掛けると、ちょうどグラウンドが見下ろせる絶景ポイント。

 私は足をぷらぷらさせながら、ぼーっとグラウンドを見てた。

 今やってるのは1年女子のパン食い競争。
 ……あ、水樹だ。はは、一発ゲットじゃん。
 鈍足ではあるけれど、見事に1位獲得。

「おー」

 とりあえず拍手を贈っておこう。聞こえないだろうけど。

 グラウンドには見知った顔がちらほらいた。
 シンは今日5種目出るって言ってたっけ。今は110メートルハードルの出走待ちしてる。
 ん、大会本部にいるのは……のしんだ。氷上となんか言い争ってるけど、何話してるんだろ?
 後半クラスの女子の群れには、中心に佐伯がいる。佐伯って、なんで学校で猫かぶってんだろ。素のほうが圧倒的におもしろいヤツなのに。
 おやぁ? あれ、若先生だよね? グラウンドの隅っこで、なんでシャドウボクシングなんか……。
 ……もしかしてあれ、フォークダンスのつもりなんだろーか……。

 あとは、誰かいるかな。

 あ。志波だ。
 シンと同組でハードル出るのか……。

 例の元春にいちゃん手伝い事件の一件のあと、なんとなく視界に入ることが多くなったけど、あいかわらず無愛想なヤツ。
 毎朝森林公園で会うから、なんとなく話すようになっちゃったけど。
 シン、そんなヤツに負けるなっ。
 志波は嫌いじゃないけど、応援するならシンだ。

 もうすぐスタート。前の組がもうすぐゴールする。

 と。

「……! ………、……!」
「……、……」

 ん?

 どこかで、声がする。
 どこだろ。なんか、あまりいい雰囲気ではないみたいだけど。

 私は給水塔から飛び降りて、グラウンドとは反対方向、中庭を見下ろすほうの端へ行った。

「だからさぁ、目障りなんだよね? なれなれしいっていうかー」
「アンタ、佐伯くんのなんなわけ?」

 うわ。

 あれ、上級生だよね。それで、吊るし上げくらってるのは1年かな?
 佐伯ファンの牽制試合だ……うわー、陰湿っ。

「なんとか言えよ、1年! つうかさ、マジでなんなの?」
「佐伯くんが優しいからって、図々しいんだよ!」

 上級生の一人が、どんっと1年の女子の肩を押した。

「あ」

 私は屋上のフェンスに顔を押し付けた。

 海野だ! 吊るし上げくらってるのって、海野じゃん!
 そういえば、海野って佐伯と仲いいよね。たまに一緒に帰ってるとことか見るし。
 ……とか、そんなこと考えてる場合じゃない。

 私は屋上のドアを乱暴に開けて、階段を駆け下りた。
 2階まで降りて、2−Dの教室に飛び込む。
 黒板側の窓を開けて下を見れば……ビンゴ! 真下に現場!

「海野ォ!」

 私が身を乗り出して叫ぶと、海野と2人の……3年だ。3人揃って上を向いた。
 よっし、下は芝生!

 私は窓から飛び降りた!

「ええっ!?」

 仰天する海野の横に、華麗に着地。
 目の前の3年二人組も、唖然としてる。

 うっわ。まだ17,8だってのに、化粧ケバケバ。佐伯って、こんなのがいいんだろうか。趣味悪ッ!

「海野、そろそろ1年女子の200だよ。行こう」
さん……」

 私は海野の腕を掴んで歩き出した。
 つられて歩き出す海野。

 でも、我に返った3年がその前に立ちはだかった。

「おい、勝手に連れてくんじゃねーよ。でしゃばんな1年が」
「それとも、アンタもイジメられたいの?」

 ……イジメだぁ?

「陰険なヤツ」
「……は? ちょっと、1年のくせにタメ口!?」
「や、やめてさん……」

 海野が怯えきって私の腕をひっぱる。

 ごめんね、海野。シンにもよく怒られるんだけど。
 嫌なものを忍耐強く受け入れるっていう日本人気質、私、持ってないんだ。

「だいたい、こんな人が来ないとこで、多勢に無勢でってサイアクじゃん。海野に喧嘩売るなら、一人ずつ売りなよ」
「アンタ何様!? すっこんでろって!」

 今度は私の肩をどつくセンパイ。
 海野が小さな悲鳴を上げた。
 ……仕方ない。

「逃げなよ海野。ここは私に任せて。もう200の召集かかってるよ、きっと」
さんっ」
「いいから行きな、海野っ!」
「う、うん、人呼んでくるからっ!」
「あ、待てって、話終わってねぇよ!」

 海野が泣きそうな顔をして走っていく。
 それを追いかけようとした3年の腕を、私は掴んだ。

「っ、離せよ! マジでお前もイジメられたいわけ!?」
「一人で対決する根性もないやつに、私がイジメられるとも思えないけど」

 センパイの腕を離さずに、私は不敵な笑みを浮かべる。

 ごめん、シン。ごめん、元春にいちゃん。
 また学校に呼び出されてください。
 は我慢を憶えられません!

 私の迫力に、センパイの一人がじりっと後退る。

 ところが。
 そのセンパイが奥の方を見たと思ったら、いきなりなよなよしい声を上げた。

「若サマぁ! 早く早く! なんか暴力振るってるんです〜!」

 ……なんだ、その気色悪い声っ。

 と思ったら、そのセンパイは走ってきた若先生と佐伯と海野に向かって叫んでたみたい。
 また海野も、先生と原因を呼んでくるとは。ベタなこと考えるよ。

「なんかこの人がいきなり乱暴してきて〜」
「はぁ!? 何言ってんの、アンタたちが海野を囲んで吊るし上げてたんじゃん!」
「だったら早くその腕放しなよ!」

 急に態度を変えたそのセンパイは、私の腕を振り払うようにして、仲間の腕を開放した。

「痛〜い。若サマ、この人なんとかしてよ! 1年のさんって、乱暴者だって本当だったんだぁ〜」

 なんかもう。
 コイツラ頭悪すぎて相手するのもバカバカしい。

 私は腰に手をあてて、困ったように私たちを見ている若先生を見た。
 佐伯は、海野を後にかばって苦々しい顔をしてる。
 元凶はお前だ。このえーかっこしい。

さん、一応聞くけど。3年生の彼女たちの言ってることは本当?」
「大嘘」
「そうですか」

 ほっとしたように微笑む若先生。

 ……若先生って、不思議な人だよなぁ。
 私みたいなイレギュラーな性格してる生徒のことも、ちゃんと見てくれて。
 教頭なんか、廊下ですれ違うだけでしかめっ面するってのに。

 ところが、勿論そんな態度の若先生に、3年のセンパイ2人は一気にふくれっ面。

「ちょっとぉ! 若サマ、その子の言うこと信じるわけぇ!?」
「や、すいません。さんは確かに元気がよすぎるところがありますけど、でも」

 へらへら笑ってた若先生。
 でも急に真顔になって言い切った。

「彼女は嘘を言う子じゃない。海野さんからも話を聞いた。君たち、海野さんをイジメてたね?」
「なっ……」
「違うってば! 何言ってんの!? ……ねぇ佐伯くん、佐伯くんは信じてくれるよね!?」

 猫撫で声で佐伯を振り向くセンパイ。
 うわー、佐伯、ここでもいい顔すんのかな。

 ほら、やっぱりいつもの営業スマイル。

 ……でも。

「すいません、先輩。僕も、海野さんとさんを信じます」
「えっ……」
「先輩たちと海野さん、さんじゃ、信用に値するのがどちらかなんて、一目瞭然ですから」

 ぷっ。

 私は思わず噴出した。
 佐伯って、やっぱりおもしろい!
 満面の笑顔のくせして、目がちっとも笑ってないの!

 ほーら、センパイたちがうろたえ始めた。
 いい子の海野は戸惑ってるけど、悪い子の私は遠慮ナシに笑ってやる。

「どうやら海野さんに乱暴をしたわけじゃあなさそうだから、今日は見逃してあげる。でも、こんなことを続けるつもりなら、先生も容赦しないよ」
「ちっ……行こ」
「うん」

 さっきまでの猫かぶりもどこへやら。
 舌打ちして、センパイたちはグラウンドへと戻っていく。

 ところが私にすれ違いざま。

「調子乗ンなよ。憶えてろ」

 と、これまた陳腐な捨て台詞。
 まぁ、海野が標的外れただけでも万々歳かな。

 などと思ってたら、背後でセンパイたちの悲鳴が上がった。

 みんなで一斉に振り向くと。

 硬直してるセンパイたちの前に、一人の背の高い女子が佇んでた。
 ショートヘアの、凛とした立ち姿。
 すらりと長身で、腕を組んで仁王立ち。カッコいい。

「全部見てた。アンタたち、まだこんなことしてたんだねぇ……」
「た、竜子……」

 カノジョが一歩踏み出すと、センパイたちは一歩後退る。
 すごい迫力。
 わー、ほんとにカッコいい!
 私もあんな風になりたいよ、元春にいちゃん!

「あれは……藤堂さん」

 若先生がつぶやく。

「藤堂?」
「はい。仁義と人情に厚い、姉御肌の1年生です」
「まるで一昔前のスケ番だな……」
「そうなんです。困ってる人をほっとけないみたいで。先生も、購買戦争に負けてパンを買えなかった時、パンを分けてもらったことがあります」
「若先生、生徒にたかるのってどうなの」
「やや、やっぱりダメダメですか」
「ったりまえじゃん!!」

 で。
 その藤堂は、センパイたちに歩み寄って、鋭い眼光放ってタンカを切った。

「つまらないこといつまで続けてんだい。今回も、そっちの女のがスジが通ってるじゃないか」
「ひっ」

 藤堂が一歩近づくたびに、センパイは情けない悲鳴を上げる。

「つまらない仕返しなんて考えるんじゃないよ。この喧嘩、アタシも乗った」
「い、行こう!!」

 センパイたちは駆け出した。
 藤堂はフンっと鼻を鳴らしてセンパイたちに一瞥をくれる。

 お見事!

 あのセンパイたち、藤堂となんか因縁でもあるのかな。
 なんかすっごいビビってたけど。

「いやー、お見事です! 先生、感動しました!」

 若先生が頬を紅潮させて、ぱちぱちと拍手を贈る。
 すると藤堂、呆れたように腰に手をあてて先生につかつかと寄ってきた。

「若王子、アンタが感動する場面じゃないだろ。フツーは教師が治める場面だろうが」
「やや、すいません。力不足で」
「藤堂さん、ありがとう……」
「ああ、アンタ海野だっけ。かっぱらい捕まえて以来だね」

 へぇ。海野の交友関係っておもしろいな。
 優等生の海野が、硬派気取ってる藤堂と知り合いなんて。

「で、アンタが佐伯かい。自分の女くらい自分で守れよ。男だろ」
「べ、別に、海野さんは僕の彼女ってわけじゃ」
「でもアンタが原因で海野が巻き込まれたんだろ」
「……反省してる」

 佐伯まで沈黙させちゃった。

 藤堂は私を振り向いた。
 切れ長の瞳。生き様がはっきり現れた表情。
 藤堂は、私を見てにっと笑った。

「見てたよ、。アンタのことは噂で知ってたけど、なかなか根性見せるじゃないか」
「ありがと。なんか私、理不尽なことに我慢って出来なくてさ。最後藤堂がタンカ切ってくれたお陰で、目ぇつけられずにすんだよ」
「アンタ気に入ったよ。最近じゃめずらしく気合入ったヤツだね」

 右手を差し出す藤堂。
 私はその手を握り返した。
 気に入ったのは、こっちだって。

「アタシは藤堂竜子」
。なんかの時にはまたヨロシクね」

「ややっ、1年女子の最強タッグ誕生です」
「藤堂さんもさんも、カッコいい……!」
「お、おい、海野? お前は、あんなんならなくていいんだからな?」

 感心する若先生と、感動する海野と、げんなりする佐伯。

 はね学って変なの。
 こんな私に、次々と友達が出来るんだから。


 その日の夜。
 私は晩御飯を食べながら、今日の出来事をシンに話した。

「マジで!? お前藤堂さんと友達になったの!?」
「あれ、シンって藤堂のこと知ってるの?」
「オレ、同じクラスだし。……へぇ、と藤堂さんがなぁ。まぁ、確かに性格的に、天敵になるか親友になるか、どっちかだろうなー」

 親子丼をほお張りながら、シンが妙に納得した声を出す。

「それでさ、
「ん?」

 にやにやしながらテーブルに肘ついて、箸を私に向けるシン。
 行儀の悪さは親父譲りだ。

「藤堂さんって、どんな子? オレさぁ、さすがに藤堂さんにはまだ声かけたことなくて」
「……この女好きが……」

 シンは私と違って愛想がいい。気配りもいいし、割と授業も真面目に出てる。
 そんなもんだから、女子からも評価は高いみたい。

 んでもって、シンは意味も無く女子が好き。

「海野さんとも話してみたいんだけどなー。さすがに前半クラスまでは出張できねぇし」
「知るかっ!」
「イテッ」

 テーブルの脇に備えてあるゴムボールを、箸を置いてすばやくシンの額にぶつけた。

 ふふん、かっちゃん直伝の投球フォームに狂いはないのだ。
 ボールはそのまま、シンの丼の中へ。

「げっ! 汚ねぇなっ!」
「シンがアホなことで鼻の下伸ばしてるからだよ! 自業自得だっ」
「もう食えねぇだろ、これ! よそいなおせっ!」
「自分でやれっ!」

 親父は今日は東北方面にトラック走らせてるから、姉弟ゲンカを止める人は誰もいない。


「おいおいおいっ、お前らなんだ、この惨劇は!」

 結局その喧嘩は台所を破壊しつくして、居間をメチャクチャに散らかした頃、親父に頼まれて様子を見に来た元春にいちゃんによって止められた。

「二人とも、ここ来て正座」
「「ううう……」」

 そしてとうとうと、元春にいちゃんから1時間程説教かまされる羽目になったのでした。
 あうう、なんか最近、怒られてばっかだよぅ……。


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