きゃあああああ!!
 体育祭ラストバトルは、はね学女子の黄色い絶叫から始まった。


 46.3年目:体育祭 最終決戦


「若サマ、学ラン姿素敵ーっ!」
「藤堂さんと並ぶと白と黒のコントラストでさらにいいよねーっ!」

 グラウンドに携帯カメラのフラッシュが瞬く。

 棒倒し最終戦は、試合前にグラウンドに整列した選手の間で担任同士が握手するのが慣わしらしくて。
 通常ジャージ姿で現れたE組担任に対して、若先生は上下黒の長ラン姿でやってきた。
 赤いハチマキに下駄も、応援部からの拝借モノ。

 ところがこれが以外にもハマッてて。
 思いのほかカッコよかったりするんだから世の中まだまだ奥が深い。

 担任同士の握手が終われば選手は自軍陣地に集合して恒例の気合入れだ。
 そこに若先生と一緒にグラウンドに出て行った藤堂が入り込む。

「みなさん、藤堂さんを中心に円陣を組んでください。B組臨時姐御団長が気合入れしちゃいますよ!」
「おもしれー! 藤堂っ、一発キメてくれよな!」

 男子は若先生も交えて肩を組み、藤堂を囲むように円陣を組む。
 その中心に肩膝ついた藤堂はニヤリと笑い、応援合戦時のように声を張り上げた。

「行くよ、アンタたちっ!」
「「「押忍っ、団長!」」」
「声が小さぁい!!」
「「「押忍っ、団長!」」」
「狙うは優勝だけだ! 最終戦、悔いの残らないように行って来な!」

「「「ソーッ、エイ、オス!!」」」

 わぁぁぁぁっ

 B組の声出しに全校生徒が呼応する。
 あーあ、いいなぁアレ。カッコいいなぁ……。

「さ、そろそろアタシらも行くで! みんな、準備ええな?」

 若先生クラス特権で化学準備室を更衣室に借り切ったB組女子チーム。
 そこにはチアの衣装に身を包んだクラスメイトがきゃあきゃあと騒ぎながらグラウンドの様子を覗いていた。
 みんなタンクトップにミニプリーツの定番衣装だけど、水島と水樹と海野だけはちょいとセクシーなセパレート型衣装を着てる。

 なんというか、本当にこのクラスは体育祭に対して貪欲だ。

 といいつつ私も派手に改造された女神の衣装を既に着てたりするんだけど……。

「……試合準備整ったみたいだね」
「みなさん、試合開始のピストルと共に飛び出してE組選手の集中力を乱すのが作戦ですよ!」

 グラウンドを見つめながら、海野と小野田も興奮気味に。

 そこに、放送局のアナウンスが入る。

『羽ヶ崎学園体育祭、伝統の一戦、3年生男子棒倒し決勝戦……』

 女子チームが一瞬で黙り込む。
 グラウンドでは守備にまわってるクリスと氷上が棒をしっかりと支えていて。
 攻撃陣の佐伯が、のしんが、志波が。
 E組を睨みつけてスタートダッシュの態勢を整えて。

 パァン!!

 最終決戦の火蓋は、今切って落とされた!

「行くぞーっ!!」
「おおーっ!!」

「絶対勝ァつ!!」
「おおーっ!!」

 ピストルと同時に両チームの攻撃陣が走り出す!

「アタシらも行くで! 打ち合わせどおり、を中央に隠すようにしてな!」
「おっけーい!」

 はるひの号令と共に、女子チームも動き出す。
 錫杖を持った私を集団の中央に入れて、私はかがむようにして歩く。
 化学準備室を出て、すぐ目の前がB組のクラス席。

 先にクラス席に戻ってきてた若先生と藤堂がこっちを振り返ってニヤリと笑う。
 そして、どこで用意してきたのか、若先生が拡声器を構えた。

『あー、あー。よし。……ややっ、あれはなんでしょう!?』

 台詞棒読みすぎだっつーの!
 つっこみたくなったのは私だけではなかったらしく、隣り合ったクラスメイトもくすくすと笑っていた。

 そんな大根役者の若先生が指差してるのは、勿論私たちB組女子チーム。

 うぉぉぉぉぉっ!!

 早くも混戦模様の棒倒しそっちのけで、B組女子の即席チアチームに全校中が盛り上がる!

「すっげー! B組女子全員でコスプレ応援か!?」
「考えたの誰だよ! すげぇイイ!!」

 特に男子は「水樹さーん!」「水島さーん!」などとフィーバーっぷりは相当なもんだ。

 そんな中私たちはクラス席にたどりつき、全員が団子状態で停止。

「若ちゃんっ、女神降臨は華々しくな!」
「はいはいっ。先生に任せちゃってください!」

 女子全員の期待の眼差しに若先生がぱちんとウインクで応えて。
 いまだ誰も棒に到達していないB組攻撃陣および、善戦してる守備陣に向けてもう一度拡声器を構える。

『B組選手諸君! 君たちには勝利の女神がついてます! 思いっきり戦ってください!』

 若先生の声とほぼ同時に、私を隠していた女子一同が左右にさっと離れていく。

 次の瞬間。


 ドォォォォォッ!!!


 地震でも起きたかというような、地鳴りのような歓声、いや、悲鳴?
 あ、B組もE組も全員動き止まってんの。
 志波もE組もアイツも、目が点だ。

 盛り上がってるのは試合に関係ない観客たち。
 ……教員席では教頭がちょい悪にはがいじめにされて止められてる。

「スゲェ! クールビューティグッジョブ!!」
「ヤバイって、エロいって! B組バンザーイっ!!」
「ああっ、これでにもう少し胸があったらR指定だったな!」
「誰だっ、今最後に余計な一言言ったヤツっ!!」

 錫杖ぶん投げてやろうと思ったところを、藤堂と若先生に止められる。
 くっそ、あとで見つけだしてやるっ!!

「さ、さん。女神から祝福の一言をどうぞ」

 若先生がにっこにこの笑顔で私の口に拡声器を近づけた。

 祝福の一言ねぇ……。
 私は錫杖でとんとんと肩を叩き、ぽんとひらめいて口の端を上げた。

『B組選手に女神から一言』

 今だストップしてる試合会場を見つめて、私は錫杖をB組男子に向けた。

『負けたら全員強制バリカン』

 一瞬の沈黙の後。

 B組男子の気合が爆発した。

「うおお、お前ら絶対旗獲るぞっ! ならやるぞ! ゼッテーやるっ!!」
「だよな!? ならやるよな!?」
「だな……マジか」
「氷上クン、棒を死守や死守!」
「勿論だともっ! 絶対離すものかッ!!」

 うぉぉぉぉ!!

 止まってた試合は、一気にB組優勢に動き出した。

「アンタさすがやな……。何よりも気合入る一言やったで」
「そう? あ、言っとくけど負けた時は若先生も連帯責任だからね」
「ややっ!? そ、それはあんまりです!」
「アンタたち、無駄口叩いてないで応援するんだよ。ほら、針谷が棒に届きそうだ!」

 頭を押さえて青ざめる若先生を押しのけて、私たちは試合に見入る。

「おりゃあっ!!」

 のしんがE組守備陣のスキを見つけては果敢に棒にくらいつく。
 でも、あと1歩のところで引き剥がされてしまってなかなかたどりつけない。

「反対側からもまわりこめ!」
「行かせるな! 機動力さえ押さえ込めば力技使えんのは志波だけだぞっ!」
「ちっ!」

 のしんとは反対から攻めようとしている佐伯の足を数人で止めて、のしんのフォローにまわってる志波にも何人かくらいついてる。
 思った以上にE組ってコンビネーションがいい!
 しかも、指示出ししてるのはアイツだ。

「よう志波っ。またはいいカッコして登場してくれたよな!」
「……なんだと」
「これに勝てばあの衣装独り占め特権もついてくるんだよな? あーすっげぇ楽しみ」

 ぞぞぞっ!

 相変わらず意味不明なへらへらした笑みを浮かべて志波を挑発してるアイツ。
 だぁぁ気持ち悪いっ! 虫唾が走るっ! 悪寒がするっ!

「志波ぁっ! そんなヤツ無視して早く旗奪えっ!!」

「……だそうだ」
「切ねー。オレこんなにのこと思ってんのになー」
「言ってろ。お前よりもずっと強く思ってるヤツがいるって、証明してやる」

 ごちゃごちゃアイツと話してた志波の腕が伸びて、のしんの体操着をひっぱってたヤツをぐいっと引き剥がす。

「針谷! 登れ!」
「おうっ、フォローサンキュー!」

 のしんが棒を支えてるヤツの頭を踏みつけて飛び上がり、低い位置だけど棒にしがみつくことに成功した!

「やった! のしん偉い!」
「ハリーっ、そのまま登って旗奪ってーっ!」

 女子チームも一気に盛り上がって手にしたぽんぽんをぶんぶん振って応援する。

 うちの守備陣も健闘してるみたいだ。
 氷上の冷静な指示の元、クリスを中心とした迎撃部隊が効率よくE組攻撃陣を翻弄してる。

「二人反対側からまわってくれ! 手前狙われてるぞ! 棒を支えてるみんなは背筋を伸ばして足を極力かけられないように姿勢を保つんだ!」
「アカーン、そんなとこ登らんといて〜。あっ、セイちゃんと密ちゃんのチアダンス始まった!」
「「何っ!?」」
「んなわけないやん。ハイ、ひっかかってくれてありがとさーん!」
「うわっ!?」

 棒に手が届きそうなヤツに近寄って、あの手この手で妨害してるサマはなんか滑稽だ。
 つかほんと、氷上もクリスも口が達者だよなぁ……。

 でもその後は膠着状態。
 棒にしがみつくことが成功したのしんも、飛びついた位置が低かったからすぐに引き摺り下ろされてしまったし。
 時間が刻々と過ぎて、体力だけが消耗していく。
 こうなると頼りは運動系部活所属者たちになるんだけど……。

 陸上部、サッカー部が集まるE組に対して、B組はほとんど頭脳チーム。頼りになるのは志波と他数名のみだ。

「ヤバイ展開になってきたね」
「攻撃要の針谷くんと守備要の氷上くんとくリスくんがへばってきてます。押され気味です!」

 ちっと舌打ちする藤堂に、はらはらしている小野田。
 女子は諦めずに声を張り上げて応援してるけど、目に見えてB組が劣勢になってきた。

「佐伯っ、行けるか!?」
「こうしつこくマークされたら……ああもう、どけよ!」

 さっきからB組攻撃陣は棒にかすりすらしない。

「志波、この勝負どうやら見えてきたな?」
「ふざけるなっ。終わりまでやらなきゃわからねぇだろ!」

 E組のアイツは変わらない笑みを浮かべてて。

 嫌だ。あんなヤツに。

「こらーっ! 気合入れろB組ーっ!!」

 錫杖を振りかざして私は叫んだ。

 そこへ。

「いやー眼福眼福。あーオレマジでB組に編入してぇよ」
「……シン?」
「よう。お前にしちゃ上出来なカッコしてんな」

 ひょいっと片手を上げてやってきたのは、既に試合を終えて3位が決定したI組のシン。
 にこにこと満面の笑みでうちの女子チームを眺めて、携帯カメラに自分も一緒に写って……って。

「何してるっ! 試合中に邪魔するな!」
「まぁまぁ。優しい弟が勝利の秘策持ってきてやったんだからそう怒るなって」

 錫杖で殴りかかっても、シンはあっさり片手で受け止めてしまう。
 うー……双子といっても所詮男と女じゃ力の差は歴然だ。クヤシイ。

くん、勝利の秘策って?」
「おっ、水樹さん可愛いカッコしてんじゃん! 一緒に写メ写ってくれたら教えてあげ」
くん、水樹さんは先生が保護責任者です。いかがわしいことは許しません」

 水樹を背中に強引に隠して、若先生はむっとした表情でシンを睨む。
 さすがに若先生にまでふざけた態度はとれないのか、シンは肩をすくめた。

「B組で力余ってるったら勝己くらいだろ? だったら勝己の気合入るようなことしてやればいいんだ」
「どうやって」
「簡単簡単。若王子先生、メガホンちょっと借りますよー」

 興味深そうにシンの行動を見守るB組女子。
 大勢の女子に注目されてシンは満足そうだ。

、お前ちょっとここに立て」
「は?」

 シンに腕を引かれて、クラス席のまん前に立たされる私。
 何する気なんだ、一体?

 するとシンは拡声器のスイッチを入れて、グラウンドに向けて放送しだした。

『メーデーメーデー。優勝決定戦にいそしむB組E組男子諸君に告ぐ。女神の弟から君たちへ、勝利に導くビッグプレゼントとくとご覧あれ」

 ……何言ってんだコイツ。
 シンの意味不明な放送に、試合中にもかかわらず瞬間的にこっちを振り返る選手たち。

「シン、一体何」
「うぉりゃっ!!」

 何をするつもりなのかシンのほうを振り向いたとき、私の視界を遮ったのは真っ白な布と高々とあがったシンの右手。



 ・・・・・・って。



「うきゃぁぁっ!?」

 私は慌ててめくりあがったスカートを両手で押さえた!
 それとほぼ同時に、グラウンド中から大絶叫が沸き起こる!

 あ、あ、あ、あんの阿呆……っ!!!

 人のスカート、思いっきりめくりやがったぁぁっ!!!

「うおお、クールビューティの生足ィィ!!」
「あとちょっと! あとちょっとだったのにっ!」
「惜しかったっ! の反射神経よすぎだろ!?」
「弟いいぞーっ!!」
「お前こそ神だーっ!!」

 シンを絶賛する男子の声は鳴り止まない。
 いやいやいや、と笑顔で答えるシンの脳天に、私は思いっきり錫杖を振り下ろしてやった!

 げしっ!!

「痛ぇっ! おま、凶器使って殴るな!」
「知るかっ! 人を見世物にしてっ!」
「他に勝己をその気にさせる方法なかったんだから仕方ねーだろ! 負けるよりいいじゃねーか! ほら見ろって、あれあれ!」

 シンの胸倉掴んでぎりぎり締め上げてそのまま落としてやろうと本気で思ったんだけど。

 シンの指差す方向から、突然爆弾の炸裂音が響いてきて思わず振り返る。

 そこには。

「お、おい……志波?」

 ひきつった表情ののしんが、全身から黒オーラを放出してる志波におそるそる声をかけていて。
 その志波が、私のほうを見て口笛ふいて喝采送ってたE組のアイツの襟首を掴んで。
 片手で放り投げた!

「うおっ!?」

 かるーく3メートル。
 その場にいたB組E組全ての人間が、志波を見て凍り付いていた。

「……よこせ」
「は、へっ?」
「旗よこせ」
「いや、でもこれ、試合だし……」
「だったらもぎとってやる」

 キュピーンと、志波の目が光った。

 そして。

「うわぁぁぁっ!?」
「お、おい志波っ!? ちょっと待てお前っ、棒倒しは人間投げ飛ばすゲームじゃなくて!」
「うぎゃぁぁぁっ!」
「すげぇぇ! 志波が一人で旗獲り、じゃなくて棒ごと奪いとったぁぁっ!」

 志波が手当たり次第にE組の連中を引き剥がし投げ飛ばし、支えるものがなくなった棒を両手で掴み持ち上げてしまった。

「……」
「……」

 これ、試合終了ってことになんの?

 全校が呆気にとられる中、いち早く我に返った体育教師がピストルを鳴らす。

『しょ、勝負あり! 優勝、3−B!!』

 放送局のアナウンスを聞いても、しばらくは誰も反応できなくて。
 でも。

「やっ……た。棒倒し優勝で、総合優勝や!」

 はるひの声に呼応するかのように、笑顔がみんなに伝染していって。

「やったぁぁ! 優勝だよ! 体育祭総合優勝!」
「やりました! 全員試合での勝利です!」

 女子が一斉にグラウンドの中で呆けてる男子のもとに走り出した。

「ハリーっ、おめでとう! カッコよかったでっ!」
「あ、ああ、あったりめーだろ!? オレ様がカッコよくなくて誰がカッコいいんだっつーの!」
「氷上くん、見事な采配でした! 若王子先生級に素晴らしかったです!」
「ありがとう小野田くん。僕も体育祭で活躍できるなんて夢にも思ってなかったよ!」
「おめでとうクリスくん。やだ、ほっぺ擦り剥いてるわよ?」
「勝利の勲章やな。密ちゃん、あとで手当てお願いなー?」
「瑛くん、ありがとうっ。混合リレーの失敗帳消しにしてくれてっ」
「お、おい、なんで涙ぐんでるんだよ? お前に泣かれるとオレ困るよ……優勝したんだから顔上げろって」
「やりましたね、先生!」
「うん、やりました、水樹さん! 女子の協力のおかげです!」

 わぁわぁと盛り上がってるグラウンド。
 観客となってる他のクラスの生徒はパチパチと温かい拍手を送っていた。

 そんな中、私は歓喜に沸くクラスメイトたちには混じらずにクラス席にいた。
 なぜなら、志波がゆっくりとこっちに歩いてきてたから。

「志波」

 約束どおり守ってくれた。
 E組のアイツに負けずに、勝ってくれた。

 すごく、嬉しい。

「志波っ」

 感謝の気持ちを伝えたくて、クラス席に戻ってきた志波に笑顔を向けて。

 ところが。

 志波は心底怒った表情で私を見下ろしたかと思えば、

「さっさと着替えてこいっ!!」
「……は」

 いきなり怒鳴られた。
 まさか怒られるとは思ってなかったから、何の反応も出来なかった私。

 ぽかんと志波を見上げていたら、隣のシンが呆れた様子で志波に声をかける。

「おいおい勝己……そりゃねーだろ。だってお前のためにこんな格好してやったんだし」

 いや別に志波限定のためにしたわけじゃないけど。
 そう言おうとシンを振り向いたら、そこには恐怖に顔を引きつらせたまま硬直したシン。

「…………シン…………」
「お、落ち着け、勝己。オレはただ、B組勝利のためにだな」
「覚悟はできてんだろうな……」

 うあ。
 私の背後で志波の黒オーラがふくれあがってるのがわかる。

「いやだって、おかげで勝てただろ!? お前だって実際のところはコイツの生足見」

 ブチィッ!!!

 あ、キレた。

「っだぁぁっ、マジかーっ!?」
「逃がすかっ!! 待てシンっ!!」

 こうして野球部お騒がせコンビは校舎の彼方へと走り去っていった。
 ……なんなんだ。
 つか、なんで志波あんな怒ってんの?

 半ば呆然と走り去っていった二人を見送っていたら、とんとんと、誰かに肩を叩かれて振り返る。

 そこにはE組のアイツ。
 一瞬で全身鳥肌。
 コイツ触った。今私のむきだしの肩に触ったっ!!

「だからそんな毛逆立てて威嚇すんなって。負けたんだしなんもしないって」
「だったらなんも用ないじゃんっ! さっさとクラス席帰れ!」
「クラス席戻ったってB組があの状態じゃ体育祭も進まないって」

 E組のソイツはあいかわらずへらへらとした笑みを浮かべたままグラウンド中央のB組の塊を指差す。
 ……まぁ確かにそうなんだけど。

「つーか志波もわけわかんねーよな。勝ったんだからと喜びわかちあえばいいのに、肝心なときにいねーの。リレーの時てめぇにや渡さねーみたいなこと言っててガード甘すぎだろっつーの」
「……」
「だからそう睨むなって。あーと、それから拉致って悪かった。考えてみればにとっても最後の体育祭だったんだよな」
「はぁ? んなの3年全員そうに決まってんじゃん!」
「だよなー」

 何がおかしいのかあはあは笑い出すソイツ。
 わけわかんないのは志波じゃなくてお前だって。マジで。

「オレ来週転校するんだ」
「……は? 3年の今時期に?」

 いきなり話を変えたソイツが言った言葉に、私は眉を顰める。
 何が言いたいのかわからなくて、怪訝そうな視線を向けたまま。

「親の仕事の都合で海外に。こっちに一人残るにもちょっと家庭の事情で出来なくてさ。だからなんとか最後に思い出欲しくて無茶した。マジで、ごめん」

 ぺこんといきなり頭を下げられて、私は戸惑う。
 なんだコイツ……妙にしおらしくなって。
 こういう態度とられると、怒鳴ることもできない。

「優勝できなかったけどのおかげでいい思い出できたし。マジ感謝。えっと、そういうわけだから教頭に拉致事件のことバラすの勘弁な? オレの事情知って悪ふざけに協力してくれただけなんだ、他の奴ら」
「……調子いいこと言って」

 なんか呆れてしまう。

「海外行くの決まってんのに付き合ってくれなんて言ってたの? もし勝ってたらどうする気だったわけ」
「そりゃ決まってんじゃん。遠距離恋愛」
「はぁぁ? アンタ、私に嫌われてるって自覚ないの?」
「やっぱオレ嫌われてんの?」

 こ、コイツ……。

 だめだ。こういうまともからかけ離れたタイプ。ここまでくると笑ってしまう。

「最後の体育祭、楽しかった。、サンキュな!」
「二度と話かけるなっ」
「つめてーなぁ。まぁクールビューティだし仕方ねーか? じゃあな、
「……ん」

 にかっと笑って手を振るソイツにつられて、私もおもわず右手を上げてしまって。
 ソイツはぱしんと私の右手を叩いてから、クラス席の方に走っていった。

 なんか。妙にほんわかした気分になってる自分にびっくりだ。

っ」

 志波の声。
 振り向けば、志波が走って戻ってくるところだった。
 私の目の前までやってきて、E組のアイツの走っていった方を睨みつけてる。

「なにかされたのか。アイツ、人がいねぇ時に近づきやがって」
「志波が勝手にシン追っかけてったんじゃん」
「……悪い。それでお前、大丈夫か」
「別に何もされてないよ」

 なんかもうアイツを責める気にもなれない。

 私は心配そうに見下ろしてる志波を見上げた。

「志波」
「なんだ?」
「勝ってくれてありがとう」

 素直に感謝を伝えると、志波は目を見開いた。
 かと思えば、急に耳まで赤くなってふいっと視線をそらす。

「……何でそこで赤くなんの?」
「……」

 返事をしないで志波は私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 その瞬間思い出す。
 一番肝心なこと。

「志波」
「……なんだ」
「ハードルと混合リレーと女神の2回目」
「?」
「10秒と15秒と30秒」
「……おい……?」
「合計55秒だ」

 わきゃわきゃと指を鳴らして志波を見上げれば、察した志波がひきつった表情を浮かべてじりじりと後退り。

「ちょっと待て……お前っ、その格好で」
「競技終わった。確定した。待たない」
「待て。その格好はヤバイ。……おい近寄るなっ」
「やだ」

 私と志波はまるで戦闘態勢に入ったかのように間合いを見極めて。

「とりゃっ!」
「っ! だから抱きつくな!」
「いーじゃんっ、体育祭もう終わったし!」
「人前だっ! ……とにかくお前着替えて来いっ!」
「やだっ。志波っ、逃げるなーっ!!」

 さっきシンを追いかけていった志波が今度は追われる立場。
 私はスカートが翻るのも気にせずに、校舎の方に逃げ出した志波を追って走り出した。
 逃がすか私の抱き枕っ!!

「足を出すな!」
「だったらおとなしくしてろ志波っ!」
「それが女の台詞か!?」


「何やってんだアイツら……」
「ええやん、今回の体育祭、がんばったんやし」
「や、志波くん羨ましいです。青春爆発です」
「それより弟は生きてると思うか?」
「……」
「……」
「オレ甲子園楽しみにしてたのにな……」
「今年こそ行けそうだったのにね……」



「つかまえたっ!!」
「っ……」

 結局校舎中を逃げ回った志波を追いかけて正面玄関から屋上まで。
 給水塔下まで追い詰めて、ようやく私は志波をダイビングキャッチ。
 がっ、と給水塔に手をつく志波の背中にしがみつくようにして、私はご褒美を堪能する。

「ふはー」
「……あのな……」

 大きなため息とともに志波が振り返り、その場に座り込む。
 私も志波の膝の上にのっかるような形で座って、そのまま猫のように丸くなった。
 あったかくて気持ちいい。ぽふぽふと遠慮がちに頭を撫でてくれるのも、また。

、離れろ。55秒たった」
「えー」
「えーじゃない。離れろ」
「やだ」

 ぎゅ、としがみつく手に力をこめれば志波はぴきんと硬直して。
 でもぶんぶんと頭を振って、私の両肩を掴んで引き離す。

「離れろ」
「うー」
「……今日はだめだ。マジでヤバイ。これ以上は、無理だ」

 なんだか必死な様子の志波。
 首を傾げつつもおとなしく離れれば、途端に志波は立ち上がって。

「着替えてから戻って来い。……絶対に、着替えて来い」
「はぁ? いーじゃん、あともうフォークダンスで終わりなんだし」
「これ以上晒してたまるか。……つかオレがヤバイ……」
「……は?」
「いいから着替えてこいっ」

 赤い顔してそう言い切って、志波は屋上を逃げるように出て行った。

 なんだアレ。狂犬のくせしてさっきから妙な反応ばっかして。
 志波にしろシンにしろE組のアイツにしろ。男って何考えてるかほんとわけわかんない。

 とはいえここでこうしてても仕方ない。
 私は着替えを置いてある化学準備室まで降りることにした。



 3年目の体育祭は3−B総合優勝で幕を閉じた。
 初めてまともに参加した学校行事だったけど、正直素直に楽しかったと思う。
 最後のフォークダンスでも、いろんなヤツから競技のことや女神のことや、いろいろ話しかけられた。

 馴染めなかった中学時代には味わうことの出来なかった感覚に、初めて触れた気がする。

 余談。
 シンは無傷の状態でフォークダンスに参加してるのを見たけど、それからしばらくは志波に対してへこへこしてた。
 ……一体何したんだろ、志波。

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