6月入って1日目の月曜日放課後。
 3−Bの教室は異様な熱気に包まれていた。


 41.3年目:体育祭 直前編


「それではこれよりっ、2週間後に迫った体育祭の作戦会議を始めるっ!」

 おおおおお!!

 壇上の氷上の声に、クラス中から熱狂的な返事が沸き起こる。
 だぁぁうるさいっ!!
 私は両耳をふさいで机に伏した。

 なんなんだこれ。
 毎年やってる体育祭なのに、なんで今年はこんな盛り上がってんの?

「まずは我がクラスの指令本部から紹介しよう! 3−B最高指令にして総責任者、若王子先生っ」
「や、ご紹介に預かりました若王子です。みなさん、体育祭優勝しようぜ!」
「「「おおーっ!!」」」

 妙にノリノリの氷上に紹介された若先生が壇上に上って右拳を突き上げると、クラス中もそれに呼応する。

「次に、男子チーム現場作戦指導者の針谷くん!」
「ハリーって呼べ! いいかお前ら、今年はゼッテー優勝しかありえねぇからな!」

 おおーっ!!

「女子チームの現場作戦指導者は西本くん!」
「各競技、全員一致でポイント稼ぐで!」

 おおーっ!!

「そして議事進行はクラス委員の不肖・氷上と、同じくクラス委員の小野田くんで務めさせていただく。ではまず、黒板に書いてある競技で希望参加のものの横に自分の名前を書き込んでくれたまえ」

 がたがたがたっ

 クラスメイトたちが一斉に立ち上がって黒板に詰め寄った。
 がやがやと100mだ2人3脚だと相談したり牽制したりしながら、自分の名前を書き込んでいく。

 ……で、だからなんなんだ、この気合の入り方。

「なぁなぁ、ちゃんはどの競技に出るん?」

 机に伏して嵐が去るのを待とうと思ってたら、ひょこひょこやってきたクリスに声をかけられた。
 体を斜めに倒して私を覗き込んでる。

「出るわけないじゃん。メンドクサイ。体育祭は屋上で昼寝」
「えぇ〜、アカンやん。ちゃんめっちゃ足速いやろ? ポイントゲッターやで?」
「ヤダ。だいたいポイントってなに」
「あら、あなた知らないの?」

 今度は反対側に水島だ。
 口元に手を当てて、クリスと似たようなポーズをとって私を覗き込んでくる。

「3年生の体育祭は各クラス対抗なのよ? もちろん公式なものじゃないけど、はね学伝統の最終戦って言われてるのに」
「なんか賞品でもでんの?」
「与えられるのは名誉やで」
「はぁ? そんな食べれもしないもんいらない。やりたいヤツで盛り上がってればいいじゃん」

 だからか。授業も終わったってのに全員参加でLHRなんて。
 でも学校側からの強制じゃないなら、参加だって任意でいいはずだ。
 メンドクサイ。部活行って洗濯でもしよ。

 がたんと立ち上がって鞄を担いで教室を出……ようとしたところで。

 ざっ!

 今までみたこともないくらいの素早い動きで、前後の教室出入り口を固めるクラスメイト。

「ちょ、なに!」
「サボりは許さん! っ、お前に抜けられたらイタイんだっ!」
「そうだよっ、ちょい悪親父クラスはさんの弟くんが司令官だって言うじゃない! あのクラスに勝つには、ポイントゲッターを一人も逃がせないんだから!」
「馬鹿馬鹿しい。シンがどうしてようと、私に関係ないじゃん。そこどけっ」
「「「駄目だっ!!」」」

 あーもう、うっとーしー!!
 出入り口を死守するクラスメイトと対峙する私。
 どうやって出し抜いてくれよう。うう。

さん、さん」

 そこへ、いつもののんきな笑顔を浮かべた若先生がひょこひょこやってきた。
 こんな気の抜けた先生が最高指令って、その時点で負け確定じゃん、うちのクラス。

「どうか協力してください。3−Bの優勝には、志波くん、藤堂さん、佐伯くん、海野さん、そしてさんの5人がキーマンなんです」
「知るかっ」
「どうしてもだめですか?」
「やだっ」
「うーん」

 特に困ってる風でもない若先生が、顎に手をあてて首を傾げる。
 すると今度は、黒板前で1500のとこに名前を記入していた志波のもとに移動した。

 そしてぽそぽそと小声で密談。

「なっ!?」

 あ、志波が何事か驚いた。

「いい案だと思いませんか? さんは協力してくれるだろうし、何より志波くんにもいいことづくしです」
「どこがですか」
「他の子への牽制になると思いませんか?」
「…………」

 何の話してんだか。
 志波は思いっきり眉間に皺を寄せて悩んでる様子だったけど、やがてがっくりと肩を落とした。
 わー、と手を叩いて喜んでるのは若先生。
 私を含め、他のクラスメイトは一様にぽかんだ。

 すると、志波が苦虫噛み潰したような顔で、ゆっくりと口を開いた。

「……
「なに」
「一競技参加につき……10秒やる」

 なにっ!

 志波の言葉に私の目が光る。
 私はざっと黒板に書かれてる競技種目に目を通して。

「100と200と110ハードル出るっ」
「やや、一気に3種目エントリーですか」
「どないしたん、。大歓迎やけど、いきなりやる気見せよって」

 嬉々として黒板に私の名前を書いていく若先生の横で、はるひが首を傾げてる。
 それを無視して、私は鞄を自分の机に投げ置いて、教壇と教卓を踏み台にして一気に志波に飛びついた。

「合計30秒っ」
「誰が今ここでしていいって言った!?」

 あ、くそ。
 志波が寸でで逃げた。
 間合いを計りながら、じりじりと対峙する私と志波。

 まわりのクラスメイトは最初こそぽかんとしてたものの、やがてうおおと声を上げ始めた。

「そっかー! やっぱ志波とってそういう関係か!」
「なんとなくそうかなって思ってたけど、やっぱりそうだったんだね!」
「いーじゃん、志波ー。クールビューティの好きにさせてやれよー」
さんっ、男女混合リレーに出たら志波くんの15秒あげるよ!」
「800だったら20秒だっ」
「お前ら勝手に盛り上がるな!」

 やいのやいの。
 体育祭とは全く別方向に盛り上がるクラスメイトたち。

 しかし、この状況を氷上と小野田が黙ってみているはずもなく。

「静かにしたまえ! 今は重要な会議の時間だぞ! くんも、そういうことは後にしたまえっ」
「えー」
「えー、じゃないです。大体これから参加種目の人数調整をするんですから、まだ30秒と決まったわけじゃありません」
「う」

 氷上と小野田に言われて、仕方なく私は引き下がる。
 志波も心底ほっとしたように自分の席に戻っていった。
 ちぇ、けち。

「……こほん。じゃあ小野田くんと針谷くんと西本くん、3人でこのエントリーを元に各人の参加競技を割り振っていってみてくれ」
「よし、任せろ!」

 のしんとはるひが黒板前に再び出て、黒板の内容を紙に書き写した小野田も交えて3人で話し合いを始める。

「では僕たちは引き続き、当日の係りを決めたいと思う。さきほど言ったポイントゲッター5人以外の人で、当日補給部隊と敵情視察部隊にわけよう。補給部隊は廊下側、視察部隊は窓側、希望するほうにまずは分かれてみてくれないか」

 ……なんだ?
 がたがたともう一度クラスメイトが立ち上がったかと思えば、今度はクラスを2分していく。

さん、こっちこっち」

 頬杖ついてその様子を見ていたら、後から海野に呼ばれた。
 見ればそこには志波と藤堂と佐伯と海野が、後の座席にかたまっていて。
 私も呼ばれるがままそっちに行く。

「なにあれ」
「クラスで効率よくポイント稼げるように、役割分担しようって話になってるの。さん、HRもサボっちゃうから知らなかったでしょ?」
「全然知らなかった。でもなんなのあれ、仰々しい名前つけて」
「当日補給部隊ってのは、クラス全員の弁当を作る連中さ。参加競技ごとに、その競技に必要な能力を最大限出せるような食材を使って弁当を作り分けるらしいね」
「はぁあ? たかが学校行事でそこまで気合いれんの?」

 ニヤリと微笑んだ藤堂の説明に、私は呆れるしかない。
 つか、若先生……もしかして学年中からお祭好きを剪定してクラス割したんじゃないよね。

「じゃあ敵情視察って」
「有利な組み合わせになるように、エントリー直前まで他クラス動向を探る部隊だ」
「いくらオレたちが俊足って言っても、陸上部エースなんかとぶつかったらポイント勿体ないだろ?」
「……なんか佐伯がこんなことに積極参加ってすっごい意外」
「フッ、やるからには勝つ。それが……オレ流」

 髪を掻きあげながら、こちらもニヤリと含んだ笑みを浮かべる佐伯。
 本当に誰も止めるヤツいないんだ、このクラス。

「で、なんで私たちはお役目免除なわけ?」
「競技に純粋に集中するためだって。そのかわり、私たちは他の子より参加種目が多くなるはずだよ」
「強いて言うなら、当日までに体調を万全にしとくってことだね」
「ふーん」

 ここまで藤堂や佐伯のやる気をひきつける体育祭って。
 そんないいもんだったっけ? うちの体育祭。

 ……あ、体育祭と言えば。

「藤堂はまた応援団長やんの?」
「ああ、今朝天地から話持ちかけられた。アンタは女神、またやんのかい? 天地がまたお願いするって言ってたけど」
「やんない。メンドクサイ」
「えぇっ、やらないのさん? すっごく綺麗だったのに、去年の女神姿!」
「そうだよ、やれよ。祝福をうちのクラスにかけてくれたら、それだけで士気も高まるだろ?」

 うあ、なんだ佐伯まで。
 あきらかにおかしいって、今年の体育祭にかけるコイツらの熱意。

 口を結んで抗議してたら、3人は顔を見合わせて。

「「「女神やったら30秒」」」
「……オレを巻き込むな……」

 不機嫌極まりない志波の顔。
 志波はすっかり私を釣るための餌に格下げされたみたいだった。



 エントリー種目原案と、補給部隊・視察部隊の分担が決まったところで今日はお開きとなった。
 競技エントリーは本当に直前まで変更して調整していくみたいで、

「決まるまではナシだからな」
「うー」

 ざっくりと志波に言い切られて、私は欲求不満。
 図体でかいくせに器の小さいヤツ。

「なんか言ったか」
「べつにー」

 並んで陸上トラック端を歩いて、野球グラウンドへ。
 部活に遅れることはもう顧問に届け済み。
 私と志波は揃って野球部部室にたどりついた。

 その部室前に、きょろきょろと辺りを見回しているちっこい学ラン。
 天地だ。

「あっ、先輩! あぁっ、それに志波先輩も! 押忍っ、お疲れ様ですっ!」
「ああ」
「ん。何してんの天地」
先輩を探してたんです。体育祭の件で、お願いしたいことがあって!」
「あー……」

 あれか。藤堂が言ってたヤツ。

「先行ってるぞ」
「ん」

 志波はさっさと部室に入っていく。
 天地は、目をきらきらと輝かせながら私を見上げた。

「お願いっていうのは」
「藤堂から聞いてる。女神やれって言うんでしょ」
「そうなんです! 去年の女神姿とっても好評だったし、応援部でも満場一致で今年も先輩にお願いしたいって決まって」
「んー……」

 天地には悪いけど、正直メンドクサイ。
 去年のアレだってほとんど成り行き上だし。

 かといって。
 どんどん先に進んでく志波の背中ばっか見てるのもなんかムカツク。
 どうしよう。

「駄目ですか……?」

 一部の女子に好評ならしい、天地の仔犬が甘えてくるような目線。
 うー。

 そこへ、さっさと練習着に着替え終えた志波が出てきた。
 ちらっとこっちに視線を向ける。

「決めたのか」
「まだ」
「志波先輩からもお願いしてもらえませんか? 先輩の女神姿、素敵でしたよね!」
「あ? ああ……」

 天地に詰め寄られて志波も眉尻を下げて私を見る。
 言葉を選んでいるのか、小さく口を開けたまま黙ってる志波。
 ところが、急にしかめっ面になったかと思えば。

「やるな」
「「え?」」

 予想外の志波の言葉に、天地と私の声がハモる。

「え、あの志波先輩……」
「悪い、天地。オレはコイツを女神に薦めない」
「どうしてですか? 志波先輩も去年見たんですよね? そうだ、祝福を受けたクラスだったから目の前で見てるじゃないですか! あんなに素敵な女神姿だったのに」
「だからだ」

 ふぅ、と息を吐く志波。
 だからだ、って何が。

 私は眉を顰めるけど、天地は「あ」と何か思い当たったみたいだった。

「うわぁ、そっか……志波先輩って、そうだったのか……」
「ちょっと。当事者抜きでそこで話噛み合せるなっ」

 抗議の声を上げると、志波はさらにむっとした様子を見せた。

「……他人にあんな姿、見せなくていい」
「はぁ? それどういう意味? 他人じゃないヤツって誰」
「……さぁな」

 ふいっと顔をそむける志波。

 コ イ ツ 絶 対 人 を 馬 鹿 に し て る … … ! !

 くっそ、頭きたっ。

「天地、やる。女神やるから。応援部にそう言っとけっ」
「えぇ? あの、でも志波先輩は」
「志波なんか関係ないっ! やるったらやる!」
「はぁ、応援部としては嬉しいんですけど……」

 天地は志波を「いいんですか?」って目線で見上げる。
 なんでいちいち志波の許可を求めてんだか。

 当の志波は眉間の皺をさらに深くして、ほんのり頬を赤くして「……勝手にしろ」と言い捨てて野球グラウンドの方へと先に行ってしまった。

「ええっと……じゃあ先輩、本当にお願いしていいんですよね?」
「くどいっ」
「わ、わかりました! じゃあ近いうちに手芸部から衣装合わせの連絡行くと思いますから!」

 ギンッと睨みつけてやれば、天地もびくっと身をすくませてすたこらと校舎のほうへと走って戻っていった。

 くっそ、見てろ志波っ。
 絶対完璧な女神やって馬鹿にしたこと土下座させてやるっ!!

 私は体操着に着替えるために、乱暴に部室の扉を開けて入った。



「でもその前に女神確定の30秒っ」
「練習中だっ!」
「志波先輩っ、おとなしくしてくださいっ!」
先輩の機嫌損ねたら、また部室のロッカー総とっかえになりますっ!!」
「シンもが暴れだしたら止めろよな!」
「やだよオレ、夏の大会前に怪我したくねーし」

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