水樹が元気になったら、若先生も心入れ替えたしうまいこと説得してうまく行くだろうと思ってたら。
森林公園に水樹が来なくなった。
36.誰がために
「予想GUY」
「ダジャレてる場合か」
朝の森林公園噴水前。
頭をがしがし掻いてつぶやいたら、ソッコウで志波から突っ込みが来た。
水樹の体調は翌週には戻ったようで、学校には登校して来てたんだけど。
あきらかに様子がおかしかった。
まず、森林公園に走りに来なくなった。
それから藤堂の情報によると、屋上お弁当の会にも顔を出さなくなったらしい。
水樹と同じクラスの野球部マネージャーからは、ほとんどの友達としゃべらなくなってしまったとも聞いた。
その理由がなんとなくわかったのは2月末のこと。
森林公園になんで走りに来なくなったのか、志波が聞きに行ったらしくて。
でも水樹は、薄い作り笑顔を浮かべるだけで。
「もうやめたの。特に、理由はないよ」
それだけ告げられたって。
ちょうど同じ日に、海野から相談を持ちかけられた。
「セイちゃんね、瑛くんのこと名前で呼んでたのに、佐伯くんって呼び方戻したの。ねぇ、これってやっぱり」
「噂のせい、だね」
隣のクラスで合同授業を一緒に受けることもある私に、海野は水樹のことをくれぐれもよろしくと言って教室に戻っていった。
あーあーあー……。
若先生、なんだってよりにもよってあの噂を口に出しちゃったかなぁ。
なんてことをもう一度ねちねち若先生に言いに行ったら。
「……先生、やっぱり旅に」
「シメるよ若先生」
こっちはこっちでウザイくらいに落ち込んでるし。
あああもう。
私はもう一度がしがしと頭を掻いた。
「何はともあれ、水樹だ! 若先生に嫌われたって思い込んでるんだもん、その誤解解かなきゃ始まらない!」
「ガンバレ」
「……って何他人事みたいな顔してんの志波。少しは親身になってやれっ」
膝に肘ついて眠そうな顔で私を見てた志波が、私の言葉にすいと目を細めて不本意そうな表情を浮かべた。
「親身になってたらキレられた記憶がある」
「う」
そ、それを今言うか……。
「全ての事情を知ってるのはお前だろ。お前が水樹に説明してやればいいんじゃないのか」
「論理的に何かを説明するのって苦手。事実が歪曲して伝わっちゃう自信のほうが強い」
「……だな」
「納得するなっ。……だから水樹の方は志波に頼む」
「は?」
志波が目を見開いて顔を上げた。
「繊細な水樹を説得する自信はないけど、若先生を力でねじ伏せる自信はあるから」
「……ねじ伏せてどうする」
「大体若先生がいつまでもうじうじしてないで、水樹に話しかけりゃいいんだよ! それで丸く収まるのにっ」
「西本と和解できてないくせによく言う」
「う……うるさいなぁ……なんか今日の志波意地悪い」
「悪くもなる」
ふー、と息を吐いて志波は立ち上がった。
あんまりご機嫌よろしくない表情で私を見下ろして。
「今はオレとお前しかいないってのに……」
「は? ラジオ体操組のじーさまばーさまもいるよ」
「そこは勘定にいれるな。……まぁ、ダチの窮地だから仕方ないが……」
「なにぶつぶつ言ってんの」
不服そうに口の中で何事か不平を漏らしてる志波。
なんなんだか。
でもすぐにいつもの無表情に戻って、ぽす、と私の頭に手を乗せる。
「朝練の時間だ。じゃあな」
「ん。つか志波」
「なんだ」
頭に手を置かれたまま、私は志波を見上げた。
「今日ちょっと行動起こすから。水樹のフォローよろしく」
「……何する気だ?」
「黙秘」
「…………」
志波は私の考えを探ろうとしてるのか、しばらく訝しげに私を見つめていたけど。
やがて私の頭に乗せた手をおろして、無言で帰っていった。
さて。
私は大きく伸びをする。
2月も終わって3月。学年末テストも終わって、今日はテスト結果発表日だ。
前半クラスの若先生と後半クラスの水樹が順位表の前で顔を合わせる確立はかなり高い。
狙い目、だと思う。
私だって、策略練るのが苦手なこの頭でずっとずっと考えてきた。
臆病になってる水樹が若先生と話すには、もう多少強引にでもコトを運ぶしかないと思う。
覚悟しろ、若先生っ。
私はぐっと拳を握って気合を入れて、自宅へと走って戻った。
そして、学校。
朝から廊下の掲示板前は、張り出された順位表を見ようと大勢が群がっていた。
朝食の支度も何もかも放り出して、遅刻せずに登校した私。
順位表の前には……いた、若先生。
バレンタインデーを境にいつもの天然ボケボケ教師に戻った若先生が、前のように自分のクラスの子に声をかけてる。
「海野さん」
「若王子先生!」
「ついに10番台に載りましたね?」
「はい! がんばりました!」
「うん、先生も嬉しい。海野さんなら、きっともっと上を狙えます」
「はいっ」
にこにこと嬉しそうな笑顔を浮かべてる海野に、こっちも嬉しそうに微笑んでる若先生。
海野の隣には、はるひ。
「西本さんは、えーと、前回よりはいいですね?」
「もう若ちゃん、別に無理して褒めんでもええよ……」
「やや、ばれちゃいましたか」
「そこは白状するとこちゃうやろ!」
はるひ、楽しそうだな。
私もまたはるひとあんな風にしゃべれるかな。
「」
「ん?」
志波がやってきた。朝練を終えたところなんだろう。シンも一緒にいる。
「水樹が来てる」
「え?」
こそっと耳打ちされて、若先生のいるところとは反対側に目をやると。
いた、水樹。
順位表を見上げて……るんじゃない。
水樹、若先生を見てる。
あ、若先生も水樹に気づいた。
よしっ、今だ話しかけろ!
「あ」
でも、だめだった。
水樹に気づいた若先生はぱっと顔をほころばせたんだけど。
視線があったのか、水樹は慌てた様子で踵を返して教室の方に戻って行く。
あーあー。若先生の落胆した顔。
「なぁ若ちゃん、もしかしてセイとなんかあったんちゃうの?」
「若王子先生……」
「や、なんでもありません。クラスが離れてしまってますから、ちょっと疎遠になっちゃいましたね」
ははは、と笑顔を浮かべる若先生。
のんきな笑顔にムカついた。
作戦決行、決定だ。
「志波、水樹呼び戻してきて」
「あ? ……どうする気だ」
「きっかけ作るから。すぐ呼んできて」
「……わかった」
真剣な顔して志波を見上げる。
志波は一瞬返答を迷ったみたいだけど、大きく頷いてくれた。
そのまま水樹を追いかけて廊下の奥へと歩いてく。
さて。あとは私が。
「おい」
若先生の方へ行こうと思ったら、シンに呼び止められる。
振り向けば、シンは呆れた顔して私を見てた。
「オレは全っ然事情知らねぇから口挟めねぇけど」
「なに」
「お前が誰かのために何かしてんのって、結構新鮮なカンジ。多分お前がこれからやろうとしてることよりうまい方法、いくらでもあんだろーけど」
「……」
頭の回転が速くて要領よく器用に生きてるシンは、それでもいたずらっぽく拳をつきつけてきた。
「がんばれ姉。人生レベル小学生っ」
「うるさいっ!」
なんなんだ一体っ。
私はシンに憤慨しながらも、ずかずかと足音荒く若先生に近づいていった。
「あ、さん、おはようっ」
「おはよ海野」
一番最初に私に気づいたのは海野だ。
ちょっと挙動不審な様子で私に挨拶して、ちらっとはるひを見てる。
はるひは、少し気まずそうに視線をそらしてた。
「や、おはようさん。さんはいつもどおりの定位置ですね?」
「テスト順位なんかどーでもいい」
若先生は私にも、いつもどおりの笑顔を向けてきた。
でもその挨拶を無視して。
私は若先生の目の前に詰め寄った。
「やや、なんでしょう?」
「水樹の誤解解いて、仲直りしたいんでしょ」
「……さん」
ほんの一瞬だけ、若先生は大人の顔になった。
よし、肯定とみなす。
私はくるっと海野とはるひを振り返った。
水樹の姿はまだないけど、すぐに来るだろう。
……順位表の近くには、教頭の姿もあった。
ちょうどいい。
「海野、……はるひ。水樹のフォローよろしく」
「え?」
「な……なんなん?」
海野とはるひの問いかけを無視して、私はもう一度若先生を振り返った。
きょとんとした顔で私を見下ろす若先生。
「若先生、水樹と仲直りしたかったら、歯ぁくいしばって」
「え」
返事は待たずに。
ガツッ!!
目を見開いた若先生の横ッ面に、私は渾身の力をこめて拳を叩きつけた。
ダン!!
突然のことにまるきり受身態勢を整えてなかった若先生は、派手な音をたてて壁に叩きつけられる。
私はそのまま若先生の胸倉を掴んで、若先生を壁に押し付けた。
「さんっ!?」
「!? アンタ、何しとんの!?」
大きな物音と海野、はるひの悲鳴にその場が一瞬凍りつく。
私は若先生の胸倉を掴みあげたまま。
「な、さ」
「うるさいよ若先生っ……ったく、男のくせにうじうじとっ」
まわりには聞こえないように小さな声で。
若先生の唇は端を切ったのか、血がにじんでる。……ちょっと、強すぎた、かも。
でも、目を丸くしながらも若先生は一切抵抗してこなかった。
「なっ、、お前なにやってんだ!?」
のしんの声がする。
それが引き金になったのか、その場にいた全員が一斉に騒ぎ出した。
「いつまでぐだぐだしてんの!? 私、悪いけど若先生より水樹のほうが大事だよ。友達だもん」
「さ、ん」
「……ごめん。頭悪いから、こういうきっかけ作りしか思いつかなかった。若先生が傷つけば、水樹も心配するんじゃないかって」
若先生の目が大きく見開かれた。
これが、私がさんざん考え抜いた上に出した結論だった。
きっと、水樹がこれを見れば若先生を心配する。
声をかけたいって思ったら、海野やはるひが水樹の背中を押してくれるはずだ。
「やめんか、! お前、何をしてるかわかってるのか!? 手を離しなさい!」
「さんやめて! どうしたの!?」
「、ヤメロって!!」
教頭とのしんが私の手を振り払おうとやってきた。
それを拒むように、私はさらに手に力を入れる。
そこへ。
「先生っ!」
待ち望んだ声。
「先生を放して! さん、お願いだからっ!」
「水樹」
ほら。やっぱり来た。
ほっとしてほころびそうになる口元を必死で結びながら、私は若先生を突き飛ばすように解放した。
「先生っ!」
「若サマぁ!」
ごほごほ咳き込んでる若先生に、2−Bの生徒やファンの子が駆け寄って手を差し伸べている。
「や、大丈夫……ごほっ、大丈夫です。みなさん、教室にもどってください。もうチャイムは鳴ってますよ」
海野や他の女子に支えられながらも、若先生はみんなに笑顔を見せる。
そして、水樹にも。
「全員教室に戻りなさい! 早く!」
教頭が怒鳴る。
みんなは渋々、そしてひそひそと話し合いながら教室に戻っていく。
作戦成功。……多分。
「っ、お前はこっちだ! 来なさい! 若王子先生も」
「はいはい」
私はじんじんと鈍い痛みを持ち始めた右手の甲をさすりながら返事した。
若先生は口元をぬぐいながら立ち上がり、私を見た。
肩をすくめて返事する。
「」
呼ばれて振り返った。
そこには泣きそうな顔した水樹と、眉間に皺を寄せた志波。……少し離れて、はるひとのしんと海野。
「馬鹿か……言えばオレが」
「野球部巻き込むわけいかないじゃん。あと、頼んだよ」
「……わかった」
志波は大きく頷いた。
何か言いかけた水樹の肩を掴んで、教室のほうへと引っ張っていく。
これでいい。
私は再度教頭に呼ばれて、恐怖の生徒指導室へと足を運んだ。
連行された生徒指導室には、私と若先生が並んで立ち、対面に教頭と担任のちょい悪親父が座っていた。
……さて、ここからは何も考えてなかったんだけど。
どう言い訳しよう。
座らせても貰えず、私は視線を泳がせたまま立っていた。
すると、教頭が大きく鼻から息を吐いた。
「、教師を殴るなど言語道断だ。しかし、まずは理由を話しなさい。どうして若王子先生を殴ったんだ」
「……言えない」
「」
「言えない。友達の名誉がかかってる」
っていうのはちょっと大げさだけど。
でも、教頭は私の返答に目を剥いた。
そして、ぎぎぃと若先生のほうをゆっくりと見る。
「若王子くん……まさか君、女生徒に、まさか、まさかとは思うが、破廉恥な真似をしたわけではないでしょうな!?」
「……は?」
目を丸くする若先生。
あ、そっか。友達の名誉、なんて含んだ言い方するとこういう捉えられかたするのか。
しかも殴った相手が若先生だもんなー。
教頭、全然若先生のこと信用してないの。うわー、笑える。
「や、あの、そんなことは……」
若先生は少しうろたえながら、ちらりと私を見た。
いやまぁ、破廉恥かどーかは別として、水樹に下心ありなのは事実なんだろうけど。
否定しろっ!!
私はキラー視線で訴えた。
「全くありません」
「そうか……うむ、いくら若王子くんでも、さすがにそれはな」
ほっと息をつく教頭。まずい、笑える。
「ふむ。なぁ」
今度はちょい悪親父だ。
「友達を思っての行動なんだとしたらきっとそれは心がけとしては正しいんだろうけどな。暴力って手段に訴えるのは安直すぎたな? 特にここは学校だ。教師だろうと生徒だろうと、暴力だけはどんな理由があっても許されないところだ」
「……うん」
「返事は『はい』だ」
「……ハイ」
「よしよし。わかってはいるみたいだな? それで、理由はどうしても言えないのか?」
う。
教頭とちょい悪の視線が痛い。
無言でいると、教頭が若先生を促した。
「若王子先生も、殴られる理由に心当たりはないのかね」
「すいません。彼女の、友達を思う気持ちを尊重したいと思います。教師として、正しい選択かどうかわかりませんが」
困ったように微笑む若先生に、教頭は苦虫噛み潰したような渋面になる。
「若王子くん、。君たちの問題解決に学校という場所を巻き込むんじゃない」
あ、ばればれだ。
さすが教頭。伊達に長いこと教師してないか。
「しかし大勢の目の前で行われたことだ。処分を下さなくては収拾がつかん。わかるな、」
「うん」
「返事は」
「ハイ」
「よろしい。……坪内先生、よろしいですな」
「仕方ありませんねぇ」
ちょい悪もひょいと肩をすくめた。
教頭はもう一度鼻から大きく息を吐いて、疲れた表情で私を見た。
「校則に則って、は今週1週間停学だ。自宅で反省文を書いてきなさい。以上だ」
「はぁい」
「やや、教頭先生。僕は」
「……若王子くんはすぐに教室に戻って授業をしたまえ」
「しかし、さんだけ処分されて、僕にお咎めなしっていうのは……」
若先生は顔をしかめる。
私はその若先生の肩をぱしぱしと叩いた。
「いいじゃん。私が一方的に殴ったんだし、若先生は被害者ってことで」
「でもさん」
「私は停学で済むけど、教師の方に問題があった場合は停学どころじゃすまなくなるんでしょ」
ねぇ、とちょい悪を振り向けば、うんうんと頷く。
「だから気にすることないって、若先生。そのかわり……わかってるね」
ギンッと睨みつければ、若先生は両手をあげてこくこくと激しく何度も首を縦に振った。
……よし、一件落着だ。
「全くこの問題児コンビは……」
「まぁまぁ教頭先生。悪質な生徒が学級崩壊させることを思えば可愛いものでしょう」
生徒指導室を出る間際、頭を抱えて長机につっぷした教頭を、ちょい悪がいつものにやにや笑いを浮かべながら慰めてるのが目に入った。
若先生と廊下に出る。
もう授業も始まってる時間だったから、あたりは静まり返っていた。
「さん」
教室に戻ろうとした私を、若先生が呼び止めた。
振り向けば、若先生はものすごく情けない顔をして笑ってた。
「ありがとう」
「……別に。痛かった?」
「痛かったです。でも、さんも痛かったでしょう?」
「うん。ちょっとまだヒリヒリしてる」
右手をぷらぷらと振って見せると、若先生は泣きそうな顔になって唇を噛み締めた。
「本当にありがとう。あとで水樹さんと志波くんに怒られておきます」
「ん。まぁ、これで水樹が動いてくれればいいんだけど」
「水樹さんが動かなかった時は、今度こそ先生が動きます。可愛い教え子を停学に追いやってまで作ってもらったチャンスですから」
「そっか」
私はにっと笑顔を見せた。
大丈夫。
これで、きっと元通りだ。
「じゃあ若先生、私帰るよ」
「うん。さん、気をつけて」
「ほっぺた冷やしときなよ? 若サマのお顔が腫れてる〜なんて盛り上がったら、また水樹拗ねるかもしれないし」
「やや、気をつけます」
若先生に手を振って、私は教室に戻った。
1時間目は社会の選択科目で移動教室。クラスメイトは誰もいないはずだから、目立たずに帰れるだろう。
と思ったら。
「……志波? 何してんの」
たったひとり、志波が自分の席に座ってぼーっと黒板を眺めてた。
私の声に振り返り、器用に片眉だけ上げてみせる。
「どうなった」
「今日から停学1週間。家で寝てるよ」
「そうか……」
席に戻って鞄に授業道具を詰める。
鞄を担いで立ち上がり、志波のもとへ。
「水樹だけど、どうなった?」
「針谷と西本が動いた。今日、オレも一緒に水樹の家に行ってくる」
「そっか。やっぱはるひとのしんが動いたか」
友達思いといえばはるひとのしんのカップルの横に出るものはない。
あの二人なら、水樹の背中をきっと押してくれる。
「」
志波が立ち上がる。
そして、おもむろに。
「わ」
首に腕を回されたかと思ったら、抱き寄せられた。
額を志波の肩に押し当てられる。
「無茶しやがって」
「だ、だってあれしか思いつかなくて」
「シンも笑ってた。お前らしいって」
シンが。
そっか。笑ってたか。怒られるかと思ったけど、そっか。
……っていうか。
志波、何してんの?
「しば」
「なんだ」
「いやあの、帰ろうかな、って……」
「そうか」
解放される。
あ、なんかちょっと惜しい気もする。
志波はぽふぽふと私の頭を撫でた。
「気をつけろよ」
「ん。志波はこのあとどうすんの?」
「このままサボって、2時間目から、だな」
「ふーん? じゃ、また来週ね」
「……ああ」
再び机に座って寝る態勢に入った志波に手を振って。
私ははね学を後にした。
しかし本当の恐怖は帰宅後。
玄関に仁王立ちして待っていたのは、恐怖の大王ならぬ、親父。
しまった!! 今日は家にいたんだった!!!
「。教頭先生から電話貰った。お前、教師殴ったってのは本当か?」
「あうあう……そ、それには深いわけが」
「本 当 か ?」
「ほ……本当です……」
ひぃ。
玄関先で蛇に睨まれた蛙よろしく、動けなくなる私。
額に青筋うかべてる親父の足元には、のんきに若貴がじゃれついてたりもするんだけど。
「で、停学くらったのも本当なんだな」
「う……」
「ど う な ん だ」
「その通りですっ!!」
「……」
ふー、と息を吐く親父。
そして。
ゴッ!!!
「だぁっ!!」
親父の鉄拳が私の脳天に落ちた!
い、い、痛すぎるってぇ!!
「それで勘弁してやる。先生から話は聞いた。お前はもう少し賢く生きる勉強しろ」
「ううう……」
「問題解決のためにまわりに迷惑かけるのはガキのすることだ。シンみてぇに要領よく生きろとは言わねぇが」
「……」
「お前はもう少し、自分を守るやり方覚えろ。自己犠牲の精神てぇのはオレは好きだが馬鹿見るほうが多い」
「だって」
「親の言うこと聞いとけ。オレに似るな」
愛想もクソもなく言い放って、親父は若貴の首根っこをつまみあげてリビングに戻っていった。
そういや親父も若い頃、いろいろやんちゃしてたとか言ってたっけ。
オレに似るな、って久しぶりに聞いたフレーズだ。
お母さんに似てくれ、頼むから、って。日本に戻ってからよく言われた台詞だった。
私は親父の義理と人情に厚いとこ好きなんだけどな。
……などと考えながら、私は部屋に戻った。
制服を着替えて部屋着を着て、ベッドに寝転がる。
私はまだ熱を持ってる右手の甲を押さえながら、目を閉じた。
志波と、のしんと、はるひ。あとはこの3人頼みだ。
どうかうまくいきますように。
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