今年も私のクラスは喫茶店だ。
朝一の当番を終えて、私は早々に解放された。
31.2年目:文化祭当日
とはいえ、今日はひさしぶりに気分がいい。
なぜなら。
「おーう、。ちゃんと当番サボらずにやってたかー?」
「元春にいちゃんっ」
他校生や外部の人間も行きかう正面玄関をうろうろして待ってたのは、今日来るって言ってた元春にいちゃんを待つため。
軽く手を挙げてスリッパをはいてやってきた元春にいちゃんに、いつものようにダイビング!
「お前の甘え癖も相変わらずだな……。ちゃんと大人になんねーと、社会に出て苦労するぞ?」
「多分社会出れないよ、私」
「いきなりあきらめんな」
ぽす
なんだろうな。
元春にいちゃんには頭叩かれたって全然ムカついたりしないのに。
他の生徒が唖然として私を見る中、私は元春にいちゃんの腕にぶらさがりながら校内を歩き出した。
「なんか懐かしいな。まだ卒業して2年しか立ってねーのに」
「元春にいちゃん2年とき何組だったの?」
「あーと、B組だった。そういや若王子のクラスは何やってんだ?」
「覗いてみる? ディスコだって言ってたけど」
「……すっげー若王子っぽい……」
ははっと乾いた笑いを浮かべる元春にいちゃん。
若先生、昔っからあんなんなんだ。
その2−Bの前までくれば、話題の若先生が客引きしてた。
「お嬢さん、踊ろうぜー?」
ぶっっ
私と元春にいちゃんは同時に吹いた。
「やや? ……や、さん。それに真咲くん、おひさしぶりです」
「あ、あいかわらずだな若王子……」
「若先生、センスなさすぎ……」
「あ、カチン。そんなこと言うならダンスで勝負しますか?」
「やめとけやめとけ。歌と踊りでに敵うわけねーって」
元春にいちゃんが手を振って遮ると、若先生はきょとんとして私と元春にいちゃんの顔を交互に見比べた。
「そういえばさんと真咲くん、知り合いなんですか?」
「あーオレと、従兄弟同士なんだよ。ウチのがいつもお世話になってます、ってか?」
「やや、そうだったんですか! それはびっくりです」
「元春にいちゃん、世話してんの私のほうだから」
若先生の世話になった覚えなんか一度もないってば。
ところが私は、またまた元春にいちゃんにぽこんと頭を叩かれる。
「こら。先生に対してあんま変な口の利き方すんな」
「元春にいちゃんだってタメ口のくせに……」
「オレは卒業したからいーの」
「在学中から真咲くんはタメ口だったじゃないですか……」
「あ、若王子っ、こういうときは兄貴の顔立てさせろっつーの!」
ぷ。
はは、元春にいちゃん、若先生ごときに揚げ足取られてんの!
声を殺してくつくつ笑ってたら、気づいたら元春にいちゃんと若先生の二人に見下ろされていた。
「なに?」
「さん、学校で笑顔見せるの久しぶりだね?」
「……そうかも」
「なんかオレには信じられねーんだけどな。コイツが学校じゃクールビューティなんて言われてんの。甘ったれでくっつき虫のが」
「やや、先生それ知ってます! ツンデレですね、さん!」
「妙なレッテル貼るな若先生っ!」
「水樹さんは最近ツンツンなんですけど」
首を傾げる若先生。
私は、っていうかなぜか元春にいちゃんも若先生に近づいた。
「若先生、まだ水樹と話してないの?」
「そうなんです。先生も客引きがあるのでなかなかクラスを離れられなくて」
「つか若王子。お前本当にセイに手ぇ出してんじゃねーだろーな?」
「人聞きの悪い。先生は水樹さんのお兄さんですよ?」
「若年寄のくせにおにーさんって図々しい」
「……さんひどいです……」
その後はちょこちょこ他愛ない世間話を若先生と元春にいちゃんがしてたけど。
元春にいちゃんは腕時計を見て。
「お、もうこんな時間か。、なんか食いに行くか? おごるぞ」
「やったっ! 行く行く!」
「つーわけで若王子、またな」
「じゃあね、若先生」
「はいはいっ。真咲くんもさんも、文化祭楽しんでくださいね」
若先生に向かって軽く手を挙げて挨拶して、私と元春にいちゃんは2階の廊下を歩き出した。
「そういやシンはどうしてんだ?」
「彼女とデートしてんじゃないの?」
「お、修学旅行で出来たって彼女か! は知ってんのか?」
「うん。野球部のマネージャー。可愛いよ、愛想いいしよく気がつくし。私と違って」
「なんだ、随分自虐的だな」
ぽんと私の頭に手を置いて、わしゃわしゃと頭を撫でてくれる元春にいちゃん。
「思ったことすぐ口にするのは悪いクセだけどな、お前は本当は素直で純粋なだけだ。考え方が子供のままだから、感情が溢れて持て余しちまうだけなんだろうし」
「??? そうかな?」
「にいちゃんの言うことが信じられないか?」
「まさか!」
ぎぅ。
「だからお前くらいの年頃の娘が、人前で男に抱きつくのはヤメナサイ」
「やーだー。いいじゃん、こんなこと元春にいちゃんにしかしないんだし」
「ふーん? 勝己にはしねーのかぁ?」
「へ?」
元春にいちゃんの背中から腰に腕を回して、力いっぱい抱きついてた私だけど。
にやりと笑いながら見下ろす元春にいちゃんに、きょとんとして腕をゆるめる。
「なんで志波?」
「シンから聞いたぞー。勝己のこと好きなんだってな?」
「ああ……。うん」
「……ほんとには妙なトコ素直だな……。噂をすれば、勝己じゃねーか。ははっ、案外似合うな! アイツのウエイタースタイル!」
え。
元春にいちゃんが見てる先を私も見る。
そこは2−Iのクラス。入り口に大勢群がってる他校生の女の子たち。
その中心に、黒のウエストコートと赤い蝶ネクタイを締めた志波がいた。
「あの、ここのウェイターさんですか?」
「入ったら、あなたが給仕してくれるんですか??」
「いや……そういうわけじゃ」
あきらかに困ってる。
そういうわけじゃ、って。今当番時間のくせになに言ってんだ志波。
「あーあー、見てらんねぇな。少しくらい愛想振りまけばいいのに」
「ほんと。おもしろいからもう少し見てる」
「そこは助けてやるって言うとこだろ……お?」
腕を組んでおもしろがって見てた元春にいちゃんが声を上げる。
水樹だ。
「志波くん、先生が呼んでたよ」
「わかった。すぐ行く」
「「ええ〜っ」」
女子の非難の声を無視して、志波は人だかりを掻き分けて水樹の方へと。
そのまま二人は階段の方へ消えてしまう。
「さっすがセイ。アイツはほんと気が利くな〜」
元春にいちゃんの言葉がちくんと突き刺さる。
何も返せず、私は志波と水樹が消えた方を見つめていた。
「行くぞ」
「あ、うん」
元春にいちゃんが私の右腕を掴んで引っ張る。
ぐいぐいと。
「ちょ、元春にいちゃん」
2−Iの喫茶店前も通り過ぎて、元春にいちゃんはそのまま階段のほうへずんずんと歩いていく。
なにがなにやら。
私は引きずられるように元春にいちゃんについていって。
階段の上、踊り場では志波と水樹が楽しそうに話していた。
うげ、あの横通るの?
と思ったら!
「よぉ、セイ、勝己。青春してっかぁ?」
「え? あ、真咲先輩! こんにちはっ。文化祭来てたんですね!」
なんとなんと元春にいちゃん、二人に声をかけちゃうし!
水樹はぱっと振り返って、いつもの明るい笑顔を元春にいちゃんに向けて。
志波は。
視線だけめんどくさそうにこっちに向けて。
でもその視界に私も見つけたのか、目を見開いてこっちに向き直った。
う。
「元春にいちゃん、用事思い出した。私、もう行く」
怖くなって右腕を掴んでる元春にいちゃんの手を振り解こうとして。
でも、元春にいちゃんは掴んでる手をぐっと力を込めて離さなかった。
そして、困った笑顔を浮かべて私を見下ろす。
「悪ィな、。実はシンに頼まれててな」
「なにを」
「勝己、ちゃんとと話しろ。お前らすれ違いもいいとこだぞ?」
な。
私は驚いて元春にいちゃんを見上げた。
志波と話? いまさら? なにを?
「……真咲、悪ィ」
「お前に感謝される日がくるとはなー。ほら、」
志波がポケットに手をつっこんだまま、ゆっくり歩いてくる。
「やだ!」
「こら。耳塞いでないで話するんだ。お前の悪いクセだぞ、そうやって自分から壁作るの」
ぶんぶんと頭を振って拒否する。
しかし、水樹までもがちょこちょこと私に寄ってきて、私の顔を心配そうな表情をして見上げてきた。
「さん、志波くんの話聞いてあげて? 志波くん、ずっと後悔してるんだよ」
なぜか。
本当になぜか。
水樹の言葉を聞いた瞬間、カッと私の頭に血が上った。
元春にいちゃんの腕をふりほどいて、私は。
「っきゃ」
「水樹!」
「セイ!? 大丈夫か!?」
ドンッと、思い切り水樹の肩を突き飛ばしていた。
小柄で華奢な水樹は2,3歩後へよろめいて、でも素早く志波が支えたから転ぶことはなかった。
「あ……?」
自分のとった行動が信じられなくて、今水樹の肩を突いた右手を見る。
「っ! お前、何してんだ!?」
怒り半分驚き半分、元春にいちゃんが声を荒げる。
「だ、大丈夫です、真咲先輩。大きな声出さないで……」
水樹はというとこちらは怒ることもなく、半ば呆然と目をぱちぱちさせていた。
そして志波は。
黙って、眉間に皺を寄せて私を見た。
いやだ、もう。
私は逃げ出した。
階段を駆け上がって、3階の廊下を走りぬける。
文化祭を楽しんでる学生や外部の人間にぶつかりながら走って、廊下の端まで来た頃、私は足を緩めた。
ところが!
「!」
うげっ!
振り向けば、私を追っかけてくる志波が。
……ってちょっと待てっ!!
緩めかけた足をもう一度速める。
反対側の階段を私は駆け下りた。
「おい、待て!」
「やだ!」
1階までかけおりて、1年の模擬店が並ぶ廊下へ。
まずい。
純粋な追いかけっこなら、志波のほうが足が速い。
何か、追っ手を撒けるものっ……
「1−Cお化け屋敷! あなたは泣かずに出てこられるか!?」
「ここだっ!!」
「あ、ちょ、ちょっと先輩っ、順番守ってください!」
うるさいっ、そんなヒマあるか!
私は、ちょうど呼び込みをしていたお化け屋敷の中に順番待ちの列を無視して飛び込んだ。
中は暗幕で覆われていて薄暗い。
机を組み立てて迷路状にしてるんだろうな。
えーと。
「うらめしや〜」
「うらめしいのはこっちだっ!!」
行く手を遮る仮装した後輩に啖呵を切りまくって、あっち行ってこっち行って、ようやくゴール!
よしっ、この程度の迷路でも時間稼ぎにはなるだろう。
私はゴールである教室のドアをガラッと開けて。
目の前に志波がいた。
「…………」
「お前……入り口から入って馬鹿正直に出口から出てきてどうすんだ……」
あきれ果てた表情の志波。
うあ、私としたことが。
……じゃないっ!
私は慌てて踵を返してお化け屋敷内に戻り、窓まで直進してそこから飛び出した!
「おい!?」
もちろん志波も追いかけてくる。
「ついてくるなぁっ!」
「っ、話を聞けって言ってるんだ!」
私はそのまま中庭を暴走。
中庭には運動部の有志が集まって小さな屋台が開かれてるんだけど、それがもう邪魔ったらない!
たこ焼きやら焼きそばやらお好み焼きやら。
……そういえばお腹すいてきた。
「あ、先輩っ。野球部1年有志の串焼き食いませんか!?」
「食べるっ! お代は後の志波から貰って!」
「ちょっと待てっ!!!」
志波の抗議なんか聞く耳持つかっ。
私は通り過ぎザマに、声をかけてくれた野球部屋台から串焼き3本かすめとる。
ぱくっと一口。あ、おいしい。
「志波先輩っ、食い逃げ駄目っすよー」
「そうですよー。さっき主将にも食い逃げされたんすから」
「なんでオレがあの姉弟の飯代払わなきゃなんねぇんだっ!」
後で志波が後輩にたかられてる声が聞こえる。
グッジョブ野球部!
私は串焼きをほおばりながら中庭を走り抜けて、グラウンドに出た。
えーと、どこか逃げ込むところっ……。
「あれぇ? ちゃん、何しとん?」
「クリス? ……ちょうどよかったっ、匿って!」
「なんやようわからへんけど、ええよ?」
グラウンド脇の土手できょろきょろしてたら、校舎側のドアが開いてクリスが出てきた。
……あ、ここ美術室の裏手か。
クリスは小首を傾げながらも私を美術室の中に招き入れてくれた。
「はぁ」
「なんやお疲れちゃ〜んやね? どないしたん?」
「狂犬に追っかけられた」
「ほんま? 学校で? 怖いな〜」
油絵の具の匂いがただよう美術室に通されて、私は近くの椅子に座った。
美術室の中には客が入っていて、人魚のオブジェに見入ってる。
「あれ美術部の?」
「うん。今年は共同制作で灯台に伝わる人魚伝説を元にオブジェ作ったんよ。どう?」
「人魚のオブジェか。おっきなもん作ったね」
彫刻を見るのは久しぶりかも。
そういえば、日本に戻ってからは美術館なんて行ったことないな。
海外ではひまさえあれば行ってたのに。
「あ、そういえばこのあと密ちゃんの演奏あるんよ。ちゃん、今年も聞きにいかへん?」
「絶対ヤダ。……水島には悪いけど、生演奏はもういいよ」
「そうなん? 残念やわ〜……と、ちゃん、ちょっとごめんな?」
文化祭に向けてがんばってきただろう水島にはほんと悪いけど。
またあんなみじめな思いはしたくないし。
クリスは携帯に電話がかかってきたようで、美術室を出て行った。
一人になって、私は自分の右手を見下ろした。
動かない左腕のかわりに働く右手。
でもこの手で、さっき水樹に乱暴なことをした。
なんであんなことしちゃったんだろう。……水樹に謝らないと。
うあ、水樹に暴力振るったなんて若先生にバレたら、怒られるじゃすまないよーな……。
「ちゃん、お待たせ〜」
はぁ、とため息ついたらクリスが戻ってきた。
パチンと携帯を閉じて、にっこり笑う。
「ちゃん、志波くん探しとったんやね? 今志波くんから連絡来たから、美術室におるよって言っ」
「馬鹿クリスーっ!! 余計なことすんなーっ!!」
私は美術室を飛び出した!
志波が来る前に校舎に戻ってどっか逃げないと!
ところが。
校舎端の美術室から校舎に戻る廊下の角を曲がったら、目の前に、志波!!
「うにゃあああっ!?」
「あ、おいっ!」
腕を伸ばしてくる志波をかろうじて避けて、私は美術室方向へ逆戻り!
この先は、普段は使われない木造の旧部室棟だ。
私は全速力で逃げた!!
旧部室棟は鉄骨プレハブの現在の部室棟が出来てからは、各部活の物置と化している。
あちこちにボールやらラケットやらスケッチブックやらが転がっていて、まぁ志波を足止めするにはちょうどよかった。
私は旧部室棟の中を逃げ回って、最奥の演劇部の衣装庫に飛び込んだ。
ドレスやスーツや着ぐるみなどたくさんの衣装の中にもぐりこんで自分を隠す。
はぁぁぁ……今日は文化祭終わるまでここで隠れてようかな……。
「っ、どこだ!」
志波の声が聞こえてきて私は息を潜める。
衣装庫の前まで来てるみたいだ。
でも私は既に衣装庫の最奥、数多あるラックの一番奥でしゃがんで身を隠してる。
がさがさと衣装を除けて志波も探してるみたいだけど、そうそう見つからないだろう。
案の定、しばらくして志波の気配は遠のいた。
はぁ。漏れないように小さくため息をつく。
なんなんだ志波……。
なんで追っかけてくんの? 私のことはもう愛想つかしたくせに。
……って、さっきの水樹への仕打ちを怒りに来たに決まってるか……。
シンも元春にいちゃんも余計なことして。
志波が私に話なんかあるわけないじゃん。ったく。
私は床に手をついて、腰を下ろした。
いいや、文化祭終わるまでここで寝てよう。今日は屋上も危険だ。
ふぁぁ。
と、そのときだった。
床についた私の手の甲に、なにかむずかゆい感触が走った。
「ん?」
見下ろしてみれば、そこには。
2本の触覚が憎らしい、黒光りする人類の敵が!!
「っ」
私は瞬時に石のように固まり、そして。
「きゃあああああああっ!!!」
思いっきり手を振り払ってソイツを振り落とした!!
そしてラックにあちこちぶつかりながら、衣装を掻き分けて衣装庫から這い出る!
衣装踏んづけたとかラックが将棋倒しになったとか、気にしてらんない。
私は涙目になりながら、必死に衣装庫から飛び出した。
そこには、志波がいた。
待ち伏せしてたのかもしれない。
でも、さすがに私の悲鳴と形相には驚いてるみたいだった。
バランス崩しながら必死の思いで衣装庫を飛び出した私を両手で支える、志波。
「…………どうし」
「ゴキブリっっ!!!」
私は左手をぶんぶんと振った。
「ゴキ、ゴキブリ、手に、乗ったっ!!」
「…………」
「うぅ〜っ」
その感触がまだ手に残ってる。
志波がぽかんとしてる中、私は早くその感触を取り去りたくてぶんぶんと左手を振り続け、そしてずるずると床に座り込んだ。
うううウカツ……こんな木造建築の湿っぽいトコ、ヤツがいないわけなかったんだっ。
すると、志波が私の左手を掴んだ。
そして、自分の制服の袖口で私の左てのひらをごしごしとこする。
「……」
「これでいいか」
今度は私がぽかんとする番だった。
もしかして今、ヤツの跡を拭いてくれた?
……乗っかったの、手の甲なんだけど。
「志波」
「……もう大丈夫だ」
久しぶりにまともに見る志波の目。
相変わらず、吸い込まれそうに深い色。
指の背で、私の左頬を撫でる。
熱い。
っ。
私は弾かれたように立ち上がって、また走って逃げた。
志波は、もう追ってこなかった。
「元春にいちゃんっ」
校舎に戻って教室の前まで走っていったら、元春にいちゃんとシンがいた。
「おう。ちゃんと勝己と話したか?」
「ほんとお前ら不器用にもほどがあるだろ……優しい弟に感謝しろっ」
私は迷わず元春にいちゃんに抱きついた。
「っだぁ! こらっ、だからお前人前で」
「かっちゃんに会わせて!」
私は元春にいちゃんの胸に顔をうずめたまま、悲鳴に近い声を出した。
「……は?」
間の抜けた返答は予想済みだけど。
私は元春にいちゃんを見上げて必死で訴えた。
「かっちゃんに会わせてよ! 元春にいちゃん、居場所知ってるんでしょ!?」
「おいおい……おま、どした……?」
「もうヤダ! こんなみじめな思いするの!」
元春にいちゃんとシンは顔を見合わせる。
さっきの、私を見下ろしてた志波の目。
困った顔して、哀れんでた。
志波にあんな目で見られるの、もう嫌だ。
「、かっちゃんに会って、立ち止まってるモン同士、キズを舐めあうつもりか?」
困り果ててる元春にいちゃんを見上げて訴える私に、シンが冷たい声をかける。
振り向けば、シンは腕組みをして私を蔑視してた。
「んなことしてどうすんだよ。意味ねぇだろ」
「っ……シンにはわかんないよ!」
前を見て進んでる人間にはわからない。
歩き出したいのに歩き出すことの出来ない人間の気持ちなんか。
私だってそうしたいよ。
だけど、どうしたらいいのか。
「立ち止まってるヤツにひきずられんな。つかお前、いい加減かっちゃんのことなんか忘れろよ」
「約束したもん! 一緒に甲子園に行くってっ……」
「約束ね……」
鼻で笑うシン。
私は悔しくて、拳をぷるぷると奮わせた。
「おい、こんなとこで姉弟喧嘩すんなよ。な、、その話はまたあとで……ってオイっ!?」
「春ニィ、ほっとけよ」
シンも元春にいちゃんも、なにもかも憎らしくて仕方ない。
私はその場を走って逃げた。
かっちゃんならきっとわかってくれる。
辛いことも苦しいことも、あの優しいかっちゃんならきっとわかってくれる。
一人でがんばるのは、もう限界だった。
「おいシン……お前今のはちょっと言いすぎだろ?」
「いいんだよ春ニィ。アイツ、もう駄目だ」
「お前の姉貴だろ。匙投げんなっ」
「駄目なんだって。自分で駄目になるほう選んじまったんだから」
「え?」
「アイツは勝己じゃなくてかっちゃんを『選択』したんだ。先に進むことを自分で拒んだんだ。他人が何言っても無駄だ、もう」
「おいおいっ、そりゃいくらなんでも冷たすぎるだろ!?」
「アイツを動かせるとしたら、一人しかいねーって、もう」
その日を境に、私は学校にも行かなくなった。
中学のときと同じ、もしかしたらそれよりひどいかもしれない。
目に見える全てを、拒絶した。
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