「くっ、来たなくん! 今日こそは取り締まって見せる!」
「だーかーらー、氷上には無理だって!」
3.5月1日
本鈴が鳴り始めて、校門が閉められる。
その前には、2名の風紀委員と若先生。
私は校門前で足を止めて、ぐるぐると足首を回した。
そして対峙する。
「くん! 入学早々遅刻常習、挙句に今回は3日連続だ! 風紀委員として、厳罰に処させてもらおう!」
びしっと私を指差して宣言するのは、生徒会執行部員の優等生。
なんだか遅刻初日にとんずらこいたお陰で、すっかり目をつけられてしまったんだよねぇ。
しっかし、こんなに人生ガチガチに生きてて、疲れないんだろうか、氷上って。
「さん、少しは弟さんを見習うべきです! 彼はきちんと予鈴前に教室についてますよ!」
「そりゃ、シンは野球部の朝練出てるからね」
氷上といつもセットになってる小野田の言葉を流しながら、私は屈伸する。
「さすがにここまで遅刻が重なると、先生も見過ごせません。さん、おとなしく氷上くんに連行されてください」
「いいの? 若先生、私の華麗なるジャンプ生で見に来たのかと思った」
「や、実はそっちを期待してたりします」
ちっとも迫力ない顔して怒る若先生は、どちらかというと期待のまなざしで私を見てた。
それは、窓際に集まって校門前を見下ろしてるほかの生徒も一緒。
不本意ながら朝の校門前の氷上と私の対決は、すでにはね学名物となってしまったようだ。
「んじゃ、行きますかー」
私は鞄を校門の中へ放り投げてから、一気にダッシュした。
「くっ、させるかっ!」
「さん、覚悟っ!」
と、同時に飛び掛る氷上と小野田。
だから、無理だって。
私は小野田をかわして、思い切り踏み込んだ。
「はっ」
氷上の肩に手をついて、若先生の肩を踏み台に。
そのままくるりと前方宙返りして、校門の中へ。
着地、成功。
オオーッ……
起こる歓声と拍手に、私は手を振って答えた。
アクロバティックなダンスを得意とする私に、校門飛び越えなんてちょろいもんだ。
「やー、すごいです。お見事です、さん!」
「若王子先生! 感心されてないで、さんを捕まえてください!」
「いい加減あきらめなよ、氷上。そんじゃ、若先生、教室でね」
「はいはい。すぐにHRに行きますから」
「若王子先生っ!!」
感激してぱちぱち拍手している若先生と、憤慨しながら校門を開けて追いかけてこようとする氷上。
私はさっさと鞄を持って正面玄関をくぐった。
靴箱で靴を履き替えて、とんとんとつま先を地面に叩いて足をねじこむ。
ふと、視線を感じて見上げれば。
地黒の肌したでかい男。鞄をかつぐように持って、こっちをじーっと見てる。
……あれ。
「アンタって、朝森林公園走ってるヤツじゃない?」
私の質問に、片眉をぴくんと上げて、ソイツは頷いた。
へぇ、はね学生だったんだ。
「サンキュ」
「は、なにが?」
「お前が遅刻する日は裏門の警備が甘くなって助かる」
つまり、氷上たちが私に気を盗られてるスキに、学校に入れると。
うあ。なんか悔しい。
ソイツは無表情に私を見下ろして、そのまま教室へと歩いていった。
……無愛想なヤツ。
放課後。
氷上と教頭にしょっぴかれて、私は散々お小言を言われた。
あー早く終われ、と思ってたら態度に出てしまったらしく、一度終わりかけた説教がまた最初から始まったり。
そんなこんなで、軽く1時間近く生徒指導室に拘束された後、私はようやく解放された。
つーか、私の遅刻を叱るなら、家のことなんにもしないシンと親父を怒れって。
教室に鞄を取りに戻って、さぁ帰るか、という時に前から海野が歩いてきた。
なんだか足元がおぼつかないで、ふらふらしてる。
「海野?」
「きゃっ……あ、ああ、さん」
気になって声をかけてみたら、海野ははじかれたように顔を上げて飛びのいた。
顔が赤い。いや、青い?
「どうかした?」
「え!? あ、ううん、なんでもないの」
どう見てもなんでもなくはない様子なんだけど。
まぁ本人がなんでもない、って言うんだから深入りすることもないだろう。
海野はそのまま、口元を抑えながら相変わらずふらふらとした足取りで歩いていった。
「さん」
「あれ、今度は若先生。そういえば教頭が探してたよ」
海野を見送っていたら、後ろから若先生に声をかけられた。
こっちはいつもの白衣にのほほん笑顔。
……悩みなさそうだよなぁ……。
「生徒の遅刻を叱るどころか共に騒ぎ立てるとは、教師の自覚がない! って。叱られてきたら?」
「やー……先生も教頭先生のお小言は苦手です。ところでさん」
「なに?」
話があるみたいだ。私は若先生に向き直った。
「今、海野さんと会いましたか?」
「うん、会った。なんかふらふらしてたけど」
「ふらふら」
若先生はあごに手を当てて、うーんと唸った。
「様子を見に行ったほうがいいですかね?」
「別にいいんじゃん? 海野もなんでもないって言ってたし」
「そうですか?」
若先生、きょとんとして私を見た。
そのままじーっと私の目を見てる。
「なに?」
「いえ。さんは本当に淡白な人だなぁと」
「それは褒めてんじゃなくて、確実にけなしてるよね。お説教?」
「いえいえ。ただ、弟のくんは割と人付き合いいいのに、双子でこうも違うものかと、そんなこと思ってました」
「シンは小学校も中学校もちゃんと行ってたからね。人との付き合い方もちゃんとわかってんじゃん?」
私は右手に持った鞄を肩にかついだ。
「私は小学校も中学校も、まともに行ってないし」
「やや、さん、登校拒否してたんですか?」
「んーん、行かせてもらえなかったっつーか、行く暇がなかったっつーか……」
「え」
若先生の表情が険しいものに変わった。
あー……余計なこと言っちゃったなぁ。
若先生って、なんかのほーんとしてるから、ついついぺらぺらしゃべっちゃうんだよね。
「さん、それはどういうことですか?」
「あー、んー、まぁそれはおいおい。じゃあね、若先生。また明日!」
「あっ、さん……」
私は逃げるように走り出した。
玄関で靴を素早く履き替えて、学校を飛び出す。
そういえば、若先生は海野の様子がおかしいことあらかじめ知ってたみたいだったけど、なんかあったのかな?
学校を飛び出して、私は海が見える下り坂に差し掛かった。
ココから見えるはばたき市の海はとても綺麗。
夕暮れにはまだ早いから、まだ青く輝いてる海が視界いっぱいにひろがってる。
ここを勢いつけて一気に駆け下りるのが、最近のマイブーム。
流れる潮風に煽られて、とっても気持ちいいんだよね!
「よしっ!」
私は足首をまわして、一気に走り出した。
上りはつらい坂道だけど、下りは爽快だ。あー気持ちいい。
が。
綺麗な景色と気分のよさに、足元の注意が散漫になってた。
アスファルトの境目で、かくんと足がもつれる。
「うあっ、と、と、と!?」
そのままバランスを崩して、前のめりに坂を駆け下りる。
と、止まらないんだ、この坂道!
持ち前のバランス感覚でコケるなんて無様なことは絶対にしないけど。
けど。
目の前に、人!
「っわぁぁっ! どいて、どいてーっ!」
「……え?」
私の悲鳴に振り向く彼。
振り向いてないでどけろーっ!
あ、コイツ確か王子様なんて呼ばれてるヤツだ。
確かに顔は綺麗だよなー。
なんてさまざまなことをコンマ1秒以下で考えてるうちに。
「「うわっ!?」」
……突っ込んだ。
タックルかますように、全身で。
そのままソイツと私はくんずほぐれつ、体のあちこち強打しながら坂を落ちて、止まった。
「っ…………」
私は道路に仰向けに倒れてた。
全身打撲。そりゃ、あんだけ坂をごろごろ転がれば当然だ。いてて。
体を起こそうとして、私が巻き込んだヤツが覆いかぶさるように倒れてるのに初めて気づいた。
そんで。
……口。
「いってぇ……」
両手を地面について、体を起こす、ソイツ。
確か……佐伯 瑛。そんな名前だった。
佐伯は軽く頭を振って、自分が押し倒してる状態になってる私に気づく。
「うわ!?」
がばっと跳ね起きて、どんと後ろにしりもちをつく。
うん。そりゃ驚くだろうね。学校帰りにいきなりタックルくらって、気づけばこんなん、なんて。
私も上体を起こして、右手の甲で口を拭った。
その私のしぐさに、佐伯の顔が一瞬で紅潮する。
「や、やっぱり、今……」
「ん? ああ、ごめんごめん。ぶつかっちゃったね」
立ち上がって制服をぱんぱんと払い、私は佐伯に右手を差し出した。
「大丈夫? いきなり突っ込んでホントごめん。怪我は?」
「い、いや、大丈夫……」
半ば放心状態の佐伯はおとなしく私の手を掴んで立ち上がる。
私はきょろきょろとあたりを見回して。
「アンタのファンには見られてないみたい。そんな心配することないよ」
「いや、あのさ……さん、だよね?」
「うん。なに?」
遅刻常習犯の顔と名前は、はね学王子もご存知らしい。
「今の、その、キス……」
「ああ。気にする? あんなのただの事故だよ。物の数にも入らない」
「……」
佐伯は面食らったように口をぽかんとあけた。
う〜ん、やっぱり気にするもんかなぁ?
「誰にも言わないよ。言われたくないんでしょ?」
「そりゃ、まぁ」
「うん。じゃ、そういうことで」
私は鞄を拾い上げて、今度は歩いて残りの坂道を下り始めた。
あ、いてて。膝が痛い。
「オレって、実はそんなに人気ないのか……?」
背後から佐伯の独り言。
なんだ、そっちにショック受けてたのか。
その後はとくになんのハプニングもなく。私は帰宅していつものように一日を過ごした。
ところが翌日。
「さん、ちょっといいかな」
「は?」
昼休み。さっさとお弁当を食べ終わって中庭に昼寝に行こうと思ってた私に、佐伯が声をかけてきた。
振り向いて顔を見れば、うっすら赤くなって視線をそらす。
「こっち。ついてきて」
用件も言わずに佐伯は歩き出した。
仕方なくついてくことにする。
連れてこられた場所は、中庭の一角。
木陰になってて、座り込めば全方位から死角になる場所だ。
へー、いい場所知ってるじゃん。
佐伯は私を座るように促して、自分も草の上にどっかりと座り込んだ。
「で、なに?」
「それはこっちの台詞だ。なにが目的なんだよ」
「……は?」
突然、柔和な表情を崩して険しい顔になる佐伯。
なにコイツ。
「いきなりキャラ違うじゃん。佐伯って、実は二重人格とか?」
「関係ないだろ、そんなこと。それより要求があるなら言ってみろよ」
「……なんで私が、会うの2回目なアンタに要求があるっての? 全然話が見えないんだけど」
「昨日の事故! 言いふらされると困るんだよ!」
「誰にも言ってないけど……」
必死な様子の佐伯に、こっちがぽかん、だ。
実際、昨日のことはシンにも言ってない。
そのくらいの分別は、いくら私でも持ち合わせてる。
「佐伯って優等生のいい子ちゃんかと思ってたら、単なる猫かぶりだったんだ。なんでわざわざ私にバラしたりすんの?」
「だってお前が変に聞き分けいいから! なんか企んでるんだろ!?」
「『だって』って……アンタ屈折してるねー、私以上に」
ついでにすっごいガキっぽい。
でもおもしろい、コイツ。気に入った。
「あはははは!」
突然笑い出した私に、佐伯はぎょっとして身を引く。
「佐伯、おもしろいね。でも心配しなくていいよ。マジで誰にも言わない。約束する」
「な、なんの見返りもなくか?」
「くれるって言うなら貰うよ?」
「いやっ、いい! なんもなし!」
「ぷっくくく……」
私が笑っていると、佐伯はさらに不貞腐れた表情になっていく。
「ってクールビューティなんて言われてるけど、笑い上戸だったんだな」
「佐伯こそただのガキじゃん」
「なっ、なんだと!?」
「あははは」
佐伯は顔を真っ赤にしてた。立ち上がって、びしっと人差し指を私につきつける。
「とにかくっ、誰にも言うなよ!? 事故も、オレの地の性格もっ! 約束やぶったらチョップだからな!」
「チョップって」
返事の代わりに爆笑する私。
佐伯はさらに憤慨した様子で、さっさと踵を返して校舎に戻っていってしまった。
かっちゃん探し以外にはね学でおもしろいことなんかないだろうと思ってたけど、意外なところで面白いこと発見しちゃったなぁ。
「おい」
思い出し笑いをして肩を震わせていたら、頭上から声が降ってきた。
アイツだ。森林公園のはね学ランナー。相変わらずの無表情、より、一段階しかめっ面。
「ふふふ……なに?」
「お前の馬鹿笑いで目が覚めた」
「ああ、昼寝してたんだ? ごめんごめん」
いまだ笑いをとめられないまま、私は立ち上がった。
……あれ、ってことは。
「今の聞いてた?」
「聞こえた」
「うわー……内密にヨロシク。佐伯にチョップされるから。……ふふふ、チョップだって」
自分で言って、また笑いがこみ上げてきた。
私を見下ろしてるソイツは、呆れたようにため息をついた。
「わかったから。笑うなら他に行け」
「はいはい。じゃあね」
軽く手を振って、私は中庭を出た。
佐伯か。おもしろいヤツ発掘しちゃったな。
そういえば、あのはね学ランナーの名前、まだ聞いてなかった。
明日の朝にでも、聞いておこう。
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