というわけで、若先生につれられてやってきたのは2−B男子の大部屋。
「お待たせしました! クールビューティ、ゲットだぜ!」
「うおおっ、若ちゃんグッジョブ!!」
……すでに2−B男子のテンションは壊れかけてた。
27.修学旅行3日目:激闘枕投げ 前編
「、来たのか」
意味不明に盛り上がって男子とハイタッチしている若先生の背後から、佐伯がやってきた。
佐伯もいつものすました様子はなく、指定部屋着の体操服を着て臨戦態勢を整えてる。
「佐伯ってこういうの好きなんだ? なんか意外」
「正直面倒くさい。でも勝負事は別だ。やるからには勝つ。それが、オレ流」
「……あっそ」
面倒くさいなんて言っても、ゆるんだ口元を隠せてない。
案外ガキだ、佐伯って。
私はぐるりと部屋を見回して。
「あ、クリスと水島じゃん」
「うふふ、いらっしゃい」
「ちゃん、がんばろーな♪」
とりあえず知った顔は今のトコこの二人だけだ。
近くによってぐちゃぐちゃになった布団の上に座り込む。
「手広く召集かけてるね、2−B」
「はるひちゃんとハリークンが昨日若ちゃんセンセに持ちかけたんやって。で、今日一日かけて興味ありそうなコに声かけてまわったらしいで?」
「水島も参加すんの?」
「あら、だっておもしろそうじゃない? 修学旅行でしかできないもの、こんなこと」
「ふーん……?」
口に手をあててくすくす楽しそうに微笑んでる水島だけど。
意外や意外、あの藤堂ですら負けたことがある腕っ節っていうんだから。
あれ、もしかしてその腕前今日見れるのかな。
ちょっとテンション上がったかも。
「ところでみなさん、豪華賞品は決まりましたか?」
「それなんだけどさぁ、オレたちの意見は纏まってんだけど。後から来る女子の意見も聞かなきゃやっぱマズイじゃん?」
「君たちの要望はなんなんですか?」
「「「学園プリンセス・水島さんの勝利のキス!!!」」」
だーっ!!
……と、佐伯をのぞく男子全員が声を揃えて拳を突き上げた。
阿呆の集団がいる。
「やや、それは盛り上がります!」
……阿呆の教師もいる。
しかし勿論水島は「え〜」と眉を潜めて。
「さすがにそれは困ります、若王子先生」
「あ、や、そうですね。すいません、ついつい」
「ついつい、やないで? 若ちゃんセンセっ」
クリスにも突っ込まれて若先生は頭を掻いた。
だったらどうするよー、などともう一度豪華賞品について話し合いを始める2−B一同。
そこへ。
「オッス! 集まってるかヤロウども! 主催者のハリーさまが来てやったぞ!」
「みんな、C組からの参加はハリーと藤堂さんだよ」
「ったく騒がしい奴らだね……全員黙らせてやるから覚悟しな」
威勢よく入ってきたのはのしんと藤堂と、二人を連れてきた海野。
「やや、招待客2名到着ですね。海野さん、お役目ご苦労様です。教頭先生には見つからなかった?」
「はい、大丈夫でしたよ」
若先生ににこっと挨拶してから、海野はこっちをちらっと向いた。
「若王子先生もさんのお誘い成功したんですね!」
「えっへん。もちろんです」
「威張ることかっ」
舌を出して毒づいてやる。
私は部屋の隅に移動して座り込んだ藤堂のもとにいき、その横に座った。
「へぇ。アンタがこういうのに参加するとはね」
「う。若先生の口車に乗せられたというか……。藤堂は海野に誘われたの?」
「ああ。日中海野と西本にしつこく言われてね。まぁダチの頼みをむざむざ断るのも悪いだろ?」
「相変わらず仁義に厚いね」
壁にもたれて肩膝たてて、腕を乗せて。
にやりと笑う藤堂は、体操着でもサマになる。
「……おい、」
「ん? あぁ、のしん」
「ハリーだっ……じゃなくて! ちょっと来い!」
そのまま私も事が始まるまでのんびりしてようと思ったら、目の前にやってきた不機嫌のしんに反対の隅に呼び出された。
なんだなんだ。さっき来た時は上機嫌だったくせに。
部屋の隅にヤンキー座りしたのしんの目の前に、私も同じようにしゃがみこむ。
「なに」
「お前……昨日聞いてただろ」
「なにを?」
「だからっ! ……八坂神社で」
「……あー」
ぽん。
手を打ったら、見る間にのしんの顔が赤くなっていった。
髪も赤くて顔も赤い。
だるまかタコだ。
「だ、誰かにしゃべったりしてねぇだろうな!?」
「別に……。言うつもりもないし。あ、口止め?」
「おう。ま、まぁ別にバレて困るわけじゃねぇけど、オレ様のファンに泣かれたらさすがにな!」
あいかわらずのビッグマウスだ。
思わずふきだせば、のしんはさらに顔を赤くして憤慨したみたいだった。
はは、おもしろいヤツ。
「あ、ねぇ。じゃあこういう賞品はどう?」
文句を言おうとしたのかのしんが口を開きかけたとき、水島の声が響いた。
見れば部屋の中央近くで、水島が嬉しそうに微笑みながら手を叩いてる。
「勝利のキスなら、私よりも学園アイドルの水樹さんのほうが盛り上がるんじゃない?」
水島の提案に、一瞬部屋の中が静まり返って。
「……や、それは」
若先生が何か言おうとしたのを遮って。
うおおおおお!!!
2−B男子のテンションMAX!
「ナイス提案! それだそれー!!」
「いいんじゃねぇ!? 水樹さん後半クラスだから、滅多にお近づきになれねーし!!」
もう、上へ下への大騒ぎ。
佐伯とのしんまでもがぽかん、だ。
若先生は一人憮然とした表情してるけど。あーあ。
でもちょっと騒ぎすぎなんじゃん?
この音量じゃ、廊下までまる聞こえなんじゃ。
と思ったら案の定。
ダンダンダン!!
物凄い勢いで部屋のドアが叩かれた。
一瞬で静まり返る一同。
『何を騒いでいるんだ!? 消灯前とはいえ、いくらなんでも非常識じゃないか!』
「……この声、氷上か?」
身構えていた一同から力が抜ける。
なんだ、教頭の見回りかと思った。
代表して佐伯が部屋のドアを開ける。
入ってきたのは、やっぱり氷上と、それから小野田も一緒だった。
「一体何の騒ぎなんだ!? なっ、女子までいるのか!?」
「なんだよ氷上ー、自由時間まで生徒会面かよー」
「これだけ騒いでいたら他の宿泊客にも迷惑だろう! 若王子先生も、一緒になってなんですか!」
「やや、氷上くん、青春の1ページを邪魔しちゃだめです」
「何をわけのわからないことを言ってるんですか!」
優等生の氷上と小野田には何言っても無駄だ。
さて、このまま解散かな?
頭の後ろで手を組んで、壁にもたれながら見物していた私。
すると、生徒会タッグと2−B枕投げし隊に割り込んでいったのは、意外にもクリスだった。
「まーまー氷上センセ」
「ウェザーフィールドくん! すぐに自分の部屋に戻りたまえ!」
「ええやんか〜。修学旅行の楽しみやん。氷上センセだって、チョビちゃんと二人で青春しとったんやろ?」
「な、何を言っているんだ!? 小野田くんは、女子の部屋の注意をしていて!」
「そ、そうです! それでたまたま氷上くんと廊下で会っただけです!」
クリスの邪気のない突っ込みに、氷上と小野田がうろたえた。
もちろんそれを見逃す不良学生たちじゃない。
にやりとほくそ笑み、きゅぴーんと目を光らせて。
「なんだよ氷上ー、優等生ぶってるわりに、女子と夜デートかぁ?」
「オレたちよりも不健全なんじゃねーの?」
「そうだよなー! オレたちは教師の指導つきだもんなー!!」
「なっなっなっ」
意地の悪い言葉に氷上と小野田はすっかり茹で上がってしまった。
はは、おもしろい! 普段すましてる氷上と小野田がこんなんなるなんて!
「生徒会役員の氷上くんが、修学旅行中に不純異性交遊してました! な〜んて噂、すぐ広まりそうだよなー?」
「脅迫する気か!?」
「いやいやいや、オレたちは枕投げ大会邪魔されたくないだけだって。ここは持ちつ持たれつ、だろ?」
「なー、若ちゃんっ」
顔を引きつらせる氷上が若先生を見上げた。
邪気のない笑顔がまた凶悪だ、若先生……。
「そうです。氷上くんと小野田さんも一緒に青春しようぜ! そしてみんな共犯です!」
「秘密は墓まで持っていけ、だな!」
のしんもニヤリと笑いながら氷上に話しかける。
あ、藤堂が噴出した。
「くっ……」
「ひ、氷上くん、ここは条件を飲みましょう!」
「無念だっ……! 正義が悪に屈するとはっ……!!」
そんな大げさな。
ぷるぷると拳を震わせながら本気でくやしがってる氷上を、こっちはまんざらでもなさそうに目を輝かせてる小野田が慰める。
「よーし、人数増えたからトーナメント戦できるな! おい、対戦表作ろうぜ!」
「楽しそうやね! ボクも混ぜてんか〜」
ハリーの掛け声にクリスと2−B男子が集まって、どこからともなく取り出した紙にトーナメントを書き込んでいく。
……あれ、そういえば。
「若先生」
「はいはいっ、なんでしょう?」
「枕投げってチーム戦なの?」
「ペアを組んでの対戦です。さんは誰と組みますか?」
「水島か藤堂がいい」
「それは他のペアとの戦力差がつきすぎだからブ、ブーです……」
むう。じゃあどうしよう。
腕を組んで考える。
そうこうしているうちに、再びノックされる部屋のドア。
「はい、どなたですか?」
佐伯が対応すると。
「アタシや。みんな揃っとる?」
はるひだ。佐伯がドアの鍵をあけた。
ドアが開く。
いたのははるひを先頭に水樹と志波。
佐伯はにやりと笑って水樹と志波を見た。
「来たな、志波、セイ」
「うん、来ちゃった!」
「お前ら、元気だな……」
えへへー、と笑う水樹にすでにお疲れモードの志波。
水樹の登場で2−B男子は再び盛り上がる。
もちろん、若先生も例外なく。
「や、水樹さん。手に汗握る戦いの舞台へようこそ」
「へ? ……わ、若王子先生!? なんでここに!?」
「青春ですから」
若先生の意味不明な回答に目を点にする水樹。
なんていうかこう……
やっぱり若先生、水樹を口説くの無理があるんじゃん?
浮かれてる若先生と唖然としてる水樹を見つめていたら、目の前に壁が現れた。
……じゃなかった。
「」
こちらも目を見開いて驚いた様子の志波。
「お前も参加するのか?」
「うん。若先生に乗せられた」
「先生に……?」
隣に座って訝しげな表情を向けてくる。
そりゃ、私がこういうのに参加表明するのは意外なんだろうけど。
「お前……枕投げの意味わかってるのか?」
「は? そのくらいわかってるよ。相手に向かってまくら投げるんでしょ」
「…………」
私の返事に、「わかってねーな」と言わんばかりに志波はため息をついた。
むか。
「ちょっと」
「片腕で参加か?」
「あ」
膝に頬杖ついて、呆れた視線を向けてくる志波。
言われて気がついた。
しまった、私、左腕が戦力外だった。
「どうかしたのかい」
思わず左腕を見つめてしまった私と志波に、反対隣に座ってた藤堂が声をかけてきた。
「あー、えーと」
そうだ、藤堂は私の腕のこと知らないんだ。
別に隠すこともないんだけど、障害持ちをぺらぺらしゃべるのもちょっと。
……でもまぁ、藤堂ならいいか。
「これ見て」
私は体操着の下に着込んでるアンダーウェアをまくった。
現れた火傷跡と手術跡に、藤堂が眉をしかめる。
「動くけど、握力がほとんどないんだ、この腕」
「アンタ……こんな怪我、一体どこで」
「えっと」
「いや、いい。詮索はしないさ。それよりアンタどうするんだい、そんな腕で。奥義持ち相手に、右手1本じゃ太刀打ちできないだろ」
「うん、どうしよ…………奥義?」
ぎゅっと眉間に皺を寄せてる藤堂と志波に見つめられて、私も少し考え出したとき。
藤堂が言った言葉にひっかかった。
「藤堂、奥義って何」
「アンタ知らないのかい? 枕投げと言ったら伝統の奥義戦だろ」
「は? そうなの?」
「部活やバイト先、組織に属してる人間が代々受け継ぐ、対枕投げ戦の奥義だ。……お前ははばたき市に戻ってきたばかりだから誰からも貰ってないだろうが」
「……藤堂と志波も奥義持ってるの?」
「「持ってる」」
うあ、カッコいい! ……じゃなくて、ズルイ!
何それ、もしかして特撮ヒーローみたいな必殺技とか?
「つまり、片手な上に奥義も持ってないアンタじゃ試合になんないってことさ」
「うー……そう言われると余計参加したくなる……」
「ハンデ貰うか?」
「それもヤダ」
くやしい。
音楽が出来ないだけじゃなくて、遊びすら対等に出来ないなんて。
私は唇を噛み締めて左腕をぎゅっと掴んだ。
「……しょうがないね。ほら、落ち込んでるんじゃないよ」
ぽんぽんと藤堂に肩を叩かれる。
顔を上げると、藤堂はしかし私ではなく志波を見ていた。
「アンタがしっかり守ってやるんだね」
「……は?」
「の腕のこと、全員にぶっちゃけるわけにいかないんだろ? だったらアンタがペア組んでやるしかないじゃないか」
「……なんでオレが」
「本心で言ってる言葉かい?」
ニヤリと笑う藤堂。対して志波は眉間の皺をさらに深くして口を真一文字に結んだ。
えーと、つまり志波とペア組めってこと?
「そりゃ志波はけっこういい戦力だとは思うけど。組むんなら藤堂のほうがいい」
「色気ないねぇアンタも。さっき若王子にアタシと組むの止められただろ」
「う」
「それに、アタシは個人的に本気でぶつかりたいヤツがいるから、アンタを守りながら戦う自信がないんだよ」
ふっふっふと低く笑う藤堂の視線の先にいるのは……あー。なるほど。
藤堂はそのまま立ち上がって、賞品は水樹のキスー! などと盛り上がってる連中の輪に加わってしまった。
「若王子、アンタペアいないならアタシと組まないかい?」
「藤堂さんが先生と?」
「水樹は賞品だから試合に出ないんだろ? アンタが優勝する手伝いならしてやれるけど?」
「やや、これは心強い味方です! 水樹さん、先生が必ず水樹さんの唇死守してみせますから!」
「藤堂さんっ!! ほんとにほんとにお願いねっ!!」
「……水樹さん、それはあんまりです……」
というわけで、藤堂はあっさりと若先生とペアを組んでしまった。
ううう、ずるい若先生っ。
私はむくれて腕を組んで壁にもたれた。
結局私のペアは志波に決まりそうだ。
「志波とペア組んで優勝したって、賞品が水樹じゃなんの意味もないじゃんっ」
「まぁな」
「若先生、豪華賞品って言ったのに」
「……」
ぶーぶーと文句をたれていたら。
同じく腕組みして壁にもたれていた志波が、みんなの輪を見ながら言った。
「だったら、なんかやる」
「……は?」
「もし優勝したら、オレがお前になにか賞品をやる」
「志波が? ……なんでもいいの?」
「……常識の範囲内ならな」
「本当にっ!?」
体を起こして志波を見た。
志波も視線だけ私に向けてにやりと笑った。
「そのかわり、お前もなんかよこせ」
「いいよ。交換条件ね!」
「商談成立、だな」
ぱしっと右手を合わせる私と志波。
よーし、がぜん気合入ってきた!
「おい志波ぁ、お前ペア決まったか?」
「ああ」
のしんに呼ばれて志波が立ち上がる。
私もそのあとをついていった。
「第1回戦! 2−B選抜AチームVS他クラス選抜志波・チーム!」
のしんが高らかに宣言すると、2−Bの男の子二人組が立ち上がった。
私と志波もそれぞれ枕を1個ずつ持って立ち上がる。
「制限時間は3分、終了時に陣地内の枕が少ないほうが勝ち! もしくは、相手をK.Oさせたら勝ちだかんな!」
「K.O!?」
水樹が驚きの声をあげるけど、私は気にしない。
勝利の美酒のために潰す! 完膚なきまでにっ!!
「ではレディー……ゴーッ!」
のしんの嬉々とした開始の合図に、2−B男子ペアは大きくふりかぶって。
でも甘いっ!!
「「うぉりゃあっ!!!」」
私と志波の、素早い渾身の一撃が2−Bペアの顔面を直撃する!!
ザマァ!!
奥義なんか持ってなくたって、運動能力が物言う勝負で負けてたまるか!
顔面クリーンヒットをくらった2−Bペアは、そのままノックアウト。
真正面に土ぼこり……じゃなくて綿ぼこリを巻き上げながらゆっくりと倒れこんだ。
「す、すげぇ……」
「さすがだ、ビューティ&ビーストペア……!」
「あ、しょ、勝者、志波・チームっ!」
観客一同、志波と私の瞬殺劇に唖然。
のしんの呆然とした勝利コールに、私と志波は右手でハイタッチ。
「余裕だな。勝つぞ」
「ったり前っ!!」
お互いにやりと悪い笑顔を浮かべて。
さぁ、勝ち抜いてやるっ、激闘枕投げ大会っ!!
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