「あ、さん。早いね!」
「水樹こそ早いじゃん。もう出るの?」
26.修学旅行2日目:自由行動日
ホテル大広間での朝食を各々済ませた後は、今日は一日自由行動日だ。
さっさとご飯を食べて、さっさと出かける支度を済ませた私は、特に予定も決めてなかったからホテルロビーでフロントから貰った京都地図を眺めていた。
そこにやってきたのが水樹だ。
こっち見てぎょっとして飛びのいたけど、いるのが私だけだとわかったらほーっと息を吐いた。
「裏で瑛とあかりの2人と待ち合わせてるの。見つからないように出て来いって言われてて」
「ふーん」
水樹と佐伯ははね学に異様にファンが多いし、囲まれるうちにさっさと脱出しようって魂胆だろう。
「さんは今日どこ行くの?」
「まだ決めてない。水樹は?」
「私は瑛とあかりがいいって言ってくれたら伏見稲荷に行こうと思って」
伏見稲荷?
聞いたことない名前だったから、私は首を傾げて返事にする。
すると、ロビーの奥からざわざわと人のざわめきが響いてきた。
おそらくははね学生。水樹はわわっと慌てて駆け出した。
「さん、それじゃあね!」
「ん」
軽く手を挙げて見送って。
私は再び地図に目を落とした。
5分もすればロビーははね学生と先生で一杯になった。
みんながみんな今日一日を楽しもうと、目を輝かせて担任に予定表を提出してはホテルを出発していく。
私の手元の予定表は真っ白。
さてどうしよう。
「おーい」
「ん?」
シンだ。
ロビーのソファに腰掛けたまま振り向けば、そこにはシンと見知った野球部2人。
「なに」
「お前、勝己知らねぇ?」
「知らない。見てない」
「アイツ、飯も食いに来なかったしどこ行ったんだぁ?」
そういやシンは志波たちと自由行動まわるんだっけ。
でも志波がいない?
「朝起きたときにはもういなかったよな」
「携帯もなかった」
「じゃあいつものクセで走りに出たんじゃないの? それで眠くなってどっかで寝てる」
「……すげぇ勝己っぽい……」
どーするよ、携帯でねーし、探すっても地理わかんねーし、しのごのしのごの。
シンたちは眉間に皺を寄せて相談するものの。
「まぁ今日の行き先言ってあるし、携帯もあるし……、勝己のヤツに会ったらでいいから、連絡よこせっつっといてくれ」
「りょーかい。シンたちどこ行くの?」
「大阪食い倒れツアー!」
「……京都に来てるってのに大阪に行くんだ……」
情緒を解さない筋肉馬鹿たちは、そのままホテルを出て行った。
でも大阪食道楽か……それもいいかもしれない。
30分もすれば、ロビーは再び静かになった。
クラス人数分の予定表を回収した先生たちも随時見回りを兼ねた散策に出かけていく。
「おーい姉ー」
「んー?」
いまだ行き先の決まらない私は、相変わらず地図とにらめっこ。
そしたらやっぱり、ちょい悪親父に声をかけられた。
そりゃそうだ。私の予定表が出なかったら、ちょい悪だって出かけらんないし。
「だから授業中にちゃんと調べとけって言っただろ」
「適当に散歩しようと思ってるだけだから、どこ行くって計画立ててもその通りにならないし。……あれ、若先生も一緒?」
「はい。先生のクラスも今予定表が出揃ったところなんです」
チンピラと紙一重のちょい悪親父の格好に対して、若先生はいつもの青シャツ姿。
にこにことのんきな笑顔を浮かべて、手にはみんなの予定表と思われる紙束を持ってる。
「さんは一人で出かけるんですか?」
「うん。その方が好きなトコ好きなだけ回れるし」
「うーん……修学旅行は友達との青春の1ページを作る日でもあるんですよ。一人はブ、ブーです」
「余計なお世話」
「は本当に若王子先生に容赦ないなー」
はっはっはと笑うちょい悪の横でいじける若先生。
「よしよし。、散歩に行きたいなら先生がオススメを教えてやろう」
「ちょい悪がぁ? 京都のことわかるの?」
「先生は修学旅行常連だからな。散歩するなら広い庭園があったり参道が長いところがいいだろ。ズバリ、銀閣寺、八坂神社、清水寺のコースだな」
「ふーん……?」
言われた場所を確認するために地図を見る。
すると、ちゃっかりちょい悪と若先生も私をはさんで両脇に腰を降ろして地図を覗き込んできた。
「東山近辺だ。ここが銀閣寺で、ずーっと南にむかって八坂神社と清水寺」
「うげ、銀閣から八坂神社まで結構距離あるじゃん」
「まるまる一日あるし、面倒ならバス使え。散歩コースとしてはいいところだぞ」
「さん、ぶらり京都一人旅ですね!」
「うー……まぁいっか……ほかに行きたいとこもないし」
地図を畳んで、脇に置いておいた予定表にコースを殴り書き。
「よーし、これでI組も揃ったな。、ホテル帰宅時間は6時厳守だぞ!」
「はいはい。ちゃんと帰ってくるから」
「頼むぞー。また教頭先生の小言なんて勘弁してくれよ?」
わっはっはと、何がおかしかったのか大笑いして、ちょい悪はホテルの中に戻っていった。
さて、私も出かけるかな。
立ち上がって、いまだ座ったまま動こうとしない若先生を見下ろす。
「若先生はどっか行くの?」
「もちろんです」
こっちを見上げてにっこり微笑む若先生。無邪気な笑顔がうさんくさい。
「ところでさん、水樹さんの予定を知ってますか?」
「やっぱり水樹を追っかけるんだ、若先生……」
「やや、もちろん自由行動日の校外指導ですよ? 個人的な気持ちで行くわけでは」
「あるくせに」
「ピンポンです」
へら〜っとしまりのない笑顔を浮かべて。
言っちゃなんだけど、あの真面目な水樹がこんな頼りない大人を好きになるはずない、と思う……。
「水樹なら佐伯と海野が一緒。えーと、伏見稲荷とかっていうとこに行くって言ってた」
「やや、情報ありがとうさん。じゃあ先生からも出かけるさんにいい情報上げちゃいます」
「?」
ぽんと手を叩いた若先生。
なんだろ。若先生もちょい悪みたいに京都おすすめ情報持ってるとか?
「実はね、さん」
「うん」
若先生は身をかがめて声を小さくして言うものだから、私も耳を寄せたんだけど。
「三つ葉がマークのヤサカグループのタクシーには、実は四つ葉マークのものがあって。乗ると幸運が訪れるんだそうですよ!」
「くだらない情報もったいぶって言うなーっ!!!」
とりあえず、若先生には盛大にチョップかましておいた。
時間は巡って現在ちょうど昼過ぎの八坂神社。
ホテルから直接銀閣寺までバスで行って、どこも『銀』じゃない銀閣寺を拝観しながら散歩して。
京都の極々一般的な街中を歩きながら八坂神社までやってきた私。
「いい加減お腹すいた……」
神社内を通り抜けて奥の円山公園まで行って、売店でソフトクリームを購入。
ベンチに座って、広場でやってる大道芸を見ながら私は小休憩。
疲れてはいるんだけど、気持ちよかった。
普段とは違う景色のなか、見るもの全て新しい世界を一人で歩くのって悪くない。
腕が、時間が動かないなら、せめて世界を流れて旅する人生もいいかも。
なんて、めずらしく穏やかな気持ちにもなったりして。
私は手早くソフトクリームを胃の中に収めたあと、京都名物らしい(バスの中でじーさまに聞いた)にしんそばでも食べに行こうと思って八坂神社を出ることにした。
さっき入ってきたところとは違う道、あまり綺麗に舗装されてない裏道っぽい通りを通って。
すると。
「アタシ、ハリーのこと好きやってん!!」
突如として聞こえてきた声に、足が止まった。
今の声は、はるひの声。
聞こえてきたのは、この灯篭が並ぶ道の壁の向こう。
声はすれども姿は見えず。
「ハリーにおせっかいって思われても、ハリーの音楽活動応援したかったし、力になりたくて、だからネギジュースとかわけわからへんもんも作ったりしてもうたけど、全部全部、ハリーが好きだったからなんやで!?」
「西本……お、前」
うわ、のしんの声もする。
ってことは。
もしかしなくても、現在進行形ではるひがのしんに告白中?
私は白壁の向こうが見えるわけでもないのに、壁を見つめたままぽかんとしてしまった。
そういえば前に遊園地で遊んだとき、はるひはそれっぽい素振り見せてたっけ。
その後どうなったのか、そういえば全然知らなかったけど。つか、今の今まで忘れてた。
「だからな、ハリー、アタシ」
「うわっ、ば、ばかお前っ! それ以上言うなっ!」
必死に言葉をつむぎだしてるはるひ(予想)の言葉を、大慌てで(予想)のしんが遮った。
一瞬の間のあと、はるひの震える声が聞こえた。
「はは……やっぱ、迷惑やな。ハリーも、驚いたやろ!? アタシが告白なん、柄やないし! うそうそ、全部、冗談やねん! だから、今の、ナシ、でっ」
「ち、違ぇよ! 勝手に完結すんな! そういうのは、男が言うもんだろ!?」
もしかして、この展開は。
「お前がオレのライブかかさず来てくれてるのも知ってっし! いっつも世話焼いてもらって、ウゼーって思うこともあるけど、本当は、その、ありがてぇなって……」
「は、ハリー」
「先に言ってんじゃねぇよ……だぁぁ、オレすっげーカッコ悪ィじゃん! ライブでうまく歌えたときに、オレから言うつもりだったのに!」
「ハリー、じゃあ」
「……いいか、1回しか言わねぇからな! これからも、これからも……ずっとオレの側にいろ! いいな!」
はるひの息を飲む音が聞こえた。
くっついたんだ! うわぁぁ!!
「はるひっ、のしん! おめでとう!!」
「えっ……っ!?」
「どっ、どこにいやがんだ!? おまっ、デバガメかよ!」
ついつい大声で祝福してしまって。
二人の慌てた声に笑ってしまって。
私はそのまま走り出した。
八坂神社を飛び出して、二人に捕まる前に清水寺に行ってしまおう。
ソバは清水寺の近くでいい。
妙に浮かれてた。
自分のことじゃないのに、なんか嬉しかった。
誰かの幸せなんか感じる余裕なんてないって思ってたのに。
はるひとのしんがうまくいったのを見て(じゃなくて聞いて)、なんか無性に嬉しかった。
清水寺までの参道手前でにしんそばをすすって。
店を出たときはもう3時。
さすがに観光名所なだけあって、はね学生たちもたくさんいた。
土産物屋はあとで覗くとして、私はのんびりと寺社観光。
と。
「あ、さん」
「ん? あー、野球部の」
声をかけられ振り向けば、今朝シンと一緒にいた野球部の2人がいた。
シンと志波は一緒じゃないみたいだけど。
「なに?」
「いや、なにって聞かれるような用事はないんだけどさ。一人?」
「うん。そっちは二人? シンと志波は?」
「それがさぁ! 志波メールよこしたはいいけど、鴨川で朝からずっと寝てたんだってよ!」
「そこにたまたま水樹さんと海野さんが通りかかったらしくて。こっち合流するの面倒だからこのまま水樹さんたちについてくって」
「へー」
水樹に見つけてもらえたなんて、志波にとっちゃラッキーだったじゃん。
まぁそのあと若先生も合流したんだろうけど。
水樹と志波と佐伯と海野と若先生か。あきらかに若先生邪魔だな……気の毒に。
「で、シンは?」
尋ねると、二人は顔を見合わせてにやりと笑った。
「今さっき別れたばっかなんだけどさ、やっぱ気になるよな〜」
「だよなー!? これはもう友人として覗くべきだよな!」
「は?」
ぐしし、という効果音が適切なような笑みを浮かべて、二人の野球部員は私を振り向いた。
「さんも来ねぇ? 弟の彼女が出来るかもしれねー現場!」
「行く!」
即答した。
舞台を通り抜けて左へ行って、そこははね学生のみならず観光客の女性がごったがえす縁結びの名所、地主神社。
二人に手招きされてたどりついたそこは、神社脇の人ごみから離れたところ。
そこに、シンと野球部マネージャーがいた。
私とデバガメ野球部員は建物の陰にかくれつつ、おみくじを買ってカモフラージュしながら、シンとマネージャーの動向を伺うことにした。
二人はなにやら小さい紙をぺりぺりとひろげていて……あれ、おみくじかな。
「よっしゃ大吉! 今年残りもオレ絶好調! マネージャーはどうだった?」
「うん。小吉だった」
「コキチかー。待ち人の欄は?」
「……時間はかかれども来る、待てだって」
「あ、いいじゃん。どっちにしろ来るってことだろ? マネージャーなら大丈夫だって!」
あいかわらず女子限定の愛想のよさを全開にして、シンは屈託なく笑ってる。
マネージャーも小さく微笑んだ。
「でも、誰かと一緒じゃないと地主神社のおみくじ引けないなんて、マネージャーも可愛いとこあるよな。これで気が済んだ?」
「あ、うん……ううん……」
「どーした? まだなんか……あ、さてはお守りも欲しいとか」
「(あーもうシンのヤツ、マネージャーにしゃべらせろって!)」
「(コクるタイミングねぇじゃん、あれじゃあ!)」
デバガメ部員二人はあーだこーだとシンに文句をつけてる。
でもシンがよくデートしてた子たちって、マネージャーみたいな純粋なタイプじゃなくてもっと女くさい『今時の』女子高生ってタイプが多かったし。
アイツ、マネージャーのこと眼中外なんじゃ。
……だとしたら女を見る目がないにもほどがあるというべきか、遊ぶにもほどがあるというべきか。
「あのね、シンくん」
「ん?」
「シンくんは、こういうおみくじとか信じるほう?」
「いい結果だったら信じるけど、悪かったら大体忘れる。ほらオレ、神様仏様信仰してねーし」
おどけるシンに対して、マネージャーは大きく深呼吸。
「どうした?」
「私もおみくじの結果信じない」
「そっか。まぁこういうのは参考程度に」
「待てないもん。これ以上……」
おおっ。
ぎゅっとマネージャーの手が拳を作ったのを見て、私も野球部員も息を飲んだ。
でも、息することすら忘れたのは、次の瞬間だった。
「マネージャー……?」
ようやくシンも緊張感漂うマネージャーの様子に気づいたみたいだった。
そのシンに、マネージャーが突進していったかと思えば、
そのまま、口に、キス!
「私ね、シンくんが、好き!」
一瞬の、既視感。
私ね、かっちゃんが好きだよ!
「だ、だから、あの」
「……」
真っ赤になってるマネージャーとは対照的に、ぽかんと突っ立ったまま反応できないでいるシン。
デバガメ野球部二人組は手に汗握りながら次の展開を見守ってたけど。
私はゆっくりと、その場を離れた。
歩いて歩いて、舞台に戻って、断崖絶壁の欄干に手をついた。
大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
自分の昔を思い出して、死にそうに恥ずかしくなった。
うああああ……。そういえば昔あんなこと言ってかっちゃんにほっぺチューしたことあったっけ。
いやそれはいいんだけども。
思い出したのは、その次だ。
かっちゃんが「僕も」とかなんとか言って、キスしかえしてくれたんだった。
口、に。
子供の頃とはいえ、いや子供の頃だからこそ、今思えば死ぬほど恥ずかしい。
かっちゃん……クールで優しくてかっこよかったけど、年はなれた元春にいちゃんの幼馴染なだけあって、案外マセガキだったのかな……。
昔の記憶って、できれば封印して捨ててしまいたい……。
その時、右腕を掴まれて強く後に引かれた。
突然のことに驚いて振り向けば、志波だった。
なぜか驚いたように目を見開いてる。
「痛いって。いきなりなに!」
「あ……? いや、お前……」
「なに、だから」
「……人生悲観してるのかと」
「は?」
志波は私の腕を離して、決まり悪そうに口を結んだ。
つまり、なに。私が人生悲観して、清水の舞台から飛び降りるんじゃないかって?
「んなわけあるか!」
「……だな。悪ィ」
「それより水樹は? ほっといていいの?」
きょろきょろと見回しても、一緒にいるはずの水樹の姿はない。
もう一度志波を見上げれば、今度は呆れたような視線を私にむけていた。
「一緒に行動してたんでしょ?」
「はぐれた」
「だったら探しにいけば」
「海野が一緒のはずだ。先生と佐伯もあとで合流するからいいだろ」
「つか志波が一緒にいないと意味ないじゃん」
「…………」
ふー。
志波は腰に手を当てて深いため息をついた。
「オレは水樹が好きなんじゃない。……本当に違うんだ」
「……本当に違うの? マジで?」
「違う。お前のしつこさにはある意味感心する」
「だって志波、いっつも水樹の世話焼いてるじゃん。水樹には優しいし」
「友達に親切にして何が悪い。それに水樹は……お前も知ってるだろ、アイツの家庭事情」
「う」
そうだった。
水樹は家族全員亡くして、住み慣れた土地から単身はばたき市にやってきた勤労学生なんだった。
人生の苦労はだれよりも多い。
志波じゃなくたって、もちろん私だって、水樹には親切にしてやりたいって思ってる。
なんだ、志波って水樹のこと好きってわけじゃなかったのか。
「……お前には優しくないか?」
「へ?」
「オレはお前に、何か気に障るようなことをしてるのか……?」
今度は神妙な顔をした志波。
唐突な質問に、私は目を瞬かせた。
「別に……なんで?」
「これでもお前には優しくしてる、つもりなんだが」
「はぁぁ? それはないない。ひどいことされてる気はしないけど、優しくされてる気はもっとない!」
「そうか」
首を傾げて見下ろしてくる志波だけど。
コイツ、これで私に優しくしてるつもりだったって。
普段どんだけぶっきらぼうなんだっつーの!
「だったらもっと優しくするか」
「はぁ?」
「このあとも一人で回るのか?」
「あ、うん。清水寺の参道見ながら、あとは気ままに散歩してホテル戻ろうかなって」
「ついてってやる」
「やる、って。なんだその恩着せがましい言い方っ」
「すぐ暗くなる。知らない土地で女が一人歩きするな」
「う」
確かに八坂神社から清水寺に来るまでにずいぶんと細くて人通りのない道通ってきたっけ。
いざとなればタクシー使えばいいけど、それも勿体ない気がする。
「……番犬だと思え」
「あ。ははっ、狂犬の志波!」
「言ってろ。……行くぞ」
「む……しょうがないな」
歩き出した志波の後ろについて、清水の舞台を出る。
あ、そういえば。
私はポケットからさきほど地主神社で買う気もなかったのに購入してしまったおみくじを取り出した。
「……なんだ?」
「地主神社のおみくじ。開けるの忘れてた」
「お前が?」
「うううるさいっ。買うつもりで買ったんじゃないっ」
志波の揶揄するような口調に少しむっとしながらも、私はおみくじを開いた。
目に飛び込んでくる、小吉の文字。
「コキチだ」
「……小吉だろ」
「えーと待ち人欄……」
実はおみくじも人生初。
どの欄をどういうふうに見ていいのかわからなくて、先ほどのシンが言っていたところを見ることにした。
「待ち人。来てるんだからさっさと気づけ」
「…………」
「なんだこれ?」
随分上からの物言いにカチンと来ながらも、おみくじってこんなもんなんだろうかと志波に聞こうとして。
見上げたら。
「……何赤くなってんの、志波」
「なんでもない」
志波は片手で顔を覆って、そっぽを向いてしまった。
なんなんだっつーのっ。
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