私たちが止まってるホテルは、鴨川に近い。
街中にあるわりに、案外夜は静かだ。
番外編の番外編.猫と先生。
「ねぇさん。くん、J組の野球部マネと付き合ってるって本当?」
「は?」
修学旅行3日目は再び団体行動日。
初日と同じく観光名所をバスで回る旅で、初日と同じく退屈だった。
そんなこんなして1日過ごしたあと、ホテルに戻って夕飯食べて。
今は就寝時間まで各自割り当てられた部屋で自由時間だ。
私は親しい子がいるわけでもなく、人数の関係でクラス委員のいる部屋に振り分けられたんだけど。
8人1室の大部屋で、私がi−Podを荷物の中から取り出そうと格闘していたら、そんなことを言われた。
振り返ってぎょっとする。
私をのぞく7人全員、固唾を呑んで私の見てた。
「なに、いきなり」
「今日の団体行動中、くんとあの女子マネずっと近くにいたじゃない? 自由行動時間も二人でまわってたみたいだし」
「それで、ついにあのくんにも特定女子が出来たのかなーって。ずっと話してたんだよね」
「ふーん」
興味津々で身を乗り出してくるクラスメイトに気のない返事をして、私は再び荷物あさりに戻る。
「ねぇ、くんから何も聞いてない?」
「他人の色恋沙汰、そんな聞きたいの?」
視線だけちらっと向ければ、少したじろいだように顔を見合わせるクラスメイトたち。
どうしてこうも自分に関係ない話題で盛り上がれるのか、理解できない。
「だってさぁ、くんっていったらいろんな子と遊んでる割に特定の彼女作らないって有名だったしさぁ」
「そうそう、ラクロス部のあの子なんかすっごい自信たっぷりだったのに振られちゃったんだよね!」
「まぁあの子はさ、なんていうかあんま性格いいカンジじゃなかったし」
皮肉、羨望、嫉妬。
私もかつてウザいくらいに感じた感情。
だから人付き合いって面倒くさい。
「知らない。本人に聞けば教えてもらえるんじゃないの」
「え……さん、どこ行くの!?」
「散歩。見回りきたら勝手に出かけたって言っといて」
日本の学校はとかく連帯責任をつきつけたがる。
私が出かけたら迷惑こうむるのは同室の子だ。
引き止めても無理矢理出てったってことにすれば、教頭だって強いこと言えないだろう。
仮にそれでも同室の子を怒ったとしても、私にはどうでもいい。
同室のクラスメイトは、私にとって気が滅入るタイプばかりだったから、怒られようが何しようが、出来るだけ一緒にいたくはなかった。
ほんと気ままだよね、いーじゃんウチらが悪いんじゃないんだし、なんて言葉を聞きながら、私は廊下に出た。
右ヨシ、左ヨシ。先生の姿なし。
私は素早く廊下を渡って、非常階段に出た。
9月も半ばをすぎて、さすがに夜は涼しい。
非常階段に腰掛けて、私はi−podを装着した。
静かな洋楽のバラード。ケルト系の音楽。
鴨川を臨む景色を見ながら、私は静かにたそがれた。
「っくしゅん!!」
自分のくしゃみで目が覚めた。
うわ、いつの間にかうとうとしてたんだ。
腕時計を見たら9時半。うげ、30分以上も寝てたんだ。
さすがに風邪を引くのはいやだ。私は部屋に戻ってさっさと寝ようと立ち上がろうとして。
ぱさりと落ちる、白ジャージ。
「ん?」
なんだこれ。私の肩から落ちたみたいだけど。
摘み上げてよくよく見れば、どうも見覚えがあるような。
「さん、目が覚めた?」
「……若先生」
声をかけられて驚いた。
振り向けば、背後にぴったりと若先生がいた。
いつものスーツ姿じゃなくてラフなTシャツを着てる。
「これ、やっぱり若先生の?」
「そうです。さん、こんなとこで居眠りしてたら風邪引いちゃいます」
「寝るつもりはなかったんだけど。えーと、上着ありがとう」
「いえいえ。先生は大事な生徒の健康を管理しなくてはいけませんから」
手渡したジャージに袖を通して、若先生がにこっと微笑む。
「若先生、なんでここに」
「先生、今日の見回り当番です。ちゃんと部屋にいない子を叱りに来ました」
「う」
「……というのは建前で」
にやりといい笑顔を浮かべる若先生。
……なんだなんだ。このなんちゃって教師、なに企んでる。
「先生、さんを誘いに来たんです」
「は? なんの?」
「これから2−B主催の、激闘枕投げ大会があるんです。さんも一緒に青春しようぜ!」
「はぁ?」
おー、と拳を振り上げる若先生に、私は呆れた視線を向けた。
この教師、本気で先生の自覚ないぞ……。
「やだよ面倒くさい……。もう寝る」
「やや、せっかく修学旅行でしか味わえない興奮ですよ? 参加することに意義があります」
「やだ」
「さん」
困ったように微笑んで、若先生は私の対面にしゃがみこんだ。
「優勝者には豪華賞品が出るんですよ?」
ぴく。
「まだなにを賞品にするかは決まってないみたいですけど」
「うぐ」
「さん、参加しないの? ……ほんとに?」
「………………やる」
うう、若先生に言い負かされたのがクヤシイ。
むくれながらも返事して立ち上がったら、若先生もにこにこしながら立ち上がる。
「急ごう、さん。もうすぐ教頭先生の見回りが始まっちゃいます!」
「なんでそんなやる気に満ちてんの……。つか、誘いなら水樹誘えばよかったじゃん」
「水樹さんは西本さんが誘いに行ってます。でも、さんの居場所に心当たりがあるのは先生だけでしたから」
「……よくわかったね」
「えっへん」
無意味に胸をそらして非常階段のドアノブに手をかける。
「さん、ウチの猫そっくりだから。きっとここにいるんじゃないかと」
「猫と一緒にすんなっ!!!」
ずべし!
私は若先生の後頭部に盛大にチョップしてやった。
あああもう、口を開けばムカツク教師だよホントっ!!
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