そしてその日は来た。
 みんながみんな浮かれまくってる修学旅行。
 ……実を言うと、修学旅行って生まれて初めての参加だったりする。


 25.修学旅行初日:団体行動日


「ここ京都御所は、東京遷都までのあいだ天皇の住まいとして使用されており……」

 バスガイドの案内を聞きながら、クラス単位でぞろぞろと京都御所内を移動。
 今日は朝から晩まで団体行動の日だ。
 窮屈でしょうがないんだけど。

、旅行先で問題起こしたら、わかってるな? 毎日就寝前に先生の目の前で反省文書いてもらうぞ」
「マジで……」

 こんなこと出発前に教頭とちょい悪親父から言われてしまったから、抜け出すことも出来ない。

 ガイドの通り一遍の説明なんか聞いてて眠くなる。ふぁあ……。

「クッ……でけぇ口」

 タイミングよく、志波が噴出す声が聞こえてきた。
 振り向けば、前のクラスから遅れた水樹に志波が声をかけたところだった。
 なんだ、優等生の水樹でもつまんないときは欠伸するんだ。

「う、わわ。見たなー?」

 水樹は慌てて口を覆って、志波を見上げる。
 見下ろす志波はまだ笑ってた。

「お前のクラス、先進んでるぞ」
「あ、ほんとだ! ありがとう!」

 先を行く集団から遅れてることにようやく気づいた水樹が、元気な笑顔を志波に見せてから小走りに後を追っていった。
 ふ〜ん……。

「……何にやけてるんだ」

 目を細めて志波を見てたら気づかれた。
 今の一部始終を見られていたことに気づいたのか、少しだけ頬が赤い。

「水樹には志波も過保護だねぇ」
「まだ言ってるのか……」

 もう否定する気もないのか、志波は大きくため息をつく。
 そうこうしているうちに、うちのクラスも次の場所へと移動し始めた。
 成り行き上、仕方なく志波と肩を並べて歩く。

「せっかくの歴史的建造物、自由に散策させてくれりゃいいのに」
「このあと自由時間とってあっただろ」
「そうだっけ?」
「……スケジュール見とけ」

 頭の後ろで手を組んで、ゆっくりと集団の最後尾をついていく。

「お前が歴史的建造物に興味あるとはな」
「は? こう見えて私、世界遺産満載の芸術都市を渡り歩いてきた身だよ? 芸術に関するものならだいたい興味あるし」
「そうだったのか」

 私を見下ろしながら、意外だと言わんばかりに軽く目を見開いてる志波。
 失礼なヤツめ。

「筋肉馬鹿とは違うっての」
「言ってろ」

 気を悪くするでもなく、志波は小さく笑った。


 そして御所内のちょっと開けたところに集合したI組とJ組。

「よーし、じゃあ今から30分自由散策にするぞー。時間までに出口に移動してるバスに戻ってこいよー?」

 ちょい悪の号令とともに、各々ばらけていくクラスメイトたち。
 さて、待望の自由時間だ。
 今日は年に数度しか解放されない御所内を見れる日だから、ある程度見てまわりたいんだけど……どうしようか。

 と思ってたら。
 水樹に声をかけてる志波とシンが目に入ってきた。

 めずらしい。水樹が一人でいるなんて。

 ……あーあー、シンのテンションすっごい上がってるよ。水樹の手なんか握っちゃって、あれ普通にセクハラじゃん?
 でも水樹は笑いながら首を振った。
 はは、ふられてんの。

 その後2,3言会話してたみたいだけど、志波とシンは水樹から離れて二人連れ立って御所の中に入っていった。
 さて、そろそろ私も行くか。

 ぐっと伸びをしてから、歩き出す。
 と。

「シンくん、志波くん」
「お? マネージャー、どうした?」

 角を曲がったところで、今度は野球部のマネージャーがシンと志波に話しかけてるところに出くわした。
 3人と目が合うけど、私は軽く手を挙げて挨拶してそのまま横を通り抜ける。

 するとさらに前方。
 見覚えがあるはね学女子二人組が目に付いた。
 なんだか二人とも両手を握り締めて、私の後方に熱い視線を送ってるみたいだけど……。

 後を振り返っても、シンと志波とマネージャーの3人しかいない。
 なんなんだ一体。

 マネージャーと話し込んでるシンの横で、志波がこっちを向いた。
 一瞬きょとんとした表情を浮かべて、でもすぐにニヤリと笑う。


「は? 私?」

 いきなり声をかけてきた志波は、ポケットに手をつっこんだままこっちに歩いてきた。

「おい勝己、ちょっと待てって」
に用事を思い出した。先に行く」
「「は?」」

 顔を上げて呼び止めたシンと、用事に心当たりのない私は揃って間抜けな声を出した。
 でも志波は歩みを止めず、私のところまで来たか思えば私の右腕を強引にとってそのまま先に進む。

「ちょ、なにする志波」
「いいから」

 めずらしく楽しそうに笑みを浮かべてる志波に連れられて。

 するとさっきの、志波たち3人を熱い視線で見つめていた女子ふたりに声をかけられた。
 頬を紅潮させて、熱っぽく志波を見上げてる二人。
 な、なに?

「察してくれてありがとう!」
「ご協力感謝します!!」
「いや、いい」

 力強く志波にお礼を言ったあと、ふたりはふたたび前方……私の後方のシンとマネージャーを見つめた。
 志波も簡潔に返事して、そのまま私をずるずる引っ張っていく。

「……なにアレ」

 しばらく歩いたあと、ようやく志波が離してくれた。
 植え込みの石段に腰掛けた志波は私を見上げてにやりと笑う。

「アイツら、隣のクラスのマネージャーのダチだ」
「ああ、どうりで見覚えあると思った。で?」
「……ダチの恋路を応援してるんだろ」
「は?」

 恋路を応援って……。

「……マジで? もっと他のマシなの紹介してやったほうがよくない?」
「本人がシンがいいって言うなら、いいんじゃないのか」
「ふーん……」

 マネージャーも奇特な趣味してる。
 シンが紳士的に女と付き合ってるとこなんか、見たことないぞ私は。

 げんなりした顔で辟易してたら、志波が立ち上がった。

「そろそろ行くか」
「……どこに?」
「お前の行きたいところでいい」
「なに、一緒に回るつもり?」
「……嫌ならいい」
「別に構わないけど……」

 なんとも微妙な形容しがたい表情で私を見下ろしてる志波。
 まぁ連れがいなくなって行き先に困ってるっていうんなら、ついてくるくらいいいけどさ。

 私はとりあえず歩き出した。どこに行くかは決まってないけど、とりあえず出口方向に流して見ていこうかと。
 志波は私の隣を歩く。
 玉砂利の音だけが、しばらく響いていた。

「まぁ……正直お前がいて助かった」
「は? なにいきなり」
「マネージャーにも声かけられなかったら、絶対あのままシンのナンパに付き合わされてた」
「あ の 阿 呆 … … !」


 そのまま志波と一緒に御所内をめぐった私。
 平安時代の内裏内を想像しながら説明板を読み歩いて(志波は相当退屈そうだったけど無視)、集合時間ちょうどにバスに戻ることができた。
 すでにほとんどの生徒が戻ってきてて、ウチのクラスはどうやら私と志波が最後だったみたいだ。
 一番後の5人がけの列にシンと志波と野球部3人が座ってて、私はその前の席に一人で座ってる。
 広くて快適。横にもなれる。

「よぉ志波。遅かったな? あのままと一緒だったのかぁ?」
「……お前こそどうなんだ」
「オレ? むさい男二人連れから可愛い女の子同伴に切り替わって、楽しく御所内回ってきた!」

 後から聞こえてくるシンの阿呆な声にため息出る。
 マネージャーさぁ……今からでも遅くないから、シンだけはやめといたほうがいいって……。

 この後はもう1箇所寺院をまわって、その後ホテルに直行だ。
 とりあえず次の観光地につくまで一眠りしよう。

 ……と思ったんだけど。

 5分たち10分たち。
 一向にバスは出発しない。
 そういえばちょい悪も戻ってきてないじゃん。

 ふと窓の外を見れば、隣のJ組のバス車内が騒然としてるのが見えた。
 それに気づいたのは私だけじゃなかったらしく、

「おーい、なんかあったのかー?」

 窓を開けて男子が尋ねる。
 すると向こうも窓を開けて。

「水樹さんが行方不明なんだよー! まだ戻ってこねぇの!」

 ざわっ

 一気にざわつく車内。
 J組側に座ってる子が、一斉に窓を開け放つ。

「なんで? 迷子?」
「それもわかんないんだって! 水樹さん、バスの中に携帯置いてってるみたいでさー!」
「マジで!? ヤバくねぇ!?」
「水樹が時間守らないわけないし、どっかでからまれてるとか!?」

 勝手な憶測で盛り上がっていくクラスメイトたち。
 私はちらりと座席の隙間から後ろを振り向いた。

 志波は、眉間に皺を寄せて、随分心配そうな表情で窓の外を見てた。

 水樹はすごいな。
 人と関わるの極力避けてた志波さえも惹きつけるんだもん。

「I組! 静かに!」

 そこへ、手を叩きながらやって来たのは隣のJ組の担任だった。
 化学担当の綺麗系お姉さん。はね学男子からも人気が高い。

「水樹さんのことを聞いてるでしょうけど、今、坪内先生が保護したという連絡が入りました! 坪内先生はこれからみなさんと行動が別になります。I組の引率は先生が引き受けました。クラス委員、点呼してください!」
「へーっ、ちょい悪親父やるじゃん!」
「よかったね、水樹さん見つかって!」

 なぜか沸き起こる拍手に、ちょい悪喝采の口笛。
 なんだ、ちょい悪戻ってこないと思ったら水樹探しに行ってたんだ。

 点呼を取り終えて、J組の担任はバスガイドと会話をかわしてバスを降りていった。
 そのままウチのクラスのバスは担任不在のまま動き出す。

「みなさま、お疲れ様でした。最後ちょっとトラブルがあったようですが、無事解決したようですので出発いたします……」

「水樹さん見つかってよかったよな。もしかして、あのまま一人で動いてたのかな」
「……さぁな」
「一人で見てまわりたいって言ってたけど、クラスに友達いねぇのかな。仲いい子ってみんな前半クラスだって言ってたもんな」
「だな」
「おいっ」

 すぱんっ

 水樹も見つかったことだし移動も開始したし、ということで昼寝態勢に入っていた私の頭を、シンがまるめたしおりで叩いた。

「なにするっ!!」
「なにするじゃねーだろお前」

 むっとして座席の背もたれ越しにシンを振り向けば、シンはぽんぽんとしおりを叩きながらこっちを睨みつけていた。
 なんで私が睨まれなきゃならないんだっ。

「お前、若王子先生から水樹さんのこと頼まれてたんだろ。ちゃんと優しくしてやれよ!」
「んなこと言われなくたってしてるって!」
「どうだか。お前、水樹さんに嫉妬してるんじゃないだろうな?」

「は?」

 シンの言葉に反応したのは、志波だった。
 いや、なんでそこで志波が反応すんの?

「なにそれ」
「お前より水樹さんのほうが若王子先生と仲いいからって、ヤキモチ焼いてんじゃねぇの?」

 なぜかシンも志波のほうを横目で見ながらそんなことを言う。
 志波は目を見開いて私を見上げた。

 って、ちょっと待て……

「なんで、私が、若先生なんかと……馬鹿も休み休み言えーっ!!」
「へっ、図星さされて逆ギレ……ってお前凶器は無しだろ! ちょ、待てお前、補助席外すなっ!!」
「おい!? 、待てっ!!」
「うおおお、姉が切れたぁっ!!」
「ああっ! 唯一クールビューティをとめられるちょい悪がこんな時に限っていないっ!!」

 私の怒りのリミットブレイク!!

 慌てるシンのみならず、隣の志波も野球部仲間も、仲裁に入ろうとしたクラスメイトも巻き込んでの大乱闘が始まった。
 つか、今日のは本気で頭きた!
 シンに生意気な口きかれたことも、志波が、軽蔑したような、なんか、へんな顔してこっちを見たことも。

 水樹には敵わないって、なぜか強く思い知らされた気がして。

 私は怒りまかせに暴れまくった。



「センセー、なんか前のバスで乱闘起こってますけどー……」
「坪内先生が姉弟のケンカに素人が入っちゃだめだって言ってたから、次の目的地までそっとしておきましょう」
「いいんですか……?」



 その夜、私は怒り心頭の教頭の目の前で反省文を書かされた。
 ううう、納得いかない……。

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