、明日の練習試合志波誘って見に来い」
「は?」


 22.2007年6月17日


 昨日の夜、居間のソファに寝転がって音楽サイトの新曲リストを眺めていたら、そんなことをシンに言われた。
 リストを下げて見上げれば、風呂上りのシンが私の真上から見下ろしてる。

「練習試合って、野球部の?」
「他になにがあんだよ」
「なんでわざわざ」
「明日の対戦相手、志波の因縁のピッチャーが進学した学校だ」

 ばさりと。
 リストをテーブルに置いて私は体を起こした。

「ふーん……。でも志波野球部じゃないし、復讐出来ないじゃん」
「復讐ってお前な。でもなんかのきっかけになるかもしれねぇだろ。アイツの正義感が、今度はいい方向に爆発しそうな予感もするし」
「へぇ」

 どういうわけか、シンのカンっていうのは昔からよく当たる。
 そのシンがそう言うんだったら、そうなのかもしれない。
 でも。

「なんで私がわざわざ志波に世話焼かなきゃなんないの」
「お前な……いっつも若貴のことで世話ンなってんだろ。少しくらい恩返しっつー発想ねぇのかよ」
「う、それを言われると」
「それにオレが誘うよりかはが誘ったほうが成功率高そうだし……」
「は? なんで?」

 ぼそりと言ったシンの言葉を、私の耳はきっちり拾う。
 するとシンは「あー」と唸ってタオルで髪をがしがしと拭きながら。

「はばたきネットで、お前の今週の運勢、おしゃれが91%のいい確率だったから」
「双子で生年月日も血液型も一緒なんだから、シンだっていいんじゃん……」
「男が男に相性よくてどうするっ! 気持ち悪ィこと言うな!」

 まあそれはごもっともだけど。

 仕方ない。
 私はシンの提案を飲むことにした。
 さて、あの頑固者をどうやって連れて行こうか。
 ストレートに言ったら拒否されるのがオチだろうから、少しまわりくどくしなきゃならないんだろうな。

 えーと、えーと。


「志波、今日ヒマ? ヒマなら野球部の練習試合見に行くよ」
「…………」

 ……結局ストレートに。
 策略を練る、なんてマネが私に出来るわけがないんだ。ホント。

 いつもの森林公園の朝。噴水に腰掛たまま、志波は呆れたような視線を私に向けた。

「なんなんだいきなり」
「んーと、志波いっつも野球部の練習見てるじゃん。だから練習試合も見に行くんでしょ?」
「……」

 口を結んで返答拒否する志波。
 そこへ、水樹が走りこんできた。

「志波くん、さん、おはよっ」
「おはよ水樹」
「オハヨ」

 いつもどおり元気よく挨拶してくる水樹。
 最近は体力もついてきたみたいで、走る距離も長くなってきてる。
 コツコツと努力を怠らない水樹はホント偉いと思う。

「あれ、取り込み中だった?」
「いや」
「あ、そっか」

 ぽんと手を打つ。
 水樹を誘えば志波もついてくるかもしれない。そうだ。そうに違いない。

「水樹、今日ヒマ? 野球部の練習試合見に来ない?」
「野球部の練習試合? さんも行くの?」
「……も?」

 きょとんとして水樹を見ると、なぜか志波がため息をついた。
 水樹も噴水に腰掛けて、汗をぬぐいながら私を見上げる。

「私も行くんだよ、練習試合。野球部のマネージャーに誘われたの。藤堂さんも来るよ!」
「へ、藤堂も?」
「うん。なんでも今日の試合、何かが起こるみたいで」

 よくわかんないんだけど、と言いながら水樹は志波を見る。

「志波くんも誘って、って言われたんだけど。志波くんどうしても行かないって言うから」
「へー、水樹が誘っても駄目か……」

 なんだ、それじゃあ私が誘っても駄目じゃん。
 つか野球部、今日の試合で何やらかす気なんだか。

「あっと。私それでマネージャーに手伝い頼まれてるんだった。先行くね。じゃあね、さん、志波くん」
「ん、じゃあ学校で」
「ああ……」

 朗らかに元気よく。水樹はとてとてと走り去っていった。
 さて、どうするか。

 ちらりと志波を見下ろせば、こちらもちらりとこっちを見上げていた。

「なに」
「……別に」
「あっそ」
「……
「なに」

 用があるならさっさと言え。
 私は軽く息を吐いて志波の真正面に立つ。

「今日、何かあるのか」
「私もよくは知らないけど。シンが言うには、今日の対戦相手の学校のピッチャー、志波と問題起こしたアイツみたいだよ」
「……なんだって?」

 ぴくりと、器用に片眉を上げて志波が反応を示す。
 やっぱり気になるか。これは。

「またなんか起きるかもしれないし、起きないかもしれないし」
「……」
「ま、気が向いたらくれば?」

 私はシンみたいなカンのよさはないけど、なんとなく。
 今日、志波は試合を見に来るような気がする。

 私はそのまま志波を置いて森林公園を出た。
 手伝いを頼まれてるわけじゃないけど、とりあえず私も学校に行っておくか。
 ……制服じゃないと駄目なのかな。


 で、はね学野球グラウンド。
 私が到着したときにはもう練習試合は始まっていた。っていうか、もう終わりかけてた。
 若貴をリビングに連れこむのに時間かかったからなー。

 ベンチには確かに藤堂と水樹の姿がある。マネージャーのサポートでもしてんのかな。

 私は野球グラウンドと陸上トラックの間にある、体育館側のネット裏に行った。
 小高い土手になってて、午前中は校舎の影が落ちるから暑くもない。
 野球グラウンドも一望できるけど、あまり目立たない場所。

 すでに志波が来てた。

「なんだ、来たんだ」

 声をかけると、志波はゆっくりとこっちを見て、でもすぐに視線をグラウンドに戻す。
 突っ込む必要もないかと、私は志波と少し距離をとって隣に座った。

「試合は?」
「1−0で負けてる」
「なんか事件起こった?」
「いや」
「なんだ」

 別に事件が起きて欲しいわけじゃないけどさ。
 シンの口調だとなんか起きそうな様子だったし。

 志波からグラウンドへ、視線を移す。
 するとタイミングよく、攻撃側のはね学バッターが快音を鳴らしてホームランを放った。

「よしっ、ツーラン! 逆転だ」

 野球の試合を見るのは嫌いじゃない。
 ほんの少しの時間だけど、リトルリーグに在籍してたこともあるし。
 なによりかっちゃんと遊んでた頃は、毎日野球だったから。

「逆転したか……」

 ところが志波の口調は重い。

 ……あ。

 『志波のいたチームが勝ち越した瞬間、相手チームのピッチャーがビーンボール連発してきたんだってよ』

 2月に聞いたシンの言葉がリフレインする。
 そっか、何か起こるとしたら逆転してからか。
 9回表。コトが起こるなら今だろうし。

 もう一度グラウンドを見つめた。

 4番バッターが生還して、バッターボックスには5番の選手。
 沸き立つはね学ベンチをよそに、なんだかグラウンドはぴりぴりしてた。

「っ!」

 志波が急に立ち上がった。
 その瞬間!

「うわっ!」

 グラウンドから鈍い衝撃音と、悲鳴。
 見れば、5番のバッターが左腕を抑えてうずくまっていた。

 バッチリ見た。
 相手のピッチャーが、球を投げる前に笑ったところ。
 始まった!

「マジであんなことするヤツいるんだ!? つか、なんであんなのがピッチャーに選出されてんの!?」

 バッターボックスにうずくまる5番の選手に、救急箱を持った水樹や藤堂やマネージャーが駆け寄ってる。

「おいおい、代走ならさっさと交代してくんねぇ?」

 対する相手ピッチャーはボールをいじりながら馬鹿にした声を出して。

 かちん。

「殴る。あとヨロシク」
「待て。お前が出てってどうする!」

 右腕をぐるぐる回しながら立ち上がると、志波に左腕を掴まれて止められた。

「志波の気持ちよくわかった。アイツ殴って選手生命終わらせてやる」
「物騒なこと言うな。たとえ野球部に関係なくても、はね学の制服来たヤツが暴力振るえば終わりだ」
「じゃあアイツはなんなの! 凶器振るってんのにお咎め無し!?」
「……左腕へのデッドボール1回でビーンボールの証拠にはならないからな……」

 うああムカツク……!!

 見れば藤堂も水樹に止められてるところだった。
 くそー、私と藤堂に任せてもらえればあんなヤツ、二度と陽の目が見れないようにしてやれるのにっ!!

 5番は控えの選手たちに抱えられてベンチに下がる。
 その間に代走が立って、6番の選手がバッターボックスに入った。

「シンだ」
「ああ」

 はね学の6番はシンだ。
 よしっ、シン! ピッチャー返しで顔面狙ってやれっ!!

 が。

「わぁっ!」

 シンが慌ててしゃがみこむ。
 あ の ピ ッ チ ャ ー ! !

 今度は間違いなく頭を狙ってきた!
 シンは反射神経いいから避けられたけど、あんな硬球、ヘルメットしてるからって即頭部にくらったら……
 下手したら命にかかわるってのに!!

「頭来た!」
「おい、待て!」

 志波の制止を振り切って、私は土手を降りて野球部グラウンドへと走り出す。
 ところが、あっさり志波に追いつかれてまた右腕を掴まれてしまった。

「離せ志波!」
「馬鹿か! お前にオレと同じ過ちをさせられるかっ!!」
「だって、あんなの」

 志波に食ってかかろうとしたときだ。

 乾いた衝撃音。

 振り返れば。
 スローモーションのように、シンがかぶっていたヘルメットが破片を散らして吹き飛んで、シンの体がそのままグラウンドに横倒しになるところが見えた。

 私の即頭部に、鈍い痛みが走る。

「シン」

 はね学のベンチから悲鳴が上がる。

「シン!!」

 志波の腕を振り解いて、私は走り出した。

「シンくん! しっかりして!」
っ! 、大丈夫か!? 返事しろ!」

 ホームベース付近で、シンを取り巻いて必死でシンを呼ぶ部員たち。
 私はそれを掻き分けて、シンの元に膝をついた。

「シン!? シン! 返事しろっ!!」

 ぐったりと目を閉じたシンはなんの反応も返さない。

 うそだ。こんなの。

「シン! いやだ、シン!!」
さん、揺らしちゃだめ! 頭を打ってるから、動かしちゃだめ!!」
「だって、シンが返事しない!」

 いやだ。
 シンがいなくなる。
 お母さんに続いて、シンまで。

「やだぁっ!! シン、シンーっ!!」

 涙が溢れてきた。
 必死で叫んでも、シンはなにも反応を返さない。

、落ち着け。大丈夫だ、脈もしっかりしてるし呼吸もしてる」
「さっき救急車呼んだからね、さん。大丈夫だよ、くんはきっと」
「だって、でも、シンが」

 藤堂と水樹が私を宥めようとしてるけど、軽くパニックに陥ってる私はどうしていいかわからない。
 馬鹿みたいにシンの名前を呼び続けて、ずっと。

 やがて。

 ばたばたしているうちに救急隊員がやって来た。
 手早くシンをストレッチャーに乗せて運んでいく。
 その頃には騒ぎを聞きつけた陸上部の若先生もやってきて、不在の野球部顧問の代わりに私と一緒に救急車に乗って病院に行くことになった。

!!」

 グラウンドに入ってこれない救急車のもとへ、ストレッチャーを運ぶ。
 その時、後から志波の声が聞こえた。

 振り向いても、涙でかすれてよく見えない。
 でも、志波が大きく頷くのだけはわかった。

 それを見たらなぜか少しだけ、気持ちが落ち着いたような気がした。


 シンは市内の救急指定病院に担ぎ込まれた。
 すぐに集中治療室にかつぎこまれて、CTだMRIだと専門用語が飛び交う中、たくさんの医者に囲まれて。

「ご家族の方は外でお待ちください」

 そう言われて、私と若先生は外に出される。
 廊下の長いすに、私は放心したように崩れ落ちた。

さん、大丈夫?」
「……シンがいなくなったらどうしよう」
「そんなこと考えたら駄目です。さん、気をしっかり」
「うん」

 膝に両肘をついて頭を抱え込む。
 若先生は、私の背中を大きな手で撫でてくれた。

 長い時間がすぎる。
 シンは集中治療室から出てCT室やらなにやらいろいろなところに担ぎこまれて検査が続いてる。
 どうなんだろう。まだわかんないのかな。

 私とお母さんが事故にあったときも、親父はこんな気持ちで飛行機でアメリカに駆けつけたんだろうか。

 ただ時間だけがすぎる。

っ!」

 呼ばれた。
 顔を上げると、藤堂と水樹と野球部マネージャー、それから野球部員が二人、廊下を走ってきた。
 試合が終わったのかな。

さんっ、シンくんの容態は!?」
「……さぁ」

 息咳き込んで駆けてきたマネージャーだけど、返せる言葉がまだない。

「まだ検査中です」
「まだ……」

 私の代わりに答えた若先生の言葉に、みんなが重苦しく息を飲んだ。

「試合はどうなったんですか?」
「勝ちましたよ。……あ、さん」

 若先生の問いかけに水樹が答えて、そして私に声をかける。
 のろのろと顔を上げれば、水樹は微笑んでいいのかどうか、といった表情で私を見てた。

「志波くんがくんの仇を取ってくれたんだよ! あのピッチャーが性懲りもせずになげたボール、志波くん1発ホームランだったんだから!」
「……志波が?」

 なんで志波が試合に出たの?
 視線をずらす。

 みんなの後ろからこっちを見てた野球部のユニフォームを来た野球部員。
 ひとりは3年生の主将だろうけど、もう一人は。

「……志波?」
「ああ」

 志波だった。

「……野球部に戻った。シンとお前がチャンスをくれたからな」
「そう」
「オレがいつまでも愚図ってたせいで……シンをこんな目にあわせた。悪ィ……本当に」
「ううん」

 辛そうな顔してる志波。
 シンの予想、今回も当たったね。

 でも。

「志波が野球できるようになってよかったと思う……けど」

 う。
 また涙出てきた。

「今度はシンが……シンが、野球、出来なく、なったら」
さん、そんなことないよ」
「そうです。さん、しっかりしてください」
「でも、まだ検査終わんない……」

 水樹と若先生が私の両隣に座って気遣ってくれるけど。
 怖い。怖くて涙がとまらない。

「やだぁ。シンが、し、ぬ、なんてことに、なったら」
「そんなことないです。くんは大丈夫です」
「だってまだ起きないじゃん! 検査も終わらないし! シンが、シンが」



 ヒステリックに若先生に八つ当たりしてしまう。
 そうしたら、志波が目の前まで来た。

「志波」

 見上げた志波の表情はなんとも複雑な顔をしていた。

 そのまま、抱きしめられる。

「大丈夫だ」
「っ……でも」
「大丈夫だ」
「……う……」

 若先生とは違う大きな手で、頭を何度も撫でてくれた。
 少し汗の匂いがするユニフォームごしの体温が、気持ちを落ち着かせてくれる。

 志波。
 なんか……元春にいちゃんみたいだよ。

 志波のユニフォームの裾をぎゅ、と掴む。
 ただ「大丈夫だ」としか言わない志波なんだけど、若先生よりも、水樹よりも。心が落ち着いてくる。

 その時、処置室のドアが開いた。

「シン」

 志波が離れる。
 私もすぐに立ち上がった。
 中から出てきた医者は、ばらばらな格好の私たちを見ても顔色ひとつ変えずにぐるりと見回して。

「ご家族の方は」
「っ、はい」

 返事して医者のもとへ。
 すると、中からストレッチャーに乗せられたシンが出てきた。

「シン!」
「一般病棟に移します」
「シンは、どう、なんですか」
「大丈夫。脳波の異常もないし、内出血もない。頭蓋骨の損傷もありません。脳震盪と、言うなれば打撲のみです。目が覚めれば退院できますよ」
「本当に!?」

 はい、と頷いて医者は去っていった。

「よ、よかった……シンくん、無事で!」
「マジでよかった! うちのエースピッチャーが無事でよかった!」

 マネージャーがほっと息をついて涙を拭う。
 主将も胸を撫で下ろして廊下の椅子に座り込んだ。

「お騒がせなヤツだねぇ。意識を手放さなけりゃ、こんな騒ぎにならずにすんだってか」
「まぁまぁ藤堂さん。でもよかったね、大したことなくて!」
「先生も一安心です。やー、本当によかった」

 がらがらと運ばれていくストレッチャーについて、みんなも一般病棟へとついていく。

 そっか、無事だったんだ。
 なんともなかったんだ。
 野球、続けられるんだ。
 ……よかった。

「……?」

 志波が私を振り向いた。
 その声に反応してみんなも佇んでいた私を振り返る。

 かくんと、膝の力が抜けた。

「っ、おい!?」
「わぁっ、さん!?」

 みんなの悲鳴を聞きながら、私の意識は闇に落ちた。


『そっか、野球に戻ったのか』
『ああ。お前のお陰だ。サンキュ』
『いや、ふんぎりつけたのはお前だろ。でもよかった。お前と絶対甲子園行くって、オレの夢だったし』
『ああ……約束だったな』
『そうだぞ。お前、野球から離れて腕鈍らせてねぇだろうな!? 明日から先輩としてばりばりしごいてやるからな!』
『クッ……お手柔らかに、先輩』
『……お前に先輩って言われんの、ちょっとホラーだな……』

 声がする。

『それでお前、には言うのか?』
『……』
『もう野球に戻ったし、どうせ過去のことも暴露しちまったし、隠しとく理由なんかねぇだろ?』

 なにを?

『……あいつが好きなのはかっちゃんだろ』
『は?』
『だったらオレは、かっちゃんを超える。超えてみせる』
『……お、おいちょっと待て? お前まさか……』
『……だったらなんだ』
『まじでーっ!? お前、水樹さんとか海野さんとか、あんな美少女近くにいて、なんでコレを選ぶんだよ!?』
『ほっとけ』
『信じらんねぇ……』

 なにが。

 うすく目を開ける。
 そこには志波と、シンが向かい合ってなにやら言い合っていた。

 あ。

「シン!!」
「うわ、ビビった!! よ、よう。大丈夫か?」
「こっちの台詞! もう平気なの!?」

 飛び起きた。
 さっきまでぐったりしてたはずのシンが、ぴんぴんしてベッド脇の椅子に腰掛けてたから。

 って。

「……なんで私が寝てるの」
「さぁ。オレは現場見てないから知らねぇけど。お前、失神したらしーぞ?」
「へ?」
「シンがストレッチャーで運ばれるとき、いきなり倒れた。先生は心労だって言ってた」

 志波がいう先生が医者なのか若先生なのかは知らないけど。
 うあ、そうだったんだ。
 ……なんか恥ずかしい。

 私は靴を履いてベッドから降りた。

「シン、頭大丈夫?」
「精神異常者みたいな聞き方すんな……。あぁ、もうくらくらしてねーし、全然平気」
「なんだ。心配させるなっ」
「悪かったって」

 がしがし頭を掻きながらも、ちっとも反省してない笑顔を浮かべるシン。
 本気で心配して損した。ちぇ。

 3人で病室を出て受付に回る。
 シンが会計を済ませている間、私と志波は待合所の椅子に腰掛けて待っていた。

「みんなは?」
「シンとお前を病室に寝かせたのを見届けてから帰った。先生が、明日は無理して登校しなくていいって言ってたぞ」
「ふーん? 別にどこも悪くないから登校するつもりだけど。志波はなんで残ってんの?」

 疑問を口にすると、志波は一度私をじっと見てから、にやりと笑う。

「秘密だ」
「なんだそれ」
「……シンに怪我させたのはオレのようなものだからな」
「また妙な責任感持って。損する性格だよね、志波って」
「そうでもない」
「そう?」
「むしろ得した」
「は?」
「……得」

 ……いつにもまして変なヤツ。

 とそこへ。

「おいおい大丈夫かぁ? シンもも倒れたって聞いたけど……なんだ、ピンピンしてんじゃねぇか」
「元春にいちゃん!」

 車のキーを指先で回しながら現れたのは、元春にいちゃんだ。
 私はすぐに立ち上がって、元春にいちゃんの腕の中にダイブする。

「はいはい。ちゃーん。公共の場でベタベタするのはやめようなー?」
「いいじゃん。元春にいちゃんと会うの久しぶりなんだもん」
「お前の甘え癖も相変わらずだな。シンはどうした?」
「会計してる……あ、戻ってきた」

 元春にいちゃんの腰にぎゅーっと腕を回しながら受付を見れば、呆れた表情で戻ってくるシン。

「春ニィ……」
「若王子から連絡貰ってよ。オジサン今日も仕事で出てんだろ? 優しい従兄弟のおにーちゃんが車で迎えにきてやったぞ」
「あーうん。サンキュ」
「お、勝己も一緒か。お前らほんと、いつでも3点セットだな」
「……」

 渋い顔して元春にいちゃんを見てる志波。
 む。

「志波っ、せっかく元春にいちゃんが迎えに来てくれたんだからお礼くらい言えっ」
「あー、あー、。お前もういいから。春ニィと先行ってくれ」
「シンと勝己はどうすんだ?」
「すぐ行くって。2,3分だけ」
「そうか? じゃあ行くか、
「うんっ」
「とりあえず、歩きづらいから離れろな。抱きつきたいなら腕にしてくれ、腕に」
「うー……仕方ない」

 まだ病院に用事があるらしいシンと志波を残して、私は元春にいちゃんの腕にしがみつきながら、病院を後にした。

 でもまぁ、丸く収まってよかった。
 シンの怪我も後遺症がなかったし。
 志波も、野球に戻れたし。

 ……う、なんかこれでまた志波に負けてる気がしてきた。
 私も、なんとかしなきゃ。



「……」
「あー志波」
「なんだ」
「お前が超えるべきはまずかっちゃんよりもなによりも、春ニィ?」
「だな」
「てごわいぞー、春ニィは……」
「問題ない。潰す」
「潰すな! 人の従兄弟!!」

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