今日から新学年新学期。
無事進級できた私は、始業式早々遅刻して行った。
20.2年目:始業式
「えーと……」
今頃他の生徒は体育館で始業式の最中だろう。
別に校長の話なんて聞きたくもないし、、私は正面玄関前に張り出されたクラス割表をのんびりと見上げていた。
A組から順番に自分の名前を探す。
えーっと……A組には氷上と水島か。B組は今年も若先生で、はるひと海野と佐伯。C組に……あれ?
「針谷、幸之進……あれ、これってのしんのこと?」
へー。針谷のしんじゃなかったんだ。時代劇調な名前だったんだな。
それからC組には藤堂もいる。D組に小野田とクリス。前半クラスに随分かたまっちゃって。
その後もなかなか出てこない自分の名前を探して、後半クラスまで表を追っていって。
ようやく見つけたのは最後から2つめのI組。
シンの横に私の名前。
……って、シンと同じクラスか!!
「なんか双子って分けられそうなものだけど」
首を傾げつつ、担任を確認。
あ。
「ちょい悪親父のクラスだ!」
私はぱちんと指を鳴らした。
女子に人気のある若先生と違って、こっちは男子に人気のある古文担当の学年主任、通称ちょい悪親父。
といっても服装がちょい悪なんじゃなくて、素行がちょい悪な先生で、生徒の悪巧みに寛大だってことでのしんやクリスも好きだって言ってたっけ。
ま、若先生のようなぼけぼけ教師ではないし、多少は張り合いある先生かな。
私は右手で鞄を担ぎなおして2−I教室へと向かった。
2階の廊下は静かで、各教室からは先生たちの声が漏れていた。
うわ。始業式終わってたか。
私は足早に廊下を通り抜けて、がらっと2−Iの教室のドアを開けた。
がらっ
割と大きな音が鳴り、クラスのメンツが一斉にこっちを見る。
あ。シンがため息ついた。
「おはよーございまーす。私の席どこ?」
「、社長出勤だなぁ。寝坊か?」
教壇のちょい悪親父に向かって片手を上げて挨拶すると、ちょい悪はにやりと笑って、手にしていた出席簿をぽんぽんと手のひらで弾ませた。
「寝坊したんじゃなくて、出掛けに猫が」
「猫? お前、若王子先生みたいな言い訳するな?」
「は? 若先生?」
「まぁいい。まだ出欠とる前だったから、今日は見逃してやる。席つけ、。おら、そこの空いてるとこだ」
ぽすんと出席簿で私の頭を叩いて、そのまま背中もぱすんと叩かれる。
ちょい悪親父が指したのは廊下から3列目の一番後。
私はクラスメイトの好奇の視線を浴びながら席に。
……うげ。
「……」
「……」
私の隣の席。
頬杖つきながら、眠そうな目でこっちを呆れたように見上げる視線。
志波だ。同じクラスだったんだ。
「若貴が暴れたのか」
「うん」
「そうか」
それだけ聞いてきて、ふあぁと欠伸をして、興味なさそうに前を向く志波。
シンと志波と同じクラスか……。
なんか変なメンツ。
「おーし、全員集まったなー? 出欠取るから返事しろー。市川ー」
私が席に着いたのを確認してからちょい悪親父が出欠を取り始める。
「ー」
「「はい」」
「ああ、そっかそっか。は二人か。お前ら双子かぁ。選択授業で入れ替わるなよー?」
「先生、ガタイが違いすぎるって!」
「はっはっは、そりゃそうだ。えーと、じゃあ姉ー」
「はぁ?」
「弟ー」
「はい」
って、もう少しマシな呼び分け方ないんかいっ。
ちょい悪はそのままさくさくと出欠を取り終えて、明日以降の時間割やら家庭調査票やらなんやらプリント類を配布する。
「それからえーと……ああ、班分けな。とりあえず横一列でひとつの班ってことにしとくからな。前から1班2班、一番後が6班だ。しばらくこれで掃除当番も回すからなー」
「ふーん……じゃあ志波と同じ班だ」
「サボるなよ」
「こっちの台詞!」
余計な突っ込みを入れる志波に、むっとして言い返してやる。
すると。
「おら志波と姉か? 先生が話してるのに私語すんな。……そういやお前、妙なあだ名があったな。姉がクールビューティとかなんとか」
「は? あーうん。なんかそんな風に呼んでるヤツもいるけど」
怪訝そうにちょい悪を見上げれば、親父は顎に手を当ててにやにやと笑ってる。
「姉がビューティなら志波がビーストでビューティ&ビースト。美女と野獣だな! ああ、似合ってるんじゃないのか? お前ら」
「「は!?」」
どっ
ちょい悪親父の言葉に、クラス全体が沸いた。
全員がこっちを振り向いて笑ってる。
不本意そうな顔した志波。
なんかその顔見てたら、私もおかしくなってきた。
「ビースト! 野獣! はは、志波、似合ってんじゃん!」
「……言ってろ」
あ、ふてくされた。ふふ。
ちょい悪は腕を組んで満足そうに頷いて、ばすばすと出席簿を叩く。
「よーしよし、静かにしろよお前らー。連絡事項は以上だ。なんか質問はあるか?」
ぐるりとクラスを見回して、無言の返事受け取るちょい悪親父。
「よしっ、じゃあ今日はここまで! 日直はこっちから回すからな。おう、号令っ」
「起立ー、礼っ」
「よーし、寄り道しないでさっさと帰れよー」
がたがたと、日直の号令とともに帰り支度を始めるクラスメイト。
この程度の連絡事項伝達しかしないんだったら、メールで回してくれりゃいいのに。
私は椅子にもたれてぐーっと背伸びした。
「おい」
「んー?」
そこへやってくるのは、さっさと身支度済ませたシンだ。
眉間に皺寄せて、志波の横で私を見下ろしてる。
「お前、これからあんまり遅刻すんなよな。オレまで目立っちまうだろ」
「んなこと言ったって、若貴がおとなしくリビングに入らないんだもん」
「だもん、じゃねっつの」
そんなこと言ったって。
普段若貴は家の中を自由に徘徊させてるけど、シンの部屋は趣味の工具やらで結構危険だし、親父の部屋はダンベルやらなんやらで危ないし、人がいない日中は若貴を安全なリビングに入れておかないと。
だけど、動物に嫌われる体質の私にもちろん若貴は懐かないし、そのせいでリビングに入れるのも一苦労。
比較的慣れてるシンは野球部の朝練でさっさと出かけちゃうし。
「あーあー、かっちゃんがいてくれたら楽なのになー」
「あーあー、そうだなー。かっちゃんがいてくれたらなー」
私がふんぞりかえりながら言うと、シンも口真似してひょいと肩をすくめる。
「なー」
「オレを見るな」
シンはそのままなぜか志波を見て。
あ、そっか。
私は身を起こして志波に指を突きつけた。
「人を指すな」
「志波に来て貰えばいいんだ」
「……は?」
「志波、若貴に好かれてるじゃん。学校行く前にうち寄ってよ。若貴リビングにつっこむだけでいいから」
「はぁ?」
「どーせ通り道でしょ。よしっ、決まり!」
「勝手に決めるな!」
「さーて帰るかー」
明日からの憂いも取れて万々歳。
そうと決まれば、終わった学校にいつまでいても仕方ない。
右手で鞄を担いで、半分以上が帰ってしまったすかすかの教室を私も出る。
志波の抗議は勿論無視。
ところが。
「あっ、さんっ! よかった、さんこのクラスだったんだ!」
「あれ、水樹?」
教室うしろのドアから出ようとしたら、開けたところに水樹がいた。
私を見上げて、心底安堵したような表情をしてる。
「なんかあった?」
「うん……なんかみんな前半クラスにまとまっちゃって、私一人で後半クラスになっちゃってね。寂しいなーって思ってたんだけど」
「へぇ」
「でもさんが隣のクラスでよかった! 体育とか合同授業のときよろしくね」
「いいけど。水樹J組? ここ志波もいるよ」
体をずらして、水樹からも志波が見えるようにしてやる。
机に頬杖ついたまま座ってふてくされてた志波も、水樹を見て少しだけ目を見開いた。
「ほんとだ。志波くんもこのクラスにいたんだ。私隣のクラスだから、よろしくねっ、仲良くしてねっ!」
「……ああ」
戸口でぶんぶん手を振る水樹に、どう反応したものかと志波もとりあえず片手を上げる。
「あ、私バイトだった。じゃあね、志波くん、さん。明日からよろしくね!」
「うん、わかった」
「ああ」
ぽんと手を叩いて、慌しく水樹は去っていく。
……普通はあんなもん?
友達と離れ離れになったら、寂しいもんなの?
たかがクラス分けだと思うんだけど……今生の別れってわけじゃあるまいし。会おうと思えば、同じフロアなんだしさ。
……あ。そうじゃないか……。
私は廊下に出て去っていく水樹の後姿を見た。
水樹、家族全員亡くしてるんだっけ。
人が離れていくことに敏感なのかな。
そっか……。
「志波っ」
「なんだ」
振り向いた先で、志波とシンがなにやらもめてたみたいだけど、私が声をかけると面倒くさそうな声を出して立ち上がった。
鞄をかついでシンと一緒にこっちにやってくる。
「水樹に優しくしてやんなよ」
「……は?」
「なんか寂しそうにしてたから」
「……言われなくても」
何を言ってんだ、って言わんばかりの怪訝そうな表情で見下ろしてくる志波。
「お前こそ親切にしてやれ」
「言われなくても。水樹は私の数少ない友達だもん」
「……そうだったな」
「先生も親切にしますよ」
「あ、オレもオレも」
「……若先生、いつの間に」
私と志波の間に割り込むようにやってきたのは、授業もないのに白衣を着た若先生。
にこにこといつもののんきな笑顔を浮かべて、水樹の姿が廊下奥の角に消えるまでその姿を目で追ってたけど。
「さんが水樹さんのお隣さんでよかった。仲良くしてあげてください」
「なに若先生。新学期早々に水樹の父親代理してんの?」
「もちろんです」
「そんなの新しい担任に任せとけばいいじゃん。えーと、なんだっけ。えっへん行為」
「……越権行為のことか……?」
「それそれ。じゃないの?」
「そうかもしれません」
あっさりと。
私の言葉に小首を傾げながらも肯定する若先生。
「でも水樹さんが元気に学校生活を送れるなら、そのくらい問題になりません。教頭先生だって先生、やっつけちゃいますよ」
「なんか強気だね、若先生……」
ちらりと志波を見上げてみれば、こちらはなんともいえない表情で若先生を見てた。
これってもしかして。
水樹をめぐって志波と若先生、バトル中?
うわ、マジで?
なんかすっごいおもしろそうなんだけど!!
「なぁ」
「ん?」
ひとり蚊帳の外にいたシンが、とんとんと、私の肩を叩く。
振り返った先のシンは、にんまりとこう、いい笑顔。
なんか企んでるな、コイツ。
「水樹さんの事情はよくわかった。オレも協力するから、水樹さん紹介してくれっ!」
「駄目だ!」
「駄目ですっ!」
ぱしっと両手を合わせて拝んできたシンに対して、私が返事するより早く志波と若先生が反応した。
さすが。
「くんのプレイボーイぶりは先生も知ってます。純粋な水樹さんに近づけることはできませんっ」
「だな。大体お前、ラクロス部のとサッカー部の女マネはどうした」
「やや、くん二股はブ、ブーです。不誠実ですよ」
「なに言ってんすか若王子先生。あの子たちは友達っすよ友達。オレだって水樹さんとは長いことお近づきになりたいなーと」
「信用出来るか」
「なんだよ志波、唯一無二の親友に向かってその言い草は〜」
「誰がだっ」
ばちばちばち
おー、思いがけずおもしろい。
三者三様の男どもの駆け引きを眺めるために、私は教室角の席に腰掛けた。
さて。
まぁこんなカンジで新学期が始まった。
志波VS若先生かぁ……。
なんかこれだけで1年楽しめそうな気がする。
「おい」
「ん」
「お前また何か変な誤解してないだろうな」
「してないよ。それより若貴早く連れて来て」
「……」
あっさりと若貴の首根っこをつまみあげてやってくる志波の表情は渋い顔。
最初文句を言ったものの、志波は律儀に毎朝若貴収容にやって来てくれている。
「よしっ、今日も若貴捕獲完了! さて、学校行こっか」
「……走らないと遅刻だぞ」
「えー……」
「走れ」
「うー」
……で、その副産物というのかなんなのか。
鬼志波に促されて、私の遅刻も減って行った。ううう。
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