元春にいちゃんと再会した森林公園。
この公園、早くも私はホームにしていた。
2.羽ヶ崎学園入学式
入学式の朝は綺麗に晴れ渡っていた。
朝5時に居間に下りていけば、すでにシンも親父もいなかった。
シンはきっと海まで走りこみに行ってて、親父は確か3時頃に仕事に出てくと言ってたはず。
私もジャージに着替えて、i−podを首から提げて。
朝からアップテンポの洋楽を聴きながら、リズムよく森林公園まで走っていった。
早朝の森林公園。
マラソンロードを走ってる人、広場でラジオ体操してる爺婆、飲んだくれたままつぶれたおっさん。
なかなかに賑やかだ。
私は噴水近くの木陰に陣取った。
熱血野球バカのシンと違って、私は別に走りこみに来たわけじゃない。
踊りにきたんだ。
i−podをいじって、今朝の気分にあった曲をチョイス。
目を閉じてイントロを聞き込んで。気持ちを高めて。
私は体を動かし始めた。
踊ってるときは言い知れない高揚感に包まれる。
まわりからすれば無音の状態で踊ってる私は異様な様子なんだろう。
走ってる人も座って談笑してた爺婆も、ぎょっとした様子で私を見る。
でもそんなの最初だけだ。
人の目を無視して踊り続ける。
気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい!
そして私は歌いだした。
歌には絶対の自信がある。
今聞いてるのは英語の曲だけど、発音だってネイティブ並みだ。
昔とった杵柄というか。
ほら。
最初はうさんくさそうに見てた人たちも、今は関心を持ったように聞き惚れてる。
私は気持ちよく一曲歌い終えて、イヤホンを耳から外した。
「いやあお嬢ちゃん、綺麗な声してるねぇ」
「ありがと、おじーちゃん」
近くにいたじーさんが声をかけてくれた。
ま、こんなカンジだ。
前に住んでた所でも、こんな風に朝の爺婆たちと公園友達になったもんだ。
ともあれ、今の私は気分も上場。
休憩のために噴水の縁にどっかり座り込んだ。
近くに座って汗を拭いていた男の人が、驚いたように顔を上げる。
「あ、ごめんごめん」
「……」
気にしてなかったけど、割と近くに座ったから驚かしてしまったみたいだ。
中学生か高校生か。んー、きっと高校生だな。
色黒の少年は無言で私を見てたけど、特にコメントもなくまた汗を拭き出した。
私は再びイヤホンを耳に入れて、足をぷらぷらさせながら曲を聴いた。
途中で隣の少年が立ち上がり、マラソンロードの方へ走っていく。
うわ、背ェでかっ。
いいな、私もあのくらい欲しい。
「……さてと」
私の腕時計は6時20分をまわったところ。
そろそろ帰って朝飯の支度をしないと、シンがうるさいんだ。
私は噴水の縁から立ち上がって、自宅への帰路を足取り軽やかに駆け出した。
そして。
帰宅してシャワー浴びて着替えて羽ヶ崎学園へ。
入学式を終えて、クラス割りの結果、私は1−B、シンは後半の1−F。
引っ越してきたばかりで友達がいるわけでもない。
私は早々に教室に入って、黒板に張られてる座席表に示された自分の席に座った。
私立の持ち上がりらしく、クラスにいる子は割りと顔なじみで揃ってるみたいだ。
楽しそうにおしゃべりしてる子がほとんど。
その中で、私みたいな高校からの編入組みがぽつんぽつんと、所在無げに座ってる。
「あ、まだ先生来てないよ!」
「よかったね、海野さん。あ、じゃあね、はるひ!」
「またあとでな、セイ、あかり!」
予鈴が鳴り終わった頃に飛び込んできた女子生徒2名。
でも、そのすぐ後ろから。
「はい、キミたちぎりぎりセーフです」
「「あ」」
白衣姿の男の人が、ふたりに声をかけた。
多分、先生だ。うわ、イケメンじゃん。若いし。
「さ、早く座ってください」
「ご、ごめんなさい」
座ってないのは遅れてやってきた二人だけ。二人は先生に謝って、急いで自分の席を確かめて。
一人、私の隣に来た。
海野、って呼ばれてた子だ。
私が頬杖ついて見てるのに気づいて、はにかんだ笑顔を向けてくれた。
なんか可愛いな、コノ子。
「初めまして。みなさんの担任になる、若王子貴文です」
ぶ。
先生が自己紹介を始めて、私は表情を崩さずに心の中で吹いた。
若王子! スゲェ名前!!
いやでも、確かに若王子の名にふさわしい面構えしてるかも。
「担当は化学です。1年間、よろしく」
うん、天敵決定。
化学なんて。化学なんてっ。
女子生徒がざわざわ言ってる。
「若サマって呼ばれてるんだって!」
「天才科学者って噂もあるんだって!」
……またそりゃベタな。
私の感想は、のほほんとしたツラしてるけど、案外食わせ者系じゃないかなと。
その後女子生徒のお決まりな彼女いるんですか質問に、逆に質問で返したり。
単なる天然ボケボケ教師だ。この先生。
「……それでは、先生は一度教員室に戻ります。みなさんは自己紹介シートに記入しておいてください。それでは」
教室を出てく若先生。
ってオイっ。
がらがら、ぴしゃ。
……がらがらがら。
「……シートを配るのを忘れました」
教室爆笑。
初日から飛ばしすぎだ、この先生。
隣の海野も、口元抑えて肩を震わせていた。
私だったら、指さして笑うくらいしてやるけどな。
配布された自己紹介シート。
羽ヶ崎学園にはいろうと思ったのはなぜですか?
あなたの趣味は?
高校生になってやってみたいことは?
陳腐な内容だけど、まぁ初対面の自己紹介といえばこんなカンジかな。
先生用なんだし。
「……ええっ?」
隣の海野が小さく声を上げた。
頬杖ついたまま見てみれば、海野もちょうど誰か話しかける相手を探していたのか、目があった。
「あ、ええと……」
「」
「あ、私海野あかり。よろしくね、さん」
「うん。で、どうしたの?」
「あ、そうだ。あのね、これってどう思う?」
人懐っこく話しかけてくる海野が指しているのは、自己紹介シートの下の方。
『好きな異性のタイプは?』
「……はぁ?」
「これ、先生に提出するシートだよね? なんでこんなこと書く欄があるんだろ?」
「あの若先生の趣味なのか、学校側の趣向なのか知らないけど、また愉快なことするね……」
「書かなきゃだめかなぁ」
「だめなんじゃない?」
私は指先でペンをまわした。
好きな異性のタイプ、ねぇ。
はっきり言って、私は男に興味がない。
……だからって女に興味があるわけでもないんだけど。
恋愛に興味がないんだよね。
今はまだ友情でバカ騒ぎしてるほうがずっとずっと楽しいから。
うーん、好きな異性のタイプ。
……元春にいちゃんみたいな人、とか。
いや、どうせなら当面の目標で書いておこう。
ズバリ、かっちゃんで!
えーと、かっちゃんは……子供の頃しか知らないけど。
子供ながらにクールだった。シンや私みたいにガキ臭くなくて、元春にいちゃんみたいなオトナな雰囲気があったもんね。
まずはクールで……。
それからかっちゃんは……カッコよかった。
うん、これは文句なしにカッコよかった。
一緒に遊んでるときも、女の子だから、って私に気を遣ってくれたし。
頼れる? ……ううん、やっぱりカッコいい、だ。
それでいてカッコいい……と。
書き終えて隣を見ると、海野が目をきらきらさせてこっちを見てた。
「さん、なんて書いたの?」
「え? クールでカッコいい、って」
「ああ、わかるな〜。さん自身も、クールなカンジだもんね? ロングストレートのさらさらヘアで背も高くて。クールビューティだよね!」
「はは、ありがと」
元春にいちゃんに言わせれば、いつまでたっても甘え癖の抜けないわがまま娘ならしいけど。
「海野はなんて書いたの?」
「えっとね、やさしくて頼れる人!」
「ああ、海野も海野っぽい回答じゃん」
「っぽい?」
「うん、っぽい」
私と海野は顔を見合わせて笑った。
小学校でも中学校でもあんまり友達を作ってこなかったけど、海野とは気が合いそうだ。
やがて先生が戻ってきて、自己紹介シートを回収した。
今日のところはこれでおしまい。
短いオリエンテーションのあと、授業もなく解散、ということになった。
「さん」
さっさと帰ろうと思ってかばんを手にした時、海野に呼ばれた。
振り向くと、朝海野と一緒に教室に駆け込んできた子も一緒にいた。
海野は肩くらいの流行のボブがよく似合うほんわかしたカンジの子だけど、こっちの子は幼い顔立ちながら聡明な目つきをした賢そうな子だ。
ちなみに髪型は、恐らく肩下くらいの髪を編みこんできっちりひっつめてある。
「なに?」
「こっちは水樹さん。私も水樹さんも高校からの編入組みなんだけど、もしかしたらさんもそうなんじゃない?」
「そうだけど」
「あ、またお仲間発見だね、海野さん」
にこっと屈託なく笑う水樹。
「ねぇ、よかったら友達になろうよ。私も北海道からひとりで出てきて全然知り合いいないんだ」
「へぇ、気合入ってるね、ひとりでなんて。いいよ、私でよかったら」
「ありがとう!」
水樹は右手を差し出してきた。
私は右手に持っていたかばんを机に置いて、その手を握り返す。
「よろしくね、水樹、海野。私のことは好きに呼んでいいよ」
「うん、これからよろしくね!」
「仲良くしようね!」
まさかこの私に、入学早々ふたりも友達が出来るとは思わなかった。
身内に対する態度と、他人に対する態度があからさまに違う、なんてシンや元春にいちゃんからくどくど言われるくらい、私は初対面の人には無愛想なんだけど。
きっと海野と水樹がすれてない、綺麗な心の持ち主なんだろうな。
感謝、クラス割決めた先生。
ま、そんなカンジで。
私のはね学生活はスタートした。
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