春休みが始まってすぐのこと。
 クリスが言ってた『保護者つきデート』が開催された。
 

 19.W?デート:クリス編


「あ、来た来た。ちゃん、遅刻やで〜?」
「遅い」
「ごめん。バス時間間違えた」

 集合場所の動物園前。
 いつもの笑顔でぶんぶん手を振って合図するクリスに、今日も仏頂面で腕組みしてる志波。
 このメンツで動物園……と思いながらも小走りで近づいて。

 もう一人いるのに気づいた。
 志波の横にいる、背の高い女。

「藤堂! 藤堂も来たんだ?」
「そこのガイジンに昨日誘われた。アンタも物好きだね、こんなヤツとデートするなんて」
「タッちゃんヒドイ……」
「その呼び名、やめろって言っただろ。何度も言わせるんじゃないよ」

 そう言って、藤堂はきつい睨みを一発クリスにくれてやるんだけど、案の定クリスの微笑みバリアの前に跳ね返されてるみたいだ。
 それにしても、藤堂がこういう集まりに来るキャラだったとは知らなかった。
 うわー、志波と並ぶと子供が逃げ出しそうなメンチ切りコンビだ。

 でもやっぱりカッコいいなぁ、藤堂って……。

「これでWデートの完成やな♪ ほな動物園へしゅっぱーつ!」
「へー、志波と藤堂もデートだったんだ」
「「違うっ!!」」

 クリスの言葉に、後の志波と藤堂は声を揃えて大声で否定するんだけど、残念ながらクリスに背中を押されて先を歩く私にその様子は見えなかった。



 しかし、さっきも思ったけどこのメンツで動物園。
 さっきライオンの檻の前通ったけど、絶対ライオンよりこっちの集団のほうが迫力ある。絶対。

「なぁなぁちゃん」
「ん」

 私の隣でにこにこしながら園内を歩いてるクリスが話しかけてきた。
 私たちの後ろ数歩後には志波と藤堂。
 「デートなんだろ?」と藤堂が気を利かせたのかなんなのか、ほんの少し後を歩いてる。
 確かに、今日の趣旨はクリスにお礼だからまぁいいか。

 保護者カップルは前方のにわかカップルを見守る役目だ。

ちゃんは好きな動物っておるん?」
「あるよ。ウサギ」
「ウサギさん? 可愛ええちゃんにぴったんこやね〜♪」

「……ぴったりか?」
なら猛禽類やネコ科の猛獣系だと思うけどね」

 なんか後で言ってるな。

「なんか理由でもあるん?」
「うん。私昔から動物に好かれない性質なんだけど、かっちゃんが」
「かっちゃん?」
「逆に動物に好かれる性質で。かっちゃんに寄ってきたウサギに初めて触ることできて。だからウサギが唯一好き」

「…………」
「誰だ?」

「ほんならふれあいコーナー行ってみよか? ウサギさん、きっとおるで?」
「えー……かっちゃんがいなきゃ触れないよきっと」
「ボクがウサギさん抱っこしたるから。それで撫で撫ですればええやん。な?」
「うーん……まぁいっか。んじゃ行ってみる」
「というわけで後のお二人さーん、次はふれあいコーナーです〜」

「……マズイ」
「アンタも動物には嫌われそうなタイプだしねぇ。嫌なら柵の外で見てりゃいいんだ。ほら、見失うよ」

 私はふたたびクリスに背中を押され、後ろの二人も藤堂が志波をひっぱる形で後からついてくる。

 で、ふれあいコーナー。
 園内の一角を柵で囲って、ウサギやらモルモットやら小動物を放し飼いにしてて、そこに入って直接触れるってコーナーだ。
 ちなみに、主な参加者は幼稚園児くらいの人間の小動物。

 というわけでなかなか入るに入れない雰囲気だったものだったから、私たちは柵の外側でしばらくその光景を眺めてたんだけど。

ちゃーん。じゃーん、クロウサギ! ミニウサギやで♪」

 一人柵の中に突入してったクリスが、1匹のウサギの両脇をはさむようにして抱いて戻ってきた。
 空気を読まない男クリス! ある意味男前!

「へぇ、おとなしいもんだね」
「そやろ? タッちゃんも抱いてみる?」
「その呼び方やめたら抱いてもいい」
「う〜んイケズ」

 ものめずらしそうに藤堂がウサギをしげしげと見つめて頭を指でなでた。
 藤堂が言うとおり、クリスに抱かれたウサギは暴れもせずにおとなしく撫でられている。

「志波、抱いてみれば?」
「オレはいい」

 まだ触るのを躊躇してる私は、ひとり柵からだいぶ離れたところでコッチを見てる志波に声をかけたんだけど、志波は頑なに動かない。

、アンタのためにクリスが捕まえてきたんだろ。こっちきて抱いてみたらどうだ?」
「うー……」

 藤堂はウサギの腹を撫でながら私を呼ぶ。

 でもなぁ……本当に私、動物からは嫌われるからなぁ……。
 下手に近所の犬猫に手を出そうものなら噛み付かれるか引っ掻かれるかのどっちかなんだもん。
 確かにクリスが抱いてるウサギはおとなしそうだけど。うう。

 仕方ない。
 意を決して、私はクリスと藤堂の近くに寄った。

「ほらちゃん。抱くのが駄目なら、まずは撫で撫でしたってや」
「うん」

 こっちを正面からみて、前足から下ぷらーんと宙吊りになってるクロウサギ。
 鼻をひくひく動かしてる様子は確かに可愛いし、抱いてみたいんだけど。

 私はとりあえず額を撫でてみようと思って人差し指を近づけた。

「えい」

 だがしかし。

 クリスが抱っこし続けても、藤堂が撫で回してもおとなしかったウサギは、やっぱり私には牙をむいた。
 文字通り、牙を。

 がぶりっ!!

「いぃっ……!!」

 今、理論上、絶対おかしいってくらいに口開けて、コイツっ、人の指に、食いついたっ!!!

「ったぁぁぁ!!! 離せ馬鹿っ! だぁぁぁ!!」
「うわわ!? コラ、ちゃんの指食べたらあかん!」
、指引っ張るんじゃないよ! 口開けさせるから、それまで我慢しな!」

 ぶんぶん腕を振って指を抜こうとする私に、ウサギを引っ張るクリス。そしてウサギの口をこじ開けようとする藤堂。
 痛い痛い痛い! 

!?」

 騒ぎに少し遅れて志波が入ってきた。

 すると、その瞬間。
 ウサギがぱっと口を開けて私の指を解放した。

「いった……」

 うげ、流血してるし! どんだけ深く食い込んだんだこれ!

 すると、クリスの腕の中のウサギはじたばたと暴れだし、ぴょんとその腕から逃げて、そのままぴょんぴょんと。
 志波の足元に擦り寄った。

 ……うあムカツク。志波はよくて私は駄目ってなんなんだ。

、こっち来い」
「え、あ」

 ぐいっと右手首を志波に掴まれて引っ張られる。

「志波クン」
「傷口洗わせる。クリスと藤堂は係員見つけて呼んできてくれ」
「わかったよ」

 意外なほどテキパキと志波が指示を出して、クリスと藤堂は飼育員を呼びに行った。
 で、私はそのまま志波にぐいぐいと引っ張られて近くの水場へ連れて来られる。
 志波は蛇口をひねり、流水の中に私の右手を突っ込んだ。

「冷たいっ」
「我慢しろ。動物はどんな菌を持ってるかわからないんだ」
「うー」

 志波は私の人差し指の付け根を抑えて、長いこと流水の中に手をさらす。

 まだかなぁ……噛まれた痛みよりも冷えからくる痛みを感じてきてるんだけどなぁ……
 などと思ってたら、上から意外な言葉が降ってきた。

「悪ィ」
「は?」

 なんで志波が謝るのか。
 手を押さえられたまま振り向けば、目の前に眉尻を下げた志波の顔。
 って近い近い。

「……急に振り向くな」
「だったらいきなりわけわかんないこと言うなっ」

 志波は少しだけ顔を赤くして私の手を離す。
 これ幸いと水から手を抜く。うわ、冷たさで真っ赤っ赤。
 ウエストバッグからミニタオルを取り出して手を拭いて……まだ血は止まってない。

「で? 何で志波が謝んの?」
「指を噛ませたから」
「……は?」

 志波が神妙な顔をして言ったその言葉は、いっそう意味がわからなかった。
 え、なに。志波って動物使い? あのウサギを操って、私の指を噛ませたとか?

 ……んなわけないない。何言ってんだコイツ。

「それどういう」
っ。飼育員連れてきた。消毒してもらいな」

 志波に真意を尋ねようとしたときだった。
 藤堂とクリスがぱたぱたと走ってきて、その後にグレーのつなぎを来た飼育員が救急箱を持ってやってきた。

「申し訳ありません! 普段から噛まないようにしつけていたんですが……!」
「いいよ、気にしないで。私が動物に異様に嫌われる性質なだけだから」

 ぺこぺこと頭を下げながら、私の傷口の手当てを始める飼育員。
 なんか悪いことしちゃったな。やっぱふれあいコーナーなんか来るべきじゃなかった。

ちゃん、まだ痛いん?」
「平気平気。でもふれあいコーナーはもういいや」
「ごめんな、ボクが無理に連れてったからやな。この後はしっかりエスコートするから、名誉挽回させてな?」
「うん、期待してる」

 しょぼんとしてしまったクリスを励まそうと明るめの声を出してやると、クリスはすぐににこっと笑顔を見せる。
 そして私の側にしゃがみこんで、飼育員の手当てをじーっと見つめた。

「次こんなことがあったら、ボクが手当てしたるからな♪」
「やだよ、こんなの次があるなんて」
「せやな。でも、もしもの時や」
「はいはい」

 クリスは仔犬みたいなヤツだけど、なーんかうまく波長が合うんだよね。へんなの。

 そんな私とクリスを藤堂は呆れ顔、志波は仏頂面で見下ろしていた。


 その後の動物園散策は「見て楽しい動物園コースやー♪」ということで、園内パンフレットを握り締めたクリスの案内のもと、なんだか観光ツアーのような形で見てまわることになった。

「えー右手をごらんくださいー。動物園のアイドル、ゾウさんですー」
「あの象牙って高いの?」
ちゃん、象牙輸入はワシントン条約で禁止されとるんやで?」
「でもまだ象牙の印鑑って見るよな」
「どこだい、そんな筋の通らない商売してる店は」
「えーと、そういうお店は多分条約にひっかからんルートで売買しとるんちゃう?」
「まぁ、ゾウの目の前でする話じゃないよね」
「だな」

「お次はトラさんですー。えーと、ベンガルトラっちゅう種類みたいやな」
「寝てるよ」
「なんだい、客が来てるってのに愛想のないヤツだねぇ」
「(いつも寝てて……)」
「(愛想がない……)」
「……おい。なんでオレを見る」

「えーと次は……あ、レッサーパンダや! ここのレッサーパンダも立つんかなぁ?」
「ああ、一時期流行ったな」
「流行ったの?」
は案外流行りにうといね。あんだけテレビで騒がれてたのに」
「ニュース番組なんか見ないし。えーっとコレの名前は……」
「あっ! クララが立った! クララが立った!!」
「「「「…………」」」」
「誰だこんな狙い済ました名前つけたのっ」
ちゃん、ハイジは知っとったんやね?」

「わ、ペンギンさんもおるんやね! 暑くないんかな?」
「コイツはアフリカに生息してるケープペンギンだ。説明板にそう書いてある」
「アフリカにペンギンがいるのか」
「ペンギン村じゃなくて?」
「……」
「……」
ちゃん、ペンギン村ってなに?」
「知らない。でも元春にいちゃんが昔ペンギン村っていうおもしろい村があるって言ってた」
「(真咲……)」


 などなどあーだこーだ品評?しながら動物園をぐるっと回った頃には日暮れがせまっていた。
 来たときと一緒で、動物園前で解散。

「あー楽しかった! ちゃん、デートしてくれてありがとなー? 指怪我させちゃって、ほんまごめんな?」
「クリスのせいじゃないから気にしなくていいって。私も楽しかったし」
「そう言って貰えると嬉しいわー♪ じゃ、また新学期な? ちゃんと同じクラスになれますよーにっ。志波クンとタッちゃんも、ほんならな?」
「ああ」
「だからその呼び名……ああ、もういい。さっさと帰んな」

 クリスはそのままにこにこエンジェルスマイルで、手を振りながら帰っていった。
 ほんとにクリスはどんなときでも元気だなぁ。

「藤堂は? バス?」
「バスだけどアンタたちとは路線が違うからアタシもここでお別れだね」
「そっか。今日楽しかったよ。また学校で」
「ああ。アンタ、飼育員が言ってた通りに毎日消毒してこまめに包帯取り替えるんだよ。そういうキズは化膿しやすいんだからね」
「うん」

 私の右手人差し指に仰々しく巻かれた包帯を見ながら藤堂は釘を刺した。
 なんか藤堂見てると、バレンタインにチョコ貰いまくったって理由がよくわかる。
 その辺の並みの男なんかより、ずっとずっと男前で頼りがいあるもんね。

「じゃあまた。志波、ちゃんと送って行けよ」
「わかった」
「藤堂、新学期、学校でね」

 にやっと微笑んで、藤堂も別の停留所へと去っていく。

 そして残ったのがいつもの私と志波。

「行くか」
「うん」

 遊園地に行ったときも乗った同じ路線のバスに乗り込んではばたき駅まで。
 帰り道2,3言会話を交わしたけど、あとはほとんどお互い無口。
 まぁ、これが普段通りだ。

 はばたき駅からはうちまで徒歩。志波の家はうちを通り過ぎてさらに先だ。どこかは知らないけど。

「……あ」

 沈みかけた日が照らす道を並んで歩いていたら、志波が小さく声を出した。

「なに」
「猫が」
「猫?」

 志波が顎でくいっと指した方向には。

 小さな公園の入り口脇に置かれた小さなダンボール。
 その中からちょこっと見えてる黒い尻尾。

 近寄って覗いてみれば、小汚い毛布と汚れた餌箱と一緒に黒猫の子猫がダンボールに入れられていた。
 そして陳腐な「可愛がってください」のメッセージ。

「捨てられたんだ……」
「だな」
「何か悪いことしたのかな」
「……生まれたから捨てた、んじゃないか?」
「生まれただけで捨てられるんだ」

 私はダンボールの前にしゃがみこんだ。
 子猫は気配に気づいてこっちを見上げ、いっちょ前に威嚇してくる。

「うあ、ここでも嫌われた。お前ね、飼い主好き嫌いしてたら死んじゃうんだよ」

 私は子猫をそのまま見つめた。

「飼うのか?」
「飼いたいけど無理だよ。家まで連れていけない」

 引っかき傷が無駄に出来るだけだ。

「お前も運がないね。せっかく見つけてくれたのが私じゃ飼うこともできない」

 子猫はダンボールの隅まで逃げて、変わらずに私を威嚇してる。
 なんだかなぁ。
 中学時代の私みたい。
 手を差し伸べてくれてる人にも馴染めなくて、無駄に牙向いて。
 それで結局自分から人間関係崩壊させてりゃ世話ないって、ねぇ。

 はばたき市に来てからは、大分よくなったと思うけどさ。



 じっと子猫を見つめていた私に、志波が声をかけた。

「お前本気で飼う気があるのか」
「うん。シンが昔犬飼ってたことあるし、反対はされないと思う。猫が寄ってこなくたって、餌やりやトイレ掃除なんかは出来るし。でも」
「だったらオレが連れてってやる」
「……は?」

 言うが早いか。
 志波は毛を逆立ててる子猫を、ひょいっと。こともなげに持ち上げてしまった。

「へ?」

 抱き上げられた子猫は最初こそじたばたしてたものの、すぐにおとなしくなって志波の胸にすりすりと顔を摺り寄せてるし。

「志波……もしかして動物に好かれる?」
「みたいだな」
「うあ、なんかクヤシイ」

 小さく微笑んでる志波は、子猫の喉もとを撫でている。
 くそー、なんでこんな無愛想なヤツが動物に好かれるんだっ。

「抱いてみるか?」
「はぁ!? 嫌がらせ!?」
「抱いてみろ。大丈夫だから。多分」

 一体どんな根拠があるってんだか。

 子猫はもう「志波大好き」と言わんばかりにゴロゴロだ。これで私が手を出そうものなら、今度は噛み付かれる程度じゃ済まない気がする。

「かっちゃんじゃなきゃ私は動物に触れないのっ」

 強い口調で八つ当たり半分、私は志波に言葉を投げつけると。
 志波は器用に片眉を上げた。

「ほら」
「わ!?」

 そしてなんとなんと、私に強引に猫を押し付けるという暴挙に出たのだ!

「ちょ、引っかかれるっ……」

 子猫を強く押し返すわけにもいかず、私は次にくる痛みにぎゅっと目を閉じた。

 ところが。

「あ……れ?」

 にゃぁん。

 子猫は私に押し付けられても機嫌を損ねることなく、私の手に顔を擦り付けてぺろぺろと舐めていた。
 
 なんで?

「ほら。抱いてやれ」
「あ、うん」

 志波から子猫を受け取って、恐る恐る抱きかかえる。
 それでも猫は暴れない。

「なんで……かっちゃんがいないのに」
「……そのまま抱いて帰れ。ダンボールはオレが持つ」
「あ、うん」

 なにがなんだか。
 志波はひょいっとダンボールを持ち上げ、私をせっついた。

 なんで? どうして?

「道具は揃ってるのか」
「……ううん。前飼ってた犬は外犬だったから。トイレとか爪とぎとか、いろいろ足りないのがある」
「じゃあ先にペットショップに寄るか?」
「あ、そうする。えーと、商店街にあったっけ?」
「ある。病院併設のが」
「詳しいね」
「……怪我した犬猫をよく連れ込むからな」
「ふーん? 志波ん家って犬も猫も飼ってんの?」
「うちでは飼ってない」
「……じゃあどこの犬猫連れ込んでんの……?」
「……さぁ……」


 結局その後、志波と一緒に行ったペットショップで必要物資を買い込んで、ついでに動物病院で健康診断もしてもらった。
 少し痩せてるけど健康上の問題は無し。
 家に連れ帰って親父とシンを説得して、晴れて黒猫は我が家の一員になった。

 ……志波と別れた瞬間、また猫は私に近づくのを嫌がるようになったけど。
 むぅぅ、納得いかないっ!

、名前は決めたのか?」
「うん。若貴にする」
「……なんで関取よ? しかも二人いっしょくたかよ!」
「違うよ。『若』王子『貴』文の略で若貴」
「は? なんで若王子先生?」
「猫、って思ったら一番に思いついたから」
「…………」
「おーい若貴、ごはん入れとくよー」

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