バレンタインは女から男へチョコを贈る日。
 んでもって、ホワイトデーというのがそのお返しの日。
 今日も学校はやかましかった。


 18.1年目:ホワイトデー


「オハヨ水樹、海野。何騒いでんの?」
「あ、おはようさん。ねぇ見てみて!コレ!」

 今日は遅刻せずに学校に登校できた。
 玄関も廊下も、なんだか甘ったるい雰囲気に満ちている中私は教室に直行した。

 すると教室入り口近くで、水樹と海野がきゃあきゃあと盛り上がってるもんだから、めずらしいと思って声をかけたんだけど。
 水樹は嬉しそうに近寄ってきて、私の目の前に何かを突き出した。

 受け取ってみれば、それは黒いウサギのフィギュアキャップがついたボトル缶。

「なにこれ」
「バレンタインのお返しって、志波くんがくれたの! 可愛いでしょ!?」
「へー、志波が」
「志波くんからは想像つかないお返しだよねーって、今セイちゃんと話してたんだよ」

 ねー、と可愛らしく頷きあう水樹と海野。
 へぇぇ、あの朴念仁にしては気の利いたお返しじゃん。

「よかったじゃん、水樹」
「うん! でもなんかみんなに気を遣わせちゃってるみたい。体調崩すもんじゃないね」

 えへへとはにかむように笑って頭をかく水樹。

 水樹が倒れたって連絡はすぐさま仲いい連中に伝わったらしくて、3日間も入院してた水樹のもとには毎日入れ替わり立ち代わりお見舞い客が途切れることはなかったらしい。
 本当に水樹は人気者だ。

「んじゃコレ私からのお礼」
「え?」

 鞄から昨日作ったフォトカードを取り出して水樹の手の中に落とす。

「海野からもチョコ貰ったよね。はい、お礼」
「あ、ありがとう。これは?」

 水樹と海野はフォトカードに視線を落とした。
 水樹に渡したカードは灯台から見た真昼の海の写真。
 海野に渡したのは朝焼けの海の写真。

「綺麗……この写真、さんが撮ったの?」
「うん。さんご、じゃなくて、えーと、灯台のところから撮った写真」
さん、セイちゃんは珊瑚礁のこと知ってるから大丈夫だよ」

 あ、そうなの。
 なんだ、佐伯がひた隠しにしてるわりに、珊瑚礁っていろんなヤツにバレてんじゃん。

「携帯カメラからだから、あんまり写りがよくないけどね」
「携帯のカメラでこんな綺麗な写真撮れるんだ! すごい、さん!」

 うわぁぁ、となんだか水樹も海野もいたく感動してくれたみたい。
 ま、喜んでもらえたならよかった。

「んじゃ、そういうことで」
「え? さん、もう先生来ちゃうよ?」

 自席に鞄を置いて、私は@−podだけを取り出して水樹と海野に手を振った。

「1時間目化学でしょ? フケるから若先生にはよろしく伝えといて」
「よ、よろしくって……あ」
「ん?」

 口を押さえて固まった水樹と海野。
 ……そして私の背後に感じる威圧感。

 うあ。一足遅かったか。

さん、1時間目から堂々サボリは先生許しません」
「オハヨ、若先生。もうテストもパスしたんだからいーじゃん。ね?」
「全然よくないです」

 振り返った先には、むすっと口をとがらせた若先生。
 私の目の前に腕を組んで仁王立ち。……隙だらけだからいつでも抜こうと思えば抜けるんだけど。

 さてどうしよう。

 クラスの後では「が勝つに超熟カレーパン」「に夜店の焼きそばパン」「賭けになんねーよそれじゃあ」などと好き勝手な声が聞こえて来たりしてるし。
 しかししかし、今日の若先生はどことなく表情に余裕がある。
 なんか奥の手でも隠しもってんのかな。

さんは授業に出ます。先生、予言します」
「は?」
「なぜなら今日以降化学の授業をサボると、出席日数不足で親御さんが学校に呼び出されるからです!」
「なんだそれーっ!! 卑怯だーっ!!」
「やや、先生は卑怯じゃないです。身から出たさびって言うんですよ」

 にっこりと微笑む若先生が、仏の仮面かぶった鬼に見えてきた……。
 1対1の勝負に、親父を引き合いに出すなんてっ!

 そして後では「うおおっ、若ちゃんに極まろメロンパンっ!」「オレも!」などと途端に賭けが盛り上がり始めるし!
 あああ、腹立って来たっ!

 私は怒り心頭になりながらも仕方なく席についた。
 その瞬間、おおーっとクラス全体から歓声が上がる。

「やったじゃん若ちゃん、初勝利じゃん!」
「さすがにクールビューティも、規則にゃ勝てねーよな!」
「や、みなさんありがとう。朝のHR始めますから静かにしてくださいね」

 若先生は、えっへんと胸をそらしながら教壇に上り、出席簿をめくった。

 こ の 恨 み 晴 ら さ ず に お く も の か っ !

 私は奥歯をぎりぎりと噛み締めながら、若先生に呪いの視線を1時間目中ずっと送り続けるのだった。



「……完全な逆恨みだろ、それ」
「うるさいっ!」

 昼休み。
 いつもの図書室で先に来ていた志波に、恨みつらみの一部始終を愚痴ったら、呆れた顔して一蹴された。
 んなことわかってるもん!

「それでもムカツクもんは仕方ないじゃんっ!!」
「出席日数の計算くらいしとけ」
「……もしかして、志波は計算してんの?」
「当たり前だ」
「うー……志波にも負けた……」

 がくんと読書机に突っ伏せば、目の前から志波独特の喉の奥を鳴らすような笑い声が聞こえてきた。
 今日は厄日か。

 と、そこへ。

「あ、いたいた。ちゃーん♪」
「クリス?」

 机に頭を乗せたまま声のしたほうを振り返れば、抜き足差し足でこっちに近づいてくるクリスが。
 相変わらずにこにこと幸せそうな笑顔を振りまきながらやってきて、立ったまま体を横に倒して私と視線を合わせた。

「あれ、具合悪いん?」
「いや別に……。どしたのクリス。よくここがわかったね?」
「若ちゃんセンセに聞いたんよ。お昼はここで志波クンとらぶらぶ〜♪ してるて」
「してない」

 私が体を起こすのと同じ動きでクリスも体を起こす。
 妙なこと言われた志波は仏頂面で頬杖ついてるけど、クリスは全然気にしてないようで、そのまま志波の隣に腰掛けた。

「さっきの妙な近づき方はなんなんだ」
「ああアレ? 図書室は静かにせなあかんのやろ? だからそーっとそーっと歩いてきたんよ」
「んで、何の用?」
ちゃんに約束の物持ってきたんよー。えーと、つまらないものですけど〜」
「は?」

 クリスが取り出したのは小さな小箱。それを両手で私の方にずずいと押し出してくる。

「……なにこれ」
「バレンタインに言うたやん、絆の証のプレゼント。僕からちゃんへ」
「ああ、そんなこと言ってたね。くれるの?」
「モッチロン! 開けてみて喜んでー♪」

 クリスって普段きゃらきゃらしてるワリに律儀というか。
 にこにこしてるクリスと、不思議そうに小箱に視線を落としてる志波が見つめる中、私は言われるがまま小箱を開けた。

 そこに入ってたのは銀色、の。

「あああああ!!」
「わ、ちゃん、しーやで、しー!」
「大声出すなっ。……で、これなんだ?」

「銀のどくろクマだー!!」

 親指ほどの大きさのシルバーフィギュア。
 私は両手で持ち上げて思わず立ち上がった。
 志波は私の様子に呆気にとられ、逆にクリスはさらに嬉しそうな表情になる。

「クリス、これどーしたの!? ショッピングモールで合計1万円以上お買い上げのお客様の中から抽選で100名様に当たる銀のどくろクマ!」
「……館内放送まんま言うな」
ちゃんどくろクマコレクターなんやろ? めっちゃ喜んでくれて、僕もめっちゃ嬉しいわー」

 クリスはにこにこと私を見上げながら頬杖をついた。

「おとうちゃんがショッピングモールでおっきぃ買い物する用事があってな? それで何口も応募出来たんよ。当たったのは1個だけやったんけどね」
「その1個、貰っていいの!?」
「モッチロンやーん♪ 僕が持っとるより、どくろクマさんもきっと嬉しいハズや」
「ありがとう、クリス!!」

 私は銀のどくろクマをぎゅぅっと抱きしめてくるくると回った。嬉しい、すっごく嬉しい!

「うわぁ、ちゃんの満面の笑顔、可愛ええなぁ〜。なぁ志波クン?」
「オレに振るな」
「またまたー。志波クンかて可愛ええなぁて思うやろ?」
「……別に」

 にこにこしてるクリスとは対象的に、志波はなんだか不機嫌そうだ。
 基本的にからかわれるのが嫌いなんだろう。
 でも今は志波なんかどーでもいーのだ。

 私は5回転くらいしたあと再び座り、小箱にどくろクマをしまった。

「クリス、なんかお礼するよ。バレンタインにも何もあげてないし。絶対お礼する」
「そんなええのに。僕とちゃんの友情のクマなんやし。……でもそれでもお礼くれる言うんならな?」
「うん」

 私は机に両手をついて身を乗り出した。
 クリスはにっこり微笑んで小首を傾げて。

「春休み中、1回デートしよ♪」

「「は?」」

 私と志波は同時に声を出した。
 そしてお互い顔を見合わせる。

 ……って。

「なんで志波が反応すんの」
「いや……そうくるとは思ってなかった」
「うん、まぁ私もそう来るとは思ってなかったけど」
「駄目なん? いっぺんちゃんとデートしたいなー思っとったんやけど〜」

 クリスは眉尻を下げて両手の人差し指をつんつんとつつく。
 いや、そこまでがっかりされるんじゃ仕方ない。
 クリスなら退屈しないだろうし。うん。

「別に構わないけど」
「ほんま!?」

 私の返事に、ぱああと表情を明るくするクリス。
 ……この属性、どっかで見たような気が……ってか毎日教室で顔つき合わせてるような気が……する。

「おい」

 ところが。
 意外にも口を挟んできたのは志波だ。
 苦虫噛み潰したような、なんとも形容しがたい表情で私を見てる。

「なに」
「お前本気か」
「駄目なの?」
「……あのな」

 志波はおもむろに席を立ち、こっちに来たかと思ったらぐいっと私の左腕を掴……もうとして、右腕を掴んで。
 本棚の奥まで引っ張っていく。

「ちょ、なに志波」
「お前クリスの噂知らないのか」
「は? クリスの噂?」

 口を真一文字に引いて、ふーっと鼻から息を吐き出す志波。

 クリスに関する変な噂なんかあったっけ?

「噂ってほどじゃないが、女子の間では有名なんじゃないのか? クリスはすぐに……」
「すぐに?」
「……手を出す、って」
「へー」
「へー、……ってそれだけかお前」
「いや、だってさぁ……」

 志波を見上げながら、今度は私が眉間に眉を寄せた。

「確かにクリスは人懐こいし、まぁスキンシップの多いほうだけど」
「わかってんなら」
「私これでも日本にいるより海外のほうが長いの。フランス人やイタリア人に比べれば、クリス程度のおさわりなんか全然問題外だって……」

 私の言葉に、志波はぽかんと口を開けた。
 およ、滅多に見れない志波の珍しい表情。

 でもそうなんだ。
 女と見ればとりあえず口説く、ってな人種の中で生きてきた私からすれば日本人が異様にストイックなだけで。
 もともと私は男だろうと女だろうと触れられるのがあまり好きじゃない性質だけど、アングロサクソンのクリスがあの程度のお触りしてきたって問題にならない。

 これが東洋人、ってなら文化の違いもあるし、用心はするけどさ。

「お取り込み中スイマセーン」

 志波がぽかんと固まっていたら、クリスもやってきた。
 にこにこ笑顔は変わらずに、両手をぽんと合わせた格好で。

「志波クン、ちゃんのお兄さんみたいやね〜。心配なら志波クンも一緒にデートに参加せぇへん?」
「……は?」

 クリスの提案に、志波はその間抜け面のまま振り返った。
 でも私も今度は志波と同じ気持ち。

 フツー、デートに保護者同伴する?(言っとくけど志波は私の兄貴でも保護者でもない。その役目は元春にいちゃんの役目っ!)
 でもクリスは私と志波の呆気にとられた視線にも怖気ず。

「決まりやね♪ 日時はまた今度連絡するねんから、楽しみにしとってなー? ではお二人サン、お休みナサイ」
「ああ、うん。おやすみ……」

 ぺこんと頭を下げて、予鈴とともに図書室を去っていくクリス。

 あとに取り残されたのは、状況が把握できてない志波と、クリスの発想力についていけなかった私。

「…………」
「…………」
「……とりあえず、寝るか」
「賛成」

 考えることを放棄して、私と志波は5時間目ブッチを決断した。

 前にクリスは佐伯に次いでおもしろい、なんて思ったことあったけど。
 あれ撤回だ。
 クリスはブッチ切りで、おもしろ人間名簿トップだ。

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