「志波くん」
「なんスか、先生」
「どうして僕たち、ここにいるんでしょう?」
「……さぁ」


 14.1年目:大晦日


「若先生と志波、邪魔!」
「「うわ!?」」

 図体でかいのが二人、ソファに並んでちょこんと座ってたって可愛くもなんともないし、ただ邪魔なだけだってわかんないかな。
 とりあえず私は二人の背中を蹴飛ばして、空いたソファを壁際に押した。

「いきなり蹴るな!」
「邪魔なんだってば。やることないならダイニングの椅子に座ってて」
「あのーさん、やることもなにも、先生なんでさん家に連れてこられたんでしょう?」
「は? そんなの知らないよ」

 シンが出しっぱなしにしてた雑誌を持ち上げて、ただ立ち尽くしてる二人に対して私は一瞥をくれる。
 って、そういえばそうだ。

「つーか、なんで志波と若先生がうちにいんの?」
「さっきシンに連れてこられた」
「先生は商店街で買い物中に、さんのお父さんに誘われました」
「はぁ?」

 雑誌をラックにつっこんで、私は腰に手を当てて。
 志波はいつものトレーニングウェアで、若先生は私服のコート姿。

 ……シンと親父?

「あー。捕まったんだ。ご愁傷さま」
「は?」

 全てを察した私は、どうしたものかと立ち尽くしてる志波と若先生をダイニングテーブルの椅子に座らせた。
 そして、二人の前に仁王立ちしてにやりと笑ってやる。

「志波と若先生、今日の生贄だね」
「は?」
「やや、生贄とは穏やかじゃないですね?」
「今日は家恒例、ご近所巻き込み年越し大忘年会だよ」
「「はぁ?」」
「手当たり次第に客呼ぶからね、あの二人。志波と若先生も強制参加」
「「…………」」

 私の宣告に志波と若先生は揃ってぽかん。


 本日大晦日。
 親父もこの日は毎年仕事を入れないで家でまったり。
 ……まったりっていうか、ぐったりかな。

 毎年毎年、うちでは大晦日にどんちゃん騒ぎをするのが恒例になってる。
 どこの土地に移り住んでも親父とシンがご近所と仲良くなるから、大晦日のコレはもう恒例行事となってるんだ。

 で。
 はばたき市に移り住んでからは初開催の忘年会なんだけど。
 ほら、うちの目の前商店街じゃん。

 だから。

「シン坊! おら、追加の肉持ってきたぞっ!」
「肉屋のおっちゃんナイス! すき焼き班、肉来たぞ肉っ!!」
「こんばんは〜さん。ご相伴に預かりますね。はい、お鍋セット」
「あら八百屋の奥さん! ちょうどおネギが足りなかったとこなのよ!」
「おいっす! 遅れてすまねぇ! そんかわし、いい鯛持ってきたぜっ!」
「ありがと、おっちゃん。ほら若先生、次は鯛をさばくよ!」
「はいはいっ、お肉とお魚は先生に任せちゃってください」
さん、まいどー! 酒持ってきたぞ、酒ー!」
「た、樽酒!?」

 ってカンジで。
 基本体育会系の商店街のおっちゃんおばちゃんが参入した年越し会は、居間をはみ出て廊下階段まで料理が並んだ大宴会となっていた。

 もちろん若先生も志波も準備班に組み込まれて、最初はあーだこーだと商店街マダム会(婦人会ではないらしい)にこきつかわれてたんだけど。
 酒屋のおっちゃんが持ち込んだ樽酒の鏡開きのあとは、もう怒涛の飲んだくれ大会に突入しちゃって。

 志波はシンと一緒に青年会の輪に強制参加させられてるし。
 あーあー。若先生はマダム会の文字通り生贄だ。

「うっす、。なんだなんだ、10年ぶりに参加してみれば、すげぇありさまだな、オイ」
「元春にいちゃん! バイト終わったの?」

 台所の片付けがちょうど終わった頃、ぽすんと頭を叩かれて振り返ってみれば、黄色い上着を着た元春にいちゃん。
 手には小さな門松鉢植え。

「ほらお土産。玄関にでも飾っとけ」
「ありがと! 元春にいちゃんお腹すいてるでしょ。まだまだ食べ物あるからあの中混ざってきなよ」
「よしよし。はいつも裏方に回って偉いぞ。二重マル! シンとオジサンはもうへべれけだな……」

 元春にいちゃんがわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
 視線の先のシンは祝い酒の名目の下、若先生にたしなめられながらも、かっぱかっぱ酒を煽ってもうぐでんぐでんだ。

「……で、なんで勝己と若王子まで巻き込まれてんだ?」
「今年の生贄」
「相変わらずだなオジサン……。よし、ちょっと待ってろ」

 上着を脱いで椅子にかけて、元春にいちゃんは飲んだくれの会に混じっていく。

「元春か。まぁこっちきて飲め」
「おいおいオジサン……オレもまだ未成年だっつーの。つか、はね学の先生の前でシンに酒飲ますなよ!」
「固ぇこと言うな。祝い酒に未成年もクソもあるか」
「やや、さん、やはりそこはルールを守って」
「学校出てまで先生するこたぁねぇでしょう。さ、先生もぐっと一杯」
「や、あの、僕はもう散々……」
「オレの酒が飲めネェってのか? あ?」
「いただきますいただきますいただきます」
「オジサン……娘の担任だぞー……」

 あーあー。可哀想に、若先生。
 親父に捕まったら、つぶれるまで解放してもらえないよー。

 私はキッチンの椅子に腰掛けて、頬杖付きながら居間の惨状……じゃなくて宴会を見つめた。

 海外に出る前にも経験したことある年越し忘年会。
 物心つく前から経験してただけあって、普段大勢のいる場所に馴染めない私も、これだけは平気。
 元春にいちゃんもいるし。親父もシンもいるし。

 なんとなく昔に戻ったみたいで、見てて楽しい。
 でも今日は、お母さんの代わりに私が台所取締役だ。

 さて、そろそろご飯もの出したほうがいいかな。

 などと思ってたら、ふらふらと輪から抜け出してきたずんぐりむっくり。

 志波だ。口元押さえて私の隣まできて、椅子を引いて崩れるように腰掛ける。

「……
「なに」
「悪ィ……水くれ」
「飲まされたな、志波」

 お酒飲んだの初めてだったのかな。
 コップになみなみ水を注いで、志波に手渡してやる。
 志波はそのまま一気に飲み干した。

 そして大きく息を吐く。

「気持ち悪ィ……」
「どんだけ飲まされたの?」
「……3杯」
「初めてでポン酒3杯はがんばったほうじゃん?」
「……」

 それ以上私の質問には答えずに、志波は背もたれにのけぞるようにしてぐったり。
 哀れだけどなんだか笑えるのは、私の性格が悪いせい?

「ほら、お前の飯……っておいおい。勝己、つぶれちまったのかぁ?」

 生ける屍と化した志波をじーっと観察してたら、元春にいちゃんが両手に料理を乗せたお皿を持ってきてくれた。
 ダイニングテーブルの上に並べて、脇に抱えてた烏龍茶のペットボトルをどんと置く。

 ふわんとただようすき焼きの匂い。

「……食い物を近づけるなっ……」

 志波が寝返りをうつようにして顔をそむける。
 そうは言っても、私だっていい加減お腹すいた。

「うーらうーら、お肉だぞー」
「っ!!」
ちゃーん、弱いものいじめはやめようなー?」

 お箸でお肉をつまんで志波に近づけてやる。
 あーおもしろい。普段すましてる志波だけに、余計におもしろい。

 元春にいちゃんが私の対面に座る。
 私は元春にいちゃんのコップに烏龍茶を注いで、自分のコップを持ち上げた。

「志波はほっといて、元春にいちゃん、カンパーイ」
「カンパーイ……って、お前何飲んでんだ?」
「これ? 祝い酒」
「お前も酒飲んでんのかっ! つか、それ何杯目だ!?」
「えーと……数えてないから忘れちゃった」
「やや、さん、高校生が飲酒はだめです、ブ、ブーです」

 呆れる元春にいちゃんの後ろからやってきたのは、ほんのり頬を赤くしてとろんとした目の若先生。
 えーと、ほっぺの無数の口紅後が痛々しいよ?

 若先生は、それでも足取りはしっかりとしたもので元春にいちゃんの隣に座った。
 せまいダイニングテーブル、満員御礼だ。

「若先生、大丈夫?」
「先生は大丈夫。でも、志波くんがやられちゃってますね」
「ビールでもチューハイでもなくて、いきなり酒じゃあなぁ……。オジサンも無茶苦茶するぜ」

 3人で志波を哀れむように見つめてたら、むっくりと志波が体を起こした。
 その顔は青いけど、一応目は生きている。

「……」
「志波くん、無理しないほうがいいです。ゆっくりしててください」
「そうだぞ勝己。急性アル中なんてシャレんなんねーからな。ほら、水飲ませてやれ」

 はいはい。

 志波は私が手渡した水をまた一気にあおって、またまた大きく息を吐いた。

「一体なんなんだ……」
「勝己も若王子も運が悪かったなー。オレもガキの頃家族で参加してたけどよ、前よりすごくなってるな、確実に」
「でも先生は楽しいです。さん、誘ってくれてありがとう」
「若先生、マダム会に揉みくちゃにされてもまだ楽しいって言えるんだ……。菩薩だね」

 元春にいちゃんが持ってきた料理をつまみながら、お酒をちびりちびり。
 すると、若先生が「あ、コラっ」と私のコップを取り上げた。

「ちょ、若先生何するっ」
「いくらお父さんが許してるといっても、先生の前で許すわけにはいかないです。さん、お酒は二十歳になってからですよ」
「うー」
「うー、じゃねぇって。、お前今日はもうやめとけ。な?」
「……ハイ」
「やや、さん、真咲くんには素直なんですね?」

 若先生がにこにこしながら私と元春にいちゃんを見た。

「先生にも、いつもそのくらい素直でいて欲しいです」
「何言ってんの、若先生。私いつも正直に生きてるけど」
「やー、正直すぎるのもちょっと」
「む。そういうこと言ってると、生徒の飲酒を見逃した挙句一緒になって酒盛りしたって教頭に言いつけてやる」
「……さん、まさか全部計算の上で」
「んなわけないじゃんっ!」
……お前な、一応若王子も担任なんだからもー少し言葉に気ぃ使ってやれな?」

 ぎゃんぎゃんといつものように始まる、私と若先生の言い争い。
 元春にいちゃんは呆れながらも仲裁役をして、志波は一人戦線離脱。

 ああ、でもやっぱり懐かしくて楽しい。
 『過去』を感じられることが、今の私の一番の安らぎかも。

 これでかっちゃんに会えればなぁ……。

 などと思いながら若先生を軽く言い負かしていたら。

「ぅおーい春ニィー、志波ぁ、わっかおーじせんせぇ〜」
「シン……ってお前酒くせぇっ! どんだけ飲んだんだっ!?」

 ずかずかと前傾姿勢で突進してきたシンが、若先生と元春にいちゃんの二人とがしっと肩を組んで、その間にぐらりともたれかかってきた。
 顔が真っ赤で目も真っ赤。
 あ。このシン、ヤバイよ、これ。

「ちょ、元春にいちゃ」
「やや、くん、酔ってますね? だめです、ブ、ブーです。お酒は二十歳からですよ」
「若先生、離れ」
「だってうまいんらよー、親父がいいっていっれんらし、いーじゃんよー」
「お前ロレツ回ってねぇぞ……。あーシンっ、お前もう寝ろ!」
「へーきへーき。まだ年越しもしてねぇんら」

 陽気なテンションでシンがけたけたと笑って。
 でもその笑いがぴたりと止まる。

 あ。

「若先生、元春にいちゃんっ! 離れ」
「う」

 短くシンが呻いたあと。

「うぼぉれ△□×аΣ※○★д*$」

「っだぁぁぁっ!? シンーっ!?」
「うわ、くっさぁっ!! ちょ、親父っ! どんだけシンに飲ませたのさっ!!」
「そ、そんなことよりもまずは新聞紙、じゃなくてモップ、じゃなくてえーとえーとっ」
「……うぷ」
「志波ーっ!! つられて吐くならトイレ行けーっ!!」



 放送中、大変お見苦しい場面があったことをお詫びいたします。   家一同。



「う……」

 年を越して数時間。
 丑三つ時を迎えた我が家の居間は、今頃商店街のおっちゃんおばちゃんが酔いつぶれて雑魚寝中だろう。
 シンがくたばった後(水を大量に飲ませて、ファブリーズと一緒に元春にいちゃんが部屋に連れてった)、宴会は怒涛のぐだぐだタイムに突入した。

 で。

 仕事の愚痴やかつての武勇伝に切り替わった親父ーズの輪に拉致られそうになった若先生をなんとか救出して、若先生は終電間際に帰って行った。

さん、先生とっても楽しかったです」
「大抵の人はもう二度と誘うなって言うんだけど……若先生やっぱ天才だね。あらゆる意味で」
「なんか馬鹿にされてるような気がするんですけど……でも本当に楽しかった。さん、よいお年を」
「うん、若先生もね」

 で、元春にいちゃんも今日は車で来てるわけじゃなかったから、若先生に遅れること30分、帰宅していった。

「あー、オレも頭痛くなってきた……マジかよ、明日は寝正月かぁ?」
「元春にいちゃん、案外お酒弱いんだね」
がザルだとは思わなかったけどな。あー、こりゃマジで二日酔い確定だな……」
「大丈夫?」
「ああ、平気平気。帰って寝るだけだしな。じゃあ、シンとオジサンよろしくな? あと……勝己あのままで本当にいいのか?」
「うん。仕方ないじゃん。元春にいちゃん、よいお年を!」

 元春にいちゃんは額を押さえながらも、割としっかりとした足取りで帰っていった。
 その後私は足の踏み場もない居間の片付けをちょこちょこしてから自分の部屋へ。

 で、今にいたる。

 私はベッドから聞こえてきた呻き声に、コンポからつないでいたヘッドホンを外した。

 振り返れば、豆電球のみの明かりの下、頭を押さえながら志波が体を起こしていた。
 シンがつぶれた後、つられるように志波もつぶれて。
 この巨体を元春にいちゃんと若先生が私の部屋までがんばって運んできたんだよね。
 ソファは先につぶれた豆腐屋のじーさまが占領してたし、仕方ない。

 志波は上体を起こした後、額を押さえたまま動かない。

「頭痛いの?」
「あぁ……」

 声をかけると、小さく呻くように返事した。
 そしてゆっくりとこっちを振り向く。

 地黒の志波は豆電の明かり程度じゃよく判別できない。
 けど、どうやら驚いてる……のかな。

「……な」
「な?」

 きょろきょろと辺りを見回した後、もう一度を私を見る志波。

「何が、どうなってる」
「何がって。つぶれたから運んできたんじゃん。横になれるとこってここしかなかったし」
「……あのな」

 顔を引きつらせて、志波は大きくため息をついた。

「介抱してやったのに、そういう態度とる?」
「なんでお前の部屋なんだ。シンの部屋は」
「戻したあとの臭いヤツと一緒に寝たかったの?」
「…………いや」

 志波は小さくかぶりを振って、立ち上がった。
 でもまだ酔いが覚めたわけじゃないっぽい。足元はふらついてるし、まっすぐ立ってることもできないみたい。

「具合悪いなら寝てればいいじゃん。もう終電ないし、家になら元春にいちゃんが電話入れてくれてたよ?」
「あのな。こんな時間に女の部屋にいるわけにいかないだろ」
「真っ直ぐ立ってることもできないくせに、何言ってんだか」

 私は立ち上がって志波の肩を押してやった。
 ほら、軽く押しただけでベッドに尻餅ついてるくせに。

「無理無理。帰れるわけないって。おとなしく寝てたほうがいいよ」
「……お前はどうするんだ」
「夜明けまで起きてるからいいよ、気にしなくて。そのまま初詣行って買い物して、それから寝るから」
「そういうわけにいくか」
「酔っ払いが偉そーに。はい寝た寝たー」
「っ、おい!?」

 前後不覚の人間をベッドに押し倒すなんて簡単だ。
 ましてや志波なんか親父よりも体小さいし。
 手際よくベッドに押し倒して枕を押し付けて、ばさりと布団をかけてやる。

 でも志波は、すぐにその布団を跳ね除けた。

っ!」
「……あれ?」

 怒りの表情で私を睨んでくる志波。
 でも、今ふと気づいた。

「志波、いつから名前で呼んでた?」
「っ」
「いや別にいいんだけどさ。前からそうだったっけ?」

 志波に名前で呼ばれたのって、そういえば初めてじゃない、気がする。
 でもなんか違和感なくて。
 昔からそう呼ばれてたような、なんかしっくり感があるような。

「……この家には3人いるだろ」
「あ、だから名前か。ふーん」
「それより、電気つけろ」
「は?」

 志波は肩を落として大きく大きくため息をついた。
 コイツの幸せ、どんだけ逃げてんだろ。

「電気つけろって、志波って明るくないと寝れないタイプ?」
「そうじゃない。……お前少し危機感持て」
「何に」
「………」

 志波は膝をたててその上に肘を置いて、頭を抱えた。

 ったく、人の部屋のベッド占領してるくせに、偉そうに。

「そうだ名前の話だけど」
「……まだ何かあるのか」
「そのまま名前で呼んでていいよ? シンと区別するために名前で呼んでるヤツのほうが多いし」
「……」
「外国じゃ初対面でもファーストネームで呼ばれること多かったしね。今でもそのクセでそうになることあって気をつけてるけど」
「……」
「相槌くらい打てっ、勝己っ」
「っ!?」

 おや。

 ふざけて名前で呼んでみただけなんだけど。
 志波はぎょっとしてこっちを見て、でもすぐに片手で顔を覆ってまたため息ついた。

「……名前で呼ぶな」
「へいへい。日本人にとっちゃファミリーネームで呼び合うのが普通だもんね」

 ったく冗談の通じない。

「あ、電気つけて欲しいんだっけ?」
「ああ……いや、いい」
「は?」
「つけなくていい」
「はぁ? つけろって言ったりつけるなって言ったり……」
「いい。つけなくていい。悪かった」

 そうやってあっさり謝られると、やつ当たることも出来ない。
 仕方ないから私はその場にあぐらをかいて座った。

 志波はしばらく頭を抱えるようにしてたけど、やがてごろんと寝転がった。
 ようやくか。

「気分悪いなら水持ってくるけど」
「いや。必要ない」
「あっそ」

 人が親切にしてやってるのに本当に愛想のないヤツ。
 私はベッドが隣接してる壁とは反対の壁にもたれて、すぐ横のCDラックを漁った。
 朝まで起きてられそうな、テンション高いCDは……と。

「………………」
「ん?」

 志波が何か言いたそうな気配を出してる。
 それに気づいて視線をベッドに向ければ、志波がこっちを見たまま口を開けていた。

 餌をねだる雛か鯉か、お前は。

「…………
「なに」

 何度目かのため息をつく志波。

「名前、な」
「ん」
「……いや」

 なんなんだ、ほんとに。

 志波はそれだけ言って、ごろんと反対を向いてしまった。
 いつまでたっても、コイツの考えてることだけはホント読めない。

 ……あ、そうだ。

「志波、明日……つか、今日なんか予定ある?」
「……いや、なにも」
「じゃあ初詣付き合ってよ」
「は?」

 ごろんと。
 再び寝返りを打って、訝しげに私を見る志波。

「本当は元春にいちゃんと一緒に行こうと思ってたんだけど、なんか二日酔い確定っぽかったし。神社で破魔矢とか親父の交通安全お守りとか、いろいろ買う物あるからついてきて」
「オレは荷物持ちか」
「うん」
「……。真咲の二日酔いは免除で、オレは免除されないのか」
「されない。だからさっさと寝てアルコール飛ばして」
「あのな」

 志波は心底呆れたように私を見るけど、ここまで親切にしてやった私にこの程度の恩返ししたってバチは当たらないと思うんだけど。

 そして志波は、今年の幸せは全部逃がしてしまったんじゃないかと思うくらいの何度目かの盛大なため息をついた。

「……わかった」
「うん。ありがと、志波」

 あれ、今回は素直にお礼が言えたぞ?

 自分の口からするりと出たお礼の言葉に我ながらきょとんとしていたら、志波は小さく笑ったみたい。
 でもすぐにごろんと、向こうの壁のほうを向いてしまう。

 ……ま、いっか。

 私はラックからNeed’sのCDを取り出して、コンポにかけた。
 そしてヘッドホンをして、壁にもたれかかる。

 夜明けまではあと4時間くらいかな。
 私は腕を組んで足を投げ出して、目を閉じた。
 ヘッドホンから流れ出るNeed’sの音楽。
 音漏れしないように、出来る限り音量をしぼって。


 そんなこんなで、2006年の大晦日は過ぎていった。



っ! 勝己っ! うら若き男女が同じ部屋で一晩共に過ごすなんてっ、おにーちゃんそんな子に育てた覚えはありませんっ!!」
「お前がオレを勝手にアイツの部屋に運んだんだろうがっ!」
「……元春にいちゃんと志波、なんであんなヒートアップしてんの?」
「すげぇな志波……朝まで生討論ならぬ朝まで生殺しか……、恐ろしい子ッ!!」

Back