アメイジング・グレイス。
 奴隷貿易をしていた男が悔い改めて謳った賛美歌。
 私はあの灯台の裏で、沈み行く太陽を見ながら声を張り上げて歌った。


 13.1年目:クリスマス


 実を言うとこの歌はあんまり好きじゃない。
 そもそも神様なんてもの信じてないし。
 でも、携帯のカメラ越しに見た夕焼けの海を見ていたら、なぜだか無性にこの歌が歌いたくなったんだ。

 歌い終わったときには、いつかも聞いた拍手。

「またここでお嬢さんの素晴らしい歌が聴けるとは。今のは有名な賛美歌ですね」
「うん。こんちは、マスター」
「こんにちは。ところでお嬢さん、今日は羽ヶ崎学園のクリスマスパーティでは?」
「行かないからいいの」

 灯台の裏手から出て、珊瑚礁のマスターがいるお店の前に回る。

 マスターは驚いたように目を丸くしながらも、私を出迎えてくれた。

「行かないんですか? お友達もたくさん参加してるでしょうに」
「だって、自分の誕生日に顔も知らない神様の誕生日を祝うなんてヤダ」
「おや、今日はお嬢さんの誕生日でしたか」
「うん」
「それはそれは。めでたい日に生まれましたね。おめでとうございます」

 めでたいかなぁ……。
 その点は疑問に思ったものの、私はとりあえず素直に「ありがとう」と返すことにした。

「でしたら、それこそパーティに参加したほうが大勢のお友達に祝ってもらえたでしょう」
「みんなドレス着てくるって言ってたから。私、着飾るのって好きじゃなくて」
「お嬢さんのドレス姿は非常に絵になると思いますよ」

 にこにこと微笑みながらマスターはお店の中に招いてくれた。

 中にはお客さんが数組。カップルばっかりだ。

「日本のクリスマスって、なんで恋人の祭典になっちゃったんだろ?」
「本来はキリストの生誕を祝う日ですね。お嬢さんはクリスマスをともに過ごしたい人がいないんですか?」
「いたけど断られちゃった」
「おや、それは余計なことを聞きました」

 申し訳ありませんといいながらも、マスターはにこにこしてる。
 パーティに行く気なんかさらさらなかったから、最初から元春にいちゃんを家に呼ぼうと思ってたのに。
 花屋って、案外クリスマスが忙しいみたい。
 ちぇ。

「ではクリスマスイブの良き日にお嬢さんにめぐり合えたことを祝って。私からプレゼントです」

 そう言って私の前に出されたのはブッシュ・ド・ノエルとシナモンスティックのささったウインナーコーヒー。

「いいの?」
「もちろん。またいい歌を聞かせていただきましたから」
「やったっ。ありがと、マスター」

 ぱくりと一口、チョコレートベースのブッシュ・ド・ノエルをほおばれば、広がるほのかな苦味とほどよい甘み。

 その間にマスターは他のお客の注文をさばきにいってしまう。
 私はぱくぱくとケーキを食べながら、すっかり暗くなった窓の外の海を見つめた。

 あの『事故』までは、毎年この時季はジルベスターコンサートだのなんだので演奏会に出ていた。
 綺麗なドレスを着て、バイオリンを弾いて、その後でささやかなパーティをして。
 栄光の日々……というには大げさだけど、そんなこと今さら思い出したくないから、今日のパーティは欠席したんだ。

 今頃みんな楽しんでるかな。
 はるひと水樹が年内スイーツ食いだめするって息巻いてたもんね。

 はぁ。
 馴染めないな、やっぱり。

「お嬢さん」
「ふえ?」

 ケーキを頬張ったまま返事したら、へんな音になった。

 マスターは注文をさばき終えたのか、カップを拭きながらこっちを見てる。

「クリスマスに相応しい歌を、さきほどの賛美歌のほかにご存知ですか?」
「知ってるけど?」
「ふむ。実はさきほど私が灯台に向かったのも、お嬢さんの歌声に気づいたお客さんからの要請ででしてね」
「ふーん?」
「今いるお客さん全員が、お嬢さんの歌に聞き惚れていました。よろしければ、ここであと何曲か歌ってはいただけませんか」
「は?」

 マスターの突然の依頼に、私は店内を振り返った。

 すると。

 珊瑚礁の中のお客が、みんな私を見てた。
 うわ、なんだこれ。

「こちらがリクエストです」
「はぁ?」

 目を点にして硬直してた私に、マスターが一枚の紙を差し出した。

 リクエストって。

 その紙には店内で回されたのかいろんな字でいろんな曲が書かれている。
 日本で定番のクリスマスソングから洋楽、賛美歌までいろいろ。
 知ってる曲もあれば知らないのも。

「よろしければ是非。もちろん、シンガーとしての報酬はお支払いしますよ?」
「報酬は別にいいけど……」

 なんか妙なことになってきた。
 パーティの華やかな雰囲気が嫌で逃げてきたのに、こんなとこで歌声リサイタル?

 でも、……嫌じゃない。

 お客は少ない4組8名。それとマスター。
 雰囲気のある珊瑚礁の薄暗い照明。
 こんな時間に来たのは初めてだけど、なんだかジャズバーみたいなカンジ。

 歌なら平気。
 怪我した腕は使わないし、自分の実力を全部出し切って歌うことができる。

「いいよ、マスター。じゃあ何曲か歌うね」
「よかった! みなさん、今宵一夜限りですが、我が珊瑚礁の歌姫に盛大な拍手を!」

 おおーっ

 ぱちぱちと。
 盛大といったって、8人の拍手はたかがしれてる。
 でもみんな、幸せそうな笑顔を浮かべながら拍手を贈ってくれた。

 へんなの。
 結局、こんなとこでクリスマスパーティをやるハメになっちゃった。

「じゃ、どれから歌おうかな」
「ウーピー=ゴールドバーグ!」

 リクエスト用紙に視線を落としたら、お店の一番奥の席に座っていた男の人が声を出した。

「天使にラブソングをの曲! 歌える?」
「あ、知ってるよ、それ」
「その曲なら珊瑚礁にも音源があったはずだ。少々お待ちください」

 マスターがお店の有線を止めて、棚からCDを取り出した。

「あったあった。お嬢さん、用意はいいですか?」
「いいよ! いつでも大丈夫!」

 カウンターから立ち上がって、背筋を伸ばして。
 マスターはにこにこと微笑みながら音楽を流した。

 そして私は歌いだす。
 私が一小節歌っただけで、お客さんはみんな感嘆の声とともにまた拍手を贈ってくれた。


 で。


「あー楽しかった……」

 私は師走の冬空の下、晴れやかな気持ちで一人帰路についていた。

 珊瑚礁で歌ったのは結局7曲。
 お客さんからのリクエストにあれもこれもと調子にのって答えてたら、随分な時間がたっていた。
 でも楽しかった。
 みんな満足してくれたし、マスターなんかは是非珊瑚礁と専属契約を、なんて冗談にしても嬉しいこと言ってくれて。
 専属契約なんてしたら、佐伯が烈火のごとく怒り出しそうだけどな。

 文化祭以来、気分が沈むことが多かったけど。
 今日はマスターのおかげでなんだか……助かった。

 まだ、私にも残されたものがある、のかも。

 などと思いながら駅近くの道を曲がったとき、前方に見慣れた人影が見えた。

 背の高い男と、小柄な少女?
 男のほうは心なしか背中を丸めて意気消沈、ってカンジ。
 で、女の子のほうがソイツを慰めてるのかなんなのか、時々その男を見上げるようにして。

 しっかりと繋がれた手はクリスマスだからかなんなのか、一応微笑ましい。

 ……ん?
 って、アレ。

「若先生と水樹じゃん」
「え? ……さんっ!?」

 誰かと思えば。
 私の声に振り向いてわたわたと慌ててるのは水樹だ。
 隣の若先生はのろのろと振り向いて、でも私を見た瞬間に目を見開いてきょとんとする。

 あ。手ぇ離した。

「なに、二人でデートの帰り?」
「ち、違うよ!? クリスマスパーティの帰りだよ。さん、パーティ来なかったんだね」
「うん、興味なかったし」
「やや、クリスマスパーティだって立派な学校行事です。ちゃんとした理由なしに休むのはブ、ブーですよ」
「それよりも」

 若先生の言葉を遮って。
 私は今は離れてる二人の手を見下ろした。

「なんでまた手繋ぎしてこんな時間に」
「べべべ別に他意はないよ!? 先生が、私を慰めて、っていうか元気づけてくれてただけで」
「若先生が水樹を? 逆じゃなくて?」

 さっきみた様子じゃ、明らかに若先生を水樹が気遣ってる風にしか見えなかったけど。

 ……あ、でも。水樹の目が赤い。

「なんかあったの?」
「あ、うん……ちょっとね」

 えへへ、と誤魔化すように笑う水樹。
 文化祭ファッションショーでお披露目したっていうスーツドレス姿で、今日はいつものひっつめ髪もおろして雰囲気が違う。
 そういえば若先生もフロックコートなんか着ちゃってるし。

 クリスマスパーティだったんだなぁ、って。
 なんだか改めて実感した。

さんはどこか行ってたんですか?」
「うん。さんご」

 まで言って、慌てて口を噤む。
 佐伯に黙ってろって言われてたんだっけ。

「さんご?」
「うん……さんご」
「……産後?」
「うわ、若先生それ最悪セクハラっ!! 休み明け教頭チクリ決定っ!」
「ややっ!? せ、先生、そんなつもりで言ったんじゃないです!」

 ったくこの天然ボケボケ教師はっ!
 慌てだした若先生は無視して、私は水樹に向き直った。

「クリスマスパーティ楽しかった?」
「……うん! 楽しかったよ。みんな、親切だった」
「親切だった?」

 それって、楽しかったことの理由になるんだろうか。
 だいたい、知った顔しかいないだろうに親切だったって。

 帰ったらシンに聞いてみようかな……。

 まぁ、それはともあれ。

「なんか邪魔しちゃったみたいだし、私別の道から帰るよ。ごゆっくり、お二人さん」
「はいはいっ、さんも気をつけて」
「って、なんか勘違いしてないっ!? さーんっ!」

 あっさり受け流す若先生に、わたわたとまた慌てだす水樹。
 二人に背を向けて、ちょっと遠回りになるけど元来た道を私は引き返した。

 なんか前にも若先生と水樹のツーショットを見た気がするけど。
 今回は手繋ぎプラスかぁ。
 あの二人、どうなってんのかな。


 商店街の反対側をまわりこむようにして帰宅した頃には、時計の針は10時近くになっていた。
 こんな遅くなるまでいるつもりなかったから、薄着で出かけた私の体は芯まで冷え切って。
 さっさとお風呂に飛び込みたい、なんて思いながら自宅前まで来ると。

「あれ、元春にいちゃん? ……に、志波?」
! お前どこ行ってたんだ!?」
「どこって……」

 うちの玄関前でなにやら深刻そうに話してた元春にいちゃんと志波とシン。
 私を見るなり、3人とも一瞬安堵したかのように肩から力を抜いて、でも次にはもう怒りの表情を浮かべていた。
 元春にいちゃんにぎゅーっと抱きつこうとしたら、志波に首根っこ掴まれて、元春にいちゃんには額を片手で押された。

「ちょ、何する志波っ! 元春にいちゃんも、なに!?」
「なに、じゃない。、お前こんな時間までどこ行ってたんだ? ガキじゃあるまいし、心配かけさせるなよ」
「家出るときシンに言ったよ! 灯台に行くって!」
「こんな時間まで灯台にいたんじゃないだろ? おにーちゃんに本当のこと言ってみなさい」
「本当だもん!」

 志波の手を払いのけ、元春にいちゃんの手をどけて。
 私は3人を見上げた。
 うううクヤシイ。3人とも確実に180センチ越えの長身だから、どうあがいたって見下ろされる。

 元春にいちゃんが「お前なー」とため息つきながら腰に手を当てた。

「15歳……じゃなくて16になったのか。でもそんな年頃の女の子がこんな時間までふらふら一人で出歩いてていいわけないだろ? 大体お前、携帯どうしたんだ?」
「携帯ならここにあるよ?」

 ジーンズのポケットから取り出した携帯。

 ……あ。

「歌うのに邪魔だからって電源切って、そのままだ」
「あーのーなー!」

 盛大に突っ込まれた。

「歌うって、灯台でずっと一人で歌ってたのか?」
「違うよ。頼まれて歌ってたんだよ」
「……誰かと一緒だったのか?」

 志波が驚いたように聞いてきた。
 うん、と返事するものの、誰かとまでは佐伯との約束だから言えない。

「おいおい……お前、まさか悪いヤツに連れまわされてたわけじゃないだろうな?」
「マスターは悪い人じゃないよ!」
「……マスター?」

 うあ。

 元春にいちゃんの前じゃうまく誤魔化すことも出来ない。

「それよりなんで3人ともここにいるの?」
「あのな。シンと勝己から連絡が来たんだ。がまだ帰ってきてない、携帯も繋がらないって。飛んできたんだぞ」
「元春にいちゃん、心配してくれたんだ」
「当たり前だ」

 怒り顔の元春にいちゃんだけど、素直に嬉しい。
 私はぎゅーっと抱きつこうとして、再び志波に首根っこ掴まれて引き戻されてしまった。

「志波っ! ……大体なんで志波がいんの? シンと元春にいちゃんに怒られるのはわかるけど、志波に怒られる筋合いないっ!」
「こらっ。お前、心配してくれたヤツに対してその言い草はないだろ」
「だって」
「だってじゃない」
「ち」

 ぇ。
 前にも注意された口癖が出そうになって、途中で言葉を飲み込む。

「お前な……女の子が『ち』ってなんだ……」
「うー」
「うー、じゃない。反省してねぇな?」

 ぼす

 元春にいちゃんにチョップされる。
 でも怒られてる理由に納得行かないから、反省のしようがない。

 とりあえず反抗の意思表示として、私はぷいっと横を向いた。

 すると元春にいちゃん、すいっと目を細めて。

「悪いことちゃんと反省しないヤツには、誕生日プレゼントやんねぇぞー」
「え、プレゼント?」

 すぐに振り返る。
 そこには、小さな包みを顔の高さに上げて振っている元春にいちゃんが、勝ち誇ったような笑顔で仁王立ち。

「お前が欲しがってたCAMINOのニューアルバム。優しい優しいおにーちゃんが買ってきてやったのになぁ」
「ホントにっ!? 元春にいちゃん、ありがとう!」
「おっと! 言っただろ、ちゃんと反省しないヤツにはやらねぇって」

 ひょいっと、CDが入ってる包みを高く持ち上げて元春にいちゃんはジトッとした目で私を睨む。

「反省するっ」
「なにを反省するんだ?」
「うう……遅くまで連絡入れないで出歩いたこと」
「よしよし。ちゃんと理解してるな? じゃあまずはオレたちに言う言葉はなんだ?」

 オレ『たち』?
 ……それって志波も含めてんの?
 私はちらりと視線を志波に移す。
 志波は片眉だけを器用に上げて、しょうがないヤツ、とでも言いたげに私を見下ろしてた。

 なんかムカツク。
 でも仕方ない。

「……ゴメンナサイ」
「よくできました、二重マル! 、オジサンの留守中にあんまシンに心配かけんなよ?」

 最大限譲歩して謝ると、元春にいちゃんは笑顔を浮かべてがしがしと頭を撫でてくれた。
 そして手渡される一枚のCD。

「ありがと、元春にいちゃんっ」
「ったく現金なヤツだなー。じゃあオレ明日もバイト早いし、もう行くな。シン、勝己、のことよろしくな」
「ああ」
「春ニィも気をつけてなっ」

 って、なんで志波にまで頼まれなきゃならないんだか。

 ともあれ、反省した(と見せかけた)私に納得したのか、私たちが見送る中、元春にいちゃんは前に停めてあった車に乗って帰っていった。
 さて、元春にいちゃんも帰っちゃったことだし、さっさとお風呂にでも入ろう。

「おい」

 ところが、シンの横を通り抜けて玄関に入ろうとした私を、志波が呼びとめる。
 心底嫌そうな顔をして振り向いてやれば、志波はいつもの何考えてるかわからないむっつり顔で。

「本当に変なヤツと一緒だったわけじゃないんだな?」
「しつこいよ。知り合いのお店のマスターのところにいただけ。頼まれてクリスマスソング歌ってた」

 元春にいちゃんがいなければ、すらすらと言い訳も口をつく。
 志波は訝しげに眉をひそめたけど、ふぅと短く息を吐いた。

「ならいい」
「あっそ」
「お前らって仲がいいのか悪いのか……」

 シンが呆れたような声を出すけど、私は志波と仲良しになった覚えなんて……。

 ……。

 そういえば、なんだかんだって志波とはいろんなところで一緒にいるような気がする。
 いや、べつにだからといって仲良しってわけじゃ。

 ……。

 ない。
 ……多分。


「ん?」

 ふと考え込んでしまった私に、志波が小さな包みを投げてよこした。
 不意打ちだったけど、なんとかそれをキャッチする。
 ぽふぽふしてて、柔らかい。

「なにこれ?」
「誕生日、だろ。やる」
「は?」

 なにを突然、と思いつつも、投げ渡された袋の中身を取り出すと。
 それは!

「あー! これ、これこれこれっ!!」
「っだぁ、お前近所迷惑だろっ! 叫ぶな!」

 袋の中身を両手で掴んで叫んだ私に、シンが慌ててまわりをきょろきょろしながら注意する。
 でもそんなことどうでもいい。
 これ!

「志波、これどうしたの!? UFOキャッチャー限定の『天使のどくろクマ』じゃんっ!」
「そうなのか?」
「そうなのかって」

 袋の中身は、商店街のゲーセンに入ってる期間限定非売品のどくろクマヌイグルミ。
 ずーっとずーっと欲しかったけど、私はクレーンゲームが大の苦手で、何度やってもとれなかったヤツだ。

 でも、それを持ってきた当の志波本人は首を傾げてる。

「今日のクリスマスパーティのプレゼント交換であたった」
「そうなんだ……」

 はね学のクリスマスパーティって、こんないいものが当たるんだ!
 来年からは出ようかな。

「本当に貰っていいの?」
「ああ。オレが持っててもしょうがない」
「やったっ! ありがと志波っ!」

 私はどくろクマを両手で掲げて、くるくると回った。
 嬉しくて嬉しくて。

 すると、背後からは聞きなれた「クッ」という笑い声。

 振り向けば志波が横向いて笑ってて、シンはそんな志波に珍獣でも見てるかのような視線を向けていた。

、お前すげぇな……この世で志波を笑わせられるのって、お前くらいだぞ」
「そうでもないよ。志波って結構笑い上戸だし」
「違う」
「そうじゃん」
「違う」
「そうじゃんっ」
「わかったわかったって。ガキみたいな口喧嘩すんなよお前ら……」

 一瞬訪れた和やかムードもどこへやら。
 私と志波がばちばちと火花を散らしていたら、シンが間に入ってきた。

「志波、探し付き合ってくれてサンキュな。おら、お前も礼言えよ」
「……さっき謝ったもん」
「謝罪じゃなくて礼だっつーの」
「ヤダ」
「あ、こらっ」

 シンの脇をするりと抜けて、私は玄関に飛び込んだ。
 ドアを閉めて、追ってこれないように玄関にもたれかかる。

 ……なんでだろう。
 志波には素直にお礼を言える時もあれば、どうしても言いたくない時もある。

 志波とは友達になった覚えはない。
 ないの。ないったらない。

 だけど志波とはなんというか、からみやすい、っていうか。
 話しやすい、っていうか?
 気構えなくていいっていうか……。

 ……。

『お前、にいつ言うんだ?』
『……言うつもりはない』

 ドアにもたれていろいろ考えてたら、外からシンと志波の話しが聞こえてきた。
 言うって、なにを?

『まぁ……お前にもいろいろあったのは聞いたけどよ、勘弁してくれよー、のヒステリー引き起こすのだけは……』
『聞いた?』
『うちの野球部マネ、お前とやりあったとこ出身なんだよ。全部聞いた』
『……そうか』

 なんの話してるんだろう。
 ドアに耳をくっつけて聞き耳を立てる。

『もう戻らないのか?』
『……』
『誰もお前を責めてねーのになー』
が帰ったんだからもういいだろ。……じゃあな』
『へいへい』

 遠ざかる足音がひとつ。

 しばらくして、がちゃりと目の前のドアが外開きに開いた。
 ドアに耳をくっつけてる姿勢のまま見上げれば、目を丸く見開いたシンの顔。


「志波となんの話してたの」
「……お前に関係ねーよ。つか、聞き耳たてるってお前、行儀悪いにもほどがあるぞ」
「気になったんだもん」
「だもんじゃねっつの。さっさと風呂入って寝ろっ」
「ふんだ、ケチ」

 今度はシンが私の横をさっさとすり抜けて、居間に入っていく。
 志波とシンこそ仲いいんじゃん。内緒話なんてして。

 私はずかずかと足音荒く自分の部屋に戻った。
 元春にいちゃんに貰ったCAMINOのアルバムをコンポに入れて、志波に貰ったどくろクマをコレクションの横に並べる。
 そして私は着替えもせずに、ごろんとベッドに寝転がった。

 まさか志波に誕生日プレゼント貰えるとは思わなかったけど。
 ……うぅ、シンの言うとおりお礼しなきゃだめかなぁ……。

 ともあれ。

 今年のクリスマスは案外楽しかったな。
 珊瑚礁で歌って、元春にいちゃんからもプレゼント貰えてっ。
 私は枕もとの抱きぐるみどくろクマを抱きしめた。

 そしてそのまま、うつらうつらと眠りの海へと落ちていった……。



「もしもーし、春ニィ?」
『お、シンか? どうした?』
「さっきはがごねたせいで言いそびれたんだけどさ」
『おう。なんだ?』
「オレへの誕生日プレゼントは?」
『……』
「……」
『従兄弟の優しさ、プライスレス』
「だぁぁっ、春ニィ忘れてやがったなぁ!!」
『わりーわりー! お前ら双子だって、すっかり忘れてた! 明日! 明日、な! なんでも好きなもん買ってやっから!』
「くっそー、春ニィも志波も、だけ可愛がりやがってっ。一番気ィ使ってるオレを少しは労えってんだーっ!!」

Back