はぁぁぁ……
 観覧車を見上げて、志波は心なしか青ざめた表情で盛大にため息をついた。


 11.Wデート後編


「やっぱ志波って観覧車苦手なんじゃん?」
「違う」
「顔色悪いよ?」
「悪くない」

 あー、志波をからかうのっておもしろい。

 私たちはお昼を食べたあと、早速観覧車乗り場へと出向いていた。
 すっかり気持ち悪さが抜けた私は、携帯のカメラのレンズを念入りに拭く。
 いい景色、取れるといいなっ。

 この遊園地の観覧車はそんなに大きくない。
 ジェットコースターの頂点よりは高い位置に行くみたいだけど、そこまで絶景が見られるってわけでもなさそうだ。

 それなのに、志波の足取りは重い。
 一歩一歩ゴンドラに近づくたびに、顔色が青くなってってるように見えるんだけど。

「志波」
「違う」
「なんにも言ってないって、まだ」
「……」

 こりゃ重症だ。

 にやにや志波を振り向いてるのしんと、眉をひそめてるはるひに、私は肩をすくめてみせる。

 そして順番が来た。

「4名様ですか?」
「いんや、3名だ」
「は?」

 係員の人がきょとんとする。
 いや、私とはるひと志波もか。

 するとのしんはくるりと振り向き、のろのろとやってくる2つ奥のゴンドラを指差した。

 そこには!

「志波はあれに乗れ!」
「っ!? ば、馬鹿言うなっ!!」

 にやりといい笑顔を浮かべるのしんに、マジ切れする志波。

 やっぱり志波って観覧車苦手なんじゃん?

 だって、あれって。

「全面アクリルの透明ゴンドラ……」
「うわー! おもしろそー!」

 呆気にとられるはるひだけど、私はがんがんテンションが上がる。
 あれ、壁も床も透明だ!
 うわ、あれ乗りたい!

「あのー、お客さん?」
「あー悪ぃ悪ぃ。とりあえず乗るか」

 係員に促されて、のしんとはるひがオレンジのゴンドラに乗り込む。
 けど。

「おい、?」
「私あっち乗る! 行くぞ、志波っ!」
「…………マジか…………」

 のしんの呼びかけを無視して、私は志波の腕を掴んで透明ゴンドラへ。

 のしんとはるひはオレンジのゴンドラで一足先に空へ。
 あ、コッチ見て二人ともにやにやしながら手を振ってる。
 私も手を振り替えしながら、志波の背中を押して透明ゴンドラへと乗り込んだ。

「あ、ほら地面から離れるよ!」
「……うるさい」

 私と志波は向かいあって座る。
 志波は膝の上でぐっと拳を作り、目を閉じて何かに耐えるように口を結んでる。
 額に脂汗。

「だいじょぶ?」
「話かけるな」
「ちぇ」

 嫌いなら嫌いって最初に言えばいいのに。
 こんだけビビってるヤツからかうのも悪趣味だし、あーヒマ。

 私は窓の出っ張りに頬杖ついて、どんどんと小さくなる景色を見つめた。

 あ、でも海岸線まで見渡せそう。
 一番高いとこまで行ったら写真とろうかな。

「志波って高所恐怖症なの?」
「……」
「ねぇ」
「……」
「ねぇねぇ」
「……だったらなんだ」
「ふーん? じゃあかっちゃんとは観覧車乗ったことある?」
「は?」

 志波が閉じてた目を開いた。
 でも床下の景色を見てしまったようで、ひくっと顔を引きつらせて急いで顔を上に向けた。

 なんかなー。
 図体でかいのがこんなになってるのって、おもしろいけど気の毒。
 写真撮ったら、もう二度と口きいてくれないだろうな。

「かっちゃんも高所恐怖症なんだよ。昔一緒に観覧車乗ったことあるんだ」
「……」
「あの時はかっちゃんが高いトコ駄目だって知らなくて、無理して私に付き合ってくれたんだよね」
「……」
「降りたときはもう顔が土気色で。私がかっちゃんを支えてあげたんだっ」
「……嬉しそうだな」
「そりゃあ。だって、私いつもかっちゃんに支えられてたんだもん。だから、かっちゃんを支えられることが出来て嬉しかった」
「そうか……」

 相変わらず青い顔した志波だけど、なんだか少し落ち着いたみたい。
 視線がおぼつかない感じでさまよってはいるものの、恐怖にうちひしがれてる、って感じじゃない。

 そういえばもうすぐ頂上だ。

「志波、場所交代して」
「は!?」
「景色の写真撮りたいから。そっちのほうが海が入る」
「……ここから、動けって言ってるのか?」
「うん」
「…………」

 志波は口元を引きつらせながら、私を睨みつけた。
 ふふーんだ、今の志波なんか全然怖くないもん。

 しばらく私と志波のにらめっこは続き。

 やがて志波は観念したように目を閉じて、ずりずりと体を座席の隅に移した。

「……これでいいだろ」
「はいはい、ご協力感謝しまーす」

 マジで怖がってる人に無茶言うのも可哀想だし。
 私は立ち上がって志波の隣に、窓の外を向いて立ち膝をした。

「っ、静かに動けっ!!」
「はいはい」

 ちょっと揺れただけなのに。
 私は適当に返事して携帯のカメラを構えた。

 頂上を目の前にして、はるひとのしんが乗ったゴンドラは下方にある。

 あとちょっとでベストポジション!

 というところで。


 がしゃん!!


 いきなり、観覧車が止まった。

「うわ!?」

 衝撃でゴンドラが激しく揺れる。
 座席の上に立ち膝なんて不安定な体勢でいた私は、バランスを崩して、後ろに倒れる。

 落ちる!!

 姿勢を維持できなくて、私はぎゅっと目を閉じた。

 ところが。


 どんっ


 襲ってきた衝撃は、思ってたよりもずっと小さくて柔らかかった。

 なんで?

 おそるおそる目を開けてみれば。

「……志波?」
「っつ……」

 私とゴンドラの床の間には、私を抱えるように滑り込んだのか、志波が。
 閉じていた目を開けた志波と、視線がぶつかる。

「……大丈夫か」

 デジャヴュ。

「へ、平気。ってか、志波こそ大丈夫?」
「大した事無い」
「じゃなくて、ゴンドラ。派手に揺れてるけど」

 ゆっくり立ち上がろうとした志波の動きがぴたりと止まる。

 あー……余計なこと言ったかな?

「おーい」
「……」
「志波ー」
「……」
「シバカツー」
「……」
「アニキィー」
「……」

 駄目だこりゃ。

 そして今頃になって、緊急停止お詫び放送が流れてくる。

『ご迷惑をおかけいたします。ご乗車になるお客様にトラブルがあったため、緊急停止いたしました。安全が確認できましたので、運転再開します』

 がしゃん

 再び大きく揺れて、ゴンドラが動き出す。
 揺れた瞬間、志波はびくっと体を震わせて、私の肩を掴んでいた手に力を込めた。

 あーあー。

 結局志波はゴンドラの床にへたりこんだまま(で、肩掴まれてた私も必然的にそのまま)、そのまま降り口に到着するまで動けずにいた。
 肩を貸しながら観覧車を降りていったら、のしんの笑うこと笑うこと。
 志波は私に寄りかかったまま、恨みがましい視線をのしんに向けてた。

「じゃあ次はお化け屋敷やな!」
「うっ……そ、そうだな……」

 で、今度はのしんが青くなる。

 遊園地って、こんなに試練一杯の修行地だったんだ……知らなかった……。


「廃院に巣食う、医療ミスによる死に切れない患者の霊魂……」
「読むなっ!! い、いるわけねーだろ!」
「いるわけないじゃん。何言ってんの、のしん」

 妙にブルってるのしん。
 作り物の屋敷の中で、エキストラがおどかす役をやるのがお化け屋敷、らしいけど。
 初めてだなー。
 こんな悪趣味なアトラクション発明したのって、誰なんだろ。

「針谷、お前一人で行け」
「なっ、なんだとっ!?」

 さっき散々のしんにからかわれた志波はすっかり立ち直って、腕組みしてのしんを見下ろしてる。

 はるひと私は、そんなガキ臭い争いをしてる男どもを一歩引いた位置で見てて。

「アカン。親睦会がただの度胸試しの会になっとるわ」
「おもしろいからいいんじゃん? どうせビビりのしんについてくんでしょ、はるひは」
「ビビりのしん言うなや。誰にだって、苦手なもんはあるもんや。ほらハリー! 行くで!」

 ふうとため息ひとつ。
 はるひは今だ入り口で立ち往生してるのしんの腕を掴んでずるずると引っ張っていく。

「だああっ! 西本テメェっ! ま、まだ心の準備というものがだなぁっ!」
「へー。ハリー、ビビっとるん?」
「だっ……誰がだ!? ふざけんな、ついて来いっ!!」
「んじゃお二人さん、先行くでー」

 はるひの挑発に、のしんは憤慨してずんずんと廃院の中へ。
 その後をはるひが追っていって、志波はふっと鼻で笑った。

「志波、お化け屋敷は平気なんだ?」
「不意打ちくらえばそれなりに驚くが……」
「……いつ驚かしてやろうかな」
「くだらないことしたら、置いてくぞ」
「はーい」

 そしてのしんとはるひに遅れること3分。
 係員の誘導にしたがって、私たちも廃院の中へ足を踏み入れた。

 途端。

『ぎゃああああああ!!』
『ちょ、ハリー! そっちは順路ちゃうて!』

「……」
「のしん……」

 ちょっとだけ、気の毒になってきた。


 廃院設定のお化け屋敷の中は、薄暗くて薬臭くて、壊れたベッドや医療品がそこかしこにちらばってて、割とリアルな感じだった。

「うわ、趣味悪い作り……」

 わざと悲鳴のようなうめき声を流してるんだろうけど、それがまたリアルで。
 ときどきゆらりと青い光に照らされた看護士が現れたり、通りかかった診察台が揺れたり。

「わぁっ!」
「っ!」

 私も志波も、それなりに驚いたりはしてた。
 あーなるほど。このスリルは確かに夏向けだ。
 ……ていうか、なんでもないとこでいきなり轟いてくるのしんの悲鳴の方がよっぽどビビるんですけど。

 そしてたどりつく、ハザードマークの手術室の扉。

「中、絶対何かあるよね」
「確実だな」

 私と志波は同時に手術室のドアを押した。

 壁に、手術台に、いたるところに飛び散っている血しぶき。
 物は本物なだけに、余計に気持ち悪い。
 あー、早く通過しちゃおう。

 手術台の横を通り抜けて、アコーディオンカーテンの向こうへ。

 志波がざっとカーテンを開ける。

 そこには。

「わっ!」
「っ……随分、リアルだな……」

 ベッドの上に、人が横たわってた。
 その上にはシーツがかかってるんだけど、腹部のあたりから切り離されてて。
 そこからはみ出てる内臓……。

「う……」

 気持ち悪い。
 私は口元を手で覆った。

 と、その横たわったスプラッタ死体の目がいきなり開いた!

「ひっ」

 私は一歩後退る。

 その死体は私と志波を見てる。
 がたがたとベッドが揺れ始める。
 その度にベッドから滴り落ちる血液。

「お、おい。行くぞ。気持ち悪ィ……」

 志波が顔をしかめて私を促した。

 でも、動けなかった。

 体がひしゃげて、原型を留めていない、即死体……
 車がつっこんでくる。
 激しい衝撃と、光の洪水。

 頭の中で、あの事故が。

「い」

 私は両手で頭を強く抱え込んだ。

「いやあああああああ!!」
「っ!? お、おい、っ……」

 病院にすら担ぎ込まれなかったお母さん。
 最後にみた、車の下敷きになってたお母さんは、血で真っ赤に染まってて。

 目の前の、スプラッタ死体みたい、に。

「やだぁぁぁ! 出るっ、こんなとこもう出るぅ!!」
「おい、落ち着けっ」
「もうやだ! あんなの見たくない! 早く出るのっ!!」

 突然の私の取り乱しように、志波も驚いてるんだろう。
 でも、でも、いやだ。
 一刻も早くここから出たい!

 私は泣きながら志波の腕を引っ張っていた。

「早く! もうやだっ!」
「わ、わかった。とにかく落ち着け。リタイヤ出口があるから、そこまで行くぞ」

 困惑しながらも、志波は私の背中をさすってくれた。

 ……かっちゃんと幼馴染なだけあって、志波もかっちゃんみたいに優しいとこあるんだな。

 私は何度も頷いて、志波の服の裾をしっかり掴みながら手術室の中を足早に歩いていく。
 手術室を抜けた先は、長い渡り廊下。

 あ、あ、その途中にも、倒れてる人がいるっ……

「や……」
「この先がリタイヤ出口だ。行くぞ」
「やだっ……だって、あそこにもいるっ!」
「……ここを抜けないと出られないんだ」
「やだぁっ!!」
「落ち着け!!」

 びくっ!

 志波に大きな声を出されて、私は全身を震わせた。
 ひ、人がパニック起こしてる時にっ……
 前言撤回っ! かっちゃんなんかと全然似てないっ!!

 志波は苦虫噛み潰したような顔をして私を見下ろしていたけど。

「……手ぇ貸せ」
「は……?」
「お前は目をつぶってろ。走り抜けるぞ」

 私が返事するより早く、志波は私の右手を取って、ぐいっと力強く引っ張って走り出した。

 うわ、足もつれるっ。

 でも志波はスピードを緩めることなく走っていく。
 床に転がった死体が近づいてきた。

「っ!」

 私はぎゅっと目をつぶって、志波がひっぱってくれるのだけを頼りに駆け抜けた。

 ばん! とドアが開く音。

 おそるおそる目を開けてみれば、そこはごくごく普通の建物の外階段。
 あ、なるほど……。耐えられなくなった子のためのリタイヤ出口って、こうなってるんだ……。


「ん」

 呼ばれて志波を見上げる。
 志波は私の手を離して、ちょっと困ったように私を見下ろしてた。

「……涙、拭け」
「うん」

 言われるまま、私は両腕で顔を拭う。
 まだドキドキしてる。気持ち悪い。
 でも、外の光を見たら、落ち着いてきた。

「行くぞ」
「うん」

 私は志波の後について、階段を降りていった。


 私がリタイヤしたのは出口の手前二つ目の出口だったらしく、私と志波が降りていったところで、ちょうどタイミングよくのしんとはるひが出口から飛び出してきた。
 その後から、血まみれ白髪の看護士が追っかけてくる。

 日の光の元で見ると、なんだか滑稽だ。
 看護士は出口ぎりぎりまでのしんとはるひを追いかけていたけど、出口を出てしまってからはすぐに廃院の中に戻っていった。

「ぷっ……」

 思わず噴出す。
 だって、出口から出てきたときの、のしんの顔!

「な……ああっ、志波っ、っ! ズッリィぞ!! リタイヤしやがったな!」
「あはは。のしん、今の顔よかった! もう1回やって!」
「ハリーだっつーのっ!! お前ら二人ともクビだ、クビっ!!」
「なんのクビだ……」

 大爆笑の私と呆れた様子の志波。
 顔を真っ赤にして怒ってるハリーと、心底疲れきってる様子のはるひ。

「もー! ハリーってば、すべての仕込みにいちいち反応するんやもん。アタシ、全っ然驚かれへんかったわ!」
「う、うるせぇな! そういうお前らはなんなんだよっ! リタイヤ出口から出てきやがって、どっちが音を上げたんだっ!?」
「音を上げたんじゃないもん」
「へーえ、かよ……って、何お前。泣いてんの?」
「うるさい」

 私は赤い目を見られるのが嫌で、ぷいっとそっぽを向いた。

「ふーん、クールビューティはお化けが嫌い、と……」
「ちがうっ!」
「何が違うんだよ。泣くほど怖かったんだろ?」
「やめろ、針谷」

 鬼の首を得たり、と言わんばかりののしんに、待ったをかけたのは志波だった。
 振り向くと、案外マジな顔をしてのしんを睨んでる志波。

「な、なんだよ」
「……ニガコク出来たんだからいいだろ」
「……あ。そ、そうだなっ! ニガコクファーストステージ、クリアだなっ!!」

 またでたニガコク。

「ねぇ、ニガコクって何?」
「ん? 苦手克服委員会、略してニガコクだ。オレ様が会長で、志波が副会長! で、若王子が名誉顧問の格式高い委員会だ!」
「うわービミョーなメンツ……って、じゃあ志波の観覧車とのしんのお化け屋敷って、やっぱ苦手だったんじゃん!」
「いーんだよ! もうニガコクできたし! それより、お前はニガコク出来てねぇな。ジェットコースターとお化け屋敷! また今度機会作ってやるから、今度こそニガコクしろよな!」

 いや、私ニガコクメンバーじゃないし……。

「なぁ、ここで盛り上がっとらんで、少し休憩せえへん? みんな、今のお化け屋敷で相当体力使ったやろ?」
「賛成っ!」
「おう、いい提案だ西本!」
「……だな」

 はるひの提案で、私たちは遊園地内の喫茶店へ。

 そこで学園情報通のはるひとのしんの話を聞いていたら、案外夢中になってしまって、気づいたらサーキットは閉園の時間。
 仕方ないから、今回の親睦会もそこでお開きとなった。

「今日はめっちゃ楽しかったわ……。誘ってくれてありがとな、っ。アンタとはええ友達してけそうや」
「うん。私も予想外に楽しかった」
「そ、それとな? ハリーと……気ィ使ってくれてありがとな」
「いいってば。またなんかあったときはのしんとはるひを誘うよ」
「あ、アンタ……クールビューティなんて言われとるけど、めっちゃ友情に熱いやん! 惚れた!」
「惚れるな」

 遊園地前で、はるひから熱い感謝を述べられながら、手をがっしり握られる。

「まぁ楽しかったぜ。こういうのもたまにはいいな。じゃあな、、志波っ」
「ああ」
「また学校でね、のしん」
「ハリーだっつーの!!」

 いつもののしんの台詞を聞いて、はるひとのしんは行き先が違うバスに先に乗り込んで帰って行った。

 で、行き先が同じ志波とバス停のベンチに並んで腰掛けて、バスを待つ。

 特に意味はないけどなんとなく無言。
 志波はもともと無口なヤツだし、私も沈黙が苦痛じゃないから特に問題はない。

 お互いにぼーっと空を見ながらバスを待つ。


「ん?」

 先に口を開いたのが志波だっていうのが、ちょっと意外。

「なに」
「お前の母親って、いつ死んだんだ?」
「私が12歳の時だけど……急になに?」
「……いや」

 志波はそれだけ聞いて、また口を閉ざした。
 変なヤツ。

「……アメリカで死んだの。車と車の事故。こっちが乗用車で、あっちがトラック。しかも当て逃げ。お母さんは車外に放り出されて横転した車につぶされて即死。……私は助けがくるまで、そのお母さんをずっと車の中から見てた……」
「そうか」
「うん」

 なんでかしゃべってしまった。

 ……志波って、どうもこう……やっぱり雰囲気が似てるんだよなぁ、かっちゃんと、元春にいちゃんと。
 愛想がないとこをのぞけば。

「志波、かっちゃんはまだ会ってくれないって?」
「……ああ」
「ちぇ」
「お前、その『ちぇ』っていうクセやめろ」
「なんで?」
「……男でも女でも。そういうのはよくない。……と思う」
「じゃあ志波も『ちっ』っていうのなしね」
「……」
「あ、今言おうとした」
「してない」
「した」
「してない」
「……ちぇ」
「ちっ」
「……ぷっ」
「クッ」

 ああ、くだらない。

 でもなんだか笑ってしまった。


 そうしているうちにバスが来た。
 志波と並んでバスに揺られながら、はばたき駅前へ。

「じゃ、また明日」
「ああ。また」

 志波の帰宅コースの通り道にある私の家。必然的にうちまで一緒に帰ってくることになって、私は玄関先で志波と別れた。

 あー疲れた、と居間に入っていくと、そこには神妙な顔をしたシンが。

「なんかあった?」
「お前、志波と仲いいのか?」
「は? たまたま帰り方向一緒だっただけだよ」
「ふーん……」

 じとっとした目で私を見て、シンはテレビに向き直る。

「なぁ
「んー?」
「志波って、かっちゃんに似てると思わねぇ?」
「あ、シンもやっぱりそう思う?」

 冷蔵庫からウーロン茶を取り出してラッパ飲み。

「なんか雰囲気がね。でも当然じゃん? 志波ってかっちゃんの幼馴染だっていうし」
「はぁ?」

 ずるっと、シンがソファから滑り落ちた。
 体を起こして、間抜けな顔でこっちを見てくる。

「おま、それ、誰がそんなこと言ってた?」
「志波」
「…………アイツは…………」

 シンは盛大なため息をついた。
 まぁ仕方ないか。シンもかっちゃん探してるんだし、情報隠してたのは私だし。

「ごめんごめん。でも、志波にかっちゃんの気持ちが変わったら会わせてって伝えてあるから。かっちゃんに会うときはシンも呼ぶよ」
「あ、そ……」
「気の無い返事」
「気が入ってねぇんだよ、実際」
「ち……」

 いつもの口癖を言おうとして、私は片手で口を押さえた。

 男でも女でもよくない、か。
 そう言われたら仕方ないよなぁ……。

「べ」

 代わりにシンに向けて舌を出して、私は2階に駆け上がった。

 そんな感じで。
 私の初めての遊園地体験は幕を閉じた。



「はい、さん。超熟カレーパンです」
「んー。一週間ごくろーさん、若先生」
「ところでさん。先生ちょっと考えたんですけど。教頭先生にバラすって、何をバラそうとしてたんですか?」
「さぁ?」
「さぁ、って……」
「そういえば勢いでそんなこと言ったけど、別に教頭にバラすような若先生の秘密なんて知らないや、私」
「ひ、ひどいです、さんっ。先生、1週間お昼抜きだったのに」
「これはドタキャンの罰則じゃん。自業自得!」
「先生、トホホです……」

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