「……とりゃっ!!」
「!? な、なんだ、いきなり!?」
10.Wデート前編
日曜朝の森林公園。
マラソンコース脇の茂みに息を殺して潜んでいた私は、いつもどおりの時間に走りこんできた志波に飛び掛った。
志波の左腕を無事に確保!
「……なんの真似だ」
「あーよかった。今日11時に遊園地入り口前集合ね」
「は?」
普段はあまり表情を崩さない志波も、今日ばかりは思い切り怪訝そうに私を見下ろしている。
そんな志波を、私はにっと笑いながら見上げて。
「前に図書室で話したじゃん。はるひの遊園地親睦会。志波参加決定」
「……あのな。先生を誘ってただろうが、お前」
「昨日ドタキャンされた」
「はぁ?」
私の手を振り解きながら、志波はさらに表情を引きつらせた。
「だから、昨日ドタキャンされたんだってば」
私も口を尖らせながら志波に説明する。
昨日の夜だ。
「おい。若王子先生から電話」
「は?」
お風呂から上がって、タオルで髪の水気を切りながら居間に入ると、宅電のコードレスホンをシンから手渡された。
シンは神妙な顔をしながら、
「お前……今度は何やったんだよ?」
「何もしてないっ」
べ、とシンに舌を出して、私は電話に出た。
「もしもーし」
『もしもし、若王子です。さん?』
「うん。どうしたの若先生。こんな時間に」
『や、実は先生、さんに謝らなきゃならないことが』
「若先生が謝るの?」
いつもと立場が逆転だ。
私はソファに腰掛けて、シンが見てるバラエティ番組のボリュームをしぼる。
「なんかあったっけ」
『実は明日の遊園地ですけど。先生、行けなくなっちゃいました』
「はぁ? なんで?」
『あのー……実は先生、陸上部の顧問をやってまして。時々、先生も忘れちゃうんですけど』
「うん。で?」
『明日、学校で記録会があるのを、すっかり忘れてまして』
「……全体練習って第3日曜じゃなかった?」
『今月の第3日曜日は練習試合があるので、それに向けての記録会なんです』
申し訳なさそうな若先生の声。
だからといって、どんどん下がっていく私のテンションと、どんどん上がっていく怒りのボルテージは止まらない。
「……」
『ごめん、さん。明日は、誰か他の人を誘ってください。前日になってからで、本当に申し訳ないです』
「若先生」
『はい?』
「罰則! 来週1週間、超熟カレーパン毎日私に献上すること! じゃなきゃ教頭にバラす!」
『えっ……えええ!? あの、さんっ、そんなことしたら先生、1週間お昼食いっぱぐれますっ』
「何 か 文 句 あ ん の ?」
『……………………ないです……………………』
「よろしい。以上っ!」
ぷしっ。
私はフンッと鼻を鳴らしながら、若先生のそれ以上の返答を待たずに通話を切った。
ったくぅ、教師のくせにスケジュールの把握も出来ないのかっ!
がちゃんっとコードレスホンを親機の土台に戻して、再びタオルで髪をがしがし。
するとシンが、あきれ返ったような尊敬するような、よくわからない顔で私を見た。
「お前……担任を恐喝するか……恐ろしい子ッ!」
小指を立てながら、どこかで見たような漫画の台詞を吐く。
恐喝じゃないもん、罰符だもん!!
「で、連絡つきそうなヤツって心当たりないし、志波なら朝会えるから確保出来るなって思って」
「…………」
場所を移して噴水前。
噴水の縁に腰を下ろして私の説明を聞いていた志波は、頭を抱えていた。
「お前な……」
「なに?」
「……」
盛大なため息をひとつ。
「シンは」
「今日は別口でデートがあるって」
「真咲」
「終日バイト」
「……」
あ、もう一回ため息ついた。
なんだっけ、水樹が言ってたな。
ため息つくと、幸せが逃げる、って。
「どうしても誰か連れていかないと駄目なのか?」
「約束したんだもん」
「……はぁ。わかった。11時だな」
志波は頭を抱えていた腕を下ろして、降参したかのように眉尻を下げて私を見上げた。
そのまま膝の上に頬杖をついて、息を吐く。
「やった! ありがと志波っ!」
私は両手を上げて小躍りする。
よかった、これで約束破らないですむ!
くるくるとその場で回転してると、志波は喉の奥を鳴らすように、「クッ」と笑った。
「お前のその喜び方、どうにかなんねぇのか」
「なんで?」
「……ガキみてぇ」
「なんだとーっ!?」
「……ははっ」
志波は腹を押さえて笑い出した。
それを見て、私の怒りのボルテージが一気に下がる。
志波が笑ってる……。
うわ、ある意味すっごく怖い。
しかもなかなか笑い止まないし。
志波勝己、笑い上戸。
すっごい違和感……。
こんな貴重なもの、逃す手もない。
私は素早く携帯をとりだして、カメラにその様子を収めた。
「っ、おい!?」
「世にも珍しい志波の笑顔。元春にいちゃんに見せてやろ」
「すぐに消せっ!」
「やーだー。じゃあ、11時に! 遅刻は昼ごはんおごりね!」
携帯を奪い取ろうとした志波を華麗なステップでかわして、私はそのままとんずらする。
背後で志波がなんか叫んだっぽいけど、無視無視!
なんだか楽しみになってきたぞっ。
で、11時、遊園地前。
「し、志波や」
「志波だ……」
一番最後にいつものむっつり顔でやってきた志波に、はるひもはるひが誘ったのしんも絶句した。
「志波が遊園地に来とる……!」
「悪いか」
「わ、悪いなんて言うとらん! ちょっと意外だっただけやん!」
ガン飛ばすようにはるひを睨みつける志波。
はるひは慌てて両手をぶんぶん振って否定した。
志波はいつものトレーニングウェアじゃなくて(そりゃそうか)紫のカットソーにグレーのパーカーというラフな格好。
のしんもはるひもいつもの制服姿じゃないから、なんか新鮮だ。
あ、でも志波とのしんは補習の時も私服だったっけ。
「アンタ、せっかくのWデートなんやからも少しオシャレしてくればええのに……。べっぴんさんが勿体無いわ」
「Wデートって」
このメンツでデートもなにも。
でも今日のはるひは確かに可愛い。
オレンジのブラウスの上にロングのチュニックを着て、なんというか非常に女の子女の子しいというか。
対する私は衿ぐりの開いた薄手のセーターにカーゴパンツといった、いつもどおりのラクでラフな服。
それでも遊園地に行くっていうから、いつもばさばさおろしてる髪はクリップで適当にまとめてはきた。
「はるひはデートのつもりでのしん誘ったの?」
「な、何言うとんの!? そんなんちゃうって! ほ、ほらもう行こか!」
何気なく聞いただけの質問に、はるひはもう顔中真っ赤にして私の背中を押しながら遊園地の中へ入っていく。
へぇ。そういうことか。へぇ〜、そうなんだ。
入場門でチケットをフリーパスに交換して、私たちは園内案内板の前に集合。
「さて、何から行くんだ? いつでもいいけど、ジェットコースターはゼッテェ乗るからな!」
「サーキットがオープンしたばかりやし、それなんかどうや? 今日はGTお休みやから、ゴーカート乗れるで?」
「私、遊園地に何があるか知らないから、はるひとのしんに任せたっ」
「同じく」
「んっだよ、協調性のねぇヤツらだな! じゃあ一番最初にジェットコースター! んで、最後もジェットコースターでシメのコースで決定!」
はるひとのしんはその後もパンフと案内板を見ながら、効率よく回れるコースを考えていく。
私と志波は、そんなふたりをぼーっと見ていた。
楽しそうだな、のしんとはるひ。
「おい」
「ん?」
志波に呼ばれる。
見上げてみると、志波は不思議そうに私を見下ろしていた。
「お前は相談に混ざらなくていいのか」
「さっきも言ったじゃん。遊園地って来たことないからよくわかんないし」
さすがにジェットコースターやメリーゴーランドくらいならわかるけど。
「お前みたいのがはしゃぎそうなモノだらけだと思うがな……」
「志波は来たことあるんだ?」
「まぁ……ガキの頃に何度か」
子供の頃とはいえ、志波と遊園地。
私は目の前でファンタジーなメロディを奏でてるメリーゴーランドを見た。
瞬時に浮かぶ、恐ろしい光景。
メリーゴーランドの白馬にまたがった、満面の笑顔の志波。
「げふっ!!」
「……どうした?」
「な、なんでもない……」
私は志波に手を振って、のしんとはるひに近づいて。
「メリーゴーランドは抜きで……」
「あのな。そんなの最初っから候補に入ってねーよ!」
のしんに軽く睨まれながらも、私はほっと安堵の息をつくのだった。
あーよかった。
はるひとのしんの遊園地をくまなく楽しむぜ! プランその@。
「日本最速最長! はばたき市が誇る絶叫ジェットコースターっ!」
「くーっ、興奮するぜ! おい志波っ、一番前は譲れよなっ!」
「……好きにしろ……」
大興奮気味ののしん。
その背後には、乗客の絶叫を運ぶ高速のコースター。
これは確かにおもしろそう!
私たちは早速列に並んだ。
今日はそう混んでる日でもないらしく、3回ほどのローテーションで順番が回ってきた。
「よっしゃ! 一番前ゲット!」
列の先頭にいたのしんが、係員の案内より早くコースターに乗り込む。
その後の席に志波。……窮屈そうだな。
「な、なぁ……。アンタ、どっちと乗るん?」
荷物をロッカーに預けながら、はるひが私に聞いてきた。
顔がかすかに赤い。
ふ〜ん。
「ほれほれ」
「わわわ!?」
私はにやにやと笑いながらはるひの背中を押して、のしんの隣の席においやった。
「ジェットコースターって一番前の席が一番怖いんでしょ? 私初めてだし、いきなり怖いのヤダ」
「なんだよ。案外度胸ねぇな、って」
「ふんだ。なんとでも言え」
「……アンタ、なんてええ子なんや……!」
後を振り向いたのしんはブーブーと親指を下に向け、同じく後を振り向いたはるひの瞳はきらきら。
いくらシンや元春にいちゃんに鈍感娘と言われる私だって、はるひの態度を見ればそのくらいわかるってば。
でも。
「今日一日、志波がパートナーか……」
「……わざわざ来てやったヤツに対する態度か、それが」
はぁぁ、とわざとらしくため息をついてやると、志波が不機嫌そうに私を横目で見た。
「感謝はしてるけど、愛想がない」
「お互い様だ」
おっしゃるとおりです。
セーフティバーがおろされて、コースターが動き出す。
乗り場の中から出て、晴天の秋空の下、ゆっくりと勾配を上っていく。
「あ、景色いいな。街の方まで見える」
「……景色のことは言うな」
「なんで?」
志波からの返事はない。
でも、ジェットコースターの上って結構な高さだ。眺めがバツグンにいい。
あー、カメラがあったらなー。
「よしっ、そろそろ頂上だな!」
「うー、久しぶりや! ゾクゾクするわ〜!」
前の席ののしんとはるひがきゃっきゃきゃっきゃとはしゃぎだす。
二人の目の前に続いていたレールは姿を消していて、やがてコースターは前方方向へ傾きだす……って。
「ちょ、これ傾きすぎ」
言うより早く、コースターの高速落下が始まった!
「ひぁ……」
ふわりとお尻が浮く感覚が気持ち悪い、とか、考える間もなく!
「うにゃああああああっ!!??」
想像以上のスピードとGに、座席に押し付けられる。
き、気持ち悪い!
でも、気持ちいい!
けどやっぱり気持ち悪いぃぃ!!
うげげ、これってすっごいビミョー!!
コースターは右へ急旋回、左へ急旋回、1回転してローリング、etcetc。
正味2分。
乗り場に到着したころには、私はぐったりと頭をのけぞらせて魂が抜けていた。
「おい、大丈夫か?」
セーフティバーが上がっても動こうとしない私に、志波が声をかけてくれるけど。
私はなんとか立ち上がり、無言でコースターを降りて、よたよたとロッカーから荷物を取り出して、
ごん。
「おい!」
「お、お客さん、大丈夫ですか!?」
降り口の階段手すりに盛大に額をぶつけてしまった。
志波に右腕を掴まれて、なんとか体を起こす。
「気持ち悪い〜……平行感覚ない〜……」
「……酔ったのか」
志波の口調は心底呆れたものだったけど、反論するだけの気力が今の私にはない。
悔しいけど、志波に支えられながら私はなんとか降り口の階段を降りた。
「おいおいっ、大丈夫か?」
「だいじょばない……」
「に、日本語おかしなるくらいにヤバイんか、アンタ……」
先に降りてなにやら見ていたのしんとはるひも、ふらふらグロッキーな私の様子に駆け寄ってきた。
「酔っただけだ。休ませれば大丈夫だろ」
「じゃ、じゃああっちのベンチ行こか! お昼前の空腹であんなん乗ったんが悪かったんかもしれんし、先にお昼にしよ!」
「おう、そうしようぜ。オレと西本で適当にメシ買ってくるから、志波はをちゃんと運んどけ!」
「わかった」
遠ざかるのしんとはるひの足音。
「もう少し歩けるか」
「ん」
志波に支えられたまま、私はのたのたと歩く。
なんか……。
こんなこと、前にもなかったっけ……?
乗り物乗って、具合悪くなって、私が支えてあげて……。
あ、その時は私が具合悪くなったんじゃないんだっけ?
そうだ、具合悪くなったの、かっちゃんだ。
なんでだっけ?
「ここに座ってろ」
志波に促されて、白いウッドテーブルの椅子に座らされる。
私の隣の椅子を引いて、志波はテーブルに頬杖をついてこっちを見てる。
その背後に見えたもの。
「あ」
「?」
一瞬だけ、気持ち悪さから開放されて、私は目を見開いた。
そこに、はるひとのしんが両手いっぱいに食べ物を抱えて戻ってきた。
「とりあえず、腹にたまりそうなもの手当たり次第買ってきたぞ。焼きソバと焼き鳥とお好み焼きとポテトとっ」
「ドリンクは自販機でええやろ? 好みもあると思って、買ってこんかったわ。、大丈夫なん?」
どん、どん、とテーブルにジャンクフードを並べながら、はるひが私の顔を覗き込んできた。
私は、気持ち悪さを堪えてのろのろとはるひとのしんを見た。
「この後の予定は?」
「んーと、ゴーカート乗ってバイキング乗って……そんな乗り物酔いになりそうなもんはあらへんよ?」
「希望言っていい?」
「おう、聞いてやる」
「観覧車乗りたい」
「!?」
あれ。
私の希望に、志波が激しく反応した。
「観覧車ぁ? まぁ、確かに今日は晴れてっし、景色は綺麗そうだけどな」
「ええんちゃう? 激しい乗り物の前に、少しはのんびりを休ませたらんとな」
のしんとはるひは肯定的。
観覧車。
そういえば、ちっちゃい頃動物園に行ったときに1度だけ乗ったことがある。
それで、かっちゃんが高所恐怖症ってわかって……。
降りたあと顔面蒼白で、私が肩を支えてあげたんだ。
思い出の観覧車。
……ちょっと思い出の方向性がビミョーだけど。
「オレ、パス」
ところが志波がそんなことを言い出した。
「なんで?」
「なんでも」
志波は超絶不機嫌な表情で、断固拒否の姿勢をとっていた。
「お前らで行ってこい」
「なんや、ノリ悪いな志波やん。観覧車、苦手なん?」
「違う」
「だったらええやん!」
「嫌だ」
はるひは首を傾げながらも私を見た。
観覧車、乗りたいなぁ。
でも志波が嫌って言うなら仕方ないかもな……なんだかんだと、今日は志波に借り作ってばっかだし。
ところが。
「拒否権ナシ。飯食ったあとは観覧車だ」
「な!?」
のしんがたこ焼きを頬張りながら断言した。
その言葉に、もちろん志波は絶句して、怒り出す。
「ふざけるな。オレは乗らない」
「ニ・ガ・コ・ク、だ」
「っ!!」
「ニガコク?」
なんだそれ。
はるひを見ると、はるひも「さぁ?」って顔して肩をすくめている。
でも志波とのしんにはわかってるみたい。
のしんは余裕の笑顔で志波を見下すように見て、志波は悔しそうに拳を握り締めて。
が。
ふっと志波が口元を緩めた。
「わかった」
「おーし、そうこなくちゃな!」
「その代わりオレも希望がある。お化け屋敷だ」
「んなっ!?」
「さっき、好評につき9月一杯まで営業延長の立て札を見た」
にやりと。
勝ち誇ったように笑う志波に対して、今度はのしんが青ざめていく。
「お、お前っ……汚ぇぞ!」
「ニガコクなんだろ?」
「くっ……!!」
ぷるぷると拳を震わせて志波を睨みつけるのしん。
だからなんなんだ、そのニガコクって。
「あ、あー、ほなお昼食べたあとは観覧車、お化け屋敷、ゴーカートの順でええな?」
「……のぞむところだ……」
「お……おうっ! こうなったらやってやらぁ!」
志波とのしんはもうヤケクソ気味に了承して、ふたりしてジャンクフードをがっつき始めた。
「なんなん? 一体」
「さぁ」
気持ち悪さもいくぶん軽くなってきた私。
わけわからん、という顔のはるひも一緒に、私たちも焼きソバを食べ始めた。
ニガコクって、なんなんだろ?
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