「……親父、まだ着かねぇの?」
「元春にいちゃん帰っちゃうんじゃないの?」
「うるせぇガキども。親父の運転に口出すんじゃねぇ!」


 1.懐かしのはばたき市


 私が6歳になるまで住んでいた、海に隣接しているはばたき市。
 約10年ぶりの訪問だ。

 懐かしい景色はやっぱりところどころ記憶と違うところがあるけど、それでも海岸線は変わらない。
 私とシンを後部座席に乗せた親父運転のニュービートルは、右折左折を繰り返し、一路待ち合わせ場所の森林公園を目指していた。

 待ち合わせているのは私とシンの従兄弟にあたる、3つ年上のおにいちゃん・真咲元春。
 はばたき市を離れるまでは毎日のように遊んでくれた優しいおにいちゃんだ。
 4月からは大学生になるんだっけ。
 小学生の頃の記憶しかないから、私もシンも会うのがすっごく楽しみだった。

 昨日電話を貰ったときもこんなカンジ。

「もしもしっ、春ニィ? すっげー久しぶり! おれ、シン!」
『おー、シンか? すっかり声変わりしちまったなぁ。久しぶり! 元気に野球続けてるのか?』
「もちろん! 『かっちゃん』との約束もあるしさ。はね学で、絶対甲子園に行くんだ!」
『かっちゃん、か……懐かしいな』
「ちょっと、シン! 私にも電話貸してよっ……もしもし、元春にいちゃん!?」
『おっ、今度はか? 元気そうだな、二重マル!』
「まぁね! 私もシンも、4月からはね学に通うんだよ。元春にいちゃんの後輩だね」
『そうだな。明日会ったら、いろいろと有利な事前情報教えてやるよ』

 なんて。
 10年全く会話がなかったとは思えないくらいのノリ。
 でも、これはうちの血筋なのかも。

 トラック野郎をしてる親父の仕事の都合ではばたき市に戻ってきたけど、私もシンも幼い頃の友達に会うのをすごく楽しみにしていた。


「んー? あれか?」

 頭の先からつま先まで、見るからに土方のオヤジに見える肉ダルマの親父が、ちっこいニュービートルのフロントガラスから道の奥を覗き込んだ。
 綺麗な商店が並ぶ先に、公園入り口と思われる駐車場。
 そこで、腕組みしながら腕時計をしきりに気にしてる背の高い男の人。

 私は窓を全開にして、身を乗り出した。

「元春にいちゃん!?」

 大声で叫ぶと、その人はこっちを見て手を挙げた。
 間違いない。元春にいちゃんだ。

「久しぶりー!」
「って、おい、か!? あぶねぇから、窓から乗り出すなっ!」

 腰から上を窓の外に出して今にも飛び出そうとする私に、元春にいちゃんが慌てる。

 いくら私でも、走行中の車からは飛び降りないってば。


 親父はニュービートルを元春にいちゃんの目の前に止めた。
 私はそのまま、窓から外に飛び出して元春にいちゃんに抱きついた。

「元春にいちゃん、久しぶり!」
「おいおい……お前ガキの頃のまんまかぁ? 15にもなって、少しは女らしくなったかと思えば……」

 呆れながらも笑顔で抱きとめてくれる元春にいちゃん。
 身長差はさらに開いてしまったけど、この関係は変わらない。
 私とシンは、いつも元春にいちゃんのハグを奪い合ってたんだから。

「春ニィ!」
「シン! おっきくなったな〜。なんだ? すっかりいい男になっちまいやがって!」

 片手で私を抱きながら、もう片方の手でシンとハイタッチする。
 双子の弟のシンは、元春にいちゃんとそんなに身長がかわらない。
 まだ少しシンのほうが小さいけど、同年代の中ではシンは大きいほうだ。

「私もあと身長10センチ欲しいよ」
「あのな。女の子は小さくていいの。つーか、だって同い年の中じゃでかいほうじゃないのか?」
「167センチ。でもおっきぃほうがカッコいいじゃん」
「……オジサン、娘の教育間違ってんじゃねぇの?」

 元春にいちゃんは、車を止めて戻ってきた親父に呆れた視線を向けた。
 でも、うちの親父は男でひとつで私とシンを育ててきたんだもん。
 言う台詞は決まってる。

「いちいち気ぃ使わなきゃならねぇ娘なんざめんどくせぇだろ。これでいて、も家事全般は得意分野だぞ?」
「シンも親父も、全然うちのことしないんだもん。結果的にそうなっただけ!」
「いいじゃねぇか。そんなんは女の仕事だ」
「いやいやオジサン、この家事育児分担の時代に何言ってんだ」
「ほら! 元春にいちゃんは私の味方!」

 私は元春にいちゃんの右腕にぶらさがって、親父とシンに、べーと舌を出した。

 上から降ってくる、元春にいちゃんのため息。

「オジサンもお前らも、ガキの頃からなんも変わってないのな……」
「変な方向に変わるよりいいじゃない」
「ん、それは言えてるけどな。んじゃ、うちの親父とお袋も待ってるし、そろそろ行くか?」

 元春にいちゃんが車のキーを取り出す。
 今日は元春にいちゃんの実家で歓迎会を開いてくれるって言ってたっけ。
 伯父さんと伯母さんに会うのも久しぶり。

「私、元春にいちゃんの車に乗る! ねぇ、助手席乗ってもいいでしょ?」
「あ、ズリィぞ! 公平に決めろよなっ」
「助手席は女の子優先だもーん。ねぇ?」
「兄弟分配は、弟優先だろ!」
「あーはいはい、わかったわかったって。は助手席、シンは後部座席に乗ればいいだろ? つーか、自分の親父一人にすんなよお前ら」

「「親父の車狭いからもうヤダ」」
「こいつらうるせぇから一人でせーせーするぜ」

「仲がいいのか悪いのか……」

 ため息つきながら。
 私たちは2台の車で元春にいちゃんの実家に行くことになった。

 親父は道を覚えてないらしいから、元春にいちゃんが先導。

「シン、後部座席でもちゃんとシートベルト締めろよ? あ、。お前さっきみたいに窓から顔や手出したら、あとでチョップチョッパーチョッペストの刑だからな!」
「はーい」
「よろしい。んじゃ出発するぞー」
「「安全運転でお願いしまーす」」
「お前ら、ほんっと双子だよなぁ……」

 右見て左見て。
 元春にいちゃんの運転する車は、ゆっくりと森林公園の駐車場を出発した。

「なぁ春ニィ。かっちゃんには連絡してくれた?」
「あ、そうだ! かっちゃんもまだはばたき市にいるんでしょ?」
「ん? んー、まぁな」

 私とシンは、身を乗り出して元春にいちゃんに尋ねた。

 かっちゃん。
 昔、私たちがはばたき市に住んでた頃に一緒に遊んだ男の子。
 元春にいちゃんの幼馴染で、野球がうまくて、ちょっとはにかみ屋なところもあるけど優しくて。
 元春にいちゃんがいないときも、よく3人で遊んだんだ。

 私たちがはばたき市から引っ越さなきゃいけなくなったときに、シンには野球ボールを、私にはいつもかぶってたキャップをくれた。
 ずっと野球続けてるから。
 離れたままなら、甲子園で会おうって。

 その頃は女の子でも甲子園に行けると思ってたから、すんごい笑顔で「うん!」と頷いた記憶がある。
 約束通り、シンは野球を続けてる。
 私はリトルリーグを卒業して野球からは離れてしまったけど、時々シンの練習の手伝いはしていた。

「かっちゃんに早く会いたいな! 私のファーストキスの相手だもん!」
「なっ、なにぃぃぃっ!?」

 ぎゅいぃぃっ

 私の言葉に驚いた元春にいちゃん、いきなり蛇行運転。

「あ、危ねぇな、春ニィ!」
「お、おまっ、、お前、かつっ、いや、かっちゃんと、キスだぁ!?」
「小学校上がる前の話じゃん。それに、キスってもほっぺたにだよ」
「そ、そうか」
「かっちゃんもしてくれけど」

 あ。元春にいちゃん噴いた。

「笑うことないじゃん! 子供の可愛い愛情表現をさぁぁ」
「い、いやワリーワリー。笑ったっつーか、いやぁ……あのかっちゃんがな……想像できねぇ……」
「あ、さすがにこの年になってそんなネタ引っ張ってきたら困るかな。彼女でもいたら大変だもんね」
「いや、彼女は確かいねーはずだけど。……つか、な。シン、

 赤信号で一時停止。
 元春兄ちゃんは私とシンをバックミラーごしに見た。

「その、かっちゃんだけどな。ちょっとワケあって、今は会えねぇらしい」
「「え」」

 私とシンの声がハモる。
 元春にいちゃんはため息ひとつ。
 信号が変わって、車はゆっくりと発車した。

「なんで?」
「アイツもいろいろあってな。お前たちがはばたき市に戻ってくることは伝えたんだけど、会えないってよ」
「会えないって……野球は? 続けてるんだろ?」
「悪い。これ以上はオレの口からは何も言えない。勘弁な、シン、

 深刻そうな元春にいちゃんの表情に、私もシンも顔を見合わせた。

 楽しみにしてたんだもん。私もシンも、かっちゃんに再会するの。
 子供の頃の記憶なんてあいまいで、本名もどの辺に住んでたかも覚えてない。
 こっちからは、コンタクトのとりようがないのに。

「ちぇ……オレ、かっちゃんと本当に甲子園で会えるかもしれねーって思ってがんばってきたのになぁ」

 シンは心底がっかりした様子で、後部座席にもたれた。

 でも。私は。

「かっちゃんから会えなくても、こっちから探すぶんにはいいよね?」
「……は?」
「元春にいちゃんが情報流してくれなくても、絶対探しだしてやるっ。一方的な友情破棄なんて、絶対認めないんだから!」
……お前、あいかわらず無計画の鉄砲玉だな」

 きちんと前を向いて運転してる元春にいちゃんだけど、口調はあきれ返ってる。
 でも、口元には笑顔。

「いいんじゃないか? かっちゃんも、きっと本音ではお前たちに会いたがってるだろうし」
「ほんとに? そう思う? 元春にいちゃん」
「おー思うぞ。見つけ出して、おもいっきり今のお前を見せ付けてやれ!」
「うん!」

 元春にいちゃんの後押しに、私は決心した。

 はばたき市に来てからの第一目標!
 かっちゃんを、探しだせ!

 かっちゃんに何があったのか知らないけど、一緒に甲子園に行くんだ。
 約束したんだから。
 絶対に。

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