「体育祭も無事終わり、我が野球部もいよいよ夏の全国高等学校野球選手権に専念することになった。7月の頭から地方予選だ。だがしかしッ、その前にクリアすべき最後の難関があるッ!」

 ばん! とオレは部室のホワイトボードを平手だ叩いた。
 そこにあるのは野球部予定が書き込まれたカレンダー。

「1学期期末テスト! 赤点を取ったヤツは補習に組み込まれて予選会に出られないっ! いーかお前ら! 大会前は勉強に集中しろっ!!」
「「「はい!」」」
「勝己とっ!! お前ら二人のこと言ってんだから目ぇそらすな!!」


 番外編5.双子の弟、かっちゃんと語る


 というわけで。

「暑いーだるいーやる気でないー」
「うるせぇっ! っ、ユリのテスト前の貴重な休み潰してんだからしっっっっっっかり叩き込んで来いっ!」

 野球部臨時設立赤点阻止委員会。
 会場、家。
 毎回赤点ギリギリの勝己とをなんとかすべく、テスト直前の日曜日にそれは決行された。

 山と積まれた教科書と参考書を見て、渋々やってきた勝己は心底げんなりした表情をしたものの。

はともかく、お前に抜けられるとヤバイってわかってるよな、勝己。チームのためにまぁガンバレ」
「……だな」

 チームのために、なんて言葉は勝己を一番動かしやすい言葉だ。
 なんだかんだって責任感は人一倍だからな。

 ……問題はだ。

 勝己はまぁ軽く復習させれば平均点に届かなくても赤点は阻止できるだろう。
 だって出来は悪くない。英語はいつも80点以上をマークしてるし、他の教科もなんだかんだと平均ギリギリを保ってる。
 ガンなのは数学と化学。特に数学は1年次からの最高点が20点という悲惨さだ。
 化学は教科書と参考書音読させて、持ち前の異常聴力でなんとかなりそうだけど数学は公式だけ覚えりゃいいってわけにいかねーし。

「コイツに休憩はいらねぇから。とにかく公式叩き込ませたら問題かたっぱしから解かせてくれ」
「うん。さん、がんばろうね」
「えええー……」

 数学と化学の教科書と参考書、それと昨日までに氷上と小野田さんに協力してもらった要点まとめたノートを持って、とユリは2階に上がっていく。

 ……さて。

「お前現国と英語はよかったんだよな。んじゃあまずは化学から行くか」
「ああ」
「えーと……じゃあこのページから。制限時間30分。3ページ解いて答えあわせ。正解率60%以下で罰ゲームな」
「……なんで罰ゲームだ」
「ペナルティがあったほうが集中できるだろ? じゃあ始めっ」
「ちっ……」

 舌打ちしつつも問題に向かう勝己。
 あのな。夏の休日を男二人で過ごさなきゃならねぇオレの方が舌打ちしたいっつーの。

 とはいえ、オレも勉強はしとかないとな。赤点の心配はないものの、平均点以上はとっときたい。
 えーと日本史の参考書……。

「シン」
「ん? なんだ?」

 がさごそと参考書の山から日本史の参考書を抜き取っていたら、頬杖ついてすでにシャーペンが止まってる勝己に呼ばれた。

「お前詰まるの早すぎだろ……」
「だな。……それより、罰ゲームって何させるつもりだ。そっちが気になって集中できねぇ」
「あーそっか。そうだな、何させっかな」

 頬杖ついたまま視線だけこちらに向ける勝己。

 いい機会だから、聞いてみたかったこと聞いてみるか。

にかっちゃんだって名乗り出るってどうだ?」
「は?」

 勝己は目を大きく見開いて顔を上げた。
 そしてすぐに眉間に皺を寄せて、問題集に視線を落とす。

「まぁそれは冗談にしても。お前なんでと付き合わねぇの? はことあるごとにお前に抱きついてるくらいなのに」
「……集中させろ」
「答えろよ。アイツ自分のことしか考えてねぇから、お前がちゃんと気持ち伝えないとずーっとこのままだぞ?」

 ふー。

 勝己が大きくため息をついてシャーペンを置いた。
 そしてジロリとオレを一睨み。

「言われたから」
「……何を?」
「待っててくれって、アイツに言われたから待ってる。それだけだ」
「だから何を待つんだよ?」
「……」

 だんまり。
 ホントコイツにしゃべらせるのってめんどくせぇ。

 大体待ってろってなんだよ。のヤツ、何を待たせてんだ?

「……から何も聞いてないのか」
「何の話を聞いてないのかすらわかんねーよ」
「バレンタイン挟んで、水樹のことでいろいろあったろ」
「ああ、あれ。それがどうかしたか?」

 事情はよく知らねぇけど、なんか今年頭から学年末テストくらいまで、のヤツが水樹さんや若王子先生巻き込んでなんかゴタゴタしてたのは知ってる。
 勝己は再び頬杖ついて、妙に遠い目をしてた。

「治ってるのに動かない腕のせいで、決断ができずに迷ってる……んだと思う。自分で自分の道を決断するまで、先に行って待ってて欲しいと言われた」
「は? なんだそれ。つまりの進路が決まるまでお預けってことか?」
「……その言い方はどうなんだ」
「わかりやすいだろ、コッチのほうが。つーかそれってどうよ? アイツの腕がこの先動くか動かないかもわかんねーのに、待ってろって」

 それに勝己のヤツもわかってねぇな。
 腕が動くようになったら決断できるってことは、が考えてる進路は音楽の道ってことだろ。

「お前気づいてるのか?」
「……なにがだ」
「アイツの左手が動くようになって、もう一度……バイオリン始めるなんてことになったら」
「……なったら、なんだ」
「そこでお前らお別れだぞ?」

 勝己が息を飲んだ。
 ……やっぱ気づいてなかったか。まぁ、気づくはずもねぇだろうけど。

「どういう意味だ……?」
「文字通りだって。お前ははね学からのしか知らねぇだろうからしょうがねぇけど。アイツの音楽にかける情熱って針谷並に、もしかしたらそれ以上に半端ねぇぞ?」
「そのくらいはわかる」
「いーやわかってねぇ。腕が動くようになったら、アイツは迷わず外国に戻る。日本には100%留まらねぇよ」
「っ」

 音楽家になることを夢見て挫折した母さんの才能を受け継いで生まれて、その夢はに託された。
 アイツ自身も自分から音楽を学ぶことに意欲的だった。

 オレや勝己にとっての野球と同じかそれ以上、アイツにとってのバイオリンってのは人生そのものだったんだ。
 その夢を他人に奪われて、でももしかしたらまた追いかけられるかもしれないなんてことになったら。

「アイツは多分お前よりもバイオリンを選ぶ」
「…………そうか」

 言葉少なく、つかコイツは元々口数少ねぇヤツだけど。
 勝己はぽつりと言葉を落とすように呟いて、シャーペンを持つ。

 でも伏せられた目が特に悲しんでる様子もないことは、ちょっと意外だった。

「それならそれでいい」
「は? それでいいってお前」
が何に卑屈になるでもなく、好きなことに情熱傾けられるようになるんなら……それでいい」

 ……お前はどこの神だ。

 どうした勝己。なんでそんなに寛容なんだ。あんだけ散々振り回されて挙句さよならされてもいいって。

「本音言えって勝己」
「あ? そんなの檻に鍵かけて閉じ込めておきてぇに決まってるだろ」

 ギンッと得意の殺人視線で睨まれる。
 なんなんだよっ。神かと思えば犯罪者みてーなこと言い出しやがって。

「……でもアイツは今まで散々傷ついてきた。オレ一人が振り回されるくらいでアイツが幸せになれるなら、それでもいい、と思う」
「修学旅行じゃブチ切れたくせによー」
「……それは忘れろ」

 都合が悪くなったら視線そらしやがる。

 ……でもまぁ。

「勝己でよかったよな、も」
「なにがだ?」
「かっちゃんが。アイツの心の支えがお前でよかったって思ってる。他のヤツだったら普通見捨てるだろ、あんなわがまま気まぐれ女」
「……そうか?」
「かっちゃんが実は勝己だったってわかっても、きっとは怒ったりしねぇよ。お前、本当に名乗る気ねぇの?」

 オレの質問に勝己は神妙な顔をした。
 まぁここまでひっぱったらもう言い出せないよな。今さらにも程があるっつーか。

「……もし」

 勝己は、俯き加減で言った。

「もしオレがかっちゃんだとわかったら、はオレの元に……」
「……勝己」
「いや……なんでもない」

 自分で期待した可能性を振り切るように、勝己は頭をふった。

 なんつーか。
 恋の季節だってーのに、切ねぇなぁオイ。

「お前さ……マジでのどこがいいわけ? オレ本っっ気でわかんねぇんだけど」
「なんでそんなことお前に話さなきゃならない」
「気になるだろ普通は! なぁなぁなぁ勝己く〜ん教えて〜?」
「気色悪い声出すなっ。そういうシンはどうなんだ。マネージャーと」
「あ、勝己がオレにそういうこと聞くか? いいのか? オレは遠慮せずにノロケるぞ?」
「……やっぱいい」
「そう言うなって! いや、と違ってユリはほんと可愛いんだ!」
「聞いてねぇ……」

 げんなりする勝己と肩を組んで、オレは自分の彼女自慢を始めた。
 なんつーか、主将とマネージャーっつう関係だから野球部員に惚気ることも出来ねぇし、なんでか友人一同には女好きのレッテル貼られてるから、彼女の話持ち出したらぼこぼこにされそうになるし。
 いい機会だから勝己に全部言ってやる。
 オレのばら色の人生堪能してうらやましがれ!!



 夕方。

「……で、シンくんと志波くん勉強は?」
「す、進みませんでした」
「……」

 腕組みして仁王立ちしてる女子二人の前で、オレと勝己は正座していた。
 呆れてるユリよりも自分だけ勉強させられたと怒りに満ち満ちてるの方が、今は怖ぇ。
 学校じゃクールビューティなんて言われてっけど、コイツはどちらかというとホットだ。

 まさに瞬間湯沸かし器。

「小石川っ、今日はシンと志波のオゴリで寿司出前っ!」
「わぁいいね、さん! 特上頼んじゃおうよ!」
「それでシンと志波はタマゴだけで」
「可哀想だからガリもあげない?」
「……」
「……」

 勝己がモノ言いたげな目線をオレに向ける。

「……お前の彼女はしおらしくて献身的な南ちゃんとか言ってなかったか」
「そういう勝己の彼女予定はいつもどおりだな」

 はぁ。

 オレと勝己は同時に大きなため息をつくものの、特上寿司2人前とタマゴ1人前が届くまで和室で正座させられ続けたのだった。

 、頼むからユリにお前属性植え付けないでくれっ!!

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