……はぁ。
隣に座ってる勝己が、本日何度目かもう数えるのも面倒くさいってくらいついてるため息を、またついた。
番外編4.修学旅行最終日
ぼーっと窓の外を頬杖ついて見ながら、勝己は時たま思い出したようにため息をつく。
昨日の夜、自由行動のあとにホテルで合流したときからコイツはこんな調子だった。
普段から何考えてるかわかんねぇ表情してるヤツだけど、今回のはいつになく思い悩んでるようだったから、メシのあと部屋で事情を聞いてみたんだけど。
「なんでもない」
だけだ。まぁ予想はしてたけどな。
でもいつもしかめっ面してるか無表情装ってるかの勝己が、めずらしく力ない表情をしてるのも気になって仕方ない。
……はぁ。
またか。いい加減、友人思いのオレもイライラしてきたぞ。
窓辺で黄昏ながらため息ついていいのは、恋する乙女(美少女)だけって決まってんだ!
「勝己」
「……なんだ」
窓の外を見たまま、それでも一応律儀に返事はする勝己。
まぁ、理由も大方の予想はついてるんだ。
「となんかあったか?」
様子がおかしいのはもだった。
同じクラスといったって特に用事もなければ絡むこともないだけど、今朝の朝食会場にやってきたは、まるで山猫そのものだった。
いつも以上につんけんしたオーラを出してて、誰も話しかけるな近寄るな引っ掻くぞ、って全身で言ってるようなもんだったな。
あんな、久しぶりに見た。
案の定、勝己はぴくりと肩を動かして、ゆっくりとこっちを見た。
「……なにか聞いたのか」
「なんも。でもそうなんじゃねーかなーって」
オレの言葉に勝己は大きく息を吐き出した。
「……人が多すぎる」
「みんな寝てるぞ?」
ここは修学旅行を終えてはばたき市に帰るための新幹線内。
この車両にはI組とJ組が乗ってる。
でもさすがに5日間遊び倒したもんだから、ほとんどの生徒が座席で眠りこけてた。
オレは立ち上がって一応前後の座席をチェックする。
「寝てる」
にやっと笑って勝己を見れば。
再び勝己は息を吐いて、背もたれに深くもたれかかった。
「なんだよどーしたぁ? よくわかんねーけど、と晴れて両思いになったんじゃねーの?」
「……どうなんだろうな」
「は?」
「アイツが嘘を言うとは思わないが……違う気がする」
……なんだなんだ?
なんか妙に複雑な話になってんのか?
「どういう意味だ? アイツが自分で勝己のこと好きって言ったんだろ?」
「……ちょっと待て。お前、どこから聞いた」
「若王子先生」
「…………」
こめかみに手をあてて、黙りこくる勝己。
額がぴくぴくしてるのは気のせいじゃないな。
「シンはどう思う」
「なにがだよ」
「は……本当は先生が好きなんじゃないかと、オレは思う」
「先生って。まさか若王子先生か??」
「他に誰がいる」
「誰がって」
なんつーか、驚いた。
どこをどうみてが若王子先生のこと好きだって判断できるのか、とか。
コイツが拗ねるなんてこともあるのか、とか。
「い、いやぁ……それはねーだろ……? そりゃ事実そうなんだとすれば、ボケと突っ込み、いじめっ子といじめられっ子、どSとどMのナイスカップルかもしんねーけど」
「……その例えはどうなんだ……」
「つーか絶対ありえねぇ。の好みのタイプも実際好きになったヤツも、頼れる兄貴タイプばっかだし。若王子先生は兄より弟属性だろ?」
「そうか?」
「そーだ」
眉を顰める勝己に対してオレはすぱっと断言した。
でも勝己は納得してないらしく。
「学校でもアイツの近くに先生はいる」
「そりゃ仲は悪くないからな」
「教科担任も外れたのにか」
「授業にロクに出てないに担任もなにも関係ねぇよ」
「屋上で二人で密会してたり」
「不思議系同士気が合うんだろ?」
「……お前の説明を聞いてると、やっぱりは先生が好きなんじゃないかと思えてならないんだが」
「あ」
オレとしたことが、勝己に突っ込まれてしまうとは。
「……いやいやいや、そうじゃねぇって。と若王子先生は、あー、そうだな、言うなら友情だろ」
「……」
「絶対そうだって。つかお前、若王子先生に嫉妬してんのかぁ?」
逆に突っ込み返してやれば。
勝己は非常に決まり悪そうな顔をして俯いた。
「……だな」
「素直じゃねーか」
「多分、それでを傷つけた」
「……は?」
意外な返事が返ってきて、オレは思わず背もたれから体を起こした。
「なに、つまりそれってお前、嫉妬にかられてをなじったとか?」
「……ああ。悪ィ」
「オレに謝ってどーするよ! つかマジで? 勝己でもそういうことすんの?」
半ば呆気にとられてるオレに、勝己は話し出した。
昨日の自由行動中のことを。
と一緒に行動して、気づいたらがいなくなってて、慌てて携帯にかけたらすぐに切られて。
戻ってきたに聞いてみれば若王子先生と会っていたと、さらりと言ってきて。
日頃の気持ちに敏感になってた勝己は、悪びれずに言うその態度に一気に爆弾爆発させて。
……あー。
「お前……いや、そこでぶち切れる気持ちはわかるけどよ……」
全て話して心底後悔してるような勝己の顔を見てたら、こんなこと言っていいのかどうか迷ったものの。
オレは頭をばりばり掻きながら、やっぱり言うことにした。
「多分、いや絶対は傷ついた。つか、古傷えぐられたと思う。アイツあんな性格だろ。日本に戻ってきて中学入って馴染めなくて、クラス中から拒絶されてた時期があったんだ。だからもう一度別の場所でもう1回だけ人と馴染めるようにがんばってみようって、それではばたき市に来たんだからよ」
「……」
「よりにもよって、かっちゃんに拒絶されるとはなー」
「っ、アイツ、そのこと」
「知らねぇよ、まだ。それが不幸中の幸いっつーか」
かっちゃんに拒絶されたなんて知ったら、どうなっちまうんだ、。
簡単に想像できるから想像したくねぇ。
……とはいえ、オレは別に勝己を責めたいわけじゃない。
どう考えたって、勝己が悪いんじゃなくて一般的な社会スキルを持ってないがそもそもの原因だ。
「本心じゃねーんだろ?」
「……当たり前だ」
「いやん、かっちゃんてば一途ー」
「…………」
「冗談だからその殺人視線はやめろって……」
両手で勝己の視線を遮って。
勝己は、また大きなため息をついて座席に深くもたれた。
「……はぁ」
「まぁこういうのはさっさと謝ったほうがいいんじゃねぇ? 遅くなればなっただけこじれるぞ」
「どの面下げて謝りに行けって言ってんだ」
「よりもプライドが大事ならなんも言わねぇけど」
「…………」
悩んでる悩んでる。
すると勝己は、背もたれにもたれたまま、顔だけこっちに向けてきた。
「普通、誰かを好きになったら」
「ん?」
「その先を求めないか?」
「その先って……いやーっ、勝己くんてば不潔よーっ!!」
「ふざけるなっ! そうじゃなくて、つまり」
「わ、わかってるって……両思いになりたいとか、付き合いたいとか、そう思うってことだろ?」
赤面してオレを睨みつけながらも勝己は頷いた。
なんだこいつ。狂犬のくせしてピュアな反応しやがって。
「はオレに何も求めないって言ったんだ」
「へぇ。アイツらしい」
「……アイツらしい?」
「すっげーアイツっぽい。アイツ自身コンプレックスとプライドの塊だから、相手に何か求めるより先に自分をどうにかしたいって思うだろーなって」
「…………」
勝己はぽかんと口を開けた。
そして、次の瞬間には「ずーん」という音が聞こえそうなくらいに落ち込んだ。
あー、そっからすれ違ってたのか。と勝己は。
さてどうやって慰めたもんか、と思ってたら。
「さすがに野球部コンビは体力余ってるな。寝てなくていいのかぁ?」
見回りにきたらしい担任に声をかけられた。
担任もへらへらといつもの余裕の笑顔を浮かべてるけど、寄る年波には勝てないのか目の下にははっきりと隈が出来てた。
「青春の1分を寝て過ごすなんて勿体なくてできねーっす!」
「はっはっは! 弟は相変わらずだな。よしよし。じゃあ先生がその青春に協力してやろう。おい志波」
「「は?」」
オレの座席の背に肘を置いて、にやにやしてる担任。
呼ばれた勝己も、青春に協力などとわけわかんねーこと言われたオレも、同時に間抜けな声を出した。
「ちょっと席交代してやれ。、窓際にずれろ」
「は? はぁ、まぁいいっすけど……」
「志波はそのまま3のDの席のヤツと交代しろな」
「……?」
それだけ言って、担任はのたのたと教員席の方へと戻っていった。
オレと勝己は顔を見合わせる。
「なんなんだ?」
「さあ。とりあえず、行って来る」
言われたとおりに勝己は席を立って歩いていった。
オレもそのまま窓際の席にスライドして。
窓の外は静岡の田園風景だ。
待つことほんの数十秒。
「シンくん」
「へ」
呼ばれた声に頬杖ついてた腕が窓からがくんと落ちた。
「……マネージャー?」
目をぱちぱちとさせながら振り向けば、そこには頬を染めた我らが野球部の紅一点のマネージャーがもじもじと立っていた。
「あのね、先生が変な気を遣って……」
「あー」
なるほど、そういうことか。
ちょい悪親父、グッジョブ!
「座んなよ。勝己と席交代したんだろ?」
「うん」
こくんと頷いて、マネージャーは遠慮がちにオレの隣に座る。
緊張してるのか背筋を真っ直ぐにのばしたまま前の座席を見詰めてる。
修学旅行中、思いもかけず出来たオレの彼女。
確かにマネージャーは可愛い性格してるし気立てもいいし、オレの中でも常日頃からランクが高い子だったんだけど。
告白されるまでは、そんな気全然なかったんだけどな。
でも、あの真っ直ぐで一生懸命な告白に、なんつーかこう、感動して。
自分でもほとんど無意識に首を縦に振ってたんだよなー。
「そういえば勝己と隣り合うことになったのって誰なんだ? 女子なら怖がるんじゃねぇ?」
「大丈夫だよ。水樹さんと志波くん、仲いいでしょ?」
「水樹さんっ!? マジでっ!?」
「……」
「あー、じゃなくて、その」
いつものクセで、つい。
マネージャーの呆れた視線が痛い。
「マネージャー、寝てなかったの?」
「うん。シンくんは?」
「勝己とだべってたからな。眠かったら寝てていーぞ?」
「ううん、大丈夫。せっかくシンくんの隣になったのに……寝てたら勿体ないもん」
ほんのり頬を桜色にしながらぽつりと言葉を落とすように言うマネージャーに、オレはいまだかつてないときめきを覚えたりするのだ。
……やっぱり、そうだよなぁ。勝己の言うとおりだと思う。
オレはマネージャーの右手を握った。
「っ、シンくん」
「やっぱさ、だれかを好きになったらこんな風に一緒にいたいとか手ェつなぎたいとか、その先考えるもんだよな」
「な、なんのこと?」
「うちの世間ズレした姉のこと」
「……さん??」
耳まで顔を赤くしたマネージャーはなんのことやらと目を瞬かせてる。
が特殊なんだよな。勝己はいたって普通だ。普通なら誰だってすぐに匙を投げるの言動に、今まで我慢してきてくれた勝己に感謝すべきだよなぁ。
帰ったら少しおせっかいしてやるか……しょうがねぇ。
「……なんか眠くなってきた」
「あ、いいよシンくん、眠っても。私のことは気にしないで」
「ん、サンキュ。なんかユリの手握ってたら温かくて急に睡魔襲ってきた」
「……シンくん、今、私の」
「おやすみー」
勝己にオレの恋愛スキルの少しでいいから伝授できれば少しは進展あるのか?
……。
いや、には絶対逆効果だな。
いいや。寝よう。
末っ子のはずのオレが、なんで手のかかる妹と弟を一気にかかえこまなきゃならねーんだっつーの。
可愛い彼女の手のひらの温もりと幸せを感じながら、オレは心地よい睡魔に包まれた。
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