ようやく終わった2学期期末テスト。ま、今回もヤマの当たり外れはあったけどまぁまぁだな。
 隣のクラスのコと明日のデートの約束を取り付けて、オレは天気予報的中の雪が降る中帰宅の途についた。


 番外編2.双子の弟、姉を語る 其の二


「おうシン坊。テスト終わったかぁ?」

 馴染みの肉屋の前を通れば、新作のメンチカツを上げながらおっちゃんに声をかけられた。

「終わった終わった。にしても今日は雪降ってるだけあって寒ィよな、おっちゃん。牛コロ2つなー」
「おうよ、牛コロふたつ! ところで、今日は嬢ちゃんどうした? 学校行ってねぇよな?」
「あー、は今日は体調不良で寝てる」
「マジで?」

 ん?

 いつもどおりに自宅前の肉屋で牛コロを買って、小銭をちゃりんとカウンターに置けば。

「オッス針谷」
「オッス。のやつ、テスト受けなかったのかよ」

 隣の豆腐屋の軒先で雨宿り……じゃなくて雪宿りしてた針谷に声をかけられた。
 その隣には、飴色の空を見上げて寒そうにしてる、……って。

「前回と全く同じメンツかよ。もしかしてお前ら、また傘持ってきてないとか言うのか?」

 オレが呆れたように声をかければ、一斉にこっちを振り向くはね学メンズ。
 針谷の隣から若王子先生と佐伯とクリスと氷上と、志波。
 おいおい……。

「今日は天気予報で午後から雪って言ってただろ?」
「や、くん。先生は雨宿り中とみせかけてさんのお見舞いですよ?」
「先生が嘘ついていーんすかー」
「やや、バレバレでしたか」

 ぽりぽりと頭を掻く若王子先生。

「あのな。傘ぐらいちゃんと用意しとけよ。用意周到な男がモテるってどこぞの小学生も言ってたし」
「どこの小学生だよ……」
「お、そういう生意気言うやつにゃ、あったかいオレん家での雨宿り権利を与えねーぞ、針谷?」
「ず、ズリィぞシン!」
「結局お前ら、オレん家での雨宿りが目的か……」

 ぐるっと見回せば、佐伯もクリスもうんうんと頷いてやがる。
 って志波もかよ! お前と関わるようになってから丸くなってきてんじゃねーの?

「申し訳ない、くん。僕も含め、みんなテストに集中するあまり天気予報を見逃してしまったみたいだ」

 それはお前だけだ、氷上。

「しょうがねーな。じゃあまた上がってけよ」
「やや、すいませんくん。お言葉に甘えちゃいます」

 これ幸いと、家の鍵を持ってるオレよりも早く玄関先に移動する若王子先生。
 そして他の連中もそれに続く。あーあー、図々しい奴らだよ全く。

 オレは呆れつつも玄関の鍵を開けて、全員を招きいれた。

 すると。


 だだだだだだっ!


 全員がせまい玄関に入って、志波がドアを閉めた時だ。
 白いフリースのパジャマを着たが、目の前の階段上から転げ落ちるように駆け下りてきた。
 顔面蒼白で、口元を押さえながら。

 そのまま玄関手前の廊下を曲がって、奥のドアを開けて中に飛び込んでいった。

「「「「「…………」」」」」
「まだだめか。今回は重症だなー」

 全員が今のの様子に呆気にとられる。
 その横でオレはさっさと靴を脱いで、居間にみんなを招いた。

「アイツのことはほっといて、さっさと入れよ。寒いだろ」
「ほ、ほっとけって、いいのか? なんか、スッゲェヤバそうに見えたぞ?」
「いーのいーの。ほらアレだ。女の月イチブルーデーってやつ」
「え?」
「あー、むしろレッドデーか?」

 2つめの牛コロを口に入れて、なかなか入ってこない奴らを振り向いたら。

 若王子先生以外、全員が顔を赤くしてた。
 ん? 表現が直接的すぎたか?

「や、さんが風邪でも病気でもなくてよかった」

 さすが、大人は余裕の対応だ。



 居間の室温を高めに設定して、ポットにお湯を沸かして、人数分のマグカップとインスタントコーヒーを用意。

「セルフサービスな。その代わり、おかわり自由だ」
「や、すいませんくん」

 ソファに腰掛けてる若王子先生が盆を受け取る。
 にこにこといつもどおりなのは先生だけで、今日は針谷も落ち着かない様子でソワソワしてるな。

「なぁなぁシンくん。ちゃん大丈夫なん?」
「なにが?」
「なにがーって、めっちゃ青白い顔しとったやん。どっかに駆け込んだまんま、出てこんし」

 クリスが膝の上で組んだ指をせわしなく動かしながら、ちらちらと居間のガラスドアの方を見てる。

「大丈夫だろ? 多分、トイレで動けなくなってるだけだ」
「それ、大丈夫っていうのか?」

 お、佐伯まで心配してやがる。
 のヤツ、はばたき市じゃ案外人気者だな。

「んなこと言ったって、オレにはわかんねー苦しみだし。それにいっつも初日だけだぞ、あんなんなってんの。明日になりゃケロッとしてるさ」
「……毎回あんな状態なのか?」
「今回のはそうとう重症そうだけど、ま、あんな感じだ」
「じょ、女性というのはあんなに大変な思いを毎月しているのか……」

 顔を赤くしたまま、氷上が感心したように言った。

が言うには、個人差があるって。アイツは初日に吐き気と頭痛がひどいらしいけど、一般的には眠気とか腹痛とか腰痛とかが主な症状らしい。薬飲めばなんともない子もいれば、アイツみたいに薬飲んでも全然駄目ってヤツもいるし」
「随分詳しいじゃねーか」
「母親いねーから、があーなってる時にあーだこーだしてやるのオレしかいねーからな。親父も仕事でほとんど家空けてるし」

 とりあえず若王子先生にコーヒー入れさせとくわけにもいかないから、ソファ横にあぐらをかいて全員分のカップにインスタントコーヒーを入れる。

 がちゃ

 そんなことをしていたら、いつも乱暴に蹴り開けてる居間のドアをおとなしく手で開けて、がおぼつかない足取りで部屋の中に入ってきた。

「どんなもんだ?」
「…………」

 声をかけてみるものの、青いというより土気色した顔は目の焦点も虚ろで反応がない。
 白いフリースのパジャマはピンクのチャイナボタンがついていて、にしては可愛いと言えなくもない格好なんだが、いかんせんその表情はリビングデッド。
 ずるずると足をひきずりながら台所に行って、蛇口をひねる。
 水を飲もうとしたのかどうか。

 アイツ、いきなり頭をつっこんだ。

「って何やってんだ!」

 オレが慌てて立ち上がるよりも早く。

 一番近かった志波が、素早く立ち上がってのパジャマの首根っこを掴んで引き戻した。
 はなんの抵抗もなく志波の方向へのけぞるように倒れて、そのままへたんと崩れ落ちる。

「……みーずー……」
「わかったわかった」

 志波の足にもたれる様にしてぐったりしてる。志波も動くに動けなくて困惑気味だ。
 とりあえず専用のマグカップにお湯と水を半々にしていれてやって、口元にもっていってやる。

「おら飲め」
「お、くん。そんな乱暴な……」

 の顎を掴んで口をこじ開けて、強引に水を流し込む。
 氷上のつっこみはこの際無視だ。
 オレ、介護士にはなれないな。うん。

 ごくんと一口飲み干す
 そしてそのままダイニングのフローリングの上に横倒しに寝転がる。

「おいそこで寝たら冷えるぞ」
「……動けない……」
「お前な、客が来てんだから少しはなりふりかまえよ」

 しかしが動く気配はない。
 あー……まぁ今日ばかりはしょうがねぇか。

「悪ィ、佐伯。ソファのブランケット投げてくれ」
「これか?」

 投げてくれと頼んだけど、佐伯は律儀に立ち上がって持ってきた。
 そして女子が大好きなその綺麗な顔をしかめて、を覗き込む。

……さん。大丈夫?」
「…………」
「部屋まで運んだほうがよくないか?」
「いや、下手に動かすと気持ち悪いらしいから、しばらくこのままにしといたほうがいいんだ。、吐きそうになった時だけ呼べよ」

 長い髪が乱れた状態で横たわってるにブランケットをかけてやる。
 さながら殺人現場だな、こりゃ。
 となりの和室から毛糸のルームシューズを持ってきての素足に履かせて、オレは佐伯と志波を居間のソファへと戻らせた。

「悪いな、普段はもっと症状軽いんだけど」
「いえいえ、さんが具合悪いのに家におしかけたりしてすいませんでした」
「謝んなくていいっすよ、若王子先生。アイツ具合悪いときは人が側にいたほうがいいらしいから」
「なんつーか……女ってスゲェ」

 針谷の感想が一番正直なところだろう。

「まーな。オレもこの日だけはも女なんだなーって思う」
「だけは、って」
「アイツの普段の素行知ってるだろ、お前らも。口も悪いし態度も悪いし。女っぽい趣味すら」

 ……と。
 一応あったな、アイツの趣味で。

くん?」
「いや、そういやあったなーって思って。のヤツ、どくろクマコレクターだった、そういえば」
「どくろクマ……顔がどくろの」
「そう。アイツの部屋、どくろクマのご当地ヌイグルミで溢れてるぞ今。親父がトラックで全国回ってっから、いっつも土産にしてもらってて」
「へ〜。意外やね? ヌイグルミとちゃん。可愛ええなぁ♪」
「そーかぁ? アイツがヌイグルミとたわむれてても、本人が可愛くなきゃ全然だろ」
「いや、さんって性格はともかく、見た目は綺麗だと思うけど」
「佐伯……どっちかってーと性格の方が重要じゃねぇ?」
「ヌイグルミとたわむれるってことなら、見た目の方が重要じゃん。割と絵になるんじゃねぇか? なら」
「先生もそう思います。さんはよく水島さんと間違われるくらいですから」
「それは水島さんに激烈失礼だっっ!!!」

 オレは断固として抗議するぞ!
 だんっ、と力強くテーブルを叩くと。

 ゆらりと、背後でうごめく気配。

 振り向けば、幽霊のように存在の頼りなげなが立っていた。
 さっきよりは目に生気が戻ってるみたいだな。あいかわらず口元を押さえて青い顔したままだけど。
 はオレたちをぐるりと見回して。

「……なにしてんの?」
「よ、よう。雪がやむまでちょっと邪魔してる」
「雪……?」

 針谷の返事に、のろのろと窓の外を見て。
 再びのろのろとこっちに視線を戻す。

「あ、そ……」

 それだけ言って、は肩から半分ブランケットをずり落としながら居間を出ようとドアノブに手をかけて。

「あ」

 何か思いついたように短く呟いて、もう一度ふらふら戻ってきた。
 オレには見慣れた光景だけど、他の奴らはもうハラハラなんだろう。
 全員がの一挙一動に注目して、固唾を呑んでいる。

「若せんせぇ……」
「はいはい。なんですか、さん」

 ふらふら横揺れしながらソファに腰掛けてる若王子先生に近づいていく。

「化学、今日」
「はい。化学のテストは今日でした」

 ふらふら。

「また0点だ」
「や、気にしないでください。具合悪いのに無理するのはブ、ブーです」

 ふらふら。
 ……ってオイ。どこまで行く気だお前。

「ごーめーんー……」

 がっ

 行き詰ったの足がソファを蹴飛ばして。

 そのまま前に倒れこむ。

「ねあうっ」
「うわ!?」

 意味不明な声を出して、がソファと若王子先生の背中の間に倒れこんだ。
 ついでに隣に座ってた佐伯と志波も巻き込んで。
 3人はに追い出されるようにソファから落ちて、ソファに顔面から崩れたは、膝から下をソファの外にはみ出したまま行動停止。

「やや、さん……大丈夫ですか?」
「だいじょばない……」

 ぴくりとも動かずに、顔面をソファにうずめたままくぐもった声を出す
 あーあーあー、全くコイツときたら。

 ソファの下に落とされた佐伯と志波は怒りもせずに、呆気にとられてを見てる。

 と。

 志波が大きくため息をついた。
 立ち上がって、の体を仰向けに転がす。

「お、おい、志波?」
「自分で動けるなら、動かしても平気だろ」

 そう言って、ひょい、と。
 志波はを抱えあげて……俗に言う、お姫様抱っこの状態で抱き上げて。
 いつもなら大暴れするだろうもその体力がないのか、それとも志波には警戒心を解いてるのか。
 おとなしくされるがままだ。

「シン、ドア開けてくれ」
「お、おう」

 ついオレまでもが唖然としてしまった。
 言われて居間のドアを開けると、志波はそのままを部屋の外に運び出してしまう。

「かっちゃん、カッコイー」
「……」

 流行のお笑い芸人風に揶揄してやれば、一度こちらをギロリと睨むものの、そのまま無言で2階に上がっていった。

 居間に戻れば、今度こそ若王子先生も一緒になって一同唖然。
 だよなぁ。ありゃ優しいとか気が利くとか、そういう範疇じゃねぇよなぁ?

「えーと……洗濯物の次はちゃん本人やね? 志波クン、優しいな〜?」
「ま、まぁ、確実に善意ではあったよな……?」
「確かに、弱っている女性を介抱するのは、男として当然のことだがっ」
「おいシン! 志波とってどうなんだよ!? そういう仲なのかっ!?」
「やや、志波くんも隅におけませんねぇ」
「いやー……多分違うと思うけど……」

 全員、顔を見合わせて。

 足音を忍ばせて、一斉に2階のの部屋の前へ駆け上がる!
 他の連中はどうか知らねぇけど、オレは双子の片割れとして弱った姉を男とふたりっきりにするなんてそんなことは断じて覗きたい!!

 ……最後、本音と建前が混ざったのは気にするな!

「うー……」

 部屋からは相変わらず苦しそうなのうめき声。

 上から順に若王子先生、クリス、オレ、佐伯、氷上、針谷のトーテムポール状態になって、オレたちはの部屋を片目分の隙間から覗きこんだ。

 シルバースチールの家具で揃えた女っぽくない部屋の奥。
 はベッドに横になって、志波がそのに布団をかけてやってるところだった。

「気持ち悪い……」
「大変だな」
「志波、変わって」
「無茶言うな」

「(なんだよ志波のヤツ。すぐ降りてくるかと思えばあぐらかいて座り込みやがって)」
「(ちゃんが落ち着くまで側にいてあげるんやない? やっぱ優しいな〜志波クン)」

「……また補習かも……」
「だな」
「否定しろー……」
「お前、出席日数がそもそも足りてないだろ」
「志波に言われたくないっ」

「(志波くんとさんが仲良しなのはいいですけど、授業はちゃんと出てくださいよー)」
「(若王子先生、聞こえないように言っても意味がないです)」

「……うぅ」
「どうした?」
「頭イタイ……」
「……熱は、ないな」

「(志波が女子の額に手を当ててる!?)」
「(が春ニィ以外の人間に触れられるのを拒否しない!?)」

「……」
「なんだ」
「志波って、ほんとかっちゃんみたいだなーって……」
「……」
「どうせお見舞いしてくれるなら、かっちゃんのがよかった」
「悪かったな」

「(やや、さん、こういう場合に別の男の子の名前を出すのはブ、ブーです。まだまだ甘いです)」
「(かっちゃんって誰だ?)」
「(あー、オレとの幼馴染っつーか……志波の知り合い、っつーか……ビミョー)」


「何やってんだ、お前ら」


 と。
 志波との動向を検討しつつもデバガメってたオレたちの背後に、野太い声がかけられた。

「うわ、親父!? だっ!!」
「ふぎゃっ! し、シンくん痛い〜」

 驚いたオレが体を起こして、ついでにクリスの顎に頭突きをかましてしまった。
 い、痛ぇのはこっちだって痛ぇよ!

「わわわっ」
「うわぁっ!?」

 バランスを崩したオレたちはの部屋のドアを押し開ける形で崩れた。
 ぎょっとして振り返る志波と、相変わらず死人のような表情で大した反応もない

 そしてオレたちを見下ろしてる筋肉ガテン親父。

「……なにしてんだ、本当に」
「お前ら……」

 事情が飲み込めない親父の声とふつふつと怒りをこみ上げていく志波の声は非常に対照的で。

「何してんだっ!!」
「うわ、志波がキレた! 逃げろ!!」

 叫んだのは針谷だったかオレだったか。
 予定より早く仕事から戻った親父の横をすり抜けながら、全員が蜘蛛の子を散らすように我先にと階段を駆け下りていった。

 いや……それにしても、志波。
 いやいや、かっちゃん。
 お前、名乗ってもいないくせに、一体とどーなってんの?
 つーか、どうしたいんだよ?
 ただの同情か? 友情からの善意の行動か?

 愛情……ってのはないだろうなぁ、多分、つか絶対。

 お前、かっちゃんとしてじゃなくて志波としてこれからもと接してくつもりなのか?
 懐かれてから実はかっちゃんでした、なんてことになったらアイツきっと暴れるぞ……。

 なぁ志波。
 お前が少しでものこと気にかけてやってるんだったら、早く名乗ってやってくれよ。

 が『選択』を迫られる前に。

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