オレの名前はシン。
同じ顔した双子の姉がいる。
番外編1.双子の弟、姉を語る 其の一
6月最後の土曜日。今日は放課後の突然の雨で野球部の練習が中止になった。
来週からテスト期間に入るから、最後の練習チャンスだったのに。
練習が休みになったって、テスト前だから女の子を誘って遊びに行くこともできねーし。
オレは一人歩いて帰宅中だった。
クソ、せめて部活が始まる前に雨が降り出してればクラスの女子に声かけて一緒に帰ることもできたのになー……。
オレん家は学校から徒歩圏内。
昔はばたき市に住んでた頃に親父が買った一軒家が住宅街の隅にある。
せまい道路を挟んで向かい側は、ひなびた八百屋や個人商店が軒を連ねる小さな商店街。
「おっちゃん、牛肉コロッケ1個なー」
「おう、シン坊。早ぇじゃねーか。部活は休みか?」
「雨降ってきたから中止。体育館も他の部活が使ってて空きがなかったからさ」
早く帰れた日はうちの目の前の肉屋でコロッケを買うのが日課になってる。
肉屋の親父も気心知れた下町気質で、いろいろオマケしてくれるんだよな。
「おらよ、揚げたて!」
「ん、さんきゅー」
ちゃりんと80円をカウンターに置いて、オレはコロッケにかぶりついた。
さ、帰るか。
そう思ってくるりと我が家を振り返ったとき、隣の豆腐屋の軒先で視線が止まった。
……ずらりと並んだはね学の制服。
雨宿り中なんだろう。全員が空を恨めしそうに見上げていた。
「オッス針谷。何やってんだ?」
「ん? よぉ、シン。お前こそ何してんだ?」
中に知った顔を見つけてオレは声をかけた。
赤いつんつん頭の針谷幸之進。同じクラスで、割とよく話すミュージシャン野郎だ。
「オレは帰宅途中。お前、もしかして雨宿り中か?」
「さっき急に振り出して来たからな。っつーか、天気予報で雨なんて言ってなかったし!」
「ふーん」
怒髪天をつく、という文字通り針谷の頭はつんつんと髪が逆立っている。
……別に怒りのあまりじゃなくて、元々そういうふうにセットしてるだけなんだけどな。
オレはその針谷の横に並ぶメンツに視線を向けた。
話したことはないけど、全員知った顔だ。はね学の有名人ばっかだったから。
女子に1番人気の佐伯瑛。
頭のお堅い優等生の氷上格。
入学早々、二ノ金像をペイントして教頭に怒られまくってたクリス……クリスなんとかかんとかフィールド。
オレの姉貴の担任の若王子先生。
それから、志波勝己。オレはコイツをよく知っている。
ま、向こうはオレに気づいて無いようだから、オレも一応知らん顔してたけどな。
「ここ、オレん家。針谷、雨宿りしてくか?」
「は、マジで? ここがシンの家?」
「そう。……よかったら、若王子先生とお前らも来るか? そこの軒先せまいから、風が出てきたらすぐ濡れちまうぞ?」
オレが声をかけると、全員驚いたようにこっちを見た。
「やや、いいんですか? えーと」
一番最初に口を開いたのは若王子先生だ。
「はい。シンです。姉が世話んなってます」
「ああ、さんの弟くんですね?」
「ええっ、くんの弟!?」
ぽんと手を打って笑顔を浮かべる若王子先生の言葉に、氷上が過敏に反応する。
ついでに佐伯と志波も。クリスなんとかは、きょとんとしてるだけだ。
「くんの弟が、なんではね学の制服を着てるんだい?」
「弟っつっても、双子だから同い年なんだよ。ほら、とりあえず玄関までダッシュな」
オレは玄関の鍵をあけて、ドアを開けた。
針谷と若王子先生がぱたぱたと走って玄関の中へ。
残りの4人は迷ってるのか、こっちを見たまま動こうとしない。
「早く来いよ! 親父はまだ仕事中だし、気にすんなって!」
オレが大声で呼ぶと、まずクリスなんとかがやってきた。
それから遅れて、佐伯と氷上がやってくる。
ただ志波だけは、そこから動かなかった。
「おい!」
「……オレはいい」
頑なに拒む志波。
そうはいくか。
オレはぱしゃぱしゃと豆腐屋の軒先に戻り、志波の胸元を軽くどついた。
「約束破っておいて、幼馴染の好意まで無下にする気か? かっちゃんよ」
「っ!? お、前っ」
「には黙っててやる。その代わり、理由教えろよな。ほら、来い!」
動揺した志波の腕を引っ張って、オレは強引に玄関の中へと突っ込んだ。
しらばっくれたかったんだろうけど、残念だったな、志波。
オレはと違って、動物的直感が鋭いんだ。
針谷以外ほぼ初対面のはね学のメンツを、オレは居間へ通した。
「ま、雨が止むまでゆっくりしてけよ」
「ありがとう、くん。感謝する。あ、僕は同じはね学1年の氷上格だ」
「ご丁寧にどーも。別に自己紹介してもらわなくても、お前ら全員有名人だから知ってるって」
オレはネクタイを外してテーブルに置き、戸棚から人数分のコップをとりだし、冷蔵庫から烏龍茶のペットボトルを出してみんなの前に置いた。
「オモテナシできるようなモン、この家ないから。茶でも飲んでてくれ」
「や、すいません。お気になさらず」
にこにこしながらくつろいでるのは若王子先生と針谷だけだ。
あとは全員居心地悪そうにソファに座ってる。
ま、初対面のヤツの家なんだから、そんなもんだろうな。
「ところでくん。さんは?」
「なら自分の部屋にいるんじゃないスか? ……にしては静かだな」
自室にいるときのは、大抵日が昇ってるうちは歌ってるか踊ってるかのどちらかだ。
どちらにしろ、やかましいのには変わりない。
玄関に靴があったのに静かだってことは……
バタン!
どこ行った、などと思ってたら、当のが足で乱暴にドアを蹴飛ばして居間に入ってきた。
振り返り、全員目を丸くしてを見る。
……そりゃそうだ。年頃の娘がドアを蹴り破るなんつー暴挙、育ちのいい家庭じゃああまり見ないだろうし。
「あっれー」
自身もきょとんとして居間の連中を見回していた。
衿ぐりが大きく開いた黒のカットソーに、インディゴのジーンズといったラフな格好で、耳にはアイツの必需品のi−Pod。
右脇にたった今取り込んできたと思われる洗濯物のかごを抱えて、居間の入り口に立ち尽くしていた。
「何このメンツ。若先生に、佐伯に、氷上に、志波に、のしんに……」
「のしんじゃねぇっ! ハリーって呼べっつってんだろ!」
「あー!」
針谷の抗議を完全無視して、は洗濯カゴをどんと乱暴に置き、ずかずかと入り込んできた。
そして、クリスなんとかの前で止まって指をつきつける。
「二ノ金ペイントしたヤツだ!」
「あれ、ボクのこと知ってるん?」
「ゴールド二ノ金に爆笑したもん、私。あんなおもしろいことしたヤツ誰だ、って海野に聞いたら、アンタのこと教えてくれた」
「なんや、あかりちゃんとお友達やったんか〜。ボクはクリストファー=ウェザーフィールド言うねん。よろしゅー♪」
「私は」
クリスなんとか……クリスと握手する。
めずらしーな。あいつがあんな風に人とすぐ馴染むなんて。
しかし、そこまでやりとりしたらはもう満足したようで、再び洗濯カゴを脇に抱えると。
「で、なにこのメンツ」
「うちの目の前の豆腐屋で雨宿りしてたから、うちに招き入れた」
「ふーん」
興味なさそうに返事して、はぐるりと一同を見回す。
そして、完全に興味を失ったのかリビング続きの和室を開け放って、洗濯物を畳み始めた。
「なんていうか……さんって、本当マイペースなんだな……」
佐伯が呆れたような声を出した。
「マイペースっつーか、わがままっつーか協調性がないっつーか。すんませんね、愛想のない姉で」
「あ、いや、そういうわけじゃ」
「いや、マジで。アイツ、人付き合いヘタクソだから。いろいろと学校で不愉快な思いさせっかもしんねーけど。寛大な心で見逃してやってくれ」
はi−Podの音量を上げてるのか、オレの声は聞こえてないようだ。
オレは全員に烏龍茶を注いで、ダイニングの椅子に反対向きに腰掛けた。
「……ん? なんで佐伯がのこと知ってんだ?」
「え!? いやっ、それは」
「佐伯くんとさんは、体育祭で揉め事に巻き込まれた海野さんを一緒に助けた仲なんですよね?」
「そ、そうです! そういうことなんだ、うん」
「あー、そういやそんなこと言ってたっけか」
ぐび、と烏龍茶を一口。
は楽しそうに次々と洗濯物を畳んでいる。
そんなを見ていた氷上が。
「くん。弟の君がしっかり毎朝登校しているというのに、なぜ姉のくんは遅刻魔なんだい?」
「そりゃー……朝飯の片付けとか朝の洗濯とか、もろもろやってっからだと。うち、母親いねぇから」
「「えっ」」
氷上と、志波の声が重なった。
オレはちらりと志波に目を向けて。
「事故で、な。それ以来うちの家事全般はが一人でやってっから。だから遅刻は多めに見てやってくれよ」
「そ、それは……いや、それならば君が手伝えばいいだけの話だろう!」
「げ、バレたか。でも、が一人で家事やってんのは、アイツのリハビリのためでもあるし……」
「「「リハビリ?」」」
今度は志波と佐伯と針谷の声が重なった。
マズイ。口がすべった。
は……気づいてないな、うん。
「リハビリって、アイツ怪我でもしてんのか?」
「あー、うん。ちょっと、な」
視線をそらして、ついでに言葉も濁してみるも、一度興味を持ったら離れない。
佐伯と針谷は聞きたそうに身を乗り出してるし、クリスと志波もこっちを見てる。
担任として事情を知ってる若王子先生はなんにも言わないけど、止めようともしない。
あー、でもなぁ。
これ言ったら、のヤツ、絶対機嫌損ねるしなぁ……。
その時、和室の方から歌声が響いてきた。
全員が振り返る。
気分が良くなってノッてきたが歌い出したんだ。
アイツのお気に入りの、Need’sの新曲だ。
……客が来てるの、すっかり頭から抜けてるな、アイツ。
「やっぱうまいよな……」
針谷がぽつりと呟いた。
「前にあかりに頼んでと話したことあるけど、本当に音楽活動なんもやってねぇの?」
「……針谷が思ってるような音楽活動はやってなかったな」
は気持ちよさそうにのびのびと歌っている。
i−Podの音楽はオレたちには聞こえてないからアカペラ状態だけど、の歌はひいき目ナシにしてもめちゃくちゃウマイ。
まぁ……そりゃあ、なぁ。
「アイツ、ガキの頃からずっと音楽の英才教育受けてたんだよ。つっても、クラシック方面のな」
「マジで!?」
「マジで。はほとんど外国で暮らしてたから、英語やらフランス語やらの発音も流暢だし」
「なるほど。さんが英語だけ成績いい理由がわかりました」
「あ、専攻は歌じゃなくてバイオリンだったけど」
「さんとバイオリン……」
「に、似合わねぇ……」
佐伯と針谷の顔が引きつってる理由はよくわかる。
はね学での暴れっぷりを見てれば、バイオリン=お嬢様な単純な図式を持ってるヤツには想像もつかないだろう。
「今はやってないのか?」
志波が聞いてきた。
そうだな。かっちゃんは知ってたよな。アイツがバイオリンやってたこと。
「やってねぇよ? 母親が死んだ事故に、アイツも巻き込まれてたからな」
「な」
志波が目を見開いた。
他のやつらも全員同じ様子で、若王子先生だけが「ふむ」と頷いた。
「その事故の後遺症で、彼女の左手の握力が失われたんですね?」
「若ちゃんセンセ、知ってたん?」
「先生はさんの担任ですから。生徒の健康上の問題はちゃんと把握してますよ」
「左手の握力って……弦楽器やってる人間には致命傷じゃねーか!」
自身もギターをいじってる針谷が顔を歪めた。
「で、でも、彼女は今洗濯物をちゃんと掴んでいるじゃないか、左手で」
「日常生活にそこまで支障がでるほどじゃないんだ。指も動くし。でも、重いものをしっかり掴めないんだよ。通学鞄なんかも無理だな。せいぜいがペンケースぐらいまでか?」
「そ、そんな」
氷上までもがショックを受けたように言葉を失った。
あー……あんまりこういう話題して同情されるのもなぁ……。
他人に気ぃ使われるの、アイツめっちゃ嫌うからなぁ。
「でもくん、先生、確かさんの左腕および左手は、完治しているという診断書を貰っていますけど?」
「はい。本当は完治してるんす。でも精神的な問題で」
「そうですか……。トラウマですね?」
「そうなんスよ。アイツ、バイオリンは趣味じゃなくて本気だったから。極められないんじゃ意味がないって。その強迫観念っつーのかなんなのか、そのせいで今だ左手の自由がきかないらしくて」
重苦しい雰囲気が流れる居間に、場違いに明るいの歌声だけが響く。
「海外生活が長いし、バイオリンってもオーケストラじゃなくてソリストとして養成されてたみたいで、事故ったあと日本に戻ってきても、集団意識の強い日本社会に馴染めなくて、アイツ中学はほとんど保健室登校だったから」
「なるほど。以前さんが言っていた小学校にも中学校にも行く暇がなかったという理由がようやくわかりました」
ふーん……。アイツ、若王子先生には言ってたのか。
の信用得るなんて、結構ちゃんとした先生なのかもな、若王子先生って。ぼーっとしてるようにしか見えねぇけど。
「ま、はね学の自由な校風は割りと馴染めてるみたいだし」
「それはくんが自由に行動してるだけであって、我が校の秩序は規律正しいものだ!」
「まーまー氷上センセ、落ち着いて」
「意外に友達も何人かいるみたいだしな。心の広い人が多くて、弟のオレ、大感謝」
みんなに向かって、手をすり合わせておがむオレ。
そのオレの頭に、ぽこんと何かが投げられた。
てんてん、と弾んでいくそれは、が家中いたるところに仕込んであるゴムボールだ。
見上げた先には、無意味に偉そうな態度のが仁王立ちになってた。
「なんだよ」
「洗濯物。自分のぶん持ってってよ」
そう言って、はきちんと畳み分けた洗濯物の中から自分のものを抱え上げようとする。
「あ、ちゃん。ボク持とうか?」
「は? なんで?」
クリスが気を利かせて声をかけると、はきょとんとしてクリスを見た。
海外生活が長い唯我独尊のこの姉は、人様の好意を「ありがとう」と素直に喜べないんだよ。
唯一素直になれるのは春ニィと、かっちゃんの前だけだろう。
すると。
「あ」
ひょいっと。
の洗濯物を、志波が持ち上げてしまった。
「ちょ、志波っ! 何する」
「お前の部屋に運べばいいのか」
「は?」
ぽかんとするの返事も待たずに、ずかずかと居間を出て2階に上がっていく志波。
「あ、こら待てっ! 勝手に人の部屋入るなー!」
も慌ててその後を追う。
残された一同は、志波の大胆行動に唖然、だ。
「志波クンに先越されてもーた。優しいなぁ、志波クン」
変わってねーな、かっちゃん。
昔っからお前、に甘かったもんな。
だけじゃない。弱いやつにいつも優しかった。
ちくちくしてぴりぴりするオーラ出してたって、お前の人の良さは隠せねぇよ。
入学式でお前をはね学で見たとき、一発で解ったもんな、オレ。
そんなに律儀で優しかったお前が、約束破っちまったのはなんでなんだよ?
野球部の練習、しょっちゅう見に来てるくせに。
しばらくして、志波が2階から降りてきた。
……後頭部に、の投げるカラーボールを何個も受けながら。
「なにやってんだよお前……。親切に部屋まで洗濯物運んでくれたヤツに対して」
「頼んでない! 勝手に部屋に入った!」
小学生並みの片言な言葉で不満をぶちまけ、は手にしていた最後の1個のボールを志波に投げつけた。
そのボールを、志波は左手で受け止める。
「あ」
志波がにやりと笑うと、の柳眉がみるみるうちに逆立った。
「うー!!」
悔しそうに真っ赤な顔して志波を睨みつけてたかと思えば、再び乱暴に居間のドアを蹴り上げて、ずかずかと足音荒く自分の部屋へと戻っていく。
対する志波は、くつくつと肩を震わせて笑い声をかみ殺していた。
「すげぇ……志波が笑ってる……」
未知の生物を見るかのような視線を向けて、針谷が呆然とつぶやいた。
「っていうか、さんって、学校でのクールなイメージが家では全然ないんだな……スゴイ発見だ」
こちらはに対して関心を示してる佐伯。
あーくそ、志波のヤツ。無意味にを怒らせやがって。
こりゃ晩飯、出前決定だな。
「やや、晴れたようですよ?」
若王子先生が窓の外を見る。
先生の言うとおり、窓の外は雲間から夕焼けの光が差し込み始めていた。
オレは窓を開け放つ。
その瞬間。
ギャギャギャギャギャーン!!!
大爆音で、パンクのエレキギターの音が響いてきた。
全員が一斉に耳を塞ぐ。
音源は、言わずと知れた2階の部屋。
オレはダッシュで階段を駆け上がり、の部屋をノックもせずに開けた。
「うるせぇよ! 近所迷惑だろ、がっ!!」
開けた瞬間、カラーボールが飛んできた。
ぱこんと顔面に当たる。
「うるさいっ!」
「っだ……うるせぇのはそっちだろ!」
「うるさいうるさーい!」
癇癪を起こしてぽこぽこボールを投げてくるに。
オレも切れた。
「窓閉めろ窓っ!! 八つ当たりすんなら人様に迷惑かけんな!」
「シンがあんなの連れてくるから悪いっ!」
「勝手に人のせいにすんな!」
「やや、さんにくん、姉弟ゲンカはよくないです」
「「うるさいっ!!」」
すぱこーん!!
「ああっ、わ、若王子先生っ!?」
「お、おい落ち着けよお前ら! 若王子攻撃してどうすんだ!?」
惨状を諌めようと上がってきた若王子先生の顔面に、オレとの投げたカラーボールがクリーンヒットする。
そんなん知るか! オレとの喧嘩に割って入るなら、それなりの覚悟決めてからこいっつんだ!
「ど、どうすんだよ、コレ」
「このままこっそりお暇する……ていうのは非道か?」
「ちゃんとシンくん、楽しそうやなぁ」
「クリス、どこをどう見てそんなこと言ってるんだ?」
「先生、先生なのに怒られちゃいました……」
「若王子先生! 簡単に諦めないでください!」
階段のあたりに身を潜めながら、オレとの様子を伺ってる客人たち。
そこへ。
「ちょっとどいてくれ」
「……あ」
低くて野太い声が聞こえたかと思えば。
「馬鹿野郎! ガキじゃあるめぇし、喧嘩すんなら外でやれっ!!」
親父の怒声と鉄拳が、オレとの頭上で炸裂したのだった……。
「うちの馬鹿ガキどもが失礼しました。先生、今後ともよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ留守中に失礼しました。雨宿りさせていただいて、助かりました」
予定より早い時間に帰って来た親父が、玄関先で若王子先生に頭を下げる。
その横に、頭をさすりながら憮然とした表情で立っているとオレ。
若王子先生の後ろにいるやつらは、呆気に取られた様子で親父を見上げていた。
そりゃそうだ。オレもも母親似のスレンダー体型なのに対して、親父はずんぐりむっくりの筋肉ガテン系。
これほど似てない親子もめずらしいだろう。
「それじゃさん、くん。また来週、学校で会いましょう」
「……はい」
「……」
「返事しねぇかっ」
ごっ
親父の鉄拳は、に対しても容赦ない。
「はい……」
は半分涙目になりながら、若王子先生に返事する。
うへぁ……と、半ば青ざめて親父とを交互に見てるのは針谷と佐伯だ。
「それじゃ」
先生がぺこっと会釈して去っていく。
それについて、針谷たちも「ども」と一言ずつ言って帰っていく。
最後に志波が帰ろうとして、オレは呼び止めた。
「おいっ。待てよ!」
「……なんだ」
志波が振り返る。
オレは近くまで寄って、志波を睨み上げた。
「まだなにも聞いてねぇ」
「……約束を破ったのは悪かった。全部、オレが悪い」
「そうじゃなくて。なんでだ、って聞いてんだ」
「取り返しのつかないことをした」
志波はそう言って、静かにオレを見下ろした。
オレも背がでかいほうだけど、志波はそれよりさらにでかい。
スポーツ選手としては理想的な体格してやがるのに。なんなんだよ、取り返しのつかないことって。
「には……には何も言うな。オレにはもう、野球をやる資格がない」
「……なんだよ、それ」
それ以上問い詰めたとしても、コイツは何にも言わないだろうな。
志波は黙って踵を返して帰っていった。
むっとしながら玄関に戻ると、が怪訝そうな顔して立っている。
「なんだよ」
「シンて、志波と友達なの?」
「……まぁな」
「趣味悪ッ」
何言ってんだ。
お前だって毎朝志波と森林公園で会ってんじゃねーか。
昔はかっちゃんかっちゃんって、アイツの後にぴったりくっついて離れなかったくせに。
は眉をしかめてオレを見てたけど、親父に呼ばれて居間に戻る。
くっそ。いつかそのワケ突き詰めてやるからな、志波っ。
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