「毎度っ。花屋アンネリーですけど、ご注文の卓上花お届けにあがりましたー」
「はぁい! いつもごくろうさまですっ」
ちりんちりんとベルを鳴らして珊瑚礁にお花を届けてくれる、いつものおにいさん。
奥の厨房からハンコを持って飛び出して行けば、真咲さんはにかっと白い歯を見せて笑った。
〜ルピナス〜
「フリージア、アルストロメリア、ガーベラ、スイートピー……うわぁもう春色満開! って感じですね!」
「だろー。今回はおまかせってことだったから、オレともう一人で揃えてみた。どうだ? 春の花真咲スペシャルは」
「激イケてます。マジやばすぎ!」
「ははっ! お前そう言えば若王子クラスだって言ってたな!」
豪快に笑い出す真咲さんも、はね学OBで若王子先生の受け持ちだったって言ってたっけ。
私の若王子先生のモノマネにちゃーんと笑ってくれて。優しい先輩だよねぇ。
こういうとき、佐伯くんだったらすかさずチョップがくるのに。
「あっと、伝票にハンコですよね?」
「おう、いつもどおり頼むな。それとコレ、オレからお前に」
「はい?」
差し出された伝票に珊瑚礁のハンコをぽんと押すと。
真咲さんは私の目の前に、茎にピンクのリボンを結んだ真っ赤なアネモネを一輪差し出した。
「バレンタインに業務用とはいえチョコ貰ったしな。ホワイトデーのお返しだ」
「わ、ありがとうございます!」
「赤いアネモネの花言葉はなぁ……」
にやりと真咲さんは悪い笑顔を浮かべて。
「君を、愛す」
「……」
私は一瞬きょとんとして。
次の瞬間、真咲さんと一緒に大爆笑!
「あっはっはっは! やだなぁもう、真咲さんてばこういう冗談言える人だったんですか!? いやん、ちゃん困っちゃう〜」
「ははっ、いやきっとならいいリアクションするんじゃねーかって思ってな? よしよし。予想通りの反応で先輩はご満悦だ。二重マル!」
「やった、褒められた!」
きゃほー! と両手を挙げて喜べば、真咲さんはわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
うーん、年上イケメンに頭を撫でられるっていいなぁ〜。テンションうなぎのぼりだよね!
「あーっと、そういや佐伯いるか?」
「佐伯くんですか? あれ、そういえばそろそろ厨房から出てきてもいい頃なのに。ちょっと見てきますね」
きょろきょろとお店の中を見回す真咲さん。
真咲さんが来るまでは、厨房で佐伯くんと一緒に届いたコーヒー豆の仕分けしてたんだよね。
もうほとんど終わりかけだったんだけどな。
私は真咲さんにカウンターの椅子を勧めてから厨房に駆け足で戻る。
「佐伯くーん?」
ひょいっと頭を厨房の方につっこめば。
ずべしっ!!
「いったぁい! ちょ、なんでいきなりチョップ!?」
狙い違わず、私の脳天にクリーンヒットする佐伯くんの右手。
頭を押さえてうずくまり、涙目で見上げたそこには。
オレ、超不機嫌なんですけど、って無言の視線で訴えてる佐伯くんがいた。
「ウルサイ。仕事中にデレデレすんな」
「デレデレって……やだなぁもう。テルたん、ヤキモチ妬いちゃってかーわいーぞコイツゥ……ってうわわっ!」
つん、と佐伯くんの額を小突いてやろうと人差し指を伸ばしたところで、再び佐伯くんの右手が振りあがり、慌てて避難!
「真咲さんが佐伯くんのこと呼んでるよ!」
「……あ、ヤベッ」
調理台の反対側まで逃げて、私は珊瑚礁入り口を指した。
すると佐伯くん、釣り上げてた目をぱっと泳がせて、慌てた様子で厨房を飛び出して行った。
……なんだろ?
「おう佐伯、頼まれてた鉢植えも持ってきたぞ」
「ありがとうございます、真咲さん。これは店の注文じゃないんで、今お代払います」
ひょこっと覗いてみれば、真咲さんはカウンターの上に薄紙でくるんだ鉢植えを置くところで。
佐伯くんはいつも愛用してる財布から代金の支払いをしてるところだった。
「佐伯くん鉢植え買ったの? 観葉植物?」
「ウルサイ。あっち行け」
「もー冷たいなぁ」
包みは上部が開いてたから覗き込んでみようと思ったんだけど、佐伯くんに手で追い払われちゃう。
「これで珊瑚礁への配達は終了、っと。じゃあなお二人さん。仕事がんばれよ? 今後ともアンネリーをよろしくっ」
「こちらこそ! ミルハニーにも配達よろしくお願いしまーす!」
「お前、ここで働いてる時にミルハニーの営業すんなっ」
「アイタッ」
真咲さんに手を振って見送っていたら、佐伯くんにぱこっとチョップされた。
むぅ、と唇を尖らせて振り向く。
「女の子に暴力振るうなんて最低だと思いまーす」
「女の子? どこだ?」
「ふんだ。いいもん、真咲さんに素敵なホワイトデーの贈り物貰ったから」
いつもの調子で返してくる佐伯くんに対して、わざと冷たい態度を取ってみる。
私は貰ったアネモネを、レジ横のガラスの一輪挿しに挿した。
すると、佐伯くんの眉間の皺がぐっと深くなる。
あれ、今日はなんだかいつにも増してご機嫌斜め?
「そんなとこにそんな花挿すなよ」
「いいじゃない。綺麗でしょ?」
「……」
「もしかしてさっきの真咲さんの言葉真に受けてたりする? もー、真咲さんの軽い冗談だよ! やだなぁ佐伯くんてば……って」
問答無用。
佐伯くんは私が挿したアネモネをひっこぬいて、代わりに卓上花として届けてもらった中からピンクのガーベラを取ってきて一輪差し込んだ。
強引だなぁ。
……でもちょっと嬉しかったりして。へへ。
佐伯くんは相変わらずむすっとした表情で自分の挿したガーベラを見つめていたけど、私がにんまりと笑顔で横顔見つめてることに気づいて、ちょっとだけ赤くなって。
「お前が貰って喜ぶのはコッチだ」
「へ?」
ぐっと右手を掴まれてひっぱられたのは、例の薄紙に包まれた鉢植えの前。
「これ、私に?」
「に。あー……バレンタインのお返し」
「わぁぁ本当!? プレゼントにお花貰うのって初めてかも! すっごく嬉しい!」
デートの時とかさ、男の人がこう、女の人にミニブーケプレゼントしちゃったりとかするアレ。
ああいうの、すーっごく憧れてたんだよね!
まさか佐伯くんにそんなことしてもらえるなんて、思ってもみなかった。
「ねぇねぇ、開けていい? いいでしょ!?」
「うん。あのさ、そんな盛り上がるなよ。大した花じゃないから」
と言う佐伯くんだけど、私の浮かれっぷりにご満悦のご様子。
笑顔も戻って、逆に佐伯くんのほうが期待の眼差しでこっちを見てる。
「ふふ、なんの花かな〜?」
期待に胸膨らませて薄紙の包みをゆっくりとはがす。
鉢植えだもんね。バラの花束じゃないにしろ、佐伯くんのことだから案外ロマンチックな花だったりして?
セロテープを剥がして、一気に包みを取る。
現れた花に、私は目をぱちぱちと瞬かせた。
「佐伯くんスゴイ! 藤の花が土から生えてる!」
「あのな。藤が土から直接生えるわけないだろっ。それはルピナスだっ!」
ぱこっと私にチョップをしながら、「あーあ……」とうなだれる佐伯くん。
「お前さぁ……こういう時くらいお笑いから離れた感想言えないのかよ……」
「だ、だって本当にそう思ったんだもん……。これ、ルピナスっていうの?」
我ながら、もう少し胸きゅんなムードを盛り上げる感想はなかったものかって思うけどさぁ……。
佐伯くんが私のために用意してくれたのは、まさに藤の花を逆さにしたような綺麗な縦長の花。
青みの強い淡いピンクの花弁がとっても綺麗。
「まぁ別名昇り藤とも言われてる花だから、の感想もあながち見当ハズレとも言えないけど」
「そうなの? すごく綺麗な色してるね。ありがとう、佐伯くん!」
「ああ、まぁ……早くしまうように」
照れたように髪を掻きあげながら、佐伯くんは視線をそらす。
ふふふ、照れ瑛照れ瑛っ。
私はルピナスの鉢植えを両手で抱えて持ち上げた。
「でもなんでルピナスを選んだの? 春先だもん、鉢植えならたくさんあったでしょ?」
「なんでって」
私の質問に、急に佐伯くんがぎくっとして頬を染めた。
おや? おやおやぁ?
「なになに佐伯くんっ、これなんか意味があるの?」
「そうだ! オレ、水出しコーヒーの仕込みに入らないと!」
「あっ、誤魔化した!」
鉢植えを抱えたまま佐伯くんに詰め寄ったら、佐伯くんは視線を泳がせてとってつけたようなこと言ってカウンター内に逃げ込んじゃうし。
あーやーしーっ!
これは是非追求せねば!
……と思ったときだった。
鉢植えの中心に、一枚の小さな封筒が刺さってるのに気づく。
「メッセージカード……?」
ルピナスの葉っぱに隠れるようにして土に刺さってた封筒を引っこ抜く。
中には思ったとおり、名刺大の白いエンボス加工のカードが入ってた。
万年筆を使って書かれたと思われる筆跡は、見慣れた佐伯くんのもの。
私は、カードに書かれた短いメッセージを読んだ。
…………。
「もう……」
きゅっと眉間に皺が寄るのがわかる。
でもそれは決して不愉快とか、不満とか、そういう類のものじゃなくて。
このメッセージを書いた時の佐伯くんの様子を想像したら、もう苦笑するしかなくて。
でもすごく嬉しい。
カードに書かれたメッセージは、ルピナスの花言葉。
私はルピナスの鉢植えを珊瑚礁の入り口横に置いた。
「佐伯くんっ」
振り返って佐伯くんを呼ぶ。
さっきは逃げた佐伯くんだけど、やっぱりこっちの様子が気になってたみたい。
振り向いた瞬間ぱちんと視線があって、慌てて視線そらしちゃうんだもん。
「このルピナス、持って帰らないでここに置いておくね」
「えっ……」
途端に佐伯くんの表情が曇る。
あ、やだ誤解させちゃった?
「あっと、迷惑だからとか、そういうんじゃないよ! そうじゃなくて、このカードに書かれたメッセージと同じ意味をこの花が持つんだったらね、私が珊瑚礁にいない間はこのルピナスが私の代わりになるかなあ、って……」
なんて。
自分で言っててちょっと恥ずかしいんだけど!
うわぁ、顔が火照ってきた!
照れ隠しにあははと笑いながら佐伯くんを見る。
すると佐伯くんは。
心底ほっとした様子で、とってもあったかい笑顔を浮かべてくれた。
「そっか。じゃあオレ、その花の世話大事にするよ」
なんて言っちゃうんだから。
くらっ。
ちゃん、完全ノックアウトです!
ま、負けた。今日は佐伯くんに乾杯、じゃなくて完敗だ!
「……なにお前。もしかして、照れてんの?」
「ううう、照れまくってます……」
「ははっ」
頭からきっと湯気出てるよ、私。
楽しそうに笑いながら佐伯くんはカトラリーを磨いてる。
そのとき、私の目にさっき佐伯くんが引っこ抜いたアネモネの花が目に入った。
……よーっし!
私は珊瑚礁の制服である水色のタイを外す。
そしてアネモネに結ばれていたピンクのリボンも外し、それの代わりにタイを蝶結びにして結わえた。
「佐伯くんっ」
「なんだよ?」
満足そうな笑顔を見せながらこっちを振り向く佐伯くんの目の前に、私はタイを結んだアネモネをつきつけた。
「ちゃんから佐伯くんへっ」
「な」
佐伯くんは目を大きく見開いて。
かぁぁぁっ、と。
瞬時にして真っ赤になっちゃった。
ふふーんだ、逆転勝利っ!
「なに佐伯くん。もしかして、照れ瑛の?」
「ウルサイっ!」
ぺしっ!
佐伯くんは真っ赤な顔したまんま、私の頭にゲンコツチョップを振り下ろすのでした。
ルピナスの花言葉……あなたは私の安らぎ
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