「お前の一番は、オレだろ?」
「……は?」
私の言葉に、志波っちょはおもいっきり目を点にした。
小話6.inミルハニー 〜志波編〜
「……何の話だ?」
「あーごめん、こっちのこと」
訝しげに眉を顰める志波っちょに、私はぱたぱたと手を振った。
「それで志波っちょ。相談ってなに?」
私は耐熱ガラスのカップに中国茶の茶葉を入れて、お湯を注いでから志波っちょに差し出した。
お湯につけると束ねられた茶葉の中から花が咲く、中国茶ではおなじみの工芸茶。
もちろんこれはミルハニーの売り物じゃなくて、私の趣味で買ったもの。
そう。
本日体育祭が終了して翌日の日曜日。
私を突然訪ねてきた志波っちょは、ミルハニーの店舗じゃなくて、私の部屋にいるのです!
おっきぃ志波っちょがちっちゃく体を丸めて私の部屋で座ってるのって、なんかすっごく違和感あるけど。
その表情はいろいろと言いたいことを溜めてますっていうのがありありと出てて。
そもそも、なんで志波っちょがここにいるのかと言うと。
「……」
「めずらしい、っていうかなんていうか。志波っちょが相談ごとなんてなんか変な感じだね。日曜日は水樹ちゃんとらぶらぶしてるのかと思ったのに」
「その、水樹のことだ」
いつもは堂々と視線を合わせてくる志波っちょなんだけど、今日は少し視線を泳がせてて落ち着かない感じ。
今日、私自身も若干ぼーっとしながらミルハニーの手伝いをしていた午後イチのこと。
ミルハニーに一人、ふらりとやってきた志波っちょは、来たときからなんかそわそわしてたっけ。
「水樹ちゃんのこと? なになに、喧嘩でもしちゃった?」
「……いや」
「あ、それまだ飲めないよ。花が開ききらないと」
「そうか」
落ち着かない様子でお茶に口つけようとした志波っちょだけど、私の忠告に素直にカップを置く。
かと思えば、ふーと大きくため息をついた。
大きな体を覆うどんよりとしたオーラに、一体どうしたものやら。
「水樹ちゃんがどうかした?」
「…………水樹は」
「うんうん」
私は小さなテーブルに身を乗り出して、志波っちょの話に耳を傾ける。
すると志波っちょは、眉間のシワを深くしてぽつりぽつりと、言葉を落とすように話し出した。
「……は、水樹をどう思う?」
「は?」
「その、アイツは……誰か、好きなヤツがるのか?」
「はぁぁ? ちょ、何言ってんの? 志波っちょってば。水樹ちゃんの好きな人なんて、志波っちょに決まってるじゃん! 付き合ってるんでしょ?」
あまりにも意外な質問に、今度は私の目が点だ。
でもでも志波っちょは、私の問いかけに首を捻ってる。……って、なんでなんで?
「付き合ってる……と思う」
「と思う、って。なんでそんな頼りないかなあ……」
「……そういえば、付き合ってくれと言った記憶がない」
「あー、お互い気持ちに気づいてなんとなくそうなってった、って感じ?」
「だな」
「ううっ、なんて素敵シチュエーションっ。いーなー! いーなー!」
私はテーブルに突っ伏して頭をごろごろごろごろ。
そんなことしてたら、志波っちょからチョップ一発。うう。
私はむくっと体を起こして、志波っちょをびしっ! と指差して。
「バレンタインに熱烈らぶちゅーしといて、何を今さらっ! これで付き合ってないなんて言ったら、学校中の水樹ちゃんファンにボコられても文句言えないよ!」
「……そう、だな」
「でもなんで? 水樹ちゃんなんて私と違って真面目誠実の塊じゃない。愛に疑うところなんてある?」
「だな」
「あ、あのね、志波っちょ。そこは社交辞令でも一応、そんなことはないって言うところ……」
「でもアイツは」
すっかり花が開ききったティーカップの取ってを掴んだまま、志波っちょはさらに眉間のシワを深くする。
「シン……I組の、野球部の主将やってるヤツのことがいいって言った」
「……あ」
「水樹がオレの前で他のヤツをあんな風に言ったことは、今までなかった。だから」
「うわーっ、志波っちょごめーんっ!!」
私は慌ててテーブルに頭をガコン! とぶつけながら最大級土下座!
そ、そうだった! 志波っちょの闘争心を煽らせるためにやった作戦だったけど、あのあとのフォローをするの忘れてた!
顔を上げれば、面食らったような志波っちょの顔。
「あれは嘘! 水樹ちゃんの本心じゃないよ!」
「……は?」
「水樹ちゃんも嫌がってたんだけどさ、どーしても志波っちょのモチベーションを上げたかったから仕方なくやった作戦なんだよ〜」
私は慌てて作戦のことを志波っちょに話した。
水樹ちゃんにめろりんきゅー(死語!)な志波っちょには嫉妬心を燃え上がらせて、闘争心を高めてもらおうとして、だから水樹ちゃんにはわざとあんなことを言ってもらたんだって。
で。
説明をするうちに、志波っちょの呆気にとられて見開かれてた目はどんどん座っていって、最終的にはぴったりと閉じられて。
「……」
「うっ、な、なんでしょうっ……」
「ツラ貸せ」
「うぎゃーっ! 暴力反対っ! 志波っちょの本気チョップは痛すぎるっ!」
私は頭を抱えて、ベッドに飛び乗り部屋の隅まで一目散に避難!
右手を振り上げた志波っちょは、しばらく青筋たてたまま私を睨んでたけど、やがて大きく息を吐いて手を下ろした。
「ご、ごめんね志波っちょ……。でも、志波っちょみたいな人でも、不安になることなんてあるんだ?」
「……当たり前だ」
むっとした顔しながら、お茶を一気にあおる志波っちょ。
私も愛想笑いしながら、ゆっくりと志波っちょの対面に戻る。
かちゃん、とティーカップを置いた志波っちょはまたまた深いため息をつきつつも、今度は比較的安堵の表情で。
「水樹の人気がどれほどのものか、オレでも知ってる」
「あ、そっか……。そうだよね、志波っちょと付き合ってるってこと公になってからは減ったけど、未だに水樹ちゃんって告白呼び出しされてるもんね」
「そうなのか?」
「うぐっ、も、もしかしてちゃんはまた余計なことを言ったでしょうか……?」
「いや……そうだろうな、とは思ってた」
お茶を飲み干した志波っちょは、いつもの眠そうな顔をしてテーブルに頬杖をつく。
「でもでも、心配することないよ? 水樹ちゃんはちゃんとはっきり断ってるし」
「……そうか」
志波っちょは、ほんの少しだけ口の端を上げて、小さく微笑んだ。
でも、なんとなくわかる気がする。
私から見れば志波っちょだって野球部のスーパースターでイケメンで、水樹ちゃんとばっちりつり合う美男美女カップルだけど。
水樹ちゃんの人気は密っちと並んで学園トップだもん。志波っちょもたくさん不安を抱えてたんだと思う。
ちょっと気になって。
私はティーカップの中身をくるくる廻しながら、志波っちょに聞いてみた。
「ねぇ志波っちょはさ、水樹ちゃんと付き合うことになったとき、気持ちを疑ったりしなかった?」
「……は?」
「私も水樹ちゃんには他の誰よりも志波っちょがお似合いだって思うよ? だけどさ、相手は学園アイドルじゃない。みんなの人気者が、なんで自分を選んだんだろ、とか……思わなかった?」
「…………」
私の唐突な質問に、志波っちょはちょっとだけ押し黙って。
「佐伯となにかあったのか?」
「うん」
さらっと聞いてきた志波っちょに、私もさらっと答えて。
……って。
「うわあぁぁ!? ちょ、なんでそこに佐伯くんが出てくるの!? って、アイタっ!!」
瞬時にパニック! 私は思わず立ち上がってしまって、足の小指をテーブルの足におもいっきりぶつけてしまった!
うずくまって無言で痛みに耐える私……うううっ。
そんな私を、ただ冷静に見ていた志波っちょ。
「……なるほど」
「ななななななにがなるほど!?」
「で、お前はどうなんだ」
「ななななななにがでしょう!?」
なんでか悟りきったような顔して、神妙に私の話を促す志波っちょだけど。
えええ、なにそれなにそれ。なんでそんな「全てわかってる」みたいな顔してるの?
志波っちょのカンのよさって、時々神がかり的だよ……。
「オレに質問してきたのは、そういう意味だろ」
「うぅっ……それは、その」
「お前自身の気持ちが決まってるんなら、人に聞いても無意味なんじゃないのか?」
「き、決まるもなにも……だって、佐伯くんだよ? で、なんで私? って感じでしょ?」
「そうか?」
「そうか、って……」
慌てまくってる私に対して、志波っちょは頬杖ついたままじっと私の目を見つめて。
「裏表のないと接してて、佐伯がを選んだんなら、オレは別に不思議に思わない」
「え……」
「……オレは水樹の好意を知ったとき、正直戸惑った。オレはその頃、まだ水樹には知られたくないことがあったから」
あ。
志波っちょ、真剣に私の話を聞いてくれてる。
だって、こんなふうに志波っちょが自分のこと話してくれるのなんか初めてだもん。
少しだけ目を伏せて、志波っちょは続けた。
「その知られたくないことを水樹が知っても、アイツはあっさりと受け入れてくれた。オレも……お前みたいに水樹がどうしてオレに好意を持ったのかわからない時期があった」
「志波っちょも?」
「当たり前だ。どこかの誰かに修学旅行中、地雷踏まれまくったからな」
「うぐっ! そ、その節は大変失礼致しました……!」
「……時間がたつにつれて、それもどうでもよくなったけどな」
志波っちょは優しい目をしてた。多分今、水樹ちゃんのことを思いながら話してくれてるんだろうと思う。
「オレは、他の誰の手でもなくオレ自身が水樹を守りたいと思った。だから、……」
「だから?」
「……まぁ、そういうことだ」
「あっ、誤魔化したっ!」
突っ込めば志波っちょはちょっとだけ赤くなって、視線をそらす。
でも。
いいいなぁぁ! 志波っちょの本音っ! くぅっ、うらやましいぜ、水樹ちゃん!
そっかぁ……ホントにここのカップルはらぶらぶなんだなぁ……。
はぁぁ、と両肘ついて顎のせて、志波っちょの恋バナにうっとりしてたら、ぺしっと軽くデコピン一発いれられる。
「相手の気持ち疑うくらいなら、自分の気持ちに正直になったほうがいい」
「でもさ、ソレって志波っちょが水樹ちゃんのこと好きだったからでしょ? 私は佐伯くんのことそんな風には思ったことないし……」
デコピンされたところをさすりながら言えば。
志波っちょは、今まで見たことないくらい間の抜けた顔をして、あんぐりと口を開けて。
「………………は?」
「え? は、って……。だから私、佐伯くんの親友のつもりだったけど、そんな風に異性としてっていうか、見たことないし……」
「ちょっと待て。お前、それマジで言ってんのか?」
「うん、マジで言ってるけど」
あ、あれ?
志波っちょ、眉間に手をあてて黙り込んじゃったけど。
あ、すんごい大きいため息ついた。
「志波っちょ、どうし」
「お前、アホか」
「ちょっ! いきなりアホってなんですか!」
「いいから。オレと話するヒマあるなら、佐伯としっかり話ししろ」
「ええ〜……だってこれ志波っちょが相談あるっていうから……」
「帰る。……一応、礼は言っとく」
志波っちょは呆れかえったような表情をして立ち上がる。
もう、一体なにごと? できればもうちょっとだけこっちの相談にも乗ってほしかったのになぁ。
手荷物もなにもない志波っちょは私の部屋のドアノブに手をかけて、でもくるっとこっちを振り返った。
「とりあえず、しばらくクリスとくっつくな」
「へ?」
「忠告だ。聞いとけ」
それだけ言って、志波っちょは私の見送りを断ってさっさと帰っていってしまった。
「佐伯くんと話しろったって……」
テーブルの上のお茶を片付けながら、私はため息ひとつ。
お前の一番は、オレだろ?
リフレインする佐伯くんの言葉と表情。
「……意味が違うよ……」
明日からどんな顔して会えばいいのやら。
私は自分の唇に触れた。
昨日ここに触れたのは、まぎれもなく親友だと思ってた王子様の、で。
「あーーーーー!!!」
片付けを放棄して、私はベッドにダイブ! そして枕を頭に押し付けてばたばたと足をばたつかせた。
そりゃね! 親友だと思ってた男の子、しかも学園の王子様なんて言われてる人にいきなり好意を向けられて!
こんな乙女の憧れシチュエーションに心ときめかないわけないけどさ!
いざそうなってみると、どうしていいんだかわかんないよ!
それに!
「ファーストキスがどくろクマって、ありえないぃぃぃ!!!」
佐伯くんも、なんであんなカッコのときにああいう行動にでちゃったかなぁ!?
ううう、振り返れば笑って話せるいいネタなのかもしれないけどさぁ……。
もう、普段カッコつけてるくせに、なんでああいうとこだけ猪突猛進なんだか!
……ん?
私はがばっと飛び起きる。
「いやいやいや! 振り返れば笑って話せるって、別に私、佐伯くんと付き合うわけじゃないし! って誰にいい訳してるんだろ自分!」
誰が見てるわけでもないのに、ビシッ! とツッコミポーズとっちゃうところは悲しいお笑いキャラの性。
「……佐伯くん、なんで私なんか好きになっちゃったんだろ……?」
あかりちゃんとは正反対なのに。
志波っちょはあんなこと言ったけど、それはやっぱり相手に対して好意を持ってるからこそ踏み出せた一歩であって。
私は。
「佐伯くんとは、友達でいたかったよ……」
でもそれはもう望めない。
きちんと私の結論を出さなきゃ。
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