もういくつ寝るとお正月! な師走月末。
 ミルハニー最終営業日は、お客さんもまばらだった。


 小話5.inミルハニー 〜氷上&小野田&赤城編〜


 お店のガラスドアの向こうは木枯らしびゅーびゅー。
 3時に最後のお客さんが帰ったあと、夕方5時を回っても他のお客さんは来なかった。

「まぁ毎年のことだけど、さすがに退屈だよね」
「そうねぇ。大晦日だものね。お節の準備や年越しの準備でみんな忙しいのね」

 カウンターの中でママがのんびりとカップを磨いていて、私はカウンターの椅子に座りながらぷらぷらと足を動かして。
 ちなみに手の開いてるパパは現在おせち料理の準備中。
 うちのシェフは家庭でも腕を振るうのです。

 あ〜それにしたってヒマだよ〜。
 こんなことなら手伝いに入らないで、素直にぱるぴんやくーちゃんでも誘って遊びに行くんだったなー。
 佐伯くんだって、珊瑚礁はもう営業終了してるだろうし。

 あーんつまんないつまんないっ!

 私はカウンターに突っ伏して足をじたばたと動かした。

 とそこに、来客を告げる入り口のベルが鳴る。

 うわわっ、やっば!

「いらっしゃいませっ!! ……あれ?」

 慌てて椅子から飛び降りてぺこんと頭を下げてみれば。

「相変わらずだな、は。客がいないからってその勤務態度はないんじゃないか?」
「赤城くんの言うとおりだ。くん、客商売とは常に気を張っていなくてはいけないものだろう?」
「その通りです! でもさすがにこれだけ閑散としてるとさんの気持ちもわかりますけど」
「あっれー……ユキとヒカミッチとチョビッちょ? えぇ? なになに、この組み合わせ?」

 ミルハニーの中に入ってきたのは私服姿のユキと、同じく私服姿のヒカミッチとチョビッちょ。
 んん? この3人の共通点って……。

「あ、そっか。もしかして生徒会活動帰り?」
「学校帰りの立ち寄りは校則で禁止されてるはずだが?」
「うぐっ……そ、そうでした」

 きらんと眼鏡を光らせて即答するヒカミッチ。

 でもそうすると……。
 うーん、と首を捻っている私の後ろから、ママが嬉しそうに口を挟んできた。

「みんな、予備校帰りね?」
「はい、そうなんです」
「うふふ、久しぶりね、赤城くん。いらっしゃいませ。ねぇねぇちゃん、そちらの二人はお友達? ママにも紹介してっ」

 あ、そっか。3人とも同じ予備校に通ってるのか。
 私はぽんと手を打って。

「大晦日までがんばるねぇ、みんな。ママ、こっちははね学で生徒会に所属してる氷上くんと小野田さん」
「初めまして、氷上格と申します」
「小野田千代美です。さんにはいつも仲良くしてもらっています」
「まぁ、ご丁寧にどうも。の母です。さ、ちゃん、ご案内して」

 礼儀作法のDVDでも見てるかのように、完璧な挨拶をこなすヒカミッチとチョビッちょ。
 早速ママは厨房に入ってお茶の準備に取り掛かる。

 私は3人を奥の角にそなえつけてあるソファ席に案内した。

「予備校帰りとはいえ、ヒカミッチが寄り道なんてちょっと意外な感じかも」
「そうかい? 僕だって四六時中ガチガチな思考で生きてるわけじゃないよ」

 そう言いながらソファに腰掛けるヒカミッチは、学校で見るよりも柔らかい表情をしてた。
 うわぁ、これまたなんか意外かも。

 私は3人分のコートを受け取ってお店の入り口のコートかけにかけてから、急いで戻りチョビッちょの隣の席に座る。

「そういえばあかりちゃんは? 同じ予備校じゃなかった?」
「海野は曜日が違うんだよ。彼女は昨日が予備校の日」
「そっか〜。残念でしたねぇ一雪さんっ」
「あのさ。そうやってからかうのやめろよ……」

 顔を赤らめてむすっとしてしまうユキ。ふふふ、かーわいーい。

「あのさん、メニューはいただけないんでしょうか?」
の友達は初めて来た場合、特別メニューが出されるんだよ。問答無用でね」
「問答無用って……もうっ、ウチの自慢の裏メニューだもんっ」

 ていっとユキにおしぼりを投げつけてやる。
 まぁ、ユキは簡単にぱしっと受け取っちゃうんだけどね。

 そんな私たちの様子に、ヒカミッチとチョビッちょが顔を見合わせた。

くん、僕こそ意外な気持ちだよ」
「へ、なにが?」
「赤城くんとさんがここまで仲良しだとは思いませんでした。今日は予備校で年末模試があったから甘いものでも食べて帰ろうって氷上くんと話してて、そうしたら赤城くんがミルハニーのことを教えてくれたんです」
「いやあのね? だからどうして私とユキが仲良しだと意外なの?」

 私が首を傾げて訪ねると、ヒカミッチとチョビッちょはもう一度顔を見合わせて。

「意志堅固な赤城くんと、お祭人間のくんがどうしても結びつかなくて」
「ぷっ」
「ああっ、ユキ笑うことないじゃない! っていうかヒカミッチもチョビッちょもひどいよっ!」

 ばんばんと大げさにテーブルを叩いて抗議すれば、3人揃って声を上げて笑い出した。
 むぅぅ、佐伯くんにしろユキにしろっ、頭のいい人って意地悪だよっ。

 と、そこへ。

「随分とにぎやかだね。お待ちどうさま」

 いつものシェフスタイルのパパが、紅茶とケーキを乗せたトレイを持ってやってきた。

「こんにちは、おじさん」
「やぁ赤城くん。今日も塾だったんだって? 甘いものを食べてしっかり休んでいくといい。それから、氷上くんと小野田さんだったね。の父です」
「あっ、初めまして!」

 ヒカミッチとチョビッちょは律儀に立ち上がってパパにぺこりと頭を下げる。

 パパが持ってきたトレイに乗ってたのはいつものいちご紅茶と、ガトーショコラ。
 でもガトーショコラにはホイップされたクリームやストロベリーマカロンが添えてあっていつもよりも豪華。

「今日は手が空いていたからね。特別バージョンだよ」
「ほんとうだ。さ、みんな食べて食べて!」
「おいしそうです! いただきます!」

 ボリューム満点のケーキにチョビッちょの目が輝いてる。
 ふふ、ヒカミッチも少し驚いてるみたい。

 3人にお茶とケーキを配って、4人のちょっと遅めのティータイムが始まった。

「あ、すごく甘くていい香りがします!」
「でっしょー! 当店自慢のいちご紅茶でございますよ! 裏メニューだけど、注文してくれればいつでも出すからね」
「いちごのお茶か……。ここまで芳醇に香るフレーバーティは初めて出会ったよ」
「ここの紅茶はすごく香りがよくて、味もいいんだ。予備校帰りに飲むと頭がすっきりするだろ?」
「ああ。これはいい店を教えてもらったよ赤城くん」
「ヒカミッチとチョビッちょならいつでもお友達価格で提供するから、どんどん寄ってってね!」

「それはそうと、今年もあと6時間とちょっとで終わりだよ〜。早いよねぇ」
はのんきだな……。今年が終わりなんてこと気にしてる場合じゃないだろ? 期末テストの順位どうにかしないと一流大受けられないぞ」
「うぐ。これからがんばるもん。……チョップやだし」
「チョップ?」
「でもさんはすごいです。予備校に行かずに独学で、しかもお店の手伝いもしながらあれだけの成績をキープしてたんですから。期末までは」
「ちょ、チョビッちょ、最後余計だから」
「小野田くんの言うとおりだ。しかしくんはどうも流される傾向になるみたいだな。どうだい? 僕たちと一緒に冬期講習を受けてみるっていうのは」
「う、うーん……。私他のお店でバイトもしてるから遠慮しとくよ」
「バイト先の彼、成績いいんだろ? 海野から聞いたけど。教えてもらえばいいじゃないか」
「………………多分今まで見たことないくらいの鬼教師だと思うからそれも辞めとく……」

は明日初詣に行くのか?」
「もっちろん! ユキも行くんでしょ? あかりちゃんと」
「それが……」
「……もしかしてユキ、まだあかりちゃんの連絡先聞いてないとか」
「実は」
「もー! なんだってこう肝心なとこオクテかなぁユキは! しょうがないなぁ……今回もちゃんが力貸してあげるよ」
、サンキュ! 誕生日プレゼント、弾むから!」
「……あの、さっきから聞いてると赤城くんって海野さんともお知り合いなんですか?」
「そうなんだよ〜。聞いてよチョビッちょ。ユキってばあかりちゃんにメロメロでさ」
「だ、誰がだよ!」
「そうだったのか。しかし赤城くん、海野くんは手ごわいぞ。我が校に言い伝えられるカメリヤ倶楽部という秘密結社の一員とも噂されるくらいの人だから」
「……カメリヤ倶楽部? 秘密結社?」
「ひ、ヒカミッチ、カメリヤ倶楽部のことなにか知ってるの!?」
「生徒会の先輩から聞いたことがある。なんでも、亡霊のように長いことはね学に居座る女性にスカウトされるそうじゃないか?」
「(姫子先輩って一体……)」

「3学期はあっという間、来年は私たちも3年生ですね」
「ああ。最終学年だ。気を引き締めないといけないな」
「進路を決める大事な1年だからな。……といっても、は別のこと考えてるだろ」
「もうユキ一言多い! でもその通りデス。最終学年だからこそ、行事ものはしっかり押さえていかなきゃね!」
「勉強がおろそかになるのは論外だが、くんのように学校行事に一生懸命になってくれる人を見てると生徒会としても気合が入るよ」
「でしょ? 3年目の花形1番目は体育祭だもんね。今年こそは準備万端に2人3脚に参加するんだ!」
「……なんか随分志低くないか?」
「いーのっ。去年とおととしのリベンジなんだから」
「はね学の体育祭は楽しそうでいいよな。3年目に氷室先生のクラスになったら、それこそ楽しい体育祭がテストより怖い体育祭になるからな……」
「なんてことを言うんだ赤城くん! 零一兄さんは常に生徒の実力を出し切らせるためにあえて厳しく接しているというのに!」
「(えええ、ユキが言ってたあの怖い数学の先生ってヒカミッチの親戚??)」
「(なんか、今すごく納得した……)」


 などと話しこんでいたら、壁掛け時計がぽーんと1回鳴った。
 見上げてみれば時刻は6時。
 ミルハニー今年の営業終了の時間だ。

「とてもおいしかったよ、くん。本当にお代はいいのかい?」
「うん。ぱるぴんもハリーも志波っちょも、みーんな初回はタダにしてるから。また来てね!」
「勿論です! ケーキもお茶も塾帰りにぴったりでした」

 3人にコートを手渡して、私は入り口でお見送り。
 ちょっとだけ風が吹いてる外はかなり寒そう。

 みんなコートの襟をたてたりマフラーをしっかりと巻きつけて防寒して。

くん、それじゃ。よいお年を」
「さようなら、さん。来年もよろしくお願いしますね」
「うん。ヒカミッチもチョビッちょも、よいお年を!」

 ちりんちりんと風がドアベルを鳴らして、ヒカミッチとチョビッちょがミルハニーを出て行く。
 ユキはその二人を見送ってから、ミルハニーを出た。

「明日10時に神宮前の喫茶店ってあかりちゃんに送っておけばいい?」
「ああ。サンキュ、。なんだかに頼りっぱなしだな」
「なんのなんの。それよりもユキっ、明日はちゃーんと連絡先聞くんだよ! あかりちゃん、はね学ですごい人気なんだから。うかうかしてると誰かのモノになっちゃうよ?」
「そっか……うん、考えるよ」

 ユキは難しい顔をしながらぶつぶつと呟くように考え込んで。

 でもすぐに顔を上げて私に手を振った。

「それじゃ、またな。来年もよろしく!」
「うんっ。気をつけて帰ってね。よいお年を!」

 白い息を吐きながら、何度も振り返って手を振ってくれるユキ。
 私もしばらく手を振り続けて、でも寒さに耐えられなくなって急いでミルハニーの中に飛び込んだ。

 ドアの内側に、CLOSEDのプレートをかけて鍵を閉めて。

 ミルハニー本年の営業、終了です!

「お疲れ様、。店内の清掃はいいから、部屋の掃除終わらせておいで」
「はーい」

 私たちが使った食器をカウンター内で洗っていたパパに許可を貰ったので、私はエプロンを外してすぐに2階の自室に上がって行った。
 大晦日まで営業してるミルハニーの大掃除は年末1週間かけて徐々に済ませていったんだよね。
 だから今日は実質床掃除とテーブル拭きくらいしかない。
 それよりも私は自分の部屋掃除をしなきゃ。

 部屋のドアを開けて、ぐるりと見回して。
 一応窓拭きや電気のカサの清掃なんかは終わらせておいたから、あとは整理整頓と掃除機かけるくらいなんだけど……。

 とりあえず机の上の整理からはじめようかな?

 私は椅子を引いて机の前に座る。
 ……そうだ、ずっとほったらかしにしてた携帯チェックしなきゃ。

 私は赤い携帯を開ける。

『メール1件』

 およ、誰からだろ。

「……あれ、佐伯くんだ」

『To:
 Sub:おつかれ
 本文:ミルハニーの営業今日までだったよな。お疲れ。
    今日は曇ってるし風も強いからいい波来てる。
    サーフィンといきたいところだけど、さすがに寒いから却下』

 わぁ。

 私は思わず笑みをこぼしてしまう。

 佐伯くんに労いメール貰っちゃった。嬉しいなぁ。
 波が強いのが見えるってことは珊瑚礁の部屋にいるのかな? ……ってことは、実家に帰ってないんだ、佐伯くん……。
 一人で寂しくないのかなぁ……。

 私は首を傾げながら返信を打つ。

『To:佐伯くん
 Sub:ありがとう!
 本文:さっき最後のお客さんが帰ったとこだよ。佐伯くん一人なの?
    よかったらウチに来ない? パパもママも、佐伯くんなら歓迎してくれるよ』

 送信、と。

 ……って送ってから気がついた。
 マスターが近所に住んでるんだもん、一人ってことないよね。
 あちゃ、余計なことしちゃったかな。

 私は携帯を机に置いて、棚の参考書をひっぱりだした。
 とりあえず、ごちゃごちゃにつっこんであるの、ジャンル分けしなきゃね。

 参考書を取り出しながらも、ぼんやりと考える。

 佐伯くんって、家族と仲悪いのかな。
 前にも聞いたけど、エリート志向で厳しいらしいって話だけど……。
 私のパパとママを見てたら、それだけ溝が深くなる親子関係なんて想像できないけど。
 でも、お正月も実家に戻らないなんて。

 すると。

 ちゃんちゃんちゃんちゃちゃんちゃーんちゃちゃーん

 着信を知らせる音楽が部屋に響き渡る。

『着信:佐伯くん』

 あれ?
 私は急いで携帯に出た。

「もしもし?」
『もしもし? ……あ、オレ』
「うん。どうしたの?」
『ああ。メール見た』

 あ、そっか。
 私がお店の手伝いしてるんじゃないから、電話したほうが早いよね。

『今日はこれからじいちゃんところ行くんだ。だから、そっちには行けない』
「うん。私もメール送ってから気づいた。気にしないで!」
『そっか。でも、その……ありがとな? 気持ちだけ貰っとく』

 携帯から聞こえる佐伯くんの声は、気のせいか少し弾んでるカンジ。
 何かいいことあったのかな。

「今日何してたの? たまの休日だから寝てた?」
『まぁそんなカンジ。昼間本当はミルハニーに行ってみようかとも思ったんだけど、やめた』
「えぇ〜来ればよかったのに! 今日がらがらだったんだよ?」
『そうなのか? なんだ、行けばよかったな。最終営業日っていうから、常連客が押しかけてるかと思って』
「気を遣ってくれたんだ。感激ィ!」
『だからお前……その80年代のノリなんとかなんないのかよ……』

 あはは、と佐伯くんの笑い声が聞こえる。

『なぁ、明日何か予定あるのか?』
「明日? 元旦だよね。初詣行くくらいかな」

 私は机を離れて、ベッドにごろんと寝転がった。
 ところが携帯の向こうは一瞬の沈黙。

『……そっか。先約があるか……』
「え? ううん、誰と行くって約束はないんだ。だから明日誰か誘おうと思ってて」

 再び沈黙。
 ……ははぁ。さては佐伯くん。

「ねぇ佐伯くん、よかったら明日一緒に初詣行かない?」
『そのつもり。店も閉めてるし、オレもそう言おうと思ってた』

 やっぱり!

 私は佐伯くんにばれないように、声を殺して笑う。
 なんか嬉しいなぁ。はね学プリンスの一番の親友? うぬぼれてもいいですか? ってカンジ!

『明日迎えに行くよ。昼前でいいか?』
「うん! 楽しみにしてるね」
『オレも。……それじゃ、そろそろ出かけなきゃいけないから。切るぞ』
「はーい。佐伯くん、よいお年を!」
もな。よいお年を』

 ぷつっと携帯が切れる。

 よぉぉーっし、新年早々、佐伯くんと初詣デート確保ー!
 やったね! きっと来年こそはいい年になるよね!

 私は携帯を握り締めたままベッドでぴょんぴょんと飛び跳ねた。

ーっ、何騒いでるんだ? 掃除終わったのかいー?」
「もうちょっとー!」

 階下から聞こえてきたパパの声に大声で返事して、私はぴょんっとベッドから飛び降りた。

 今年は年明けからいろんなことがあって泣いたこともあったけど。
 そのステップを踏んだおかげで、佐伯くんっていう親友もできたし。
 来年はいい年にしたいな。

 私は再び机に腰かけて、日記帳を取り出した。
 今年最後の日記を少し早めに書き上げる。

 来年こそは。

 私は早くも明日に思いを馳せながら、日記帳を閉じた。

 こうして私の2007年は過ぎていったのでした……。

Back