文化祭も近づいた10月も終わり頃。
 季節は万聖節イヴ、つまるところハロウィン!!
 文化祭準備も押し迫ってるけど、ミルハニーだって忙しいのだ。


 小話2.inミルハニー 〜志波&ハリー編〜


「いらっしゃいませー! トリック、オア、トリート!!」
「……」
「……」
「あ、志波っちょとハリーじゃない。いらっしゃいませっ」

 文化祭準備期間に突入したため、放課後は珊瑚礁バイトの日以外は居残りしてデコレーションを作ったりしてたけど。
 今週いっぱいはミルハニーのお手伝いを優先だ。

 からんころんと入店してきたお客さんを出迎えてみれば、戸口に立ち尽くしてる制服姿の志波っちょとハリー。
 はね学ニガコクでこぼコンビ。

「……どーしたの、二人揃ってぽかんとしちゃって。お菓子くれないとイタズラしちゃうよ?」
「なんで客が店員に菓子をやるんだ」
「つかっ! お、お前、なんだその格好は!?」
「へへー、可愛いでしょ! 今週のミルハニーはハロウィンウィークでコスプレ接客中です!」

 二人の前でくるんと1回転すれば、私のマントがふわりと広がる。
 オレンジ色のチューブトップ型のミニワンピ。くるぶし丈の黒いマント。とんがり帽子。オーバーニーブーツ。
 ママと一緒にあれやこれやと商店街を歩き回って選んだ、かなり可愛い衣装なのだ。

「今日のちゃんは魔女なのです! たくさん注文しないと魔法でいたずらしちゃうぞっ」
「「……」」
「あのー、お願いだからドン引きしないで……2名様ご案内しまーす」

 本気で帰りそうになった二人を引き止めて、背中を押して店の奥へ。
 お店の一番奥の白いソファ席に二人を座らせて、私はその対面に座った。

「志波っちょはよく来てくれるけど、ハリーは初めてだよね。どうしたの、男二人連れで喫茶店なんて」
「それよりお前、なんで座ってんだよ。店番どうした店番っ」
「友達が来てる時はおもてなし係なんだもん。どう? コスプレ美少女のホステスは?」
「誰がなんだって?」
「志波っちょ、こんなときだけ突っ込み早いんだから……」

 しかも真顔でって、マジへこみしそうなんですけど……。

 そこへ、お冷をトレイにのせたママがやってきた。
 ママだってちゃんとコスプレしてるんだよ。清楚なシスターの格好をして、にっこり微笑みながら志波っちょとハリーにグラスを渡す。

「いらっしゃいませ、ようこそミルハニーへ。あら、志波くん久しぶりね」
「ども」
「それから、あなたは初めましてよね?」
「は?」

 すでに顔見知りの志波っちょに挨拶してから、ママはハリーの顔を覗き込む。
 ハリーはぎょっとしてソファの背にのけぞるようにもたれるけど。

 ……いつものママの発作は遠慮なく始まった。

「いやーん、ちゃんたら、また可愛い男の子連れてきちゃってっ! ねぇねぇ、ママに紹介してっ!」
「可愛い!?」
「あ、ごめんねハリー。もうママってば。高校生にもなって男子に可愛いはないでしょ!」
「ハリーくん? ハリーくんって言うの? あだ名? それとも」
「ママっ! あとで相手してあげるからメニュー置いてカウンターに戻って! お客さん来てるでしょっ!」

 目をきらきらと輝かせてハリーに詰め寄るママ。
 そんなママを、私は両手でカウンターへと押し戻す。

「あ、ずるいちゃん。可愛い男の子ふたりも独り占めする気ねっ」
「ママ……いいから注文決まるまでこっちこないで……」

 女友達ならいざ知らず、男の子相手にママのテンションはさすがに扱いづらい。
 ため息つきながら二人のもとに戻ると、志波っちょは黙々とメニューを覗き込んでるものの、ハリーは唖然としてこっちを見ていた。

「ごめんねハリー。驚いたでしょ。あれ、私のママ。カッコいい子見るとすぐああなるんだから……」
「あ、ああ……のテンションの高さは母親ゆずりかよ。つか、志波、お前なんでそんな冷静なんだよ?」
「もう慣れた」
「……お前案外順応性高いよな……」

 目をぱちくりさせながらハリーがソファに座りなおす。
 志波っちょはぱたんとメニューを閉じてテーブルにぽんとおいた。
 私は再び二人の前に座って、テーベルに両肘をつく。

「ところで本当にどうしたの、二人連れ立って。こんな風に二人でよく喫茶店入ったりするの?」
「なわけねぇだろ。今日志波と話してて、ここにいいものがあるって言うから来たんだっつーの」
「いいもの?」

 おう、と言いながらハリーはメニューを覗き込んだ。
 なんだろ、話が見えないんだけど。

「志波、どれだよ?」
「確か……」

 メニューを志波っちょの方に寄せて、二人で額を寄せ合って覗き込んでる。
 なんていうかこう……。
 二人が仲いいのは知ってるけど、絵面的に妙にしっくりきてておもしろい。


「ん?」

 志波っちょが顔を上げて私を呼ぶ。

「前にお前が言ってた、風邪に効くっていう紅茶どれだ?」
「風邪に効く紅茶?」
「特に喉な!」

 あ、なるほど。ようやく話が見えてきた。

「ハリー、風邪で喉やられちゃったの?」
「あー、まだそこまでいってねぇんだけど、ちょっと違和感あるっつーか。ライブ前に完治させときたくて」
「そっかそっか、そういうことね。えっとね」

 言ってたもんね、ハリー。文化祭でライブするって。
 そういえば前に志波っちょが来た時にちょこっと話したことあったっけ。
 秋冬限定の温まる紅茶シリーズ。

 私は席を立ってハリーの横に座り、メニューを覗き込んだ。

「あのね、ここの季節メニューのドリンク欄だよ。ジンジャーティとか、はちみつミルクティとか」
「なんか効能あんのか?」
「効能ってほどじゃないけど。ジンジャーってしょうがのことだから体があったまるよ。紅茶って普通はちみつ入れちゃうと濁っちゃうんだけど、うちのは紅茶用に調整されたヤツだから見た目綺麗だよ。はちみつも体にいいし」
「へぇ。他にはないのか?」
「うーんと」
 
 メニューの右端に指を移動して定番メニューの欄を示す。

「このへん。ハーブティになるけど、ビタミンCが豊富なローズヒップティとかハイビスカスティとか……あ、よかったらママにオリジナルでブレンドしてもらおうか?」
「マジで!? よし、それ頼む!」
「了解っ! 志波っちょはどうする?」
「いつもの。それから季節限定パンプキンタルト」
「おっけーい♪ ママ、注文」
「それからハロウィンロール」
「わかった、それもね?」
「それからかぼちゃモンブラン」
「……おい志波。いくつ食う気だ!?」
「季節モノは食えるときに食わないとなくなる」
「志波っちょの甘いものにかける情熱って半端ないよね……」

 というわけで。
 ハリーはママオリジナルの喉にいいハーブティブレンドと今月のシュークリーム。
 志波っちょはいつものアールグレイストレートと季節限定スイーツ3点。
 手早くパパとママが用意してくれて、ずらりとテーブルに並んだ様子はかなり壮観。
 ちなみに私はハリーからカップ1杯分ハーブティをおすそわけしてもらった。

「……あ、うまいなこれ! てっきり苦いもんだと思ってた」
「でっしょー。これがママの腕ですよハリーさん」
「こんなうまくて喉にもいいのか! 、レシピ教えてもらうことってできねぇの?」
「大丈夫だよ。お店メニューに載ってるヤツじゃないし。あとでママに書き出してもらうね」
「サンキュー! でかした!」
「……」
「志波っちょ、黙々と食べてないで会話に参加しようよ……」

 すっかりご機嫌のハリーとは対象的に、志波っちょは表情ひとつ変えずにぱくぱくとケーキを頬張ってる。
 秋の果実を巻き込んだハロウィンロールをフォークで刺して、ぱくぱくぱくと……たった3口!!
 志波っちょの食べっぷりに見惚れてたら、ものの5分もかからずに完食。

 お見事!

「どうだった? 志波っちょ。うちの季節限定メニューは」
「ああ。アナスタシアよりいい。……と思う」
「わお、リップサービスでもありがとう!」

 ぽんと手を打って喜んでみせたら、志波っちょは口の端を小さく上げてにやりと笑った。

 ハリーもシュークリームを食べ終えて、3人とも温かい飲み物だけになったころ。
 私たちはおしゃべりタイムに突入した。


「もうすぐ文化祭だけど、志波っちょとハリーのクラスは何やるの?」
「オレんとこはスタンプラリーらしいぞ。学校中にチェックポイント作って、全部集めたヤツにはね学饅頭プレゼントって」
「ハリーはライブもやるって言ってたよね?」
「おう! 客連れて聞きに来いよ!」
「期待してる! 志波っちょのとこは?」
「確か……模擬店。喫茶店、か?」
「あ、ウチのライバル店だね! 1−Bも喫茶店だよ。メイド喫茶ヤングプリンス!」
「メイドっ!? よく生徒会説得したな?」
「私と若王子先生で交渉がんばったもん! 1−Bは美少女揃いだから二人とも楽しみにしててよね」
「……お前も含まれてるのか? それは」
「志波っちょ、そういう突っ込みイラナイ」
「クッ」


「あ、そうだ。二人に聞こうと思ってたんだ」
「なんだ? コレの礼もあるし、今ならなんでも聞いてやる!」
「ほんと!? じゃあさ、自己紹介シートのこと教えてよ。二人とも、好きな異性のタイプはなんて答えたの?」
「「はぁ?」」
「覚えてるでしょ? あんな強烈な質問」
「な、なんでそんなの教えなきゃならねぇんだよ!」
「ハリー今さっきなんでも聞いてやるって言った」
「うっ……き、汚ぇぞ!」
「素直で純粋な人」
「……」
「……」
「なんだ?」
「いやあの、志波っちょがそんなすぐ教えてくれるとは思ってなかったから……」
「あがいたところで聞き出すだろうが、お前は」
「うん、まぁそうなんだけど」
「針谷。抵抗しても無駄だ。……だぞ」
「わかってっけどよ……」
「ちょっと待って志波っちょ。だぞ、って。私のことどういう認識してるのっ」
「聞きたいか?」
「うっ……え、遠慮します……。そ、それよりハリーの答えっ!」
「だぁぁ! 志波っ、の気ィそらすならもっとちゃんとそらせよな!」
「知るか」
「往生際悪いぞハリー!」
「……素直で……ノリがいい……」
「え?」
「う、うるせぇっ! 2度も言うかっ!!」


「うーん」
「なに唸ってんだよ?」
「志波っちょにお似合いの素直で純粋な人と、ハリーにお似合いの素直でノリがいい子の心当たりを探してるの」
「ばっ、お前、んなこと考えなくていーっつーの! さっさと話題変えろ!」
「素直でノリがいいっていったらやっぱりぱるぴんあたりかなぁ?」
「だな」
「志波も話に乗るな!!」
「素直で純粋なのは、あかりちゃんとか」
「……海野は素直で純粋というより素直で天然、だろ?」
「志波っちょ、今日は毒舌だね……。じゃあ水樹ちゃんとか」
「ああ、セイなら当てはまるんじゃねぇ? なんつーか、都会に住んでるのに邪気がねぇっつーか」
「うんうん、そんな感じ!」
「……?」
「ほら志波っちょ、若王子先生へのメッセージ書いたときに紹介したじゃない」
「ああ……あの小さくて細いヤツか。最近森林公園で毎日会うな」
「えぇっ!? 志波っちょ、水樹ちゃんと毎日密会!?」
「ふざけるな。……ダイエット、とか言ってた」
「はあ? セイのヤツ、あれ以上痩せてどうすんだよ? つかお前、一緒に走りでもしてんのか?」
「一緒には走ってない。けど、アイツも走ってる」
「水樹ちゃん文化祭で手芸部のファッションショーに出るって言ってたからそれでかな? てゆーか志波っちょ。いつも会ってるなら名前くらい覚えてあげなよー」
「……ああ。だな」


「文化祭かぁ。もうすぐだね!」
「おう! オレも気合入れて調整しねぇとな」
「志波っちょは文化祭でクラス模擬店以外になにかやるの?」
「別に……あ」
「なになに?」
「模擬店の食い物、全制覇するのが目標」
「お腹こわすよ絶対……」
はなんかやんのか?」
「私? 私は喫茶ヤングプリンスの校内売り上げ1位を目指してガンバリマス。出品メニューはミルハニーが全面協力してくれるから!」
「特別メニュー出すのか?」
「もっちろん! 毎日パパと一緒に文化祭限定特別ケーキの研究してるんだから。絶対食べに来てよね!」
「ああ」
「確かにミルハニーのケーキはうまかったしな。よし、オレ様も食いに行ってやる!」
「ありがと!」


 そんなこんな話し込んでいるうちに日が暮れて。
 秋の日暮れはあっという間だ。

「はい、ハリーくん。今日のハーブティのレシピよ。あとこれ、3回分のブレンドしてあるから、よかったら使ってみてね」
「いいんスか!? あざっす!」
「志波くん、はね学の文化祭明けには冬のメニューに切り替わるから、また食べにおいで」
「はい」

 うまい口実を見つけてハリーと楽しそうに話してるママに、志波っちょとすっかり仲良くなった神父姿のパパ。
 ハリー来店記念ということでお代はいつもどおり次回から、ということを話したらハリーはすっかりご機嫌になって、

「喜べ。このオレ様がビッグになった暁には、インタビューでミルハニーを絶賛してやる!」
「あはは、期待してる、ハリー」
「じゃあな」
「うん、志波っちょも。二人とも、気をつけてね! ありがとうございましたー!」

 すっかり暗くなってしまった道をはばたき駅へと歩いてく志波っちょとハリー。
 私はお店の外に出て、ふたりの姿が見えなくなるまで見送った。

 さて、お店の繁忙期はあとちょっと。もうひとがんばりしますか!

 秋の夜風にさらされて冷えた両腕をさすりながら、私はミルハニーの中へと戻った。

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