珊瑚礁バイトがない日はミルハニーでお手伝い。
テストも終わった学生たちが、今日はたくさんやって来てた。
小話1.inミルハニー 〜はるひ編〜
パパとママとバイトさん1名で普段はまわしてるミルハニー。
私が手伝っているのはほとんど接客で、料理に関してはあまり手伝わせてもらえない。
パパの口癖なんだけど、
「このお店はパパとママの夢だから、いくらでもおいそれと料理に手出しはさせないよ」
って。
でも私もまだまだ修行中だし、お料理や紅茶に関してはお店と関係ないところで普段教えてもらってるから別段不満はない。
さぁ、今日も元気に接客だ!
「オーダー入りまーす。ミルフィーユ、ガトーショコラ、ダージリンホットとアールグレイミルクアイスでーす」
「おっけーい♪」
カウンターの中のパパの背中に向かっていつものようにオーダーを読み上げる。
店内は8割がた埋まってて、夕方のミルハニーはこれからがかきいれどき。
よーし、気合入れるぞっ。
そしてまた、ミルハニーのドアが開く。
「いらっしゃいませ! ……あれ?」
「やっほー、っ。食べに来たでっ!」
「ぱるぴんっ! いらっしゃい!」
入り口でぴょん、と右手を上げてやってきたのは、ぱるぴんこと西本はるひ。
はね学の友達だ。
私とぱるぴんはきゃー♪と言い合いながらぎゅっと抱き合った。
「アンタが自慢しとった『パパ』のケーキと『ママ』の紅茶、確かめに来たで。アタシはスイーツには厳しいからな!」
「ぜーったい満足させてあげるよっ。お一人様、ご案内しまーす」
「「「おっけーい♪」」」
「……妙な返事で統一しとるな、この店」
「うん……私もアレはどうかと思ってるんだけど」
私はぱるぴんの鞄を持って、窓際の2人掛け用カフェテーブルへ案内した。
そこへすかさずお冷を持ってきたのはママだ。
「いらっしゃいませ。ちゃん、お友達?」
「うん。クラスは違うんだけど、あかりちゃん経由で友達になったんだよね」
「初めまして。西本はるひです」
「まぁご丁寧にどうも。の母です。ゆっくりしていってね。ちゃん、お店はいいからはるひちゃんを退屈させちゃだめよ?」
「うん、ママ」
ママからお冷とメニューを受け取って、ぱるぴんに渡す。
ぱるぴんはメニューを開きながらも、ママの後姿をメニュー越しに追っていた。
「のお母さん、綺麗な人やなー! しかもすっごく優しそうやし、うらやましいわ!」
「そう? あれは天然って言うんだよ」
「あの白シェフ姿がお父さんなん?」
「そう」
「ヒゲダンディやな!」
さすがぱるぴん。そんな表現する人、初めてだよ。
ぱるぴんとは入学式翌日に、あかりちゃんに誘われた屋上お昼の会で知り合った。
流行りモノ大好きで、話しててとっても楽しくて、すぐに意気投合!
アナスタシアでバイトしてるってのも話のネタになったんだよね。
「えっ、ってあのミルハニーの娘なん?」
「あれ、ぱるぴんうちの店知ってるの?」
「何回か通りかかって、そのたびに寄ろうかどうしようか迷っとったんよー。割とお客さん、大人が多いやろ?」
「うーん……確かにそうだけど、平日夕方は学生も割りと来るよ? 一人でも大丈夫な雰囲気だし、一度来てみてよ!」
……って話したのが5月の頭。
それから2ヶ月の間があいたものの、ぱるぴんは約束どおり来てくれた。
現在は目を皿にして、メニューを隅々確認中。
「……ふむふむ、ケーキメニューは種類はそこそこやけどスタンダードから季節モノまできっちり抑えとるな」
「その辺は抜かりないよ。ぱるぴんは何のケーキが好き?」
「いつもならチーズケーキなんやけど。ここのオススメってなんなん?」
「うちのオススメはなんといっても基本の苺ショート。これはどこのケーキ屋さんで買ったのよりもおいしいよ!」
「お、自信たっぷりやん! じゃあそれにしよ。えーと、飲み物のオススメもあるん?」
「うん。それはママに任せといて」
私は席を立ってカウンターへ。
ちょうどいちご紅茶を入れていたママにオーダーを伝えて、すぐにぱるぴんの待つ席にトンボ帰り。
「ぱるぴん、今日はバイト休み?」
「うん、休みや。テストも終わったことやし、夏休みの計画バリバリ立てんとな!」
「そうだよね! 海開きも花火大会も遊園地のナイトパレードも、全部行かなきゃね!」
「ええノリしとるやん、! ……ははぁ、さては一緒に行ってくれる優しいカレシでもおるんちゃうの?」
「カレシじゃないんだな〜残念だけどっ」
ほんと、残念だけど。
でもユキと約束した花火大会は今から楽しみ。
「そういうぱるぴんはどうなの? 夏休みはカレシとらぶらぶ?」
「な、何言うとんの!? あ、アタシがカレシて、そんなん柄やないわ!」
「……ぱるぴん、真っ赤っ赤」
「が変なこと言うからや!」
手団扇で扇ぎながら、ぱるぴんはあははと笑う。
ふぅ〜ん、でもこの反応は怪しいぞ〜?
「カレシじゃなくても、好きな人がいるんだなー? ぱるぴんっ、白状しろっ」
「そ、そんなんおらんて!」
「またまたぁ、可愛いぞっ」
「いや〜ん、恋のお話? ママも混ぜてっ」
耳まで赤くなっちゃったぱるぴんをさらにつついてたら、案の定ママが瞳を輝かせてやって来た。
トレイには私とぱるぴんのいちご紅茶と苺ショート。
ママってば、接客中だってのに。隣から椅子持ってきて座り込んじゃったよ。
「ママ〜、お店の最中でしょー?」
「今は常連さんばっかりで、パパも話し込んじゃってるし。他のお客さんが来るまでよ。それよりそれよりっ、はるひちゃんのカレシってだぁれ?」
「は!?」
「あ……ごめん、ぱるぴん。ママってばミーハーでさ、入学式の集合写真見せて、めぼしい男の子はもうチェック済みなんだよね……」
紅茶とケーキを受け取っても、ママのテンションの高さにあのぱるぴんでさえもぽかんだ。
「のミーハーは親ゆずりかいな」
「あ、私ママほどじゃないよっ」
「あらぁ、そんなことないでしょ? 一緒に写真見てきゃあきゃあしたじゃない。ほら、佐伯くんとか〜若王子先生とか〜」
「ほんまに押さえるとこ押さえとるな、この店」
「ぱるぴん、それ意味違う」
関西人に突っ込みいれたの初めてかも。
その後はなぜかママもそのまま一緒に楽しくお茶会を繰り広げた。
ぱるぴんはパパの苺ショートもママのいちご紅茶もいたく感動してくれて『はるひランキング』の一位に据えるとまで言ってくれた。
あとは学校のイケメン名簿のこととか、友達のこととか。
途中お客さんが来てママがカウンターに戻ったあとも、私とぱるぴんで長いこと話し込んでた。
「そういえば来週ははね学プリンスの誕生日やな?」
「え、佐伯くんの誕生日なの? いついつ?」
「知らんの? 来週の19日。きっと校内大騒ぎやで〜。まーたリツカの機嫌悪くなるんちゃうやろか」
「そういえばリっちゃん、屋上で騒いでた若王子先生と親衛隊に啖呵切ってたことあったよね……昼寝できない、うるさいって」
「……アンタ、リツカのことリっちゃんなんて呼んどんの?」
「え? うん。大崎リツカだからリっちゃん。ああ見えてリッちゃんて、どんな呼び方しても怒らないよ」
「そういやって志波くんのことも変な呼び方しとったな?」
「うーん、変かな、志波っちょって」
「変てゆーか、勇気あるゆーか」
「ええ? 志波っちょってぱっと見怖いけど優しいよ? 何度も『っちょ』はヤメロって言ってくるけど、怒りはしないし」
「つか、アンタ友達のことみーんなあだ名で呼んどるん?」
「だいたいそうかも。水樹ちゃんとあかりちゃん以外は。えーと、クリスくんがくーちゃんでしょ、氷上くんがヒカミッチでしょ。密っち、竜子姐、チョビっちょ、ハリー……ぱるぴん」
「……ある意味尊敬するわ。氷上と千代美まで……」
「アンタ、佐伯くんとは仲いいん?」
「え!? えと、普通程度には……」
「佐伯くんはあだ名で呼ばんの?」
「いやぁ、そこは無理だよー。親衛隊に吊るされちゃう……」
「せやなー。あかりくらいやな、佐伯くんのこと平気で名前呼びしとるんは」
「え、あかりちゃんって佐伯くんのこと名前で呼んでるんだ?」
「知らんかった? 佐伯くんもあかりのこと名前で呼んでるんやで」
「へぇぇぇぇぇ!! 知らなかった! それはいいネタが出来た!」
「ネタ?」
「あ、こっちのことこっちのこと」
「あれ、もうこんな時間だ」
「ほんま。話し込んでるとさすがに早いな〜。、おいしかったで! 絶対絶対、また来るからな!」
気づけば時計は6時近く。
夏突入で日が長いものだから、ついつい話し込んじゃった。
ぱるぴんは席を立って入り口横のレジへ。
すると、パパがにこにことやってきた。
「どうでしたか、ミルハニーのケーキと紅茶、お口にあいましたか?」
「めっちゃおいしかったです! また来ます!」
ぱるぴんが満面の笑顔でいうと、パパは満足そうに頷いた。
「それはよかった。それじゃあ、今日はの友達来店記念ってことで、お代は次回貰おうかな」
「えっ、そ、そんなんあきまへん! ちゃんと払います!」
「いいのいいの。ぱるぴん、私の友達はみんな来店1回目はタダなんだよ。その代わり、学校でミルハニー宣伝してね」
「ほんまにええの? うわぁ、スイマセン、ありがとうございますっ」
ぺこんっと頭を下げるぱるぴんに、パパが愛想良く両手を振って。
「またのご来店、お待ちしてますよ」
「はいっ」
「パパ、駅までぱるぴん送ってくるね」
そして私とぱるぴんは一緒にミルハニーを出る。
遠くの空はもう茜色から藍色に変化し始めてる。
通りも帰宅ラッシュが始まりつつあるのか、スーツ姿のサラリーマンが目立った。
「、そしたらまた明日な!」
「うん、また明日ね、ぱるぴん!」
駅の改札手前でぱるぴんを見送る。
ぱるぴんは階段を上る手前でもう一度振り返って、大きく手を振ってくれた。
あー、楽しかったな、ぱるぴんとのおしゃべり。
情報通だから、話題がつきないんだもんね、ぱるぴん。
さて。
帰って晩御飯の支度しなきゃ。
お店をやってるパパとママの代わりに、バイトが無い日は私が晩御飯当番だ。
私はくるりと方向転換してミルハニーへ。
行こうとしたら、目の前に。
「……」
「そんな大口開けてると、蚊が飛び込みそうだな」
「ユキ!」
ユキがいた。
はば学の夏服を着たユキ。
うわ、びっくりした!
「偶然! あれ、今学校帰り?」
「うん。今日は生徒会の仕事で遅くなったんだ。はどうしたんだ? それ、ミルハニーのエプロンだろ?」
「あ」
ユキに指摘されて初めて気がついた。
そういえば、ぱるぴんが来る前に着けてたエプロン、外すの忘れてた。
「友達がミルハニーに来てくれたの。で、今駅まで見送ってきたとこだよ」
「ふぅん? 相変わらずモテモテなんだな、」
「お、女の子だよ!?」
ユキがさらっとすごいこと言うものだから、私は思わず大声を出してしまった。
何事かと振り返る通行人の群れ。
うわ、恥ずかしい……。
「公道で大声出すなよ……」
「ご、ごめん。だって、ユキが変なこと言うから」
「変なことかな。は中学のときも、女子からも男子からも人気あったじゃないか」
「そうかな」
「そうだよ」
私とユキは並んで歩き出す。
「そうだ、花火大会だけど。は浴衣着てくるのか?」
「浴衣? 私、子供浴衣しか持ってないよ」
「そっか……。じゃあ僕も普段着で行くかな」
「え、ユキ浴衣持ってるの!?」
私が目を丸くして聞くと、ユキはこくんと頷いて。
「一応」
「じゃあ私も浴衣着る!」
「でも持ってないんだろ? 無理しなくても」
「買うよ! バイト代あるから大丈夫!」
「着れるのか?」
「うっ……当日までに練習シマス」
「はぁ。期待してるよ。さすがにこればかりは僕が手伝うわけにいかないからな」
確かに。
私とユキは顔を見合わせて、噴出してしまった。
そして、ほんの数分で私たちはミルハニーの前へ。
「ユキ、寄ってく?」
「いや、今日は遠慮しとくよ。ほら……前に、体育祭の時話したあの先生に、数学の課題大量に出されてさ」
「そうなんだ……残念。でも仕方ないか。また今度寄ってね、ユキ!」
「ああ。も勉強……と浴衣の着付け、がんばれよ!」
「任せといて! 当日ぎゃふんと言わせてやるっ!」
「ぎゃふんって……いつの時代だよ、それ。……じゃあな、。また明日」
「うん、また明日!」
私はミルハニーの前でユキを見送った。
その後姿が、坂の向こうに消えるまで、ずっとずっと。
それから私はミルハニー脇の、自宅に通じてる玄関から家の中に入った。
学校帰りのユキに会えたのはラッキーだったなぁ〜。
今日はぱるぴんともたっぷり話したし、日記1ページじゃたりないかも。
私は鼻歌を歌いながらミルハニーのエプロンを脱いで、いつもママが着けてるオレンジギンガムのエプロンを着けた。
雑誌で浴衣選びをしたいところだけど、まずは晩御飯の準備しなきゃね。
あ、そうだ。佐伯くんの誕生日プレゼント、私も何か用意しようかな。
などなど思いながら。私は蛇口をひねった。
平穏な日常の、ある夏の日の出来事。
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