ハロウィン。
 それは甘く、おいしく、世の乙女たちを虜にする1日っ。

「というわけで佐伯くん、トリックオアトリート! お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞー!」
「ほう。それはオレに対する挑戦だな? いいだろう、受けて立つ!」
「あ、あれ? なんかその返答間違ってない?」



 〜ハッピーハロウィン〜



 ハロウィン終了まであと4時間。
 私の余計な一言で、なぜか私と佐伯くんの二人は戦闘態勢に入……ちゃいけないんだってば、もう!

「佐伯くん、そんなこと言ってマスターが作ったかぼちゃモンブラン独り占めしようとしてるでしょ!」
「バレたか。悪いな。そういうことだ」
「そういうことだ、って……。ひどいよー! 独占禁止法違反でヒカミッチに訴えてやる!」
「うん、手続きがんばりなさい」
「つ、冷たいなぁ……」

 がっくり肩を落とせば、佐伯くんは満足したようにふふんと笑って、制服のタイを緩めた。

 10月31日。ハロウィンフェアでかぼちゃのデザートを取り揃えた珊瑚礁は大賑わいだった。
 マスターも忙しくて、また腰痛が始まっちゃって。残された私と佐伯くんの二人でフル稼働。
 あ〜、定時に閉店できて本当によかった!

 私はいつもどおりにテーブル拭きと床掃きを終わらせて、カウンター内で自分用コーヒーを沸かしてる佐伯くんと向かい合うように椅子に座った。

「佐伯くん佐伯くん、トリックオアトリート〜。トリートアンドトリート〜。むしろジャストトリートぉぉぉ」
「ウルサイ。連呼するな」
「だってお腹すいたんだもん」

 ぶーぶーと頬を膨らませて口を尖らせて。
 佐伯くんはというと、抗議する私を呆れた目で見下ろして。
 でも、ぷっと吹き出した。

「わかってる。ほら、はちみつホットミルク。今日もお疲れ」
「わ、ありがと! いただきますっ」

 佐伯くんが差し出したマグカップを受け取る。中に入っているのは、佐伯くんが私好みに甘さを調節してくれたはちみつ入りのホットミルク。
 いつのまにやらこのマグカップも私専用になっちゃって、佐伯くんの私物食器の棚に一緒に並んでる。

 えへへー、優越感〜!

 佐伯くんは自分用のカップにコーヒーを注いで、カウンターから出てきた。
 私の隣に腰掛けて、こくんと一口。

「ハロウィンにフェアやったの初めてだったけど、結構使えるな」
「でしょでしょ。ちゃんの企画に間違いはないのですよ!」
「調子に乗るな。でもまぁ、客入りがよかったのは確かだし、そこは褒めてやる」
「ありがたき幸せ〜」

 ははー、と仰々しくひれ伏せば、佐伯くんはまるで犬を撫でるように私のあたまをくしゃくしゃと撫で回す。
 ううう、これは褒めてるんじゃなくていじってるって言うんですよ、佐伯くん……。

「珊瑚礁もコスプレ接客すればいいのに」
「ウチは味だけで勝負してるんだ。ミルハニーみたいなノリを持ち込まれてたまるかよ」
「だよねぇ……。あーあ、今年は魔女っ娘コスプレやりそこねたー」

 珊瑚礁でもハロウィンフェアやろうよ! と佐伯くんとマスターに持ちかけたとき、一緒にコスプレも〜ってお願いしたんだけど。
 マスターは困った顔して笑っただけだったんだけど、佐伯くんは一刀両断。
 駄目に決まってるだろ何考えてんだうちの店の品位を落とすなズベシッ!!
 ……と、こうですよ。とほー。

 ところが佐伯くん。
 なんか反応鈍い? と思って見てみたら。

「……」

 何か難しい顔して黙り込んでた。

「どうしたの?」
「お前さ、ハロウィンにミルハニーで魔女っ娘のコスプレしてたのか?」
「うん。あ、なになに佐伯くん。見てみたかった?」
「んなわけないだろ。の魔女っ娘なんかすっげー想像つくし」
「あ、やーらしーんだー」

 べしっ!

「アイタっ! もー、すぐチョップするんだからっ!」
「余計なこと言うからだ」
「むぅ。好評なのにっ。ちゃんのミニスカ魔女っ娘!」
「……」
「あ、やーらしーんだー」
「……、ちょっとツラ貸し」
「ノー!!」

 凍てついた微笑みを浮かべた佐伯くんがゆっくりと右手を振り上げたのを見て、私は慌てて頭をガード!
 それでも佐伯くんは私の腕にチョップして。

 おそるおそるゆっくりと両手をおろせば、ちょっと赤くなってる佐伯くんのむくれ顔が見えた。
 かーわいーいなぁ……。

「今度佐伯くんにも見せてあげるね。私の華麗なるコスプレシリーズ!」
「って、なんのイベントデーでもない日にか?」
「うん。だめ?」

 そういえば佐伯くんって、私がコスプレ接客してるときにミルハニーに来たことなかったもんね。
 コスプレの楽しさを佐伯くんにも知ってもらいたい! と思って提案したんだけど。

 あれ、佐伯くんてばなんかさっきより顔赤いかも。

「……そのうち、お願いします」

 いつもはひねくれてるのに、こういうときはなんか素直なんだよねぇ……。


「それで佐伯くん、トリックオアトリートっ! もう時間なくなっちゃうよ」
「ああ、そっか。わかった。ちょっと待ってろ」

 しばらく隣り合ったまま仕事のこととか学校のこととか、とりとめもないことをおしゃべりして盛り上がってたんだけど。
 私はこれからバスに乗って帰らなきゃならないから、タイムリミットがある。
 マグカップをかちゃかちゃさせながら佐伯くんに催促したら、今度は意地悪しないですんなりケーキを持ってきてくれた。

 これですよ、これ!

 マスターが私と佐伯くん用に作ってくれたハロウィンケーキ!
 お皿に乗っかってきたのは、かぼちゃペーストをこんもり盛り付けたモンブラン型。

「うわーっ、おいしそう! さすがマスター!」

 目をきらきらさせながらケーキに見入れば、再び隣に腰掛けた佐伯くんも腕組みしながら、しげしげとハロウィンケーキを見つめる。

「さすが、ってとこだな。悔しいけど」
「こればっかりは年の功だよね。佐伯くん佐伯くん、はやく切り分けよーよ!」

 職人の顔になってケーキを細部まで見つめている佐伯くんをよそに、私はよだれがたれそうになるのを必死の思いでとどめながら催促催促。
 ところが佐伯くんてば、この期に及んで。

「だめ。これはオレの」
「ちょっ……! ここでそういう意地悪するー!?」

 ずりずりっと私の目の前からお皿ごとケーキを取り上げて。
 まるで引き裂かれる母と子のごとく、私は腕を伸ばしてケーキを掴もうとしたんだけど、佐伯くんが片手で軽ーく私の額を押さえ込んでいるものだから全然届かない。

「鬼ー! 佐伯くんの鬼ー! 乙女からスイーツ取り上げるなんてこの人でなしー!」
「誰が鬼だ。そして乙女の項目辞書で引け。んなこと言ってると、本当にやらないぞ」

 私の抗議をばっさりと切り捨てて、佐伯くんはカウンターの方へと手を伸ばす。

 あれ? マスターが仲良く食べなさいって置いてったケーキ、1個だけだったよね?
 佐伯くんが取り出したケーキ箱って……なんだろ?

「これ……?」
「お前が食べるのはコッチ。じいちゃんのケーキ見る前に出すつもりだったけど」

 佐伯くんはむすっとしながら、その箱を私の目の前に差し出した。

 じいちゃんのケーキを見る前に、ってことは……。
 私は急いで箱を開けて、その中に入っていたオレンジ色のソレを取り出した。

 それはなんと、おもちゃかぼちゃをくりぬいた器に入った、かぼちゃのプリン!
 上には生クリームがたっぷりデコレーションされてて、すっごく可愛い! しかもおいしそう!

「わぁあ、可愛いーっ! ねぇねぇ、これ佐伯くんが作ったの?」
「まぁな。気に入ったか?」
「もうすっごく! 食べていい? ねぇ、食べてもいい?」
「落ち着け。ほら、スプーン」

 私のおかしなテンションに佐伯くんは満足そうに笑いながら、珊瑚礁でいつも使われてる小さなスプーンを手渡してくれた。
 期待に旨膨らませながら、私はスプーンをプリンにつきさし、大きくすくってぱくりと一口!
 口の中に広がる、かぼちゃ特有の甘みと香り。

「おいしー!」

 こんな甘くて幸せなもの、しかも佐伯くんの手作りって!
 ああ神様、は世界で一番の幸せものです……今この瞬間はっ!

「おいしいよ、佐伯くんっ。ありがとう!」
「ぷっ……お前、小学生かよ」

 幸せ笑顔で佐伯くんにお礼を言えば、なぜか佐伯くんは噴出した。
 なんで? と思ったら手が伸びてきた。
 そして綺麗で長い指が、私の唇の横を撫で、って。

 うわびっくりした。

 目を丸くしながら硬直していたら、佐伯くんは手をひっこめて。
 人差し指の先に、白いクリーム。

「あ」
「口の周りにクリームつくくらい、たくさんすくうんじゃない。プリンは自分の口に入る大きさで。おとうさん恥ずかしいぞ」

 佐伯くんはしてやったりのニヤリ顔。
 だって佐伯くんがケーキの出し惜しみなんてするから〜……。

 って、ぶちぶちと言い訳しようと思ったら。

 佐伯くん、クリームのついた自分の手をじーっと見つめて。

 ぱくっ。

 って。

「…………」
「…………」

 クリーム、食べちゃった。

 あ、目を合わせないうちから赤くなってきちゃったよ、佐伯くんてば。
 いや、私も十分恥ずかしいというか照れ臭いというか、なんだけど。

「……こういうのは、サラッと流せ」

 耳まで赤くなっちゃった佐伯くん。
 だったらやんなきゃいいのにー! ってか可愛すぎるよ佐伯くんてばもー!!

 なんだかもうハロウィンなんか関係なく、佐伯くんにめろりんきゅーなちゃんですよ、ホント。
 意味なくえへへと笑いながら、私は残りのプリンをぱくぱくと頬張って。

「ごちそうさま! 美味しかったよ佐伯くん。ありがとう!」
「そっか。ならいいけど」
「なんか私も用意してくればよかったよね。貰ってばっかりで。ごめんね?」
「気にすんなよ。は文化祭の準備も忙しいんだろ?」

 およ、なんだか佐伯くんてば素直だなぁ。
 いつものすまし顔でも、さっきまでのむすっとした顔でもなく、肩の力を抜いた素の表情を見せてくれてる佐伯くん。
 学校でもこんな素顔が出せたらいいのにな。

 なんてこと思ってたら、思いついた。
 私から佐伯くんへの、ハロウィンのお返し!

 私は両手を佐伯くんに突き出して。

「佐伯くん佐伯くん、フォーク貸して!」
「は? なんだよいきなり」

 ケーキにフォークを刺したところで、きょとんとして佐伯くんは振り返る。
 でも私のにんまりとした笑顔を見て、疑わしそうな視線を向けてくる。

「ヤダ。なに企んでんだよ」
「いいことだってば。だからフォーク貸してっ」
「信用できるか。どうせ人のフォーク奪ってケーキつまみ食いしようとしてるんだろ」
「あ、それもいいかも。でもそうじゃないんだな〜」

 私は「フォーク、フォーク!」と佐伯くんにせがむんだけど、佐伯くんは完璧疑ってて貸してくれそうも無い。
 んもぅ、そこまで警戒することないのにっ。

 仕方ない。

 私はさっきまでプリンを頬張ってたスプーンで代用することに決めた。
 えいっと手を伸ばして、マスターのケーキをひとかけすくう。

「あ、こらっ。やっぱつまみ食いするんじゃ」
「そうじゃないってば! ほらほらっ」

 早とちりする佐伯くんの目の前に、私は左手を添えてスプーンを差し出した。

 勢い込んで文句つけようとしてた佐伯くんは、空けた口もそのままにぴたりと動きを止めて。

 私はにっこりと微笑んで、小悪魔デイジー風に首を傾げたりなんかして。

「プリンのお礼にあーん♪ してあげる!」

 …………。

 あれ?

 佐伯くんが動かない。

「おーい、佐伯くーん?」

 呼びかけても反応なし。あれ?
 目を点にしたまま、唖然って顔して私を見てる。

 でもまぁ、口も開いたままだし、とりあえず。

「えい」

 佐伯くんの口の中にスプーンを突っ込んでみる。
 あ、口閉じた。
 私はそのままスプーンを引き抜いて……って。

 あれ、これいつかもやったような記憶があるんだけど、いつだったっけ?

「おいしい? って、マスターの作ったケーキなんだもん、美味しいに決まってるよね」

 あははーと笑ってみれば。
 佐伯くんは口元を手で覆って、俯いちゃった。

「…………」
「え、なに?」
「……いい度胸だ」

 ……へ?

 予想してたのとは全然違う反応に、今度は私の目が点、って。

 顔を上げた佐伯くん、耳まで真っ赤っ赤! なのになんか怒ってる!? てか睨んでる!?

「ちょ、佐伯くん、どうし」
「トリックオアトリート。お菓子あげたのにいたずらで返すとはさすがだ。覚悟出来てんだろうな?」
「えええ!? 今のどこがいたずらなの!? お返しだよ!?」

 椅子から立ち上がった佐伯くんは、じりじりと近づいてくる。
 その佐伯くんの迫力に押されて、私も椅子から立ち上がって後退り、しようとして。

 腕つかまれたーっ!? って近い近い! 佐伯くん近い!
 なになになにっ!? どどどどーしたの佐伯くんてば、なんか1本ネジ飛んだ!?

「さ、さえ」

 壁際に追い詰められて、私は佐伯くんの手の檻の中。
 ドラマでよく見た超萌えシチュエーション!! ……ってテレビの中を見てるぶんにはそうだったけどさ!!



 真剣な、緊張が張り詰めてる顔した佐伯くんが、近づいてくる。

 って、これ、あの、その、どうしたらっ。

 あ、あ、あ、あと、10センチっ!

「ぎゃーっっっ!!!」
「だっっ!!」

 ゴッッ!!

 パニクった私は、こともあろうに佐伯くんに思いっきり頭突きっ!
 身長差があるから、私のおでこが佐伯くんの口のあたりにクリーンヒット! なんていい音!

 私は額を、佐伯くんは口元を押さえて、しばし無言でぷるぷる震えながら痛みに堪えて。

「……来年は絶対にハロウィンなんかやらない……」

 小さな声で呟いた佐伯くんの言葉に、私も心の中でこくこくと激しく頷いたのでした。うぅっ。

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