「ええ〜っ、はば学の文化祭も11日なの!? それじゃあ遊びに行けないじゃん!」
「しょうがないよ。僕もはね学の文化祭行ってみたかったけどさ」
「ユキに私の華麗なメイド姿披露しようと思ってたのに〜」
「……はミルハニーでメイド服着てる時あるだろ……」


 9.1年目:文化祭準備


 11月入ってすぐ。
 すっごくひさしぶりにユキがミルハニーに来てくれた。
 テンションうなぎのぼり!!

「ユキ、生徒会入ったんだっけ。じゃあ今忙しいでしょ」
「ああ。申請後に展示変更したりするクラスが多くて、みんな修正やら指導やらで大忙しだよ。今日はたまたま早く帰れたけど」
「例の厳しい先生も?」
「氷室先生? 吹奏楽の顧問だから今猛練習中。吹奏楽部員は連日疲労困憊ってカンジだな」
「あはは、それはそれは」

 ユキは肩をすくめながらダージリンをすする。

「それにしてもメイド喫茶ね……。はば学じゃ考えられないな」
「私と担任の先生でがんばりました!」
「そのがんばりを勉強の方でいかせれば、はば学入学も夢じゃなかっただろうに」
「うっ……2学期の期末に向けてちゃんと勉強してるよ……?」

 手の中のいちご紅茶のカップをもてあそびながら、視線はぐるんと明後日の方向へ。
 やってません。実は文化祭準備期間中、ろくに勉強していません。

 そんな私のことなんかお見通しなのか、ユキははぁぁ、とため息をついた。

「やらずに困るのなんだぞ? 一流大受けるんだろ?」
「うん、絶対受ける!」
「だったらがんばらないとな」

 あうー……。
 久しぶりの再会だというのに説教されちゃったよ。カッコ悪い……。
 私が悪いっちゃあ悪いんだけどさ。

「でも、僕もはね学の文化祭行ってみたかったな」
「でしょ? ちょっと抜け出して来てみたら?」
「出来るわけないだろ? 一般生徒ならともかく、生徒会の一員が」
「あ、そっか」
「なぁ

 こくんと紅茶を飲み干して、ユキが真剣な目をして私を見つめてきた。
 な、なんでしょう??

「前に話したはね学の子なんだけど。の友達にいなさそうかな」
「……例の雨宿りの君?」
「ああ。あの後は全然会う機会がなくて……って、2回とも偶然の出会いだったんだけどさ。文化祭がずれていれば、はね学に行ってみようと思ってたんだけど」
「そっか〜。ごめん、当てはまる子が私の知り合いにはいないみたい」
「……そっか」

 明らかに意気消沈してるユキ。
 元気出して、って笑顔で励ましてる私が元気出して、な気持ちなんだけど。
 ここはユキを盛り上げるほうが先決!

「私のほうも引き続き探してみるよ! 文化祭は他のクラスの子とも会えるし、それっぽい子見つけられるかもしれないし」
「ありがとう。って本当いいヤツだな。なんでに彼氏が出来ないのか不思議でしょうがないよ」
「よ、余計な一言ありがとうユキ……」

 はね学入って告白されたこと、何回かあるけど。
 全部断ってるんだからね、ユキ!!

「あ、もう僕行くよ。予備校の時間だ」
「え、もう?」
「ああ。、また今度な」
「うん。またのお越しをお待ちしておりますっ!」

 立ち上がってお店の外までお見送り。
 大きく手を振ってはばたき駅方面に去っていくユキを見送りながら。
 私は大きくためいきをついた。

 ……いやいや、気落ちしてる場合じゃない。
 気を取り直して文化祭に集中!!
 ミルハニー文化祭限定メニュー、今日中に完成させなきゃ!


 などとあれこれやってるうちにもう文化祭前日。

っ、明日のゲリラライブは屋上だからなっ! ぜってー来いよ!」

 ハリーはもう気合入りまくりだし、

くん!! 今回ばかりはメイド喫茶などと認めてしまったが、公序良俗をわきまえた営業に徹してくれたまえ!」
「生徒会できちんと見回りしますからね。違反があった時点で営業中止ですよ!」

 ヒカミッチ&チョビっちょの生徒会コンビも別方向に気合入りまくりだし、

さん、よかったら吹奏楽部の演奏聞きに来てね」
ちゃーん、美術部の展示も見に来てなー?」

 密っちやくーちゃんら文系部活所属者は本領発揮の日だから、これまた気合入ってるし、

「はね学の文化祭舐めたらアカン!! 名物スイーツ目白押しやで!」
「……だな」

 ぱるぴんと志波っちょは、めずらしいコンビで気合入れてたし、

「メイドです! 萌えです! 先生客寄せがんばっちゃいます!」
「……」
「やや、大崎さんもメイドやるんですよ?」
「いーやーだーぁぁぁぁ!!」

 1−B名物師弟(?)コンビもぎゃんぎゃん騒ぎながらも気合……入ってるのは若王子先生の方だけだよねぇ……。

「セイちゃん、手芸部モデルがんばってね?」
「あかりもメイド接待がんばってね!」

 もうひとつの1−B名物、ほんわか美少女コンビもウキウキしながら気合十分。

「竜子姐は文化祭でなにかやるの?」
「手芸部のネイル手伝いを頼まれてる。水樹のネイルも担当だね」
「いいなぁ水樹ちゃん……。ねねね、今度私も練習台代わりにネイルやってよ!」
「ああいいよ。練習台が増える分には歓迎するさ」

 いつもどおり、竜子姐は静かに気合をみなぎらせていた。

 そんな中、やっぱり佐伯くんは一人屈折してた。

「はぁ、なんでみんなあんなに盛り上がってるんだよ? 余計な仕事が増えるだけだってのに」
「またまたそんなこと言って。佐伯くん、文系の部活に所属してるわけじゃないんだから、楽しむだけの人じゃない」
「ウルサイ。居残って文化祭準備するくらいなら珊瑚礁に時間かける」

 相変わらずの憎まれ口に、くすくすとあかりちゃんが笑い出した。
 もちろん間髪いれずにチョップする佐伯くん。

「笑うなっ」
「もうっ、すぐチョップしないでよっ」

 モップをぐっと持ち上げながら、頬をふくらませて可愛く怒るあかりちゃん。
 佐伯くんは満足そうににやりと笑って。

 ところがすぐに「コラ」と私がチョップされた。

「アイタッ! な、なんで私がチョップされるの〜?」
「なんでもなにもあるか。なんで珊瑚礁閉店したあとに来るんだよ?」

 モップの柄にもたれるように顎を乗せて、佐伯くんが私を見る。

 そうなんです。
 本日文化祭前日金曜日。今日のバイトのシフトはあかりちゃん。
 私は珊瑚礁が閉店した頃を見計らって、ここまでやってきていたのだ。

「……父親まで連れてきて」
「パパは運転手だもん」

 佐伯くんの視線の先には、カウンターでマスターと和やかに談笑しているパパ。

「それにしてもお久しぶりです。ご健勝そうでよかった」
「いやいや、こちらこそさんにはいつもお世話になって」

 そういえば、昔珊瑚礁のマスターにはお世話になったってママが言ってたっけ。

「瑛くん、こっちの掃除終わったよ」
「え? ああ、わかった。じゃあこれで終わりだな」
「佐伯くん、あかりちゃん、お疲れさまでしたー! じゃああかりちゃん、行こっか?」

 モップを奥の掃除用具入れにしまって戻ってきたあかりちゃん。
 私はぴょこんとカウンターの椅子から飛び降りて、あかりちゃんの腕を取った。

「バイトの後に大丈夫? 疲れたら先に寝ちゃっていいからね?」
「がんばるよ! 1−Bの目玉商品だもんね!」

 華奢な体のどこにそんな元気があるのか、あかりちゃんは笑顔でガッツポーズ。

「これから二人でどこか行くのか?」

 話が見えてない佐伯くんが尋ねてくる。
 私とあかりちゃんは顔を見合わせてにやりと笑う。

「これからミルハニーの厨房を借りて、明日の文化祭で出すケーキを作るの!」
「は? これから? っていうか、1−Bってケーキ手作りするのか??」
「そう! 文化祭限定ミルハニー監修特別ケーキだよ!」

 ねー、とあかりちゃんと一緒に首を傾げれば。
 佐伯くんは信じられないと言わんばかりの表情で首を振った。

「お前ら、たかが文化祭にどこまで気合入れてんだよ……」
「行事モノは楽しんだもの勝ちなんだよ!」
「つーか明日の分ってどれだけ作るんだよ? 相当な量が必要だろ?」
「徹夜覚悟だもんね?」
「乙女の美容を削ってまでもがんばるんだもんねー」
、辞書貸してやろうか。乙女の項目引いてみろ」
「佐伯くんひっどい!」

 両手を挙げて殴りかかる真似をしても、佐伯くんはにやりと不敵な笑みを浮かべてするっと身をかわす。
 はね学プリンスは口が悪い。でも、学校ですましてるよりはずっと生き生きしてるけどね。

、そろそろ行くかい?」
「うん、パパっ。車で待ってて!」

 マスターに挨拶を終えたパパがカウンターを立った。
 そのまま車のエンジンをかけに珊瑚礁を出て行く。

 私はあかりちゃんの着替えが終わるまでもう一度カウンターの椅子に座って待った。

「ねぇ、佐伯くんもよかったら来ない? 一緒にケーキ作ろうよ!」
「ヤダ。お前、労働力増やそうとしてるだろ」
「うっ、ば、ばればれだった? だって佐伯くんスイーツ作りもうまいし」
「貴重な休憩時間を奪われて溜まるか。、あかりと一緒に夜明けまで馬車馬のように働くんだな」
「これ瑛。まったくお前はいつまでたっても女性に対してそんな口をきいて」

 珊瑚礁の制服のタイを緩めながら、ぶっきらぼうに佐伯くんは言い放つ。
 ところがそこにマスターが加わった。

さん、ご両親もケーキ作りに参加するんですか?」
「最初だけちょこっと。デコレーションのコツはやっぱりパパに見てもらわないと」
「そうですか。瑛、これはいい機会だぞ?」
「は? なにがだよ、じーちゃん」

 にこにこしてるマスターに、怪訝そうに問い返す佐伯くん。

「ミルハニーのマスターはケーキ作りに関してはそうそう右に出るものはいない。後学のためにも、見ておいて損はないぞ?」
「……そんなにすごいの?」
「パパは本場フランスでパティシエ&ショコラティエの勉強してきた人だからね!」
「そんなすごい人だったのか」

 へぇ〜、と感心したような声を出して、佐伯くんは顎を掴んで悩みだした。
 よし、もう一押し!!

「佐伯くん、まだうちの店来たことないでしょ? いい機会だしのぞきにきてよ!」
「そうだな……そろそろ冬のメニューも考える時期だし……偵察にはちょうどいいか……?」
「そしてついでにケーキも作、イタッ!!」
「やっぱそれが目的か」

 調子に乗って言ったら、やっぱりチョップされた……あうう。

 でも佐伯くん、すっかり気持ちが傾いたみたい。
 私のほうを見て、なんだかムスっとしてる。

 素直じゃないんだから、ホント。

「そうと決まれば佐伯くんも早く着替え着替え! パパ待ってるから」
「あ、ああそうか。うん、すぐ着替えてくる」

 背中を押してあげないと、素直に「行きたい」って言わないんだもんねぇ。

 ぱたぱたと階段を駆け上がってく佐伯くんの後姿を見ながら、私とマスターはついつい噴出してしまった。


 そしてミルハニー。
 ……そして発作。

「きゃーっ! 佐伯くん!? 佐伯くんでしょ!? いや〜ん、写真よりも可愛い〜!!」
「いいからママはお店の会計っ!! まだシメ作業終わってないんでしょっ!?」

 こんばんは、と挨拶した佐伯くんを見たママの狂喜乱舞ぶりったらなかった……。
 早々に自宅の方へとおしやって、厨房のドアを閉める。

「…………」
「ご、ごめん佐伯くん、今の、見なかったことに」
「…………マジで?」

 さすがの佐伯くんも、目を点にしてた。

 さて。

 私は二人にエプロンを貸して(すでに佐伯くんも作業員に含まれてるのだ)、焼きあがったシュー生地やクリームを取り出した。

「パパ、スポンジどう?」
「うん。が焼いたにしては上出来だ」
「私が焼いたにしては、ってどういう意味よっ」

 むっとして言い返しても、パパは豪快に笑いとばしちゃうんだから。
 出掛けにオーブンから取り出して冷ましておいたスポンジを運んできて、調理台に綺麗に並べる。

「さてと。じゃあとりあえずひととおりのやり方を説明しようか。ロールケーキとシュークリームとパンプキンタルトだったね?」
「うん。デコレーションの仕方教えてもらえば、あとは私たちでやるからパパは休んでいいよ」
「頼もしいこと言ってくれる。夜中にたたき起こすのだけは勘弁してくれよ、
「そんなことしないから、早く説明してよっ」

 むっっと頬を膨らませれば、隣のあかりちゃんにくすくすと笑われた。
 もう、パパってばいつまでたっても子供扱いするんだから。

「じゃあまずはスポンジにクリームを塗るところから始めよう」

 先に角をたてておいたクリームの入ったボウルを抱えて、パレットナイフでクリームをすくう。
 そして手早く四角いスポンジの上に、薄く均等にクリームを塗っていった。
 心得のある佐伯くんは、へぇ、と声をあげた。

「さすがだな」
「まぁね〜」
「お前、褒めてない」

 すかさず突っ込み貰ったところで、今度は私がチャレンジ。
 パパがやってたように、クリームをすくって、スポンジの上に塗る……う。

「……ヘタクソ」
「ううう、うるさいなぁっ」

 佐伯くんのざっくりと突き刺さる突っ込み。

は昔っから、繊細な作業は苦手だったもんなぁ。やれやれ、全く上達のきざしは無しかい?」
「パパまで〜」
「……ああだから、そこでそうするから段になるんだ。こうだろ?」

 集中砲火を浴びながら、一生懸命クリームを塗りつけていたら。
 しびれをきらした佐伯くんが、口に飽き足らず手を出してきた。

 私のパレットナイフを持つ手を上から掴んで、って。

「ここ! ここで手首をこう返して塗るんだ。そしたら均一になるだろ? 少しは頭使え」
「さすが珊瑚礁の秘蔵っ子。筋がいいねぇ」
「いえ、祖父に習ったことそのままですから」

 パパの言葉に、まんざらでもなく返す佐伯くん。

 って、あの、あの、あの。

「ところで佐伯くん」
「はい、なんですか?」
「いつまでうちの娘の手を握ってるつもりかね?」

「え?」

 私が言えなかった事を。
 笑顔と共に黒オーラを大量に放出しながら、パパが。

 一瞬で愛想笑いが引きつる佐伯くん。

「瑛くん……喫茶業務がからむと周り見えなくなっちゃうよね……」

 頬に手を当ててほんのり赤くなりながらこっちを見てるあかりちゃんの言葉は、フォローのつもりなのかなんなのか。

 そして。

ちゃん♪」

 パパの黒オーラに硬直してしまった佐伯くんと、佐伯くんの無意識とはいえ大胆行動に硬直してる私に。
 奥からちょっとだけドアを開けてこっちを覗いてたママ。

「青春ねー♪」
「「違う違う違う違うーっ!!」」

 私と佐伯くんは同時に離れて、大声で否定した!!
 ああもう! うちのパパとママだったらホントにもう!!!


 その後。
 不機嫌絶好調のパパにさっさと説明切り上げてもらって自宅に追いやって。
 ようやく3人で落ち着いた作業を開始することが出来たのは10時を回った頃。

ちゃんのお父さんとお母さんって、いつみても楽しいね」
「あかりちゃん……言わないで……」

 シュー生地に生クリームを流し込みながら、にこにこしてるあかりちゃん。
 その隣では、こちらも不機嫌そうな佐伯くんが黙々とタルト生地にカスタードクリームを敷いていた。
 ううう、やっぱり怒ってるかなぁ……。

「でもすごいよね? これよりもっともっと、ずっとたくさんのケーキをちゃんのお父さんって、毎日仕込んでるんでしょ?」
「うん、そうだね。いっつも朝早く起きて。今日はこの場所借りてるから、明日は臨時休業なんだ」
「ミルハニー明日休みなのか? 文化祭の日って客がだいぶ流れてくるだろ?」

 およ。
 怒ってるかと思ってた佐伯くんが会話に参加してきた。
 口は動いてるけど手は休まず。さすが。

「うん。パパもママも、見ての通り親バカだから。娘の文化祭に全面協力してくれてるの」
「お店の売り上げ落としても? うわぁ、優しいんだね」
「……は両親と仲いいんだな」

 うらやましー、とにっこり微笑むあかりちゃんとは対照的に、佐伯くんはなんだか神妙な顔してた。

 あ、そっか。
 佐伯くんのご両親って、厳しい人なんだっけ。
 エリート志向で、珊瑚礁の手伝いすら条件つきで、成績落としたりなんかしたら即やめさせられるって。

 仲良くないのかな。
 ……うーん。

「そうだ! 佐伯くん、あとで写メ一枚撮らせてよ!」
「……は? なんだよいきなり」

 こういうときは話題転換!
 楽しくわいわい作業しなきゃね。

「さっき見たでしょ、ママのテンション。ママってば、入学写真見て以来、佐伯くんの大ファンなんだよ」
「……マジか……の母親っぽいっていえばぽいけど……」
「あ、そうだよね? 前にミルハニーで3人でイケメン名簿で盛り上がったもんね!」
「な、なんだよその、イケメン名簿って!?」
「あれ、佐伯くん知らない? はね学イケメン名簿。女子の人気投票によって決まるランキングのことだよ」
「瑛くんは4月からダントツトップなんだよね。若王子先生も常に2位をキープしてるけど」
「あたりまえだ。人がどれだけ努力してると思ってる」

 ふふん、と尊大に鼻で笑う佐伯くん。

「ほら次のタルト台よこせ」
「あ、はいはい」

 カスタードクリームとパンプキンクリームを二重にのせたタルト生地をうけとって、カラの生地を佐伯くんに手渡す。
 私はタルトとロールケーキのデコレーション係だ。

「……そういえば1−Bってメイド喫茶って言ったよな?」
「うん。来て来て! あかりちゃんと水樹ちゃんの絶対領域大サービスしちゃうから!」
「大サービス……」
「あ、佐伯くん鼻の下のびてる。やらし〜」
「だ、誰がだっ!!」
「うわあ、クリームついたナイフでチョップは厳禁っ!!」
「うう〜、ちゃん、本当に着るの? あのメイド服……」
「当然っ! うちの美少女をモデルに貸し出す代わりに手芸部に作ってもらったんだから。商品もサービスも売り上げも1番を目指すんだよあかりちゃんっ!」
「いい心がけだ、。まぁ、文化祭程度で1位になっても仕方ないけどな」
「またそういう可愛くないこと言う……。そういうこと言ってると、あかりちゃんのメイド服姿見せないぞー」
「……別に見なくていい」
「ほんとに?」
「いいんだ」
「あれ、佐伯くんってメイド嫌い?」
「…………好き」

 さ、佐伯くんのこういうところたまんない。
 かーわいーい、てゆーか、かーわいーい!!

ちゃん、クリームなくなっちゃった」
「あ、じゃあこっちのクリーム詰めなおしてくれる?」

 シュークリーム用のクリームはロールケーキに塗るクリームとはまた別物。
 洋酒をたらして少し香り付けしてある風味豊かなクリームだ。

「でも明日は佐伯くんきっと大変だよね? 佐伯ファンクラブの子が追っかけてきそう」
「そうだね。瑛くん、ゆっくりしてられないかも」
「言うな。今から気が滅入る……」
「中庭も明日は模擬店出るし、あの茂みに隠れてもいられないしね」
「マジで? 中庭にも出店するのか?」
「知らなかった? 体育系の部活が有志で出店してるんだよ」
「最悪だ……明日は安らぎの場所がないのか……」
「志波っちょに図書室の秘密空間レンタルさせてもらったら?」
「志波? ……って、あのでかいヤツか?」
「うん。瑛くん、志波くんのこと知らないの?」
「顔と名前くらいしか知らない。……あかりは知ってるのか?」
「うん。前に廊下で落とした生徒手帳拾ってくれて。それからよく話すようになったよ」
「お前誰にでもすぐ尻尾ふるよな」
「む、そういう言い方しなくても」
「事実だろ」
「まぁまぁまぁ二人とも……」

 私は慌てて仲裁に入る。
 頬を膨らませてたあかりちゃんは、ぷん、と相変わらず可愛くそっぽを向いて、佐伯くんもなんだか拗ねたように反対向いてしまった。
 なんだかなぁ。ケンカするほど仲がいいとはいうけど。

 やっぱり佐伯くんって、あかりちゃんのこと好きなんだろうな。
 あかりちゃんの口から男の子の話題出るたんびに、いっつも不機嫌になるもんね。
 あーもー、二人とも可愛くてたまんないんですけど私ー。


 それからなんとか二人のご機嫌をとりもって、一生懸命手を動かして。
 まず、バイト疲れもあって2時頃にあかりちゃんがダウンした。
 こっくりこっくりと、調理台にもたれて船を漕ぎ出したあかりちゃん。
 佐伯くんに頼んで、私の部屋まで連れて行ってベッドにそっと寝かせてあげた。

 あかりちゃん、お疲れ様!

「佐伯くんは大丈夫? 居間のソファ、リクライニングついてるからそこで眠れるよ? 毛布なら」
「いいから。時間ないんだから手ぇ動かせよ」

 さすがに佐伯くんも疲れた顔してるんだけど、私に気を遣ってるのか口数少なくなりながらも作業を引き続き手伝ってくれた。

は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫だよ。若いですから!」
「本当に若いヤツ、そういう言い方しない」
「ほ、ほんとうに若いんだってば……」

 作業はあと少し。
 シュークリームはあかりちゃんの努力のかいあってケースに詰め終わってるし、ロールケーキもこれで終了。
 あとはタルトのデコレーションが数個残ってるだけだ。

 私と佐伯くんは欠伸を噛み締めながら黙々と作業を続けて。
 全ての作業を終えたのは、3時も軽くまわったころ。

「佐伯くんのおかげで助かったよ! 6時くらいまでかかるかなって思ってたけど、仮眠の時間とれそう!」
「そうか。よかったな。とりあえず、こっちこい」
「? なに?」

 ふわぁと大きく欠伸をしてる佐伯くんに手招きされる。
 なんだろう、とちょこちょこと寄ってみれば。

 ずべしっ!!!

「ったぁい!!」
「はぁ、すっきりした」
「すっきりしたって、いきなりチョップって!」
「ウルサイ。結局人を労働力として使いやがって。マスターの腕前も全然見れなかったし。この詐欺師め」
「あう、それを言われると返す言葉がないです」

 叩かれた箇所をさすりながら佐伯くんを見上げれば、寝不足の少し赤い目をした顔でにやりと笑ってた。

「うう……でも本当にありがとう。洗い物は私がやっちゃうから、佐伯くんは休んで?」
「いい。二人でやったほうが早く終わるだろ」
「でも疲れてるでしょ? 明日……じゃなくて今日か。目の下にクマ作ったまま登校したらファンの子にいらない心配されちゃうよ?」
「……お前さ、本当お人よしだよな」

 ふー、と長く息を吐いた佐伯くん。
 そして、有無を言わせずボウルやパレットナイフを流しに運んで洗い出してしまった。

「……ありがとう。このお礼は今日のメイド喫茶で、かならずっ」
「いいよ別に。……まぁ、割と楽しかったし」
「ほんとに? じゃあ来年もよろしくっ」
「調子に乗るな」

 ぴし、と水をはじかれる。

「冷たっ! やったな〜!」
「いいから早く手を動かしなさい。お父さん眠いんだから」
「お、お父さんて」

 佐伯くん……何気にネタの引き出し多いな……。

 でもまぁ、私もそろそろ眠気がピーク。
 ざばざばと手早く洗い物をかたづけながらも、ちょっとうつらうつらしてきた。

「……なぁ」
「んー?」
って、友達多いよな」
「うん、まぁ……」
「はば学にも、知り合いっているのか?」
「いるよー?」

 マズイ。まぶたが重くなってきた。
 佐伯くんにチョップされる前に、意識を、意識をしっかりと……。

「あかりから、話聞いてるか?」
「……なんの?」
「はば学の嫌味な男の話」

 ……なんの話?
 眠い目を一度ぎゅっと閉じて、強引にまぶたをこじ開けて佐伯くんを見る。

 すると佐伯くん、なんだかとても寂しそうな困ったような、遠い目をしてた。

「あかりが探してる、はば学生の話」
「あかりちゃんが探してる……? ううん、聞いたことない」

 そういえば、あかりちゃんも案外交友関係広いんだよね。
 高校からはばたき市に引っ越して来たって言ってたけど、はば学にも友達作っちゃってるんだ。

「……ん? 探してる、ってことは友達じゃないの?」
「たった2回、偶然出会ったヤツなんだって。でも、2回目に会ったときにひどいこと言ったから謝りたいとかで」

 その話。
 どこかで聞いたことあるんですけど。

 私の眠気は一気に吹き飛んだ。

 それって。

「佐伯くん、その人探し、手伝ってるの?」
「いや……オレはば学に知り合いいないし。手伝う義理もないし」
「そう、だよね」

 まさか。

 だって、『気が強くて意地っぱり』って。
 あかりちゃんとは正反対だよ?
 でもこんな偶然って……。

 ううん、偶然だ。絶対、単なる偶然だ。
 私は悪い予感を、ぶんぶんと頭を振って振り払った。

「なんだよいきなり」
「あ、ごめん。ちょっと眠気がピークにきてて」
「よし、眠気覚ましのチョップしてやる」
「むしろ気絶しそうな予感がするから遠慮しますー!!」

 佐伯くんがにやりと笑ったから、私も無理矢理笑った。
 そうだ。お疲れの佐伯くんが洗い物手伝ってくれてるんだから、今は考え込んでる場合じゃない。

「さくさく終わらちゃおう! 終わったら疲労回復のハーブティ入れてあげる」
「いい心がけだ。褒めてやる」
「いちいち偉そうなんだから佐伯くんてば……」
「何 か 言 っ た か ?」
「言ってないから腕下ろし……アイタッ!!」

 そんなこんなで洗い物を終了したのは3時半。
 私は佐伯くんにカモミールとローズヒップをブレンドしたハーブティを入れて、仮眠所としてリビングのソファを提供した。
 私も部屋に戻って、あかりちゃんの横にもぐりこんでひと時の休息をとって。

 目が覚めた時には、あかりちゃんが物凄い勢いで途中リタイヤを謝ってきたけど、いいんだよーと笑顔で答えて。
 着替えてリビングに下りていったときには、すでに佐伯くんの姿はなかった。
 6時頃にパパが下に下りたときにはもう起き出してて、珊瑚礁に帰っちゃったんだって。
 はね学の制服に着替えなきゃならないから仕方ないんだろうけど、どうせならうちで朝ご飯食べていけばよかったのに。

ちゃん、今日の文化祭がんばろうね!」
「うん、売り上げ1位、絶対とろうね!」

 仲良くハニートーストを食べてから、甘いケーキとともにパパの車で学校まで。

 ……あかりちゃんにはいろいろ聞こうかどうしようか迷ったんだけど。
 今日は、文化祭に集中!! そう、集中するんだ!

 私は気合を入れて、手芸部が用意してくれたメイド服に袖を通した。

「喫茶ヤングプリンス、目標売り上げ1位です! エイエイ、オーです!」
「「「「「オーッ!!!」」」」」

 団結力がウリの1−B。
 若王子先生の掛け声とともに、クラスメイト全員で声出しをして。

 さぁ、ガンガン売りまくるぞーっ!!

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