「若王子先生の誕生日を祝いたい人、この指止まれーっ!!」


 8.1年目:若王子誕生日


 9月1日お昼休みの屋上。みんなで楽しくお弁当タイム。
 私の高らかな宣言に、誰も反応してくれなかった。

「……何ひとりで盛り上がってんだ、
「いやん、竜子姉ったら冷たい。ほら、来週頭って若王子先生の誕生日じゃない。はね学イケメン名簿上位ランキンの若王子先生とお近づきになる絶好のチャンスだよ!」
「アンタ、お近づきもなにも担任やん」
「やだなーぱるぴんまで……」

 というか、密っち以外はみんな若干冷たい視線で私を見てた。
 えー、なんで?

さん、若王子先生宛てのプレゼントを用意するつもりなんでしたら、無駄だと思いますよ」
「なんで? チョビっちょ」
「千代美です。生徒会の先輩から聞いたんですけど、毎年のことみたいですよ? 教頭先生からのプレゼント受け取り厳禁令が出て、若王子先生はプレゼントを受け取ってくれないって」
「ええ〜」

 チョビっちょが牛乳を飲み干しながら言った言葉に、ぱるぴんも大きく頷く。

「アタシも聞いたで? それでもプレゼント渡そうとがんばる親衛隊と若ちゃんが、一日中追いかけっこしとるの見れるて」
「うわぁ、先生ハードだね……」
「陸上部顧問の腕の見せ所やな!」

 水樹ちゃんがカラのお弁当箱を包みながらため息をつく。
 対するぱるぴんは明日が楽しみと言わんばかりのいい笑顔。

「でも、せっかくの機会だしお祝いしたいよね」
「そうね、私は教科担任でもないから、是非お祝いしたいなぁ」
「だよね!? あかりちゃんと密っちは私の味方!!」

 うふふ、と可愛く微笑んで賛同してくれたのはどちらもおっとりしてるあかりちゃんと密っち。

 そういえば。
 ユキが言ってたはね学生の特徴、あかりちゃんに当てはまるかも。
 肩よりちょっと短めのショートボブ。

 ……って外見だけなんだけどね。
 あかりちゃんは『おっとりぽんやり』。
 ユキのいう『気が強くて意地っ張り』の対極の性格だもん。

「西本と小野田の言うとおり、無駄だろ? それともには何かいい案でもあるのかい?」
「うーん」

 若王子先生の誕生日がそんなことになってるとは露知らず、だったから。
 竜子姉に尋ねられても私は返答につまる。

 するとあかりちゃん、ぽんと手を打った。

「あ。ねぇ、色紙だったら受け取ってもらえないかな?」
「色紙?」
「お祝いの言葉を書いた寄せ書きの色紙とか。どう?」
「あ、いいかも!」

 水樹ちゃんがその案に乗る。

「色紙かぁ。確かにお金はかからんし生徒から教師に贈っても賄賂にはならなそうやな」
「賄賂って、はるひ……」
「高校生が贈るプレゼントにしてはガキくさくないか?」
「そうかもしれませんけど、若王子先生はそういうプレゼント喜んでくれそうです!」

 およ、ぱるぴんとチョビっちょも乗ってきた。

 こうなってくると話は早い。

「色紙なら購買で売ってたよね? 私たちだけじゃ少ないから、他の人にも声かけてみようか!」
「私たちの友達で先生に化学を習ってるって言ったら、大崎さんと隣のクラスのハリーと……」
「瑛くんもそうだよ」
「氷上くんは教科担任ではありませんけど、よく若王子先生に質問してるところを見ます!」
「クリスくんとはいたずら仲間なのよね。ふふふ」
「志波も若王子とはよく話してるみたいだね」
「うんうん。で、役割分担ね」

 ポケットに忍ばせていたメモを取り出して、有志一同(一部無断)の名前を書き出す。

「じゃあ私が色紙を買ってくるわね。クリスくんに賑やかな装飾してもらっちゃいましょ?」
「せやな! それで近場クラスから回してこ!」
「私たちは最後でも大丈夫だから、男の子から先に回して行こうか」
「あ、じゃあ今日中に回せるだけ回して、今日の最後はあかりちゃんが預かっていい?」
「え、私?」

 ひょい、と手を挙げるとあかりちゃんはきょとんとする。
 んもう。わかってないなぁ〜。

「(学校で佐伯くん捕まえるの大変でしょ? あかりちゃん、バイト中に佐伯くんのメッセージ貰ってくれない?)」
「(あ、そっか! うん、わかった)」

 こそっと耳打ちして、顔を見合わせてにっこり。

「なんやねん、二人でこそこそ話して」
「ごめんごめん。ところで、捕まりにくい人って誰かいるかな?」

 書き出した名前をみんなで覗く。
 土日をはさんじゃうから、学校で頼むにしては時間が足りないかもしれない。

「……志波と大崎が高確率で捕まらない気がする」
「そうだね……。二人ともいつのまにかサボりに消えるからね……」

 竜子姉の言葉にみんな力強く頷いた。
 う、ううん。当日までに集まるかな、メッセージ……。

 その後は早めに切り上げて、みんなで男の子にメッセージ依頼をしにいった。
 ぱるぴんはハリーに、チョビっちょはヒカミッチに、密っちはくーちゃんに。
 志波っちょとリっちゃんは、見かけたら声かけとくよと竜子姉が。

 そして眠たい5時間目をがんばって過ごしたあと、1−Bにくーちゃんがやってきた。

ちゃーん。こんなんでどやー?」
「え? くーちゃんもう装飾終わったの?」

 教室入り口でぶんぶん手を振ってから、くーちゃんが教室の中に入ってきた。
 ちょうど水樹ちゃんも近くにいたから呼んで、一緒にくーちゃんが作った色紙を覗き込む。

「じゃーん。授業中に描いてしまいましたー」
「くーちゃん悪い子ちゃんだなー」
「ゴメンナサーイ。でも、どう? こんなんでええ?」
「わぁ、すごいクリスくん!」

 にこにこしながら差し出したくーちゃんの手の中の色紙。
 中央に色ペンでカラフルに『ハピバ! 若ちゃんセンセ!』ととってもポップな装飾文字。
 そして色紙の周りを円を基調にした幾何学模様で縁取ってあった。

「いい! すごくいい! くーちゃんグッジョブ!」
「ほんま? あーよかった。じゃあ早速メッセージ書き込んでもええ?」

 私と水樹ちゃんが手を叩いて褒めると、くーちゃんはとろけそうなはにかみ笑顔を浮かべて頭を掻いた。
 そして早速メッセージを書き込み始める。
 なになに……?

「若ちゃんセンセ、ハピバ! 今度また靴箱装飾させてクダサイ……これ、お祝いのメッセージ?」
「あれ、アカンかった?」

 ちょっと方向性が違うような。
 私の指摘に、くーちゃんはうーん?と頭をひねりながら水樹ちゃんから別の色ペンを借りる。

 さてさて、次は誰にまわそうか。ヒカミッチは授業中にメッセージなんかかかないだろうし、ということはハリーかな?
 と思ってたら。
 1−B教室前を通り過ぎた黒い人。

「志波っちょー!」
「うわ!? …………おどかすな」

 慌てて後のドアから飛び出して、志波っちょの前に立ちはだかる。
 いきなり飛び出してきた私に、さしもの志波っちょもおどろいたようで、軽く目を見開いて1歩後に下がった。
 へへー、志波っちょの貴重なおどろき顔ゲット!

 ……じゃなくて。

「ちょうどいいところに! 竜子姉から話聞いた?」
「あ? ……ああ、先生に寄せ書きするってヤツか」
「そそそ。今ちょうど手元にあるからさ、志波っちょも書いてってよ。もー志波っちょなかなか捕まらないんだからー」
「…………オレが悪いのか?」
「志波っちょが悪い! 罰として即メッセージ!」

 半ば呆れ気味の志波っちょを教室内へ強制連行。
 背後から「すげぇ……」「あの志波を手懐けてやがる……!」という声が聞こえてくるけど。
 みんな誤解してるよ。
 志波っちょはコワモテだけど、なかなかいない正義の味方だよ?

「おーいくーちゃん水樹ちゃんっ、志波っちょゲット!」
「やるやんか、ちゃん♪ 志波クン、コンニチハー」
「ああ」

 メッセージを書き終えたらしいくーちゃんが立ち上がって、水樹ちゃんの目の前の席を譲る。
 志波っちょは長く息を吐きながら座って、近くに転がっていた緑のペンの蓋を取った。

「どこでもいいのか」
「お好きなとこで!」

 私の言葉に志波っちょはほんの少し迷ってから、くーちゃんのメッセージに近い左隅にメッセージを書き始めた。

「どれどれ。誕生日おめでとうございます。フォーム改善の件はありがとうございました……? 若王子先生となんかしたの?」
「した」
「もー、会話のコミュニケーションすぐ放棄するんだから志波っちょはー……」
「ほっとけ」

 その後短くメッセージをまとめたあと、志波っちょはきゅぽとペンの蓋を閉める。
 すると。

「……なんだ」
「え?」

 志波っちょは目の前に座ってた水樹ちゃんに声をかけた。
 今まで志波っちょの手元をぽかんと見つめていた水樹ちゃんは、目を瞬かせて志波っちょを見る。

 あれあれ、志波っちょから女の子に声かけるなんてめっずらしー。

「ジロジロ見るな」
「あっ、ご、ごめんね」
「志波クン、女の子にそんな言い方したらアカンよー。セイちゃんびっくりしとるやん」
「ううん、いいのクリスくん。失礼なことしたの、私のほうだから」

 水樹ちゃんがびっくりしたようにくーちゃんを止める。
 あれ、もしかして?

「水樹ちゃんと志波っちょってもしかして、初対面?」
「うん、そうなの。初めましてだよね?」
「……だな」
「なんだそうだったんだ! ごめんごめん、てっきり知り合いだと思い込んでた」

 私は水樹ちゃんの背後に回りこんで、彼女の両肩を掴む。

「それでは紹介いたしましょう! はね学1−B在籍、ブッチ切りの学年首席の水樹セイちゃんですー!!」
「わー、ぱふーぱふー♪」

 私の元気な紹介に、くーちゃんが効果音を添えてくれるんだけど。
 目の前の志波っちょはげんなりと疲れた顔してこっちを見てた。
 むぅ、ノリ悪いなぁ。

 今度は志波っちょの後にまわりこんで、その両肩を掴む。

「おい!?」
「こちらは1−G在籍、コワモテサボり魔だけど甘党でミルハニーの常連さん、実は優しいおにーさんの志波勝己くんですー!!」
「わーわー! ぱふーぱふー♪」
「……言ってろ……」

 あれ、盛り上がってるの私とくーちゃんだけ?
 水樹ちゃんまで困ったように笑ってるだけだなんて。
 くぅぅ、、腕が落ちたかしらっ!

「それではツーショットタイム……」
「いい加減にしろ、
「あう、本気で怒らなくてもいいじゃない志波っちょ〜」
「そやそや。志波クン、ノリ悪ーい」
「そだそだ。志波っちょノリ悪ーい」
「…………」
「ヤバイくーちゃん、志波っちょがマジでキレる5秒前」
「アカン〜、奥義が出る前に退散せな〜」

 ゆらりと立ち上がった志波っちょに、私とくーちゃんが軽口叩きながらも慌てて防御姿勢をとる。

 すると。

 くすくすくす……。

 水樹ちゃんの笑い声に、私もくーちゃんも、志波っちょも振り向いた。

「あはは……ごめん、ごめんね、ふふ……。の周りって、本当、いつも楽しいね」
「水樹ちゃん、褒め言葉だよね?」
「うん、もちろん」

 にこっと可愛い笑顔をみせる水樹ちゃん。
 水樹ちゃんはその笑顔のまま志波っちょの方をむいた。

「志波くん、せっかく知り合えたから友達になりたいな。いい?」
「は?」
「志波っちょ! 美少女のお願い断ったら男がすたる!」
「そやそや! スタルスタル!!」
「お前ら少し黙ってろ」

 うあ、一蹴された。

「……物好きなヤツだな」
「そうかな?」
「まぁ……好きにしろ」
「うん。ありがと!」

 志波っちょは訝しげに水樹ちゃんを見下ろしてたけど、そのままくるりと踵を返して教室を出て行った。
 ……去り際、私とくーちゃんには殺人視線を落としていったけど……ひえぇ、本気で怖かった!!

 そしてチャイムが鳴り出した。

「うわわ、そろそろ戻らんとあかんな?」
「あ、くーちゃん、そしたらこれ次ハリーに渡して? その後ヒカミッチにとチョビっちょに回すように言伝もついでに!」
「おっけいやで。ほんならちゃん、セイちゃん、またな?」
「うん。クリスくん、またね!」

 色紙をしっかりと握り締めてくーちゃんが教室を出て行く。

 さてさて。首尾よく志波っちょのメッセージもゲットできたし、あと入手困難なのはリッちゃんだけかな。
 週明け捕まえられたら、すぐに書いてもらわなきゃ。

 ……6時間目は化学だから、きっとリッちゃん戻ってこないだろうし。

「はい、授業を始めますよー」

 ゆっくりと教室に入ってきた若王子先生を見ながら、私と水樹ちゃんは小さくほくそ笑むのでした。



 そして週明け。
 いきなりのメールに、私は朝ご飯もそこそこに家を飛び出した。

『To:
 Sub:さっさと起きろ
 本文:可能な限り早く学校に来い。
    あかりのヤツ、珊瑚礁に色紙忘れてったんだ。
    例の茂みにて待つ』

 佐伯くんからモーニングコール、じゃなくてメール貰っちゃったぁぁぁぁ!!!

 いや別に特別な意味を持つメールじゃないんだけど!
 私のメアド、あかりちゃんから聞いたのかな?
 これ、佐伯くん直通携帯メアドだよね!?
 うわぁ、はね学プリンスの携帯番号に引き続き、メアドまでゲットしちゃったよ!
 私、今年の運をすごい勢いで消費してる気がする!!

 ハニートーストをほおばりながら、携帯を見て硬直してしまった私を、パパもママもきょとんとして見てたっけ。

 惜しむらくは、時間が時間だけに今日はユキと会えなかったこと。
 ううう、はね学プリンスとユキ、天秤にかけてもあきらかにユキのほうが重いんだけど……!!

 ほら、色紙の引渡しっていう重大要項があるわけだし!

 って私、誰に言い訳してるんだか。

 急いで電車に飛び乗って、最寄り駅からは全力ダッシュ!!
 はね学に到着したのは8時前。
 登校してる人なんて誰もいない。教員用駐車場だってまだ半分しか埋まってない。
 私はそのまま急いで『例の中庭の茂み』に駆けていった。

「佐伯くん……?」

 茂み近くまで寄って声をかけると、ひょこっと手だけが伸びてきた。
 ちょいちょいと、手招きして。

「お邪魔しまーす」

 一声かけて、茂みの中へ。

 そこには朝からカッコいい佐伯くんがいた。
 右手に英語の教科書。うわ、予習してたのかな。

「早かったな。偉い偉い」
「ダッシュしてきたもん! 佐伯くん、いっつもこんな早いの?」
「店の仕込みが遅くなって予習時間取れなかった時はな」

 草むらにあぐらを掻いてる佐伯くん。
 私もその対面に座った。

「ほら色紙」
「ありがと! メッセージ書いてくれた?」
「書いたよ。あかりもも、随分幼稚なプレゼント提案するよな」
「言わないでよー。若王子先生にどうやったら受け取ってもらえるか、みんなで考えたんだから」
「ふーん」

 興味なさそうに返事する佐伯くん。もう、素直じゃないなぁ。
 色紙に目を落とせば、書かれてるメッセージも優等生然としたごくごく事務的な書式のもの。

「なぁ」
「なに?」

 ハリーやヒカミッチのメッセージにも目を通していたら、佐伯くんに呼ばれた。
 顔を上げてみれば、そこには佐伯くんの難しい表情。

「どうしたの?」
「あのさ。あかりって……」
「あかりちゃん?」
「……その色紙、提案したのあかりなんだろ?」
「うん。プレゼントしよー! って言い出したのは私だけど」
「あかりって、若王子先生のこと好きなのか?」


 ……へ?


 佐伯くんの質問に、思わず間抜けな顔になってしまう。

「いやまぁ……嫌ってないと思うよ? ごく普通に慕ってると思うけど」
「ごく普通に?」
「う、うん。多分」
「どっちだよ」
「えと、普通に生徒が先生を尊敬する程度には……」

 いつになく不機嫌そうなというか、拗ねたようなというか、そんな表情の佐伯くんに唖然とする。

 なになになに。
 もしかして佐伯くんって。

「あかりちゃんのこと好きなの?」
「だっ、誰がそんなこと言った!?」

 青色リトマス紙に酸を落とすがごとく。
 間違いないっ!! この反応は間違いないっ!!

「そうなんだ! うわ、佐伯くんってそうなんだ!?」
「なっ、なにがだよ!? 誤解するな!」
「ほら! 私何も言ってないのにそんなこと言って!」
「っ!!」
「はね学プリンスも人の子だねぇ〜! 照れることないじゃない、ファンの子にばれたわけじゃないんだしっ。あかりちゃん可愛いもんね〜」
「ウルサイっ!!」

 ずべしっ!!

「あだーっ!!」

 今までくらったチョップの中で、最高ランクに当たる強烈なチョップが脳天に落とされた!
 う、うぅ〜痛い……。

 でも、こんなことくらいではめげないのだ。

「そっか、このこと聞きたくて私を呼んだんだ? だよね、色紙渡すだけなら、もともと持ってたあかりちゃんを呼び出すもんね〜」
「違う! 今日はあかり、疲れてると思ったから朝早く呼び出すのは」

 ……ん?

 我ながら恐ろしい才能だとは思うんだけど。
 こういうとき、私の頭の回転はものすごく速い。
 多分、IQ200と噂されてる若王子先生より学年首席の水樹ちゃんより早い。

「佐伯くん、昨日あかりちゃんとデートしたなっ!?」
「なっ、なんでお前が知ってるんだよ!?」
「当たったー!!」
「あ」

 慌てて口を押さえる佐伯くんに対して、私は勝利のガッツポーズ!
 なんだそうだったんだ。
 付き合ってる……わけじゃなさそうだけど、お互い名前呼びの裏にはこういう理由があったのか〜。

 いいなぁ、美男美女のお似合いカップル!
 うらやましー!!

 しかししかし佐伯くん。
 にこにこと温かい目で見つめる私に対して、ぎりぎりと奥歯を噛み締めてたかと思えば。

 急に余裕の表情を見せて、腕を組んで。


「なに?」
「覚悟しろ。珊瑚礁で手足のように散々こきつかってやる」
「えぇ!?」

 言いながら佐伯くんが鞄に教科書をしまい始める。

 って、それ完全に八つ当たりじゃない!
 私は悪くない〜〜〜!!

「あかりに余計なこと言うなよ。それから、明日からお前、30分早く来てフロア掃除な」
「えええ!? ありえないっ! 横暴だーっ!!」
「時給減らされたいか」
「佐伯くんの鬼! 悪魔! スケベ! 親父!」
「……なんでスケベだよ」
「水着エプロン着用時のあかりちゃんの言葉を借りました」
「ほほう。まだ言うか。資本主義社会において雇い主に逆らうとどうなるか、たっぷり教えてやる」
「きゃーっ、ごめんなさい佐伯さまーっ!!」

 形勢逆転……。

 私はその後平謝りに謝って佐伯くんのご機嫌取りに努めたのでした。
 ううう、佐伯くんの鬼ー!!



 そんなこんなで放課後。

「あ、どうだった?」
「うんバッチリ! 喜んでくれたよ、若王子先生!」

 掃除当番だったから一緒に行けなかったんだけど、放課後あかりちゃんと水樹ちゃんとぱるぴんが若王子先生に色紙を渡しに行って。
 掃除を終えたあと、日直日誌を書きながら待ってたら、3人ともにこにこしながら戻ってきた。

「もー、若ちゃんてば大げさなんやで? 色紙読んでた思たら、急に涙ぐむんやもん!」
「メッセージ書いてくれた人みんなにお礼を言うって言ってたから、あとでもお礼言われるんじゃないかな」
「よかったね、受け取ってくれて。ちゃんが提案してくれなかったら、若王子先生のあんな顔見れなかったよ」
「そんなこと。でもよかった! ちゃんと受け取ってくれて」

 若王子先生がどれだけ喜んでくれたかは、この3人の笑顔を見ればわかる。
 あー、私も一緒に行きたかったな。

「さて帰ろ帰ろ! セイは今日もバイトやろ?」
「うん。急がなきゃ」
「そうだね。ちゃんも帰ろう?」

 ぱるぴんは既に自分のクラスから鞄を持って来てたみたい。
 水樹ちゃんとあかりちゃんももう教科書類は鞄に詰めておいたようで、二人とも鞄を手にして私の机の前までやってくる。

「ごめん、日誌まだまとまらないんだ。今日は先帰って!」
「あ、今日の所感の欄やろ。そこやっぱめんどいやろ? 行事もない普通の日に感想もなんもあるかいって」
「ねー。だから、ね。気にしないで帰って」
「そう? じゃあちゃん、また明日ね」
「ばいばい、
「また明日な!」
「うん、また明日」

 3人は私に手を振りながら帰っていく。

 ……さて。

 再びたった一人になった教室で、私は日誌とにらめっこ。
 ぱるぴんが言ってた『今日の所感』の欄。
 さすがに若王子先生の誕生日感想、なんてのはまずいだろうし……。
 いや、先生ならアリかもしれない。

 うーん、うーん。

 腕組みして唸ってみる。
 すると、教室の後の扉がガラっと勢いよく開けられた。

「あれ、。まだ残ってたの」
「リッちゃん……もしかして、今の今まで」
「うん。屋上で寝てたらこんな時間」

 しれっと答えるリッちゃん。あ、相変わらずクールだ。
 昼休み頭に捕まえて、メッセージを記入してもらったあとにどこかに行っちゃったんだけど。
 まさか5時間目6時間目放課後ブッチ切りでお昼寝とは……。

「居残り?」
「うん、日誌がまとまらなくて」
「そんなの昨日と同じ、通常通り、でいいじゃん」
「……リッちゃん、それで提出したことあるの?」
「毎回それ」

 なんてツワモノ!!

 鞄を右手でかついで、リッちゃんは私の元までやってきて手元の日誌を覗いた。

「若先生ハピバーとでも書いとけば?」
「いやいやいや……さすがに、ねぇ」
「やや、先生お祝いメッセージはいくら貰っても嬉しいですよ?」

 にゅ、と。
 リッちゃんの横から、いきなり若王子先生が出てきた。
 気配もなくいつの間に。

「わっ。びっくりした」
「驚かせてすみません。日誌が届いてなかったので様子を見に来たんですが、悩んでますね? ピンポンですか?」
「ピンポンです」
「困ってるなら、いつも通りでも通常通りでも構いませんよ。ねぇ、大崎さん」

 ぎく

 そろりそろりと教室を出て行こうとしたリッちゃんの足が止まる。
 若王子先生が笑顔で振り向くと、リッちゃんも「うー」と言いながら振り向いた。

「若先生、性格悪い」
「やや、そんなことないですよ。ね、さん」
「はぁ……」
「そうだ。さん、メッセージ色紙ありがとう。先生、とても嬉しかったです」

 ぽんと手を打って若王子先生が首を小さく傾げながら微笑んだ。
 ふわぁ、イケメンの笑顔ってマイナスイオンよりも癒し効果大だ……。

「それから大崎さんも」
「う」
「逃げないでください。先生、お礼を言いたいだけなんですから」

 再びそろそろと逃げようとしてたリッちゃんの足を止める若王子先生。
 リッちゃんも観念したのか、口を尖らせながらこっちへゆっくりやって来た。

 若王子先生は満足そうに微笑んで、私の目の前の椅子に腰掛ける。
 リッちゃんは私の隣の席の机に。

「やや、さん、先生いいこと思いつきました」
「はい?」

 唐突に若王子先生が手を挙げた。

「はい、若王子くん」

 教頭先生の口真似をして生徒をあてるように先生を呼ぶと、ぷっとリッちゃんが吹き出した。
 へっへー、教頭先生のモノマネは自信あるもんねっ。

「はい先生。えっと、先生これから大崎さんに歌を歌ってもらいます。今日の所感の欄には、その感想を書くってどうですか?」
「は? リッちゃんの歌?」
「ちょ、なんで私が歌わないといけないの」

 きょとんとして聞き返す私に、抗議の声を上げるリッちゃん。
 でも先生はえっへんと胸をそらして。

「Happy birthday Dr. I give you a birthday song.Expiration date:Until the time when I remember it」
「う」
「え、なになに? 今の英語、なんて言ったんですか、若王子先生」

 若王子先生の流暢な発音。すると、それを聞いたリッちゃんは顔をしかめて、若王子先生はにやりと微笑んで。

「誕生日おめでとう。あなたにバースデイソングをプレゼントします。有効期限は私が覚えているまで。大崎さんが先生にくれたメッセージです」
「へぇぇ! リッちゃん、素敵なメッセージだね!」
「もう忘れた!」
「やや、今日のことを忘れてしまうなんて。歌ってくれたら今までの化学の小テストサボりを見逃してあげようと思ったのに」
「ううう……今日の若先生、卑怯だっ」
「先生大人ですから」

 うわ、めずらしい。
 若王子先生とリッちゃんが対決して、リッちゃんが押されてるなんて。

 やがてリッちゃんは、その大人びた外見からは想像できないくらいにぷくーっと頬を膨らませて。
 私と若王子先生、思わず笑っちゃった。

「ちぇ。いいよ、じゃあ歌うよ! 何歌って欲しいの!」
「や、怒らないでください。先生、大崎さんの歌声は本当に綺麗で大好きなんですから」
「うん。私も大崎さんの歌好きだよ!」
「……いいから早くリクエスト」

 むくれてるリッちゃん。あのクールビューティが。かーわいーい!

 若王子先生はしばらく顎に手をあてて考えていたけど、やがてにっこりと微笑んだ。

「やっぱりごくごく普通のハッピーバースディを歌ってください。それがいいです」
「はいはい」

 ひらひらと手を振って、リッちゃんは机から飛び降りる。

 でも、一度深呼吸してから見せる表情は、歌に対して真剣そのものの、歌姫の表情だった。
 静かに、厳かに。
 教室に、大崎さんの透き通った歌声が響いた。

 Happy birthday to you...
 Happy birthday to you...
 Happy birthday dear...

「……」

 ぴたりとリッちゃんの歌が止まる。
 すると若王子先生、とっても嬉しそうに微笑みながら。

「貴文です。先生の名前」
「……」

 リッちゃんは軽く眉をひそめるものの。

 Takafumi...

「うん」

 先生はよっぽど嬉しいのかにこにこしながら大きく頷いた。

 Happy birthday to you...

 ぱちぱちぱち。
 歌い終わったリッちゃんに、私と若王子先生は拍手を贈る。

「素敵! やっぱり大崎さんの歌ってすごい!」
「先生もそう思います。大崎さん、誕生日プレゼントどうもありがとう」
「どーいたしまして……」

 あいかわらずむすっとむくれた表情のリッちゃんだけど、ちょっとだけ頬が赤い。
 あはは、褒められるの苦手なんだろうな、きっと。

 私は今日の所感の欄に書き込んだ。

 今日は大崎さんの歌が最高にブラボーでした、と。

「そうだ大崎さん。先生ひとつだけお願いがあります」
「はぁ? 歌わせといてまだなんかあんの?」
「やや、何かやってもらおうっていうんじゃありません。お願いです」

 私が日誌に書き込んでいると、先生が再びぽんと手を叩いた。
 見上げれば、不機嫌そうに先生を見上げてるリッちゃんの真正面で。
 若王子先生はちょっと困ったように微笑んでいた。

「大崎さんのメッセージ、嬉しかった。でも、先生のこと『Dr.』って呼ぶのは勘弁してください」
「なんで? なんとなく白衣ってだけでDr.って書いただけなんだけど」
「うん。大崎さんに他意がないのはわかってる。でもやっぱりDr.って呼ばれるのだけは、ちょっと」
「ふーん……?」

 首を傾げながら返事をするリッちゃん。
 なんでだろ。センセーっていうより、ドクターって方がカッコいい気がするけどな。

「まぁ若先生が嫌だっていうならわざわざ呼ばないけど」
「うん。ありがとう大崎さん。さて、さんは日誌書けましたか?」
「あ、はい! 書けました」
「はいはい。ごくろうさま、日直さん。日誌預かりますね」

 私は若王子先生に日誌を手渡して立ち上がる。

「さ、もう遅いです。ふたりとも今日は帰宅してください」
「若先生がひきとめてたんじゃん!」
「まぁまぁリッちゃん……それじゃ先生、さようなら!」
「はい、さようなら。大崎さんもさんも、今日は本当にありがとう。先生、とっても嬉しかった」

 鞄をとってリッちゃんの腕をひっぱりながら若王子先生にさよならする。

 夕陽の逆光に照らされた若王子先生は、とっても嬉しそうに笑いながら私たちに手を振ってくれた。

 というわけで。
 若王子先生にプレゼントを渡そう作戦は無事終了!
 朝から疲れる1日だったけど、今日は楽しい日記がかけそうだ。
 半ば不貞腐れ気味のリッちゃんを宥めながら、それでも私はるんるん気分で下校したのでした。

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