「卒業式が終わって、教室戻ってきて、若ちゃんの話も終わった頃にいきなりやってきたんや」
「やってきたって……花椿先輩が?」

 教室の中央の席に座らされたオレ。
 その対面に西本と針谷が座り、オレたちを他のクラスメイトがぐるりと取り囲むように立っていた。

 オレの問いかけに西本はぎゅっと眉を寄せたままこっくりと頷く。

「もう、あっという間の出来事やってん!」



 73.真の乙女は誰のもの



「チャオ! 3−Bのみなさん、ご卒業おめでとう♪」

 派手派手しい改造制服に、底の見えない笑顔。
 それは全くいつもと変わらない花椿先輩だったらしい。

 突然の来訪に、若王子先生も3−Bのメンツもぎょっとしたらしいけど、花椿先輩はそのままするりと教室に足を踏み入れたとか。
 一番に反応したのが、なぜか大崎だったらしくて。
 教室の隅の志波の席までものすごい勢いで逃げていき、その背中に隠れたらしい。

「大崎と花椿先輩って、なんか因縁でもあるのか?」
「口にしたくもないっ!」

 今も志波と若王子先生の背後に隠れるようにして、尋ねたオレにつっけんどんに言い返す。
 代わりに答えたのはクリスだった。

「リツカちゃんな、姫子ちゃんに『真の乙女候補』として狙われとったらしいねん」
「は? 真の乙女?」

 なんだよそれ?
 オレは再びぽかんと口を開ける。
 そういやそんな単語、ずっと前にあかりの口からも聞いたことがあるような気がする。

 といっても、その真の乙女とかいうヤツに、なんであの大崎が選ばれてんのか意味わかんないし。

「リツカだけじゃない。水樹も海野もだ。……もそうだったらしい」
も……?」

 志波の言葉に眉をひそめる。
 の口から花椿先輩の話なんて、聞いたことないし。

 花椿先輩はぐるりと教室中を見回したあと、頬に手を当ててため息をひとつついたあと、

「みなさん、3年間本当に充実していたことでしょうね。我がカメリア倶楽部もこの代にはとても期待していたのだけれど、想像以上だったわ」
「あのー花椿さん、それで一体何の御用でしょう?」
「あら、私としたことが! ごめんなさい若王子先生、すぐに終わりますから」
「はぁ」

 首を傾げつつも、大崎の側に寄る若王子先生。
 すると花椿先輩は、コツコツとヒールを鳴らしながら教室中央へと歩き始めた。

「デイジーにエリカにシオンにベラドンナ……。本当に綺麗に咲いたわね」

「……3−Bにそんな鉢植えあったか?」
「ちげーっつーの。それ、あかりやセイたち乙女候補に姫子先輩が勝手につけた名前だっつーの」

 どういうネーミングセンスだよ!?
 表情をひきつらせながらあんぐり口を開けたオレに、藤堂と志波がわかるわかるとでも言いたげに頷いた。

 花椿先輩は威嚇する大崎や藤堂に微笑みかけたあと、ぴたりと足を止めて。

「でもこの中で、最も気高い心を持って育ったのはアザレア、あなたね?」

 そう言って肩を叩いたのは、だったという。

ちゃんな、ここんとこずーっとボーッとしとったんよ。大学受験終わった頃からはもっとひどくなって」
「姫子先輩が肩を叩いたときも、反応鈍かったもんね」

 眉間にきゅっとシワを寄せながら、クリスとあかりが頷きあう。
 そしてオレの目の前の針谷は、誰のせいだと、オレを睨みつけていた。

 の肩に手を置いた花椿先輩はにっこりと微笑んで、

「アザレア、あなたをカメリア倶楽部に迎えます。真の乙女として、私の任務を引き継いでくれるわね?」

「花椿先輩の任務?」
「私たちも何のことだかわからなかったんだけど、若王子先生が急に焦りだして」

 水島が頬に手を当てて首を傾げる。
 オレは若王子先生を振り向いた。
 若王子先生はらしくない厳しい表情をして、大崎に向けていた視線をオレへと移す。

「佐伯くん、急いでさんを探してください。このままだと、おそらくさんは二度と……」
「二度と……二度となんなんですか!?」

 思わず腰を浮かせて若王子先生を問い詰める。
 でも若王子先生はその先を言うことを恐れるかのように、首を振った。
 その反応に、オレの頭に血が上る。

「若王子先生は、が連れて行かれたら戻ってこないかもしれないってわかってながら、止めなかったんですか!」
「瑛くん、本当に一瞬のことだったの! 若王子先生は止めようとしてくれたんだよ!? だけどっ、先生の手がちゃんの手を掴むより一瞬早く……」
「桜吹雪、が」
「……は? 桜吹雪?」

 あいかわらず青ざめた顔していた大崎のつぶやきに、何言ってんだよってつっこもうとして。
 開いた大崎の手のひらに、ひとひらの桜の花びらがあった。

「教室中に桜吹雪が舞ったんや!」
「佐伯、マジなんだって! オレたち全員見たし!」
「で、その桜吹雪がやんだあと、もう姫子先輩もさんもいなくなってたの!」
「は、はぁ?」

 なんだよそれ?

 すっげーイリュージョンだったよな、でも桜の痕跡なんか残ってないもんね、つーかカメリア倶楽部ってマジで何? と……
 口々に騒ぎ出したクラスメイトたちを、オレはぽかんと見つめるしかできなかった。
 誰が信じるんだよ、そんなSFまがいの出来事。

 そう言いたかったけど、がここにいないのは事実で。
 若王子先生の様子からして、そのカメリヤ倶楽部とかいう秘密結社みたいなのがを連れていったってことは間違いない……らしい。

 で。
 オレはどうしたらいいんだ……?
 若王子先生は探しに行けって言ったけど、一体どこに?

 髪を掻き上げながら途方に暮れるオレ。

 その時だ。

「氷上前会長! はね学の全ての出入り口の封鎖完了しました!」
「姫子先輩が外に出た形跡はありません!」
「そうか、ご苦労だった、みんな」

 ガラッと勢い良く扉を開けて飛び込んできたのは、腕章をはめた2年生。生徒会役員だ。
 氷上が立ち上がり労うと、そいつらはぺこっと頭を下げて素早く去っていく。

「佐伯くん、聞いての通りだ」
「聞いての通りって」

 振り向いたオレを氷上が手招きする。
 オレは誘われるがまま、ウチのクラスのトップブレーンの輪の元へ。
 小野田やセイが難しい顔して覗きこんでいるものをオレも覗き込めば、それははね学校舎の見取り図だった。

「若王子先生がおっしゃったことが事実とだとすれば、一刻を争う事態なんだろう? 校内に精通している僕や小野田くん、それから姫子先輩と親しい水樹くんたちからの情報を集めた結果、くんが連れて行かれたと思われる場所がいくつか浮かび上がったよ」
「本当か!? どこだ!?」
「まずは生徒指導室です。ここで姫子先輩の声を聞いたことがあると、何人かの生徒の証言があります」

 小野田が指したのは2階の教員室に程近い生徒指導室。あかりがうんうんと何度も頷いてる。

「あとはここ! 手芸部が部室としてもつかってる被服室! 手芸部とカメリア倶楽部って深い繋がりがあるよ」

 次にセイが指したのは3階隅の被服室だ。文化祭のファッションショーでセイはモデルを何度かやってたから、この意見も信憑性がありそうだ。

「あとここ」

 そして、意外にも最後の可能性を指したのは、オレの背後からやってきた大崎だった。
 大崎が指しているのははね学の屋上だ。

「なんでだよ?」
「前に連れ込まれそうになったことある」
「は? 大崎が? ていうか、屋上に連れ込むような場所ないだろ?」

 屋上にあるのは給水塔だけだ。唯一のドアは校舎へと続く出入り口だけ。
 でも大崎はムッとした表情でオレを睨みつけながら、

「私だってあとから確かめに行ったときはなにもなかったけど。あの時は本当に入り口があったもん」
「佐伯くん、カメリア倶楽部の入り口は神出鬼没です。秘密の暗号、カメリア倶楽部へのパスポートです」
「いや、カメリア倶楽部ってトトロの森じゃないし」

 なんなんだよ?
 オレが羽ヶ崎を離れた1ヶ月で、なんでこんなSF学園になってんだよ、ここは!?

 オレはみたいに頭を掻き毟り……たかったけど、そんなヒマさえ惜しいんだ。

「3箇所か……どこが一番確率高いんだ!?」
「通常、姫子先輩の出現率が一番高いのは被服室ですが……」
「カメリヤ倶楽部へとさんをいざなったのなら、やはり入り口が現れたことのある屋上でしょう」

 若王子先生のお墨付きに、オレは乱暴に椅子を倒しながら立ち上がった。
 そしてそのまま屋上へと駆け出す!

「瑛くん、私も!」
「ボクも行くで!」

 あかりとクリスの声がしたけど、待ってる暇はないんだ!

「オレたちも行くぞ! 屋上は佐伯に任せて、手分けして被服室と生徒指導室!」
「ほんなら、アタシは被服室な!」
「生徒指導室は元生徒会役員の僕に任せてくれたまえ!」

 針谷たちのありがたい友情を背中に感じながら、オレは教室を飛び出した。

 わかってる。アイツらはオレのために立ち上がろうとしてるんじゃないって。
 、お前のためなんだ。お前が大事にしてた『友達』が、今お前を守ろうと必死になってる。

 オレだけがお前を見捨てたんだ。

 ……だけど、見つけてみせる。
 どんなに海が広くたって、オレは必ず、お前を見つけてやるっ!



 と、強く決意を固めたのもつかの間だった。

「あ、いた! 佐伯くーん!」
「げっ!?」

 1階廊下を階段方面へと駆けていたオレに、真正面から走ってくる女子軍団!
 オレが在学中にもまとわりついてきてた女子たちだ。さすがに先頭集団には見覚えある。

「悪いけど、どいてくれ!」

 一応頼んでみるけど、こいつらちっとも聞きやしないんだ。
 くそっ、悠長なことしてる時間なんかないのに!
 階段はすぐそこで、Uターンして迂回した場合はかなりの時間ロスだ。

 落ち着け、オレ。考えろ!

 せまりくる軍団まであと3メートル。
 すると。

「瑛クン、瑛クン、ボクが合図したらちょぉ口パクしてくれへん?」
「は!? なんだよいきなりっ」
「ええ考えがあるねん。ほないくで? サン、ハイ!」

 オレの真後ろにぴったりとくっついてきてたクリスにこそっと言われて。
 なんか嫌な予感もしたけど、オレにアイデアがない以上はクリスの案に頼るしかない。

 オレは言われたとおりに口をパクパクとそれっぽく動かした。
 その瞬間だ。


「どかんかいボケェ! いてまうぞゴルァア!!」


 ぴたっ

 それはまるで彫刻のように。
 前から迫ってきていた女子たちが、ビデオを止めたかのようにぴたりとその動きをやめた、つーか硬直した。
 その間をすり抜けるオレとクリスとあかり。

「く、クリスくん……」

 あかりの唖然とした声に振り向けば、クリスは心底しょんぼりした顔をして、

「うぅ〜……ちゃんのためとはいえ、オンナノコに奥義使う羽目になるなん、思わんかった〜……」
「よくやったクリス! おとうさん嬉しいぞ! ご褒美にあかりの水着エプロン写真をやろう!」
「えっ、ホンマ!? あかりちゃんの水着写真??」
「て、瑛くんっ! なんで私のなの〜っ!!」

 ぱっと表情を輝かせたクリスに、真っ赤な顔して抗議してくるあかり。
 ばかだな、の写真なんか一枚だって流出させるわけ……。

 ……。

 まぁ、秘密にしとくほど立派な体でもないけど。

 ぐっさー! ちょ、それひどくないですかー!?

 ここにがいたらそんなこと言って思いきり憤慨しそうだな、とか思いながらオレは廊下を駆け抜ける。

「あれ、瑛クン笑っとるん?」
「笑ってない。無駄口叩いてないで急げ!」

 緩んだ口元がクリスにばれたことがちょっと恥ずかしくて。
 口を真一文字に結びなおし、瑛クン部長面〜と言われながら階段を駆け上がる。
 つーか……4階までダッシュで駆け上がるって……さすがにキツイな。

 でもさすがに卒業式、1階の3年のフロアはあんなに賑わってたのに、2階以上は静かなもんだ。
 オレたちは自分たちの足音だけを聞きながら一気に階段を上りきり、屋上への階段がある4階中央へ。

 その途中、

『佐伯くん! 2階の生徒指導室はもぬけの殻だったよ!』

 スピーカーから氷上の声が響く。

「生徒指導室はハズレだったんだね」
「あとは被服室と屋上やんな!」

 クリスとあかりの声は、ほっとしてるとも不安に包まれてるとも判断しがたい声音だった。

 そしてオレたちはようやく屋上へと続く階段までやってきた。
 ついでに響いてくる針谷の怒声。

『被服室にもいなかったぞ! 佐伯遅ぇよ! 急げっつーの!』
「針谷のヤツ……スピーカーごしに叫ぶなよな」

 音が割れてハウリング音まで響かせやがって。
 なんか氷上と揉めてる声まで聞こえてくるし。

「瑛くんっ、じゃあ、この上にちゃんが……?」
「いるかどうかは確実じゃないけど、可能性が一番高いのはここだ」

 階下から校舎と屋上を隔てる分厚い扉を睨みつける。
 不安そうにオレを見つめるあかりと、両手に握り拳を作って気合いを入れてるクリスを見て、オレは力強く頷いて。

 一気に階段を駆け上がり、重い鉄の扉を開け放つ!


 バタン!!


っ……うわ!?」

 扉を勢い良く開け放った瞬間、強い春風と共に舞い上がる桜の花びら。
 思いのほか風が強くて、オレは両腕を上げて花びらを防ぐ。

 ……って、なんで屋上に桜が舞ってるんだよ?
 つーか桜の開花ってまだだろ?

 なんてのんきなことを考えたのは一瞬だ。

 そうだ、大崎が、クラスの連中が言ってたじゃないか。
 教室中に桜吹雪が舞った、って。

 ということは!

!」

 やがて風はやみ、待っていた桜も掻き消える。
 オレは腕を下ろし、クリアになった視界にの姿を探す。

 いた!

 屋上の端、フェンスに向かうようにして佇んでいる制服の後姿。
 いっつも同じ長さに切りそろえてるショートボブ、ケープのせいで余計になで肩が際立つ細い肩、小さくてコンパクトなの体。
 無理して笑顔を見せてたあの時の後姿と重なる。

!」

 オレは声の限り、叫ぶようにして名前を呼んだ。

 なのに。

 確実に声は届いてるはずなのに、が振り向かない。
 な、なんだよ、もしかして拗ねてんのか?

「おい、……」

 駆け寄ろうと、1歩踏み出す。
 だが、そのオレを遮ったのは、

「あら、ごきげんよう佐伯くん。アザレアに御用かしら?」
「っ!?」

 真後ろから聞こえた、高い声。

 飛びのくように振り向けば、そこにはピンクの改造制服を来た花椿先輩!
 にこにこと人のよさそう……に見える笑顔を浮かべながらこっちを見てるけど、その肩越しに見えるクリスとあかりは緊張を解いてない。

 無視だ。構ってる場合じゃない。
 オレは再びの方を振り向、

「残念だけれど、アザレアはもうあなたのものではなくてよ?」
「え」

 振り向こうとしたオレを、たった一言二言で止めてしまう花椿先輩。
 オレは視線だけに戻す。でも、は変わらず屋上から海の方向を見つめたまま動かない。

 クスッという笑い声が聞こえて、オレは花椿先輩をにらみつけた。

「まぁ怖い。そんな顔をして女の子を睨んではだめよ?」
「どういうことだよ!? あんた、に何したんだ!?」
「私は何もしていなくてよ。アザレアを手放したのは、佐伯くん、あなたのほうでしょう?」
「っ」

 挑戦的な笑みを浮かべながら薄く笑う花椿先輩。
 オレはカッと顔が火照るのを感じた。

 花椿先輩はコツコツとヒールを響かせながら、オレの横を通り抜け、ゆっくりとのほうへと歩き出す。

「私としては佐伯くんがアザレアを手放したことで、長年の任務を務め上げることができるのだから、感謝しなくてはならないわね? アザレアは真の乙女として、本当に気高く成長したもの」
「あの……姫子先輩、その、真の乙女って……?」
「あらデイジー! 残念ね、あなたも素質は十分にあったのに」

 オレの横に並びながらおずおずと尋ねたあかりに、花椿先輩は満面の笑顔を見せる。
 そして花椿先輩は、こちらに背を向けたままのの肩に手を置いた。

「真の乙女とは、ここを巣立ち行く乙女たちを見守り、導く、険しき道を行く者……。アザレアならば私の後を見事引き継いでくれるでしょう」
「ふざけんなよっ! そんなものに、勝手にを巻き込むな!」
「勝手にかしら? アザレアはここで様々な経験を積み、その結果、この道に辿り着いたのではなくて? そしてその道へと導いたのは他でもないあなたでしょう?」

 優雅に微笑む花椿先輩。
 違う、とはいえなかった。
 針谷も言ってたし。が抜け殻のようになってしまったのはオレのせいだって。オレだって……自分がしてしまったことは自覚してる。

「自分よりも他者を思いやり、顔で笑って心で泣いて。ただ愛する人の幸せを祈る……あぁっ、これほど真の乙女にふさわしい乙女が今年誕生するなんて!」

 花椿先輩は涙を芝居がかった口調でシナを作る。

 そんなの。

 そんなのアンタにいわれなくったって、オレだって知ってるんだ。

っ……」

 だって、オレはお前がそういうヤツだから、ずっとがんばって来れたんだ。

 珊瑚礁を守るために仮面かぶって無理してたオレを、出会ってからすぐに気遣ってくれた。
 あかりに失恋したときも、自分の恋に辛い思いしてたのに、そんな素振り見せないで励ましてくれた。

 いつだってオレはお前に寄りかかって甘えてばかりで。

 オレ、お前がいないとだめなんだ。
 オレ……お前をだめにしちゃうんだ。

 そう、思ってた。

 だけど。

 オレは一度深呼吸をしてから、の後姿をキッと見つめた。

 お前の気持ち、ちゃんと最後まで読んだから、今ならわかる。
 お前だって、オレがいなきゃだめなんだろ?
 オレがいないと、困るんだろ?

 謝りに来たんだ。
 そして、迎えに来たんだ。

 オレは一歩、一歩と歩き出す。

「瑛クン」
「がんばってっ、瑛くん!」

 クリスとあかりの声援を聞きながら、オレは腕を伸ばせば届くくらいの距離までに近寄った。
 隣で含んだ笑顔を浮かべてる花椿先輩は、この際無視だ。

……ごめん。本当にごめん。オレ、馬鹿だったよ。自分のことばっかで、お前のことを考えてるつもりで……なんにもわかっちゃいなかったんだ。オレはこんな自分が大嫌いだったけど、のおかげで、少しだけど自分のこと理解できたような気がする」

 と一緒にいたときは自分に素直になれて、その時の自分は悪くないなって思えたんだ。
 でも、オレはまだ未熟で、幼くて、これから先もずっとずっと、もっと考えなきゃならないんだ。
 だから、

がくれたもの、オレだってお前に渡したい。お前がいないとだめなんだよ。オレ、お前がいないと困るんだよ!」

 頼む。
 頼むから、真の乙女とかいうわけわかんないものになるなよ。
 誰かのための一人になんかなるな。

 オレの、オレだけの人魚でいて欲しいんだ……!


っ!!」


 思いのたけを全て籠めて、名前を呼んだ。


 一陣の風が舞い、オレとの間を通り抜ける。
 それでも、は振り向かない。
 ある程度覚悟していたつもりだったけど、オレは深い絶望を感じて。

 隣の花椿先輩の笑みが、いつしか慈愛に満ちた柔らかなものに変わっているなんてこと、気づきもしなかった。

 ピク、との肩が動く。
 ゆっくりと、その体がオレの方をむく。

 久しぶりに見る幼さの目立つその顔は、鳩が豆鉄砲くらったような、っていうか。

 大きな瞳が、二度三度と瞬いた。

「……佐伯くん?」

 聞きたかったお前の声を聞けて。

「うわ!? ちょ、どうしたの佐伯くん!?」

 情けないことにオレは、膝から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

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