「佐伯くんっ!?」
『うん、オレ。久しぶり、
「久しぶりって……! 今、どこにいるの!? 心配したんだよ! クリスマスから連絡とれなくなっちゃうし、年明けても学校来ないし!」
『ごめん。ちょっといろいろ片付けてたから、忙しかったんだ。……なぁ、これから出てこれないか?』

「すぐ行く!」



 68.呪縛



 バスを降りた私は息を切らせながら浜へ駆け下りて、佐伯くんに指定された防波堤へと急いだ。
 1月の末日。海風が吹き荒れる浜はすっごく寒い。でもそんなの気にしてられない!

 クリスマスのあの日から、佐伯くんは私の前から姿を消した。
 携帯もメールも繋がらなくて、勿論私は大パニック。

 珊瑚礁がつぶれたショックで、どこかに引きこもっちゃったとか!?
 平気そうな素振り見せてたけど、やっぱり本当は立ち直ることも出来ない状態だったんじゃ、とか。
 珊瑚礁に直接行ってみても、佐伯くんもマスターもいなくて。

 今年の初詣は一人で行って。

 ……誕生日も、ひとりで過ごして。

 年明けの新学期、くーちゃんやぱるぴんからプレゼント貰ったけど……佐伯くんは学校にも来なかった。
 3学期は、受験組のほとんどが登校日以外来なかったりするから、クラスでは特に話題にもなってなかったけど……。

 音信不通のまま1ヶ月以上!
 急に電話かかってくるんだもん!

「佐伯くん!」

 言われた防波堤にたどりつけば、強い海風に吹かれたまま立ち尽くしている佐伯くんが見えて、私はスピードを速めた。
 佐伯くんも、ゆっくりとこっちを振り返る。

「久しぶり」

 あ。

 佐伯くんの目の前まで歩み寄って、私は言葉を失くす。
 いろいろと言いたいことや聞きたいことがあったのに、一瞬で言葉につまってしまった。

 クリスマスのときと変わらない、佐伯くんの感情を押し込めた無味な笑顔。

「ゴメン、急に呼び出して」
「それはいいんだけど、一体今まで何してたの? 急に連絡取れなくなるんだもん。心配したよ」
「いろいろ片付けてて忙しかったんだ。今日、ようやく片がついたからに連絡できた」
「片付け? 珊瑚礁の?」

 それにしては、珊瑚礁の様子は変わりなかったみたいだけど。
 首を傾げれば、佐伯くんはゆっくりと首を振った。
 動きを同じくして、首から下げたあのガラスのネックレスが揺れる。

「っと。忘れないうちにこれ」
「? なに?」

 佐伯くんは握り締めた右手を差し出した。
 受け取れ、ってことなのかな。私は両手を佐伯くんの右手の下に広げる。

 ちゃり、と音をたてて落ちてきたのは、真鍮製のアンティークな鍵。
 珊瑚礁の鍵とよく似てるけど、よく見ればでこぼこの形が違う。

「これは?」
「……誕生日プレゼントの代わり、かな」

 代わり?

 って聞き返す間もなく、佐伯くんは海のほうを向いて言葉を続けた。

「オレさ……戻ることにしたよ。家に。親のところに」
「……へ?」

 私を見下ろしながら言った佐伯くんの言葉に、私は目が点。
 家に戻る?
 まぁ、確かに珊瑚礁が潰れた以上、親元に戻ることに不思議はないんだろうけど……だけど。

「佐伯くんの家って」
「ああ、遠いよ、ここからは。だからさっき、ちょっと早めに卒業証書もらってきたんだ」
「卒業証書……まさか、はね学の卒業式に出ないの!?」

 思わず大きくなる私の声。
 でも佐伯くんは、こともなげに頷いて見せた。

 しかも。

「向こうで浪人して、親が薦める大学に行くよ」
「…………」

 私は大きく口を開けて絶句。

 向こうで浪人?
 親が進める大学?
 ってことは、佐伯くんは。

「一流大……受験しないの?」
「ああ。オレ、ようやくわかったんだよ。もともと無理だったんだ。これ以上駄々こねても、みっともないだけだ」
「…………!」

 ひゅぅっと、うまく息が吸えずに、私の喉がヘンな音をたてた。

 私、なんで気づかなかったの。

 珊瑚礁が閉店して、佐伯くんが平気でいられるわけないってわかってたくせに。
 佐伯くんが苦しんで苦しんで、夢を放棄する決心をする前に、なんでもっと佐伯くんのことしっかり考えなかったの!

 私は一歩踏み出して、両手を握り締めて佐伯くんを見上げた。

「駄目だよ……佐伯くん、あきらめないで。ここまでがんばってきたんだもん、珊瑚礁は閉店しちゃったけど、卒業まであとちょっとじゃない! 大学生になったら、きっと」
「きっと、なんだよ?」
「っ」

 佐伯くんは大きく顔を歪ませて私を見下ろしていた。
 いろんな感情が渦巻いて揺れてる瞳。感情を抑えきれずに歪んだ顔。

「見ろよ! 結局なにも守れてないだろ!? 珊瑚礁も、お前だって!」
「わ、私のことは、別に……」
「ごめんな、。傷つけるだけ傷つけて、フォローもしないで、オレ、お前の前からいなくなるけど」
「え……待って、佐伯くん。それ、どういう意味?」

 どきんと、心臓が大きく跳ねる。

 佐伯くんは、一度大きく息を吐いた。

 息、吸わないで。そのまま、何も言わないで。
 何を言おうとしてるの? やだよ、聞きたくない。

「お前、今日から自由だよ。もう何も我慢しなくていいから。明日から、オレの悪口でも言いふらして自分の名誉回復しろよ」
「なんで!? そんなことしないよ!」

 私は佐伯くんの両腕を強く掴んだ。
 見上げた佐伯くんの顔が、どんどん歪んでいくけど、でも!

「平気だもん! 私は何も傷ついてないよ! やだよっ、佐伯くん、あきらめないで!」

 今この手を離したら、きっと佐伯くんは遠く遠く、手の届かないところに行っちゃうんだ。
 私は必死で懇願した。パパにもママにもこんな風にお願いしたことないってくらいに。

 だけど。

 佐伯くんは、乱暴に私の手を振り解いて。


「頼むよ、耐えられないんだ!」


 苦しみも悲しみも今の感情全てをさらけ出した、佐伯くんの激情の叫び声。

「オレのせいでが悪く言われるのも! オレのせいでが仮面をかぶるのも!」

 悲痛な叫び声に、私は返す言葉もない。

「これ以上、情けないオレをお前に見られるのも……!」

 今まで耐えてきた感情を吐き出して、佐伯くんは右手を握り締めたまま俯いた。



 私。
 一体今まで、何をしてきたんだろう。
 佐伯くんが少しでも楽しく学校生活が送れるように。
 佐伯くんの精神的な負担が少しでも軽くなるように。
 そう思ってしてきたこと全部、全部、全部全部全部っ!!

 私が、佐伯くんを追い詰めたんだ。

 私がいたから、佐伯くんは夢をあきらめたんだ。

 私さえ、いなかったら、きっと。



「だから、忘れて欲しい。珊瑚礁のことも……オレのことも」

 佐伯くんが、お願いしてる。
 せめて佐伯くんの最後の望みくらい、叶えてあげなきゃ。


 お前には笑ってて欲しいんだ


「うん、わかったよ」

 佐伯くんが望んだこと、せめてそれだけは守るから。
 私は笑顔を浮かべて頷いた。
 
「ばいばい、佐伯くん」

 佐伯くんが望んだ別れを、私は笑顔で受け入れた。




「アンタら、エエ加減にしぃ!!」

 !!

 ぱるぴんの大声で我に返る。
 ……ここ、どこ?
 私はきょろきょろと辺りを見回した。

 見覚えある道路。はね学を出てすぐの住宅街の道だ。
 目の前には、顔を真っ赤にして怒ってるぱるぴんとハリー。
 その視線の先は私の背後、くるっと振り返ってみれば……そこには佐伯くんの追っかけしてた彼女たち。

 ……あれ? 私なんでこんなとこにいるの?

「ぱるぴ」
「何がのせいなん!? と佐伯の邪魔しとったの、アンタたちのほうやろ!」

 何がどうなってるのか聞こうとしたら、私を無視してぱるぴんが怒鳴りだす。

と佐伯はなぁ、ホンマに好きあってたんやで!!」
「お前らうぜぇんだよ! つーか今さらにしのごの言ったって、佐伯はもういねーんだよ!」

 ハリーまで。

 え? なになに、ちょっとこれ、修羅場?
 きっかけはなんだかわかんないけど、とりあえず収拾つけるべきだよね?

「えーっと、ぱるぴんもハリーも、まずは落ち着いて……」
「だから、なんで佐伯くんが急に卒業しちゃったのか聞いてるんじゃない!」

 一人雰囲気に取り残されてる私が両手を広げて場を納めようとすれば、佐伯くんの追っかけをしてた子たちのひとりが金切り声で叫んだ。
 目は真っ赤になって、涙を浮かべてる。
 彼女は私の肩を乱暴に掴んで揺すり始めた。

「うわわっ」
「どうせアンタが! 余計なことしたんでしょう! 佐伯くんはアンタひとりのものじゃなかったのに!」

 涙ながらに叫ぶ彼女。

「おいっ、乱暴すんなよ!」

 慌てた様子でハリーが割って入ってきて、彼女の手を振り払うけど。
 私は、なんだか頭がボーっとしてきて。

 こくんと、うなだれる様に頷いた。

「うん。私の、せい」

 呟けば、目の前の彼女の瞳が大きく見開かれて、右手が振り上げられるのが見えた。
 とくに抵抗することもなく、私は目を閉じる。



 目を開ければ、いつもより目線が高くなってることに気づいた。
 しかもなんか揺れてるし。

っ、気がついたん!?」
「え?」

 ぱるぴんの声がして振り向こうとしたら、上体だけしか動かなくて落っこちそうになる。

 ……ん? 落っこちる?

「歩けるか?」

 志波っちょの声。
 だけどそれは、なぜか私の下の方からで……って。

「うわぁぁっ、志波っちょっ!? え!? なんで私、志波っちょにおんぶされてるの!?」
「なんでって、この中で一番力持ちなのって志波くんだもの」
「ボクもちゃんおんぶしたかったんやけど、志波クンのほうが安定感あるやろし、そのほうがええかな〜って」
「え? え? 密っちにくーちゃんも……」

 なにこれ、なにこれ!

 私は志波っちょにおぶわれて、はね学から駅に向かう見慣れた道を進んでいたみたいで。
 見回せば、すっごく心配そうに眉根を寄せたぱるぴんと密っちとくーちゃんが私を見上げていて。

 ちょっと離れたところを遅れてついてきてたのは、こっちはすっごく怒った顔したハリー。
 
ちゃん……」

 そして、志波っちょの背中から降りた私に弱弱しい声をかけたのは、泣きそうな顔したあかりちゃんだった。



「私、なんで志波っちょにおぶわれてたの?」

 このシチュエーションがさっぱりわからない私を、みんなは通り道にあった公園へと連れて行って。
 私はベンチに座らされ、両サイドに密っちとぱるぴんが腰かけて。
 志波っちょとあかりちゃんは私の目の前に立って、ムカムカしてるハリーはちょっと離れたブランコをげしげしと蹴りながらこっちを見てた。

「今日の授業が終わって、そのまま学校出て……」
「そのあと、覚えてへんの?」
「え、そのあと?」

 ぱるぴんに突っ込まれて、ちょっと前の記憶をたどる。

 今日は……2月1日。センター試験も終わって、受験生は二次試験に向けてラストスパート中の登校日。
 3年生のクラスのあるフロアはぴりぴりしてたけど、うちのクラスだけは若王子先生ののほほんオーラのおかげで比較的和やかだったんだよね。
 連絡事項を伝えるだけのHRが終わって……掃除当番でもなかったから、すぐに帰ろうとして学校を出た……はずなんだけど。

 なんで気づいたら志波っちょの背中に?

 首を傾げる私に、志波っちょが眉間のシワを深くして言った。

「お前、アイツらにからまれてただろ」
「アイツら?」

 聞き返せば、ぱるぴんまでもが眉間にシワ寄せて、

「サエキックの取り巻きのあの子たちや! ハリーが止めんかったら、アンタ叩かれてたで、絶対!」
「さえ……」

 佐伯、くん?

 私はみんなを見回した。
 みんなが私を心配そうに見つめてる。

「くそっ!」

 ガツッ!

 ハリーが、苛立たしげにブランコを蹴って、錆付いたチェーンが擦れる音がした。



 頼むよ、耐えられないんだ!!



 頭の中に響く声。

「……ゃん、ちゃん、しっかり!」
「え」

 急にあかりちゃんが叫びだして、私は驚いて顔を上げた。
 目をぱちぱちさせながら見れば、あかりちゃんはもう涙をこぼす5秒前。

「えええ!? ちょ、あかりちゃんどうしたの!?」
「どうかしたんはの方やろ!?」

 うわびっくりした。
 私が腰を浮かせてあかりちゃんに手を伸ばそうとしたのに、隣のぱるぴんに両肩押さえつけられて座らされちゃって。

 すると今度は密っちとくーちゃんが心底心配してるって顔で、私の顔を覗きこんできて。

さん……佐伯くんはあなたになんて言ったの?」
ちゃんっ、瑛クンと別れたんとちゃうやろ?」
「……佐伯くん?」

 私はふたりの顔をただ見上げた。

「ちょっとだけ先に卒業しただけやんな? 瑛クンがちゃんを置いてくわけあらへんもんな?」



 だから、忘れて欲しい。珊瑚礁のことも……オレのことも。



「佐伯くんって……誰?」

 首を傾げながら尋ねれば、全員が目を見開いて息を飲む音が聞こえた。
 そして、すぐにぱるぴんに肩を掴まれて激しく揺さぶられる。

「うわ!? ちょ、ぱるぴ、痛い痛い痛いってば!」
「アンタ、しっかりしぃ! 朝からボーっとしとる思っとったけど、大丈夫なん!?」
「ななななにが? とと、とにかく、揺さぶるの、やめ、やめて……」

 き、気持ち悪くなってきたんですけど!
 ロープを掴むように手を伸ばせば、志波っちょがぱるぴんを止めてくれた。
 はぁぁ、助かった! んもう、この受験前の大事なときに、脳細胞が壊れちゃったらどうするのっ!

 胸に手を当てて深呼吸。

 と。

ちゃん、しっかりしてっ。お願いだから……」

 震える声を目で追えば、あかりちゃんがぽろぽろと涙をこぼしてた。

「え!? ど、どうしたのあかりちゃん!?」
「瑛くんと、何があったの? どうして瑛くん……ちゃんを置いて行っちゃったの?」
、冷静になって考えろ。今のお前、ヤバいぞ」

 志波っちょまで。
 一体なにを、って聞き返そうとして。

 一瞬、強い衝撃が私の脳裏に走る。

「あ」

 思わず口を押さえる私。

 今、私、なんで佐伯くんのこと、わからなかったんだろう?
 ううん、それより私、昨日佐伯くんと別れた瞬間から今まで、何をしてたんだろう?
 どうやって帰ったのか、ご飯食べたのか、朝は何時に起きたのか、全然覚えてない。
 学校についてからのことはなんとなく覚えてるけど……。

さん」
「あ、うん。大丈夫、密っち。ごめん、私なんか……ボーっとしてたね」

 心配そうに顔を覗きこんでくる密っちに、私は笑顔を向ける。
 そう、笑ってなきゃ。
 佐伯くんの願いだもん。

 私は今だぽろぽろと涙をこぼしてるあかりちゃんにベンチを譲って、みんなを見回した。

 もう、隠すことないよね。こんなに心配かけちゃったみんなに、事情説明しなきゃ。

「ごめん、心配かけて。私ね、昨日佐伯くんと別れたんだ」

 私は昨日のことも含めて、佐伯くんのことを話した。
 佐伯くんが今まで学校で我慢してきたこと、みんなに内緒で付き合ってたこと、大事なお店がなくなって家に戻ったことも、全部。

 話終えるまでには思ったより時間がかかって、私の喉はカラカラになって。
 ふぅ、と一息ついた瞬間、怒り心頭のハリーの怒声が響いた。

「納得いかねぇっつーの! なんでそうなるんだよ!? なにがオレのせいで、だ! わかってんならなんで最後の最後でを一番傷つけるようなことすんだよ!」
「ハリー、私は傷ついてないよ? 傷ついて限界だったの、佐伯くんのほうなんだから」
「違うな。佐伯は最後までお前を守るべきだった。佐伯の気持ちもわからなくねぇけど、結局自分が傷つかないためにお前を犠牲にしたんだろ」
「違うってば……。佐伯くんは限界だったんだよ。守るべきだったのは、私のほうなの。佐伯くんを、私が守ってあげなきゃならなかったんだよ」
「……あんな、ちゃん」

 佐伯くんを責めるハリーと志波っちょに、そうじゃないんだって説明しようとしたら、きゅっと眉根を寄せたくーちゃんに言われた。

「自覚ないんやね。ちゃん、今傷ついとるんやで? 無理に笑わんと、ちゃんと感情吐き出さな。ちゃんが壊れてまう」

 その台詞、どこかで。
 心配そうに私を見ているくーちゃんの言葉、前に聞いたことある。

 確かあれは。


 あぁもう……だから、今この状況でなんでアイツらのこと庇うんだよ!? 今はお前の傷治すほうが先だろ!


「佐伯くん」

 そう、佐伯くんに言われたんだ。
 私がユキに失恋したときに、私を思って言ってくれた言葉。

 あの時、佐伯くんは私を気遣って、もっと自分を大事にしろって言ってくれた。
 それから……私がいないと、困るって。

 困るって、言ってたのに。

 私はぶんぶんと頭を振る。

さん、溜め込んじゃだめよ。ね?」
「だめ」



 お前には笑ってて欲しいんだ



「だって、笑ってて欲しいって言ったんだもん」

 大事な人になにもしてあげられなかった私にできる、せめてもの罪滅ぼし。

っ」
「佐伯くんが忘れてほしいって言ったんだもん」

 だから。

 志波っちょが私の両手を乱暴に掴んだ。
 気づけばハリーも目の前に来てて、すっごく焦った顔してて。

っ、マジかよ、おいっ! しっかりしろよ!」
っ!」

 笑わなきゃ、忘れなきゃ。佐伯くんの望みを叶えなきゃ。

 わがままで意地っ張りで、気分屋でオレ様で、大好きな、佐伯くんのこと、を、

「……無理だよ……」

 忘れられない。忘れられるわけない。

 だって、こんなに大好きなのに。
 なにもしてあげられなかった。
 一番大切な人だったのに、心のそこから笑わせてあげられなかったのに、私だけ笑ってるなんてそんなの、できるわけない!

 でも、佐伯くんは、もう、

「はね学にも、珊瑚礁にも、海にも、どこにももう」

 私は赤い目をして口元を押さえてるあかりちゃんに抱きついた。

「羽ヶ崎のどこにも、佐伯くんいないんだもんっ……!!」

 佐伯くんの最後の望みさえ叶えられなかった私は、そのまま声をあげて泣いてしまった。


 ごめんね、ごめんね、ごめんね、佐伯くん。
 出会わなければよかったね。
 出会わなければ、こんな思いしなくてすんだのに。


 さよならなんだね。
 ……ごめんね。

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