実ははね学に入学した頃から楽しみにしてた、3年目のスキー宿泊を兼ねたクリスマスパーティ。
 いよいよその当日が来て、今日のために奮発したドレスを体にあてて姿見を見てたら、佐伯くんから電話が来た。

 予想はしてたけど……やっぱりそうなんだってわかった瞬間、テンション落ちちゃった。

 佐伯くん、クリパ来ないんだって。



 66.3年目:クリスマス



『二日も店休めないし。はちゃんと楽しんでこいよ?』
「そっかぁ、珊瑚礁はマスターと佐伯くんしかいないんだもんね。あ、じゃあ私もお手伝い入ろうか?」
『言うと思った。でも、いいから。今日はお前の本領発揮の日だろ? 気にすんなよ』
「でも……」
『オレもも来てないってわかったら、アイツら絶対探しにくるぞ』

 アイツら、ってのは佐伯くんのファンのことだよね?
 だよねぇ。私もそう思う。

 彼女たちの監視の目は緩むことがない。
 実はこの間、ちょっとした騒ぎになっちゃったことがあったんだよね。

 ☆★☆

 佐伯くんとの秘密図書館デートの甲斐あって、最後の期末テストで私はなんとなんと!
 自己ベスト! 21番に食い込んだのだー!! どんどんぱふー!
 若王子先生が言ってた10番台は無理だったけど、この調子なら受験に間に合うかもってヒカミッチもチョビっちょも褒めてくれたんだもんね!

 そんな私を、佐伯くんが労ってくれたんだ。
 午前中の移動教室から戻って、次の授業の準備しようと机に手をつっこんだ時に気づいた、4つ折のメモ。
 書かれていたのは『自己ベストおめでとう。昼休み、例の場所で待ってる』って。

 めずらし〜、佐伯くんから学校でお誘いかかるなんて、って思ったんだけどね。
 今思えば、そこで熟慮しとくべきだったんだよ。私ってホント浅はか。
 
 浮かれながら次の時間の授業なんか左へ受け流す〜しちゃって、お昼ご飯もぱるぴんや密っちが唖然とする勢いで食べ終えて。

 私はダッシュで中庭の佐伯くんの隠れ家に向かって。

「佐伯くん、いる?」

 ってあの茂みの中へ顔を覗かせた瞬間、私の全身が凍りついた。

 だって、そこにいたのは佐伯くんじゃなくて。

「マジありえない。やっぱりアンタ、佐伯くんに付きまとってんじゃん!」

 佐伯くんのファンの、文化祭の日も私につっかかってきた子を含めた3人の女子。
 凍りついた私を見上げた彼女たちは、憎憎しげな表情を浮かべていた。

 なんで?
 だって、あのメモ、確かに佐伯くんの字だったよ!?
 それなのにどうして彼女たちがいるの……!?

「佐伯くんが待ってるとでも思ったの?」
「あ、あの」
「こんなところで佐伯くんが一人でいるからもしかして、って思ったら。アンタが呼び出してたんでしょう!?」

 そ、っか。佐伯くん、彼女たちに見つかったんだ……。
 でも、それなら佐伯くんはどこに行ったんだろう?

 なんてこと考えてたら、私は3人にぐるりと囲まれてしまって。私は息を飲んだ。

 こういうの、嫌だ。
 だってこんなの、何が楽しいの? 誰かを吊るし上げて気分いいの?
 そりゃ彼女たちにしてみれば私は目障りなんだろうけど、だからってこんな風に攻撃するのって、嫌にならないのかな。
 誰かを嫌ってる時って、自分自身が一番苦しいのに。
 佐伯くんと喧嘩してたとき、私が実際そうだったからわかる。
 腹の中の嫌なものをどうにかしたくて嫌いな相手にぶつけても、その後もっと嫌なものが自分の中に沸いてくるのに。

「ちょっと聞いてんの!?」

 どんっ!

 肩を突かれて、私は一歩後退る。
 ど、どうしよう……。こういうとき、なんて言ってやり過ごせばいいの?
 佐伯くんが過ごしてただけあって、誰も来ないし!

「いい加減にしてよ! 佐伯くんの邪魔しないで!」

 私と違って背が高くてすらっとした美人顔の彼女が、ヒステリックに叫ぶ。

 佐伯くんの、邪魔……。

「どっちが?」

 無意識に、言葉が口をついて出た。
 案の定彼女たちは「はあ!?」ってすごい反応を返してくる。
 しまった、って思ったけど言ってしまった言葉は取り消せない。

 だって、私だって、いろいろ我慢してきたけどさ、あんまりなんだもんこの人たち!
 自分のしてることは省みないで、自分以外の人を監視して邪魔してばかりで。
 大好きなはずの佐伯くんの自由さえも奪って!
 勝手に佐伯くんを自分たちの都合のいい『王子様』にしてるだけじゃん!

 私は初めて反抗的な態度と表情をむき出しにして彼女たちを見上げた。
 間違ってないもん。私が佐伯くんと一緒にいるのは、誰にも咎められる覚えないもん!

「生意気っ……アンタ程度の女が佐伯くんの周りをうろうろしてるなんて、勘違いも甚だしいのよ!」

 勘違いはそっち!

 って、私は言いそうになったのを寸でで堪えた。
 佐伯くんが、物凄い形相で走ってくるのが見えたから。

!?」

 うわ、名前呼びしちゃってるし!

 佐伯くんは全速力で私たちのもとへと駆け込んできた。
 荒く肩で息をして、心配そうな顔して私を見てたけど、すぐにキッと彼女たちを睨む。

 あ、マズイ。

 佐伯くんの素で怒ってる表情と、困惑と怯えを浮かべた彼女たちを見て、私は冷静さを取り戻す。

「一体どういうことか説明してくれないか。若王子先生は呼んでないって言ってたんだけど」
「そ、それは……佐伯くんがこの子に呼び出されたんだって思ったから、気を利かせただけなの!」
「必要ない。さんは僕が呼んだんだ」
「えっ……!?」

 目をまん丸に見開いて、彼女たちは私と佐伯くんを何度も見比べる。
 あ、あ、マズイよ佐伯くん。完全キレかかってる。

「ど、どうして? なんでさんなんか」
「君たちに関係ないだろ。わかったら、さっさと行ってくれないか」

 完全いい子モードを放棄した佐伯くん。
 だめだよ、佐伯くん……! このままじゃこの人たち、すぐにヘンな噂言いふらしちゃうよ!?

 彼女たちはもう混乱してしまって、泣きそうな顔してる。
 その顔を見てると、さっきまでのムカムカもしぼんじゃって、逆に可哀想に思えてきちゃう。
 この子たちだって、本当に佐伯くんのこと好きなんだよ。その表現方法は確かに間違ってたかもしれないけど、佐伯くんが王子様である限りは手が届かなくて歯がゆい思いしてたんだと思う。

 って私、どっちの味方してるんだか! 八方美人なんて言われても言い返せないのがこういうとこなんだよね……うう。

 すると、3人のうちの一人が、目にいっぱい涙を溜めながら言った。

「私たち、佐伯くんを守ってあげようとしたんだよ!? こんな迷惑なストーカーから!」
「っ……!!」

 その一言に、佐伯くんの表情が豹変する。柳眉が一気に吊り上って、頬が紅潮して。

 駄目っ……佐伯くん、駄目!!

「佐伯くんに呼ばれたのは事実だけど、ここでふたりっきりでってお願いしたのは私だよ! だって、アナタたちがずっと監視してるんだもん。いいじゃん、少しくらい時間わけてくれたって」

!?」

 佐伯くんがなにかをぶちまける前に、私は彼女たちとの間に割り入って叫ぶように言った。
 驚いて絶句するのは佐伯くんも彼女たちも。
 私は一度深呼吸をしてから、わざと意地悪な表情を作って。

「佐伯くん優しいもん。こうやってお願いしたら時間作ってくれるって知ってるんだから。文化祭からアナタたちに目ぇつけられちゃったし、このくらいしないと佐伯くんと話せないし〜」
「しっ……信じらんない! どこまで図々しいのよアンタ!」
「お互いさまでしょ? ね、佐伯くんは私のお願い聞いてくれるもんねー?」

 私は彼女たちに背を向けて、佐伯くんを見上げた。
 苦悶の表情を浮かべてる佐伯くんにだけ見えるように、私は極力優しく微笑みかける。

 短気起こしちゃだめだよ。せっかくここまで来たんだもん。
 2学期が終われば、3学期は受験組の登校日数は少ないし、もうちょっとの辛抱だよ。
 そのくらいの間睨まれたり憎まれたりしたって、ぜーんぜん平気なんだから。

 ね? って。

 佐伯くんが口を開くよりも早く、昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。

「あーあ、時間切れ。せっかくひさしぶりに佐伯くんと話せると思ったのにー」

 さりげなく『嫌な子』を演じながら、私はさっさと校舎に戻ろうとする。
 ここはこれで流しちゃおう。このあと絡まれるようなら、四六時中竜子姐や密っちの側にいればいいんだし。

 と、背後で弱弱しい声が聞こえた。

「佐伯くん……あの子のこと、名前で呼んでるの?」

 あ。そっか、それもフォローしなきゃ。
 振り返れば、佐伯くんが唇を噛んで、言おうか言うまいか迷ってる様子で。

 佐伯くん、ごめんね? 私がもう少しうまく立ち回れれば、佐伯くんにこんな迷惑かけないで済むのに。

「私がお願いしたの! 卒業までの思い出として、名前で呼んでって!」

 そう言えば、彼女たちが唖然として口をぽかんと開けるのが見えた。
 完全呆れた、図々しい通り越してもうなんなのこの子、って顔。

「佐伯くん、5限も移動教室だよ! 教室戻らなきゃ!」

 そう声をかけて、私はその場を去った。

 ★☆★

 あのあと佐伯くんはうまいことその場を言い逃れて教室に戻ってきたみたいだけど、その日の放課後から私はさらに居心地悪いひそひそにさらされることになったんだよねぇぇ……。

 って、いい人ぶってたけど結局表裏で使い分けてたんじゃん。
 つーかストーカーキモイ。

 オブラートに包むことなく、遠慮なしに響いてくる陰口。さすがにこれには私も胃がしくしくするというか廊下歩くのがちょっと辛くなったりもしたけど。

 なんでか3−Bの皆だけはそんなことなくて。
 むしろ、佐伯くんのほうが教室の居心地が悪そうだった。

 ……まぁ、そんなこんながあったから、やっぱり私が珊瑚礁の手伝いに行くのは無理かなぁ。

「それじゃあお言葉に甘えてクリパ行ってくるけど……。せっかく佐伯くんにプレゼント用意したのになぁ」
『そっか。サンキュ、。プレゼントはまた今度でいいからさ。楽しんでこいよ』
「うん。それじゃ、行ってくるね! 佐伯くんもよいクリスマスを!」
『メリークリスマス。それじゃあな』

 携帯を切って、鞄に入れて。
 私は机の上の包みを手に取った。

 今日佐伯くんがクリパに来たとしても渡せるかどうかわからなかったプレゼント。
 中身はガラスのペンと青いインク。見てるだけでもすっごく綺麗で、見つけた瞬間即買いしてた。

 しょうがない、置いていこう。

 私は再びプレゼントを机の上に置いて、部屋のドアを開けた。



 クリスマスパーティの会場ははばたき山のスキー場に程近いロッジ。
 甘い甘ーい聖夜をひとつ屋根……ではないけれど、密に思いを寄せるアノ子と過ごせるぜ! ってなもんで、片思いも両思いも、ときめきメモリアルな夜にしようとしてみんな浮き足立ってた。
 パーティは例年通りフォーマルドレスで集合!

「うっわぁあかりちゃん可愛い! 何それ何それ、ユキの趣味?」

 後ろ髪ひかれながらもロッジに辿り着いた私は、割り当てられた部屋に着くなり中ですでに着替え終えてたあかりちゃんを見つけてびっくりした!
 すっごく可愛いの!
 深い深いブルーの、膝上丈のシャンタンドレス。それに、ハーフアップにした髪をくるくる巻いて、なんかテレビに出てそうなくらいに可愛い。

「べ、別に赤城くんの趣味じゃないよ!」
「そう? でもきっとユキってそういうの好きだよ〜。あ、写メ撮って送らなきゃ!」

 急いで携帯を取り出せば、あかりちゃんは真っ赤になって私を止めて。

 そう、文化祭までギクシャクすれ違い続けたユキとあかりちゃんは、めでたくカップル成立したんだよね!
 立ち入り禁止の屋上で、二人できちんと話し合って誤解を解いて、そして思いを告げあって。
 あの日ミルハニーに二人仲良く報告に来たときは、パパとママも巻き込んで盛大にお祝いしてあげたのだ!

 今は仲良く予備校デートしつつ、親密っぷりをますます高めてるみたい。
 あああもう、うらやましー!

「もう、あかりさんを褒めてる場合じゃないでしょ? さんも早く着替えないと遅れちゃうわよ?」
「そうですよ。さん、パーティ開始時間まであと15分ですよ!」

 なんてことしてたら、密っちとチョビっちょに突っ込まれちゃった。

 このコテージの部屋は、いつもの仲良しメンバーが集まったお泊りにもってこいの部屋割り。
 見れば私以外のみんな、すでに会場に向かう準備を整えていた。
 うわー、竜子姐もリッちゃんもぱるぴんも水樹ちゃんも、みんなみんなかーわいーいなぁ……。

「私、家から着てきたからコート脱いだらすぐ行けるよ。ちょっと待ってね」

 急いでコートを脱いでハンガーにかけて。
 姿見の前でぱぱっとスカートのシワを叩けば、もう準備完了!
 くるっとみんなを振り返ってセクシーポーズを決めれば、おおー、と笑いと拍手が起こった。

「可愛いやん! 3年間別ドレスでおしゃれさんアピールやな?」
「バイト代の使い道って言ったらこれしかないもん。今年のドレスはブティックソフィアの限定なのです!」
って去年も空色のドレスだったよね? 今年のも似合ってるよ!」
「ありがと水樹ちゃん!」

 えへへ、学園アイドルに褒められちゃった。

 今年は佐伯くん来れないのかなぁとは予想してたんだけど、ドレスは奮発しちゃったんだ。
 去年まで着てたのでもよかったんだけど、どうしても合わせたいものがあったから。

「いいじゃないか。アンタの雰囲気にぴったりだよ」
「うん。そのチョーカーもよく合ってる」

 セクシーツートップの竜子姐とリッちゃんに褒められるのはちょっと照れ臭いかも。
 でも、内心は大喜び。

 だって今日は、今年の誕生日に佐伯くんから貰った銀のチョーカーのデビュー日なんだもん!
 ドレスはチョーカーの石に合わせて選んだから、本当は佐伯くんに見てもらいたかったけど。

 こればっかりはしょうがない。今日は友達と思いっきり楽しむ日って決めたんだもんっ。

「それじゃみんな、会場行って今年のスイーツ食べ納めしよう!」
「「「おーっ!」」」
「アンタたち、趣旨が違うだろ……」

 元気よく拳を振り上げた私とぱるぴんと水樹ちゃんに、竜子姐はやれやれと言わんばかりにため息ついたのでした。



 クリスマスパーティ会場中央にはすっごくおっきなクリスマスツリーが飾られてて、色とりどりのデコレーションがしてあって。
 用意された食事も通年のよりもちょこっとグレードアップされてて。
 パーティが始まる直前に雪も降り出したものだから、みんなのテンションは一気に上がって。

 楽しい楽しい最後のクリスマスパーティは、最高のシチュエーションで始まったのだ!

「くーちゃんくーちゃん、メリクリっ! 乾杯しようよ!」
「もっちろんやーん。ちゃん、今年も可愛ええドレスでボクめっちゃ嬉しい〜♪ ほな、カンパーイ」

 教頭先生の長ーい挨拶のあと、私はピーチサイダーのグラスを片手にくーちゃんに突撃!
 白の三つ揃いをばっちり着こなしたくーちゃんの隣には、これまた黒いスーツでばしっ! と決めたハリーもいて、3人でカチンとグラスをぶつけ合う。

にしちゃ上等な格好してんじゃん。この後のオレ様のライブを聴くのに相応しいカッコだな!」
「光栄ですハリー様! ハリーの歌を聴くのも今年最後になるのかな」
「しっかり耳に焦げ付かせとかんとアカンね、ちゃん?」
「くーちゃん、焦げ付かせるんじゃなくて、焼き付けるんだよ?」
「あ〜惜しい。また間違えてもーた」

 残念無念〜と体を傾げるくーちゃんに、私も同じく体を傾げて頭と頭をごっつんこ。

 なんてことしてたら、背後から聞きなれたキッツ〜イ一言が。

「佐伯くんがいないときは他の男に媚売ってんの。最悪じゃん」
「アンタを避けてるから佐伯くんがパーティに来ないってのに、超ムカツク」

 肩越しにちらりと見れば、あの取り巻きたち。すっごく綺麗に着飾ってるけど、佐伯くんが来てないと知って私に八つ当たりしてるんだ。
 ただ口走った言葉なんだろうけど、ある意味当たってるからどきっとしちゃう。
 それに、もう何度も聞いた言葉だけど、やっぱり聞くたびに気持ちが沈む。

 ハリーとくーちゃんが瞬時にムッとしたけど、私はまぁまぁと押し留めて。

「気にしてないよ。それよりパーティ楽しまなきゃ!」
「言わせとくのかよ!? つーか佐伯は何してんだっつーの!」
「佐伯くんは、あー、今日は来てないみたいだね?」
ちゃん、今日はボクたちが瑛クンの分も盛り上げたるからな?」

 笑顔を見せればくーちゃんがいーこいーこしてくれる。
 ハリーはまだ不服そうな顔してたけど、……あれ? なんかいきなり笑顔になったよ?

「どうしたのハリー……」
「志波っ、グッジョブ!」

 へ、志波っちょ?

 ぐっと親指を突き出しながら私の背後を見てるハリーの視線の先を追えば、そこには厳しい顔した志波っちょがいて。
 その先にいるのは、慌てて逃げてる佐伯くん取り巻きの彼女たち。

「うわ、駄目だよ志波っちょ〜。志波っちょに睨まれたら大抵の女の子トラウマになっちゃうってば」
「テメェがしてることをテメェに返しただけだ。気にすんな」
「気にするってば!」

 ぽふっ、と水樹ちゃん専用志波っちょの手が私の頭に乗っけられて、ちょっぴりテンション上がっちゃうけどさ、志波っちょに睨まれたら私だったら泣くよ!?
 うわー、ほんの少しだけ彼女たちに同情したりして。

「……佐伯は来ないのか?」
「うーん?」

 見下ろしてくる志波っちょに、私は曖昧に答える。
 どんなに否定したって、結局私のまわりのみんなは察してくれちゃってるから誤魔化す意味もないんだろうけど、一応。

 あははと誤魔化し笑いを浮かべれば、志波っちょは器用に片眉だけ上げて。

「まぁ抜け出すって手もあるか」
「あー、志波っちょさては水樹ちゃんと逃避行する気でしょ」
「先生には言うな」
「って本当にっ!? いーな、いーな! クリスマスの正しい過ごしかたする気だなんて抜け駆けだー!!」
くん……クリスマスの正しい過ごし方は家族と共に過ごすことだろう?」

 なーんてお堅いことを言っちゃってるのはヒカミッチだ。
 ヒカミッチは去年も見たピンストライプのスーツ。お気に入りの一張羅なんだろうな。

「もうヒカミッチってば。そんなこと言い出したら、クリスチャン以外にクリスマス楽しめなくなっちゃうじゃない」
「そうですそうです。クリスマスはみんなのものです」
「ですよねぇ? ってうわ! 若王子先生いつの間に!?」
「えっへん。先生、サボり魔の大崎さんを捕まえるために、抜き足差し足の特訓しましたから」

 こちらもいつものフロックコートを着込んだ若王子先生が、いつの間にやら私の背後に立って自慢げに胸をそらしてた。
 若王子先生はにっこりと微笑みながら私たちを見回したあと、

「今日はみんなが楽しくて温かいクリスマスです。だから先生、少しだけなら青春爆発も見逃しちゃいますよ?」
「さっすが若王子先生! 話わかるー! ……っても青春爆発の相手がいなきゃ仕方ないですよねぇぇ……」

 はぁ〜、とわざとらしくため息をつけば、若王子先生も「それはがっかりです……」と一緒になって意気消沈。
 そんなこと言って〜。どうせ若王子先生だってリッちゃんとどつき漫才しながら楽しく過ごすつもりのくせにっ。

「いいんですっ! 乙女の正しいクリスマスの過ごし方はスイーツと共に! はこれよりクリスマスケーキ争奪戦に参加して参りますっ!」
「ややっ、激戦地突撃ですね? うむ、幸運を祈る!」
「アイサー、隊長っ! ハリー、ぱるぴんしばらく借りるねーっ」

 ラブな雰囲気を見せ付けられるのも痛いし、私は若王子先生にビシッと敬礼したあと会場中央の飲食スペースへと駆け出した。
 ちゃんと佐伯くんの分も楽しまなきゃ悪いもんね。

 はね学甘党御三家のひとりぱるぴんの腕をすれ違いザマに確保して、私は気持ちを切り替えて女の子群がるケーキゾーンへと突入したのでした!


 ケーキはとっても甘くておいしくて。

 ハリーのライブはすっごくノリノリで。

 でも振り向けば水樹ちゃんと志波っちょがラブラブで。

 見回せばなんかそこかしこピンクなカンジでさ。

 ほんのちょこっとだけみんなが羨ましかったのは内緒。


 最後のクリスマスパーティが終わって、みんなと一緒にコテージに戻って、窓の外の雪を見ながらふと思ったんだ。
 佐伯くんは、はね学で楽しい思い出作れたのかなって。
 佐伯くんにとってはね学での思い出が、わずらわしいとか、さっさと過ぎればいいとか、そんなものばかりじゃなければいいな、って。

 布団に潜って渋るリッちゃんや竜子姐も巻き込んで、夜更けまでガールズトークで盛り上がって。
 ホントに気づかないうちに眠っちゃってた私。

 ふと目が覚めたのは、空の色が昨日の夜と全く変わらない時刻。

「さむさむっ……」

 布団から出てた肩をすくめて、ふーと息を吐く。みんなはまだまだお休み中のようで、すやすやと可愛い寝息が聞こえてる。
 おっかしいな。私って寝ちゃったら朝までノンストップなのに、なんで目が覚めちゃったんだろ?
 クリスマスパーティもパジャマパーティもあれだけ盛り上がったから、むしろ寝坊しちゃうかもって心配してたのに。

 と思ったら。

 ぶぶぶぶぶぶぶぶ

 みんなの寝息だけが聞こえてた部屋の中で、かすかに聞こえるバイブ音。
 誰かの携帯が鳴ってるんだ。
 ……っていうか、鳴ってるの私の携帯じゃん!

 私は慌てて手を伸ばして携帯を掴んで布団に潜る。
 みんなが起きる気配はなし……と。よかった〜。

 ほ、と息をついてから私は携帯を開く。
 んもう、誰だろ? こんな時間に、イタズラ?

 眉間に志波っちょみたいなシワを寄せながら携帯を開いた私は、次の瞬間硬直する。


 着信:佐伯くん


「っ……ぇ!?」

 思わず大声出しそうになって、慌てて口を塞いで。
 それからすぐに私は通話ボタンを押した。

「もしもしっ!?」
『もしもし? オレ』
「わかってるよ! どうしたのこんな時間に??」

 布団に潜ったまま、声を潜めて会話する。
 携帯から聞こえてくる声は、確かに佐伯くんのもの。

『寝てたか?』
「そりゃ寝てるよ……まだ真っ暗じゃない。佐伯くんこそ寝てなかったの?」
『うん。ちょっと寝れなくて。ずっと起きてた』
「……何かあったの?」

 眠れなかったなんて、どうしたんだろう?
 声の調子からは落ち込んだ様子は感じられないけど……。

 私は首を傾げながら佐伯くんの言葉を待つ。

 と。

『別に。に会いたくなって』

 って。

 やだなぁ佐伯くんてばもー!!
 クリスマス当日に乙女胸きゅんなこと言っちゃうんだもん! ちゃんめろりんきゅー!!

 私はたまらず布団の中でじたばたと手足を動かしてもだえたりして。

「もぉぉ、今日のスキーが終わったらすぐ会えるのに! 明日から冬休みなんだもん、また図書館でもどこでも会えるよ!」
『待ちきれなかったんだ。どうしても』
「そっかぁ。えへへ、でも私も佐伯くんの声をクリスマスの朝に聞けて嬉しいよ」
『声だけじゃないし。、窓開けてバルコニー出て』
「……へ?」

 声だけじゃないって、どういうこと?
 しかもバルコニーに出て、って……。

「なんで?」
『いいから』

 さ、寒いんだけどなぁ……。
 私はバッグの上に置いてあったマフラーを手繰り寄せて首と肩に撒きつけて。

 みんなにごめんね、と心の中で一言謝ってから、私はバルコニーへと続く窓を開けた。

 昨夜降っていた雪は止んでいた。
 冬の明けない夜空の下は、ぴりっと肌を刺すような寒さ。
 私は体をぎゅっと抱きしめながらバルコニーに出て、すぐに窓を閉めた。

 ううう、なにこれ罰ゲーム?

 なんてことを思いながら一瞬でかじかんだ手に息をふきかけていたら。

「ヨッ、と」

 さっきまで携帯から聞こえていた声が、いきなり背後から聞こえて、私は急いで振り返る。

 そこにいたのは、まぎれもなく。

「さ、佐伯くん!? なんで!?」

 白いセーターにオレンジのマフラー。寒空の下、軽装で現れたのは佐伯くん。

「え!? ちょ、本物だよね!? どうしたの!? なんでここに!?」

 私は口をあんぐりと開けたまま佐伯くんを見つめてしまって。

 佐伯くんは月明かりを浴びながら、しばらく口を結んでいたんだけど。
 やがて、なんだかほっとしたように顔を綻ばせた。

「クリスマスだぜ? サンタに決まってるだろ?」

 でもそう言った佐伯くんの表情は、どこか憂いを含んでいた。
 その佐伯くん、私に手を差し伸べて。


「行こう、。見せたいものがあるんだ」

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